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異世界マイペーサー 作者:闇緒 恣恣

戯函  ~ Lupus in fabula

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五十三話 寝坊暴走  ~ ちょうしょくですかね?

オゴゴゴゴ……。
 男は一人、窓枠に手をかけて呟く。安堵のような、それでいて感嘆のようでもあるため息と共に。
 しかし同時に親の仇の名を口にするような表情が、何てことのない青空を写す窓に映り込む。

「そうか、奴は学院のEクラスに……」
「ええ、監視するには申し分ないかと存じます」

 部屋の影、闇より現れた仮面の男は男の呟きにそう返す。
 感情が一切籠っていない人間なのか疑ってしまう声ではあるが、仮面で隠せない首もとから人間のようだ。

「監視は続行だ。くれぐれも学院側には悟らせるな」
「……Eクラスにはもう一人のみ、生徒が在籍するのですが」

 苦虫を噛み潰すような表情が少し出た。
 ほんのわずか仮面が震えたように見えたが、いい終える寸前にその変化は潜めた。
 窓際に立つ男は、その言葉を聞き目を見開き表情を崩す。
 彼にとって、“仮面”の言葉はあり得るはずのない言葉だったからだ。

「王の息か……別の息か、我々には羽虫並に鬱陶しい。……調べて潰せ」

 返事はしなかったが、仮面の男は確かに頭を下げた。
 失態を取り戻す、そのような心意気であったのやも知れない。
 だが、彼は主人の言葉に逆らうことはない。そもそも返事をする必要すらないのだ。

 仮面の男は現れたとき同様、闇に沈むかのように足を一歩引いた。
 その瞬間、部屋のなかには暗闇だけが残り、人は窓際の主人一人となった。

「逃げられると思うなよ……雑種が」

 男は歯軋りを立てながら、忌々しげに呟いた。


     ★


 目が覚めると、抱き枕として小さな、金の髪をした少女を抱き枕にして寝ていた。
 何を言っているのか分からない……ほどまでに落ちぶれてはいない。
 昨日は確か、夕食を食べずにこういう風にシェリーと一緒に寝たんだった。
 って、そうだ。夕食食べてない!
 しかしながら、時刻を見てみると有り得ない時間帯。

「……朝?」
「にゃふぅう、おねえちゃん……朝ぁ?」

 確か、朝食の時間は……。
 寝ぼけ眼でシェリーの頭を撫でて、起きるように促し行事予定を確認。
 シェリーはいったいなにと勘違いしているのか、手をペロペロとなめ出す。
 俺はそんな片手を無視して、グラフのような物を指でなぞって行事を確認した。

「シェリー、行きますよ」
「どこにぃ?」

 思いっきり寝坊なんですよ、コンチクショウ!
 初めての寮の夕食をボイコットしたあげく、朝食も寝坊とか……。
 俺はシェリーを抱えて、食堂のほうへと向かった。



 制服はまだ渡されてはいない。
 行事予定だと入学式の前に一斉にして渡されるので、今日以降のどこか。
 それに今は結構ラフな格好をしている。
 寝苦しくないようにだったけど、全力疾走している今は別の意味で大助かりだ。
 全力疾走をしていても動きにくくなくて、俺の全力がしっかりと速さに反映されている。

「シェリー、もう少しですからねー」
「おねえちゃん、凄ーい!」

 シェリーはジェットコースターに乗った女の子みたいにはしゃいでいた。
 キャーキャーと悲鳴を上げて俺にしがみ付きながらも、その顔には笑顔が張り付いている。
 舌を噛まないか俺はヒヤヒヤしているけど、今の所問題はない。
 お姫様抱っこになっている気もするけど、シェリーも気にしてい無いようなのでスルーだ。

「……ラスト!」

 階段は全て飛び降りて、十五段くらいある段差は俺の足では踏んでいない。
 散髪していないだいぶ長くなってきた前髪が、重力に逆らって逆立つ。
 ペシペシと靡いた髪の毛が肩や頬や額に鞭のようにしなって打ち付けて来るけど、あまり気にはならない。

