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異世界マイペーサー 作者:闇緒 恣恣

戯函  ~ Bumpy road

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三十話 無貌無謀  ~ むぼうじゃありません

 無貌。
 顔は見えているのに、正体の掴めない人。
 そう呼ばれる者が大陸を旅していた。
 彼は、とある町で、とある噂を耳にする事となる。

“西の国で、黒狼の子が現れたらしい”

 と。
 さらによくよく調べれば、来年度そこの国の学院へ入学するらしかった。
 彼はその噂を聞き、焦燥感から堅くなっていた表情をグニャリ、と歪めた。

 そうか、そうなのか。
 まったく、次から次へと。

 彼はそんなことを考えながらも、大きくため息をついた。
 無貌とは言われていても、表情は並大抵には豊か。
 溜め息を付きながらも三日月のように歪んだ口元は健在だった。

「さてっと、んじゃま、戻りますか!」

 その表情を崩し、あっけからんととした口調でそう呟く。
 その声は男であるにも拘らず女性のように澄んだ軽い音で、しばらくその場の空気に漂っていた。


     ★


 俺は今、かなり頑張っている。
 身を粉にし、まさに粉骨砕身って感じだ。
 …その熟語なら身を粉にしじゃ無くて、身を砕きながらッて感じだけど。
 足を踏ん張る。
 後ろに倒れそうになるのはそれで止むけど、更に後ろに引っ張られて頭が上を向いてしまう。

「ふにゅうっ!」

 かなり体勢がギリギリの所まで来ていたお蔭で、尻尾の伸びを原動力に再び前かがみになった。
 尻尾の動作が終了しても、気持ちを猛らせる為にとぶんぶん振り回す。
 あわよくばもう少し前に行けるかも……ってな感じで出来るだけ大きく振っていた。
 お母さんにセットされた髪が乱れる。
 耳の近くから垂れている髪が前傾姿勢になった時に口について、そのまま引っかかっている奴もあった。
 けど、今は大事な時で両手がふさがっている。
 口の中に髪の毛が入っているのは気持ち悪いけど、除去する事が出来なかった。

「んぎぎ……っ」

 俺の頑張りが功を奏したのか、丁度良い所にドアの枠が。
 力が入り過ぎて獣腕化している手の片方に余裕を作り、そこを掴む。
 こっちの方はあまり力を入れ過ぎないようにして、壊れないよう注意して握る。
 支えがついたお蔭で大分マシになって、一息つく余裕が出来た。
 けど、まだ駄目だ。
 俺の背中にまた力が加わり始めた。

「ふにょわぁっ」

 慌てて体勢を立て直し、足を踏ん張る。
 いつの間にか足の方も獣腕化っぽいのが出来るようになっていた。
 下をチラリとみると、力を入れているせいでそれが起こっている。

 何度も踏み込んだせいで緩んでいる純白の包帯から漏れ出てくる、漆黒の毛並み。
 腕の方と同じく、膝辺りでその毛皮は皮膚と曖昧になって俺の太腿へと続いている。

「ちょ、ケイ! メシメシ言ってる! メシメシ言ってるから!」

 後ろからお父さんの悲鳴が聞こえる。
 …確かに、獣化した足で強く踏み込んだせいか、フローリングっぽく並べられた床の板が歪んでいた。
 それにその歪みが俺の足の力の掛かり具合で軋んで嫌な音がなっていた。

「ケイ、もう良いじゃない! 諦めれば済む話よーっ!」
「諦めらえますかっ!? わらしは、まだ、まだ……」

 身体に力を入れていたせいか、あまり呂律が思うように動いてなかった。
 御父さんより遠くの所からお母さんの大声が響いてくる。
 けど、俺は下の回り具合で解るように、全く体に掛ける力は減っていない。
 それ所か、俺の気持ちを言葉にする為に、余計纏まり付いてなかった気持ちが収束して、俄然やる気が出てきた。

「ふみゃっ!」

 声自体には全くやる気が無いように聞こえるけど、力強さはある。
 口を尖らせて、目を思いっきり閉じて、玄関を背にしてどんどんと力を込めていく。
 背中に掛かる、お父さんの力が弱まった気がした。

 良し、ここで一気に……!

