54:迷宮素材と帝国の影
十六夜が去っていった初めての朝食時、十六夜が帰ったことをみんなに告げた。それを聞いたコウが何故かとても落ち込んでいた。
そういえば朝起きたとき、たまにコウが十六夜の隣で寝てることがあったことを思い出す。
「コウちゃんは十六夜さんにすごく懐いてたんです。夜寂しくなるといつも十六夜さんのところにいって寝てたんですよ」
そんなことをフェリアに聞いて初めてコウが十六夜に懐いていたことを知った。同じ髪の色だからか? あまり接点が無いようにみえるんだが……。とりあえず落ち込んでいるコウを慰めつつ今後の予定を決める。まずは王都へ向かうといっていたが、ここから王都へ向かうと途中で迷宮都市が通り道にあるとのことで、寄らない予定であったが通り道にあるなら無理に避ける必要も無いので、迷宮には入らないが寄るだけ寄ってみようということになった。
色々珍しい物が売られているため、商店はかなり賑わうらしい。落ち込んだコウを慰めるためにも何かいいものがあったら買ってやろう。おっちゃん達にもお土産を買っていってやるか。おっちゃんにはなるべくもらっても困るものを嫌がらせに。昔会社の同僚にシンバル1枚だけをプレゼントにもらったことがある。もちろんお互い音楽なんてまったくやったことがないのにだ。結構高いのにわざわざ嫌がらせでそんなものを買う辺り相当にひねくれている。俺が熊の木彫り人形をやったのがそんなに嫌だったのだろうか。熊かっこいいのに。
そんな昔の嫌なことを思い出しながら、俺達はすぐに出発した。十六夜がいないため、道中の夜番を考えて俺はずっと昼寝をすることとなった。まぁ夜番なくても大体いつも昼寝している気がするが。コウはリナとレナと一緒にメリルに魔法の勉強を見てもらっている。3人ともかなり才能があるらしいので、将来が楽しみだ。
何日か平凡な旅が続き、ようやく迷宮都市に到着した。都市というだけあってかなり大きな町だ。城壁のようなものに囲われており、中に入るために跳ね橋を渡らなければならない。一体何と戦うつもりなのだろうか。魔物が多い土地なのか? それともほかに理由があるのか? わからないまま俺達は街へと足を進めた。
「うわあ、随分と賑わってますね。前の街よりずっと活気があります」
アイリが感嘆の声をあげる。前の町とはおそらくオークションのあった街のことだろう。確かにあちらの街もそれなりに大きかったが、それと比べてもこちらの街のほうが大きく、そして人通りも多くて活気がある。需要があるといっても所詮金持ちだけの奴隷オークションの町よりは、迷宮攻略目的のハンターとそれをターゲットにした商人が集まるこちらのほうが市場規模が大きいのだろう。
馬車を預けた後、俺達はのんびりと街を散策することにした。万が一のためにフェリア達には偽の首輪をつけてもらっているが、レアンにはつけていない。こんな厳つい狼男に向かってくる命知らずがそうそういるとは思えないからだ。まぁ襲われてもこいつなら返り討ちにするだろう。むしろ相手が心配だ。何か問題がおきないとも限らないので、念のため全員で行動することにした。
街の端から端まで露天で埋め尽くされているメインストリートと思わしき商業通りは、色とりどりの商品が数多く並べられている。食料品や回復アイテムから、果ては一体何に使うのかわからないものまでその種類は幅広い。
「お客さん、どうだいこの指輪は。迷宮産の代物だよ」
声をかけてきた商人の前に並ぶのは数多くのアクセサリーだ。指輪からネックレスまでなんでもありそうだが、指輪はどれもデザインは同じで中央にある石の色だけが違うようだ。
「迷宮産の指輪はその石の色にあった魔法が封じ込められてるんだ。赤なら火、青なら水っていった具合にな」
