52:狼族
翌朝、目を覚ますと体に妙な違和感を感じた。何かと思ったら昨日変身したままだった。兜は視界の妨げにはならないが、食事の際にはさすがに邪魔だったので、持ちあげてみると普通に外すことができたが、寝る時に虫がきたらいやなので被って寝たのだ。ほぼ密封された状態に近いのに、なぜ息が苦しくならないのか不思議だ。しかし、なんでもありなこの世界、いや俺のカードのことを考えても仕方がないので、気を取り直して今日の分のカードを引くことにした。もちろん鎧を消してからだ。
「……なんだこれ」
また新カードが出た。結構引いてるはずなのに、未だに新規カードがどんどん出てくるあたり、一体どれくらいの種類があるんだろうか。そんな疑問を思いつつも出たカードについて考える。これはすぐに使っても問題ないだろう。そう思い、新規に出たカードを一枚使ってみることにした。
「317セット」
No317C:週刊新聞 術者の居る国の情報が新聞となって現れる。同じ国で再度使用した場合、使用から7日経過するまで、新聞の内容は同じになる。
現れたのはいわゆる普通の新聞だった。元々日本の新聞は偏向が酷いのでほとんど読んでいなかったし、ネットのほうが情報が早く正確なためにとってすらいなかった。この国の新聞はどうかと記事タイトルをさらっと読んでみる。どうやら日本語のようで安心した。しかし、よく考えたらこの世界に新聞なんて存在していない可能性もあるな。今まで一度もみたことないし、情報を扱うプロのあいつも読んでなかったしな。
「さて、何が書いてあるのかな。えーとなになに……」
『フラウダートル宰相、帝国諜報員と密談?』
「大スキャンダルじゃねえか!!」
一面トップにでかでかと男2人が会談している様子がカラー写真にて掲載されている。一体どこから撮ったのだろうというくらい、鮮明かつ真近で撮影されていた。大スクープにも程がある。記事の内容はというと、この国の宰相が、隠れて帝国の男とちょくちょくあっているという話だ。オープン外交ではなく密談なのか。やばい匂いしかしない……。とりあえず俺にはどうしようもないし、この記事が事実かどうかもわからないのでスルーしておこう。気を取り直して次の記事を読む。
『剣王ドクトゥスまさかの奴隷に!?』
「記事になってんぞドク!?」
まさか一面ではないにしろ、社会面に出てくる程の有名人だったのか……。いや、まさかこの新聞で言う所の芸能面なのか? とりあえず新聞に出る程のやつなのはわかった。剣王とか、あいつ結構有名なんだな。記事を読み進めると娘を助けるために奴隷になったとある。あいつの言ってたことと一致するな。この新聞の情報ソースが知りたい。
その後も新聞を読み進めていくと、光の妖精族が森に移り住んだことや、ラトロー奴隷商会で白金貨の紛失事件があったこと。青狼族の村の孤闘の儀で人族が優勝したなんてことが書かれていた。なんだろう、全部俺が関わってる気がしないでもない。最後のはニュースになるようなことなのかこれ……。よっぽどニュースがないのか、それとも俺に関するものだけ記事になっているのか。俺に関するものだけだとしたら最初の宰相の記事が説明がつかない。俺は宰相の顔も知らなければ、もちろん会ったことすらないのだから。こうして記事で読んで初めてその存在を知ったくらいだ。なので記事になるようなことがあまりなかったとみるべきか。一通り新聞に目を通した後、俺は鞄に新聞をしまう。4コマ漫画やテレビ欄がなかったのは残念だったが、久々に触れる懐かしい文化に若干の嬉しさを感じた。それがたとえこの世界のニュースであってもだ。
俺は朝食を作りながらカードを整理していた。さすがに多くなってきたので収納するものと、常に携帯しておくものをきっちりと整理しておく必要が出てきたからだ。誰も居ない今なら何の憂いもなく仕訳することができる。俺は味噌汁を煮込みながらカードを咄嗟に必要になるものと、それ以外に分けた。どちらにいくか微妙なものは感性に従って分けることにした。まぁいうなれば勘だ。カードを心の赴くままに分けた後、味噌汁に硬いパンをつけて食べ、金虎族の村へと出発する。味噌汁はまだ少し濃かったが、それでも昨日の夜よりはマシな出来だった。
昼前に金虎族の村へ着くと、門の所にリンが来ていた。態々出迎えに来てくれたのかと思ったが、到着時間なんか分からないだろうし、恐らく偶然だろう。そのままマオちゃんの家に案内されてドク達と合流する。マオちゃんの家族と一緒に昼食を摂った後、すぐに出発することにする。村の入り口まで来ると、マオちゃん家族が一家で見送りに来てくれた。
