66:それぞれの日
あらすじ
ついに剣王ドクの家のあるパトリア王都についたキッド一行。ドクは家族と感動の再会を果たす。
ドク一家が家族団欒している間、キッド達はハンターギルドの依頼で火竜退治に向かうも
そこで遭遇したのは、下位から上位へと変貌する火竜であった。しかし竜といっても規格外の揃うキッド一行の敵ではなく火竜は瞬く間に倒される。しかしその時、黒き古代竜と呼ばれる存在に出会う。
結局古代竜とは話し合いのみで闘うことはなかったが、古代竜は意味深な言葉を残して去って行くのだった。
キッド達一行が依頼をしているその頃、王都に残ったメンバーはそれぞれ平和な日々を過ごして居た。
「パパあれ食べたい!!」
ドクは周りを警戒しつつも家族で買い物を楽しんでいた。家族そろって街を散策するのは、いつ来ても幸せな気分を感じる。ドクは腕の中で必死に屋台の果物を指さす娘に思わず破顔した。
「あれか? 大きいからパパと半分こするか」
「嫌!! 全部食べる!!」
「全部食べられるのか? 結構大きいぞ?」
「大丈夫!!」
そう言って自信満々な娘にドクは苦笑を禁じえない。だがこんな食生活が続けば、娘はダメ貴族のようにぶくぶくと肥え太ってしまうのでは? そんな懸念を感じていると妻のローナが娘をたしなめた。
「そう言っていつも残すでしょう。パパと半分こしなさい」
「ええー」
「それに今からそんなに食べたら他のが食べれなくなっちゃうわよ?」
「じゃあ、パパとはんぶんこする!!」
自分の意見は全く通されず、妻の意見には素直に従う娘に若干のダメージを受けつつも、平和な日常にドクは幸せな感情を覚えていた。ずっとこの時間が続けば……そう思っていると不意に声をかけられた。
「あれ? ドクトゥスさん何故ここに? 依頼はどうされたのですか?」
「俺は留守番で家族サービス中だ」
ドクの言葉に声をかけた少女。ハンターギルド受付嬢は見る見ると顔が青ざめていく。
「そ、それではまさかクランの皆さんは、銅ランクのみで依頼に行ったりなんてことは……」
「行ったぞ。っておい!!」
ドクのその言葉を受けた途端、受付嬢はその場に崩れ落ちて気を失った。このまま立ち去るわけにもいかず、仕方なしにドクは受付嬢をギルドへ送り届けることにする。お姫様抱っこをしている時に殺気混じりの凄まじい視線を妻から感じたのはきっと気のせいだろう。ドクは自分にそう言い聞かせてギルドへと無事に少女を送り届けた。
何故受付嬢が気絶したのかはわからないが、とりあえず病気等では無さそうなので、何かあったら旦那に言えばいい。そう考えギルドを出るドクの目の端に何かの姿が映った。
「な!? あいつ!?」
とある人物に驚いたドクは直ぐに走りだした。
「ちょっと!! どこいくのよ!!」
一緒に来た妻の言葉も聞かずドクはその人物が入って行った細い路地へと足を踏み入れる。
「おい!!」
「ん?」
息を乱しながら声をかけるドクに、男は如何にも興味無さそうな感じで振り返った。
「何でお前がここにいる? それにその腕は……確かに俺が切ったはずだ」
そう言ってドクは刀に手をかけて男を警戒する。
「へえ、道理で連絡がとれないはずだ……」
「何を言ってる?」
「おっと、今はまだやる気はないぜ」
そう言って男は何かを上に放り投げた。一瞬後、辺りは凄まじい閃光に包まれた。
「ぐっ」
思わず目を瞑ったドクはそこから気配が離れていくのを察知していた。
「逃がしたか」
ゆっくりと妻の下に戻ったドクは、仁王も真っ青の立ち姿でこちらを睨みつける妻に失神しかねない程の恐怖を感じたのだった。
(野郎が何で生きてやがる? 旦那のアレをくらって生き延びたとでも言うのか?)
