65:火竜退治
「リーダー、詳しい場所はわかってるの?」
「場所は北の山としか聞いてないな。たしか近くの村人が山に入った時に目撃したって話だ」
俺をリーダーと呼ぶようになったミルに対しどことない違和感を感じつつ、俺達一行は徒歩で目的の山へと向かっていた。さすがに山に入るのに馬車は使えないからだ。
「火竜を見つけたら最初、ボスは手を出さないでくれないか?」
「いいけどなんで?」
「まずは俺達の力だけで試してみた方がいいだろう。ボスならどんな相手だろうが、一人で倒せるのはわかってるからな。ここらで俺達の力を確認しておくべきだ」
確かにレアンの言うことも一理ある。特にアイリとフェリアの二人は殆ど魔物との戦闘経験がないはずだ。ある程度慣れが必要かと思うが、それにしたって最初が竜というのは冗談としか思えない。
「本気で言ってるのレアン? あんたはいいかもしれないけど、私達3人はか弱い乙女なのよ?」
「誰がかよわブッ!?」
全てを言う前にミルの回し蹴りがレアンの顔面に炸裂した。まぁ大してダメージは受けてないだろう。俺の拳に耐えるくらいだからな。
「ドクもメリルもいないんだから、無茶いわないでよ!! あんたとリーダーは大丈夫かもしれないけど、私達が竜なんて相手できるか!!」
無茶だと思っていたのは、やはり俺だけではなかったようだ。その後、レアンはミルにこれでもかと言うほど竜の恐ろしさを語られ渋々引き下がった。
「とりあえずレアンと俺で様子を見て、行けるようなら手伝うってことで」
俺の意見に全員が賛同して頷く。さすがに女の子を竜の目の前に出すのは躊躇われる。アイリは元々サポートだからいいとしてもフェリアとミルは前衛だ。どうしても前に出る必要がある。竜という以上ブレスを吐いてくるだろう。つまり前衛はそれを喰らう可能性が非常に高い。そんなもの俺だって喰らいたくは無い。レアンはどうでもいいけど。
北に歩くこと2日。途中村をいくつか経由して漸く目的の山の麓に到着した。そこには広大な森が広がり、山への侵入を阻んでいる。
「火竜って飛べるんだっけ?」
「下位の竜は殆どが飛べないよ。上位からは普通に飛べるようになるけど、余程のことがないかぎり上位の竜なんて会えないし、むしろ上位竜は意思の疎通が出来るからほとんど戦いになることはないらしいよ」
下位竜とはいうが、そもそも上位と下位で種族が違う訳ではない。何が違うかというと、まぁ簡単にいえば年齢である。正確に言うと脱皮した数らしい。竜は齢を重ねるごとに強くなっていき、その節目節目に脱皮をする。そのたびに格段に強くなっているのだが、脱皮の何度目かで羽が生える。その時、膨大に魔力が膨れ上がり上位の竜へと変貌するのだそうだ。ただそこに至るまでは知識もあまりない獣に近い存在らしい。
故に羽のない竜は基本的に凶暴で、人里に現れた時には家畜だけでなく人をも襲う凶悪な魔獣と化す。まぁ滅多なことでは人の目に止まる場所に来ることはないのだが、今回のように稀に現れるらしい。それは竜同士の縄張り争いだったり、餌不足による移動だったりと理由は様々だ。
「ミルは上位の竜に会ったことがあるのか?」
「昔、遺跡に潜った時に1回だけね」
「マジで? すごいな、どうだったんだ?」
「リグザールの迷宮で罠にかかった時にね……。番人みたいな感じで物凄く大きな部屋にいたんだけど、話をしたら私達をパーティー全員迷宮の入口に戻してくれたよ」
どうやらいいやつっぽい。そんなやつなら一度会ってみたいな。しかしそんな場所で餌はどうしているのだろうか。話を聞くに竜も動物のように栄養摂取が必要なように思えるのだが……。
「ってことは今回の竜が上位のやつだったら話し合いで解決出来るかもしれないってことか」
「上位竜だったら可能性はあるね」
そうなると報酬が貰えないな。まぁ報酬はどうでもいいが、依頼が失敗になるから出来れば下位竜であって欲しいところだ。そんなことを思いつつ俺達は森へと足を踏み入れた。
小一時間程、鬱蒼と生い茂る木々をかき分けて森を進むが、魔物どころか動物すら見当たらない。
「逃げた? にしては普通に鳥とかいるし、竜が近くにいて動物達が怯えて逃げ出したって訳では無さそうだけど……」
「元々野生の動物って人間警戒して近寄らないんじゃないか?」
「確かにそうだけど、それでも遠くに気配くらいは感じるもの。あたいが感知できないってことは本当に居ないってことよ」
今のミルの感知はおっちゃんよりも遥かに広範囲を探ることが出来る。精度はおっちゃん程ではないが、気配だけならそれでも十分だ。
