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悪人令嬢シリーズ

悪人令嬢の性格は一度死んでも変わらない

作者:角砂糖
「オードリー・アッシュフィールド、貴様との婚約は本日をもって破棄させてもらう!」



目の前にいるのは目障りな平民の女と、わたくしの婚約者や義弟を含む女の取り巻き達だ。今日は私より一つ上の学年の卒業パーティーで、その最中に今までの悪事を晒された私は婚約破棄を言い渡された。

「そんな…ステファーヌ様!」

婚約者の名を呼ぶが応答はない。私が女を睨み付けると取り巻き達は私に詰め寄ってきた。今までこんなにも恐怖を感じたことはあっただろうか。観衆の目が私に突き刺さる。


「いやあああああ!!!」

私は会場から逃げ出した。














「…もう…なんなのよ…」

無我夢中で走ったので、今自分のいる場所が分からない。学園の敷地内ではあるだろうが、暗くて周りの様子を確認出来なかった。

「あの女が全部悪いんだ…!私のものを奪うから」

一人で呟きながらうずくまる。私はこれからどうなるのだろうか。あんな大恥をかいたからには学園にいられない。アッシュフィールド侯爵家にもいられなくなるかも。下手したら修道院行きもあり得る。


一人(すす)り泣いていると、どこからか声が聞こえた。

「ヒッ」

小さく悲鳴をあげると声は近くなり、それが聞き覚えのあるものだということが分かる。

「オードリー」

背後からの声に思わず振り向く。そこには見知った人物がいた。

「あなたは…――――――」


こうして、私の十七年間の人生は幕を閉じる。


























はずだった。


「キィャアアアアアアアアア!!!!」

「お嬢様!?」

私がベッドから飛び起きると、使用人の一人が驚いた様子でこちらに来た。


「………………夢………?…まさか………嘘でしょう!?」

私は自分の体をまさぐった。異常は無い、と言ったら嘘になる。怪我や不調は一つも無かったが、あるはずのモノがなかった。

胸が消えていた。


「お嬢様…?」

不審そうな目で私を見る使用人を手で退かし、全身鏡の前に立つ。そこには幼少期の姿をした私が写っていた。

衝撃のあまり私は床にへたり込む。私は慌てる使用人に声をかけた。

「あなた、私の歳を言ってみなさい」

「え?」

訳が分からないという風に首をかしげる侍女。苛立つ私は彼女に怒鳴り付けた。

「早く!私の歳はいくつなのよっ!?」

「はいぃっ!えっと、先月四歳になられたと存じておりますが!」

違う。私は先月、十七歳になったはずなのだ。私は立ち上がりベッドに戻る。そして記憶を辿ることに集中した。


あのパーティーが終わって、逃げた私は背後から声をかけられた。そして、声をかけた人物が私を殺したのだ。そこまでは思い出せる。でも、肝心なことが思い出せない。

誰がどうやって、私を殺した?


「お嬢様、大丈夫ですか?」

鬱陶うっとおしい侍女の声でハッとした。所々記憶が抜けているが、死んだはずの私が何故か幼少期にまでさかのぼり生きている。恐らくこれは時間跳躍タイムリープだ。私に時属性の魔法は無いので運が良かったとしか言いようがない。


