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ワールドオーダー  作者: 河和時久
パトリア編
56/70

55:刀と実験

「あれは光の妖精!?」


 黒髪の男にひっつく光の妖精を見て、私は混乱する思考を落ち着かせるのに精一杯だった。光の妖精が何故いる? 帝国に妖精の女王が居る以上そのすべてはこちらの管理下にあるはずだ。しかし、帝国が使役していた光の妖精が急に居なくなったのも事実。つまり何らかの要因で光の妖精の管理が出来なくなったと考えるべきである。にもかかわらず目の前に光の妖精がいる。女王の傘下にいない妖精なのか? いや、たしか聞いたところ光の妖精はすべて女王の傘下にいるはずだ。種族として決められている以上、はぐれ妖精等はあり得ない。つまりあの光の妖精は帝国から離れ、女王の指示であの男の元にいることになる。そのことから結論付けると……。あれがナポレオンということになる。例え違ったとしても何らかのかかわりがあるのは間違いないだろう。

 

「隣にいるのは剣王だぜあれ」


「剣王!?」


 ヴラークの声に思わず声が漏れる。奴隷となってどこかへ行かされたと聞いている剣王ドクトゥスか!? 何故あの2人が同時にいる? いくら思考しても結論が出ず、結局機をのがしてその場を強襲することはできなかった。

 

 宿に戻って寝ているウルティオを起こす。寝起きのウルティオは非常に不機嫌だが、剣王の話をすると途端に目を輝かせて早く行こうと逆に急かし始めた。剣王はウルティオに任せるとして、問題はどうやってあの黒髪を捕まえるかだ。ヴラークに任せれば安全に確保できるが、気が狂ってしまう可能性がある。かといって今の自分では間違って殺す可能性が高い。現在手持ちの毒に麻痺させるだけのような弱い毒は持っていないのだ。現在の手持ちの毒を使うとあの男達は助かるかもしれないが、奴隷の女達は間違いなく死ぬだろう。ヴラークにあの奴隷は俺がもらうと言われている以上、一緒に殺すわけにはいかない。そんなことをすれば自分が殺されてしまう。ここでもやはりどうにもならない問題にさらされるのか……。本当に気苦労が絶えない職場だ。

 

「目立つのはまずい。夜といえどもここは人通りが激しい。宿を襲うのは避けた方がいい」


 そう結論付けた私にウルティオとヴラークはいきり立つが、しばらくして納得したのか憤慨しながらも2人は渋々と納得した。あまり目立つのは立場上、得策とは言えないことに気がついたのだろう。

  

 どっちにしろ誰が相手であろうと私達3人ならいつ襲おうが簡単な仕事だ。彼等を見張り、出発してから街の外で襲うということで決定し、とりあえず彼等を見張ることにした。実際のところは私が毒を作成する時間が欲しかっただけなのは秘密にしておこう。













 翌朝。警戒して待っていたにも関わらず、全く何事も起こらないまま朝を迎えた。折角ルナ親子の部屋にはシロとレアン、フェリア達の部屋にはミルとメリルをおいて警戒していたのに。しかし、何も無いに越したことはないので気にせず朝練に向かうことにした。念の為、今日はミルとレアンを宿に置いて出かける。

 

 宿の裏にやや開けた場所があり、その中央には巨大な岩が鎮座している。昨夜、宿の女将に聞いた話によると何でもあまりに大きすぎて退かすことが出来なかった為に結局そのまま放置されているとのことだ。魔法なり何なりがある世界なんだから壊せばいいのに。

 

「そういえば」

 

 昨日買った刀のことを思い出し、鞄から取り出して試し切りしてみることにした。

 

「ちょっと離れてて」


「そんなガラクタで何するんだ?」


「抜刀術って知ってるか?」


「何だそれ?」


「刀身を鞘にしまった状態から一気に抜くと同時に切る技でな。まさにこの刀っていう剣の為に編み出された技だ。お前にピッタリだと思うぞ」


「へー、そんな技聞いたこともないな。見せてくれよ」


「俺も素人なんでうまく出来るか判らんけど」


 そう言って腰を落として構える。左手で鞘を押さえ、鯉口を切る。そして一気に刀を抜き放った。岩にぶつかった音等全くせず、俺は完全に抜き放った状態で固まっていた。何の抵抗も無く、刀がぶつかった衝撃すらない。