俺が指輪を眺めていると後ろかドクが説明してくれた。
「攻撃魔法なの?」
「ただ火がつくものもあれば、火球を出すものまで様々だ。ただ使用制限回数があるらしくて、しかも最初に使ったやつ以外使うことができないときてる。だから指輪はどれがどんな効果なのか試すこともできないんで、結局買って使ってみるまで効果がわからないんだ」
おみくじみたいなものか。あたりはずれが随分とでかそうだ。石の色によって値段が随分と違うようで、赤が銀貨50枚なのに対し黄は10枚でおよそ5倍も値段が違う。これは当たりの攻撃魔法だった場合の攻撃力によるものか? まぁ赤を買って火の魔道具と同じ効果だった場合とか、福袋買って同じゲーム3本入ってた時よりもきついだろう。ならちょっとインチキしてみるか。
「119セット」
No119C 道具鑑定:術者は一定時間アイテムの情報を得ることが出来る。
このカードは解析カードと違い、生物の解析は無理だが対象が1つではなく、一定時間好きなように解析が出来る為、こういう鑑定には非常に便利だ。詳しい使い方なんかは分からないみたいだが、判別するだけなら問題ないだろう。俺はテーブルの上にならぶ指輪をじっくりと観察してみた。
スロット1:火球
使用回数:20/20
スロット1:氷柱
使用回数:10/10
スロット1:かまいたち
使用回数:15/15
上から赤、青、緑の順だ。青は水ではなく氷らしい。そして防御系と思われるものは
スロット1:火壁
使用回数:30/30
スロット1:氷壁
使用回数:25/25
スロット1:癒しの風
使用回数:20/20
風だけ回復っぽい名前だ。後のは壁を作るのかな? 囲まれて蒸し焼きとか嫌なんで実験するときは注意が必要だ。ちなみにこれはすべて当たりと思われる指輪でこれ以外は火種とか雫とか名前からしてちょっと微妙と感じる物しかなかった。
「ん? そっちのは?」
端っこに透明の石の指輪がいくつか並んでいるのに気が付いて指をさす。
「ああ、これは使っても効果が無い指輪だ。滅多に出ない割りに使い方もわからんし、土産に買っていくやつが稀にいるくらいなもんさ」
そう言われじっくりと透明な石が着いた指輪を見る。
スロット1:空き
使用回数:20/20
空きスロット!? つまり魔法を入れられるということか? 一体どうやって……推測すると迷宮が作られた時代は魔法を道具に付与することが技術的に可能だったということなのか? いや待てよ……アーティファクト!? あれは道具に魔法がついたものだと思ってたけど、こんな感じで付与された物など考えれば……それならアーティファクトと呼ばれるアイテムに色々な効果が付いているというのも納得がいく。しかし問題は付与の仕方だ。やり方はわからんがとりあえず安いことだし全部買っておくことにしよう。
透明な指輪5個と赤と青と緑の指輪それぞれ4つづつ購入しておいた。それぞれの色の効果2種類2つづつ購入出来たので、後で女性陣に配るとしよう。しかし、こういうアイテムを見ると俄然迷宮に興味がわいてきた。転移陣を設置しておいて、ルナ親子を送り届けたらいつでも来られるようにしておこう。
◆
指輪を買い終わり、後はのんびりと街を散策する。いつの間にかアクセサリーや服に目を奪われる女性陣と、食べ物に異常に関心を示すコウ、レアン、ミルの3人、そしてそれを見守るドク、俺、メリルの3人という構図が出来上がっていた。どこの世界でも女性の買い物というのは同じなのだろう。あのパワーは普段一体どこに眠っているのだろうか。とりあえず俺はおっちゃん家族にお土産でも買うべく色々とめぼしい物を探すことにする。ミリーにはアクセサリーでもいいがそういう物より使える物の方がいいだろうか?