 獣人としての身体能力の高さなのか、二メートル少しくらいある階段の領域を飛び下りても左程足に衝撃は来ていない。
 それ所かまるで俺の体がクッションになっているのか、シェリーに揺れは殆ど来ていないみたいだ。
 最後の階段を飛び下りた時に足を見て、遅すぎる確認を済ます。

「……獣化は、してないみたいですね」
「どうかした、お姉ちゃん?」

 そう呟いていたのを、シェリーが耳聡く聞き取った。
 俺の足は黒い毛皮を纏っていることは無く、元の白い肌が映えるおみ足が伸びているだけだ。
 ……自分で言ってて恥ずかしくなった。

 さて、二階にまで下りたので後は食堂へと向かうだけだ。
 ……そう思って、俺はとある言葉を瞬時に思い出す。
 何て事は無い、普通にそもそも誰もが言われずとも何と無く理解している筈の事だ。

「つぉあっ!?」
「お嬢様!?」

 廊下は走るな。

 今の今までは、すれ違う人は一人としていなかった。
 多分今日が学院生活初めの日で、尚且つ朝食が待っているのに寝坊する事はまずない。
 学院生活初めに遅刻とか、寝坊とか、そういう事は殆ど無い筈だ。
 皆もだからいつもより早く起きるか、いつもより早めに自室を抜け出していたんだろう。
 けど、俺はそれを利用して思いっきり走っていた。
 俺と同じような人がいるかも知れないなんて考えずに。

「“護れ”『空壁エアウォール!』」

 とっさに俺は、二人の……いや俺と『お嬢様』の間に入ってきたメイド服さんの間に風の壁を産み出す。
 壁とは言っても、物理的な障壁ではなくクッションのようなもの。
 飛び道具とかなら簡単に巻き取れそうだけど、斬撃とかは守れそうもない。
 けどこの場はそれが一番だと、とっさに判断した。

 すべては俺の責任だし、誰に非があるわけでもない。
 シェリーを抱えて空気の壁に背中から突っ込んで、風に弾き飛ばされる。
 守ったのは向こうの二人で、弾かれるにしても俺ならばほぼ無傷ですむ。
 問題は……。

「ふにゃぁ……目が回る~」
「うぇ……」

 ぐるぐると要らない回転を風にかけられたせいで気分が悪くなった程度か。
 何となく舌を出して、気持ちを落ち着かせながらも例の二人の方を向く。
 突然生まれた風が、お嬢様と呼ばれた人を守るようにして大の字に構えていた人のスカートを持ち上げていた。
 白日の元にさらされた足に段々と幕が降りていき、ゆっくりと風が収まった。
 ……もう少し見るのが早かったら、パンツ見えたかも。

「ジェリカ、大丈夫!?」
「問題ありません、お嬢様。お嬢様こそお怪我は」
「驚いただけよ、それよりも……」

 そんな二人の話を聞いていると、お嬢様がこっちを睨んだ。
 そりゃあ後ろから奇襲を仕掛けているんだ、メイドのジェリカさんが無事でも許せるものじゃない。
 けど少しばかり、様子がおかしいのはちょっと意味がわからない。
 起ころうとしているんだろうかな、顔が赤い。

「……あな、あなっ、あな……あな、たっ!」
「ひゃいっ」

 ヅカヅカヅカと足音を廊下に響かせて、俺に近寄ってくる。
 く……来るか、ボディランゲージと言う名の鉄槌が……!
 目の前にいるお嬢様さんの顔は怖いのもあって、俺は目をぎゅっと閉じた。
 閉じる寸前、お嬢様さんの手が動いていたと言うのもあるかもしれない。

「い、いぃいっ……!」

 何かを堪えるようにして絞り出す、お嬢様さんの声。
 このあとが物凄く怖いんですが。
 シェリーは手を握って、俺の後ろに控えていた。
 ちょっと見てみたいけど、其どころではない。
 俺のかシェリーのかそれとも目の前の女の子のか、喉がごくりとなった。

「い、犬耳ですわあぁあぁぁあ!?」
「ふにゃ、にぃ……たいったい、痛い!?」

 頭に手は添えられた。けれど鉄槌は降りてこない。
 鉄槌ではなく、思い切り耳をつねられました。
 ついでに、俺にとって危険な人物第二号との遭遇かも知れない。
 ……この世界、この王都にはケモナーが一杯なのかな……?