「おじちゃん、また会える?」
「また遊びに来るよ。そうだ、おまじないをかけておこう。295セット」
No295C:救難信号 対象に危険が迫った時に術者に知らせがくる
「これでマオちゃんが危なくなったら分かるからね。マオちゃんがピンチになったらすぐに飛んでくるよ」
滅多なことは起きないとは思うけど、念のためマオちゃんに保険をかけておいた。後は銀狼族の村に座標セットしておけば、すぐに飛んでこれるだろう。俺にされるがままに頭を撫でられ、気持ちよさそうにしているマオちゃんの頭から手を離し、マオちゃんの両親に別れの挨拶する。
「それじゃ失礼します」
「ああ、元気でな。またいつでも遊びにきてくれ」
名残惜しいが、折角両親の許に戻ったマオちゃんを、このまま連れていく訳にもいかない。元気に手を振るマオちゃんに後ろ髪を引かれつつ、俺達は銀狼族の村へと戻ることにした。
「そいえばドク、剣王ってなんだ?」
「あん? なんで旦那がそんなこと知ってるんだ? 剣王ってのは俺が近衛に居たころに呼ばれていた、渾名みたいなもんだ。まぁ一種の称号だな」
「へえ、中二病じゃなかったのか。後、フラウダートルってやつ知ってるか?」
「この国の現宰相だな。まぁ正確には代理だが」
なんでも本当の宰相は別にいるのだが、体調を崩して現在の宰相が代理で政治を行っているのだそうだ。ドク曰く「いけすかない野郎」らしい。亜人差別が酷くなったのも、どうやらその宰相になってからだそうだ。やっぱり何かあるな。
「なんでまた急にそんなことを?」
そう尋ねるドクに新聞を見せる。
「なんだこりゃ? 宰相と……誰だ?」
「帝国の諜報員らしいぞ」
「なんで宰相と帝国のやつが? っていうか綺麗な絵だなこれ。この周りの字はなんて書いてあるんだ?」
どうやら魔法の紙ではないらしく、日本語のままなので読めないらしい。俺は内容を教えてやった。
「胡散臭いとは思っていたが、やっぱりあいつか」
近衛時代に相当いやな思いをしたのか、ドクは酷く恨みの籠った声で呟いた。
「そういえば帝国の皇帝とかいうやつに会ったぞ」
「はあ!? なんで? いつ?」
ドクと同じく目を丸くして驚いているミルとアイリにも、光の妖精族と皇帝について説明をした。
「はあー光の妖精族にはそんな便利な魔法があったのか。そんなぶっとんだ魔法があるなら最近の帝国の強さにも納得がいくぜ」
「それでその世界獣はどうなったのです?」
「逃げたまんまだな。それから現れてない」
「森の守護者に手を出そうとするなんて……」
ミルは怒りで拳を震わせていた。アイリも珍しく怒っているようだ。世界獣は森の守護者とも呼ばれ、この森の守り神として森にすむ者達に信仰されているらしい。離れていたとはいえ、この森で生まれたミルとアイリからすれば、それを殺そうとする等、信じられないことなのだろう。さすがにアイリもこれには切れるのかと思っていたが……。
「森の守護者にお会いできるなんて、さすがはご主人様です!!」
なぜかアイリの好感度がアップした。なぜだろう。そんなやりとりをしつつも移動はスムーズに進み、翌日の夕方、特に何も起こることなく銀狼族の村へと戻ってきた。
◆
村へ到着するとフェリア一家と仲間達が迎えてくれた。十六夜もちょうど起きたようでそれに加わっていた。
「おかえりなさい。マオちゃん達は無事に帰れましたか?」
「ああ、何の問題もなく2人とも家に送り届けたよ」
「それはよかったです。お疲れさまでしたキッドさん」
そういってフェリアが腕を組んでくる。後ろのフェリア父の視線が痛い。視線だけで人が殺せそうだ。
「それはっ!?」
そういって飛び出してきた小さな影が俺が持っていた杖を奪っていった。
「ああっ!! この肌触り、この魔力!! まごうことなき私の杖!!」
俺から杖を奪った小さな影、メリルは自身の杖に頬ずりをしてうっとりしていた。とりあえずあっちの世界に行っているメリルは放っておいて、フェリアの家に行くことにした。
夕食後、フェリア父から話があった。なんでも俺が居ない間に予選が開かれたらしい。予選? と聞くと、なんでもフェリア争奪戦の予選が開かれ、勝ち残った1人が俺と決勝を戦うとのことだ。本来ならフェリアの気持ちが決まっている以上、やる意味等ないのだが、そこは相手が他種族ということで、そんな話にまとまったのだとか。フェリア父はどうするのかと聞くと、その決勝の戦いを見て、結婚の許可を出すかどうか決めるということだった。そういえば帰ってきたとき、村の中央付近に青狼族の村でみたような、リングのようなものが見えた気がしたなぁと思いだした。というわけで、戻ってきたばかりなのに明日はいきなり戦うこととなった。大事な一人娘を差し出す父親の気持ちも分かるので、初めから殺さない程度に全力で行くとしよう。