「と、なると鳥以外は逃げたってことか。鳥はまぁ飛べない相手なら逃げれるから、下位竜なら脅威にならないのかもしれんな」
でも以前、オーガに初めて出会った時は小鳥すら居なかった気がするが。それから考えると、以前は脅威となる者がいて、動物も鳥も逃げたが、そいつが移動するなりして鳥だけ先に戻ってきていると考えられる。そこまで複雑な状態なのかどうかはわからないが、とりあえず警戒は怠らないようにしよう。
ある程度人の行き来する街道と違い、人の立ち入らない森は進むのが相当きつい。フェリア達の森はある程度狩りをする為に切り開いた道があった。だがこの森にはそんなものは一切ない。唯歩くだけでも時間と体力を消耗してしまう。
「子供達を連れてこなくて良かったな」
思わず俺の口はそうこぼれてしまう程、森は過酷な環境だった。かなり遠くから見る分には非常に景色がいいだろう。だが実際入るとなると相応の覚悟が必要になる。しかも目的地はさらに先の山なのだからたまらない。木々を抜け、漸く歩く地面が坂道に入る頃にはもう日が暮れ始めていた。そのまま少し開けた場所で野宿をするも、特に襲われることもなく翌朝を迎えた。
「……なんか嫌な感じがする」
翌日。山の中腹部に差し掛かった頃、先頭を歩くミルが徐に呟いた。感覚的な物だろうが、ミルの勘は良く当たるので困る。
「気配は?」
「……特に怪しいのは居ない。というか兎一匹見当たらない。こんなの初めてだ」
以前もこんなことがあった。あの時は確かオーガが居たんだよな……。
「近くに竜がいるかもしれない。用心して進もう」
俺のその言葉にアイリが「ちょっと待って下さい」と声をかける。
「ラ・ガイマ・デルゥ」
一人一人にアイリの保護魔法がかかった。これは炎耐性をあげる魔法らしい。効果は弱いが霧の盾による自動防御で熱に強くなるそうだ。火竜ということなのできっと火を吹いてくるのだろうとの判断からだ。竜相手に持つかどうかはわからないが、無いよりはマシだろう。イワシの頭もっていうやつだ。
「!? リーダー!! あれ!!」
そのまま山の中を探索していると、竜? のようなものを見つけた。ただ眠っているかのようで全く動いていない。それに気力も魔力も全くといっていいほど感じず、気配が薄らと感じられるかどうかという感じだった。むしろ死んでいるといっても不思議ではない状態だ。
「寝てるの?」
「死んでるのかもしれんぞ?」
ミルとレアンの会話は強ち的外れとは思えない。普通に考えるとそのどちらかだ。だが次の瞬間それが間違いだったことに気付かされた。
「!?」
ピシリという何かが割れるような音が響き渡ると、竜の体に亀裂が入った。それはどんどん大きくなっていきついには割れて中から輝かんばかりに赤く輝いた鱗が姿を現した。火に反射したそれはまさに紅玉とも呼べる輝きを見せ、俺達の視線をとりこにした。
「……なぁ」
「言わないで!! 見えないわ!! 背中に翼があるのなんて見えないんだから!!」
俺の声にミルが現実逃避したように叫ぶ。俺達はどうやら丁度脱皮したての竜に遭遇してしまったようだ。しかも翼が生えているということは、上位竜として生まれ変わったということ。
「!!」
翼を最大限まで広げ、背伸びの様に体を逸らせたた竜はその後つんざくような巨大な方向をあげた。同時に凄まじいまでの魔力を解き放ち、辺り一面が濃厚な魔力で満たされていく。
「なぁ、上位竜って知能が高いから話が通じるんじゃなかったっけ?」
「だったらリーダー話しかけてきてよ」
「いやいや、以前話したことのあるミルさんが行くべきでしょう?」
「こういうのはやっぱりリーダーがやるべきだと思うのよね」
ミルと掛け合いをしていると、竜はこちらを見定めたかのように咆哮し、その後口に光が収束しだした。
「やばい!? 避けろ!!」
全員が咄嗟にそれぞれの左右に伏せるとそこを熱線が轟音を立てて通過していった。以前の都市落とし程ではないが、通過した箇所の木が消滅しており、残った部分が黒コゲになり煙を吐いている。相当やばいのは確かだ。というかもうブレスというより完全にビームである。
「ちょっと!! やばいなんてもんじゃないでしょ!!」
「あぶなかったぜ。アイリ嬢ちゃんの魔法がなきゃ腕が無くなってたな」
ちょっとかわすのが遅れたレアンが若干巻き込まれていたが、特にやけども負っていない。いくらレアンでもアレを無効化は出来ないだろうと思っていたが、どうやら先程のアイリの魔法の効果のようだ。イワシとかいってごめんね!!