思考だけある意味目の前の恐怖から現実逃避しながら、ドクは自身を帝国にスカウトしたあの男のことを思い出し首を振る。
(あの惨状で生きていられるとは思えない。あれは馬鹿みたいに頑丈なレアンだって消し飛びかねない、めちゃくちゃな魔法だった。アレで生き延びられたら正真正銘の化け物だ。そんなやつが俺にあっさり負けるはずがない。となるとあれは……)
「あなた!! 聞いてるの!!」
「はいっ!! 聞いておりますですはいっ!!」
警戒するといいつつ妻と子供をほったらかしに飛び出していった手前文句を言えるはずもなく、ドクは大人しく妻にお説教を受け続けながら、先程のことに考えを巡らせるのだった。
☆
「全く、兄貴もどこに行ったかと思えば、あんな化け物相手にしてたとはな。あれなら兄貴がやられても不思議じゃないか」
ドクからまんまと逃げおおせた男、以前ドクを帝国に勧誘したウルティオの双子の弟、エスティオは一人納得する。
「いや、待てよ……ああ、なるほど。あれが剣王か」
エスティオは任務前に兄が剣王を倒すと意気込んでいたのを唐突に思い出し、そして納得した。あれが剣王だと。それと同時に理解する。今の(・・)自分では勝てないと。
「しかし、タイマンなら兄貴はともかくヴラークが負けるとは思えないんだが……つまりあれクラスが二人以上いるってわけか」
対象を閉鎖空間へと捕えるヴラークの能力は強力だが、あくまでタイマン限定に近い条件がついている。むろん詳細な条件をエスティオ達が知る所ではないが、長年の付き合いから何となくその辺りはわかっていた。そのヴラークが負けたとなると、それは複数の強者の存在を考えるのが妥当である。
「ヴィーもやられたと考えると、少なく見積もっても相手は3人以上か。しかもあの3人で勝てない相手となると……やべえ、勝てる気がしねえ」
先程見た剣王1人でも、恐らくそのままでは勝てそうにない。それが3人以上となればもはや戦力差は絶望的だ。
「さあて、どうするかな……」
獰猛な笑みを浮かべながらエスティオは剣王との戦いを想定し思考を巡らせる。それはあたかも子供が欲しかった玩具を漸く手に入れたかのようだった。
「これはエスティオ様、本日はどうされましたか?」
裏路地からさらに外れた細い路地。行き止まりにあるたった一つの扉をエスティオが開けると、中から若干髪の薄くなった中年が出てきた。しかしその佇まいは優雅の一言につき、それは一流の執事と呼んでも差し支えのない洗練された動作だった。
「さっきそこで剣王らしき人物を見た。兄貴達は既にやられてる可能性がある。連絡が着くか調べておいてくれ」
その言葉に執事は一瞬驚愕の表情を見せるが、即座にそれを抑えて冷静にもどる。その戻る時間の短さが、執事が一流であることを証明していた。
「承知いたしました。本国への連絡はどうされますか?」
「結果が分かってからでいい。まぁ虫がいないから時間がかかるだろうが、その辺は仕方がないだろう」
「畏まりました」
そう言って執事は音もなくその場から足早に姿を消した。
「まぁ十中八九やりあうことになるんだろうが……ヴィーまでいないとなると絡め手も難しいしどうしたものか――いや、そういえばヴィーに貰ったあれが残ってたな。あれを使うとするか」
一人呟きながらエスティオは、部屋の奥にしまい込んでいた瓶を取り出した。中には毒々しい色の液体が見える。
「失敗作らしいけど、効果は同じっていってたからなんとかなるだろ」
楽天的に考えながらもエスティオは作戦を考える。本来なら仲間であるヴィーがその役目を担うのだが、居ない以上どうしようもない。で、あればヴィーがやりそうな作戦を考えそれを実行するのが一番だろうというのがエスティオの考えだ。
「殺すなって話だったけど、陛下も無茶いうよなぁ。兄貴は多分馬鹿正直にあれに真っ向から挑んだんだろうけど……馬鹿だねぇ」
