53:ヘリコプターと鋼殻竜
「なんでお前がここにいるんだ? っていうかなんでそんなボロボロになってるんだよ」
俺は目の前にいる大柄の男、青狼族四天王最強『青の腕』レアンに尋ねた。
「ここにいるのは、俺を倒したお前さんについて行こうと思ったからだ。それで村を出たのはいいんだが、この村に向かう途中、青狼族の村に向かう子鬼族の群れと会ってな。それを殲滅してたらこんな感じだ」
がっはっはとレアンは豪快に笑う。子鬼族といえば、羽虫がなんか言おうとしてたような……。ああ、結局聞きそびれてたんだった。確かなんかのアイテムを使って操ろうしたら、逆に襲われて逃げてたっていってたよな。つまりその暴走したやつらが青狼族を襲いに行ったという訳か。
「で、青狼族の村は大丈夫なのか?」
「無事も何も村に行く前に全部蹴散らしたから、多分誰も子鬼族が来たことすら知らないだろうぜ」
そういえばこいつはやたら強いんだった。あの戦闘力があれば、確かにゴブリンの100匹や1000匹相手にならないだろう。つまりボロボロなのは服だけということか。
「で、俺についてくるって何がしたいんだ?」
「何言ってるんだ? 負けた以上、俺が子分になるにきまってるだろ?」
「えーと誰だったか、たしかヴォル……ク? だったかに確か俺より先に負けてたんじゃなかったか?」
「来る前にヴォルクと戦ったが、お前のほうが強かった。村を出て行くのは、渋っていたが了承してくれた」
何してんのこいつ? こいつの頭の中では負けイコール子分ということになってるのか? ヴォルクに勝ったんならそのままリーダーにでもなんでもなればいいだろうに。あーでも脳みそまで筋肉のこいつにリーダーは無理か。
「俺は子分なんていらんのだが」
「そんなこというなよボス!! 俺は役に立つぜ!!」
こんな脳筋をどうしろと……いや、まてよ? そういえばコウに狼族固有の戦い方を教える教師が欲しいなぁと思っていた所だ。こいつなら強さは申し分ないし、コウの師匠を1人増やすか。子分はいらんがまぁコウの将来の為だから仕方ない。
「分かった。子分にしてやるかわりに、コウに狼族の戦い方を教えろ」
「そんなことならお安いご用だぜ!! これからよろしくなっボス!!」
新たに脳筋の大男が仲間に加わった。しかし、誘拐された子供達はすべて送り届けたので、この旅におけるひとまずの目標は達成した。この後の予定としてはまず十六夜の為に鋼殻竜の角を手に入れる。次に宿に残っている金髪親子をおっちゃんの村まで送り届ける。おっと、その前にドクを王都へ届けないとな。それなりに時間も経っているから大急ぎで予定を消化して行くか。
とりあえず門番に話をしてレアンを通してもらい、そのままレアンを連れてフェリアの家に戻る。何故か図々しくレアンも一緒に朝食をご馳走になっていた。食後、すぐに出発することを告げると、フェリアのご両親はもう少しゆっくりしていけばと残念がるが、十六夜の件と置いてきた仲間のことをいうと渋々と納得してくれた。
ウィルやフェリアの家族に見送られ、俺達は銀狼族の村を後にした。ちなみに昨日ぶちのめしたウィルの兄は見送りには現れなかった。どうやらまだショックで寝込んでいるらしい。コウはウィルと何やら約束でもしているようで、お互い拳をぶつけ合っていた。幼いながらも男なんだなと妙に関心した。なんかすでに親心が芽生えているようだ。
フェリアは妹のファリム、そして両親と涙ながらに御別れをしている。こんな世界だからもう2度と会えない可能性が高いと思われているのだろう。俺としては少なくとも年に1回は戻って挨拶でもしようとおもっているのだが……。一応、すぐに戻れるように村の入口に転移陣を作成しておいた。
No305C:転移設置 転移陣を設置することができる。転移陣に名称をセットする必要がある。別の転移陣と同じ名称はセットできない。このカードは転移位置を設定するだけで移動はできない。移動するにはNo306C:転移移動のカードが必要。
名前は銀狼村でいいだろう。ほんとは金虎族の村にも付けたかったが、現状の手持ちはこれが最後の転移設置なのでこちらにセットしておいた。まぁ金虎村はここから近いしな。
出発した後、村を南下して大きく開けている場所に出る。そこで皆を離しておいて俺はカードを使うことにした。
「326セット」
No326C 回転翼機:魔力で動作するヘリを作成する。カード発動から3時間経過すると機体は消滅する。