「やっぱり私は、神に愛されているんだわっ!!」

「お嬢様ぁ!気をしっかり持ってください!」

高笑いする私に侍女は泣きそうな顔をする。失礼な女だ。そう思っていると、扉がノックされた。

「ドリィちゃん?騒がしいけれど、体調は大丈夫かしら?」

声の主に心当たりがなかった。私のことをドリィちゃん、なんて呼ぶ人はいないはずだ。開けられる扉を私は見つめる。

「あら、元気そうね、ドリィ」

「お、母…様…?」

そこには、私が五歳の時に亡くなったはずの母がいた。滑らかな栗色の髪に美しい容姿、ずっと会いたくても会えない、いなくなったはずの母がそこにいた。

「お母様」

「あら、どうしたの?」

もう一度呼んで確かめる。そうだ、今の私は四歳児。母が死ぬまではあと一年の猶予があるのだ。


「お母様あああああああああっ!!!!」

私は大泣きしながらお母様に抱きつく。お母様は戸惑っているようだが、優しく抱き締めてくれた。母が亡くなったあの日以来、ずっとこうして欲しかったのだ。

泣きつかれた私はまたベッドの中で眠る。私は自分の性格をよく理解していた。私の性格は、とても悪い。でも直す気はなかった。嫌なものを我慢して受け入れるなんてしたくないし、むしろ自分の前から消えていなくなるように仕向けるのが人として当たり前だと思っている。

でも、お母様を愛するこの気持ちは、私の中にある唯一の美しいモノなんだと思いたい。





「んっ…」

起きるとお母様が横で座っていた。

「うふふ、起きたのね」

そう言って笑うお母様はとても眩しい。この笑顔が見られなくなるのは、一回目の私の人生だと五歳の時だ。彼女は、病死する。





「お母様は…病にかかっているのですか?」

もしも早期発見で治るのなら、そう期待して聞いてみる。お母様はなぜ知っているのか、と驚いた顔で私を見た。

「…どこからそれを…いえ、どうでもいいわね、そんなことは」

お母様の言い方で何となく悟った。これは治らないのだと。きっと、一回目の人生と同じように大好きなこの人はいなくなってしまう。

「なぜ…言ってくれなかったのですか…」

「私はね、もとから三十まで生きられない体だったの。もうすぐその歳だわ。それまで、病のことを忘れて生きていきたかったのよ」

お母様の言い分も分かる。一回目でのお母様はなんの前触れもなく死んだ。前日はいつも通り元気そうだったのに。

「でも…!私はお母様と悔いの無い日々を過ごしたいのです!」

「ごめんなさいね、ドリィちゃん」

再び大泣きする私はお母様は強く抱き締める。私の中で一番大切なモノはお母様だ。私は神がくれたチャンスを台無しにするまいと、強く決心した。



















あれから過ごしたお母様との時間は絶対に忘れない。その日々はとても楽しくて幸せだった。けれど、やはり運命とは強力で残酷だ。

お母様は一回目と同じ日に亡くなった。



「うぅ…ひっく…お母様…」

「お嬢様…」

泣いている私に侍女は何て言えば良いのか迷っているようだった。一回目の私だったら、癇癪を起こして我が儘を言い、使用人達を困らせていただろう。あの時の私はお母様を失った苦しみから逃れたかったのだと思う。思えば、私の性格の悪さが際立ってきたのはこの時期からだった気がする。

でも、私はそうしなかった。大好きな人と再び出会えたからこそ分かる。二度も大切な人を失うというのはあまりにも辛かった。でも、私はその辛さから逃げない。母を失った悲しみは忘れてはいけないものなのだ。無理矢理忘れるのではなく、乗り越えないといけない。それはお母様への礼儀なのだと、今なら思う。

「…私は部屋に戻るわ。しばらく一人にしてちょうだい、何かあれば呼ぶから」

「…かしこまりました」

そうして私は部屋に戻り、机にテキストを広げた。お母様の言葉を思い出す。

『ドリィ、何があっても勉強だけはしておきなさい。知識と知恵さえあれば、貴女はきっと自由に生きていけるわ』

「…お母様…」

私はそう呟いて、ペンを強く握り締めた。













私はそれから単調な日々を送っていた。朝起きて朝食を取り、勉強をして音楽、ダンス、花、マナーを雇った教師達から習い、また勉強。父とは週に一度夕食の席で会うか会わないかの関係だ。