心底呆れたようにエスティオは溜息をつく。一目見ただけでもその漂う雰囲気と気配で、自分との圧倒的な技量差を確認出来た。アレに真っ向から挑むとか正直どうかしている。
「戦いは勝てる時に勝つべくして勝つ。それも大観衆の下でもっと大々的にやるべきだ」
双子なのに兄と正反対なエスティオは、エンターテイナー気質である為、路地裏の死闘のようなものを好まない。大舞台で大勢の観衆の見守る中で華々しく活躍したいのだ。故に暗殺や諜報といった地味な仕事は好まず、これまでも殆どしてこなかった。だが裏の汚いことが嫌いという訳ではない。ただ地味なのが嫌なだけなのだ。
「さて、まずは下準備をしないとな」
自身に降り注ぐ喝采を思い浮かべ、エスティオは不敵な笑みを浮かべるのだった。
☆
「ふあー」
翌日。徹夜明けのドクは大きなあくびと同時に背伸びをする。昼に出会った男が襲ってくるのを警戒していたのだ。だがそれは杞憂におわったようでドクは安心する。
「あいつのことだからすぐ来るんじゃないかと思ってたが……やはりあいつとは違うやつなのか?」
ドクは警戒をしつつ独り言を呟く。自分を襲ってきた帝国の男。彼はキッドの殲滅攻撃によって死んだはずである。だが昨日見たのは間違いなくあの男だった。考えられるとすれば親類関係かスキルによるものだ。だがスキルにしては顔を見た時の反応がおかしい。あの男ならすぐにでも飛びかかってきてもおかしくは無い。とすると考えられるのは一つ。似た顔の別人である。
「まぁ敵には変わらないんだろうがな」
敵の目的は恐らく自分だろう。それが剣王の名声なのか、それとも他に理由があるのかはわからない。だが、降りかかる火の粉を甘んじて受ける程、自分は甘くない。
来るというのなら何度でも倒す。そう決意をしながらドクはもう一度大きな欠伸をした。
「ん?」
「!? あなた!!」
その日の昼過ぎ。まさか日中に堂々と襲いかかってくることもないだろうとドクが仮眠を取っていると、屋敷の外より非常に濃度の高い殺気を感じた。ドクの妻ローナもそれを敏感に感じ取っており、即座に反応する。流石に母親だけあり、まず視線を向けたのは子供達が遊んでいるはずの部屋だ。確かに子供達の気配を感じる。ローナはすぐさま子供達の部屋へ走りだす。乱暴に扉を開け放つと同時にローナは叫んだ。
「貴方達、絶対にこの部屋から出てはだめよ!!」
「あれ? ママどうしたの?」
「いいから、絶対よ?」
そう告げるとローナはすぐさまドクの元へと走り出す。風魔法の使い手であるローナには、見えなくても気配でわかる。故に既に屋敷は囲まれていることに気づいていた。
夫が幾ら強かろうと流石にこの人数では負けないまでも怪我をする可能性がある。それならば自分が手伝って手早く片づけた方がいいとの判断だ。
「子供達は?」
「無事よ」
「そうか。ローナは子供達についていてくれ」
「あの人数を一人では無理よ。私も手伝うから、とっとと片づけましょう」
この夫にしてこの妻ありというべきか。妻の言葉に思わずドクは苦笑する。
「だったら遊んでいる暇はないな。一気に決める!!」
ドクは刀を手に取り家から飛び出した。姿は見えない。だがドクは気力探知で既に場所を特定している。(10人か……)ドクは敵の数を数えると居合の構えで警戒する。
その瞬間、一斉に火球がドク目掛けて飛来した。
「風壁!!」
しかしそれはローナの使った風の障壁により全て防がれた。爆発により視界が見えなくなったその瞬間、まさに阿吽の呼吸とも呼べるタイミングでドクは既に飛び出していた。
絶対に魔法を防いでくれると言う信頼が無ければ出来ない連携は、夫婦であるからというよりも長年のハンター仲間としての連携に他ならない。
「ふっ!!」
