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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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幕間 第十六話 手塚雪乃(事故当時17)の場合

 ああ、なんで美佐は隆史先輩の良さがわからないんだろう。

 美佐とは高校で知り合った。すぐに意気投合し友達になったが、彼女はちょっと浮いている。別に皆と話す時など話も合わせてくるし、特に問題も感じさせない。同じように笑い、同じように悲しみ、同じように怒る。だけど、多分わたしだけが気付いているが、彼女はいつもどこか上の空だ。

 腹の底で何を考えているのかわからない、と言ったほうが合っているかもしれない。勿論、彼女はそんな事おくびにも出すようなことはしない。私が気付けたのだって付き合っているうちになんとなく、そう感じたに過ぎない。だから本当は単なる私の思い込みにしか過ぎないと思うこともある。普段は楽しくお喋りするし、芸能人やテレビ、読モの格好いい人なんかで盛り上がりはする。そういう時は私も美佐が上の空だとは思わない。

 人付き合いもいい。今日だって私と他の子が義理チョコを忘れたので買いに行くのに付き合ってくれたのだ。学校に戻るバスの中で彼女に隆史先輩の良さをこんこんと説いてやっているとき、事故は起きた。



・・・・・・・・・



 気が付いたら私は人生をやり直していた。生まれ変わったのだ。ログホーツ村という田舎で農奴の娘として生まれた私は、小さな頃から家の中のことだけでなく、農作業まで手伝わされた。幼少時に覚えたステータスオープンで固有技能があることは知っていたが、私の技能は使い方も解らない(知りたくもないが)し、私にステータスオープンをしても誰にも見えないようなので黙っていた。今後この固有技能を使うチャンスはあるかも知れないし無いかも知れない。私の意に沿う形で使うことがあれば嬉しいことだとは思う。特殊技能の方は使うには使えるが普段役に立つことはまずない。

 毎朝日の出前に起き、日没とともに眠る。農作業は全て手作業であり、重労働だ。こんなことならもっと社会科や歴史の勉強をしておくんだったと何度後悔したか知れない。両親と兄弟姉妹はそんな生活に文句も言わず黙々と働いている。しかし、私には不満だった。私と私の家族を所有する平民の家族は奴隷たちに辛く当たり、次々と仕事を押し付けてくる。これがこの世界の一般なのだとしたら、なんとひどい世界だろう。

 食事だけは充分とは行かないがまず問題のない量を毎日出してくれたし、少ないが給金も貰えることが唯一の慰めだった。貯めた給金で村の狩人から雉のような鳥を買って水炊きにして食べるのが我が家の贅沢だった。

 そうこうしているうちに私は七歳になり、神と出会った。神は言う。あの事故の原因や転生、ここは地球ではないこと。あの事故で他の犠牲者もこの世界に転生してきていること。私の質問に許された時間は僅か一分。魔法。亜人。身分社会。急ぎ足で聞けたのはここまでだ。しかも表面を舐めた程度のことしかわからなかった。しかし、とにかくはっきりした。もう絶対に戻れない。私はこの世界オースで生きていくしか方法はない。私に襲いかかる絶望。

 それから奴隷階級を抜け出す方法を改めて探り始めた。今まで知っていたのは自分の値段の百倍のお金を所有者に払うこと。多分私の値段は金貨一枚くらいだということ。そして、私の給金は月に銅貨二枚であるということ……。このまま給金が増えないなどということはありえないが、もしこのままだと仮定すると一銭も使わずに給金を貯め続けても支払いには42000年近く掛かるという絶望。

 他の方法もあるにはあるが、自分だけの力では行えない。どこかで必ず他人の、しかも自由民以上の手助けを必要とする。他人の手助けが得られない場合、やはり自分で何とかする以外にないが、どう考えてもそれは無理。また、他人の力を借りる事が出来たとしても、私の持ち主が私の販売を認めなければそれでおじゃんだ。

