56:剣王
「会いたかったぜえ剣王さんよお」
「誰だお前?」
「俺はウルティオってもんだ。なぁ剣王さんよ、俺らはお前を勧誘しにきたんだ」
「勧誘だと?」
「あぁお前さんはもうこの国に居場所なんてないだろ? それに仕える義理ももうないはずだ」
「……」
「無言は肯定ととるぜ。だったら俺らの仲間にならないか?」
「山賊に落ちるきはねえぜ」
「山賊じゃねえよ。俺達は帝国軍だ」
「帝国だと!?」
「あぁ、もう時期にこの国は帝国のものになる。当初の予定よりは随分と遅れちまったがな。今のうちに俺らの仲間になっておいたほうがいいぜ? お前さんならそれなりの位も用意する。悪い話じゃねえだろ?」
「確かに悪い話じゃねえな」
「だろ?」
今までの帝国の侵略結果をみる限り、侵略された場合属国という名の奴隷になるか、滅ぼされるかの2つしかない。この国に未練があるわけじゃないが……。
「非常にいい話なんだがな。残念ながらお断りだ」
「へえ、理由を聞いても?」
「色々と理由はあるが一番の理由は、この国が嫁の故郷ってところだな。これでも俺は愛妻家でね。嫁が悲しむ姿を見たくないんだよ」
「……交渉は決裂ってことだな。へへっ嬉しいぜ。一応命令だから誘っては見たがな。仲間になるって言われたらどうしようかと思ってた所だ」
「どういうことだ?」
「これで心おきなくお前を殺せるってことだ!! 剣王の名は俺がもらう!!」
そう言って襲いかかってくる男の剣を抜いてなんとか自分の剣で受け止めた。
「毒が効いてるってのによくやる! だがさすがに動きに切れがないぜ!」
「ぐっ」
体が思ったように動かず、俺は蹴り飛ばしてくる足をかわすこともできずに横腹に食らってしまう。しかし、ダメージを減らす為に自ら飛ぶことにより最低限のダメージで済ませたはずだ。転がりながら追撃を待つが、相手はすぐには襲ってこなかった。じわじわと痛ぶっているのか?
「くっくっくっ、あーっはっは!! 動けないやつをいたぶるのはなんて楽しいんだ!! しかもその相手が帝国にまで名をとどろかせたかの剣王だ!! あーやべえ、考えただけでいっちまいそうだぜ」
全くヘドが出る程いい趣味してやがるぜ。スキルは知らんが実力でいえば俺より下だろう。だがこの毒がまずい。今の俺じゃ時間稼ぎが精一杯ってところか。旦那なら何とかなるのかもしれんが、あっちはあっちで忙しそうだからなぁ。旦那の方をチラリと見ると恐らく毒を使っていたらしき一人を吹き飛ばした後、残りの一人と対峙しているようだ。あっちが何とかなるまで時間を稼ぐしかないか。旦那なら毒くらいなんとかできるだろう。問題はこの動かない体でどこまで持たせられるかだ。レアンを見ると動いてはいるが起き上れないようだ。意識はあるようなので命を奪うような毒ではないのだろう。しかし、見た所ミルとレアンの症状が酷いように思える。ルナ親子とメリルを見る限りそこまで酷い顔色にはなっていない。ただしびれて動けなくなっているような感じだ。しかし、ミルとレアンは相当苦しそうな顔をしている。これは獣人には相当きつい毒が使われているのかもしれない。旦那に任せるとはいっても急いだ方がいいだろう。まぁ俺がこいつを倒しちまっても何の問題もないわけだしな。精々あがいてみるか。
「今度は俺の方から聞きたいんだが」
「何だ? 命乞いか?」
「この国が帝国のものになるって具体的にはどうするんだ?」
「……まぁ死んでいくやつにならいってもいいか。毒で倒れた王女の話を知っているか?」
「ああ」
「あれな、本当は王を狙ったものだったらしいぜ。玉座にしかけた毒針でな。どんな理由か知らんが、子供だった王女がその日偶然にも王より先に玉座に座っちまったんだと。さすがに玉座に王以外が触れるなんて全く想定してなかったらしくてな大変だったそうだ。その上事件のお陰でとんでもなく城内の警護が厳しくなっちまったらしくて結局、手っ取り早く王を直接排除する方法を断念して、時間はかかるが仕方なく周りから崩していくことにしたって話だ。まぁ俺は最近入ったんで詳しくは知らされてないから、実際どうやってるのかは知らんがね」
王を直接狙っただと? 10年前といえば確かに男の世継ぎもいなかったがまさかそこまで事態が進んでいたとは。
当時王が死ねば確かにこの国はまずかったかもしれん。しかし王女が死んでいないこと考えると殺す為の毒ではなかったのか? それとも助かったのは他に要因が?