すると目の前に巨大なヘリコプターが現れた。プロペラが前後2つにある、たしかタンデムローターだったか? 所々微妙に違う気もするが、たしか自衛隊が扱ってた気がする大型のやつだ。
ちなみにこのカードを使ったのは実験的な意味合いがあり、ヘリを作成しても俺自身が運転できないのでこのカード意味がないのでは? と思ったからだ。使えないカードなら餌として使えるから、その見極めの為でもある。
俺は目の前に現れた巨大なヘリに乗り込み操縦席に座る。操縦桿もあるが、なぜかUSBのように下からコードがついた、とても見慣れたとある物が一緒に置かれていた。
「なんでこんなものが……まさかこれでも操縦できんの!?」
俺の目の前にあったのはプレステのコントローラーだった。ヘリのコクピットには機器とディスプレイがあり、そのディスプレイにヘルプ画面があった。タッチパネル式のようで、ヘルプを押すと操縦方法が色々と出ているが、プレステコントローラー用の操縦方法も乗っていた。Rボタンで飛ぶのかこれ……。なんだかやるせない気持ちになったが、むしろ慣れ親しんだ操作なので逆に安心できるのがへんな感じだ。
ヘルプを良く見るとオート離陸、オート着陸、オートパイロットとオート尽くしの機能まである。これ操縦する必要ないんじゃ……そんなことも思ったが、とりあえず実験で飛ばせてみることにした。
皆に離れるように言うが、元々離れている上に皆驚いて固まったままのようだった。俺は徐に始動ボタンを押してエンジンをかける。キュンキュンという高い音がし出し、プロペラが徐々に高速回転しだす。キーは特にいらないようだ。オート離陸ボタンを押すと垂直にヘリは上昇した。
横方向に動かすと同じ場所に着陸できない可能性が高いので、そのままオート着陸で降りた。これなら何とか行けそうだと仲間たちを見ると、皆呆然として固まっていた。
「だ、だだだだだ旦那!! こっこここれは一体なんなんだ!?」
ドクが一番先に、我に返って質問してきた。
「ヘリコプターっていってな。俺の世界の乗り物だ。見ての通り自由に空を飛べる。これがあればどこだろうとひとっ飛びだ。さあみんな乗った乗った」
そうして固まっている皆を促してヘリに乗せる。最後に背負子ごと、十六夜を乗せて準備完了。ヘリは離陸して空高く飛び上がった。
「すげえ!! 本当に空飛んでるよこれ!!」
「すごい……木があんな小さく……」
「すごいすごい!! 見て見てっアイリ姉ちゃん、フェリア姉ちゃん!! あんなに遠くが見える!!」
「えー? 何コウちゃん、聞こえないよー?」
「遠くが見えるね!!」
「ああ!! うん、すごいねー!!」
コウとドク、そしてミルが大興奮で窓の外を見ている。コウに促されアイリとフェリアも窓の外を見てコウに相槌をうつ。ローターの音で聞こえにくそうだが。メリルは頭を抱えている。おそらく「ありえませんわ……」とでも言っているのだろう。
意外だったのがレアンで座席に捕まり外を見ないようにして震えている。高所恐怖症のようだ。まぁこの世界で高所なんてほとんど行くようなこともないから無理もないだろう。むしろ他の子達が全く怯える様子がない方がおかしい気がする。俺が常識外のことばっかりやってきたせいか、変にそのあたりに慣れてしまったのだろうか。だとしたら少し反省する必要があるかもしれない。
「それじゃ出発するぞ」
そう言って時計を見て時間を確認しつつ、俺達は金髪美人親子の待つオークションの街へと飛び立った。
◆
「1か月近くかけて移動したのが、ほんの一瞬で……旦那の非常識はずっとみてきたけど、今回はとびきりだぜ」
「うぅ、地面がこんなにありがたいなんて思わなかった。もう乗らんぞ!!」
ドクが呆れ、レアンが嘆く。コウは大はしゃぎでメリルは未だに頭を抱えていた。カード効果は3時間と記述があったが、結局2時間もしないうちに街の近くの上空まで到着した。あれだけ時間をかけた山道も森も空からだとあっという間だった。このカードがあればおっちゃんの村にだってひとっ飛びな気がする……。でも預けてあるあの馬車にもスレイとプニルにも愛着がある。余程急いでいる時以外は、極力移動は馬車を使おう。今現在の目標を達成したら、特に急ぐ目標もない。のんびり馬車の旅も乙なものだろう。
そんなことを思いつつ、街の人間に気がつかれないよう、約1km程離れた場所に着陸した。まだ時間は残っているがヘリは消しておいた。見つかって騒動になっても面倒だからだ。
