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ワールドオーダー  作者: 河和時久
パトリア編
60/70

59:天才

仲間を傷つけられ感情のまま帝国兵士を蹂躙したキッド達一行は一路王都へと向かう。

 街に夜の帳が下りる中、黒い装束に身を包んだ3人の男達が居た。表向きは竜騎団の配下と呼ばれるその男達だが、実際は暗殺、諜報等の日の当たらない仕事を専門としている帝国の特殊部隊、《闇》である。現在の任務は表向きの身分である竜騎団の配下としてその手足となり働くことである。だが実際は彼等の最優先任務は竜騎団を無事に逃がすことだ。誰かに捕まった場合、または何者かに殺されそうになった場合に何としても竜騎団の者を生かして逃げさせなければならない。それだけで竜騎団が帝国にとってかなり重要視されていることがわかるだろう。

 

 基本的に竜騎団には闇の隊長クラスが1人に付き1人づつ付き従っている。さらにそれぞれの下には幾人もの部下がいるので、実際の行動はその部下たちが行うことが多い。だが今回の様に危険な相手と戦うような任務の場合は自らが動く。もちろん部下達にもフォローに回ってもらうが、それだけ危険な相手なのである。何せ相手にはかの剣王がいるのだから。街での行動を見張っていた部下から剣王よりもさらに脅威となり得る存在がいるとの報告も受けている。黒装束に身を包んだ男は見つからないように注意をしつつ部下に見張りを続けさせた。

 

 朝になり、男は部下から見張っている対象が出発するとの報告を受ける。すぐさま竜騎団の方に連絡をすると先回りして待ち伏せするという。幸いにもここから先は岩山が多く、馬車では通る道が限られる。馬ならば先回りも容易にできるだろう。そう判断すると男達はすぐに出発した。

 

 夕暮れ前に、予定通り先回りすることに成功すると、闇のメンバーは一部を除き、岩で出来た崖の上に隠れる。ここは一本道であり、馬車である以上敵はこの崖の下を通るはずだ。竜騎団の3人はそのまま谷の底で待ち伏せている。こちらが風上になっているのを確認した後、『毒蛇』ヴィー・ヴォラの麻痺毒が風に流される。獣人にはこちらの存在を匂いで察知される可能性もあるが、それは問題ではない。目に見える奇襲を行う訳ではないからだ。毒を散布して無力化できれば好都合。それでまだ動けるような強者は直接叩くという2段構えである。ちなみに散布した毒は獣人には特に影響が高い毒であるが、それ以外の種族に効果がないわけではない。むしろ獣人は毒耐性が強い為、獣人に効果があれば余程の相手でない限り十分な効果が発揮されるだろう。念の為こちらは全員すでに解毒薬を飲んでいる為、気にする必要もない。

 

「普通こんな手はむしろ我々が好んで使うものだがな」


 男の言葉に対し傍に居た同輩達も頷く。あらゆる毒を使いこなすヴィー・ヴォラは普段とても温厚にみえる。が、その実内面はまさに毒蛇そのものだ。すぐに殺すのではなく、じっくりと苦しめてから殺すのを好む為に相手が即座に死ぬような毒を作ることは殆どなく、それは相手が女子供であろうとも変わることはない。あまり意見のあわない闇のメンバーだがヴィーは闇に所属するべきだという意見については珍しく全員一致の見解である。

 

 準備が整い捕縛対象達一行と竜騎団幹部3人が相対する。部下達は気付かれぬ様、輸送馬車を含めやや離れた位置にいる。戦闘を間近で見ることが可能なのはここにいる3人だけだ。


「剣王はわかりますが、なぜあの黒髪も捕獲する必要があるのでしょう?」


「ヴィー殿の話では陛下の探している男の可能性が高いとのことだったが……」


 男は部下の質問に答えつつもその言葉からは自身もあまり納得していないという雰囲気がありありと伝わってきた。なぜなら男が感じた黒髪の男は言葉で表すなら『危険』その一言に尽きたからだ。物腰は落ち着いているようにみえる。だが感じる気配は普通の人のそれではない。あれはヤバい。不意打ちだろうが殺せる時に殺しておくべきだ。男はそう主張したが却下された。陛下の命令と言われたらそれに逆らうことは出来ない。

