61:王都
「そんなことが……」
やたらと広いドク家のリビングで俺達はまったりとお茶をしつつ、今までの経過をドクの奥さんに報告していた。
「一体誰がそんな真似を……」
奥さんの台詞にドクが震え始めた。カップが揺れて中の紅茶がこぼれ出す。ちなみに正確には紅茶ではなく紅茶っぽいものだ。
「ロ、ローナ、お、落ち着いてくれ。魔力漏れてるから!!」
そう。奥さんからは膨大な魔力が漏れ出ていた。メリル程ではないがかなりの量で空気が震える程の殺気も同時に漏れている。超怖い。怒っている原因は恐らく娘が誰かに狙われて毒を受けたということだろう。どこの世界も母親は怒らせると怖い。それを見てメリルは「中々やりますわね」と嬉しそうに笑っていた。ちなみに子供達はここにはいない。血なまぐさい話に混ぜるわけにはいかないのでコウ、リナ、レナ、エミリアの4人で別の部屋で遊んでもらっている。
「キッドさん。この度は本当にありがとうございました」
「俺からも改めて礼を言わせてくれ。旦那は命の恩人だ」
そう言ってドク夫妻が礼を言ってくる。こんな風にお礼を言われることはあまりないので背中がかゆい。
「気にしなくていい。偶々だ」
「偶々だろうが、もう二度と会えないと思ってた嫁と娘にこうして会えたのは旦那のお陰なのは間違いない。まぁそのおかげで鋼殻竜と戦ったり死にそうな目にもあったが……」
「こ、鋼殻竜!?」
「ああ、旦那はすげえんだぜ!! あの鋼殻竜を無傷で倒すくらいに!!」
そう言って何故かドクはまるで自分のことのように奥さんに話す。その姿はまるで子供が大冒険をして帰ってきた後の自慢話のようだった。
その後、是非にと夕食をドク一家でご馳走になった後、ドクがこれからのことを尋ねてきた。
「旦那達はこれからどうするんだ?」
とりあえずシグザレストまでルナ親子を連れていくが、そこまで急いではいない。行った所ですぐに住める住居があるわけでもなければ、おっちゃんに既に連絡していると言う訳でもないのだから。向こうにいったとしてもすぐに生活できるかといえば難しいだろう。それならばやはり先立つ物が必要となる。俺が稼いでどうするのかという話ではあるが、レアンを仲間とした以上恐らくその家族になるであろうルナ親子も俺にとっては仲間である。ある程度安定して自立できるくらいまでは援助するつもりだ。まぁレアンが稼げよという話でもあるが。
それに稼がなくてもそれなりに蓄えはある。が、コウという子供が出来た以上、いつどうなるかわからないこの世界ではなるべく無駄に出費したくない。ちまちまとでも金を稼いでいきたいところだ。それにちょっと気になることもある。
「シグザレストに向かうつもりだが……しばらくは王都にいる予定だ」
「何かあるのか? あ!? ひょっとして闘技会に出るのか? 確かに旦那ならぶっちぎりで優勝間違いないだろうな!!」
「闘技会?」
「あれ? 違うのか?」
ドクによると闘技会というのはこの王都にある闘技場で毎年開かれる大きな大会だそうだ。普段から行われている試合とは違ってかなり大規模に開催される。だがそこまでメジャーな大会ではないようで、こう言う闘技会と言えば一般にはハンター王国シグザレストの戦神祭、魔法王国リグザールの魔宴祭、傭兵王国ガルブの武闘祭の3つをして3大闘技会と言われるらしく、パトリアのそれには含まれていない。しかしそれでも一部には根強い人気を誇っている。何故かと言えばそれぞれの大会にはレギュレーションのようなものがあるが、基本的に殺しは不可であるにも関わらず、パトリアのそれは大会中の事故死については特に問題がないという恐ろしいルールの為だ。平和な日常を過ごしている者、血沸き肉躍る戦いとは縁遠い者程そのスリルを欲する。例えそう思っていなくても人という種が持つ闘争本能がある以上その根底には少なからずそういう感情が存在することは確かだ。しかし自身ではそんな危険な目にあいたくはない。ならどうするか? その答えがこの闘技会なのだろう。
そう。自身は安全な場所にいるという前提で命をかけた戦いを間近で見る。娯楽の少ないこの世界でそんなスリルある光景を見せられれば誰でも見入ってしまう。日本で格闘番組が流行っていたのも似たようなものかもしれない。しかもこの世界では日本でも表立っては行われていない大会での賭けも国営で行われている。それで人気が出ないはずがない。まぁ俺としては八百長が蔓延している予感がぷんぷんするが。