そのまま徒歩で街へと移動を開始する。本当ならたしか金髪美人の薬師さんの村が南にあるらしいので、そこまで飛んでいっても良かったのだが、さすがに残り1時間を切った状態で村まで行き、さらに鋼殻竜を見つけて倒すというのは難易度が高すぎる。そうなると帰りの足が無くなってしまうのでそれは断念した。
とりあえずコウ達には面倒を避けるために以前と同じ飾りの首輪を渡しておく。効果のないただの飾りの首輪だが、それでも奴隷と勘違いしてくれるだろう。本当はもう付けないでおこうとおもったのだが、この町は特に差別が酷そうなので念には念を入れておく。レアンには合うサイズのものがなかったので首輪はしていない。
その後20分程で街へと到着すると、ドクに案内されて金髪親子のいる宿へと向かった。移動中、理由は分からないが何やら街が騒がしかった。
宿に着くと親子は元気な姿を見せてくれた。どうやら何事もなかったようだ。お釣りを渡されそうになったが、何か使うこともあるだろうとそのまま金髪美人の母親に持たせておいた。そして皆で以前と同じ高級宿へと一泊してから南の街へ出発することにした。
翌日、朝早くから馬屋に赴き馬車を返してもらう。それと同時にもう1台馬車を購入する。今度のは普通のやつだが、レアンを乗せるやつなのでやや大きめにしてもらった。といっても、俺達が乗っている特注品の大きさよりは小さいのだが。
その後、朝市で食料品を買い込み、新たに購入した馬車と鞄に積み込む。今度はそんなに時間をかけない予定だが薬師さんの街、リブルに行った後にはこの町には戻らずに直接王都へと向かう予定だ。途中あるという迷宮都市にも興味はあるが、今はドクを家族の元へと返すのが先だ。迷宮はその気になればいつでもいけるからな。準備も整い出発をしようとしたが、相変わらずドクは酔っ払っており、それに加えて今回はレアンも加わって酔っ払いが2人になっていた。その2人を新しい馬車の荷台に突っ込み、俺が御者をすることとなった。俺達の馬車の方はミルが御者をする。本当は自分の馬車の羽毛布団でゆっくりと寝て行きたかったのだが……こいつらは夜通し番をさせてやろう。その後、馬車で半日程すすんだ所に村があり、更にそこから半日進んだところで、目的の村、リブルに到着した。ついたときにはもう夕方過ぎだったので、村には入らずその外で野宿をすることにした。この村出身の薬師に聞いたところ、この村には宿と呼べるような場所は一軒しかなく、しかもこの人数が泊まれるような大きさではないと言われたのが主な理由だ。
翌日、ルナ親子と一緒に村に入ると、ルナ親子は村人から怪訝な目で見られていた。遠巻きに耳打ちする者や、あからさまに避けている者等、どうやら貴族に目をつけられた親子にかかわって、とばっちりを受けるのを避けたいようだ。
「胸を張って歩けばいい。君達は何も間違ったことはしてないんだから」
「……うん!」
「わかった!!」
俺がそう言うと俯いていた双子、リナとレナは元気に返事をし、申し訳なさそうにしていた母親のルナも少しだけ微笑んだ。
「あの時のままだわ」
自宅であった場所に戻り、中に入ってルナが一言呟いた。着の身着のままで何も持たずに親子共々連れ去られたので、住居兼お店としていた場所は、連れ去られた当時と何も変わることなくそこにあった。俺としてはてっきり店の物はすべて村人に持っていかれていると思っていたのだが、貴族が関わっているのでそのあたりは躊躇われたのかもしれない。その後、衣類や少々の蓄え、そして薬各種等使えそうなものはすべて持ち出し、新しい馬車に積み込んだ。思い入れのあるらしい、タンスとちゃぶ台のような机もどうせ馬車も空いてるからと一緒に積んでおいた。ちなみに運ぶのはレアンにやらせた。
結局、ルナ親子に近寄ってくるような人達はおらず、子供達ですらよってこなかった。というより子供はすぐに親達に家に戻されていたようだ。知り合いや友達にちゃんと御別れをいうこともできずに、ルナ親子は悲しそうだったが「自分達がこれ以上いると迷惑がかかる」と言うとすぐに馬車に戻って行った。別にこの子達は何も悪いことをしていないというのに……理不尽な世の中だ。リナとレナは極力明るく振る舞っており、荷物を運ぶレアンの腕にぶら下がったりとおてんばぶりを発揮していたが、それが母親を心配させないようにしている空元気なのはバレバレで、少し見ていて切なかった。せめて新しい場所では、この娘達が本当に笑って過ごせるようにしたい所だ。
