69:戦い終わって
「――ん」
「気が付いたか?」
医療室で寝込んでいたレアンが意識を取り戻すと、傍らにいたドクが声をかけた。
「俺は……」
「気絶してたんだよ」
何故か一緒にいるミルの声にレアンは記憶を呼び覚ます。
「負けた……か」
「というか、あれでよく生きてるなって感心するよ」
呆れたようなミルの声は馬鹿にしているどころか、本当に感心しているかのようだった。
「あんな技を使える奴に一人だけ心当たりがあるんだが……」
「奇遇だね。あたいもだよ」
「俺もだ……」
三人は顔を見合わせて同時に溜息をつく。黄金の騎士ブロントが使った技。かつてキッドが見せた究極奥義と呼ばれるものとそっくりであった。そして以前それを食らった相手は件のレアンである。
「しかも一層えげつなくなってなかったか?」
そう。以前の技は最後に見えない魔力攻撃だったのに対し、今回は火の鳥が襲ってきたのである。そして胸も切り裂かれていた。完全に殺す気の技である。もっとも火の鳥を確認出来たのは誰もいなかった。一瞬の工程で全ての動作が行われた為、周りからは爆発しか見えなかったのだ。しかしその割にはレアンがそこまで重症でないのは、レアンのスキルの恩恵もあるが、切り裂かれた後、すぐに大火力で傷口を焼かれた為に出血が防がれたことも要因である。
「全く……人が悪いにも程があるぜ」
「あたいでも全然気が付かなかったよ。一体いつの間に参加してたんだろうね」
「まあ、ボスに負けはしたが今回はまずまず満足出来た。また機会があったら参加するか」
完全にブロント=キッドという図式で納得した一行は、表彰式を見物するもブロントが兜をかたくなに脱がなかった為、そのままレアンの賞金を貰って帰宅していった。ちなみに大会では2位まで賞金が出るが、表彰式は優勝者のみである。
☆
「もどったぞー」
「貴方、お帰りなさい」
「パパお帰りー!!」
ドク宅に帰ってきた一向をドクの妻であるローナと娘のエミリアが出迎える。
「こっちはどうだった?」
「ええ、特に何もなかったわ」
「そうか。ったく旦那にも困ったもんだぜ。信頼してこっちを任せてたってのに――――――」
「俺がどうかしたのか?」
「!?」
「はあ!?」
「ボス!?」
奥から出迎えたキッドに大会に行っていた3人が驚愕の声を上げる。
「い、いつの間に戻ったんだ? いくらなんでも戻るの速くないか?」
「? 何を言ってるんだ?」
「またまたー。リーダーも人が悪いんだから」
そう言ってミルはキッドの肩を叩く。
「ボス。大会に出てなかったか?」
「はあ? 出る訳ないだろ? 何を好き好んでそんな野蛮な大会に出なきゃいけないんだ」
「キッドさんはずっと一緒に家にいましたよ?」
キッドとローナの声に3人は絶望的な表情を浮かべる。
「つ、つまり、あれはリーダーじゃなかったってこと?」
「嘘だろ……ってことは」
「ボス並みの奴が他にもいるってことか……」
大会に出ていた2人がそろってうなだれる。無理もない。ドクを真っ向から打ち倒し、レアンを素手で瞬殺する強さを持つ者が、この男以外にもいるというのだから。世界は広いと2人は心底思い知った。いや、強制的に思い知らされた。
「俺ちょっと自信なくした……」
「俺もだ……」
「あれとは戦いたくないね。ドクもレアンもよく無事だったね。リーダーが相手じゃなかったんなら、殺されててもおかしくなかったよね」
ミルのその言葉に2人は震えた。あそこまで隔絶した強さの者が本気で殺しに来ていたら? 間違いなく殺されていただろう。それを思い浮かべ恐怖を感じるとともに、自分もまだまだだと一層痛感することとなった。
「でも見た限りあれって動きはリーダーそっくりじゃなかった?」
「ああ、俺も旦那かと思ってたぜ」
「ひょっとしてボスと同門ってことなのか?」
(そんな奴いるわけ……そういえば出来る奴に一人だけ心当たりがあるな)
「まあ、あながち間違いではないかもしれないな」
キッドは適当にそうごまかすと、レアン達はそろって「恐ろしい流派だ……」と戦々恐々としていた。
☆
「クロ」
「御前に」
「うおお!?」
いつも寝ている部屋に戻りクロを呼んでみたら、いつの間にやら目の前に黒猫の姿があった。数瞬前まで全く気配すら感じなかったのに。
「お前か?」
「大会のことでしたら私に間違いないです」
クロが俺に変身して大会に出ていた、ということなのだろう。黄金の鎧は以前、フェリア達を買った貴族から奪った物だと思われる。一応確認はとってきたのだが、まだ貸した覚えはない。そう思っていると――。
「私はマスターの保管している異空間に直接アクセスできるのです」
との答えが返ってきた。クロがいれば収納カードいらないじゃん……。なにこの高性能従者。自由に変身できるし、異空間アクセスしたい放題だし、俺より強くね?