 と言うことは持ち主からは嫌われたほうがいい。いざという時に手放しても惜しくない人材である必要がある。農作業の手を抜くか? いや、それでは家族に負担が掛かるだけだ。せいぜい持ち主と会話するときに生意気そうにしておくくらいしかない。

 他に何か方法はないか? 考えろ。よく考えろ、私。脱走するか? ……ダメだ。上手くログホーツ村から逃げおおせたとしても、奴隷がたった一人でうろついていたらすぐに捕まるだろう。勿論一見して奴隷だなんて、どこかから小奇麗な服でも盗めばそうそう分かりはしないだろうが、仕事を得る時など必ずステータスオープンはついてまわるだろう。販売証明も持たず、持ち主も傍にいない奴隷など、逃亡奴隷以外の何者でもない。

 領主の子供と結婚するという手もあるが、生憎と領主は矮人族ノームだ。種族を超えての婚姻はないわけではないが、子供の出生率は極端に低いらしいから、貴族である領主やその家族がそんなことするとは思いにくい。村には行商の商人以外滅多に外部の人間が来ることもない。王国の外れの田舎の村でここが国境のどん詰りなのだ。あの山を超えた先は外国だ。

 ……! 外国? 外国へ逃亡したらどうか? 国内では逃亡奴隷として捕まってしまう公算が高いが外国であればどうなのだろう? ステータスでは私はロンズ家所有奴隷になっている。外国だと逃亡奴隷として捕まっても、何と言ったっけ? そうだ、亡命希望とか言えば何とかなるのではないだろうか?

 亡命って聞いたことある。日本にも外国から亡命してきた人もいたと報道されていたような気もする。やるしかない。だけど、まだ子供で体力もない。山を越える途中で死んでしまうかもしれない。見たことはないが危険な魔物のようなものもいるらしい。あの山を今超えるのは無理だ。もう少し力を蓄える必要がある。山の向こうすぐに人里があるかどうかも判らない。食料も要るだろう。あと何年かは耐えるしかない。



・・・・・・・・・



 私が十歳になった時、給金が銅貨二枚から大銅貨一枚になった。一気に五倍だ。これで8000年後には……考えるのをよそう。そんなある日、七歳上の姉が結婚することになった。相手はやはり村の奴隷の男で姉より二つ上の同種族の男だ。持ち主が同じなので何の問題も無く結婚は出来るらしい。結婚の前日、昼過ぎに姉は村の領主であるドーヴン士爵家に結婚の報告に行くと言って農作業を抜け出した。両親は俯いて見送っていたのが印象的だった。

 姉は夜になってから帰ってきた。疲れたような顔で戻ると食事も取らず寝床に潜り込んでしまった。挨拶だけなのに随分と時間がかかったものだ。まぁ明日は姉の結婚だから美味しいものが振舞われる。楽しみだ。農作業も必要最小限で済むし……そう思ってゆっくりと寝た。

 姉の結婚式は豪華に執り行われた。勿論私たち家族の基準でだ。前世のファミレスにも及ばないような料理でもそれなりに美味しい。二つ上の姉と四つ上の兄と一緒にお腹いっぱいになるまで料理を詰め込んだ。



・・・・・・・・・



 四年後、兄も結婚した。この世界の結婚適齢期は早い。特に奴隷は財産なので十代も後半になると持ち主から結婚を催促されたりもする。兄のお嫁さんは姉が嫁いだ先の娘だった。普段から家族ぐるみで付き合いがあったので下の姉と私は心の底から祝福できる。

 また美味しい料理が振舞われ、私は満足して床についた。



・・・・・・・・・



 その翌年、ついに私は成人した。十五歳だ。そろそろ頃合だろうか。家族や親戚は良い人たちだけど現状に碌に不満も言わないような、人生を諦め切った人達でもある。このままだと、いずれ私もこの村で結婚し、子供を産み、育て、死んでいくのだろう。村の外への渇望が抑え切れなくなりつつある。なお、成人とともに私の給金は大銅貨一枚から大銅貨二枚に増えた。この後、二十歳くらいに大銅貨三枚になるのだそうだ。