父は私に興味の無いようだった。それは一回目と同じで、小さかった私はそのストレスもありどんどんひねくれていった。お母様がいなくなり、お父様に愛を求めていたのだ。

でも、二度目の私はそんな愚かなことはしない。私の中でこの血の繋がった男は私を養っているだけの銅像だ。私は既にこの人を見限っていた。

一回目と違うのは、私の我が儘の方向性だ。一回目では服や装飾品、玩具など、気になったものは片っ端から取り寄せていた。二回目の今は、興味のある教養はすべて家庭教師を雇い、ドレスなどは全て使用人達に任せている。

使っている金額は恐らく変わらない。だが、使用人たちの評判は大きく違う。可愛がられている訳ではないが、努力家と思われているようだった。

だけれども、そんな平凡で退屈で平和な日々も予定通りに終了した。




「オードリー、この人がお前の新しい母と弟だ」

忌まわしき親子がアッシュフィールド侯爵家にやってきた。二十代前半くらいの女の名はチェルシー、その息子の名はヘンリーと言う。息子は父上とチェルシーの息子で、歳は私の一つ下で五歳。つまり、父上はお母様が健在の頃、既にこの愛人を持っていて子を孕ませたのだ。

愛人自体は珍しい事ではない。けれども、その愛人を家に迎え入れて婚姻するというのは聞いたことがなかった。

「よろしく、オードリー。ほら、ヘンリーも挨拶なさい」

「…よろしくお願い…します」

作り笑いを浮かべる女と母に隠れる息子。気持ち悪くて仕方がない。平民であるこの二人が私を対等に扱っていることが酷く腹立たしかった。

確か、一回目の私はこの時に二人を罵ったはず。そしてその日から親子二人をいじめ倒したのだ。今もそうしたい気持ちでいっぱいだがそうできない理由がある。

私が死んだ日、私を追い詰めた中にはこの汚ならしい平民の息子がいたのだ。そして、私を殺した可能性のある一人でもある。

一回目、前述した通り私は二人を日常的に罵り、嫌がらせをした。それに耐えられなくなったチェルシーという女は愉快なことに自殺を図ったのだ。一命は取り止めたものの、精神は壊れて息子の顔も分からなくなってしまった。私は彼の母親を殺したようなものなのだ。

そりゃあ恨まれるか、と一人納得する。しかし、反省どころか罪悪感すら私にはない。でも、後悔はしている。私はこの男に殺されるほどの恨みを買ってはいけないのだ。仲良くすることなんて死んでも出来ないが、嫌がらせや罵倒をしないだけなら出来る気がする。

要するに、関わらなければいいのだ。


「どうもこんにちは、チェルシーさん、ヘンリーさん。では、私は部屋に戻りますので。失礼いたします」

私は作り笑いすらせずに、一礼してその場を離れた。



部屋に戻って家庭教師から出された宿題を広げる。私はあることを思い付いて侍女を呼んだ。

「ジェシカ」

「はーい!なんですかお嬢様!」

騒がしいこの娘の名はジェシカ。私が唯一名を覚えている侍女で、私の専属侍女だ。一回目では使用人の名を一人も覚えていなかった私だが、この娘を覚えないのは不可能である。

どうやら私の勉強に対する姿勢に尊敬を抱いているらしい。彼女は私の享年と同じ十七歳だ。やたらと私に構ってきて、馴れ馴れしく接してくる時もある奇特な少女。しかし彼女は子爵令嬢でありながら、有能でもあった。そこまで拒んでいなかったのもあり、私は彼女を専属侍女に選んだのだ。

「今後、あの三人のうち一人でも食事の間にいた時は私の部屋に直接食事を運んできて」

あれらと同じ空間で食事だなんて、こっちの気が狂うわ。

「えっ…でも…」

「心配なら父上の許可を取ればいいでしょ。恐らく大丈夫よ」

あの銅像も私がいない方がいいでしょうしね。

「分かったら、他の使用人達にも伝えておいて」

「承知致しました」

その言葉を聞いて、私は問題に取りかかる。



















あの下賎な親子が来てから私の生活はさらに暗いものとなった。まず、ほとんど部屋から出ない。勉強は元から部屋でやっているし、その他の稽古も全て自室内だ。部屋から出るのはダンスレッスンと風呂とももよおした時くらいである。


