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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第二十九話 弔い方

7442年8月14日

 夏の終わりも近づいた暑い日、今日も今日とて迷宮に挑む俺たち五人。何度も迷宮へは潜っているのでもう一層に出てくるモンスター相手の戦闘には手馴れたものだ。だが、油断出来るような事でもない。一歩間違えれば大怪我をするし、その先には死すらあるのだ。前衛の三人はもう何度怪我をしたのかすら分からない。だいたいいつも集中力が切れ始める午後になってから出てくる相手に怪我を負わせられて退却するのだ。今日もそうだ。粗末な槍を構えて突進してきたノールの攻撃を躱せずにズールーの腿が傷ついた。

 すぐに俺が援護に入り、敵を殲滅するとズールーの傷の治療を行う。ズールーは申し訳なさそうに詫びるが、別段俺は腹も立たない。確かに油断していたズールーが悪いのだが、ズールーなら大丈夫だろと思い込んで咄嗟に援護出来なかった俺やベルにも非はあるし、慎重に進んでいるから集中力も切れかけている時間帯だ。ズールーの足だってまだ痛みは残っているだろうから少し早いが今日はこの辺で引き返すか。

 そう思いながらノールの魔石を採ろうと哀れなノールの胸を切り裂いていた時だ。どこかから人の声がした「助けてくれ」という意味のある言葉は人の声以外の何者でもないだろう。迷宮に潜り始めて二ヶ月半、内部で誰か生きた冒険者に出会うのは初めてのことだ。俺たちは顔を見合わせると声の響いてきた洞穴の奥を見つめた。勿論何も見えやしないが、ついそうしてしまう。これは動物の習性のようなものだろう。

「どうする?」

 ラルファが聞いてきた。彼女には厳しく魔法の修行を行っている。本人も早く自在に魔法が使いたいのだろう、ろくに文句も言わず、毎日のように修行に明け暮れているが、まだ無魔法のレベルが1になるにはあと一月くらいはかかるだろう。前回のレベルアップでMPが伸びなかったのがつくづく惜しい。このところの戦闘それ自体を目的にしたような迷宮行は実は大部分がラルファのレベルアップを目的にしているようなものだ。

「様子を見ながら前進しよう」

 俺が答えると、ベルが口を挟んできた。

「でも、助けてって聞こえたわ。急いだほうがいいと思います」

 彼女の口調もかなり砕け、柔らかくなっている。だが、俺に対しては丁寧に喋ろうとしているのでわざわざそれを直す必要もないから放っておいている。彼女はつい先日、無魔法を覚えた。今はラルファ同様に修行をしているが、あと一週間もしないうちにレベルが上昇するだろう。ラルファの30倍以上の量を誇るMPは魔法の経験を稼ぐにおいても非常に有効で、ちょっとラルファが気の毒になるくらいだ。そんなベルにゼノムが言う。

「急ぐ必要はない。迷宮では全て自己責任だ。助けないとは言わんし、助けるなとも言わん。だが、この先はまだ通った事のない場所だ。罠があるかも知れない。助けに行こうと焦って罠にかかったら目も当てられん」

 常に冷静沈着なゼノムはパーティーの柱だ。彼の言葉には一家言が有り、誰もがその忠告を良しとする。当然俺もだ。

 俺は水魔法で手を洗うと手拭いで手を拭き、地図を広げると現在地を再度確認した。転移されてきた周辺の地形から判断して、今俺たちのいる場所はおそらく、ここだ。地図が正しければこの先100メートルほどで洞穴は左に折れ曲がり、その後少し進むと大部屋に繋がっている。その大部屋には俺たちが進むであろう洞穴の他に別の洞穴二つが接続しているはずだ。そう、地図を買ったんだが、この地図が食わせ物だった。結構間違っていると思われるし、罠の位置も記載があるがとても足りていない。無いよりはかなりましではあるので重宝してはいるが、とても完全に信用が置けるものではない。