 

「と、まぁこのように」


「とまあじゃねえよ!! 空振りしてんじゃねえか!!」


 誰にでも失敗はある。素人にあまり高度な要求をしないで欲しいものだ。折れても治るなんて反則すぎる能力があるので、今回岩相手の試し切りなんて無茶な実験した結果がこれである。多少いたたまれない気持ちを持ちつつ、とりあえず刀と鞘に付加されたスキルについて説明をしてからドクに刀を渡した。

 

「へー、これアーティファクトだったのか。道理で旦那が必死になって買おうとした訳だ。それにさっきの技も俺のスキルにピッタリだな」

 

 そう言って刀をじっくりと眺めるドクに、興味津津で刀身をキラキラした瞳で見つめるコウが見せて見せてとねだっている。すると急に何やらズシンという重い音がした。振り返ると巨大な岩が斜めにずれて上の部分が地面に落ちていた。

 

「……嘘だろ」


「すげえ!! 先生すげえ!!」


 どうやらさっきの居合いで切れていたようだ。一分後に切れて落ちるという、逸話のある名刀のような切れ味に心底驚く。とりあえずドクには裏スキルは使うなと忠告しておいた。削られる生命力がどの程度かわからない以上、帰りを待っている人がいるやつにそんな危険なスキルは使わせるわけにはいかない。ならそもそも教えるなという話だが、つい口を滑らせてしまったのだからしょうがない。せいぜい気をつけてもらおう。

 

 その後、ドクは随分と真剣な表情で居合の練習をし始めた。詳しいやり方など分からないので、後はドクのオリジナル技術になるだろう。そもそも斬るということに特化した武器は刀くらいしか聞いたことがない。しかも両手で1つのものを持って攻撃する武器なんて地球には槍などのリーチを生かした戦いをする武器しか記憶にない。普通人間は手が2本あるのだから軽い物を2本持つか、盾を持つだろう。しかし、日本人は逆で重い刀を両手で使いこなす為に体の動かし方の方を研究したと聞いたことがある。日本人の異常さは異世界からみても際立っているな。

 

 コウが剣の練習の為にドクに話かけても集中しすぎているのか声が全く聞こえていないようで、結局コウは俺と久々に組み手をすることとなった。

 

 コウは以前の俺と同じように移動中の馬車の屋根の上にのり、バランスを取る練習を良くやっているので、大分重心が安定してきている。安定した重心というのは体重ではなく星の重さを得るに等しい。その一撃は地面から突き出ている岩に体当たりするのと等しい。何せ動かない物にぶち当たるのだから。

 

 元々馬車の上でのバランス競争は遊び半分でコウを誘い、どっちが先に転ぶかを競争してたのが今でも続いている感じであり、重心がどうこういう話は全くしていない。楽しみながら体に覚えこませるのが一番である。訓練、特に子供の頃は何事も楽しみながらやるべきだと思っているからだ。

 

「いいかコウ。重い一撃は踏み込みが大事なんだ。地面を凹ませるくらい踏み込んで、負けるかー!! って気持ちを込めて相手を突くんだ」


 体内を螺旋状に気力が巡るイメージをし、それを全身から手に流れるようにまわす。そしてバネのようにらせん状の気力を足に込めてバネで弾け飛ぶように一気に踏み込む。そしてオリジナルの崩拳で大岩に弾丸を発射するように打ち込む。地面には足形が付く程の強い踏み込みからの一撃は、衝撃が大岩を貫通し向こう側に突き抜けた。岩はひびが入り、打撃が接触した部分よりも寧ろ反対側が大きく崩れてしまった。奥義のように爆散させないために、貫通力は高いがダメージ範囲が狭い為に殺傷能力は低そうだ。盾を装備してる相手を盾ごと粉砕するくらいにしか使えないか? しかも盾相手なら爆振機雷掌のほうが楽に倒せそうな気がする。まぁコウの気力練習用の技としてはいいだろう。

 