 やってられるか。なんとしても抜け出さなくては。密かに準備を始めた。貯めていた給金ではとても身を守るような物を贖うことは出来ない。安物のボロボロのナイフ一本だって銀貨二枚はするのだ。だが、このお金は脱出時の食料を調達するお金だ。上手く行ったら先々でも食料を調達しなければならない、大切な軍資金だ。ボロいナイフはそれなりに役に立つだろうが、直接命に関わる食べ物を無視することは出来ない。私には狩人のようにナイフで獲物を獲ったり、肉を捌いたりする技術はないのだから。

 暇を見つけては村の狩人などに山の様子や道などを訊いてみる。ちゃんとした道なんかあるはずもないだろうとは思っていたが、やはりあるわけがなかった。私が知りたかったのは狩人が普段行かないような場所とその理由だ。もし追われた場合、きっとこの狩人が追っ手として派遣されるだろう。それを巻かないといけない。

 彼らの裏をかいて道なき山野を逃亡しなければならないのだ。だから、少しでも彼らの寄り付きそうもない、土地勘が働きにくいような場所を選んで逃げる必要があると思った。

 そうこうしている内に、私の脱走を押しとどめる理由が発生した。知れたこと、魔法の講習だ。村の治癒師が魔法を教えてくれるという。才能がある人であればちょっと練習しただけで魔法が使えることもあるらしい。だが、私の周りには魔法が使える人は家族も含めて一人もいなかった。私に魔法が使える才能があったとしてもその可能性は極小だろう。でも、魔法には単純なあこがれ以上のものがある。使い方によっては私の逃亡を手助けする大きな力になるかもしれない。

 学んでおいて損はないだろう。ここでも前世について後悔した。何故もっと真剣に学校で勉強してこなったのだろう。この世界の言葉には英単語が含まれていることは気付いていたから、英語を勉強していれば言葉の習得はもっと楽だったかもしれないし、数学だって役に立ったはずだ。特に木材などで何か道具を作ったりするような場合、幾何や物理などどれほど役に立つのか想像もできない。社会や歴史は言わずもがな、理科だって生物は役立ったろう。恐らく直接生活に関わりのないのは音楽や美術、書道などの芸術関連くらいではないだろうか。

 治癒師の言葉を一言一句聞き漏らすまいと真剣に魔法に取り組んだ。一週間ほどで私には魔法の才能があることが判った。単純に嬉しかった。ひょっとしたら脱走せずとも私の扱いが変わるかも知れないとさえ思った。しかし、予想はしていたが勿論そんなことはなかった。それが解った時には、少し落胆した。だが、どんなものでも、非力でも力は力だ。まともに魔法が使えるようになるまでもう少し頑張ってみよう。



・・・・・・・・・



 翌年、私が十六になって暫くした頃、二つ上の姉も結婚する事になった。また美味しいものがお腹いっぱい食べられる。結婚の前日、姉は領主へ結婚の報告に行くと言って農作業を抜けた。夕方頃、俯いて戻ってきた。悲しそうな顔だった。一体何があったと言うのか? 私は頑なに口を閉ざそうとする姉に何があったのか聞いてみた。ついに根負けした姉は力なく微笑むと、将来私の身にも起こるだろうから教えておいてあげると言って、ぽつぽつと喋った。

 聞いてから愕然とした。

 初夜税。

 なんとおぞましい響きであることか。

 結婚を控えた新妻の初夜を貰い受ける権利。

 そんなものが存在しているということすら許しがたい。

 領主のドーヴン士爵は「婚姻前の姦通は不道徳だ」と言っていたことがあり、幼い私を感心させたものだが、こんな理由があったとは……。

 私たちは精人族エルフだ。両親や姉兄も私の基準で考えると大層見栄えのする美しさだった。私も薄い顔つきで、前世の面影を強く残してはいるものの、相当な美形になっていたことは知っている。だが、異種族間ではあまり恋愛や性欲の対象にはならないらしいことも同時に理解していた。私の場合、前世の価値観が残っているから普人族だろうが、亜人だろうが格好のいい人は格好いいなぁ、と思っていた。