     ★


 目の前のお嬢様は、お嬢様だそうだ。

「先ほどは取り乱して申し訳ございませんわ。わたくし、エリスと申します」
「私はケイと言います。こっちはシェリーです」

 食堂内は独特な空気が漂っている……筈だった。
 今では良いとこのお嬢様であるエリスが、俺に話しかけているせいで固まった。
 見た目からしても豪勢な癖して、噂の好きな周囲はその顔にも見覚えがあるらしい。
 良いとこのお嬢様みたいな……では無く、本当にいいとこのお嬢様だ。
 正直言って、この空間が何気にきつかったりする。
 尻尾もあまり注目して欲しくないくらいに、忙しなく動いている。……逆に目立ってるか。

「畏まらなくても良いのよ、私は何も権力にものを言わせるつもりはないの」
「あれほど奴隷を欲しがっていたお嬢様が……」

 おいちょっと待て。
 権力にものを言わせないって所に好感を持てたけど、後半の下り!
 奴隷じゃダメだったからここに来たって感じじゃないか!
 止めろ、止めるんだ俺。
 ここでこのお嬢様と関わったら、ろくな死に方をしない気がするぞ。
 あのつねり方……、まさか俺が青ダヌキもとい黒ダヌキに……!?
 とんでもなくいやな想像力を働かせてしまった。

「お嬢様はお優しすぎるのです。奴隷が奴隷の立場を忘れると悲劇しか生みません」
「だって、普通のペットじゃつまらないじゃない!」

 ぺ、ペット発言!?
 マトモじゃないわ、このお嬢様……。
 しかし、段々掴めてきたぞ? このエリスとか言うお嬢様の考えが。
 どうやら奴隷を与えようにも色々問題があるから、奴隷は買えなかった。
 そして俺の耳に異常な執念を感じた。
 そしてペットと言う発言。

「完全、ケモナー二号じゃないですか~……」

 周囲の目を盗んで、俺はため息を吐くようにしてそれを呟いた。

「ですから、獣人の貴女とオトモダチになりたいのですわ。良いですわよね」
「ええ、んの……」

 ダメだ、まともなお嬢様ではあるんだけど、庶民的意識がない。
 お友だちもかたっくるしい何かの役どころとしか捉えていない感じがする。
 言ってしまえば、良識的なお嬢様だけど常識がない。
 ……あ、俺は人のこと言えんわ。あの黒板の文字見たら。

「えと、獣人のオトモダチだったら私以外に作ればいいんじゃないでしょうか」
「成る程、その手があったわ。今日一日は自由時間ですわね、ジェリカ」
「……あの、お嬢様? その獣人の方は目の前に」

 ついでにバカだ、このお嬢様。
 それにしても心労って言えば良いの?
 このお嬢様に仕えるのは色々な意味で、疲れると思うんだけど。
 ジェリカさんってメイドさん、結構頑張ってるのかなあ。

「お、お待ちくださいお嬢様!」
「時間はたっぷりありますわ! 急ぎなさい、ジェリカ!」

 言ってることと遣っていることがチグハグすぎる。
 本当い大丈夫なの、このお嬢様。
 因みに俺は俺以外に獣人の生徒がいるとは思っていない。
 新入生にこれだけ片寄ってるんだ。
 もしかしたら波があるかも知れないけど、簡単に考えたら一学年に一人二人って感じだと思う。
 ランク分けされているらしいし、一学年の量が凄そうだけど。

「……まあ、今日は一日自由ですし、ゆっくり食べましょうか」

 俺はスープに口をつけて、ほうっと息をついた。
事態が動き始める章ですが、表面的には日常回。
そんな感じで進んでいきます。
出来れば、定期更新に戻りたいなぁ……
+注意+
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