王女のことはこの際おいておくとして今は王にも世継ぎがいる。王位継承者を狙うのなら王子が今まで排除されていないのはおかしい。単に警備が厳しかったからか?
それとも何人も作らせない為にある程度育ってから殺すつもりだったのか? 殺すつもりだったのなら10年もあったんだ、いくらでもやる機会はあったはずだ。つまり王子の排除は狙っていない可能性も考えられる。
なら狙いはなんだ? まさか王子を傀儡にでもする気か? 宰相と帝国は一体何を考えている……。くそっいくら考えても俺の頭じゃわからねえ。
「さて、聞きたいことはもういいか?」
「後一つ。お前のこの国での仕事は俺の勧誘だけなのか?」
「そんなわけないだろ。俺はこの国のめぼしい実力者を仲間にする、もしくは排除するのが仕事だ。国を乗っ取ったとして、そういうやつがそのままこの国にいるとは限らないからな。
敵になる可能性があるのなら消す必要がある、ってことさ。まぁ命令を受けて真っ先にお前さんの元に向かったってのに肝心のお前さんときたらすでにいないときた。さすがにそれを知った時は随分と焦ったぜ。まぁそのおかげでこんなに幸運な状態になってるんだがな。
そろそろおしゃべりは終わりだ。安心しろ、剣王の名前は俺が受け継いでやるよ!!」
襲いかかる男の攻撃を必死に避ける。俺のスキルである後の先によりなんとか防ぐことができているが、それも長くは持たないだろう。
それなりに男は腕がたつようだ。両手に持つ2本の剣がまるで別々の生き物のように襲いかかってくる。なんとか持ちこたえられているのは幸いにもレアン達と違い完全に動けなくなるのではなく、時々行動が止まってしまうくらいの状態で済んでるせいだろう。
「ちっ存外しぶといな。さすが剣王と言われてるだけのことはある」
相手の方から先に攻撃してくれるのは不幸中の幸いといったところか。自然に後手に回れる分なんとか避けることができる上に時間が稼げるからな。
しかし、このままじゃじり貧だ。あいつが後ろの動けない仲間を狙う可能性もある。見た所こいつは手段を選ばない馬鹿だ。自分が有利な立場で喜んで攻撃してくるようなやつは、人質を取るのになんの躊躇も無い。
このままこちらに引きつけておければいいんだが……。無理だろうな。仕方ない、未完成だがあれを使うか。
俺は一旦間合いを離し、手に持っていた剣を捨てて腰にある刀に手をかける。
「観念したのか? 手間かけさせやがって」
動きの止まった俺を見て、ウルティオは俺が諦めたと判断した。まぁそう思うのも無理ないだろう。普通、鞘にしまった状態が構えなんてあり得ないからな。襲いかかるウルティオを見つめて、剣がこちらに振るわれるその瞬間、旦那の動きを思い出して刃を放……てなかった。
体の動きが止まり、ぎりぎりのところでウルティオの剣を転がって避けるのが精一杯だった。
「なんだ、まだ諦めてなかったのか。いい加減うざったいな」
うおお、やべえ!! 今のはさすがに死んだかと思ったぜ。くそっ思ったように体か動かない。だがこんなところで俺は死ぬわけにはいかない。もうすぐまたエミリアに会えるんだ。こんなところでぐずぐずしてられるか!! ……でもこんな危険な目にあったと知れたらここで助かったとしてもローナに殺されるかもしれんな。俺を心配してくれるのは嬉しいんだが魔法をぶち込むのは勘弁してほしい。それ以外はよく出来た嫁なんだが……。エミリアもその辺りは母親に似ないでほしいものだ。