 まだ小さい頃にこういう考え方をする人は少数派であることを知ったので、その後は特に外見に構うことも無くなった。正確に言えばそんな事よりも今日の食事のメニューと夜までにやらなければいけない仕事をどう片付けるかで精一杯だったと言う方が正しいけれど。

 領主のドーヴン士爵は矮人族ノームの癖に村の三分の一近くいるノームだけでなく、第二勢力の普人族はおろか、山人族ドワーフ、エルフなど他の亜人も性欲の対象にしていたのだろうか? いきなり殴られたように目の前が真っ暗になった気がしたが、直後、体の奥底から燃え上がるマグマのような怒りが沸いてくる。

 私たち奴隷は領主や持ち主の道具なのか!? 人らしい生活を送るのがやっとの状況で、誇りまで差し出さねばならないのか!? やっと結婚をすることが出来、辛い生活の中でほんのささやかな幸せを分かち合うことも許されないのか!?

 上の姉も、兄のお嫁さんも、下の姉も、それから……私も。

 これでは文字通り人以下の奴隷ではないか! 瞬間的に頭に血が上った私は、驚く姉を振り払い、持ち主の納屋から草刈鎌を持ち出すと領主の家に向かって全力で走った。折しも領主の家では夕食の最中だった。ちらと見たテーブルの上には結婚式や年明けの正月でも無い限り私達奴隷では口に入れる事も出来ないような豪勢なメニューだった。

 晩餐の最中、突然に髪を振り乱して乱入してきた私に呆気に取られる領主とその家族達。何を叫んだのか覚えていないが、鎌を振り上げて私はドーヴン士爵に襲いかかった。



・・・・・・・・・



 気が付くと体中青痣だらけで簀巻きのように縛り上げられていた。体中至るところが悲鳴を上げている。私の持ち主も含め、村の平民であり、同時に領主に仕える従士達が納屋の土間に転がった私の監視をしている。

「何故いきなりご領主様に襲いかかったんだ?」
「一体何と言うことをしてくれたんだ!」
「奴隷の分際で、お貴族様に手をあげるとはな……」
「こりゃ死罪が妥当だろ」
「ご領主様への狼藉だ。大罪人はフォーグルに突き出すほかないな」

 フォーグルとはこの地方の大都市の名で、このログホーツ村からは南東の方にかなり距離があるということは知っている。このログホーツ村を含めた西ラードンナ地方やラードンナ地方など、広大な領地を所有する……確か、なんとかという公爵が治めているはずだ。私は大罪人としてフォーグルまで連れて行かれ、そこで裁かれるらしい。

 激情に駆られるまま貴族に手を上げるという重犯罪を犯した私は既に死刑を覚悟していた。だが、死ぬ前に公爵とやらに一言でも訴えてから死にたい。こんな田舎の貧乏くさい村で処刑されなかったことだけでも幸運だ。最後に、奴隷の身分の悲惨さを、人権すら認められない理不尽さを、心の底から訴えて死んでやる。それまでは何をされようが決して音を上げるもんか。



・・・・・・・・・



 数日後、私は両手に手枷を嵌められ、両足は僅か60~70cm程の縄で縛られ、腰縄を打たれた格好で200km近い距離を僅か10日も掛からない程の時間で歩かされた。野良仕事で慣れていたので足は怪我こそしなかったが、狭い歩幅で無理やり歩かされたためにフォーグルまで辿り着いた時には体力的にはボロボロの状態だった。フォーグルでは騎士団が管理する牢に放り込まれ、一ヶ月程放って置かれた。

