58:父と子
前回までのあらすじ
ドクの家族の待つ王都へと向かう途中に迷宮都市による一行。そこには正体をキッドと知らずに鎧姿の男を探す帝国兵達の姿があった。
案の定王都へと出発すると待ちかまえていた帝国兵に襲われる。3人の刺客のうちリーダー格の毒使いはキッドにより瞬殺されるも
その毒によってキッドとコウ以外のほとんどの行動を封じられる。そして2人目の刺客によりキッドはどこかに消されてしまった。
動かない体で無理をしながらもドクは迷宮都市でキッドに譲り受けた刀を使いなんとか3人目の刺客を倒す。
一方、残された中で唯一自由に動けるコウはアイリ達を守る為、必死に戦うも歴戦の傭兵には力及ばず、後は殺されるのみという状況であった。
「助けてお父さん!!」
思わず叫んだその瞬間、自分を襲った刺客が蹴り飛ばされていく。そこにはずっと待ち望んでいた男の姿があった。
「なんだ……どこだここは?」
辺り一面真っ白な空間に俺は佇んでいた。
真っ白なために地平線すら分からない。果てしない空間のようでありながら妙な閉鎖感を感じる。そして梅雨を思わせるような湿度により信じられないような不快感を催す。光源がどこにあるかも分からず地面には自身の影すら出来ていない。なのに自身の体がはっきり見えるくらいは明るいという。全く訳がわからない。それに何か妙に精神的な圧迫感を感じる。
俺は不快感を感じつつもカバンから火球の指輪を取り出し、つけていた2つの指輪と入れ替えて火球を放った。まずはこの空間について確かめる必要がある為だ。俺の放った火球は壁にぶつかるようなことも無く延々と飛び続け、やがて見えなくなった。
「あいつのスキルで作られた異空間ってところか」
火球の消え方からの判断である。通常遠距離のものは下のほうから見えなくなっていく。それは地球でもあの世界でも同じであり、星が球体であることの証明でもある。しかし、今放った火球は円のまま消えることなくまっすぐに進んでいった。見えなくなったのは視力で確認できない範囲まで飛んでいったからだ。つまりここはあの世界でも地球でもなく、ましてや地球規模の星の上ですらないと考えられる。
「どう思うシロ?」
わかるはずのない質問を隣にいるシロに問う。ここが俺の夢の世界であり、現実世界の俺は眠っているだけという可能性もある。しかし疑えばきりがない。答えがでない問いを考え続けても埒が明かない以上、ここは異空間と考えて行動することにした。とりあえず、果てがあるのかもわからない場所の以上、むやみに動いても体力を消耗するだけなので、じっとその場で考えることにする。
「影から移動できないか?」
そうシロに問いかけるもそこで気が付いた。ここには影がない。そういえば先程の火球の時ですら影が出来なかった。現実世界ではありえないことだ。いくらシロでも影が出来ていないと影を使った移動は出来ないだろう。つまり現状手詰まりだ。
まずあいつが俺を飛ばす際にした動き。 ただ俺を飛ばすだけならわざわざ隙を見せてまで、アイリ達を狙いに行くと見せかけてあの位置まで移動する意味がない。つまりあの位置でなければいけなかったということだ。恐らくシロと俺を同時に効果範囲に入れる為だろう。そうするとスキルに何かしらの制限があるか、もしくは範囲が狭いかのどちらかと考えられる。
「狙いは……あいつの口ぶりからだと間違いなくアイリ達だろうな」
あれだけ執心していたのだからこの予想だけは間違いない。しかしこれは困った。どうにか脱出する方法を考えないと。あいつの目的がアイリ達ならすぐに殺されることはないだろう。しかし、襲われる可能性はある。本来ならこんな状況の場合冷静でいられるとは思えないが、今の俺は信じられない程冷静だ。自身がこんなに冷静に居られることを不思議に思いつつも、俺は円を描くデッキをくるくると指でフリックして回転させながら、現状で使えそうなカードを探すことにした。
☆
どれくらいの時間が経過しただろう。一通りカードを確認した後、腕時計を見るとどうにもおかしいことに気づく。秒針は動いているのに妙に時間の進みが遅く感じるのだ。まわりが真っ白なせいで時間的な感覚が狂っているのだろうか。そして妙な不快感が次第に増している感じがする。