しかし、あの親子がアッシュフィールド家に来て半年が経ったある日、七歳になった私は医学についての本を探すために図書室へ行った。医学は何となく気になってしまい、私は軽い気持ちで図書室に入った。そして運の悪いことに、そこには戸籍上の義弟が座って本を読んでいたのだ。久しぶりに会い、向こうも私とは違う意味で戸惑っている。

「えっと、…こんにちは、姉上」

ここまで避けられても尚、私のことを姉と呼ぶのね。そこに少し驚きだ。しかし、五歳の子供が私の態度の意図を汲み取れるはずもなかった。思えばこの子とは数ヶ月ぶりの再会である。会いたいなんて、一欠片も思っていないけれど。

下品な妾の子が馴れ馴れしく私を姉と呼ばないでそう言いたくなるのを抑える。ダメよオードリー、殺されるのはもう御免でしょう。私は思わずヘンリーを睨み付けてしまった。これくらいなら許されるはずだ。

「ええ、こんにちは」

そう言って私は図書室から何も本を出すこともなく立ち去った。











予想外の出来事とは続いてしまうものなのだと痛感する。

「奥様が呼んでおられます」

私はその言葉聞いた途端、持っているカップを声の主、ジェシカの顔面に向けて投げた。

「うわあっ!」

そう言いながら華麗に避けるジェシカはやはり有能だ。私は割れたカップと溢れた紅茶を片付けるジェシカに向かって言う。

「私の前で、あの女を奥様と呼ばないで。今回は専属侍女の貴女に免じて許しますが、次は無いと思いなさい」

「は、はい…って、本題なんですけどね。チェルシー様が呼んでおられますよ。どういたしますか」

「…貴女、あの女に何て言われたの?」

「『私が呼んでいると伝えて』と、言われました」

私は手を顎に当てて考える素振そぶりをした。しかし答えは考えるまでもない。

「なら貴女の役目は終わりよ。私によく伝わったから」

「へ?」

私がその日、チェルシーのもとへ行くことはなかった。そしてその代わりに、チェルシーは私の部屋へ訪れることとなる。

「オードリー、話があります」

ドアの外からあの女の声が聞こえた。たかが愛人風情が私を呼び捨てにしてんじゃないわよ。そう思い舌打ちをする。

「お嬢様、流石に逃げ場はないですよ」

「分かってるわよ。…ジェシカ、私が目も当てられないほど彼女をいじめていたら、絶対に止めて。これは命令よ」

「かしこまりました」

よし、これで私がチェルシーを限界まで追い詰めることはない。これで準備は整った。



「どうぞ」

私の声を聞いたチェルシーが扉を開ける。

「こんにちはオードリー。私はあなたを呼んだはずなんだけど」

「こんにちはチェルシーさん。ええ、確かに私は貴女に呼ばれたわね」

ジェシカの用意した椅子にチェルシーが座り、私達は対面する。


「今日はなんのご用でしょうか」

さっさと本題に入って帰りなさいよ。と言うのを抑える。もう既に息苦しい。

「…貴女にお願いがあるの。貴女が私達を嫌っているのは分かるわ。でも、ヘンリーを傷つけないでちょうだい」

目の前にいるチェルシーを見る。この女はこんなにも気の強い人間だったろうか。…いや、一回目では私がいじめすぎて衰弱していたのだろう。今の彼女の姿は、出会った時と同じように美しかった。

「私がヘンリーさんを傷つけたと?心当たりがありません」

「…覚えがないのね、なら教えてあげるわ。貴女、図書室でヘンリーを睨んだそうじゃない。あの子は酷く落ち込んでいたわ」

その言葉を聞いて思いを巡らす。心当たりがない、と言ったのは半分嘘だ。図書室の件だというのは分かっていた。なぜなら、私とヘンリーが会話をしたのはあの時だけだからである。しかし睨んだくらいで傷つく訳ないわよね、と思っていた私は彼女の言葉に拍子抜けした。