 そこまで考えて、一瞬で行動に移した。
 俺は身体をさらに前に傾けて、荷物から完全に手を離す。
 そして一瞬の無力感を瞬間的に利用して、両手をドアの枠にしがみ付けさせる。
 そして、踏ん張り。

 バキッ

「ぴみゃあぁっ!??」

 俺の握力は、案外強くなかったらしい。
 ものすごい音が眼下から聞こえたかと思ったら、眼の前に見える木の枠が急激に上昇していった。
 そして、その木の下についているフローリングも一緒に上昇。
 キュキュキュというなんかドリフトしている時の様な音が手から聞こえてきたけど、その一連の動きは止まらず目の前には床が。
 そしてお腹辺りに尖った物がめり込む感じがした。

「………」
「………」
「………」

 俺の今の状態は、リビングから腰から上だけを出している状態。
 もっと言うならば、完全に伸びきった手でドアの枠組みにを掴んで、床にへばり付いている感じ。
 その状態でもちろん、下半身は見えていない。
 腰辺りからプラーンと浮遊感がある。

 ………俺の最後の踏ん張りで、我が家の床は穴が開きました。

「ううぅ」

 床が弾ける音が余韻として響いた後の、静寂。
 俺は静寂の中、一人唸っていた
 何故か、涙が出ました。



 事の起こりは、ほんの少し前。
 聞かされていなかった、もとい聞いていなかった部分を唐突にお父さんが告げたことによる。


 本日は、王都に向かい始める予定だった。
 何故にこんな数月も早く…とは思ったけど、何かと入学にはやることがありそう。
 そんな事を思って、特に何も思わず準備を始めていた。

「着替えー、着替えー♪」

 何分、俺の行動範囲がお父さんの行く鉱山、この村、そしてもう去年の事になる王都への呼び出しだけだった。
 行動範囲と言っても、最後のは一度きりだったから範囲とも呼べない場所なんだけど。
 そうなのである。
 俺は、本当に何も知らずにここまで来てしまっていたのだ。
 着替えを用意するだけで、ここまでのテンションの上がりようもお分かり頂けると思う。
 ……若干、はしゃぎ方が子どもっポイって感じがするのはアレなんだけど。
 着替えッ♪ 着替え♪ みたいな感じで、調子を付けて鼻歌交じりに歌っているんだよ?
 もう、微笑ましい表情で見ていたお母さんの視線に気が付いた頃には開き直ってたよ………。

 はてさて、そんな感じでノリノリのまま麻袋っぽい持ち運びできる収納具に服を詰め込んだ。
 上下、下着その他諸々をすべて合わせて、ざっと十着。
 半袖半ズボンが半分、王都辺りはここよりもずっと寒いらしいのでまだ来たことは無いけど長袖長ズボンも。
 そう言えば、中世の時代なら貴族以外は半ズボン履けないんだっけ。
 そんな事を考えながら、絶対着ないであろう服も当然のように積みこまれていた。
 これはもう絶対着ないだろうし、カウントから完全に外している。
 ん、何の事かって?
 フリフリの貴族様が来てそうな服の事ですよ、コンチクショウ!

「そう言うものを着なければいけない時もあるから、よ」

 嬉しそうに言うから、お母さんは信用ならんです。
 まあ確かに、お父さんの話を聞いていたら貴族も普通に通って来たり、国の重鎮も定期的に現れるそう。
 前者は知らんがな…で通せるけど、後者ならあの王様の謁見の間みたいに…というか、小学校の卒業式みたいにしっかりとした服装で…という感じがあるかも知れない。
 けどさ、けどさ?
 何であの例の、ゴスロリファッションまでもが積み込まれているんだい?
 俺はもう真顔で聞き返したさ。
 するとお母さんは満面の笑みで、こう言い放つ。
 というか、まるで当然のような口調で言いきってしまった。

「え? それが、その正装でしょ?」
「な、なんですとぅ」

 的なやり取りに続いたけど、そういう事らしかった。
 確かに黒基調の服は正装っぽいイメージがあるけど、喪服っぽくないですか?
 第一そんな所でブーツみたいなのを履いていていいのか、なんか軍の靴を履いているみたいじゃん。

「良いの良いの、こういうのは気持ちだから。私達よりも貧しい人たちの子も通うんだし、そんな事に一々気を配ってたらそんな子は絶対に入学できなくなっちゃうじゃない」

 諭されました。
 論破されました。

「あ、後、他にも正装はいくつか用意してあるから、大丈夫よっ!」

 何が大丈夫なんですか!?
 グッとサムズアップしてくるお母さんに心の中で突っ込んだ。
 明らかにボリュームが常用着の分よりもあったのはそのせいか。
 まあ、ワイヤーとかのある物は無かったし、普通に普段着として使えるような生地だったみたいだからまだマシか。