大会入賞者にはかなり高額な賞金がでる他、本人の希望により近衛の兵士としての試験を受けることができる。だが、怪我人が絶えない為にあまり近衛兵士になれる者は多くないそうだ。それでもエリート兵士を夢見て大会に出るものも少なくない。ちなみにドクはこの大会をほぼ無傷で優勝して近衛になったそうだ。
そもそも近衛兵士になる為の門戸は一般人に開いていない。主に有力貴族の血縁関係ばかりというのが現状だ。その縁故採用しかない場所で唯一外から入ることができる手段がこの大会なのである。過去、大会優勝で入ったことがあるものはドクを含めても数人。平民ではドク一人だそうだ。その話を聞くとドクがどれだけ強いのかというよりも貴族がそこまで強いのかと疑問が浮かび上がる。が、それはある程度予想が出来る。貴族ならある程度大会を出来レースにしている、もしくは対戦相手に不幸な事故が訪れていると考えればその説明が容易に付く。力というのは腕力だけではないということだ。それを考慮すると無傷で勝ち抜くドクは相当なものだとはっきりと理解できる。お互い本気じゃなかったとはいえ良く勝てたな俺。
「そんな大会あったことも知らないし出るつもりもないよ」
金は欲しいが目立ちたくは無い。それよりもやりたいことがある。帝国関連の調査だ。奴隷商会とのつながりや、この国の宰相代理とのつながりを調べる必要がある。こんな国どうなろうと俺には関係ないとは思うが、獣人達の安寧の為には脅威を取り除いた方がいいだろう。マオちゃん達が安心して暮らす為にも。個人でどうこうできる問題ではないかもしれないが、やれるところまでやってやろう。
ちなみにドクの家は結構大きな屋敷なのに使用人はいないらしい。以前は2人程、近所の子持ちのおばさんを雇っていたらしいが、ドクがいなくなったことで暇を出したそうだ。生活者の人数というよりも稼ぎの問題だろう。とりあえず世話になる間は食費等は俺が出し、料理や掃除はアイリ達が手伝うということで俺達はしばらくドクの家でお世話になることとなった。
「ところでドクはこれからどうするんだ? また城勤めに戻るのか?」
「もう戻れないだろうな。大隊長が良くても他の貴族のやつらがまず認めないだろう」
「ならもう一回さっき言ってた大会で優勝すればいいんじゃないか?」
「簡単に言うけど、それほど甘いもんじゃないぜ?」
「でも前は勝ってるんだろ?」
「運が良かっただけさ。俺の能力は魔導師とは相性が悪いから、さすがに当たると無傷って訳にはいかないだろう。そうなると例え優勝出来たとしても近衛の試験を突破するのはかなり厳しいだろうな」
「試験てどんなのだ?」
「近衛からの代表3人を倒せばいい」
「それで魔導師が出てきたらどうするんだ?」
「実際出てきたぜ俺の時」
「ほう。よく勝てたな」
「元々は大会用の切り札だったんだけどな。運よく大会中に魔導師に当たらなかったんでなんとかなったんだよ」
大会で魔導師と当たることを想定していたドクは、対魔法用のAFを準備して万全の態勢で臨んだそうだ。結局それは大会では無くその後の試験に使われることとなった訳だが。まぁそのおかげで苦もなく試験で魔導師相手に勝利し、念願の近衛となったということだ。
ちなみにドクが用意したのは真正のAFではなくその模倣品らしい。使い捨てらしく、前回の大会で壊れてしまったようで、今回使うことはできない。しかもそのAFはレプリカなのに相当高額でしかも珍しい品らしく、入手しようと思っても中々入手出来ない逸品とのこと。試験でなく大会で魔導師と当たっていたら試験が危うかったかもしれないな。だが居合を習得してあのチートな刀を装備した今のドクに勝てる相手は中々想像が出来ない。
魔導師なら離れて始まれば戦い方によっては完封出来る可能性はある。実際メリルならドクに苦もなく勝てるだろう。空飛んで逃げられたら後はもう酷いことにしかならないし……。メリルはそんなに高く飛ぶようなことはないらしいが、それでも剣が届かない位置にあがるだけで剣士は詰む。純正な剣士であるドクとは最も相性が悪い。その場面を想像するだけで涙がこぼれ落ちそうになるほどに。