 牢屋では当然自由はなかったもののきちんと三食、まともな食事が供された。勿論豪華なメニューではないが、普段食べていたものとそれほど遜色もない。都会では犯罪者すらこのようにまともな食事を与えられるのか。衝撃だった。てっきり、生きるか死ぬか程度の量で、残飯のような物だろうと思っていたのだ。実際、フォーグルまでの道程では私に出された食事は酷いものだった。

 ある日、急に牢から外に引きずり出された。遂に裁きの日が来たのだろう。まぁいい。私は死ぬまで人間として誇りだけは失うまい。訴えたいことを存分に訴え、刑吏を睨みつけながら死んでやろう。半ば捨て鉢になったような気持ちで裁きの場に引き出された。

 フォーグルの広場のような場所で刑は執行されるらしかった。壇上で裁きを下しているのは領主である公爵だろう。40前だろうか? 整った顔立ちで、仕立ての良い服を着込んだ普人族の男性だ。裁きを待つ犯罪者は私を含め50名ほどらしいが、その全てが重犯罪人らしい。それもそうか。盗みなど大した罪ではない犯罪者は村で裁かれていた。重犯罪者だけ上級の貴族に裁きを任せるのだろう。

 私の前に裁かれた30人近くの犯罪者たちはほぼ全て死罪か複数の手足を切り落とされる刑に罰金が加わっている。金貨で何枚とかいう罰金など払えるわけもないだろうからどんどん死刑を宣告されていく。だが、申し開きくらいはさせて貰えるようだ。その場合、犯罪の証人が呼ばれていた。良かった、私の訴えくらいは聞いて貰えるチャンスはある。貴族たちに、自身の存在すら罪深いことだと訴えて死のう。



・・・・・・・・・



 私の番が来た。壇上に立つ公爵の前に引き出され、係員に罪状が読み上げられていった。そして、次には私に罪を認めるか否か、認めないのであればその理由についてを公爵から尋ねられるのだろう。私の罪状は貴族階級への傷害だった。良かった、あの士爵に傷くらいは与えられていたのか。自然と笑みが溢れそうになる。だが、私は罪状を認めず、申し開きをせねばならない。

「汝、アラケール・カリフロリスはその罪を認めるか?」

 公爵が言う。今までの定形通りだ。
 私は猿轡を外されたので、予定通りの台詞を口にした。

「認めません」

 公爵の目を見つめ、きっぱりと言った。

「ならばその理由を述べよ。そして、本件の証人をこれへ」

 ここまでは想定通りだ。ドーヴン士爵とその長男が証人台に立つと私は口を開いた。

「ログホーツ村の領主であるドーヴン士爵はその地位を利用し、奴隷に非人道的な仕打ちを繰り返しておりました。私は姉兄の敵を討とうとしただけです。初夜税と言って結婚前の女性の処女を無理やり奪っていました。人の尊厳を踏み躙る行いです。私の姉二人の処女を無理やり奪ったのはそこに立つドーヴン士爵です。兄に嫁いできた義姉の処女も奪ったに違いありません。私は姉兄の尊厳への復讐を行おうとしただけです。それに」

 そこまで言った段階で公爵は手を挙げ、私の発言を遮った。これも予想通りだ。恐らく今まで申し開きを行っていた犯罪者たち同様に私の発言の真偽を証人に問うのだろう。

「証人に聞く。今あった話の事実はあるか?」

 ほらね。だが、どうせ認めはすまい。徹底的に戦ってやる。
 その時だ。公爵が立つ台の後ろの列から大声が上がった。

「異議有り! 父上、今しばらく私に彼女と話す時間を下さい!」

 何だ? 一体? 声を張り上げたのは見たところ私と同年代くらいの普人族の男で、発言の内容からすると公爵の息子なのだろうが、その顔を見て私は自分の目を疑った。日本人だ! 普人族特有の前世の西洋人のような顔立ちだが、彫りは若干薄い。細い一重の目にあまり高くない鼻。エルフ程尖っておらずやや丸っこい顎。日本人と西洋人のハーフのような顔立ちだが、あの艶やかな黒髪と言い、黒い瞳と言い……ああ、この男は私と同じ運命を辿った人か……。