一瞬で間合いを詰めたドクは、一呼吸であっという間に3人を斬り殺す。驚いた襲撃者は即座に魔法を唱えようとするも何故か急に苦しみ出し、次々とその場に倒れこんだ。
「なんだ、一体なにが……これは!? ローナ!!」
ドクが異変に気付き即座に振り向くと、そこには地面に倒れ込んでいる妻ローナの姿があった。すぐに駆け寄ろうとするもドクも足を取られその場に膝を付いてしまう。
「へえ、さすがあいつの作った毒は効果抜群だな」
そう言って意気揚々と現れたのはエスティオだ。毒使いは既に倒されていると判断していることから、ドクもまさか以前と同じ手で来られるとは思ってもみなかった。
「味方もろともとは……外道が!!」
「囮は相手が引っかかってなんぼなんだよ。そこに囮の生死は含まれない。剣王ともあろう者が随分と甘いな」
「仲間を売らないことが甘さというのなら、俺は甘くて結構だ。まぁお前は、なんか旦那と話が合いそうだな……」
「ん? その旦那ってやつに非常に興味をそそられるんだが……まぁいい。今日の目的はお前じゃなくてお前の子供だ――――」
「まさか!? てめえ!!」
「ちょうどいい具合に出てきてくれたな」
「な!? 貴方達!!」
動かない体で必死に振り向くとそこにはドクの娘、エミリアとリナ、レナ姉妹が驚いた表情で立っていた。
「ママ!!」
「来ちゃダメ!! 逃げなさい!!」
「そいつが娘か。おじさんといいところにいっ!?」
獰猛な笑みを浮かべたエスティオがエミリアに近づこうとした瞬間、エスティオは猛烈な突風に吹き飛ばされた。
「貴方が誰だか知らないけど」
「キッドお父さんが、そういうことを言う男は」
「「問答無用で殺していい変態だっていってた!!」」
そこに立って居たのはリナとレナ、天災の弟子である魔導師の卵である。
「こいつは驚いた。ガキにしちゃ随分と魔力が強いじゃないか」
吹き飛びつつもすぐに体勢を整えたエスティオは、余裕を持った口調で語りながらエミリアへと近づいていく。
「変態は」
「殺す」
そう言ってリナとレナは再び魔法を放つ。リナが十にも及ぶ火球を作りだし、それをエスティオへと放つと同時にレナはエミリオが抱きついているローナの元へと走りだす。
「ちっ!?」
さすがに子供がこれだけの火球を飛ばすとは予想していなかったエスティオは必死に火球を避け続ける。その間にリナとレナは動けなくなったドク一家の下へと到着した。
「エミリアちゃんは」
「私達が守る!!」
「ガキが……調子に乗ってるんじゃ――!?」
キンッという甲高い音が響き渡る。
「てめえ……」
「完全な不意打ちだったのに……おじさん強いね」
エスティオがリナとレナに気を取られた瞬間、気配を絶って後ろから斬りかかったのはコウだった。
「ガキどもが……死ね!!」
そう言って襲い掛るエスティオだが、その剣はコウに全て受け流されている。
「ば、馬鹿な。こんなガキが――くっ!?」
コウに構っていると隙を付いて魔法が飛んでくる。その息のあったコンビネーションに流石のエスティオも苦戦を強いられていた。無理もない。周りが強すぎるせいで本人達も全然知らないことだが、リナレナ姉妹とコウは戦闘能力だけでいえば既に銀ランクハンターに匹敵する。
「くそっ想定外だ。まさかこんなガキどもがいるとは。仕方ねえ……」
コウから間合いを離し、エスティオが手をあげると辺りから黒ずくめの男達が現れた。男達は帝国兵であり、最初に捨て駒にされた男達はこの国で雇われた犯罪ギルドの傭兵である。成るべくなら限りある自国の兵を使わずに温存しておきたかったエスティオだが、そうも言ってられなくなったようだ。
「やれ!!」
エスティオの号令により男達が一斉に襲いかかる。しかし、レナの魔法で防御し、リナの魔法で相手の体勢を崩し、コウが剣で止めを刺す。そのコンビネーションは歴戦の兵士にも十二分にその強さを発揮するが、多勢に無勢、そして子供と大人の違いは如実に表れていた。