薬師を目指してるなら薬草やら回復薬がいいのかな? おっちゃんには矢でもいいが、やはりここは熊の木彫りが欲しい所だ。売ってないものか。まるで雑貨店巡りでもしているかのような、どことない楽しさを感じながら様々な店を周っていると、どこか懐かしい雰囲気の物を見つけた。
「日本刀?」
「お客さんこの剣のこと知ってんのかい? これは迷宮からしか出ないめずらしい剣なんだ。今なら安くしとくよ、どうだい?」
「おいおい、そんなガラクタ押しつけんなよ。旦那、騙されんじゃねえぜ? 変わった形してるってだけで、はっきり言ってその手の剣は脆くて使えないのが多いんだ」
そう言って後ろからドクが声を挟む。そこにあるのはどう見ても日本刀らしき物で、ご丁寧なことに鞘までついている。俺は手にとって刀を鞘から抜き放つ。怪しく鈍い輝きに浮き出る流れ刃の波紋。間違いなく日本刀独自の物だ。脆くて使えないというのは恐らくこの世界での剣での戦闘が、叩くことが主になっているからだろう。切ることを目的とした日本刀で、力任せに叩きつぶそうとすればすぐダメになるにきまっている。それに手入れも面倒だしな。俺は手に取った日本刀を鑑定した。
スロット1:天剣絶刀
スロット1:形状復元
これは……まさか魔法じゃなくスキルが付与されてる!? しかしスロット1が2つって何だ? いや、これは鞘のほうか! 名前からすると鞘に入れておけば刀の状態が回復していくってことだろう。しかし天剣絶刀ってなんだ? 悪魔の細胞にやられてるのか? 仕方ない、調べるか。
「54セット」
No054UC:完全解析 対象の詳細な情報を取得できる。
ID:30021
名称:紫電一閃
レア度:SR
耐久値:100/100
迷宮により作り出された刀と鞘。謎の素材で作られている。
------------------
スキル1:天剣絶刀
スキル1:形状復元
------------------
天剣絶刀(表) 居合時のみ発動するスキル。居合時に剣速、切れ味を大幅に向上する。
天剣絶刀(裏) 鞘と柄に同時に手を触れた状態で「天剣絶刀」のコマンドで発動する。コマンド発動後、この刀による最初の抜刀術にのみ効果が発生する。使用者の生命力を削って放つ神速の抜刀術はあらゆるものを切り裂く。
形状復元 刀身を鞘に治めると、次第に刀身の状態を正常に戻していく。収めた時の刀身の状態により回復にかかる時間が変わる。最長12時間で例え折れていても完全に復元可能。
なんかすごいのきた。というかヤバすぎだろ!! なんでこんなぶっ飛んだ物が露天で格安で売ってんの!? っていうかこれ迷宮が作ってんのかよ!! ますます迷宮というものが分からなくなってきた。それよりもこの刀の能力は……。折れても勝手に治る自動回復付きの鞘に居合時のみとはいえスキル付き。命を削ってあらゆるものを切り裂くとか中二病も真っ青な性能だ。しかし、後の先が得意なドクにはうってつけの武器だろう。というかもう専用武器といってもいいくらい相性がいいはずだ。とりあえず一般的には役に立たない物という認識なので、値切りまくって金貨3枚で購入した。それでも300万か。ドクはかなり渋っていたようだが、実際の能力を目の当たりにしたら、これでもとんでもない破格だと納得するだろう。
ホクホク顔で刀を眺めていると、向こうからハンターというよりは盗賊としか思えないような、顔の傷のある茶髪の男が声をかけてきた。
「そいつらはあんたの奴隷かい?」
「そうだが?」
「ずいぶんと綺麗な奴隷だな。奴隷なのに随分と着飾ってやがる。どうだ? 俺に譲らないか? 言い値で買うぞ?」
「断る」
フェリア達をじっとりと見つめる細目に嫌悪感を感じ即座に断る。まぁ結局どんなやつでも断るんだけど。
「まぁそういわずに」
「断る」
「だから」