「この空間に何か特殊な効果があるのかもしれないな」
誰も聞いていないであろう空間に独り呟く。とりあえず使えそうなカードがいくつかあったが、どれも今すぐ使用して脱出が出来るかといえば微妙と言わざるを得ない。1枚だけすぐ行けそうなカードはあるが、使えるタイミングがこちらで選べないタイプだ。となると現状有効な手段はたった一つ。新しいカードを引くしかない。使うほどに引くカードのレアリティが上がる可能性がアップするカードが確かあったはずだ。以前はそれでレアなカードが引けたからそれを使ってみるか。そう思いデッキを回して探しているとどこからか声が聞こえてきた。
『助けてお父さん!!』
「コウ!!」
思わず叫ぶと同時に手に持っていたカードが光り輝いた。
No296C:人命救助:救難信号の効果が発動した際、対象の位置に移動することができる。救難信号の効果対象の名前を呼ぶことで移動する。
気づけば目の前に剣を振りかぶった男がいる。俺は一瞬の間も置かずにその顔をぶん殴った。何が起こったかわからずに男は吹き飛んで行った。殺す気で殴ったのに頭部が破裂することもなく後ろに飛んで行ったことから自ら後ろに跳んだのだと予測する。
「うちの子になにしてんだ糞が」
そう言いながら辺りを見回して状況を確認する。フェリア達は無事、ドク達は……ちょうど今決着がついたようだ。相手が倒れていく姿が見える。とりあえず毒は抜けていないようだが全員無事なようだ。無事と言ってもコウはかなり怪我をしているようだが。
「リリース」
「150セット!」
No150C:一目瞭然 対象の情報を得ることができる。
念の為、俺は体勢を崩しながらも警戒している男に向けて付け替えた指輪の効果を発動しておく。効果は技術封印と魔法封印の2つ。必勝の外道コンボである。万が一スキルを複数持っている場合を考えて解析も同時に行う。
閉鎖空間:一定範囲内の対象を限定された特殊空間に閉じ込める。閉じ込めた対象は自由に出すことが出来るが、入れてから12時間以上経過しないと出すことが出来ない。
予想通りあの空間はやつのスキルだったようだ。何もない真っ白な空間に一人で12時間も閉じ込められれば狂いもするだろう。しかも12時間とはいっているがそこで出られるとは限らない。そのまま24時間でも48時間でも閉じ込められる可能性がある。誘拐にも暗殺にも力を発揮する恐ろしい能力だ。俺以外が捕まっていたら危なかっただろう。だがこいつはこの一つしかスキルを持っていないようなので、先程封じた時点でもうこの力は使えない。コウ達を傷つけたこの男には死を以て償ってもらうことにしよう。
その後みんなの解毒をすることにした。俺は毒使いがまだ倒れていることを確認した後、解毒カードを取り出す。カードを手に持つと薄い青色の半透明の円形ドームが見える。恐らくこれが効果範囲だろう。結構広いがドク達の所まではぎりぎり届かないようだ。
「32セット」
No032UC:範囲拡大:次に使用するカードの対象範囲を拡大する。効果のないカードもある。
効果範囲の上がるカードを使用するとドームがかなり広がりドク達も範囲内に収まる大きさとなった。
「243セット」
No243C:完全解毒:指定範囲内の有害な毒素を除去する。
これで動けるようになるだろう。すぐにこれを使わなかったのは先に毒使いを倒さなければ、すぐにまた毒を使われるかさらに強力な毒を使われる可能性があった為だ。毒使いを倒したと思ったらすぐにへんなとこに飛ばされたのでその後は使う暇が無かったというところである。
見ると症状が酷そうだったレアン達も起き上がれているようなので解毒効果はあったようだ。しかし使っておいてなんだが有害な毒素を除外って酸素とかも除外されたりしないのかな。濃度が薄いと大丈夫なのかな? 毒の条件が今一わからない。
「おと……せんせい」
弱った声でコウが呼ぶ。外傷は少ないようだが、かなりやられているようだ。
「別にお父さんでもいいぞ」
「お父……さん?」
「ああ」
そう言うとコウは目を大きく広げた後、大粒の涙が眼に溜まった。
「お父さん!!」
前略、じいちゃんばあちゃん。結婚もしてないのに子供が出来ました。