 地図を確認する俺をズールーが眺めている。彼も何か言いたいことがあるだろうが、彼は身の程をわきまえているので俺が許可するまで無駄口を叩くようなこともない。いい部下だ。

「じゃあ、ゼノム、俺と先頭を頼む。ズールーを真ん中にして、後ろはベル、ラルファ、頼む」

 俺は簡単にそう指示をするとノールの死体を置いて銃剣を手に取った。ゼノムと並んで慎重に歩き出す。ゼノムは3m程の長さの竿で床を叩きながら前進する。もう少しで左に折れる曲がり角、と言うあたりで床を叩くゼノムの竿の音が変わった。罠か。俺たちは罠を避けて洞穴の端を歩き、罠をやり過ごすとこの先にある筈の広間を目指してまた進みだした。

 助けを求める声はまだ続いでいる。角を曲がったからか、大きくなっている。俺は

「今行くぞ! 頑張れ!」

 とだけ声を掛けるがやはりペースを上げる愚を犯すようなことはせずに慎重にゼノムとともに歩を進めていった。俺の声が聞こえたのか、声の主は

「スライムだ! 気をつけろ!」

 と俺達に忠告を与えてくれた。スライムか……。昔バークッドの外れで一匹だけ見たことがある。あいつに攻撃を加えられるのは俺の魔法だけだろう。

「スライムには魔法しか効かない。昔一度だけ見たことがある。火で焼き払うしかない。……あいつは、多分助けられない……」

 俺はそう言うとゼノムから竿を受け取り先頭に立った。俺がバークッドの狩人のザッカリー・ドクシュから聞いている話だとスライムは犠牲者を包み込んで溶かしてしまうらしい。生きたまま溶かされるとか、あまりにもおぞましい死に方だろう。せめて楽に殺してやったほうが彼のためだろう。そう思った。

 俺は振り返りはしなかったが、全員がついてくる気配が続いてくるのを感じた。このお人好しどもめ。あ、魔石採る気か? 俺でさえ普人族や亜人の魔石を採ったことはないんだぞ……お前ら、まじで人の胸を切り開く気か? 冒険者稼業を長年やっていたであろうゼノムならともかく、ラルファやベル、ズールーまでもがその気なのか? 今は置いとこう。

 広間を覗けるくらいまでの距離にまで接近して、恐る恐る広間を覗き込んだ。広間は30m四方くらいの大きさで他の迷宮内同様に壁や天井がほの明るい光を発している。部屋の中では阿鼻叫喚とでもいう様な地獄絵図が展開されていた。俺の後ろでラルファとベルが「ひっ」と息を呑んだ。

 部屋中に濃い緑色の粘液が散らばり、冒険者のパーティーを飲み込んでいた。既に動かなくなった者が四人。あちこちで倒れ、スライムに体中を包まれている。部屋の隅で胸まで飲み込まれ、僅かに自由が残されている右腕に握った剣で、残された腕と頭を包み込もうとたかってくるスライムをこそげ落とそうともがいている人影が一つ。

 そいつは俺たちの姿を認めると、

「た、助けてくれ! こいつら、どうしようもねぇ! 何をしても死なねぇんだ!」

 と叫んできた。とにかく、なんとかするしかない。俺は銃剣を肩にかけ直すと両手を広げて部屋の中に向けた。『フレイムスロウワー』で焼けるやつだけでも焼き尽くすしか出来ることはない。叫んでいる男までの邪魔なスライムを焼き殺し、男のそばまで寄った。男は相変わらず剣でスライムを刮げ落とそうとしているが、いかにも無駄な努力であることは明白だ。時間の問題でこの男もスライムに飲み込まれ、窒息したあとにゆっくりと溶解、消化、吸収されてしまうのだろう。俺は自分が出来ることをするしかない。