その後、すぐに村を出発した。行き先は村からさらに馬車で1日程南下した所にある草原だ。鋼殻竜はその草原に住んでいるらしい。鋼殻竜は縄張り意識が強く、その縄張りに入った者は問答無用で蹴散らすそうだ。しかし、他の草食動物なんかは蹴散らされない所をみると、顔見知りは大丈夫なのか? なんて思ってしまう。とりあえず馬単体で走っていても問題ないが、人が乗っていると襲ってくる。馬車は論外で間違いなく襲われる。なので馬車では現場まで近寄らず、ある程度離れた場所に馬車は置いて行き、そこからは徒歩で鋼殻竜を捜索することになりそうだ。一応念のため俺とレアン、ドクの3人だけで探しに行く予定。本来なら女性陣とコウは街や村に宿泊してもらっていても良かったんだが、皆ついてくると言ってきかなかったのでこうなった。まぁルナ親子は荷物を取りに来るという目的があり、他の娘達は仮奴隷の姿のため、護衛抜きで宿泊させるのは不安だったので今となっては良かったと思う。草原に行くまでの道中、なぜかルナ親子が新しい方の馬車に来ており、レアンと親しげだった。最初は荷物があるからかと思っていたがどうやら違うらしい。双子も何故か異様にレアンに懐いている。こんな厳つい男に何故? とおもったら、どうやら亡くなった父親に似ているらしい。おっちゃんといい、この世界は熊のような厳つい男がもてるのだろうか。双子をあやしつつ、美人のルナに喋りかけられてしどろもどろになっているレアンを見ると、リア充死ねというよりは、厳ついお父さんの一家団欒というほのぼのとした図しか思い浮かばなかった。戦いに明け暮れていたレアンには新鮮なんだろう。なんかいい雰囲気なので俺は御者をドクにまかせ、自分の馬車に戻ることにした。羽毛布団でのんびり寝転んでいるとアイリとフェリアが交互に膝枕をしてくれた。なにこのハーレム、幸せすぎて明日死ぬんじゃないかと本気で悩んだ。いつもならメリルに呆れた目を向けられるのだが、今日のメリルは杖に頬ずりしたりして自分の世界に入っている。
そう言えばすでに杖という目標を達成したメリルが、なぜずっと同行しているか理由を尋ねると
「貴方といると退屈しませんから、しばらくついていきますわ」
とのことだった。遺跡かなんかの調査はいいのかと聞くと、それはいつでも出来る。貴方の非常識さを研究するほうがよっぽど面白そうと褒めているのか貶しているのか分からないことを言われた。ちなみに金髪の双子、リナとレナに魔法の才能があるらしく、メリルに認められて今ではコウと一緒に魔法の弟子となっている。教えるメリルも満更ではないようで、今では意気込んで3人に英才教育を施している。一体どんな風に育つのか今から楽しみだ。
草原のある程度手前でキャンプを張り、アイリに結界を張ってもらう。本当ならアイリに鋼殻竜を探知してもらいながら行ければ楽なのだが、万が一を考えてここで待っていてもらうことにした。万が一とは、俺達が居ない間にキャンプが襲われる可能性とアイリを連れて行って俺達が鋼殻竜からアイリを守れない可能性の2つだ。アイリには結界があるため、ここに居れば他のメンバーが魔物に襲われるのも防ぐことが出来る。そのため両方の可能性を防ぐためにここに残ってもらうのがいいと判断した。鋼殻竜の場所については俺のサーチカードを使えば何とかなるだろうとの考えもある。そんなこともあり、男3人で鋼殻竜探しに向かうこととなった。
「あり得ねえ、あり得ねえ、全くあり得ねえ」
「いい加減煩いドク。諦めろ」
「諦められねえよ!! 俺には女房子供がいるんだ!! まだ死にたくねえよ!!」
「大丈夫、大丈夫。きっと何とかなるさ」
「ならねえよ!! 鋼殻竜だぞ!? あんな化物をたった3人でなんて……あり得ねえよ!! あぁエミリア済まない、もう会えないかもしれん」
「がっはっは、ドク、男なら覚悟を決めんかい。鋼殻竜か、世の中には強そうなやつがいるらしいなぁ。わくわくしてきたぞ」
「ドクは別に戦う必要はないから。やるのは俺とレアンだから安心しろ」
「だったらなんで俺連れてきたんだよ!! 俺は嬢ちゃん達の護衛で残るって言ってたじゃねえか!!」
「だって、それ言ったらお前来ないかと思って。大体俺もレアンも鋼殻竜見たことないから、姿知ってるのお前だけなんだよ」
「……はぁ、本当頼むぜ旦那。俺は絶対戦わないからな? 鋼殻竜はうちが解散する原因にもなったんだ……できることならもう2度と会いたくない」
「解散ってお前がハンターしてたときのクランか?」
「ああ、『吹き抜ける風』っていったら、ちょっとは名のしれたチームだったんだぜ。それが鋼殻竜から逃げる。ただそれだけのことをするだけで、2人再起不能にされたんだ」
