第十話 覚悟
2013年9月16日改稿
翌日、ヘガードが帰ってきた。
司祭をドーリットの街まで送るのに往復で10日かかった計算だ。
向こうで何日休んで来たかはわからないが、最長で片道に5日はかかる計算だ。
ヘガードは馬に騎乗していたが、馬車が一緒だったはずなのでスピードは遅いだろう。馬車の車輪は木製の車輪に金属の環を被せてあるだけだし、どう考えても舗装道路などあるはずもない。
昨晩からいろいろ考えてきたが、この辺りから話し始めてみるか。あとは……。
まずは鑑定をしてみる。
【ヘグリィヤール・グリード/20/8/7422 ヘグリィヤール・グリード/25/7/7400 】
【男性/28/6/7399・普人族・グリード士爵家当主】
【状態:良好】
【年齢:29歳】
【レベル:15】
【HP:156(156) MP:6(6)】
【筋力:24】
【俊敏:19】
【器用:15】
【耐久:23】
すげーな。流石レベル15なだけあるわ。でもMPは年齢通りの6しかない。
【シャーリー・グリード/8/6/7421 シャーリー・チューン/24/11/7401 】
【女性/11/10/7400・普人族・グリード士爵家第一夫人】
【状態:良好】
【年齢:28歳】
【レベル:14】
【HP:101(101) MP:43(43)】
【筋力:14】
【俊敏:17】
【器用:24】
【耐久:14】
うむ。親父に比べると1レベルしか違わないのに見劣りする気がするがMPが圧倒的に多いな。魔法の特殊技能のおかげと、レベルアップ時のボーナスの配分が異なったからだろう。
それでもMPは43だ。俺が今28ということを考えると少ないのか。いや、これがこの世界の最高とはいかないまでもかなり多い人なんだろう。
【ファンスターン・グリード/18/2/7423 】
【男性/21/1/7422・普人族・グリード士爵家長男】
【状態・良好】
【年齢:7歳】
【レベル:1】
【HP:24(24) MP:2(2)】
【筋力:3】
【俊敏:5】
【器用:3】
【耐久:3】
【ミルハイア・グリード/26/2/7425 】
【女性/2/2/7424・普人族・グリード士爵家長女】
【状態・良好】
【年齢:5歳】
【レベル:1】
【HP:16(16) MP:1(1)】
【筋力:2】
【俊敏:3】
【器用:2】
【耐久:2】
兄姉二人は予想通りだ。
【ミュネリン・トーバス/19/2/7427 ミュネリン・サグアル/2/12/7412】
【女性/29/11/7411・普人族・トーバス家長女】
【状態:良好】
【年齢:18歳】
【レベル:2】
【HP:65(65) MP:4(4)】
【筋力:8】
【俊敏:12】
【器用:8】
【耐久:8】
一応おまけでミュンにも鑑定をしてみる。まぁ別にどうってことはない。
年齢の割にレベルが低く感じるのは以前の印象通りだが、うちの両親が異常なだけのような気もする。でも、おかしいよな?