「大したものだ。ガキの癖にここまで粘るとはな。だがもう終わりだ。そっちのガキは魔力が切れそうだし、そこの獣人のガキはもう体力が保たないだろ」
「くそう」
肩で息をしながらコウが呟く。どんなに優れた身体能力や魔力を持っていても体力だけはすぐに付けることができない。コウは獣人だけあって普通の大人よりも遥かに体力はあるが、それでも仲間を庇いながらの命をかけた実戦は想像以上にコウの体力を削っていった。現在は気力でなんとか立っている状態だ。
「ガキは殺せ。そこの女は好きにしろ。だが剣王には手を出すな」
「なんだと? 俺が狙いじゃないのか?」
「剣王と闘うのにこんな場所はさすがに似合わないだろう? もっと大きな舞台で決着をつけよう。闘技大会にこい。お前とはそこで闘ってやる」
「ふざけるな!!」
「ふざけてねえよ。ガキが死ねばお前も本気になるだろう? 俺は全力のお前と大舞台で戦いたいんだ」
「……狂ってやがる」
「良く言われるよ。さあ、殺れ!!」
「やめろーー!!」
エスティオの命令と共に男達が襲いかかる。が、それと同時に辺り一帯に爆発音が響き渡った。
「な、なんだ?」
「全く、貴方達ときたら……この程度の雑魚相手に苦戦なんて私の弟子失格ですわよ」
「「師匠!!」」
「メリルちゃん!!」
「ちゃんはやめなさいといったでしょう」
「何だこのガキは? 今更ガキが一人増えたくらいでどうにかなるとで!?」
全ての台詞を言う前にエスティオは吹き飛んでいた。いや、正確には一瞬だけ早く飛びのいたお陰で何とか助かっていた。それは長年戦いの中に身を置いてきた戦士ならではの感覚。一瞬でも遅れていたらその体は跡かたもなく消し飛んでいただろう。
「この私をガキ呼ばわりとは。貴方死にたいようですわね」
(なんだこのガキは!? 無詠唱で爆発魔法だと? まだこれほどの手だれがいるとは……毒の効果ももう持たん)
「全く、次から次へと妙なガキばかり……引くぞ!!」
「ま、待ちやがれ!!」
「待たせてどうするのです。満足に動けない癖に」
「ぐ……」
思わず叫んだドクに冷静にメリルが突っ込む。確かにかなり動けるように成ってきたとはいえ万全ではない。今闘っても勝ち目はないだろう。そんなことを言っている間にエスティオ達はあっという間に姿を消していた。
「お前なら殺せたんじゃないか?」
「殺しても良かったですが、それでは貴方の気が済まないでしょう?」
「へっ恩に着る。あいつは俺が殺す」
起き上ったドクが獰猛に笑う。
「貴方のそんな顔、久しぶりに見たわね。懐かしいわ」
エミリアとリナレナ姉妹に支えられながら起き上ったドクの妻、ローナの言葉にドクは少し照れたような表情を見せる。
「しかし、まずは毒の対策を練っておかないとなぁ。万能薬があっても飲む前に食らったらどうしようもないからな」
キッドに貰っていた竜の角はあったが、粉末を水も無しに飲むことは難しい。しかも毒に効くかどうかはわからないのだ。つまり基本的に毒に対しては摂取しない以外に完全な対策というのは存在しない。唯一キッドのカードだけが完全に無効化出来る。それだけでとんでもないチート能力だということがわかる。
「エミちゃん!!」
メリルと会話しつつ何とか歩こうとしているドクは幼い叫び声で振り向いた。
「エミリア!?」
見ると娘であるエミリアが倒れておりリナとレナ、そして妻のローナが必死に倒れているエミリアに呼びかけている。
「まさか毒か!?」
倒れているエミリアを見ると、腕にほんのわずかな切り傷が残されていた。恐らくそれで毒を受けたのではないかと思われる。
「慌ててないでキッドから貰った薬をまずは与えてみなさい。その前に家に運びこむのが先ですが」