「ご安心を。私はマスターに対して敵対行動は取れませんから」
そんな不安が顔に出ていたのか、クロが説明してきた。俺に対して直接敵対行動がとれなくても間接的にならとれるってことじゃないのか? 誰かを殺るのに巻き込んでターゲット事吹き飛ばすとか。
「さすがはマスター。全く信頼していませんね。そもそも私はマスターから作られているというのにも関わらず――それでこそ私のマスターです」
1ミリも信頼されていないのを感じ取ったのだろうが、何故か感心されてしまった。
「この世で一番信用できる自分をも信用しないとはさすがです。人間不信ここに極まれりですね!!」
「殴るぞ」
ついにこいつ暗に匂わせるじゃなくて直接、俺をディスり始めやがった。本当に従者か?
「そもそもお前、奴隷商会はどうなったんだ?」
こいつにはその見張りというか調査をさせていたはずだ。まさか仕事ほっぽり出して大会でてたんじゃ……。
「実はその奴隷商会からドク当てに刺客が差し向けられていたのです」
確かにドクはあの奴隷商会につかまっていたが、離脱している。美人局のような自作自演の罠にかかって奴隷になったのだから、こちらも違法な手段で離脱したところでなんら問題はないはずだ。だが、そもそもそんなことをするやつらに理屈なんて通じるはずもない。逆恨み、もしくは再びドクを奴隷に落とすくらいはやるだろう。
と、いうか俺の予想じゃ奴隷商会は帝国の手が入っているはず。となれば間違いなく邪魔になるであろうドクを消しに来たってことか。
「その刺客は?」
「予選で再起不能にしておきました」
クロは猫の姿のままさらっと恐ろしいことを告げた。ここでいう再起不能は「殺すと面倒だからとどめを刺さなかったら、偶々生き延びた」そんな感じだろう。
「いつの間に大会に出ることにしたんだ?」
「元々きな臭い大会だけに出場申請だけはしてあったのです。何もなければ出場しなければいいだけですので」
俺から作られているはずなのに、俺より優秀すぎないかこの猫……。
「それで奴隷商会はどうだったんだ?」
「真黒ですね。帝国との関わり合いが無い部分を探すほうが難しいくらいです」
どうやらその辺りは当初の予想通りのようだ。
「護衛の男もそうですが、あの商会長の方も帝国軍の幹部クラスのようですね。元々国内の獣人と人族との離間工作が目的の組織のようです」
そちらも予想通りか。
「ただ、帝国だけでなく恐らく宗教も関わってきてそうですが……」
どうやらこの国の病巣は一筋縄ではいかないらしい。
クロの話をまとめると、どうやら件の奴隷商会に怪しい人物が出入りしているとのこと。なんでも格好からは判別できないが、いつも別れ際に独特の台詞「女神の加護がどうたら」と言うのでそうであろうとの推測のようだ。
宗教関連といえばシグザレストのおっちゃんの奥さんの姉だかがシスターだったはずだ。後は赤毛暴走王女のパーティーメンバーにも美人シスターがいた気がする。俺の宗教との接点と言えばそれくらいしか思いつかない。
「さすがにそちらの関与については、そこまで詳しくはわかりませんでした」
まあこの短時間でそこまで調べるのはさすがに無理だろう。むしろよくここまで調べたなと感心する。
「あくまで推測ですが、ルリジオンと呼ばれる宗教国家が関与しているのではないかと」
「ルリジオン?」
「法国とか狂国と呼ばれているそうです。どちらも暗黙で蔑称の意味を含んでいるそうですが」
なんでも宗教によって法律まで決まっている狂信的な宗教国家らしい。それで法国、もしくは狂国となったそうだ。よくそんなの調べたな!?