 俺は『フレイムスロウワー』を細いガスバーナー状に調整し、男の体を焼かないように調整するとスライムに包まれかけた男に魔術を近づけていった。もう少しでスライムに魔術が届く、というところでスライムは急激な動きを見せた。男の全身を覆うべくゆっくりとしか動いていなかった粘液状のスライムは炎を感知した瞬間、丸まったのだ。まぁ予想はしていたので驚くには値しないのだが、丸まった場所はスライムの体があるうちで、炎から一番遠い場所だったというのが問題だ。つまり、男の胸のあたりに収縮した感じで丸まったのだ。体積自体は変わらないのだろうから。ちょうど男の胸を中心とした粘液の球体を作り出してしまったことになる。

 ええい、ままよ。死ぬなよ。そう思いながら今度は『フレイムスロウワー』の炎を広げた。胸を中心に下は腹の辺り、上は頭までスライムに包まれた男は、窒息死への恐怖と、下半身を灼く炎の熱を感じて転げ回った。だが、スライムを殺すことには成功したようだ。ピクピクと痙攣する男をそのままに、部屋中に『フレイムスロウワー』を飛ばして目に見えるスライム全てを殺しつくすのにそう時間はかからなかった。

 とにかく、当面の危険であるモンスターは排除した。次はこの男の治療だろう。俺は男の傍にかがみ込むと治癒の魔術で男を治療してやった。同時に鑑定する。男は24歳。レベルは8だ。冒険者としては駆け出しから中堅へ、と言ったところだろう。男の仲間だろう、死体をゼノム達が引きずって集めている。同時に死んだスライム(もともと粘液状の体なので汚い水溜りのようにしか見えないが)の中からラルファとベルが嫌そうな顔で魔石を拾い出しているのが見える。

 死体を鑑定してみるとスライムはグリーンスライムという奴だった。濃い緑色の、藻が浮きまくったような汚い粘液だったから、昔見たブラウンスライムとは違うと思ってはいたが、やはり違っていたようだ。

 とにかく、男も回復したので喋るくらいはできるだろう。

「危ないところでした。だけど、スライムは全て焼き殺したから、もう大丈夫でしょう」

 俺がそう言うと、男は

「あ、ああ……ありがとう。俺はターナー。ターナー・ドルレオンだ。あんたは?」

 そう言ったのでこちらも名乗ってやった。すると、男は感心したように言う。

「しかしすごい魔術の腕だな。こんだけの魔法が使えりゃあなぁ……」

 そう言うとターナーは、傍に並べられた仲間の死体を見て悔しそうに唇を噛んだ。

 まだ、火傷の痛みは残っているだろうに、男は気丈に立ち上がると死んだ仲間の胸にナイフを突き立てた。俺があっけにとられながら目を見開いている間に、手早く胸を割くと魔石を取り出したのだ。その様子を見ていたのだろう、ベルが震える手で俺の手をきつく握ってきた。顔色が悪い。多分、俺の顔色も相当悪いだろう。同時に怒りがこみ上げてくる。こいつは、仲間の死体を切り刻んで、一体何をやっていやがる!

 見ちゃいられないので声を掛けようとしたら、最初の一人目の魔石を握った血まみれの手を胸に押し抱いてターナーは泣き出した。

「~~~っ! アリス……アリス……っ」

 えっ? なに? なんなの? これ?

「人から魔石を取るところを見たのは初めて? 結構いるよ、ああいう人」

 ラルファがそっと俺達に近づいてきて教えてくれた。そうか、遺品のような物か……。確かに知識としては知っていた。バークッドにいた頃、俺は合計で五回くらい葬式を見た。そのうち一回はホーンドベアーに一度に六人も殺された時だが。全ての葬式では河原で遺体を焼き、残った骨の中から魔石を取り出して、それを埋めていた。骨や灰はそのまま川に流していた。確かに魔石を遺骨がわりにしていた。遺族は、夜中に誰にも見られないように深い穴を掘り、そこに魔石を埋めるのだ。

 場所はどこでもいい。死んだ本人が好きだった場所でもいいし、畑の隅でもいいし、庭先でもいい。とにかく、誰かに掘り起こされないように、たったひとりの人間が知っているだけでいい。それを聞いた俺は、宗教観が違うだろうし、墓を造る考え方自体が違うのだと納得していた。自然に帰る、という意味では原始的な感じがしないでもないが、この世至るところ、全ての物に神は宿るという神社の教えからは自然な感じがした。一応火葬と言えないこともないし、その頃の俺は何も疑問を抱かなかった。