後はレアンが相手でも苦戦するか? 技量的には圧倒していても殆ど攻撃が効かないというのは相当きつい。レアンのスキルは物理攻撃を受けた場合、そのダメージの何割かをカットするというものだ。カットする割合がかなり高い様で、非常に強力だが魔法系のダメージは防ぐことが出来ない。以前、俺の魔導拳を喰らって瀕死になったのは魔力ダメージも魔法系の扱いということなのだろう。あんまり頑丈だからって手加減なしで魔導拳ぶっ放さなくて良かった。本気でぶち込んでたら砕け散ってたかも。ともあれ物理攻撃に対しては鋼殻竜に轢かれてもかすり傷なくらいアホみたいに硬いので、物理一辺倒のドクだと相当厳しいのは確かだ。非常にシンプルな能力だからこそ、対策も相性もとてもはっきりしている。要は魔法、魔力を攻撃に使えるかどうかそれだけだ。とはいえスキル無しでも無駄に体が頑丈で守備力が相当高いので、生半可な魔法では決定打にはならないだろう。
メンバーそれぞれに明確な弱点がある以上、情報が漏れて対策を取られると非常に脆いかもしれないが、それをふまえても一緒に旅をしてきたメンバーはかなりえげつない戦力なのではと改めて思った。
「闘技大会か……」
近衛とやらに興味はない。ただ誰かの元に仕えると言うのは非常に楽な生き方ではある。だが王の様な権力者の元につくのは非常にリスクが高い。地球の会社なんてものでさえ碌なことがなかったというのに、この世界だと一体どんな無茶な命令をされるのかわからないからだ。竜の頸の玉とか蓬莱の玉の枝取ってこいとか言われたらたまらない。
それにドクも言っていたが、貴族たちの権力争いの中枢に巻き込まれる可能性が高い。というか恐らくまっただ中に叩きこまれるだろう。平民がそんな所に行ったりしたらどんな目にあうか……。ひょっとしたら何故か極自然に不幸な目にあって行方不明になる人が続出してしまうかもしれない。全く物騒な世の中だ。
とりあえず誰も闘技大会とやらには出ないということで、俺達は今後について皆の意見を聞いて色々と話し合うことにした。
「俺はハンターに戻ることにする」
ドクのその言葉を聞いて気温が数度下がったような空気になった。主に原因はドクの隣に居る奥さんだ。
「ねえ、あなた。危ないからもうハンターはやめるって言ってたよね」
「そそそ、そんなことを言っても先立つ物がないから、し、仕方ないじゃないか!!」
「お前程の腕なら普通に騎士にでもなれるだろ?」
「まぁ下っ端からだろうけどなれないことはないだろうな。でも正直旦那の戦いを見てから腕が疼くんだよ。昔諦めて眠ってた血が目を覚ましたっていうか……」
「へえ……。妻と子供が居るのにそっちを優先するんだ……」
「ち、ちちち違う!! 別にローナとエミリアを放っておく訳じゃない!!」
「だったら何故……」
「俺にはさ……誇れるようなものが剣しかないんだ。騎士になるにしろハンターになるにしろ、剣を使う以上命の危険は常に付きまとうことになる。しかも騎士は基本的には毎日訓練ばかりで、出番が来るときにはいきなりぶっつけ本番に実戦だ。俺の場合勘が鈍って寧ろ危ないかもしれない。その点ハンターや傭兵で常に実戦に身を置いておけば、鈍ることもないだろうから寧ろ安全なんだ」
「でも……」
「エミリアが生まれるまで一緒にいろんなところを旅したが、最後の鋼殻竜以外危険な目にあったことなんてなかっただろ?」
「確かに貴方はリーダーとして誤った判断はしなかったわね。……わかったわ。でも約束して、絶対私達をおいて死なないって」
「わかってるよ。エミリアに求婚する男どもをぶちのめさないといけないんだからな!!」
このパーティーは親馬鹿しかいないようだ。まぁ危険が増えたとしてもぬるま湯につかるより実戦の中に身を置きたいという気持ちは確かに分からないこともない。
「それじゃあ『吹き抜ける風』だったか? メンバー集めて復活するってことか?」
『吹き抜ける風』とは確か以前ドクがリーダーをしていたクランだ。かなり優秀なメンバーだったらしい。
「現役ハンターはもう俺以外残ってないからさすがに復活は無理だろう。しばらくはソロでがんばるさ。というか寧ろ旦那のクランに入れてくれよ」
「そんなもんないぞ? 俺銅7だし」
「はあ!? 旦那が銅ランクって何の冗談だ? 俺より遥かに強いだろ!?」
「依頼殆どやってないからな俺」
「一体何してるんだよ……」
最後の依頼は何だったか。確か鉱山だかの調査だったような……。確かそれで一気に1から7まで上がったんだよな。まぁ依頼はそれから何にもしていない。ハンターとして問題ありそうだからギルドに行って確認しておいた方が良さそうだ。
「最後の依頼からかなり間空いてるから、ちょっとギルドに行って確認しておきたい所だな」
「俺も復帰の手続きするから一緒にいくか。案内するぜ」
そう言ってギルドへと向かうこととなったのだが、何故か俺とドクだけじゃなく子供達とメリル、ルナ以外は全員散歩がてらギルドへと向かうこととなった。