 さて、そこまでが前夜の話。
 ここから先は一気に話が進む。

 それは俺が起きて、団欒の中朝食を取っていた時の事。

「そう言えばな、ケイって馬車とんでもなく駄目なんだよ」
「えぇ、本当?」
「ああ、学院へ行くのに普通の馬車なら一月くらい掛かるのに、大丈夫なのかって程な」
「………はひ?」

 最後の奇声は、もちろん俺が音源。
 一月。
 一年間を十二の月に分け、それぞれ順に『一の月』という風に読んでいくアレの丁度一つ分。
 一年の周期も殆ど変わらず、それゆえに一か月の日付も殆ど変わらない。
 その数、約三十日。
 以前王都に行った時に掛かった日付は、何と何との約一週間。
 三倍以上の差があるんだってさ。

「結構、良い馬車だったでしょ? それなのに、そんなに?」
「まあな、アレでああだと流通してる一般的なのは拒絶反応が出るかもな」

 ハハハ、と他人事のように笑うザグさん。
 そう言えば、あの馬車。無駄に性能が良かったような気がする。
 屋根もあったし、ドアもあった。
 小さなボックスハウスが馬に引かれているような感じだった。
 馬車って見た事無いけど、こんな物なのかなーって思ってた。
 まさか、あれほど揺れるのに、まだマシだって事なのですか!?
 急激に冴え渡った思考回路の中で、一つの結論が出た。

「……ない」

 下を向いていたこともあって、ポツリと言った言葉は自分でもほとんど聞き取る事が出来なかった。
 お父さんとお母さんが、俺が何か言ったのかとこちらを向く。
 ああ、これから王都に行くなら道中嘔吐ばかりなんだろうね。
 日本語なら駄洒落になってしまうな!
 『王都へ行くのに嘔吐ばかり』ってね!
 日付はかろうじて数えられたけど、吐いた数なんて数えてないよ!
 初日に5回以上って事は確実だし、たとえ慣れていても多分ほぼ一日一回以上吐いていたような気がする。
 帰りはだいぶ慣れていたし、ネリアネスさんの膝の上にも居たし、お父さんの膝にも時々居たし、最後の方では気がザグさんの呼び方についてに気が逸れていたしであまり問題は無かった。

「……行きたくないです」

 けど、ここまで話が喰い込んでしまうと別だ。
 明らかに時間が掛かる。
 それに、アレ以上に揺れる。
 もう、俺の答えは強固に固まった。

「行きたくないですっ!」

 俺は声を大にして叫んだ。



 という感じなのである。
 胴体をお父さんに仔猫のように首根っこを掴まれて持ち上げられ、床に出現した…というより生み出してしまった穴から救出された。
 俺の住んでいるこの家は、入り口前に煉瓦とか石で詰まれた階段がある。
 そんな訳で、床下には空洞があった。
 暖炉の熱を鍛冶場にあったような……何だっけ、ああ魔導具か。魔導具でその熱を床下に溜めたりして床が寒くならないようにしているらしい。

「もう、アヴェンさん待ってくれてるわよっ?」
「行きたくないですぅ……」
「もう向こうには随分前に話は通ってんだ、諦めてくれ」

 ずるずると、片方の手で俺の荷物を担ぎ、もう片方の手で俺の身体を引き摺って玄関の戸を潜り抜けたお父さん。
 ちらりと後ろを振り向くと、アヴェンさんが頬を掻きながら苦笑いして待っていた。
 俺は顔を顰めて、もうこれは彼に助けを求めるしか…という感じでヘルプミーを唱えた。

「いや、普通に言おうよ」
「アローンさん、助けてください!」
「名前も普通にっ!」

 チッ、融通が利かない人だ。
 じゃあ、次はどう呼ぼうかな。
 アローンだから、アーロン…とか。
 語感が似てるから、アレーンとか、色々呼べるかも。
 そんな事を考えていると、気が付くとアヴェンさんのすぐ近くに座り込んでいた。
 …引き摺ってたのに、怪談の所では持ち上げてくれるんだ、お父さん。
 素っ気ない表情をしているけど、お父さんはいわゆるツンデレと言う奴なのかもしれないな。