「父さま、ドーリットの街というのは遠いの?」
「ん? そうだなぁ、馬車なら4日くらいだな」
なるほど。並足なら馬車で時速3Km前後と仮定して120Kmくらいか。
「120Kmも離れているのですか。それは大変だなぁ」
「え? お前、計算ができるのか?」
ヘガードが吃驚したように言う。
「計算? ああ、馬車は平らな場所だと大人の人が歩くよりちょっと早く走っているよね。でも、ドーリットの街までの道は石があったり、凸凹がひどいと思うのでだいたい半分位の速さになるのかな? 朝、ご飯を食べてからお昼まで休憩を抜いてだいたい5時間。お昼にご飯を食べて野営の準備をするまでに休憩を抜いてだいたい5時間移動すると、普通の道で大人の人が歩くよりちょっと遅いくらいの速度で1日あたり10時間移動することになるから、1日の移動距離は大体30Kmくらい。あとはそれを4日分なので120Kmくらいかな、と思ったんだけど……」
「それを計算、と言うのだ。しかし、お前は本当に優秀だな」
相変わらずヘガードは吃驚して目を見開いたまま言う。よし、掴みはOKだ。
この場には幾人かいるが、俺を抱いているシャルとヘガードにしか聞こえない程度のささやき声で言う。
「父さま、あとで母さまと3人で大切なお話があります。夕食の後にでもお時間を作ってください」
「あ? ああ。わかった……」
ヘガードはシャルを見て、シャルも少し吃驚していることを確かめながら答えた。
喋っているうちに慣れてきたのだろうか、俺の口調もだんだんと思い通りになってきたようだ。
・・・・・・・・・
いつもの鑑定ノルマをこなし、夕食を摂る。
兄姉を子供部屋に追いやり、寝かしつけるのをミュンに任せると、居間兼食堂には父母と俺の3人になった。
「すみません、父さま、母さま。少し大切なお話なもので……。ミュンが帰ったあとにお話を始めたいと思います。最悪、兄さまと姉さまには聞かれても問題はありませんが、ミュンは家族ではありませんので」
「ミュンは家族同様だし、家で聞いたことを外に漏らすことは無いと思うが……」
「そうよ、それに「あくまで念のためです」
父母の言葉に被せて言うと父母は黙った。
それからは魔法についてシャルにいくつか質問をしたりして時間をつぶし、ミュンが帰るまでの時間を過ごした。ミュンが帰ったことを音で確認する。
さぁ、これからが本番だ。あとは俺の演技力に掛かってくるな。
「それでは、お話をしたいと思います。先日、私の命名の儀式が行われた晩のことです。私はサーマート曽祖父さまにお会いしました」
サーマートとは鑑定技能で得た情報にあった初代のグリード家当主だ。確か12代ウェブドス侯の四男だ。ありがちだが、ここは枕元に立ったご先祖様の指示で通そうという作戦だ。当然曽祖父が既に亡くなっていることは確認済みだ。まぁ曽祖父どころか祖父も亡くなっているのだが。
「会ったってどういう事だ?」
ヘガードが不思議そうに尋ねる。まぁそりゃそうだろうな。
「はい、その晩の夢に出てこられました。そして、曾祖父さまは仰られました。私たち兄弟3人には魔法の才能があると。必ず一日の最初に限界まで魔法の修行をし、充分休息を取った後に剣の修行をせよ、とのことです。これはすぐにでも始め、最低でも10歳までは続けよ、とのことでした。また、その時にこの通り行儀の良いきちんとした喋り方も教えて頂きました」
「おい、シャル。サーマート祖父さんのこと、アルに話した事はあるのか?」
「ないわ」
「そうか……。それでアル、話は終わりか?」
「いいえ、まだ続きがあります」
「続けろ」
「はい、曾祖父さまは続いてこう仰られました。バークッドにはまだ発展の余地が残されている。アレイン、お前は毎日魔法の修行が終わったあと剣の修行が出来るようになるまで父とともに領内を見て回り発展の余地を探るのだ、と」
「なに?」
父が気色ばんだ。が、これは予想の範囲内だ。
「父さま、まだ続きがあります。その為の知識は授けよう。それをもとにバークッドをさらに発展させ、兄の補佐をするのだ……
・・・・・・・・・
それから先は適当にほざいておいた。
ヘガードが気色ばんだのはファーンを飛び越して俺がグリードの家督を乗っ取るのではないかとの心配からだったようだが、それは貴族の伝統(長子が家督を継ぐ)に反するからということが理由だったらしい。