でもよく考えたらうちの嫁の恐ろしさに比べたらこいつなんてゴミみたいなものだな。そう考えると動きが多少鈍くとも気持ちに余裕が出てきたぜ。
俺は気を取り直して居合の構えをとる。
「いい加減死ね!」
ほぼ両手で同時に襲いかかってくる男の剣を冷静に見切る。左!! 一瞬早く到達する男の左手の剣を抜刀と同時に避けつつ男と交差する。
「避けやがったのか。手前、いいかげ……」
振り向いた男が言いかけた言葉が止まる。ドサッという音と共に剣を握ったままの男の左腕が地面に落ちたからだ。
「なんだこりゃ? 腕が……俺の腕があああああああああ!!」
遅れて男が叫び出すと同時に切れた腕から血が噴き出した。この刀っていう武器……信じられない切れ味だ!! もはや剣とは呼べない代物だ。ここまですごいものは俺の理解の及ぶ範疇に存在していない。
炎姫が持つという魔剣でもこんな切れ味はだせないだろう。剣の腕ならまだ俺の方が上のはずなのに、大岩を音も無く切った旦那を見た時は旦那の化け物っぷりに驚いたものだが、これ程の切れ味の武器だというのなら納得がいく。
これは人が作り出せないものだ。斬るという概念をつきつめた、まさに斬る為の武器。まさに神々の作った道具、アーティファクトの名に相応しいものだ。それに抜刀術、旦那のいうには別名居合というこの技も刀という武器にあったまさに俺の為にあるような技と感じる。ああ、今なら鋼殻竜だって切れそうだ。
剣は極めたと思っていた。だが、この世にはまだ俺の知らない技術がある。出来ないことがある。自分の知りえぬ剣技。自分の出来ぬこと。それがあったということがまさかこんなに嬉しいことだとは夢にも思わなかった。
真っ暗だった剣術という世界が今はまるで極彩色に光輝いている。旦那には感謝してもしきれないな。俺はやっと自身の行く道が見えた気がする。
一瞬の出来事であったが、冷めやらぬ興奮を抑え俺は片腕を押さえている男を見る。いつもならとっくに首を斬り飛ばしている所だが、こちらもまだあまり動けないので追い打ちが出来ない。
「糞があああああ!! なんなんだ……その剣は一体なんなんだよおおおおおおお!!」
目を真っ赤に充血させてウルティオが叫ぶ。
「殺す!! お前は絶対俺が殺す!!」
狂おしい程の殺気を全身に受け、俺は再びウルティオと対峙する。殺すよりは生捕にしたほうが色々と情報が取れていいだろう。たぶん殺したら旦那に怒られそうだな……。そんなことを思いながら遮二無二に襲いかかってくる左腕のない男の攻撃をかわし、刀を抜かずに鞘の先端で腹を突く。ぐっという呻き声が一瞬聞こえた後、ウルティオは力なくその場に倒れた。
「時間稼ぎのつもりが倒しちまったな」
止血くらいはしてやらないと死んじまうか。全くなんで敵を助けなきゃいけないんだ。こっちだってまだ碌に動けないっていうのに……。誰に聞こえるともしれない独り言をつぶやきつつ俺は相手の服を破って止血してやることにした。
「まぁ後は旦那に任せるとするか」