「なるほど、思い出しました。…それにしても、他人に睨まれた程度のことで傷つくだなんて、あなたの息子さんは侯爵家長男としての自覚が足りないのでは?」

特に、彼は平民だ。これから後ろ指をさされることもあるだろう。身分が高ければ敵が増えるのも自然なことだ。睨まれたくらいで一々傷付いていたら切りがない。

「っ!貴女は他人じゃないでしょう!?」

チェルシーは怒鳴る。…これは、完全にナメられてるわね。一回目では私に歯向かう気力も無かったくせに。やはり死ぬ程辛い目に遭わせた方がよかったかもしれ…ダメだ、抑えて私。


「あぁ、戸籍上は姉でしたわね、すっかり忘れていましたわ。だって貴女方があまりにも平民のように振る舞うから、領民の方と話している気分でしたのよ」

私は手と脚それぞれを組み、ふんぞり返る。七歳児が人を見下す姿勢をとるのは少し大変だ。


「私はもう、ディオの…ギディオン・アッシュフィールド侯爵の妻よ!そしてあの子は侯爵家の息子、長男になったの!…あなたは私達が平民出身だからって見下すのね。父親である彼は、私達にこんなにも優しくしてくれるのに」

ギディオンという名を久しぶりに聞いた気がする。確かに父親の名はそんな名前だった。それにしても、目の前の女の発言に思わず笑いが込み上げてくる。


ギディオンはお前達(・・・)には優しいわよね。

「ウフフ、確かに、平民出身だからという理由もありますが、それだけではなくてよ?」

私はジェシカの注いだ紅茶を一口(すす)った。チェルシーは私の言っていることがよく分かっていないのだろう。これは二回目の人生で、私が二人をいじめなかったからこその理由だ。


「あなた、平民の時とどれくらい生活が変わった?」

私の唐突な質問にチェルシーは訳が分からないというような顔をしている。

「それは…かなり、変わったけど」

「例えば?」

「ディオとずっと一緒にいられるようになったわ!」

勝ち誇ったような笑みを浮かべるチェルシー。なんなんだこの女は。

「…カマトトぶらなくていいわ。そういうことを聞いたわけじゃないのよ。まず、生活が豊かになったでしょう?キレイな服、美味な食事、優雅な生活とか」

「…ええ」

良い年して可愛い子ぶってんじゃないわよ。

「あなた、今の生活が楽しい?苦労はない?」

一見労いの言葉のようにも見えるが、全然違う。

「毎日が楽しいわ。苦労なんて、使用人の方が有能だから一つもないもの」

当然でしょ?とでも言うような顔でこちらを見るチェルシー。だから私はあなたが嫌いなのよ。


「あなた、それがおかしいことを分かっていらっしゃる?」

「え?」

私は愚かな女に優しく教えてあげることにした。

「ダンスやマナー、刺繍に音楽。その他にも色々と勉強しているんでしょう?あなたはよく知らないかもしれないけど、アッシュフィールド家は名門なのよ。あなたは侯爵夫人に見合う人間かしら?」

「…わ、私だって頑張っているわよ!」

こちらを睨み付けるチェルシーは少女のようだ。何の貫禄もない。

「平民出身であるあなたに、前妻であり私の産みの親、アイリーンのレベルを超えろとは言いません。けれど、血反吐を吐く程の努力をするのは今のあなたの最低限の義務なのよ」