 だが、このように迷宮の中で死ぬこともある。当然火葬なんて悠長なことはしていられない。逆に人が死んだら火葬するという頭に凝り固まっていた俺は彼の仲間四人の遺体を、彼が転移してきた場所まで運ぶのは骨だと思っていたくらいだった。

 悲しんでいる彼を他所にゼノムとズールーは黙々と粘液で汚れた遺体の懐を漁り、財布などの貴重品をより分け、散らばった剣や槍を探し集めていた。どうやらこの部屋はスライムの巣だったようで、剣や盾、槍などがかなりの量で貯め込まれていたらしい。柄や木製部分などは腐ったりしてもう使い物にはならないが、売れそうな部分だけでも結構な量がある。まだ新しいものはきっとターナーの仲間が使っていたものだろう。

 ひとしきり魔石を抱いて悲しみに暮れたターナーはのろのろと他の仲間の胸を割き、魔石を取り出した。その間に俺たちは遺品を検分し、売れそうなものとゴミにしかならないものにより分けていた。彼の仲間の武具はどれもまだ十分に使い物になるだろうが、助けてやったとは言え、仲間だった人の持ち物を売り飛ばして金に変えるというのもいかがなものか、と思いつつ、とにかくより分ける。彼の仲間の武具は剣が二本に槍が二本、盾が一つ。あとは彼の仲間のものではないだろう、錆が浮き、柄が腐り落ちた剣が三本と柄の腐りかけた槍が一本。穂先だけになってしまった槍が四本。売れそうなものはこれだけだ。盾の部品だった金属パーツなどもあるにはあったが、こんなのゴミだろ。あとは彼の仲間の懐以外が出処の現金が合計で120万Z程。

 ここまで整理がついた時に仲間からすべての魔石を取り終えたのだろう、ターナーが声をかけてきた。

「すまないな。礼は金で勘弁してくれ。俺の有り金全てだ」

 そう言うとターナーは自分の財布を取り出してひっくり返した。銀貨や銅貨の中で金朱がひとつ混じっている。まぁくれるというなら貰っておこう。俺は彼の仲間の装備品を盾に乗せ、槍はロープで縛って纏めると、遺体から出てきた財布とともに彼に渡すと言った。