 

「ヴラーク殿ならなんとかなるだろう」


 男は自身にも言い聞かせるように呟く。今回いる竜騎団のメンバーの1人である『狂気』のヴラークならばあれを抑えることも可能だろう。ヴラークのスキルは対象をどこかに閉じ込めると聞いたことがある。それは相手が人であっても魔物であっても変わらない。但し人相手に使用した場合、大抵は出てきたときには衰弱、または気がふれた状態になってしまうという捕獲には困りもののスキルでもある。どんな強大な力を以ってしてもあれならばなんとかなるだろう。そんな男のもくろみはあっという間に脆くも崩れ去った。

 

 まず結果からしたら竜騎団は惨敗。一瞬で『毒蛇』は沈められ、『復讐』は剣王に腕を飛ばされ敗北。最後の頼みの綱でもあった『狂気』は今まさに死出の旅に出ようとしているところだ。その光景は闇ですら直視に堪えないおぞましい地獄である。あれに近づくのはこちらも死を覚悟する必要がある。だが彼等がまだ生きている以上任務を果たさなければならない。男は覚悟を決めた。護衛の際の優先順位はすでに決められており、優先度の高い方からヴィー、ヴラーク、ウル・ティオである。そこで男は3兄弟に指示を出す。この3兄弟はユニークスキルの持ち主で、弟達は長男の位置に転移することが出来、その距離は数百メートルにも及ぶ。優先される2人に転移スキル持ちの2人を向かわせ、後は兄が事前から待機しているこの崖の上に一気に転移すれば逃げ切ることができるだろう。問題は単独でウル・ティオの救出に向かう男自身である。

 

 男はスキル≪認識遮断≫を持っている。名前だけでいうと隠密行動に最適なスキルに聞こえるが、実際のところあまり有用な物ではなかった。何しろ効果が【視認されない限り認識されない】というものだったからだ。つまり見られた時点でおしまいなのである。1人相手の不意うちには使えるが、対象が複数いた場合は使いどころが難しい。だが先日手に入れたとあるアイテムによってその効果は絶大に引き上げられた。それは『迷彩外套』と呼ばれるマントでそれに触れている者の魔力を吸い取り、周りの景色に同化させるというものである。同化といっても完全に消える訳ではない為、勘のいい者や目のいいものには気づかれてしまう。しかし男が使用した場合、そのスキルによって完全にそうだとわからない限り、まわりに気配を感じさせない為にその相乗効果は計り知れない物となる。

 

 男は3兄弟の弟2人を引き連れて竜騎団の救出に向かう。男のスキルは触れている対象にも及ぶ。その結果3人は姿も気配も消すことに成功していた。まずはウル・ティオの元に向かい、そこから転移使いの2人はそれぞれ単独でヴィーとヴラークの元へと向かう。最初にヴィーの元へと向かわなかったのは、初めにヴィーを救出してしまうと残った2人の救出が難しいからだ。転移使いの向かうヴラークはまだしも転移出来ない男の向かうウル・ティオの方は絶望的になるだろう。その結果3人共救出するのに最適なのは転移できない男が最優先でウル・ティオを救出するとの判断がなされた。

 

 男はまずウル・ティオに触れてマントをかける。それによって二人は周りから完全に認識されなくなる。それと同時に転移使い二人が走り出し、それぞれの救助に向かった。即座に気が付いた剣王の叫びに黒髪の男が反応する。しかし、気絶した『毒蛇』には誰も注意を払っておらず、容易に救出出来た。『狂気』の方はナイフで牽制することでなんとか救出に成功したようだ。

 