 俺のお手本を見てコウは目を輝かせて練習している。拳、剣、獣人の技、そして魔法と着実にコウは規格外の強さを手に入れつつある。将来が非常に楽しみだ。

 

「試合とか負けても学ぶことがある戦いなら別に負けたってかまわない。だけど負けたらそれっきりって戦いも多い。特に何かを守るための戦いは絶対に負けたらだめだ。守るべき人達も犠牲になるからな。でもそうじゃない戦いの時は勝てないと思ったらすぐ逃げろ」


「逃げるの?」


「死んだらそこで終わりだ。逃げればまだ次があるだろ? だからまずは自分が助かることを考えなさい」


「やだ!! 俺は逃げたくない!!」


「逃げるのは別に恥ずかしいことじゃないんだよ。それに逃げるが勝ちっていう言葉もある」


「逃げるのが勝ちなの?」


「例えばアイリやフェリアが病気になったとする。それを治す為の薬草はドラゴンがいる所にしか生えてない。コウは薬草を取りに行った時にドラゴンに見つかってしまった。その時コウはどうする? 急がないとアイリ達が死んじゃう時にコウは勝てないと分かっていてもドラゴンと戦うの? それともドラゴンから逃げてアイリ達に薬を持っていく?」


「お姉ちゃん達を助ける!!」


「それはドラゴンから逃げたことにならないの?」


「……うーん」


 コウは頭を捻って悩んでいる。意外に頑固な意思を見せるコウに苦笑する。この歳でプライドがあるのだろうか。それとも獣人はみんなこんな感じで生まれながらに逃げないという誇りでももっているのだろうか。


「逃げたくない気持ちはわかる。でも戦いというのは時と場所を選ばなければダメだ。優先順位を考えないといけないよ」


「優先順位?」


「さっきの話だと目的はアイリ達を助けるってことが一番であって、ドラゴンを倒すってことが目的じゃないでしょ? つまりアイリ達さえ助かるのならドラゴンとは戦う必要がないってこと。避けられる戦いは極力避けるべきだ」


「どうしても避けられない時はどうするの?」


「その時は諦めて戦うしかないな。でも今回の場合なら隙を見つけて逃げるべきだ。意味のない戦いはしちゃダメ」


 コウは未だに頭を傾げ、腕を組んで悩んでいる。どうにも愛らしいその姿に思わず笑みが零れた。

 

「でも、それが意味のある負けられない戦いだったなら逃げちゃダメだ。そこで逃げると一生逃げ続けることになる」


「よくわからない」


「今はまだわからなくていいよ。そのうちわかるときがくるさ。今はまずいろんなことを楽しみながら覚えていこう」


 訓練も大事だが、とりあえず今は毎日楽しく生きてほしいところではある。苦労は人を成長させるとはいうが、子供のうちはやはり幸せな思い出をたくさんつくっておいたほうがいいだろう。なんかすでに子育てしてるみたいだな俺。


 頭にはてなマークを浮かべるコウをなでつつ、小一時間程練習して汗を流す。最近コウは若干ながら神気を使えるようになってきた。恐ろしい才能である。俺すぐ追い抜かれるんじゃ……なんてことを考えつつ一端休憩することにした。

 

 ひと段落したのでドクは正気に戻ったかと振り向くと、未だにドクは居合の構えで固まっていた。いつまで固まってるんだあいつは。とりあえず喉が渇いたので久々にあれでも飲んで待つかとカードを使う。

 

「147セット」


No147C:応病与薬 あらゆる毒、病気を予防する薬を作り出す。飲んでから1日は毒、病気にかからない。すでにかかっている異常に対しては効果無し。


 以前飲んだタブクリア味の薬だ。やや弱めの炭酸で非常に冷たくて美味しい。何故薬なのに冷えている炭酸なのかが疑問な所だが。俺が飲んでいるとコウが物欲しそうに見てくるので飲ませてあげた。よっぽど喉が渇いていたのが一気に半分近く飲んだが、微妙な顔して瓶を返してきた。どうやらあまりお気に召さなかったようだ。残りを飲み干し空き瓶を鞄にしまうとドクに声をかける。しかし、全く反応が無いのでしばらく待つ間にコウに指輪の実験に付き合ってもらうことにした。