「散開しろ!!」
俺の言葉に即座に全員がその場を離れた。動きづらい山の中といっても全員がそれなりに優れた身体能力を持っている。その初動は素晴らしいの一言だった。標的が別れて狙いが散漫になった竜は首を左右に揺らし、敵を探すかのように見定めている。生態系の頂点に君臨する竜の上位種にしてはその動作が妙に拙い。
「脱皮直後は弱るのか?」
「寝起きみたいなもんじゃないの? まぁそれでもリーダー居なかったら勝てる気しないんだけど」
妙に動物っぽい動作をする竜だが、時間が経つにつれて、辺りを包む魔力の重圧がどんどん強くなっていくのがわかる。何度か俺達を見渡した後、竜は翼を大きく広げゆっくりとその場から上昇しだした。嫌な予感しかしない。確か都市落としの時は上から極大の雷球落とされたんだよな。上からあのブレスを撃たれたらさすがに避けるのは難しい。まぁ点で撃つ分には当たらないだろうが、そのまま首を振って線で撃たれるとさすがに俺以外は死ぬかもしれない。俺は咄嗟にカードを摂りだした。
「240セット!!」
No240C:空中分解 指定した範囲内にいる生物は地面から浮いている場合に現在の生命力の半分のダメージを受ける。指定範囲内にいる間、浮いていると判断されるたびに効果対象となる。※肉体、及び身につけている物も含めて地面から完全に離れた場合に浮いていると判断される。
カードが光り輝くと竜は短い悲鳴のような鳴き声をあげ、地面にまっさかさまに落ちてきた。まぁ一瞬で生命力の半分を削られたのだから無理もないだろう。正真正銘の半殺しというやつだ。
「ふん!!」
「はあああ!!」
ズシンという鈍い音と共に落下した竜にレアンとフェリアが、待ってましたとばかりに襲いかかった。左右からはさむようにほぼ同時に殴りつけるも、竜には大して効いていないようだ。それどころかすぐにその大きな顎で反撃してくる。二人は一撃した後即座に離れて反撃を回避した。
その隙にアイリの魔法が完成し、その場に凄まじいまでの竜巻が発生する。天にも昇るその竜巻は木々を巻きこみ、竜を空へと巻きあげた。しかし何が酷いって逃げ遅れたレアンも巻き込んでいるところだろう。遥か上空からなんか叫び声が聞こえてくるがきっと気のせいと心に言い聞かせ竜の動向を観察する。先程のカードの効果が残っているようで、レアンも巻きこんでどんどん生命力を削られているのか、落下してきた竜とレアンは瀕死の重傷といっていい状態だった。
「す、すみませんレアンさん。大丈夫ですか?」
レアンはアイリの問いに答えることも出来な程ボロボロだ。俺と戦った時よりかなり酷い。恐らく後一息で死ぬだろうという状態だ。本当にリアルで生死の境をさまよっているといっていいだろう。さすがに緊急性を感じたので回復カードを使って回復しておいた。
「あー死ぬかと思った」
「お前以外なら死んでたかもな」
先程の半減カードは相手の生命力が多い程強力になるカードだ。それ以外にも防御が高い相手にも非常に有効で、レアンのスキルも関係なくダメージを与えられる。ただしあくまで半分にし続ける為、最後まで削りきって殺すことは出来ないようだ。しかし、落下ダメージを考えると相当防御が高い相手でないと落ちてきた衝撃で死ぬのではないだろうか。故に防御能力が高いレアンと竜以外なら死んでいた可能性が高い。アイリには注意をしてもらうように警告しつつ、俺達は竜の様子を窺った。
ピクピクと動いてはいるようだが、もはやその命は風前の灯といった感じだ。
「今回はリーダーよりアイリの方が活躍したね」
「すごいよアイリ!! 竜を倒すなんて」
「違うよ。その前にご主人様が何かスキルを使われてたから、恐らくそれの効果ね。私の魔法だけでは竜にそれ程効果があるとは思えないから」