「断る」
まさに取りつく島もないとはこのことだろう。こちらは気力と魔力を展開してすでに戦闘態勢である。この刀の実験に丁度いい。手を出してきたら2秒で殺せるだろう。俺は柄に手をかけて相手の動きを待った。
「しょうがねえか。まぁ確かにこれだけ手をかけてんなら、譲りたくない気持ちもわかるがね。でも俺は狙ったものは絶対諦めねえんだ。その女達は絶対手に入れるぜ」
そう言って怯えて俺の後ろに隠れるアイリとフェリアを見ながら男は去って行った。随分とあっさりと引いたようだが、諦めないと言った以上また来るだろう。その時に今と同じような買収をコツコツと続けるのならまだいい。だがあの男の目の奥に潜む暗い感情が、そんな面倒なことはしないと語っていた。懐柔策がダメなら恐らく強行手段。安易に考えるならそんなところだろう。果たしてそれがいつどこでになるか。早ければ今晩とかにでも来そうなものだが。
「キッドさん……」
「大丈夫、俺が護るから」
「はい!」
「ご主人様を信じていますから」
「信じるってのは相手が目の前に居る時よりも居ない時の方が難しい。俺がそこに居なくても俺を信じられるか?」
そう問う俺に対し、2人は同時に「もちろんです」と自信満々に答えてくれた。ならば期待に応えなければならない。俺の全力を持って2人を守ろう。
◆
「てめえ、ヴィー!! どこほっつき歩いてやがった!! 金持ってねえんだから勝手にうろつくんじゃねえ!!」
「あぁウルティオさん起きたんですか。どこも何も貴方がいつまでたっても起きないから一人で情報収集してたんですよ」
「あぁ? 情報も何も森にいってなんとか言う奴を連れてこいって命令だけだろ?」
「……はぁ、貴方は悩みが無さそうでいいですね」
「何だとコラ?」
「良いですか? 今までずっと虫を使っての通信だったのが急に手紙、しかも諜報部を使っての連絡になったんですよ? 何かあったと思うべきでしょう。しかもこの命令も不可解なことが多い。十中八九このナポレオンという人物が虫通信を使えなくなった原因と考えるべきです」
「それと情報収集とどう関係あるんだ?」
「手紙には森の中にいるとのことでしたが、相手は鎧姿で顔も分からないそうです。どこから来たのかはわかりませんが、リグザールから来たのだとしたらこの町を通っている可能性が高い。そしてそんな目立つ格好でうろついていたら目撃情報があるかもしれませんからね。だからこうして情報を集めているのですよ」
そういってヴィーは相棒の馬鹿さにため息をついた。急遽本国から送られてきた指令。本来なら自分1人で行うはずだったものが、何を間違ったか脳筋の馬鹿が一緒についてきてしまった。暇だからという理由でだ。任務の方は大丈夫なのかと聞くと、しばらくは何も問題ないとの事だったので、使える手足は多い方がいいとついてくるのを了承した結果がこれだ。馬鹿とは話すだけで疲れるので放っておいて1人で来れば良かったと、ヴィーは心底後悔した。
「なるほどなぁ。でも顔もわからんやつをどうやって捕まえるんだ?」
「それが出来ないから情報を集めてるんでしょうが」
そもそも緊急の手紙で陛下より送られた指令が無茶苦茶だった。ナポレオンと呼ばれる男を捉えて連れてこい。顔もわからない、情報は東の森に居たことと全身銀色の鎧姿ということだけだ。はっきり言って無茶である。夏に鎧姿なんて確かに目立つだろう。しかし、いつも着ているとは限らないのだ。鎧を脱がれた時点でほぼ見つけることは不可能である。脱ぐとしたら宿等にとまるときだろうと判断し、この町に入る前に見つけようとこの町を見張っているが、今のところそのような人物は来ていない。ひょっとしたらこの町に来ない可能性も考えられるが、王都に行くとしたらまずこの町を通るはずである。シグザレストに向かっているとしたらお手上げだ。しかし、あの森にいたということは、何かしらの目的があってあの森を目指したと考えられる。ならばオークションの街シャルクとここ迷宮都市シルギスの二つの街を見張るのが最も遭遇の可能性が高いはずだ。すでにシャルクには手のものを何人か向かわせている。魔獣がうろつく広大な森をやみくもに探すよりはよほどいい。