 火球の指輪を装備し、岩に向かって火球と唱えると、直径1メートル程の火の玉が現れ、岩に向かって飛んで行った。火球は岩にぶつかると焦げた跡を残して消え去った。さすがに切断されたとはいえ巨大な岩を融解させたり、爆散させたりするような威力はないようだ。

 

 自分の指輪をはずしてコウに付けさせ、同じように火球を撃たせるが、火球は発生しなかった。どうやら最初に使用した人しか使えないという話は本当のようだ。そこで今度は違うカードを使うことにする。もったいないが必要な実験なので仕方ない。

 

「23セット」 


No023R:時間退行 対象の時間を戻す。生物、複製された物には無効


 すると目の前にデジタルカウンターのようなものが現れた。年月日とあるので恐らく戻す時間を設定するのだろう。俺は1時間と設定してコウから受け取った使用済みの火球指輪を対象にカードを使う。すると指輪が一瞬輝いた。じっくり見たが、カード使用後に特に見た目に変化は見当たらなかった。まぁ1時間戻した所でなにが変わるということもないだろうが。


 そして再びコウに指輪を渡し、火球を使わせると今度は火の玉が発射された。俺と全く同じ大きさの火球だった。つまりこの指輪は装着されている魔石によって、威力等は固定されており、使用者の強さや魔力等は全く関係ないということがわかる。これがアーティファクト全般に言えることかはわからないが、少なくとも魔石を用いている物については共通だろう。

 

 これで火球の指輪はコウ専用になったのでそのままコウにあげることにした。コウはとても喜んでいるようだ。魔法のアクセサリーというよりは実際に魔法がでる玩具程度の認識なのだろう。とりあえず制限があと19回だから無闇に使ってはダメと言っておいた。


 そこで今度は違う実験に映る。透明な石のついた指輪を取り出し、あるカードを使ってみる。


「79セット」


No079UC:特製付与 対象に指定されたカードの効果を付与することができる。生物には無効。対象に触れてリリースのワードでカード効果を発動できる。使用された指定カードは付与された時点で消滅する。UC以下のカードのみ対象可。

 

 すると目の前に使用カードの選択画面が現れた。デッキ内のカードは現れず、現在すぐに使える状態のカードのみ選択可能なようだ。俺はダブっていて尚且つすぐに効果が見える100番の火球カードを選択した。一瞬カードと指輪が光った後、カードはすうっと消えてしまった。指輪には変化は見られない。鑑定カードまだあったかなと思ったとたん頭の中に文字が流れた。


スロット1:火球投射

使用回数:20/20


 昨日使った鑑定カードの効果がまだ残っていたようだ。随分と効果が長い。若干能力が低い分、ひょっとしたら24時間持つのかもしれないな。それより無事にカードを指輪に移すことが出来たようだ。俺は指輪を掲げて火球投射と念じる。しかし指輪は全く反応を見せなかった。

 

「リリース」


 今度は付与カードのルール通りにリリースと唱えてみると、目の前にいつも通りの100番の火球が現れた。そして火球はいつも通り時間経過と同時にどんどん大きくなっていく。上に向けて発射して事なきを得たが、どうやら付与した能力は俺のカードそのままらしい。指輪の残り回数をみると19回になっているので回数はしっかりと記録されるようだ。コウに渡してみたが、やはり指輪は発動しなかった。時間を戻すカードがもうないので、他人での威力を試せない。付与カードでもう1枚作ればいいが、出来れば今度は違うカードを作っておきたい所だ。

 

「79セット」

 

 悩んだ末に俺は一枚のカードを選択する。

 

スロット1:特製付与

使用回数:20/20

 

 つまりこれで20回はカード無しで特製付与が使えることになる。非常に便利だ。後は指輪以外に付与した際の回数制限がどうなるかと、指輪を同時にはめてリリースした場合の優先順位のテストをしておこう。先程使った火球投射と今作った特性付与の指輪を同時に付けてリリースと唱えて見る。すると目の前にカード選択画面が出ると同時に火球が現れた。つまり付与で作成した物はすべて同時にリリースで起動されてしまうということか。火球を先程と同じく上空に発射し、付与の方のカードを選択する。選んだカードはNo56。

 