アイリはしっかりと俺のカードの力を認識しているようだ。どんな効果かまではわからずとも。しかし何時の間にあんな凄まじい魔法を使えるようになったのか……。
「で、まだこいつ生きてるようだけどどうするのリーダー?」
さて、虫の息ではあるが竜はまだ生きている。後は止めを刺すだけだがどうするか。なるべく傷は付けない方がいいだろうが……。
「!?」
悩んでいると上空から凄まじいまでのプレッシャーを感じた。感じたのは俺だけではないようで、ミル等は震えて膝をついてしまっている。離れているにも関わらずこれ程の重圧。一体なんだ? そう思っていると黒く巨大な影が上空から舞い降りてきた。その姿は重厚でありながらも繊細であり、かつ圧倒的な魔力がその体から漏れ出すそれはまさに神々しいの一言である。
「上位竜……」
思わずといった感じでこぼれるようにミルの口からそんな言葉が漏れ出した。上位といっても先程まで戦っていた竜とはその存在感が圧倒的に異なる。例えるなら転がっている竜がレベル1のスライムとするとこちらはレベル99の竜王といった感じか。先程の竜ですらそれなりに魔力を持っていたが、これは明らかに格が違う。上位竜といってもピンからキリまであるのだろう。上位と言ってもそれはあくまで人の側が判別する基準であり、竜の側からしたら失礼な話だ。人間にしても人間というひとくくりにしたところで、その個々の能力はそれぞれ違うのだから、遥か永い時を生き、上位種族と呼ばれる竜ならそれがどれほどの差になるのか想像も出来ない。
既に俺のカードの効果は切れているようで、黒い竜は特にダメージを受けている様子もなく、ゆっくりとその巨体を下ろしてきた。
『小さき者よ。我が同胞を殺すのならば我が相手になろう』
言葉ではなく、頭に直接そんな言葉が響いてきた。恐らくは目の前にいる黒い竜だろう。上位竜が言語を理解できるというのは強ち間違いではないようだ。
「こちらとしても依頼なんで見逃すわけにもいかないんだよなぁ」
そう言って俺は戦闘態勢に入るも必死にミルに止められた。
「だ、だめだリーダー!! あれは古代竜だ!! 上位竜の中でも更に上位のやつ!! 私があったやつよりもっと強いよあれ!!」
どうやら相当やばいやつらしい。高く売れるかな?
「まぁ確かに話が出来る相手ならまずは話し合いをしたいものだが……話す余地はあるのか?」
『我を見ても全く怯えることもないとはおもしろい。この子を見逃すというのであれば話を聞いてやろう』
「とはいってもこちらとしても仕事出来てるからなぁ」
「大丈夫だよリーダー」
「ん?」
「依頼は下位竜だったでしょ? 相手が上位竜なら依頼放棄にならないよ。そもそも上位竜なら滅多なことで自分から人を襲うようなことはないし、森や山の奥深くにしかいかないから、討伐依頼なんて殆ど出ることもないんだから」
「……めちゃくちゃ襲われた気がするんだが」
『恐らく脱皮直後だったのだろう。脱皮の前後は腹が減って凶暴になるのだ』
「なるほど、そういうわけか。それなら無理に殺す必要もないか……。36セット」
No036UC:応急手当 ある程度の怪我を治す。
先程レアンに使ったカードを倒れている竜に対して使う。倒れていた竜は意識を取り戻したようでゆっくりとその体を起こした。起き上った竜はこちらを見るなり襲いかか……ることもなく頭を地面に伏せてしまった。
『どうやらこの子はお前を主として認めたようだ。成長したてとはいえ、小さきものが我が同胞を従えるとはな……ますます面白い』
「主とかいってもこんなでかい子養えないぞ?」
『お前の魔力なら十分養えるだろう。我らは羽化した後は魔力のみでも生きてゆくことが出来るからな』
どうやらシロ達と同じようだ。シロと同じご飯でいいのかな?