抱きついてくるコウを抱きしめて頭を撫でてやると泣きながら何かを必死に喋っている。嗚咽が混じり聞き取りにくかったが、俺じゃお姉ちゃん達を守れなかったと謝罪しているようだ。しばらくすると疲れたのかそのまま寝てしまった。そのままコウをアイリ達の所に運んで渡す。アイリの回復魔法ならあっというまに全快するだろう。
「コウを頼む」
「はい」
「アイリ達は大丈夫だった?」
「はい、コウちゃんが護ってくれましたから」
そう言ってアイリとフェリアはコウの頭を優しく撫でる。その顔は子を見守る母親のように慈愛に満ちていた。
「さて、待たせたかな」
そう言って振り向くと剣を構えたままこちらを警戒している男が一人。特に待っていてくれた訳ではなく、俺と男の間にシロが居るせいで襲ってこれなかったのだろう。
「一体どうやって抜けてきたのか教えてくれねえか? 飛ばされた奴は俺だって半日は呼び戻せないんだが」
「さぁどうだろうねぇ」
しかし、またすぐに使ってくると思ったが使ってこないな。それともすでに使おうとして封じられてて使えないのか? それにしては取り乱していない。再使用時間があるのか、同じ相手には使えないなんて制限でもあるのか……。スキルの説明は全部が全部解説されているわけじゃないから、わからない制限がよくあるのだ。ひょっとしたら今は俺とシロの距離が空いているせいで様子を見ているのかもしれない。発動までに1分と言っていたからな。範囲をシロのいる辺りに設定しておき、俺がそこに入るのを待っている可能性が高い。恐らく先程飛ばされた時はそんな感じだったのだろう。それならばあいつの行動に説明がつく。スキルは封じてはいるが念の為、俺はシロから迂回するように近づく。「チッ」という舌打ちが聞こえたので恐らく俺の勘は正しかったのだろう。
「つれないねぇ。まぁ手ごわそうな魔獣だけでも消しとくか」
そう言って男はシロに向かって手を伸ばすも何も起こらない。
「ん? 何だ? 何故消えない!?」
「同じ手が何度も通じる訳ないだろ馬鹿」
「何だと?」
「それより随分とうちの子を痛めつけてくれたみたいじゃないか」
「うちの子だと? さっきのガキはお前の子供か? 道理でしつこいはずだぜ。倒れても倒れても纏わりつきやがって……。この俺に血まで出させやがったからな。親のお前に責任はとってもらうぜ?」
「くっくっく……あーっはっはっは!!」
俺は笑いを抑えきれなかった。おかしいわけではない。どうやら俺は怒りと言う感情が臨界点を超えるとそれが笑いとなってしまうようだ。全然おかしくもなく、あるのは腸が沸騰しそうなほどの怒りの感情。ここまで怒りを感じたことは生まれて初めてかもしれない。しかし心だけは氷のように冷たい。怒りが増すほどに冷静になっていく自分がわかる。
「何がおかしい?」
「お前は呑気だよなぁ」
「何だと?」
「うちの子を傷つけといてお前生きて帰れると思ってんの?」
「……」
「安心しろ、俺は優しいからな。すぐには殺さない。お前が生まれてきたことを後悔する程、痛めつけてから殺す。かならずお前にこう言わせてやる……もう殺してくださいってな」
俺の雰囲気にのまれたのか男は少し後ずさる。何故か向こうで震えているドクが見えるが気にしない。
「191セット」
No191C:迷宮之森 対象は起動時の座標から3m以上移動した場合に、起動時の座標に戻される。
これでもう相手は逃げられない。後はどうやって殺すかだ。とりあえず
「58セット」
No58UC 自己再生:対象は一定時間、不死に近い驚異的な自然治癒力を得る。最初から生命活動を停止している者には効果がない。
「さあ、始めよう。泣き喚いて心に刻め、ここから地獄の始まりだ」
「なめるな!!」
剣を振りかざし男が襲ってくる。俺は神気を纏った左手でその剣を弾きつつ懐に入る。そして右手の圧縮した気を男の体内で爆発させると同時に左手で顎を打ち抜く。
「ゴフッ!!」
口から血反吐を吐きながら男は吹き飛んで行った。よくみると穴と言う穴から血を噴き出しており、辛うじてピクピク動いているという感じだ。しかし数瞬後、男は元に戻った。
「ぐっ……あっ? なんだ?」
男は何が起こったかわかっていないようだ。さすが不死身に近いと書いてあるだけあって凄まじい回復力だ。俺は倒れている男を蹴り、うつ伏せにした状態で男の右腕を踏み、そのまま右手に気を溜める。
