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女子高生、坂東蛍子

坂東蛍子、猫の神で遊ぶ

作者: 神西亜樹

 坂東蛍子は一般的な女子高生よりも遥かに沢山の楽しみを通学路に見出していた。中でも最近最もホットなのが、カーブミラーの対面で身じろぎひとつせず座り続けている野良猫、通称“道交法の神”轟である。

 ちなみに轟という名前は蛍子がカーブミラーから連想して勝手に名付けたものであり、例えば男子高校生川内和馬からは「バイト」、異星人大城川原クマからは「母さん」と皆に好き勝手呼ばれ可愛がられている三毛猫である。


 猫の轟(便宜上そう呼称する)はイヤな奴が来たな、と顔をしかめた。目の前にしゃがみ込んでにんまりしている女子高生は轟の中では要注意人物のトップランカーであった。なるべく厄介なことに巻き込まれないよう星に祈りを捧げるため轟はそっと目を閉じた。

 俺がこのカーブミラーの前に座り込んでからもう随分立つ。最初は老人が話しかけてくるぐらいだったが、今では街行く人間共の殆どは俺に敬意を表し、相談事を口ぐちに述べ、様々な供え物まで置いて行くようになった。しかしこの女はその供え物として食い物ではなく120円を置いて、俺を試すようにジッと見やがるのだ。そして俺が変わらず座り込みを続けていると、やれやれと言った様子で金を回収し(この女は供えた金を回収する!)、その金で目先の自動販売機で飲料を買ってくると俺の前にまたしゃがみ込んで、美味そうに喉を鳴らして飲み、俺を見てにやりとほくそ笑むのである。そう、試していやがったのだ。俺の知能を。

 轟はその時のことを思い出すと悔しくて仕方なくなる。轟は蛍子の意図を察していたし、買おうと思えば自動販売機で買い物をすることも出来た。しかしそんなの猫のすることではないだろう、と轟は怒った。猫は自販機で飲み物を買ったりなどしないし、何よりそんなことをしたら目立ってしまう。話題の渦中にさらされるというのは哲学の道を志す者としては好ましくない状況だった。だからこそ轟は屈辱に耐えたのである。

 轟にはれっきとした自我があった。実は動物の中には鏡に映る自分の姿を見ることで自我に目覚めるものがいる(そのため室内犬猫は大抵自我を獲得している)。轟はこのカーブミラーで自己が何者であるかということを強く認識させられ、以来自己探求のためにこうして座禅を組んで日々を過ごしているのであった。時折何故動かないのかと問うてくる人間もいる。その度に轟はこう返すのだ。

「自由の女神という像は足元をどこよりも頑強に固定されている。自由とは束縛の上にあるものなのだ。俺が一歩も動かないのは自由に生きている証なのだ」

 そして質問した通行人はミャアという鳴き声を聴いて満足そうに帰っていくのである。


 轟は頭上に何か違和感を感じて目を開けた。目の前では、自身の鞄から何やら引き出してはそれを轟の頭に乗せている坂東蛍子の姿があった。彼女の瞳は新たな企みでキラキラと輝いていた。さてはこの女、また俺を試そうとしているな、と轟は思った。恐らく俺が本当に身動きもとらず哲学の道を邁進出来ているのか試そうという魂胆なのだろう。そうはいかないぞ、と轟は口の端を歪めて笑う。昔の高僧は悟りを開くために徹底的に自身の体を痛めつけたという。轟は仏教を志しているわけはなかったが、真理の探究に身を置くものとして自身も彼らのようにこの逆境を乗り越えてみせようと誓った。

(弾圧されてこその思想、拒絶されてこその哲学だ!小娘よ、かかってくるがいい!)


 坂東蛍子は轟の頭上に積んだ三角定規と分度器と消しゴムとホチキスを見た。3分程見守っていたがそれらは絵画のようにピタリと静止したまま小揺るぎもしなかった。蛍子は暫く遠い目をして不敵な表情で口の端をつり上げる轟の目を見つめていたが、唐突に轟の脇腹を鷲掴んだ。ギャっと飛び上がる轟とバラバラ音を立てて道路に撒き散らされる文房具を見て坂東蛍子は勝ち誇ったように拳を天高く振り上げ高笑いをした。彼女の陰で轟は悔しそうに地面を殴った。

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