『吹き抜ける風』はドクを含め6人のクランだったそうだ。前衛3人、後衛3人でバランスのとれたチームだったらしい。それが以前、話に出てきた迷宮で鋼殻竜に遭遇した。初めはそれが何なのか分からなかった。遠くで大人しく草を食べているので、草原なんかによくいる草食竜かと思ったそうだ。しかし、こちらを発見するや否や、それは猛然とこちらに走って襲いかかってきた。
思わず反撃するも剣も魔法も全く効かず、前衛で盾を持っていた戦士が攻撃を受け止め、そして一撃で跳ね飛ばされた。何事もなかったかのようにパーティーを突き抜けていったそれは、ある程度進んだ後、再び折り返してまた突進してきた。
そこでパーティーの魔導師のうち、1人が鋼殻竜ではないかと気づくが時既に遅く、もはや完全に敵として認識されていた。防御の低い後衛を先に逃して撤退を計るも、おおよそ人の力では時間を稼ぐのすら難しかった。最初に蹴散らされた戦士と無事だったもう1人の戦士が2人がかりで囮となり、後衛を逃がした後、ドクが一瞬の隙をついて魔光弾と呼ばれるアイテムで目を眩ませ、なんとか傷ついた戦士2人を運び全員逃げ切ることに成功した。
「最初からその魔光弾? とやらを使えばよかったんじゃないか?」
「早すぎてとても無理だったんだよ。それに効くかどうかも分からないし、最後の1つだったからな。慎重に成らざるを得なかったんだよ」
結局、目眩ましが効いたのはほんの少しの間だけで、その後に襲ってきた鋼殻竜にフォローに来た後衛の1人、弓使いが足をやられていた。魔導師のフォローもあったが、逃げ切れたのは偶然にも縄張りの外へと出ることができたからであった。
結局、時間を稼いでくれた戦士と弓使いはそれぞれ背中と足をやられ、もう2度と戦うどころか立ち上がることすら難しくなった。それを最後に『吹き抜ける風』は解散。ドクは魔導師の1人と結婚し、後のメンバーは自分と一緒に騎士団に入ったり、故郷に帰ったりとそれぞれの道を歩んでいるそうだ。
「あれは人の手でどうこうできる類のものじゃない」
そう言ってドクはいつになく真剣な目をこちらに向けていた。
「そうは言っても十六夜と約束しちまったからな。まぁダメそうならその時は考えるよ」
カードが効くかどうかは分からないが、カード効果が期待できればどうとでもなる気がする。とりあえず安全対策は考えてある。
「頼むぜ旦那。旦那とレアンなら大丈夫だと思うが、もう俺はあんな思いをするのはいやなんだ」
あのドクがここまで弱気になるとは……そこまでヤバいのか。なんかちょっと不安になってきた。そんな若干の不安を抱えながら草原を歩くこと1時間、鋼殻竜らしき生物を見つけた。カードも使わずに随分と呆気なく見つかった。らしきというのは、まだ鋼殻竜かどうか確定出来ない距離だからだ。そういえばキャンプ用品に小型の双眼鏡があった気がする。鞄からリュックを取り出し探してみるとやはり入っていた。それをドクに渡して覗かせる。
「うお! なんだこりゃ!? すげえでっかく見えるぞ!!」
「で、どうなんだ?」
「……ああ、鋼殻竜だ。迷宮であったやつより小さめだけど間違いない」
俺も確認する。……どこかで見たことがある。どうみてもトリケラトプスだった。まさか作りものでない、動いている実物を目にするとは思ってもみなかった。ただし、俺の知っている恐竜とは違い、真っ白な鋼鉄の鎧のような甲殻だ。日差しが当たって非常にまぶしい。とりあえず目標は発見出来たので、俺はドクに少し離れるようにいって、そのままドクに対してカードを使用する。
「199セット」
No199C 空間隔離:対象を中心とした半径5mの球形の空間を隔離する。10分間隔離空間の外から中へ、中から外への干渉はできない。
「ドク、そこから動くなよ」
俺はそう言って石を拾ってドクに向かってゆっくりと放り投げた。石はドクのかなり手前で消滅して遥か後方に落ちた。
「え?」
ドクは何が何だか分からず、落ちた石を見ている。どうやらこれは空間を曲げてこの場所をなかったかのようにしているようだ。つまり半径5メートルの結界なので、石は10メートル程ワープしたことになる。これなら襲われても大丈夫だろう。
「じゃあ、まずはレアン行くか?」
「おおよ!! 任せてくれボス!!」
レアンは何故か俺をボスと呼ぶ。群れの長という認識なのだろう。鋼殻竜までまだ300メートル以上は離れている。幸いにもこちらが風下なのでまだ気がつかれていないようだ。いや、単にまだ縄張りの外なのかもしれないが。だだっ広い草原だが、所々大きな木がある。しかし、不幸なことにこの場には見当たらない。よって隠れる場所がないため、発見された場合逃げることが困難である。今のカードの豊富さなら大丈夫だとは思うが、万が一は考えておくべきだ。