「そうはいっても人の社会でこんな大きい子はなぁ」
『ならば人化魔法を使えばよい。このようにな』
そう言って黒く巨大な竜は光に包まれ、気が付けば肌の浅黒い裸の巨乳美女がその場に立っていた。
「ふむ、久しぶりに小さき者の姿になったな。何時以来だったか……。あれはたしか魔王と勇者が……」
目の前で裸の巨乳美人が考え込んでいる。素っ裸で。見えちゃうよ。ええ、見ちゃいますよ。こいつは常時恐ろしい魔法が発動している。その名は魅了魔法。殆どの男にかかる強制視線誘導魔法である。その凄まじいまでの強制力に男である俺は抗う術が無く、その視線は顔より若干下へと向けられてしまうのだった。
揺れている。それはもうプルンプルンと揺れている。クーパー靭帯大丈夫かと言わんばかりの大地震である。たわわに実ったその熟れた巨大な禁断の果実は、隠されることもなく俺の眼前でこれでもかとその存在感を示している。くっ!? なんて恐ろしい魔法なんだ!! 隣をみればレアンすらその魔法には逆らえないようで、俺と同じ視線を向けているようだ。
「……」
はっ!? 後ろから感じる恐ろしいまでの冷徹な殺気にも近い気配に俺はすぐさま平静を取り戻した。恐る恐る振り向くと女性陣が絶対零度もかくやというほどの冷たい視線をこちらに向けていた。
「ちゃうねん」
冷静になったと思ったが、思わず使ったこともないインチキ関西弁が出てしまうほどに俺は動揺していたようだ。その姿はまるで浮気が見つかった夫の様だが、アイリとフェリアとの関係を考えれば案外的外れな考えでは無いのが恐ろしい所である。
「その子はまだ人化出来ぬであろうから、しばらく我に預けるがよい。時が来たらお前の元に送ってやろう。ついでに鍛えておいてやる」
「別にいらないのでそのまま連れてって下さい」
俺のその言葉に火竜が悲しそうな表情をする。とはいっても実際に竜の表情がわかるわけではなく、あくまで感覚だ。まるで子犬がずっと待てをされているような……。
「つれないことをいうでない。古来より小さきものが幾ら望もうと、滅多なことでは我が眷族を従えることなど出来なかったのだぞ?」
「結構です」
「ふむ……ならば私も一緒に」
「いりません」
何かとんでもないことを言いだした。こいつは話が出来るほどこちらに友好的ではあるが、どう考えてもこいつ自身の退屈しのぎである。
「冗談だ。それにしてもお前は面白いな。我の力を借りる為にどれだけの小さき者がその命を散らしてきたことか。にもかかわらずお前はそれを断るという。実に愉快だ。お前のようなやつは……ん? お前、まさか……いや、あやつらは既にここにはいないはず。となればお前から感じるこの懐かしい気配は一体――」
急に褐色の美人お姉さんは真剣に俺を睨みつつ考え込みだした。アイリ達が居る以上目のやり場に困る。俺は一体どうすればいいんだ。こんな状況生まれてはじめてた。
「まぁ考えても仕方ないか。それではあの子は我が連れていくぞ。時が来たらお前の元へ送る。幸いお前の魔力は独特だから、どこにいようがすぐにお前の居場所はわかるからな」
「え? いや、別に送らな――」
俺が断る前に褐色のお姉さんは巨大な竜と化し、瀕死から立ち直った火竜を連れてその場を飛び去ってしまった。
「……どうしよう」
「どうにもならないね」
俺の呟きにミルがすぐさま返答する。竜の時間感覚だから俺が死ぬ直前とかに来るかもしれないな……。
「また増えるんですか、そうですか。しかしご主人様はやはり大きい方が……」
「そ、そんなことないよ。アイリだってまだ……その……可能性が……」
視線を落としたフェリアがアイリを励まそうとしてその声が次第に小さくなっていく。
「これか!! これがいいのか!!」
「や、やめてよアイリ!?」
アイリはフェリアの後ろに回り込んでその豊満な胸部をわさわさと揉みしだく。眼福だ。だがその前に。
「せい」
「ぐほっ!?」
とりあえず横目で見ていたレアンを咄嗟に沈めておいた。通常の拳ではダメージが少ないので、拳に気力ではなく魔力を溜めて行う爆振機雷掌を喰らわせてみたところ、想像以上にダメージが大きかったようで、レアンは地面に倒れてピクピクとしている。
「思いの外上手くいったな」
レアンのスキルは魔力によるダメージを防ぐことが出来ない。ならば魔力で打撃をしたらどうかと思い試してみたが、かなり有効だったようだ。