No056UC:技術封印 対象のスキルを封じる。直前に使用したスキル1つが使用できなくなる。


 超えげつないカードだ。効果時間が実は短いのかもしれないが、スキルが万能なこの世界においてそれを封じられるこれは非常に強力だ。何しろこっちになんのデメリットもない為、とりあえず戦う前に使っておけばいいというお手軽安心設計である。

 

 最後に。作成した指輪を鞄にいれた場合にどうなるのかを試しておこう。鞄の中でいきなり火球が出来たらたまらないからな。火球の指輪と技術封印指輪をコウに渡し、特性付与の指輪を鞄に入れた。そしてリリースと唱えるも何も起こらない。鞄の中や離れた位置までは効果が及ばないようだ。このあたりはカードの特性を準拠しているのだろうか。とりあえず安心したので、鞄から瓶とボールペン、そして付箋を取り出してそれぞれ瓶に効果を書いておく。1瓶に1つの指輪を入れておけば間違えることもないだろう。なにせ見た目が全く同じなので鑑定しないと判別がつかないのだ。こうしておけば鑑定するまでもない。

 

 そして最後に付与指輪でもう一つカードを使っておいた。付与したカードはNo55である。

 

No055UC:魔法封印 対象の魔法を封じる。対象が直前に使用した属性の魔法が使用できなくなる。

 

 これで相手はその能力を殆ど封じられることになる。何せこの魔法封印は1つの魔法を封じるのではなく、1つの属性を封じるのだ。つまり1属性しか使えない場合は完全に魔法を封じられた状態となる。そして先程のスキル封印と併せて発動させればほとんど無力化可能だ。我ながらえげつないコンボだと思う。最終的に技術封印と魔法封印の指輪だけ付けておき、残りの指輪は今後必要に応じて付与することにして鞄にしまった。本当なら複製で指輪をコピーしておき、それを使うのが一番いいのだろうが、以前複製してポケットに入れておいた金貨が消えていたことから、複製で作成した物は時間経過で消えてしまうということが分かっているためそれはできない。一時的に使う分には問題ないだろうから、使う時にだけ作るのはいけるかもしれない。

 

 実験が終わり、そろそろドクも正気に戻っているかと思って見てみると未だに居合の構えで固まっていた。さすがに面倒になったのでとりあえず殴って正気に戻し、朝食へと連れて行った。

 

 結局、朝食中もドクは落ち着かない様子でそわそわしっぱなしだ。まるで子供が新しい玩具を手に入れたかのような、そんな感じである。とりあえずコウに悪い影響を及ぼすといけないので刀を取り上げて朝食の方に集中させた。取り上げた時の絶望した表情は非常に面白かった。刀を取り上げるぞ、というのが今後ドクに対しての脅迫の材料になりそうだ。とりあげるも何も元々俺が買った物なんだけどな。

 

 朝食後、女性陣に魔法の指輪を渡しておいた。透明ではないやつだ。各自一度は練習で使ってもらうことにしておいた。ちなみにリナとレナの母親であるルナとメリルには渡して居ない。いらないとの事だったので強制はしなかった。そうすると数的に残りの女性陣とコウで二つずつとなった。ファムには指輪というよりは王冠のような感じになってしまうので渡さなかった。使うとどうなるのかは気になるが、別に必要ないだろう。まぁ代わりにといってはなんだが妖精のくせに実は酒好きということが昨日わかったので、今度ワインでも飲ませてやることにしよう。

  

 その後、宿を出て王都に向けて出発する。ちなみに朝の訓練中からずっと見張っている奴がいたようだが、街を出たらその気配を感じなくなった。諦めたのか、それとも……。まぁこの程度で諦めるやつが夜通し見張るなんてマネが出来るはずがない。つまりはそういうことだろう。問題はどこで来るかだ。一応出発前に全員に話はしてあるので、みんな警戒はしているはずだ。

 

 さて、コウに初めての実戦をやらせてあげるべきかどうか悩みどころではある。すでに銀ランク成りたてくらいのハンター相手なら恐らく勝てるくらいの実力を持っているはずだ。とりあえず相手を見てから判断して戦わせてみるか。危なくなったら助ければいいだろう。とりあえずそのまま魔力探知と気力探知を広げて警戒しつつ馬車を進めることにした。もちろん気配探知が苦手なコウにも探知をさせておく。来るのが分かっているのならせめてコウの修行の相手にでもしてやるとしよう。