「爆振機雷掌!!」
うつ伏せになった男の背中から奥義を叩き込む。悲鳴と同時に男は内部から破裂した。そしてまた元に戻る。それを何度も繰り返す。偶に全力の神気で殴ったり、神気を内部で発生させたりと実験も行いつつだ。
「や、やめっ」
何か言ってるようだが良く聞こえないので気にせず続ける。30回を超えた所で首を掴んで持ちあげてそのまま叩きつけた。男がカエルの潰れたような声をあげる。そしてそのまま首を掴んで反対側に叩きつける。まるでギャグ漫画でビタンビタンという擬音でも聞こえてきそうな光景だが、リアルで起こってもあまり良い音にはならないようだ。10往復程させた後、今度は足をもって同じように叩きつけ往復を繰り返す。相手の剣は最初の神気魔闘の時に遠くに落ちているので反撃も出来ないだろう。もっともする気力があるのかどうかわからないが。
「た、たのむたす」
まだ喋る気力があるようなので今度は倒れた相手を気力無しで全力で殴ってみた。頭を殴るとトマトのように簡単に弾けた。しかし、数瞬後元に戻る。このカードの効果はかなり凄まじいな。本来の用途とは違う気もするが……。死なないように今度は手を抜いて殴ってみる。手を抜いてもどうやら頭は潰れてしまうようだ。何度も何度も実験し、漸く死なない程度の力加減を習得出来た。頭だけでなく体を殴った場合も試す。腹は殴ってもすぐには死なないようだ。本当なら苦しんで死んでいくのだろうが、カード効果ですぐに回復してしまう為、あまり良い実験効果は得られなかった。違うカードを試そうと男を踏みつけたまま今度は鞄からペットボトルを取り出しキャップを外してやや離れた場所に置いた。ちなみに以前、中身は飲んだので今は水が入れてある。
「45セット」
No045UC:水質変化 指定範囲内にある液体を別の液体に変化させる。
ボトルの中の水をとある液体に変化させる。
「134セット」
No134C:水流操作 一定範囲内の液体を自由に操ることができる。
そしてボトルの中の液体をゴルフボールより小さい程度の水球にして浮かせる。それを倒れている男の口の中へと放り込んだ。
「!?」
男は声にならない叫び声をあげ、踏みつけている俺を押しのけるようにビクンと飛び跳ねた。数秒間のたうち回った後、静かになった。ちなみに変化させた液体はフッ化水素酸。簡単に言うと拷問にも使われる劇薬である。
歯の神経というのは人が感じる痛み、痛覚としては2番目に痛いと言われている。普通は治療時にも麻酔無しでは耐えること等出来ない。そしてその歯に対してフッ化水素酸を塗るという行為がどういう結果を招くかというと、塗られた歯が全部末期の虫歯の痛みを同時に引き起こす。そして塗られたフッ化水素酸は歯に浸透を続けてどんどん浸食していく。その結果、顎や頭蓋骨を通っている痛覚神経すら同様の最大級の痛覚を発信してしまう。通常ここまで強力な痛覚になると自律神経が機能不全に陥っていわゆるショック死してしまうのだ。
恐らくショック死したであろう男の口に再び水球を入れて弾けさせる。気絶したまま蘇った男は目覚めると同時に再び地獄に落とされる。これを繰り返すこと3回。男はすでに目が死んでおり、逃げる気力すらなくなったようだ。だが叫び声はまだ出るのでこれをペットボトルが空になるまで続けた。おそらく精神がすでに壊れているだろうが、それでもやはりこの痛みは我慢できるものではないらしく絶叫は続いた。ペットボトルが空になり、次に何をしようか考えていると叫び声が聞こえた。
「旦那!!」
ドクの声に振り向くと黒い服の男がこちらに走ってきているのが見える。咄嗟に投げられたナイフを飛んで避ける。そしてすぐ防御態勢を取る俺に黒服の男はさらにナイフを投げつけてきた。弾いても良かったが最小限の動きで避けて次の攻撃を待つが、どうやら狙いは俺ではなく転がっている男の方だったようだ。黒服が倒れた男に近づく。口封じか? 生憎死なないぞ? と思っていると2人の姿がその場から消え去った。
「何?」
辺りを見渡すも見当たらず、近くに気配も感じない。
「旦那!! こっちも逃げられた!!」
見るとドクが倒した男も倒れていた毒使いの男も姿が見えない。