狩りに赴く獣のように、レアンはその大柄な姿に似合わず、音も立てずに高速に鋼殻竜に接近する。その距離100メートルを切っただろう時、鋼殻竜は草を食べるのをやめてすぐに顔をこちらへと向けた。鋼殻竜は目ざとくこちらを発見すると、やや甲高い咆哮をあげる。衝撃波でも発生するかのような、凄まじい咆哮にさすがのレアンも足が止まる。咆哮が終わると鋼殻竜の白い体にオレンジ色の模様が浮かび上がった。如何にも戦闘モードという感じだ。鋼殻竜はそのまま闘牛のように前足を何回かその場で引っ掻いた後、凄まじい勢いでレアンに向かい突進していった。レアンはそれを真っ向から受け止め……られずにそのまま跳ね飛ばされて天高く舞い上がった。上空でなんか叫び声が聞こえるが、こちらとしてもそれにかまっている暇はない。鋼殻竜のターゲットがどうやらこちらに移ったようで、突進した後、そのまま俺めがけて絶賛全力疾走中だからだ。どんどん加速してくる鋼殻竜を俺は真正面から相対し、その拳を額目掛けて放った。
爆発音にも似た衝撃が走り、辺りの砂が巻きあげられる。その数瞬後、俺は吹き飛ばされていた。錐揉み状に飛ばされつつ、手と足で地面を掴みながら勢いを止める。そのまま地面を削りながらなんとか止まった時には、接触地点から100メートル程離れていた。すぐに追撃を警戒して体勢を立て直すも鋼殻竜はこちらを見ておらず、ドクの方へと向かっていた。しかし、ドクに攻撃が当たることはなく、鋼殻竜は素通りを繰り返している。ドクの方は寿命が縮む思いだろう。さすがにあの質量の突進は、究極奥義を持ってしても受け止めるのは難しい。肉弾戦は諦めよう。そう思った矢先、いくらドクに突っ込んでも当たらない鋼殻竜は激怒したかのように再び咆哮をあげる。同時に体の模様がオレンジから真っ赤に変化した。なんかやばい! そう思った俺はドクに一生懸命になってる鋼殻竜にすぐに近寄りカードを使った。
「146セット」
No146C 意識不明:対象を気絶させる。
するとターゲットスコープのようなものが現れた。運よく停止している鋼殻竜にターゲットを合わせて念じると、鋼殻竜はその場でたたらを踏み、そしてズシンという音と共にその場に倒れこんで動かなくなった。非常に危なかった。事前にテストしておくべきだったと後悔しつつ、でも1枚しかないから練習出来なかったとすぐに開き直った。このカードは非常に強力だが、素早く動く相手に使うのは難しそうだ。そういえば即死カードも同じような感じだった気がする……あの時はピンチで無我夢中だったからよくわからなかったが。
「な、なにやったんだ旦那?」
「魔法みたいなもんだ。確認するからそこを動くな」
万が一を考えて結界は解かないでおく。そして追加でカードを使用する。
「318セット」
No318C 生体保存:状態保存用ナイフを作成する。対象はナイフが刺さった瞬間の体の状態を記憶する。ナイフにダメージはなく、ナイフは刺さった瞬間に消滅する。対象は10秒毎にナイフを刺した時点の状態に戻る。効果時間は1分。生物にしか効果はない。
俺はナイフを鋼殻竜に突き刺した。鋼殻竜は起きることもなく、ナイフはすぐに消えた。そしてさらにカードを使う。
「332セット」
No332C 万能短剣:どんな物でも切断できるナイフを作り出す。一定時間でナイフは消滅する。
そのナイフで鋼殻竜の角を切断する。かなり硬いはずなのに、まるで豆腐でも切るかのように何の抵抗もなくサクっとナイフが入り、あっという間に左右の角2本と、鼻の頭にある角1本を切断した。一瞬の後、切断した角はそのままに再び鋼殻竜の体には角が生えていた。それを3回ほど繰り返し9本の角を手に入れた。
「ボス、殺しちまったのか?」
角を切っていると吹き飛ばされたはずのレアンが戻ってきていた。あれだけ派手に吹き飛ばされてもほとんど無傷な辺りさすがと言えるだろう。
「いや、気絶してるだけだ。元々殺すつもりはないよ。角だけ手に入れて帰るから、お前ら早くその角持って逃げろ」
そういって俺はドクの結界を解除する。
「旦那はどうするんだ?」
「一緒に逃げるにきまってんだろ! 急げよ」
そう言って俺達は1人3本の角を持って一目散に逃げ出した。幸いにも鋼殻竜は起きることがなかった。後ろを警戒しつつ、何とかアイリ達のいる馬車まで戻ってくることが出来た。一応保険カードはいくつか準備していたが、使わずに済んでなによりだ。