「旦那!! こっちも逃げられた!!」

 

 剣王の叫びに破裂しそうな心臓の鼓動を抑える。実際にはすぐ目の前にいるのだ。普段なら剣王程の男であれば容易くこちらを看破できたであろう。それが出来ないのは恐らくまだ『毒蛇』の毒の影響が体に残っているのだと推測される。身動き一つとらず気絶した『復讐』を抱え男はじっと逃げるチャンスを窺う。


 すると転移して救出したはずの『狂気』ヴラークが再び黒髪の男の前に現れた。転移者の姿は見当たらない。まるでヴラークのみが転移して戻って来たかの様だった。驚きつつも冷静に、そして静かに少しずつその場を離れる。ヴラークはもうダメだろう。男は『狂気』の救出は諦め、自身と背負っている『復讐』の脱出に意識を傾倒させた。踏み固められた硬い地面なので足跡は残らない。そして日の落ちている今、こちらに意識が向いていない以上見つけることはほぼ不可能と自分に言い聞かせ、男はゆっくりと足を進める。細心の注意を払い、音をたてずに一歩一歩確実にその場を遠ざかっていく。ある程度離れることが出来、ここまでくればもう大丈夫だろうと安心すると同時に、何故か妙に空が明るいことに男は気づいた。既に日も沈んでいるというのに一体何故。男は疑問に思い空を見上げる。そこにはまるで昼間の様に空一面に輝く光球の姿が。今まさに雨のように降り注ぐ光球の幻想的な光景に対し、疑問よりも先に単純に綺麗だという感想しか思い浮かばない。自身にまだそんな感情が残っているのかと戸惑うも、その感情はそう長く続くことはなかった。光の一つが近くに落下すると、男は溢れんばかりの光と熱に包みこまれた。眩しい。男が生涯最後に考えた言葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 大暴れした日の翌日。かわいい息子が出来た俺は馬車でのんびりと王都へと向かっていた。しかし道が酷いことになっており非常に馬車が進み辛い。しかし本来は岩山だった部分が平野になっているので実際は楽になったと考えるべきだろうか。

 

「明るくなってから改めて見ますと随分と酷いことになっていますわね」


 何故か隣に座っているメリルがぽつりと呟く。その後ろではコウ達が俺の渡したトランプを使ってのババ抜きに熱中した姿が見える。

 

「全く……どれだけの魔力があればこんな真似ができるのかしら」


 メリルが溜息をつきそうなあきれ顔で荒野となった進行方向を眺める。メリルの魔力量も相当なはずだが俺のはそれをさらに上回っているようだ。

 

「自身の魔力がないなら他から借りてきて使えばいいんじゃないか」


 何の気なしに呟いた俺の一言にまるで雷鳴でも受けたかのような、驚いて目を見開いた顔でメリルがこちらを見つめてきた。


「魔力を……借りる?」


「大気中や森の中には漂ってるんだろ? 魔道具なんて魔石で動作するんだし、魔法でもそんなことできるんじゃないのか?」


 魔道具は魔力を道具自身が持っているわけではなく、魔石という動力源からエネルギー供給を受けて動作している。それはつまり他から魔力を受けて魔法という現象を発動させているということに他ならない。道具が出来て人が出来ない道理はないだろう。

 

「魔道具は魔力で陣を刻むことによって発動しますのよ? 陣を描けば確かに魔石等から魔力を用いて魔法を発動させることもできますが、小さな陣ではあくまで簡単なものしかできませんわ」


 陣とは所謂魔法陣と呼ばれる図形のことで、魔道具にはそれらが刻まれていることによって魔法の効果を発動しているようだ。ただしあまり上級の魔法は陣が複雑で巨大になってしまう為に道具としてそうそう作られることはないとのこと。だから戦略魔法ともいえるような核兵器クラスの魔道具は今のところ存在は確認されていないようだ。