「わかりました。礼は有り難く受け取ります。あと、これは貴方のお仲間の遺品です。持って帰ってください」

「いいのか?」

 ターナーは驚いたように言う。最初に有り金全て出してなかったらこうは行かなかったよ。

「ええ、勿論です」

 俺がそう言うとターナーは感謝の表情を浮かべて受け取った。

「ありがとう。感謝する。助けてもらったばかりか、仲間の遺品まで……」

「お気になさらず。もうお礼はいただきましたしね。それより、一人で大丈夫ですか?」

 俺がそう言うと、ターナーは

「大丈夫だろう。ここまではかなり歩いたが、一本道で分かれ道もなかったから転移の水晶までは魔物もいないはずだ」

 と答えた。

「そうですか、では、お気をつけて」

 ターナーは再度礼を述べると重たい装備品を担いで俺たちが来たのとは別の洞穴に向かって歩いて行った。彼の姿が消え、暫くするとゼノムが言った。

「どうするか見守っていたが、遺品を財布まで含めてすべて渡してやるとはな……」

 口調は皮肉っぽいが、表情は笑っていた。

「礼はきっちり貰ったからな……」

 俺がそう言うとラルファが

「ゴブリンの魔石一つ見逃さない守銭奴のアルがねぇ……」

 とからかってきた。この野郎……誰が守銭奴だ。

「お前は、まだ魔石が転がってないか探しとけ。前にいたイモムシの時は犠牲者の魔石を探すの忘れてたわ」

 そう言って追い払った。鑑定で探せ? バカ言え、鑑定の視力を使っても地面の石ころ一つ一つが視線を動かすたびに輝度が上がるんだぞ。魔石だけ輝度があがることなんかないんだ。そんな便利なものかよ。視線の先に写る全てのものが鑑定対象なんだからな。勘違いされても嫌だからここでもう一回おさらいしておくが、鑑定の視力は俺の視線の先にある鑑定の対象になるものだけが輝度が上がる。それを意識の中でクリックするように選択して鑑定するんだ。多分気体以外のおよそ全ての物が鑑定対象になる。小さな石ころが沢山あったとしてもその中から魔石だけを選ぶのは普通に手間がかかるんだよ。あと、そうだな、例えば全身を板金鎧で鎧った人がいたとする。俺は多分その人の鑑定は出来ない。ヘルメットのスリットの奥に視線を固定することが難しいからだ。目の前で暫く動かないでいてくれるとかなら出来るだろうけどね。それに髪の毛でもなびかせてくれていたら問題はないだろうな。

「でも、アルさんは正しいと思う。仲間の遺品を取り上げてしまうのは……きっとあの人も気分が悪いでしょう」

 ベルがそう言ってくれた。うんうん、仲間ってのはこうでなきゃな。

「私はご主人様にお仕えできて良かったと思っています」

 ズールーもそう言ってくれた。そうかそうか。俺も良い奴隷を持てて良かったよ。

 ラルファには帰り道で魔石を取るのを途中で放り出したノールの魔石を取る栄誉をくれてやった。あ、30匹近いスライムを焼き殺した俺はレベルが上昇し、11レベルになった。



・・・・・・・・・



 戦利品を魔石とともに処分したら合計で200万Zを超えた。当然礼金としてターナーから受け取った分は別勘定だけどね。いつからか俺の中では50万Zを稼ぐ毎に1万Zのボーナスを出すようにルールづけをしている。200万Zを超えたのでゼノム、ラルファ、ベルそれぞれに銀貨を四枚ずつボーナスとして支給してやり、晩飯までは解散だ。『ボイル亭』に戻ると言伝があった。

 マダム・ロンスライルからだ。どうやら一人、俺のおメガネに叶いそうな奴隷が入荷したらしい。行ってみるか。

 急いでシャワーを浴びて着替えると、俺は『奴隷の店、ロンスライル』へと歩き始めた。いい奴隷が入荷しているといいなぁ。パーティの人数が増えると戦力の向上に繋がるのは勿論だが、それ以上に神経を使う迷宮探索が楽になるのが大きいと思うんだよ。罠発見専門のやつとかいないのかね? もしいるなら多少ガイド料が高くても雇っちゃうんだがな。

 『奴隷の店、ロンスライル』に着くと俺はマダムに声を掛けた。

「いらっしゃいませ、グリード様。ご伝言はお聞きになりまして?」

 お聞きになりましたからこうして馳せ参じたのですよ、マダム。

「ええ、折角良い奴隷が入荷したとご連絡を頂戴したのです。是非拝見させて頂こうかと思いましてね」

 俺がそう言うと、マダムはニッコリと微笑んだが、すぐに表情を曇らせて言った。

「私は良い戦闘奴隷だと思うのですが……戦時捕虜からの奴隷ではないのですが……」

 まぁ戦時捕虜からの奴隷が望ましい、というだけで腕さえ良ければいいのだから、試させてもらえさえすれば文句はないよ。

「そうですか、いや、大丈夫ですよ。拝見させて頂きましょう」

 俺がそう言うとマダムは安心したのか、また奥に引っ込んでいった。

 いつものように暫く待っていると、また姿を現したマダムが俺を呼びに来た。いそいそと後を付いて行き扉をくぐると、四人の人影が並んでいた。端から順にまず最初に顔つきや体格をチェックしようと眺め始めた。体格は全員その種族において悪くはないだろう。