いつものように冷静なメリルの言葉にドクは一瞬で冷静さを取り戻し、若干重い体を何とか動かしてエミリアを家へと運びこんだ。
「目を覚まさないわ」
万能薬と言われる鋼殻竜の角の粉末を与えても、エミリアの容体は変わらず目を覚まさなかった。
「とりあえずルナを呼んで来る」
この世界には医者はいない。医療師と呼ばれる医療を専門にする魔導師は存在するが、毒に対しては基本的に無力の為、毒に対しては薬師が活躍している。とはいってもどんな毒でも治せる訳ではなく、代々薬師として培われ、受け継がれた知識で対象の容体からどんな毒かを判断して適切な対処を行う。それはつまり薬師には膨大な知識と経験が必要不可欠ということである。故に薬師は重要視され、国によっては魔導師よりも重宝されるところがあるくらいだ。そんな貴重な薬師が自分達のパーティーに居るというのは何と言う僥倖だろうか。こんなことまで想定してリナとレナの母親であるルナを仲間にしたのかと、キッドの持つ先見の明に驚きながらも感謝しつつ、ドクはルナを呼びに向かった。
「これは……毒ではなさそうです」
部屋で一人鋼殻竜の粉末を作成しつつ、研究をしていたルナは倒れたエミリアを見て一言そう告げた。
「どういうことだ?」
自分達は毒を受けて倒れていた。以前もそうだったが、敵方が毒を使ってくるのは周知の事実だ。
「毒にしては苦しそうにもしていませんし、体が熱っぽくもなっていませんわ。普通毒が体内に入った場合、それに体が抵抗するそうです。その際に熱を発生させる為に体が熱くなるんです」
「だとすると一体なんだ? 確かにただ眠っているようにしか見えないが……ん?」
ドクはエミリアの傷があった部分に僅かに黒い痣が出ていることに気が付いた。
「こんな痣あったか?」
「いいえ、なかったわよ」
「つまりこれが解決の糸口という訳ですわね。まぁあの男が居れば糸口どころか即座に問答無用で解決してしまいそうですが」
その言葉に誰もが納得の表情を浮かべる。しかし今は当人が居ない為、自分達で何とかするしかない。
「あいつは最初から俺じゃなくエミリアを狙っていた。何かそこに理由があるはずだ……」
エスティオがその気になれば自分は殺されていた。にもかかわらず自分は見逃され、狙いは娘のエミリア。ドクはそこの接点がどうしても思い浮かばなかった。
「そこにこんなものが落ちていましたわ」
思考するドクにメリルから何かが投げ渡される。
「短剣?」
「どうやら何かしらの魔法がかかっていたようですわ。しかも妙なことに短剣そのものは新しいのに、刻まれている魔法陣は古代の術式のようです」
「つまりそれはどういうことだ?」
「全くお馬鹿ですわね。少しはあの男を見習いなさい。つまり本来アーティファクトと呼ばれるような物に刻まれている古代の魔法陣を、新たに刻むことで量産している者が居るということですわ」
「なんだと!?」
「まぁ本来の性能からはかけ離れているでしょうけど。その短剣も既に何の効果も持たないただの短剣ですし」
「つまりアーティファクトの劣化品、模造品の類がどこかで作られているということね?」
「そんなこと個人で出来る者等いやしませ……一人を除けばいませんわ」
「つまり国ぐるみの可能性が高いということね」
「そして襲ってきたのは帝国の奴ら……か」
その事実から導き出されるのは唯一つ。帝国はアーティファクトを研究し、量産を可能にしているということだ。
「そんなことより問題はエミリアだ。毒じゃないとしたら一体なんなんだ!?」
「恐らくこれは呪の類ですわね」
「呪?」
「以前、これと似たような物を遺跡の罠で見たことがありますわ。あの時のものは衰弱して死んでいくというものでしたが……」
「なんだと!? じゃあエミリアはこのまま死ぬって言うのか!?」