平民出身で何の教養もない彼女が侯爵夫人になる為に努力しているとしたら、のうのうと暮らして楽しいなんて言えるわけがない。

「で、でも!彼が今のままで十分だって言ってくれたわ!」

チェルシーは立ち上がって叫んだ。つくづく品のない人間である。

「あら、放し飼いから飼い猫にランクアップですわね。おめでとうございます」

私は笑顔で一礼した。この愚かな女に割いている時間がとても勿体ない。

「飼い猫ですって!?あなた人を見下すのも大概にしなさいよ!」

「チェルシーさん、あなたって使用人達の間でも『人当たりの良い優しい人』だって言われているのよ。よかったわね、愛されて。美人で可愛いあなたは愛されているだけの女なのよ。それって、愛玩動物以外でなんなのかしら?」

ついに、チェルシーは何も言わなくなった。

「低脳が、自分は侯爵夫人だなんて大声で言わないで。腹が立つわ。私はね、もしもあなたが死ぬほど努力していたなら、敵に回すのは止めようって思う程に、あなたを認めているはずよ。…それでも、決して好きにはならないけどね」

チェルシーは顔を赤くして瞳に涙を溜めている。

「悔しかったら、見返してごらんなさいよ。まぁ、あなた程度の人間なら私でも負けることは無いでしょうね。…ジェシカ、チェルシーさんは自室に戻られるそうよ」

私は最後に嫌味を言ってチェルシーを追い出した。ジェシカはチェルシーを部屋の外へ送り出してから戻り、扉を閉める。





「意外と簡単に沈んだわね」

また紅茶を一口啜る。

「…お嬢様は、語彙が豊かですね…本当に七歳ですか…?」

ジェシカの言葉に私は動きを止めた。確かに、あの発言は七歳児には相応しくないわね。まぁ、身体は子供だから舌っ足らずなのもありそこまで違和感はないはずだと信じたい。

「…私は七歳児であれど、天才だから問題ないわ」

なんとか誤魔化すも、微妙な空気になってしまった。

「あははー、さっすがお嬢様ですねー」

「明らかに棒読みで言うんじゃないわよ!」

本当に失礼な侍女である。一回目の私だったら容赦なくクビにしていた。が、できるだけ恨みを買いたくないし、何よりジェシカ以外の専属侍女を決めることは出来そうにない。私の発言に一切傷付かない人間じゃないとダメなのだ。

「…それにしても、止めなかったのね」

私は余りにも酷かったら止めてと命令した。今も言い過ぎたなんて微塵も思っていない。しかし結局チェルシーを泣かせてしまった。

「あー、確かに、言い方はアレでしたけど。それなりに正論でしたし。大丈夫かなって」

あんまり大丈夫じゃ無さそうでしたけどね。とジェシカは言う。この女も中々ズレているんじゃないかしら。


「これからどうなるのかしらね。見返してくるかしら」

私の発言にジェシカは笑みを浮かべる。

「あの方、きっと今日から血反吐を吐く程努力すると思いますよ。あんだけバカにされても最後の最後にあんなことを言うくらいですから」

「…そうね」


帰り際、チェルシーは決して大きくはない声で、しかしハッキリと言ったのだ。



『誰からも愛されていないくせに』



そんなの、一回目の時から知っていたわ。だからこそ、私は人を傷つけることが出来るのよ。

私はティーカップを置いた。窓を見ると、さっきの修羅場を全く思わせない青空が広がっている。

「ジェシカ」

「はい、オードリーお嬢様」

私の態度から察して、彼女は専属侍女として返事をした。

「今後、私が誰かを死ぬほど追い詰めようとしていたら、貴女は命をもってして止めなさい。命令よ」

「かしこまりました」

ジェシカは侍女の正式な礼をする。私は絶対に一回目のようには死なない。目の前の唯一信頼できる侍女を踏み台にしてでも。

太陽の光は、私達を明るく照らした。




読んでいただきありがとうございます!この話の舞台は『勇者様は自己中少女』と同じ世界です。魔法とかそんな感じのが色々あります。今作は序章みたいなものです。次回作も出す予定なのでお楽しみください。恋愛要素はほっとんどありませんでしたが、次回辺りで出していくのでご容赦願います。(てへっ♡

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