「一番右端の女が今回おすすめの奴隷です」

 マダムがおすすめする奴隷を鑑定する。

【マルソー・エンゲラ/12/8/7442 マルソー・エンゲラ/20/8/7421】
【女性/14/9/7422・犬人族・ロンスライル家所有奴隷】
【状態:良好】
【年齢:20歳】
【レベル:6】
【HP:90(90) MP:4(4) 】
【筋力:13】
【俊敏:17】
【器用:10】
【耐久:14】
【特殊技能:小魔法】
【特殊技能:超嗅覚】
【経験:36128(43000)】

 ふーん。悪くはないが、なぜこいつを薦めるんだろう? 顔の造作が十人並みなのはまあどうでもいい。だが、実際どうなのよ? 戦時捕虜ではないのなら一体何が売りになるんだ?

「彼女は先日壊滅的な損害を受けた冒険者グループから放出されたのです。ですから迷宮へは何度も入っていますから、問題はないでしょう」

 ああ、そういうことね。

「そうですか。ですが、腕の確認はさせてもらいますよ」

 俺がそう言うとマダムは下働きの男に木剣を二本持ってこさせた。その間に念の為に残った奴らを鑑定してみたが、俺の琴線に触れるような奴隷はいなかった。木剣を受け取ると一本をエンゲラに渡し、裏庭に向かいながら彼女に言った。

「俺は治癒魔術が使える。怪我をしても治せるから、気にせず本気で打ち込んできてもいい。もし俺に買われたいなら手は抜かないほうがいいぞ」

 近くで見たエンゲラの肌は小さな傷があちこちにあった。過去にいた所では治癒の魔法を使える奴はいなかったのだろうな。

 実際に試してみると腕の方はまぁそこそこと言ったところだ。俺のパーティだと、白兵戦では俺、ゼノム、ラルファ、ズールー、ベルの順で腕が落ちていくが、どうにかベルよりちょっと落ちるくらいの腕はありそうだ。俺は出来るだけエンゲラに傷をつけないように明らかにそれとわかるように加減したり、寸止めしていたし、エンゲラの剣を受けるほど俺の腕は悪くないから、どちらも無傷だった。ま、いいだろ。

「お前、バルドゥックの迷宮にはどのくらい入ったんだ?」

 俺はそう聞いてみた。

「ちょうど一年前くらいからです。ですが、そのうち全く迷宮に行かなかった時期が3ヶ月程あります」

「そうか。今まで何人に仕えた?」

「全部で三人です。最初のご主人様はすぐに私を売って故郷に戻られてしまいました。その後、暫くして別のご主人様にお仕えしたのですが、その方も私を売ると故郷に帰られました。その次のご主人様が前回の方です。10人のパーティでしたが、つい先日、私を入れて六人しか生き残れない戦いがありました。その後、ご主人様は私をこの店に売りました。故郷に帰ると仰られていました」

 なるほどね。

「最初の主人はお前を買ったのか?」

「いいえ。私は農奴出身です。最初のご主人様が冒険者になられると言うことで、私を含めて三人の奴隷を連れて故郷を出たのです」

 農奴出身か。だが、農奴出身でこれだけ剣が使えるということは才能はあるんだろ。

 俺はマダム・ロンスライルに向き直ると言った。

「この女の値段はいかほどですか?」

「迷宮の経験もあるので650万Zです」

 うーん、ズールーと比べると安いが、女だしなぁ。普通の戦闘奴隷の相場は女性が600万Zくらいから700万Zくらいで、男性は650万Zから750万Zくらいが相場だ。出身が兵士だったり従士だったりすると更に高くなっていく。騎士なんかは目が飛び出るほど高い。このエンゲラという犬人族の奴隷は農奴出身ではあるが迷宮で数ヶ月生き残っている実績があるから多少高くなっているのだろう。

「剣の腕はご覧になったでしょう? あれでもその価格ですか?」

 こういうこともあろうかと、俺はエンゲラを子供扱いでもするかのようにいなしたんだ。

「……630万Zでは如何でしょう?」

 ふむ、まぁいいだろう。

「わかりました。630万Zで彼女を買います」


 
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