しかし、森にいたといっても森のどこに居たとまでは聞いていない。出口付近なのか、はたまた奥地なのか。入ったばかりなのか、もう出ようとしていたのか。詳しい情報が何もない以上、そんな状態で顔も知らない人物を見つけろというのははっきり言って無謀極まりない。だが命令である以上出来ませんでは通用しない。ならば現在考えられる出来る限りのことするしかない。
「ふう」
ヴィーは命令を受けて以来、何度目になるか分からないため息をつく。仮に相手が森の奥深くにいたとしたら、出てくるまでに相当の期間がかかるはずだ。さすがにその期間を何もせずに街で過ごし、その挙句見つかりませんでしたなんて報告が出来るわけがない。かといって森に入ったら今度は連絡そのものが取れなくなる。どうにもならないジレンマを感じつつ、ヴィーは再びため息をついた。
「どうした、ため息ばっかりついて」
「貴方はいいですね。こっちは無茶にも程がある命令で気が滅入っているというのに」
「こっちだって順調ってわけじゃねえよ。剣王とやりあえるっていうから態々こんな獣臭い国まで来たってのによ。いざ来てみたらもう居ないっていうし、闘技場じゃ雑魚ばかりだし、全くやってらんねえよ」
それを聞いてヴィーは少し焦る。何せヴィー本人も知らなかったこととはいえ、剣王を奴隷に落としたのは自分の作りだした毒が原因なのだから。確かに自作自演用の毒と解毒薬を作ったが、まさか剣王をはめる為だったとは思ってもみなかったのだ。ましてその剣王の勧誘命令が出ている等夢にも思わず、後になって知った時には剣王はすでに王都にはいなかった為、もうどうする事も出来なかった。幸い自分が関与したことはばれてはいないようだが……。
「んなことより一体いつまでここにいりゃいいんだ? 暇だから迷宮入っちまっていい?」
「ダメですよ。迷宮なんか入ったら貴方出てこないでしょ。それより顔も知らない鎧の人を探す方法でも考えて下さいよ」
「んなの見つかるわけねえだろ」
バッサリと切り捨てられたが、ヴィーも実際は全く同感な為強くは言えないのだった。再びため息をつこうとしたその瞬間、2人は一瞬で体勢を整え、戦闘態勢を取る。
「2人共随分と鈍ってんじゃねえか?」
2人に気配を感じさせずに接近し、急に殺気を放った人物に2人は嫌悪感を現すと共に、戦闘態勢を解除して安堵の息を吐く。
「ヴラークさん来てたんですか」
「てめえ! 脅かすんじゃねえ!!」
久しぶりに会う自分達と同じ竜騎団の仲間の姿に、2人は警戒心を解いた。
「さっき着いたばかりだ。ヴィーの手伝いをしろってことで急遽呼ばれたんだが、指令の内容何にも聞かされてねえんだよ。こんな急に何だってんだ一体。しかも通信じゃなくて伝令だったし。伝令なんてあまりに久しぶり過ぎて、伝えにきたやつ間違って殺しちまうとこだったぜ」
いつもなら光の妖精を使った通信で直接将軍と連絡を取る。それが急に連絡要員による直接の連絡に切り替われば誰でも驚く。なにせ妖精通信の方が手紙等より遥かに安全かつ確実に情報を伝えることができるからだ。直接指令を出す人物とやり取りができるということは、偽の情報等入る余地もなければ、伝達前に情報を奪われる心配もない。その妖精通信が無くなったことから推測すると、何か緊急事態が起こったのだと容易に想像がつく。そうした中で発せられた指令といえば、それに関係のある事案なのは明らかだ。