「発動は自分でやればいいんじゃないか? 使用する魔力だけは他から持ってくれば」


「他からってあなた簡単にいいますけどそれがどれだけ難しいかわかっていますの?」


「知らねえよ、専門家じゃないし。でも魔道具はどれもこれも魔石を動力源にしてるんだろ? だったら他から魔力供給を受けて魔法を使う理論はもう出来てるってことじゃないの?」


 俺のその一言でメリルは黙って考え込んでしまった。いや、正確には黙っていないか。何やら小声でブツブツと独り言をつぶやいているし。とりあえず静かになったのでメリルはそのまま放っておいて俺達はまず荒れてしまった道を避けて南に大きく迂回しながら進むことにした。

 

  

 本来存在する岩山が無くなってしまった為に、実際行くとしたらかなり時間がかかるであろう南の平原にショートカットしつつ、荒れた大地を迂回してのんびりと馬車で進む。

 一度南下して荒れ地を過ぎた後、そのまま一路西へと向かう。俺が消し飛ばした辺りは元々岩山だったせいか木々が見当たらない。そのまま緑がない大地がしばらく続き、漸く枯れ果てた大地が終わる頃には既に日が暮れ始めていた。

 

「もう少し進むと村があるが、日が暮れるまでに着くのは無理だろう。ここらで野営したほうがいい」


 馬車を止めて下りてきたドクに言われて、俺達はここで野営をすることにした。夕食後、ドクは相変わらず居合の練習をし、メリルは魔力制御を行っている。俺はと言うと何故かくっ付いてくるコウの頭を撫でながら、同じように魔力と気力の制御訓練を行っていた。

 

「昨日のあいつらってテーコクのやつらよね? ひょっとして女王様狙ってきたの?」


 今までどこに居たのか、妖精ファムが突如俺の頭の上に現れそんなことを聞いてきた。

 

「ん? 帝国?」


 ファムの言葉に意識を取られたのか、居合の構えで固まっていたドクが反応した。あいつらが帝国の人間と言うのは以前、新聞で宰相と密談していた男がいたから間違いないだろう。

 

「光の妖精族もそうだろうけど、恐らく狙いは俺だろうな。尋ねてきた名前に心当たりがありすぎるから」


 俺以外にナポレオンなんてやつがいる可能性が無い訳ではないが、このタイミングで帝国が接触してくる時点で俺が対象なのは確定だろう。


「そういえば旦那は皇帝と会ったとか言ってたな。俺にも誘いが来たくらいだし、旦那ならもっと高待遇なんじゃないか?」


「俺を誘う理由がねえよ。それよりドク誘われてたのか? さすが有名人だけあるな」


「それで狙われてちゃしょうがねえよ。大体帝国に行ったら旦那と戦うはめになりそうだから死んでもお断りだしな」


「もう既に1回戦ってるじゃん」


「俺よく生きてるよな……下手したら昨日のあいつみたいになってたかと思うと……」


 そういって両手で自身の体を抱きしめてドクは震えていた。確かに運が悪かったらああなっていた可能性もあったかもしれない。だが相手が誰であろうとあんな酷いことをするやつと思われるのは心外である。

 

「まったく……人を人でなしの残虐な外道みたいに言わないでほしいな」

 

 俺の台詞にドクだけでなくコウとルナ親子以外の全員が「何言ってるのこの人?」という気持ちがありありとこちらに伝わってくる瞳で見てきた。アイリ達まで……。

 

「残虐という言葉が旦那の行動から生まれた言葉だって言われても今なら信じるぜ俺」


「俺も」


「あたいも」

 

 ドク、レアン、ミルの脳筋3人の追いうちに落ち込んだ俺を何故落ち込んでいるか分からないであろうコウが慰めてくれた。俺には勿体無いくらい良く出来た息子である。胡坐をかいている俺の前に座りもたれかかってくるコウの頭をこれでもかという程撫でまわしておいた。