俺にそんなつもりはない。
神様とお会いしてから、俺の心の中には炎が生まれていた。
曰く、この世界に転生者は39人いる(尤も8人は既に死んでいるのだが)
曰く、転生者には固有技能が与えられている(俺は二つだ)
曰く、転生者がレベルアップした場合の伸びはこの世界の人の3倍
これだけ揃っていて、一地方領主に甘んじろなんて無理だ。
それに、俺は転生者として追加の固有技能の他に、地力が違うという自信も持っていた。転生者は全員現代日本から来ている。現代日本からだ。
普通に生まれ育った現代日本人は専門の軍事教育など受けていないだろう。戦術にも明るくないだろうし、戦闘者としての訓練方法も知らないだろう。この中世に似た世界でものをいうのは十中八九で暴力だ。ゴブリンを見たこともあるから、個人の戦闘力も重要視されるに違いないだろう。あんな生き物が徘徊する世界でそれなりの尊敬を集めるためには個人の武勇が大切なファクターになるに違いないはずだ。それに軍隊を編成し、訓練を施し、規律を高めることの効率的な方法なんかも真に理解しているはずもないだろう。
恐らく、武器を作ろうにも銃の構造なんかも把握しているわけがない。よしんば多少知識のある人間が混じっていたとしてもせいぜい素人に毛が生えた程度のものである可能性が高い。また、黒色火薬の原料は有名だが、配合や、銃自体の素材である金属加工にまで知識を持っていることはまずないだろう。この世界ではまだ本格的な鍛造や鍛接はできないはずだ。ヘガードの剣も鋳造したものをある程度鍛えて研いでいるだけのようにしか見えない。こんな金属で銃を作っても発射できるのはせいぜい数発だろうし、1発目以降はろくに狙いもつけられないだろう。
地方とは言え領主の装備でこの有様だ。神様から聞いた通り本当に15世紀が文明の最先端なのだろう。ゴブリンが領内をうろつくような土地で武器の質を高める努力をしない理由がないからだ。なので武器の質を高めてもなお、この程度という推測が成り立つ。本当に文明のレベルが低いのだ。また、全てのものが15世紀までの発展を遂げてはいない。いろいろある中での一部分が15世紀中世ヨーロッパの水準に達しているに過ぎないのだ。例えば、医学なんかは魔法のおかげで発展が阻害されてすらいるかもしれない。
現代地球ではどんなに努力しても自分の領地や城郭を所有することは現実的ではないし、国を興すなど夢物語以前の冗談にすらならない。その理由は簡単だ。現代地球では先進国を中心に人権思想が圧倒的多数を占め、教育水準も高い。また、銃やそれ以上の大量破壊兵器が生産され軍事力で領土拡張などアフリカの発展途上国ですら無理だ。だが、翻ってこの世界はどうだ? 教育は殆どされていないし、銃なぞ見たこともない。
ここに俺の国を作ろう。一番手っ取り早いのはバークッド村を本拠地として手始めにウェブドス侯爵領を征服して、というものだろうが、大義名分がない。特に能力的に問題のない兄を廃嫡してまで俺がバークッドを嗣いでも、その後のイメージが良くない。簒奪はこの世界だと悪いことでは無いのかも知れないが、別に家族に何か恨みでもあるわけがない。むしろ、ファーンとミルーにはゴブリンから守ってもらって感謝してすらいる。そもそもの原因を作ったのはファーンだとしてもだ。だから彼らのためにMP上昇のお願いから入ったのだ。
成人したらどこか別の土地で一旗揚げる方が良いだろう。どうやらこの世界では15歳が一般的な成人の基準らしい。それまではバークッドで恩を返そう。前世では充分に出来なかった親孝行をするのだ。何しろ俺には四人の親がいるのだ。四人もの親から愛情を注がれて育てられるなんて、それだけでもものすごく幸せなことだと思う。
それからどこか大きな都市にでも行って一旗揚げるのだ。冷静に考えて成人までじっくりと訓練と経験を積めば、俺は相当強くなれる筈なのだ。固有技能もそうだし、レベルアップのボーナスもそうだ。また、知識があるため、この世界に未だ無い物でも作れば金に困ることはまず無いだろう。経済的な知識もあるから最悪の場合、国を興せなくてもいっぱしの商人にはなれるはずだ。
まずはこの世界の仕組みを学び、それからだ。