「それで関与しているという根拠は?」
「どうやらそこで支持されているイラーハ教と呼ばれる宗教では、人族以外は全て穢れた者という固定観念を持つ者が多いようで、恐らくその関係ではないかと」
まさか他国まで含めて亜人一掃なんて考えているのか……。狂信者っていうのはどこの世界も洒落にならんな。爆弾持って突っ込んでこないだけまだいい方なのか?
「確証はありませんのであくまで推測ですが」
「そっちについてはわかったらでいいから一応調べておいてくれ。奴隷商会の方はどうだ?」
「なんでもある都市で盗難が発生したとの情報です。被害総額がかなり大きいらしく、その町の責任者は粛清されたそうです」
「へえ、奴隷商会に盗みとか、いわゆる義賊ってやつか?」
「はあ……やっぱり忘れていますね。マスターですよ犯人」
「……え?」
どうやらオークションで支払った、コピーカードで作成した金が全て消えたのが原因らしい。そういえばそんなことあったなと思いだした。
「それで商会もメンツをつぶされたとかで、今必死に犯人捜しをしているそうです。恐らくそのせいでドクに対する対応がおざなりなのかと」
「でも俺の渡した金が消えてたら、すぐ犯人が俺だってわかりそうなものだけど……」
「恐らく金庫に入れていたのかと。それにマスターのお金は向こうが贋金か調査していますから、余計に硬貨そのものが原因等とわからないのでしょう」
ああ、そういえばそんなことしてたな。人はそれまで信用のある方法で調査したら、まさかそれを騙す手段があるとはなかなか思わないのだろう。
「マスターまでたどり着くことはあり得ませんのでご安心を」
まあたどり着いたところで証拠も何もないんだけどな。
「それより大会はどうだったんだ?」
「色々とテストをさせて頂きました」
「……」
話をまとめると俺の記憶にある騎士を模して色々と暴れたということらしい。しかもレアンに使ったのが――。
「本物じゃねえか!!」
俺が奥義の参考にしてとある漫画の大魔王が使うオリジナルと殆ど同じ技らしい。レアンよく生きてたな……。
「っていうかなんでお前魔法使えるんだ!?」
そう。俺はカード使用以外で魔法が使えない。なのにこいつは普通に使っているらしい。
「私の考えではスキル的な恩恵が無い限り、魔法を使うには恐らく先天的な何かが必要なようです」
え? つまり何か? 魔法が使えるかどうかは生まれた瞬間に決まっていると? たしか王女パーティーにいたロリっこの話では、俺には属性変換能力がないってことだったが、それに身体的な何かが必須ということなのか?
「それは何かわかるか?」
「恐らくDNA情報に何かがあるのではないかと。確証はありませんが」
「じゃあ、なんでお前が使えるんだ?」
「大会時は外見的な部分はマスター、肉体的な部分はドク、血液等はメリルのをそのままコピーしていました」
「……何それずるい」
めっちゃいいとこどりのハイブリッドじゃないですかやだー!! 主人より強い従者とか何なんだよ!!
「その代わり私ではマスターのスキルは使えませんから」
「使えたら完全に俺いらない子じゃねえか!!」
思わず怒鳴ってしまった。カードで呼んだやつが呼んだ本人のハイスペック版とか冗談にも程がある。
「でも何もなくても俺の収納カードの中身使ってたよな?」
「あれは所謂、空間魔法というやつですね。こちらの世界に存在するかどうかはわかりませんが、異空間座標さえつかめば私にとってそこにアクセスするのは造作もないことです」
猫の姿なのに何故かクロが「フンス!!」と鼻息粗くドヤ顔をしているのがわかる。やばい、こいつマジで優秀すぎないか? もうお前だけでいいじゃん。
「ただ戦闘等で魔法を使用すると非常に燃費が悪いので、魔力の補充をお願いします」
そう言ってクロは俺の肩に飛び乗り、そこから何かをするわけでもなくじっとしている。
「何してるんだ?」
「マスターから魔力を直接吸収しています」
「大体どれくらい補充無しで動けるんだ?」
「私の許容限界まで貯めこめば、魔法を使わない限り数百年は日常生活に支障はありません」
「なげえなおい!?」
補充無しで数世紀ってそれ人間からしたら殆ど永久機関って言ってもいいんじゃないか?