「お帰りなさいキッドさん。それが鋼殻竜の角ですか?」
出迎えてくれたフェリアに角を見せる。すると馬車から物凄い勢いで誰かが飛び出してきた。
「あっ主殿!! ま、まさかそれが……」
夕方になったので起きたのであろう十六夜は、震える手で角を手にする。
「ああ、お前が望んだものだ。苦労してとってきたぞ。ドク達にも礼を言っておけ」
「あ、ありがとうございます!! これで姫様も……」
そう言って十六夜は涙を流して土下座した。溢れる涙が止まらない。嬉しくて流れる涙ならいくら流しても気持ちのいいものだ。
「おいおい、俺ら2人何にもしてねえだろ。全部旦那が1人でやってたじゃねえか」
「そうだな。俺なんか吹っ飛ばされただけだぞ」
「2人共、十分作戦通りだったぞ」
「作戦?」
「ああ、まずは相手の行動を見るためにレアンをつっかける。その後、攻撃が通じないドクを囮にしてる間に、俺が相手を無効化する。完璧だったろ?」
「……俺、何にも聞いてないんだが?」
「俺もだ」
「そりゃそうだな。言ってないし」
「言えよ!!」
「言ってくれよ!!」
本当は一人でどうとでもなったけど、まぁ人数多い方が標的が増え、その分俺がカードを使う時間が出来るので連れて行ったのだ。一応、安全が確保出来そうになかったら2人は置いていくつもりだったが。ちなみにレアンは強い奴と戦いたいといって、自分からついてきたので文句を言われる筋合いはない。
とりあえず角はどう使うのか薬師であるルナに聞くと、粉末状に削って飲むということらしい。ルナも扱ったことはなかったが、一応知識としては知っているようだ。角は結構大きいので、1本を残して、他は鞄と俺の収納に入れておいた。残した1本をルナに削ってもらったが、金属のやすりのような道具で削るも、硬すぎて中々削れなかった。かなりの重労働なのでレアンにやらせておいた。削った粉末は、以前コンビニで買った栄養ドリンクの空き瓶にどんどん詰めていった。とりあえず10本分詰めた所でそれを革の袋に入れて十六夜に渡す。
「これを持っていけ。何かあったら、しばらくは王都に居ると思うから連絡してこい」
「主殿……何から何までありがとうございます。このご恩は一生忘れません!!」
「お礼はその姫様とやらが、助かってからにしろ。それでこの後どうする? お前の村まで送って行った方がいいか?」
「いえ、すぐに仲間に連絡をしたいと思います。できれば仲間が来るまで主殿の旅にご一緒させて頂きたく思います」
「ああ、別にかまわんよ。どうせお前日中寝てるだけだしな」
「くっ!? 申し訳ありません!!」
「いっつも夜番してくれてるからなんの問題もないよ。それでどうやって連絡するんだ?」
「はい、闇魔法を使います」
闇の妖精族は夜中限定で光の妖精族のように通信魔法が使えるらしい。ひょっとして光の妖精族は日中しか使えないのか? 今となっては確認できないが。夜限定ではあるが、相手が女王と眷族という光の妖精族のような縛りはなく、その魔法が使える一族の誰とでも通話が可能という。ただし、映像は送ることができないし、光の妖精族のようにそれを利用してのワープは出来ないそうだ。そんなものなくても、遠距離で自由に通話できるだけで十分ぶっ飛んだ魔法と思うのだが。ただし、遠距離の場合かなり魔力の高い魔石を使用するらしく、頻繁に使うことは出来ないようだ。奴隷になった十六夜がどうしてそんな高価な魔石を取り上げられていないのかと疑問に思ったが、長い黒髪に魔法で隠していたそうだ。
十六夜は髪の毛からオレンジ色に輝く小さな魔石を取り出した。この魔石は魔物から取れる魔石と違い、自然に森で取れたものらしい。なんでも魔石は魔物が体内でつくるものと、自然の魔力が集まっている場所で、長い時間をかけて魔力が結晶化してつくられる物があるそうだ。自然にできた魔石は純度が高く、非常に珍しい物だとはドクの話だ。そもそもそんな魔力が集まる場所は魔物や魔獣の宝庫になっていることが多く、普通近づくことなんてできない。しかし、闇の妖精族の村の近くには、安全で尚且つ自然の魔石が大量に取れる場所があるらしく、闇の妖精族は成人したらその魔石をとってくるのだそうだ。強欲なやつにばれたらいっきに攻められる可能性が高い。俺は十六夜に通信魔法や魔石のことは他種族には絶対言ってはならないと釘を刺しつつ、ドク達他の仲間にも言わないよう念を押しておいた。闇の妖精族は光の妖精族と同じく戦略的価値が高い。折角助けてもそれが原因で一族が全滅してたら助ける意味がないからな。