 

「で、どこに向かってるの?」


「王都だよ。お前はいつまでついてくんの?」


「いつまでってそんなのきまってるじゃない。女王様が帰ってこいっていうまでずっとよ!!」


 今日はメリルがドク達の馬車に乗っている為にファムはこちらの馬車の中で普通に姿を現している。おしゃべりが好きなようでアイリやフェリアと楽しそうに話をしているのをみると別に居てもいいかという気持ちになる。目立つので街中では姿を消すように言ってあるが。ファムだけなのかは知らないが、ファムは自分だけ姿を消すだけじゃなく、近くにいるものの姿も消すことが出来るらしいので、いざという時には使えるかもしれない。俺のカードではその場から動けないか、もしくは自分ひとりだけだからな。あとは段ボール被るってのもあったか……。いつか使う時が来るのだろうかあれ。

 

 

 出発してから随時警戒して待つも中々襲われず、日が暮れて渓谷のような場所に出てからそれはやってきた。そろそろ野営をしようと準備をしているところに3人の男達が近寄ってきた。おおよそ一般人とは程遠い気配をさらけ出しながら近寄るその姿は警戒しない方がおかしいレベルだ。ドクとレアンはルナ親子達を背後にし、その横にはメリルとミルが親子を護るように警戒している。俺の方にはアイリとフェリアがおり、彼女達を背後に庇いつつシロと俺の2人がやや前にでて男達と対峙する。

 

「突然失礼します。そこの黒髪の貴方に少々お尋ねしたいことがありまして」


「随分と礼儀正しい山賊だな。死にたくなければ俺達を襲うのはやめたほうがいいぞ」


 どこかで見た顔が2つある。俺はたずねてきた真ん中の優男にぶっきらぼうに答える。俺の探知範囲には他の仲間の気配は探知されていない。こいつらが俺達を街からつけてきたのか? しかし、それだとどうやって先に回りこんだのかが分からない。確かに馬車が通る街道は道がまっすぐでは無かった。馬でショートカットすれば先に回りこむことも不可能ではないか……。高速で思考をめぐらせながら、気力と魔力を展開して警戒を続ける。

 

「いえいえ、私達は山賊なんかではありませんよ。それよりナポレオンという人物に心当たりはありませんか?」


「ナポレオン? 聞かない名だな」


 じっくりと考えた振りをしつつ何も知らない振りをした。


「そうですか。それではもう一つお聞きします。光の妖精とあったことは?」


「光の妖精ってあれか、小さくて羽が生えたあれ? そういえばなんか街にいたときに飛んでたなぁ」


 ファムがしゃしゃり出てこないことを祈りつつとぼけていると後ろで苦しそうな声が聞こえた。驚いて振り返るとコウ以外の全員がひざを付いてうずくまり苦しそうにしている。隣をみるとドクとレアンは倒れてはいないが、後ろの女性陣は全員同じように苦しそうに倒れている。倒れていないドクとレアンもかなり苦しい顔つきだ。


「やれやれ、やっと効いてきましたか。それよりあなたとそこの子供はどうして平気なんです? 魔獣すら動けなくする毒なんですが。しかも獣人には特に強い効果があるというのに」


 どうやら毒を風に乗せてまいていたらしい。こちらが風下だったのが災いした。おそらく俺とコウは朝飲んだ薬の影響で利かなかったのだろう。舌打ちしたい気持ちを抑えて冷静に思考する。何故毒を使ってまで俺達を襲うのか? しかも殺す毒ではなく麻痺させるようなやつだ。生捕にする理由がわからない。目的はなんだ? 深く思考するが答えは出てこない。とりあえずは毒を無力化してからにしよう。しかし解毒してもすぐにまたばら撒かれては意味が無い。まずは毒を使うやつをしとめてやるか。

 