「あなた落ち着いて。それと同じ呪とは限らないわ」
「この手の類はすぐ命に影響があることはありませんから、しばらくは大丈夫でしょう。恐らく近いうちに……」
「あの男から接触がある……か」
エスティオの目的はドクと闘技大会で闘うこと。だとすればこの状態のエミリアを人質として活用するだろう。ドク夫妻もメリルも同じ結論に達した。
「しかし、まさかこんなものを本当に作ろうとは思いませんでしたわ」
「どういうことだ?」
「アーティファクトに刻まれた古代の術式は多種多様に渡っておりますから、解読はかなり難しいですわ。元々私はその研究の為にあそこに行こうとしていたのですけれど……まぁそのことは今はいいですわ。解読出来ないということは効果を確認する為には実験が必要ということです」
それはつまり、毒や呪の類の場合、効果を試す為に生物で実験する必要があるということになる。人間相手を想定している場合、実験対象は自然と人となる。
「全く……胸糞悪くなる話だ」
「一体どれだけの犠牲の上に作ったのやら……」
「しかしこんなものを作るってことは、帝国は戦争でも仕掛けてくる気か?」
「何を呑気に……気づきにくいだけで、ここはもうとっくの昔に戦時下ですわよ」
メリルの言葉にドクだけでなくローナも驚愕の表情を浮かべる。
「シグザレストに逃げて終わり……ってわけにはいかないだろうなぁ」
「でも戦争となると私達がどうこうしたところで、どうにもならないわよ?」
「心配せずともあの男なら一人で何とかするでしょう」
「……全く否定出来ないところが恐ろしいが、旦那はこの国と関係ないだろう?」
「この国がどうこうではありませんわ。貴方は忘れていませんか?」
「何をだ?」
「あの男は大事な子供を帝国兵に殺されかけているのですよ?」
メリルのその言葉を聞いたドクは顔を真っ青にしその後溜息を付いた。これは無理だ。下手したら帝国は地図から消えて無くなる。ドクはその現実味のない直感が、どうしようもないくらい正確な、これから起こる現実であることを予感していた。
「あの男なら散歩ついでに国の一つや二つ消しかねません。普段温厚の様に見えるのですが……」
「旦那は切れる時は一瞬だからなぁ」
「そ、そうなの? とても優しそうな方に見えたけど……」
「甘いぞローナ。旦那は1から2,3と段々怒りが溜まっていって、最後に100で爆発するっていう普通のタイプじゃないんだ」
「1の次は100ですわね」
「……」
その言葉にローナは絶句する。迂闊なことを言えば一瞬で殺されるということなのか? そんな危険な者と一緒に暮らして大丈夫なのか? 様々な思惑がローナの頭を駆け巡る。
「あー身内には甘いから大丈夫だ。特に女子供には甘いから。俺とレアンには厳しいが……」
そう言って遠い場所を見つめるドクには、何故かとても哀愁が漂っていた。
「しかし、エミリアに何も出来ず、俺はただ見守ることしかできないのか……何故この子を狙うんだ……まさか!? 以前倒れたのも?」
以前キッドに言われたのは、子供を狙うことで自分を手に入れる為ではないか? ということだったが、今回もそうなのだろうか? ドクはこれまでの人生で恐らく一番頭を使って考えるが、やはり決定的なことはわからない。情報が足りなさすぎるのだから無理もないのだが。
「あのメンバーなら竜の10匹や20匹、トカゲと変わらないでしょうし、そろそろ戻ってくるのでは?」
「竜をトカゲ扱い出来るのもどうかと思うけど、事実だから仕方ないか。メリルここは任せる。俺は駄目元で医療師とギルドに当たってみる」
「仕方ありませんわね。まぁ私が治せればよかったのですが、生憎と壊すのは得意ですが治すのは不得手なのです」
良く知ってるよ。とドクは思わず叫びそうになったが、何とか口をつぐみつつドクは家を飛び出した。