「アイリ達もそう思ってるの?」


「ご主人様は仲間には優しいですが、敵に対しては残虐という言葉は概ね間違ってないかと」


 それを言われると反論しようもない。だが今まで直接手にかけた人間は確かシグザレストでマオちゃん達を買った貴族と見張り、後は昨日の帝国のやつくらいだった気がするんだが……。貴族と昨日のやつはまぁ残虐だったといえないこともない。だが見張り2人は瞬殺だったから数的には2分の1だ。半分も残虐じゃない部分があるじゃないか。

 

 そんな良くわからない言い訳を誰にともなくしていた。もちろん口には出していない。しかし、やつら……帝国の狙いは一体なんだろうか。俺を狙うにしても情報が少ない以上、軽い調査くらいのものだとたかをくくっていたが、来た人員はそれなりに強いやつだった。しかもこちらに来るのも非常に早い。これが帝国兵士の標準的な練度なのだとしたら相当な強国であると予想される。偶然とはいえ光の妖精の女王を皇帝から救った為、帝国の通信網は大ダメージを受けているはず。いや、それを用いていない従来の帝国の通信網は全く問題ないのだろうが、光の妖精を使った高速通信が出来なくなった以上、通信における帝国のアドバンテージは無くなったとみていい。にもかかわらずこの対応の速さは脅威だ。昨日の奴らを逃がしたことが悔やまれる。あれで生きているとは考えにくいが、この世界のスキルなら逃げることが可能な物があるかもしれない。だが俺がナポレオンという人物である証拠は何一つないし確証もないだろう。まぁ質問したら途端問に答無用で殺しにくる程、ぶち切れ安い危険人物がいるという情報は渡っているかもしれないな。俺個人の詳細な情報は殆ど渡っていないとは思うが念の為、気をつけることにしよう。


 夜も更け始めコウがうとうととし出した頃、メリルが突然立ち上がり杖を天に掲げた。すると頭上に光によって図形が描かれていき、その文字が光った途端、図形はレンズのような形となり薄らと光を帯び出した。しばらくそうしているとメリルは杖を下ろし、それと同時に頭上にあったレンズも霧散していった。

 

「何だ一体?」


「昼間貴方が仰っていたではありませんか」


「自分以外の魔力を使うってやつか?」


「そうですわ。ちょっと実験してみましたが上手くいきましたわね。まぁ集めるのに多少時間がかかりそうですが」


 何でもないことの様に言うが、適当に言った俺の理論をあっという間に完成形にしてしまう辺り、こいつは魔法に関しては常軌を逸した怪物ではないだろうか。今回行ったこと。それは自身の保持魔力が少なくても理論上どんな大きな魔法だろうが使えるということに他ならない。こんな技術が広まったら大変じゃないかと言うとメリルは鬱陶しそうに、しかし少し自慢げに答えた。

 

「今のところ私以外では無理でしょう。私にしても女神の力を借りてなんとかこの時間で済んだという所ですし。普通にやれば数時間、私以外がやったら数日どころか数か月は掛かるでしょう。しかも集めている間ずっと制御し続けなければいけませんからまず並みの魔導師では不可能ですわ」


 女神と言うのはどうやら月のことらしい。つまり月が出ている時なら可能だということだ。ということは月というのは魔力を降らせている? 2つ浮かんでいるがそのどちらか、はたまた両方が魔力をこの星にもたらせているということだろうか。しかし距離がどれだけ離れているのか……。それをあの短時間で月からの魔力を吸い上げて使う等と天才という安易な褒め言葉で表せない程の天才性、いや異常性だ。いや、そもそもそれは本当に月の魔力なのか? だとしたら日中だって使えるはずだが……。

 

「これで時間さえかければ、昨日貴方の使ったようなかなり大規模な魔法も不可能ではないですわね。まぁ昨日のあの規模の魔法ですと数日は溜める必要がありそうですから個人での運用は難しそうですけれど」