「確かに最近はずっと虫での通信ばかりでしたからね。それよりヴラークさんも一緒に対策を考えて下さいよ」
ヴィーから聞かされた指令の内容にヴラークは眉をしかめた。まさか殺しでなく人探しに呼ばれるとは思ってもみなかったのだ。
「あーなんで俺呼ばれたんだ? そいつを殺せって命令ならわかるが、俺の能力だと万が一そいつを捕獲出来たとしても狂っちまうぞ?」
そう言われヴィーは確かにと頷く。自分は食らったことはないが、彼の能力を食らった人間の殆どが気がふれてしまっていると聞く。捕獲して連れて行くにしてもさすがに気がふれた相手を連れていくのは問題だろう。どちらにしろ相手を見つけることが出来てからの話であるが。
「何にせよ、まずは相手を見つけないと」
「探すのはお前に任せる。見つかったら呼んでくれ」
「ちょっとヴラークさん!!」
「ここに来る途中いい女を見つけたんだよ。後ついでに化け物もな」
そう言いながら手を振り、振り返らずにヴラークは立ち去って行った。
「じゃあ俺も、もうひと眠りしてくっから。後は任せた」
そう言ってウルティオもさっさと行ってしまった。確かに街に入る人間を見張るだけなら、私達が直接見張る必要もないのだが……。
「どうしよう」
一人残されたヴィーの呟きは誰に聞かれることもなく、雑踏の中へと消えていった。
◆
あやしい男と遭遇してから2時間。俺達は未だに商店街にいた。昼食をはさんだとはいえ、この女性陣の底なしの体力は一体なんなのだろう。コウは早々に疲れてしまったようで、今は俺におんぶされて寝ている。
「ドク」
「なんだい?」
「奥さんもこんな感じ?」
「大体似たようなもんだ」
ただの買い物に付き合っているだけで、何故か都市落としとの戦闘より疲れているのは何かの間違いであってほしいと願う。基本的に女性陣は見るだけで欲しがらなかったが、見て回るだけでも相当体力を消耗する。それが何時間にもなるとさすがにきついものがある。しかし、この街の商店を見ようと言いだしたのはそもそも俺なので文句は付けられない。大人しく女性陣が満足するまで付き合い、服などを色々と購入した。事前にドクに取ってもらった宿に向かう頃には、もう日が暮れ始めていた。
「ちょっとお!! やっと見つけたわよ!!」
そう言って俺の頭にキラキラ光る何かが降りてきた。
「ん? 羽む……ファムじゃないか。どうしたんだこんなところで?」
「今羽虫って言おうとしたでしょ!? 絶対そうでしょ!!」
「どうでもいいだろそんなこと。それよりどうしたんだって聞いてんの」
「そんなことって何よ!! ……まぁいいわ。何でここに居るのかって? ふふんっ!! 良く聞きなさい!! 女王様の言いつけで貴方の力になりなさいって言われたのよ。私としてはそんな面倒なこと嫌だったんだけど女王様の命令じゃ仕方ないからね。本当は嫌だったんだけどね!!」
「なら帰れ」
そう言って無視して歩こうとすると、ファムは髪の毛を引っ張ってくる。
「ちょっと待ちなさいよ!! 女王様の命令なんだから仕方ないじゃない!!」
必死に髪を引っ張るファムに辟易としつつ、そのまま空中のファムを引きずるように宿へと向かった。ファムを初めてみたリナとレナがやたらと興奮していたが、その隣にいたメリルを見たファムは一瞬動きを止めた後、悲鳴をあげてすぐに姿を消してしまった。以前殺されそうになったことがトラウマになっているのだろう。俺達はそんなファムを無視して宿へと入っていく。
「ドク」
「ああ」
ドクとミルは気づいていたであろう、俺達を見ている者の存在。ただ珍しく見ているのではなく、明らかに様子を窺っている者がいた。離れていたのでどんなやつかまではわからなかったがさっきのやつか? 宿を突きとめて夜襲ってくるなんて定番だな。とりあえずシロの護りを突破できるか見物だ。一応警戒はしておくとしよう。