「血の跡がねえ。一体どうやって逃げたんだ?」
ドクの倒した男は腕が切られており、逃げたとしたら血の跡が付いているはずだ。しかし周りにはそのような跡が無い。つまり……テレポートのような魔道具、もしくはスキルがあるということか? 悩んでいると俺が拷問中だった男だけがその場に戻ってきた。どうやらまだカード効果中だったようだ。だが男はすでに動くことすら出来ずに倒れたままである。体は全快でも心が壊れているのだろう。
俺は動けるようになった皆を馬車の付近に集めてそこから動かないように指示する。接近するまで俺やドクに全く気配すらも感じさせない相手。そして相手は転移のような逃げる術を持っている。転移がどこまでの距離を飛べるのかわからないが、そこまで遠くまで飛べるとは思えない。ならばまだこの近くにいるはずだ。生かしたまま捕らえたいが闇夜に紛れた気配を感じない相手を捕まえるのは難しいだろう。しかも相手は最低でも2人……いや3人以上。ならば……。
「209セット」
No209C 高速飛翔:高速で空を飛ぶことが可能。
俺は空に上がり辺りを見渡す。辺りには夜の闇が広がり自分達の所にしか灯りが無い状態だ。この辺りは人通りも少ないということだったが念の為、他に人がいるか確認しておいた。そして下に降りてカードを使う。
「34セット」
No034UC 流星砲撃:上空に魔力の塊を作り出し攻撃する。術者の魔力量により作成される塊の数は変動する。
空高く天に光が現れる。一つ、また一つと光が増えていきやがてそれは天を覆い尽くす光の絨毯となった。俺は真昼のように空を覆い尽くす光に命令する。
「落ちろ」
まるで流星群のように光が落ちていく。光が落ちるたびにそれは大爆発を起こし大地を揺るがした。俺はすぐにカードを使う。
「199セット」
No199C 空間隔離:対象を中心とした半径5mの球形の空間を隔離する。10分間隔離空間の外から中へ、中から外への干渉はできない。
これでこの辺りは大丈夫なはずだ。そうしてる間も光はどんどん落ちてくる。轟音と砂煙でまさに地獄を顕現したかのような惨状に仲間の皆も怯えてしまっているようだ。時間的にはほんの数分だが永遠にも感じる轟音が終わると辺りに静けさが戻る。すでに辺りは暗くなっているが、先程空一面が明るかったせいで余計に暗く感じてしまう。とりあえず灯りをつけようとカードを使う。
「104セット」
No104C:光源作成 明かりをつくる。
以前と同じように小さな光球を遥か上空に飛ばし明るくなれと念じる。すると光玉はその大きさに似合わず、辺りを真昼間のように明るく照らし出した。そこで見えてきたのは……辺り一帯更地となった光景であった。切り立った岩山で渓谷になっていた面影は無く、穴だらけの平地がどこまでも続いている。それはまるで小学生の頃、近所の寺の境内の裏にあった無数の蟻地獄の巣を見ているようだった。
「ミル。気配は感じるか?」
後ろを振り返りミルに尋ねる。ミルは顎が外れんばかりに口を広げて呆然としている。良く見るとそれはミルだけではなく寝ているコウ以外の殆ど全員がそうであった。しかしあれだけの騒音でも起きないあたりコウは相当疲れていたんだな。そんな場違いともいえる感想を俺が抱いていると、真っ先に我に返ったのはメリルだった。
「な、なななななんですのあれは!? ま、まままままさかき、き禁術ですの!? それとも竜が使うという伝説の竜魔法!?」
良くわからない単語が出るも俺のとっておきの魔法ということにしておいた。しかし初めて使ったけどヤバいなこれ。対軍用殲滅魔法とでも言うべきだろうか。一応大まかではあるが任意の位置に降らせることは出来るようだ。
呆然としているミルを正気に戻して気配探知してもらうも反応はないとのこと。俺が拷問した男はやや離れた位置にボロ雑巾のように上半身と下半身が別々に転がっており、辛うじて人だとわかるくらいのその姿はすでにカード効果が切れていることを物語っている。正直やり過ぎた。冷静だと思っていもやはり頭に血が上っていたのか。