 そう言って思案しているメリルを見て、俺はひょっとしてとんでもないことをしてしまったのではとちょっと怖くなった。自分で使っておいて何だがあんなものをそうそう簡単にぶっ放されたら戦争というより単なる虐殺になってしまう。それをぶち切れていたとはいえ平然とかました俺が言うことではないが。

 

 その後もメリルは遅くまで何やらやっていたようだが、気にせず俺は胡坐をかいている俺の上で寝ているコウを起こさないよう注意を払いつつ、魔力と気力の操作訓練をしてから眠りについた。

 

 翌朝。まだ薄暗いなか目を開けるとレアンだけが視線をこちらに向ける。どうやら起きているのはレアンだけのようだ。恐らく最後に見張りになったのだろう。俺にもたれかかって寝ているコウをゆっくりとマントの上に降ろして起き上る。コウをずっと乗せていた為に若干足がしびれているようだ。ゆっくりと屈伸してから周りを見渡す。薄らとだが遠くに地平線が見える景色は、朝日が昇れば壮大な光景だろう。この世界に来るまでは憧れていた場面だが、最近ではあまりに見慣れてしまった景色でもある為、きっとそこまで感動は出来ないとは思うがそれでも大自然の作る壮大な景色、景観というのはいつになっても人の心を揺り動かすのに十二分な魅力を持っている。それは人がずっと大地と共に生きてきたという歴史であり、DNAの奥深くに刻まれた人類のもつ大切な感覚でもある。それは人にとって何物にも代えがたい宝なのかもしれない。

 

 大きな岩の陰でカードを引きつつ、ゆっくりと体をほぐしながら寝ぼけた頭を覚醒させていく。そうしていると以前SRを引いていたなぁと唐突に思いだした。色々ありすぎて完全に忘れていた。たしかデッキに入れていたはずだ。今なら使えるかとデッキを開けて目当てのカードを探してリング上にカードが連なったデッキを回転させる。SRカードは一際輝いているのですぐにわかった。


No008SR:不死従者 契約者に絶対服従の従者を作成する。契約者の魔力を動力源として動作し、様々な能力を持つ。コアを破壊されない限り死ぬことは無い。

 

 効果を見るとシロとの違いがわからない。そもそもシロの死ぬ条件もよくわかっていないのが現状だ。魔力が無くなるとまずいというのはわかるが、シロが消えると困るので試すことは出来ない。このカードと言えば魔力は動力源と書かれているがコアが破壊されない限り死なないと書かれている。つまり魔力が無くなっても動けなくなるかもしれないが、死ぬことは無いともとれる。SRというレアリティから(かんが)みるとそれくらいの性能はあって欲しい所だ。

 

「8セット」


 俺は徐にカードを使う。あの時は解放しなければいけない子供達が多すぎたので、このカードについて後回しにして深く考えていなかったが、良く効果を読んで見るとこれはシロと同じで早く召喚しておいた方がずっと便利だ。何でもっと早く使わなかったのか……。今更言ったところでどうなるものでもないので気持ちを切り替えよう。


 カードは光り輝いた後、手元に透明な玉が現れた。大きさがテニスボールくらいなそれは見た目は街中の胡散臭い占い師が使っていそうな水晶玉のようである。手に持っていても何も起こらない為、俺はシロのご飯を作る要領で玉に魔力を送ってみたが特に何も起こらない。玉に特に変化は見当たらず、魔力が溜まっていく様子もない。この玉がコアではないのか? でもカードを使って出てきた以上これとしか考えにくいのだが……。しばらく握っていると玉が薄らと光を放ち始める。その瞬間、玉から水のようなものが大量に溢れ出て俺を包み込んだ。

 

「なんだ!?」


 液体は全身を包み込んでいるが幸いにも口元は空間が空いている為、呼吸に支障は無い。意図的にやっているかのようだ。その後、液体は下に流れ落ちると盛り上がって形を作っていく。それはこの世の物とも思えぬ絶世の美女……なんてことはなく現在の俺の姿そのものだった。

 

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