「だいじょうぶですよ。死にはしません。少しの間動けなくなるだけです」 


「いきなり毒を使ってくる糞野郎の言葉の何を信じろっていうんだ?」


「いやはや、これは手厳しい。本来貴方達に毒を使う必要はなかったんですがね」


 優男はそうってドクに視線を向ける。何だ? ドクが狙いなのか? つまりあの奴隷商人の仲間ってことか。しかし情報が早すぎる。ドクは奴隷輸送中に助けたから発覚するのは当分先のはずだ。ドクの顔を知っているやつが自由に歩き回るドクを見て不審に思ったということか? それならオークションの街以降で後をつけてきているやつがいてもおかしくなかったはずだが、そんな形跡はなかった。情報だけがあって迷宮都市に入ったところで発見されて見張られていたと考えるべきか。中途半端に与えられた情報では逆に考えがまとまらないものだな。いや、ちょっと待て。この男……。

 

「随分となめたまねをしてくれるんだな帝国のやつは」


「……なんのことです?」


「宰相との会談、いや密談はうまくいったのかい?」


 どこかで見た顔だとおもったが思い出した。こいつは新聞の記事で宰相と密談してた帝国諜報員だ。俺の言葉に終始穏やかだった顔が急に真剣な目になり、冷徹な顔へと変貌していった。


「何のことかはわかりませんが、非常に興味深い話です。良ければ一体誰から聞いたのか教えてもらえませんか?」


「帝国も一枚岩って訳じゃないってことさ」


 嘘なんだけどね。まるで息をするように嘘をつく。こういうとっさの場面では俺は流れるように嘘をつくことができる。自慢じゃないが騙し合いはとても得意なのだ。まぁ正直に新聞で読んだとか言ってもうまく説明出来ないし教える気も無い。


「情報が漏れるとは思えませんがね。しかし貴方が知っていることも事実……」


 話を聞く限り毒を使うのは今しゃべっている優男のはず。思考に埋もれている今のうちに無力化する!! 俺は足元で神気を爆発させて一気に優男との間合い詰める。爆発音とともに一気に踏み込み、一撃でしとめるよう腹に崩拳を叩き込む。何かしゃべろうとしてた優男が反応して体を捻ったが、その捻った横腹に拳が突き刺さり、優男はくの字に体が折れ曲がったまま弾けるように吹き飛んでいった。バウンドしながら吹き飛んでいくその姿はまるで無人の体育館を弾んで転がっていくバスケットボールのようだった。

 

 一瞬何が起こったかわからずに呆けていた優男の右隣の男は、すぐに我に返って俺に剣を振ってきた。もう1人の男はやや離れており、俺ではなくドク達と対峙している。襲ってきた剣をスウェーで避けて一旦間合いをとると、襲ってきた男は俺に声をかけてきた。

 

「よう、またあったな」


「誰だっけ?」


「昨日会ったばかりだろ、つれねえなぁ。俺はヴィーと違ってお前にさほど興味はない。俺が興味あるのはお前の奴隷のほうだ」


 あぁ、そういえば昨日アイリ達を欲しがってたやつがいたな。そういえばこいつだったか。見た顔だとはなんとなく覚えていたが、誰だったかまでは覚えてなかった。というより外人顔は判別が付かない。外人からみてアジア人の区別が付きにくいのと同じだろう。

 

「なぁ、あの奴隷を渡せばお前は見逃してやってもいいぜ?」


「俺は生まれてこの方、こんな嘘臭い台詞は聞いたことが無い。それくらいお前の言葉は嘘くさい」


「くくくっまぁしょうがねえわな。じゃあお前を片付けるとするか!!」


 そういうと男は俺に向かわずにアイリ達の方へと駆け出した。俺を片付けるといった癖に……意外と冷静なのか? しかしアイリ達を狙う理由がわからん。人質か? 欲しいと言っている以上殺すわけがないことは分かっているので人質としては意味がないと思うんだが、しかし見過ごすわけにはいかない。俺が駆け寄る前にアイリ達の前に立ち塞がるシロが男に飛び掛るが、男はそれを横に転びながらかわす。その一瞬のうちに俺は初めて対峙した位置まで戻り、アイリ達と男との間に入った。

 

「そうくると思ってたぜ!!」


 男がそういって手をかざした瞬間、俺の視界は辺り一面真っ白となった。

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