「あの」「馬車は嫌ですっ」

 考えている事は違ったけど、脊髄反射でそう口から出ていた。
 出鼻を挫かれたアヴェンさんは、口をグッと閉じて難しそうな表情をする。
 俺の髪の色と似た真っ黒の髪が吹いた風になびいて、モワモワと動いていた。

 この村の近くは、強い魔物が出るとかで馬車が寄り付けない。
 あの戦闘を見たから解るけど、以前此処に来た馬車は魔物が追い付く暇も無いほど早い事もあるし、あのいつも馬車の中にいる女騎士サン、ネリアネスさんの尋常じゃない強さも相成ってここに場所を設定できた。
 けど、そんな王都に七日ほどで付けない、とんでもなく揺れるという、普通の馬車。
 そんなものに、あれほど強い人が常時ついている筈が無い。精々、途中で雇っていた冒険者が時々ついているかいないかだ。
 そんな訳で馬車…というより馬車乗りの人、馭者が移動ルートにしている村までは、冒険者で結構高いランクのアヴェンさんと一緒に行く事になっている。

「僕も今回の事で少し王都の方に呼出を食らいましてですね…」

 そんな事を言っていたアヴェンさんだし、多分途中の馬車も同じものに乗り込もうとしていたんだと思う。
 それにアヴェンさんが居るならば、さっきの考えの中にあった通り道中も比較的安全になる。
 そんな訳で、アヴェンさんと一緒に付かぬ間の二人旅が始まろうとしていたんだけど。

「馬車っ、にあっ、絶対っ、乗りッ、ませんっ!!」

 始まらない。いや、始めさせてたまるか。
 そんなのんびり馬車の旅が始まるのを断固たる決意で拒む。叫ぶ。

「いや、じゃあどうするんだよ」
「ポータルなんて、復旧の目途すら立ってないんだから」

 諭すように、座り込んだ俺の目線に合わせるようにしゃがみ込んで話しかけるお父さんたち。
 空を通過点で見るようにグワリと頭を反らせると上下逆さのアヴェンさんの顔が見える。
 アヴェンさんは諭すようなことはせずに、苦笑いで事の顛末を第三者の視点で傍観しようとする気らしい。

 はてさて、どうする。
 馬車で行けないとなると、頼れるのは……。
 例えば、魔術。
 空を飛んで、地形水上構わず一直線に王都に付けるかも。
 けど飛行なんて魔術知らないし、そもそも干渉系が含まれる物だったら絶対使えないし。
 じゃあ、どうしよう?

「う~……」

 考えろ、考えるんだー。
 頭をムシャムシャと掻き毟り、髪が振り乱される。
 あ、そう言えばお母さんがセットしてくれたんだっけ。
 けど、もうほとんど跡形もなくなってたし問題無いか。
 地面に視線を這わせ、考えること数瞬。

「……徒歩でっ!」
「「「そりゃ無謀だっ!?」」」

 足が目に入ったから、これだと思ったのに。
 全員からかなり勢いのある突込み兼却下の言葉が投げかけられた。


     ★


「くすん」
「……口で言ってるよね」

 だって、まるで家から追い出されるかのように…なんだもん。
 まあアヴェンさんみたいな結構頼れそうな男の人も居るし、旅については問題無いかも知れない。
 ……ん、なんかワードが引っ掛かった気がする。
 急に耳がピンと立って、その事を不思議に思ったのかアヴェンさんが。

「どうかした?」
「い、いえ……」

 ふむ、ふむふむ?
 アヴェンさんの姿をジロジロと舐めるように眺める事、暫く。

「…欲情しないで、下さいね?」

 自分を抱き寄せるように、二の腕を両手で掴んで身体を少しアヴェンさんから背ける。
 “男”の人と”女”の子の二人旅なんだから、そんなことがあるやも知れない。

「し、しないよっ!? 何言ってんすか!?」
「その慌てよう……、怪しいですね」

 何か言おうとしたらしいけど、また何か言い返されるかと思ったのかパクパクと口が開閉した後、結局何も言わなかった。

 んー、賑やかにはなりそうだね。

むー、最初の部分がちょっとあれなんですけど…。
取り敢えず、無事に村を出発する事が出来ましたとさ。

この話の顛末は二つあって、一つは本文の方。
もう一つは、
「うぉおおおっ、ケイぃぃぃぃっ!!!」
みたいな感じで叫んでいるザグラッドさんをオリベーンさんが背中を擦りながら宥めているっていう感じのものがあります。
+注意+
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