「レアンの馬鹿を素手で一撃で沈めるなんて……」
ミルが絶句しているが、アイリとフェリアは全くこちらを見ずにいちゃついているようだ。なんか悲しい。
「しかし、下位じゃなくて上位の竜だったってどうやって証明すればいいんだ?」
「あー考えてなかったわ」
「おいぃ!?」
どうしよう。このままじゃ依頼失敗だ。ミルの言うことを鵜呑みにして深く考えなかった俺のミスである。
「あのう」
「なに? フェリア」
「アレを持っていったら駄目なんでしょうか?」
アイリとのいちゃつきが終わったらしいフェリアが恐る恐る口を挟み、ある場所を指さした。
「ああっ!! なるほど!!」
ミルが思わず叫ぶ。フェリアの指した指の先には脱皮した後の火竜の皮が残されていた。
「だけどこれが上位になったっていっても、脱皮前の皮じゃ羽がないからわからないんじゃないか?」
「まぁそこは何とか納得してもらうしかないだろうね」
とりあえず以前の蟹と同じく、巨大な皮をキューブに収納しておいた。これで納得してくれるといいのだが――。
「!? リーダー!!」
ミルの叫びに咄嗟に戦闘態勢をとる。ミルの視線の先には舌なめずりをしながらまるでこちらを品定めでもしているかのような巨大なトカゲの姿があった。
「種類はわからないけど、恐らく地竜じゃないかな」
ブレスを吐くまで竜は種類がわからないことが多い。それは吐くブレスによって種類が判別される為だ。つまりそれは単純に角や色で判断は出来ないということでもある。水色の火竜とかいたらインチキ臭いな……。
「たぶんさっきの古代竜に魅かれてきたんだ」
下竜は強い竜に魅かれてその周辺に集まるという習性があるらしい。自身が強大な力を持つにも関わらず、さらに強大な者に庇護されることを望むというのは、安全志向にも程があるだろう。まぁ他に理由があるのかもしれないが――。
警戒していたが、先程の古代竜が戻ってくる気配はない。つまり上位竜が保護するのは上位竜だけということか? とりあえず先手をとらせて攻撃されたからという大義名分を持ってから仕留めることにしよう。万が一殺したとたんにさっきのやつが戻ってきて喧嘩を売られても困るからな。みんなに手を出さないように指示を出し警戒を続けて待つこと数分。竜は大きな咆哮をあげると毒ガスのような毒々しい色のブレスを撒き散らした。
「ソ・アスファリーフ・ディファー!!」
咄嗟に発動したアイリの魔法は突風を生み出し、ガスを全て相手方向に吹き返した。その風の威力は竜がたたらを踏み、体勢を崩すほど強烈で竜はすぐにブレスを中断せざるを得なくなった。ただ風その物に攻撃力はなかったらしく、竜は特に風によるダメージは受けていないようだ。
「ミル!!」
「大丈夫。さっきの奴は戻ってきてないよ」
「レアン!!」
「人使い粗すぎだろ!!」
文句をいいつつも俺の言葉に即座に反応し、レアンはよろけながらもその拳を竜の顔面へと叩き込んだ。再びブレスを吐こうとした竜の顔が、レアンの拳がインパクトしたその瞬間、爆発したようにぶれ、体も引きずられるように横にずれた。
「はああ!!」
竜の顔がぶれたその一瞬後、同時にフェリアの気力を込めた蹴りが反対方向から炸裂した。竜は顔を一瞬で左右に振られたことにより、脳震盪を起こしたのか、その場に崩れ落ちた。岩を軽々と砕く威力を左右からほぼ同時に食らえば無理もない。俺でもアレは死ねるかもしれない攻撃だ。何時の間にこんなコンビネーションを身につけたのか――。
「さて、どうするか」
ほぼ無傷で制圧した毒々しい竜を眺めて呟く。下位の竜は基本的に人間や家畜を襲う為に飼いならすことは難しい。だが山にいる罪もない生物を殺すのはやや頂けない。まぁ襲ってきた以上こいつの自業自得か。急に竜が2匹も居なくなったら生態系に異常をきたさないか心配ではある。
「でもまぁあんな毒を吐くやつを野放しという訳にもいかないか」
せめて苦痛無き安らかな死を与える為、俺は久々に懐かしいカードをとりだした。
「ナンバー48セット」
No048UC:単体即死 対象を死亡させる。
「――――――とりあえず戻るか」
その綺麗な死体をキューブに収納した後、ぽつりとつぶやいた俺の一言に一同はそろって頷き、俺達クランの最初の仕事は幕を下ろした。