「ところでお前が魔法を使えるのはわかったけどどこで覚えたんだ?」
「メリルの記憶を調べました」
……もうなんでもありじゃん。本当にこいつだけでいいんじゃないかと思えてきた。
「ちなみにどうやって調べたんだ?」
「少し触れるだけでできますよ? 例え相手が死んでいても死んですぐなら問題ありません」
こいつはやばい。俺どころじゃないバグキャラだ。
「但し、かなり時間はかかりましたけどね。メリルについても私が生まれてからすぐに接触して漸く最近ですからね、魔法を使えるようになったのは」
それだとしても普通に覚えるより相当早いだろう。メリルの長年かけた研究人生を短時間で丸ごと奪っているようなものだし。
「ちなみに大会で使った大魔王の使う火の鳥は、メリルも使ったことありませんよ。なんだかんだいって天才なので一度見れば使えるでしょうが」
どいつもこいつも天才やチートばかりか……お前が言うなって言われそうだが。
「とりえあず奴隷商会がまだドクを諦めたとは思えないし、どんな手を使ってくるかわからない。引き続き監視を頼む」
「了解しましたマスター」
そう言ってクロは音も無く姿を消す。魔法を使ったワープなのか、それとも単なる高速移動なのかすらわからない。まさに忍者、いやNINJAだ。
「どうやって消えたんだろう」
「まだいますよ」
「うおおっ!? いるのかよ!!」
居ないと思ったら消える前と同じ位置から声をかけられた。光学迷彩の様に姿を消していただけらしい。むしろなんで消えたし!?
「忍っぽくてかっこいいかと思って……」
確かにその気持ちはわかる。非常にわかるんだけどそれ今やることか? その後、クロは普通に窓から出て行った。その姿は何故か哀愁が漂っていた。
クロとの会話後、祝勝会も兼ねて豪勢な夕食を摂った後、みんなで今後について相談をする。
「大会も終わったし、これからどうする旦那?」
「ひとまずシグザレストに向かうか。そこまでいけば帝国も安易にドク達に手をだせんだろうし」
まずは非戦闘員であるルナ一家やドクの家族の安全確保が第一だ。その後、俺とクロだけで帝国については何とかしてしまうつもりである。何せ移動に便利なカードは既に手にあるのだから。
No271C:定時定点 現在時刻、現在位置をカード【定時転移】で転送するポイントと時間として設定する。
No272C:定時転移 決められた時間に決められた場所に転移することができる。転移対象は術者から半径3m以内の者。転移可能な時間は定時以後1時間以内。ポイントと時間はカード【定時定点】で設定する。
この2つを組み合わせれば、ポイントした場所ならどこにだって行けるはず。2か所同時にセットしたらどうなるのかテストは必要だが、とりあえずこの町の近くにポイントを1つセットしておこう。文章を見る限り日時と書いてないから飛べるのは1日1回だよね? 1年に1回とかじゃないよね? なんか不安だが、まあいい。この国での安全が確保できたら、また戻ってきてもいいしな。レアン達が嫌がるだろうが、ヘリで移動も可能だし。
「そうか、ヘリか。早急な安全確保ならヘリで一気に移動した方がいいかもしれんな」
その言葉にドクとレアンが青ざめた顔をする。レアンとかもう2度と乗らない宣言してたくらいだし。
「あ、あれに乗るのか?」
「な、なぁ旦那。普通に馬車で行こうぜ? あれに馬車を乗せるのはきついだろう?」
「問題ない」
馬だけヘリに積んで馬車だけカードでキューブに乗せればいい。
「キッド!! 黒いのが来たよ!!」
ドク達二人が絶望した表情を見せたその時、その存在を忘れ去っていた、はねむ――光の妖精族ファムが飛び込んできた。
「お前今までどこ行ってたんだよ? というか黒いのって何だ?」
まさかあの時の竜か? いくらなんでも早すぎる。
「前一緒にいたでしょ? 闇の子よ」