どん引きしている仲間たちに野営の準備をさせて俺は上空へと飛び上がった。見える範囲には動いている者はいないようだ。そもそも緑もない場所だったので動物も殆どいなかったのだろう。しかしこの惨状ではかなり時間をロスしてしまいそうだ。何せ道が穴だらけなので平らな場所だけを選ぶとかなりジグザグなコースになってしまう。どうやら俺はマジ切れすると後先考えなくなってしまう様だ。サーチすらしないで殲滅を選んでしまったことにちょっと反省する。
下に降りるとフェリア達が食事を作っており、レアンとミルはドクにいじられている。いざという時に役に立たなかったということだろう。獣人に特化した毒だったようだから無理もないのだが、レアンとミルはバツが悪そうな顔をしている。例え理由がどうあろうと役に立たなかったことは変わりない。これが麻痺毒だったから良かったものの致死性の毒だったら皆やられていた。助かったのは運が良かったからに過ぎない。今回は俺も含め皆大いに反省の余地がある戦いだった。
食事が終わった後、さすがに今日は疲れたのですぐ休むことにする。コウは食事中も眠ったままだった。余程疲れていたのだろう。見張りは役に立たなかったレアン、ミル、メリルの3人に任せておいた。念の為、まだ敵が近くに隠れている可能性も考えてコウと女性陣はみんな同じ馬車でシロと一緒に寝てもらう。メリルがずっとくっ付いて何やら興奮して質問してくるのが非常に鬱陶しかったので俺は馬車の上で一人寝ることにした。
翌朝、特に襲われることもなく目を覚ますと、辺りの惨状で昨日のことが夢で無かったことを認識する。コウはまだ寝ているようで今日はさすがに朝練は無しにしてぐっすり寝かしておくことにした。
「改めて見ると洒落にならねえなこれ。旦那一人で戦争できんじゃねえの」
寝起きのドクが呆れた口調で呟きながら起きてきた。残念ながら昨日のカードはもうないのですぐには無理だが、UCだったので案外すぐ引けるかもしれない。そうしたら一応やれないことはないかな。そんな物騒な考えを振り払いながらすでに良い匂いを漂わせているフェリア達の元へと向かう。その匂いに釣られたのか馬車の中からコウが起きてきた。
「おはようコウ」
「おはよう……さん」
「ん?」
「せ、せん……せい」
「違うだろ」
「?」
「練習の時以外はちゃんとお父さんと呼びなさい」
「!? お父……さん?」
「そうだ」
「お父さん!! 夢じゃなかった!!」
そう言って抱きついてくるコウを抱っこしてそのまま朝食に向かう。
「よかったわねえコウちゃん。お父さん出来て」
「うん!!」
コウはフェリアの言葉に元気よく返事をする。皆から助けてくれてありがとうとお礼を言われコウは非常に照れ臭そうだ。
「しかしコウは強くなったなぁ。あいつには俺でも多少はてこずりそうだったんだが」
ドクの言葉にコウは嬉しそうに尻尾を振る。そして急に気づいたように聞いてきた。
「あいつはどうなったの?」
コウのその質問に皆が目を逸らした。ミル達女性陣のスプーンが小刻みに震えている。さすがにあの拷問風景は思い出したくないのだろう。それをみたドクが渋々と答える。
「お前のお父さんがこれ以上ないくらいに痛めつけて殺したよ。あれは見てるこっちが耐えられないくらいだったぜ。さすがにちょっと気の毒に思えるくらいだった」
そう言って遠い目をするドクにコウは可愛く首を傾げるのだった。ちなみにルナ親子はレアンによってあの光景は伏せられていたようだ。さすがに非戦闘員の女子供に見せる光景じゃなかったと反省。
食事が終わり馬車に乗り出発する。こちらの馬車は夜、見張りをしていたミルを寝かせて俺が御者をすることにした。前を行くドクの馬車のルートをのんびりとついていく。昨日のことがまるで嘘のように平和な旅だ。だが警戒は怠らない。さすがにすぐにはこないだろうと思うが油断はできない。安心しきっている時こそ危険なのだ。
「アイリお姉ちゃん、先生がお父さんになったんだよ!!」
「良かったねえコウちゃん」
「うん!!」
「私のことはアイリお母さんて呼んでいいのよ?」
「お母さん?」
「ずるいアイリ!! コウちゃん私はフェリアお母さんよ!!」
「フェリアお母さん?」
「あーもう可愛い!!」
後ろから何やら恐ろしげな会話が聞こえてきた。
「順調に外堀が埋められてる気がする……」
「良かったですわねお父さん」
何故か隣に座っているメリルにあおられながら俺達は一路王都へと向かうのだった。