 男は父親である公爵の返事も待たずこちらへ歩いてきた。急な展開に私も含め誰ひとり喋ることも出来ない状況の中、私の顔を見つめながら力強く歩んでくる。その顔にはうっすらとした笑みさえ浮かんでいた。

『よう、日本人だな。俺が言うことが分かるな? 分かったら頷け』

 小声で日本語(!)でそう語りかけてきた。あまりの事に仰天しながらも震える顔を何度も上下させる。

『よし、次だ。俺はあんたが何をしたとかその理由とかは今はどうでもいい。勿論後でしっかりと聞かせて貰うがな。俺の奴隷になるなら助けてやる。お前をこの状況から救い出せるのは俺だけだ。今すぐ決めろ』

 そう言うと彼は私の目を見た。

『私はどうなってもいい。でも言わせて欲しい。何で身分の違いがあるの? 私が何をしたというの? 貴族なら処女を無理やり『もういい。言いたいことは俺も良く解る。俺達はそういう世界を変えたいと思ってる。俺と一緒に来るか?』

 私の言葉を遮ると男は微笑みながら優しい声音で言った。今、何と言った? 世界を変える? 変えられるのか? この、あまりに不公平で理不尽な世界を!?

 目を見開いて言葉を詰まらせた私に向かって、男はひどく優しい声音で続けた。

『辛かったな。この世界はおかしいもんな。どうする? 俺の奴隷となって協力するか?』

『あいつを殺したい。そうしたら何でも言うことを聞くわ』

 私がそう言うと。

『ほう……これはこれは……よし、助けてやる。その言葉を忘れるなよ。あの士爵を殺してやる。それから、当分黙ってろよ』

 目を細めながら満足そうに男は言った。

「父上! 確認が取れました! アラケール・カリフロリスは私の手の者です。彼女から報告を受けました。私は改めてこの場でセルムンク・ドーヴン士爵を告発します! 罪状は領主に対する反逆罪! 彼女は確かに彼らが父上に対する反逆を企てたと言っております。証拠はたった今私が聞きました! 私が証人です! なお、今の彼女の発言は予め私との間で決めていた合言葉です。私は、ロージブル伯として、ストールズ家の男子おのことして私の領民を預かる士爵が父上に対する反逆を企てたことを看過できません! 今この場で私自らが謀反人への誅を下し、領内の綱紀を粛清し、領を治める貴族としての範を垂れてみせましょう! 者共! ドーヴンを取り押さえよ!」

 男はそう叫ぶが早いか腰から剣を引き抜いてドーヴン士爵とその長男に向かって走った。ドーヴン士爵は、最初は唖然としていたようだが、自分たちは無実でそんなつもりは毛頭ないと言い張っていたようだが、すぐに周りを囲む騎士達に取り押さえられ、地面に押し付けられた。

 有無を言わせる暇など殆ど与えず、男は士爵親子の脳天に剣を振りおろし、士爵を黙らせた。あっという間の出来事だった。あまりの急展開に男と騎士以外は咄嗟に動けなかったようだ。壇上の公爵すら呆気にとられている。

「カリフロリスの拘束を解け! 彼女に罪はない! 私が後見する!」

 男が言うと騎士が寄ってきて後ろ手に縛られた私の縄を切ってくれた。

「父上! お褒めください。たった今、私、ロージブル伯センレイド・ストールズめが反逆者に誅を与えました!」

 あまりのことに周囲はシーンと静まり返っている。私も目を見開くばかり状況を把握できない。今、この男はドーヴン士爵を殺したのか? 恐る恐るドーヴン士爵の死体に目をやる。親子揃って脳天を割られ、傷口からは脳みそだか肉片だかをはみ出してうつ伏せで倒れ伏したままぴくりとも動かない。正直なところ士爵自身はともかく、士爵の長男には何の恨みも無い。無いがいい気味だと思った。