「ちょっとまって」
俺はそう言って十六夜を制止し、鞄から自身で作り出した魔石、通称シロご飯を差し出した。
「これを使ってみてくれるか?」
自然が作り出した魔石がいけるなら、俺の作りだした人工魔石が使えるかもしれない。俺の魔石が代わりになるかどうかのテストも兼ねて試してもらうことにした。結果は大成功で十六夜は普通に通信出来た。ただし他から見ると、独り言を言ってるだけにしかみえなかった。俺は携帯で電話している人を良く見ていたから問題ないが、他の人には不思議な光景に映ったかもしれない。
「明日の明け方までに迎えが来るそうです」
「随分と早いな。一体移動手段は何使ってるんだ?」
「一族で飼育している大鳥を使っています。2人くらいなら普通に乗れるくらい大きい鳥で、日中でも夜間でも変わらず飛ぶことができます」
どうやら闇の妖精族は航空移動手段を持っているようだ。ただし、あまり数はいないらしく普通は緊急時のみしか使用できないとのこと。それでも遠距離通信手段と高速移動手段を持つ闇の妖精族は戦えば相当強いのではないだろうか。今は大人しくしているみたいだが、怒らせて戦争にでもなったら随分と脅威になると思う。まぁ人口がどれくらいいるかわからないけど。
「それで迎えはこの場所が分かるのか?」
「はい。通信魔法を使った相手の大体の位置はわかりますから」
どうやら闇魔法はGPS完備らしい。とりあえずここで待てばいいようなので、ここで野営することにした。
夜になり皆が寝静まる頃、俺はカードを引くために起きると、嬉しそうに微笑む十六夜が目に入った。いつも何かを悩んだような表情をして、常に暗い感じが抜けなかった十六夜が初めて明るい表情を見せたことに驚いた。ずっと姫様とやらを心配していたので無理もないか。まだ助かったとは言えないが、全く明るい先が見えなかった絶望の果てに、漸く見えた明るい未来。喜ぶなという方が酷だろう。俺はそのまま起きて明け方まで十六夜とゆっくりと話をすることにした。闇の妖精族に日本人が関係しているのは濃厚なようで、食事に箸を使っていたり、食事の際に頂きますとご馳走さまという文化があるらしい。そういえば十六夜も言ってた!? あまりに普通に溶け込んでて全く気がつかなかった。あまりに慣れ親しんだ文化のせいで全く違和感を感じなかったよ……。むしろ食べる前に祈りを捧げるおっちゃんの家に違和感を感じてた程だ。
そんなことを話をしているとあっという間に明け方近くになり、空が薄らと明るくなり始めた。そして闇に染まった静かな草原にひと吹きの風が吹いたかと思うと一際大きなものが近づいてくる気配を感じた。シロが真っ先に反応したので何かが来たのはすぐに分かった。羽音を殆どさせず、静かに降りてくるその大きな影は、鷹をそのまま巨大化したような鳥だった。
「十六夜!!」
「影炎!!」
鳥から黒髪の一人の男が降りてきた。黒髪だが耳が長いので妖精族ということがすぐにわかる。そしてご多分にもれずイケメンだ。
「角は!?」
「ここにある」
「本物か? 一体どうやって手に入れたんた? 未だに一族の誰も手に入れるどころか、その存在すら掴むことが出来ないっていうのに」
「ここにおられる主殿のお陰だ」
「主殿? お前それは一体どういう」
「色々と話したいこともあるが、まずは姫様にこれを届けるのが先だ」
「あ、ああ。分かった。そこの人族、よくはわからんが礼を言っておく。姫様が助かったらまた改めてお礼に窺わせてもらおう。十六夜乗れ!!」
「それでは主殿、お元気で!! フェリアやアイリ達にもよろしくお伝えください」
「ああ、わかった。お前も元気でな」
俺とシロに見送られ、十六夜達を乗せた大きな鳥は、暁の空へと飛び立っていった。
「行っちまったか。随分と慌ただしいこって」
「起きてたのか」
「昨日疲れすぎて寝たのが早かったからな」
十六夜達が居なくなると同時に、ドクがむっくりと起き上がった。外で寝たのは俺を含めてドクとレアンの3人で、起きていたのは十六夜だけだったが、レアンは未だに夢の中のようだ。
「それで次はどこに行くんだい旦那?」
「お前を送り届けに王都だな」
「おっ!? いいのかい?」
「良く知らんから王都を案内してくれよ」
「まかせとけっって。これでも王都じゃちょっとした顔だったんだぜ」
「とりあえず早く帰って嫁と娘を安心させてやることだな」
「ああ、心配してるだろうしな。あぁ早く会いてえなぁ」
そういってしみじみと呟くドクはいつになく優しく、そして悲しい笑顔だった。