・・・・・・・・・



 数ヵ月後、十七歳になった私はセンレイドの情婦になっていた。私が彼に惚れるのは時間の問題だったのだろう。身分が違いすぎるし、そもそも種族が違うので結婚こそ出来ないが、私は彼のおかげで自由民になる事ができた。危地から救い出してもらっただけでなく、生活に困ることも無いように自分の側仕えとして雇ってくれたのだ。その後、私の事件をどう処理したかまでは解らないが、彼には返せない恩ができた。

 私たちはお互い本名を名乗り、身の上話を交換した。彼のことを好きになっていく自分に気がついたとき、初めて自分の固有技能の使い方がわかった。私の固有技能の『性技セクシャルテクニック』は最低限自分が相手に対して一定以上の性的な欲望を抱いていることが能力使用の条件のようだ。連続して使うと途中から訳が解らなくなるほど狂おしいくらいの性欲に支配され、それが私達の性感を更に刺激する。同時に彼も底なしの体力でもあるかのように私を貪ってくれた。種族が違うのは現時点ではお互いに取って良いことのようだ。望まない妊娠を心配する必要がない。常にお互いを直接感じ合うことができる。

 それが堪らなく嬉しかった。

 転生して初めて会えた日本人は、私にとって文字通り白馬の王子様だった。



・・・・・・・・・



 更に数ヵ月後、セルと共に王都ランドグリーズに赴いた私はもっと吃驚した。セルは私を驚かせようと黙っていたらしい。次期国王であるアレキサンダー・ベルグリッド殿下も日本人だったのだ。セルは一年の半分ほどを実家であるストールズ公爵領の首都フォーグルで過ごし、残りの半分を王都ランドグリーズで過ごしているとのことだった。今年は私のために実家での時間を多めに取ってくれたらしい。

 そして、次期国王であるアレキサンダー・ベルグリッド殿下とはアレク、セルと呼び合う親友と言って良い仲であった。私はすぐにアレク殿下に紹介され、いろいろと日本語で話をした。アレク殿下の周りにも数人の日本人がおり、私もすぐに彼らと親しくなった。

 身の上を聞いてみると、どうやら私が一番若いらしい。亡くなった時お婆ちゃんだったという宮廷魔術師に頭を下げて弟子入りさせて貰った。この人は両親ともに宮廷魔術師であり、自らも昨年から宮廷魔術師として登城しているらしい。若いが国内は疎か、この世界でも一番優れた魔術師だともっぱらの噂で、将来を嘱望されている。本人は自分はお婆ちゃんだから、と言うのが口癖のようだが、とてもチャーミングな方で、人柄も良いので私は母親のような気さえしている。

 最初に自己紹介する時、私は自分の固有技能を言うのが嫌だった。恥ずかしかったからだ。だけど、セルが私の肩を抱きながら自分の女だと公言してくれたので思い切って言ってみた。少しの沈黙のあと爆笑だった。私はセルのほっぺを思い切りつねることしか出来なかった。

 こうして私はデーバス王国の中枢に近いポジションに自分の居場所を定めることが出来た。戦うことも、皆のように過去の知識を活かして今後の策を練るようなこともなかなかおいそれと手伝うのも大変だったが、充実した生活だった。まだ今は雌伏の時だが、もう少し皆が力を蓄えたとき、改革の為に動き出すのだという。最年少の私はマスコットのようなものだが、それでも皆は分け隔てなく仲間として私を受け入れてくれた。どうにかして恩を返したい。

 こんな世界だ、無血での改革など全員が最初から諦めている。アレクやセルは最悪の場合、自らの親を殺して権力を掌握するようなことまで覚悟しているらしい。それがこの地に住まう全ての人達の為になると信じて……。

 少しずつでも前進している実感が全員を大きな高揚感で包み、口々に理想を言いながら酒を酌み交わす生活のなんと素晴らしいことか。

 
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