翌朝、朝練の時に初めてメリルが来た。どうやら俺達が居ない間、コウ達の朝練をみてくれていたらしい。朝練については特に何もいってなかったのに、何気にちゃんと面倒を見てくれるあたり、なんだかんだいっても優しいやつなのだろう。しかし今日はどこか様子がおかしい。溢れ出る笑いが抑えられないかのようににやにやとしている。よっぽど杖が戻ったのが嬉しいのだろう。
結局、朝練はいつも通り近接メインで行い、メリルは1人で魔法の練習らしきことをしていた。後で聞いたところ、杖の感覚を忘れていたので取り戻していたそうだ。朝練が終わりフェリア家に戻り朝食をご馳走になると、すぐにフェリア父に呼ばれ広場に向かうことになった。食後にすぐ戦わせるのはどうかと思うが、まぁ食後の運動ということなのだろう。広場に向かうとすでに人が溢れていた。
「がんばってください!!」
「怪我しないで下さいね」
アイリとフェリアに見送られてリングへと向かおうとすると、何人かがこちらへと向かってきた。どうやら家族連れのようだが、その中にウィルの顔が見える。
「先生!!」
ウィルは俺を見つけると駆け寄ってきた。その後ろからくる人達は恐らくウィルの家族なのだろう。後ろに居る父親以外は面識がないので誰が誰か分からないが。
「あんたがキッドか? ウィルを助けてくれたそうだな。感謝する」
そういって先頭の背が高い男が礼を述べお辞儀をすると、他の家族も一緒にお辞儀をする。
「だが、こればっかりは話が違う。フェリアは俺の嫁にするんだ。お前のような黒髪には渡さん!!」
背の高い銀髪の男はそう言い切った。すると誰かがズボンを引っ張る。うん? と下を見るとウィルが悲しそうな瞳でこちらを見ていた。
「先生……」
「どうしたウィル?」
「シル兄ちゃんを殺さないで」
どうやらこいつはウィルの兄らしい。しかし、なぜ俺が殺すということになっているのか。
「大丈夫。ウィルの大事な家族を殺したりしないよ。ちゃんと手加減するから安心して見てなさい」
そういってウィルの頭を撫でる。しかし、それが癪に障ったのかウィルの兄は激怒した。
「手加減だと!? ウィル!! お前、兄ちゃんよりその黒髪のが強いっていうのか!?」
そう言われてウィルは怯えたように俺の後ろに隠れた。
「そんなことで子供を怒鳴るもんじゃない。やってみれば分かることだろう?」
そう諭したが逆に火に油を注いだように更に悪化してしまった。後ろにいるウィルの他の兄弟達と父親が必死に宥めて漸く収まった。気が短すぎだろうこいつ。
「とにかく、フェリアは俺の嫁になるんだ!! お前なんかにはやらん!!」
「いやです!!」
えっ? と振り返るとフェリアが怒ったような顔でウィルの兄に答えていた。
「私の旦那様はキッドさんだけです。シリウスさんじゃありません」
「フェリア……君はその男に騙されているんだ!! 大丈夫、俺がすぐにそんなやつ倒してやるから!!」
「貴方では無理です。それより怪我をする前にやめた方がいいと思いますよ?」
「俺のことを心配してくれるのかい? ああ、君はなんてやさしいんだ!!」
何か微妙にかみ合わない会話を続けるフェリアとウィルの兄。フェリアは話が通じないと思ったのか、ため息をついてすぐに俺の方へと戻ってきた。「あの人、悪い人じゃないんですけど……本当に人の話を聞かないんです」そういって項垂れたフェリアを可愛いと思い、思わず頭を撫でてしまった。アイリとコウが何故か自分も撫でろといってきたので、結局3人を交互に撫でる羽目になった。
「糞!! いちゃつきやがって!! すぐに後悔させてやるからな!!」
ウィル兄はそう言って立ち去って行った。他の家族は済まなそうにお辞儀をしつつ一緒に戻って行った。ウィルだけは「コウと一緒にみる」ということらしくこちらに残った。
その後、すぐに呼ばれリングでウィル兄と対峙する。審判はフェリア父のようだ。……審判買収されてないよね? その後、フェリア父の「始め!!」の合図と同時にウィル兄は突っ込んできた。青の四天王程早くはないが、それなりにスピードはあるようだ。俺はその攻撃を難なく避ける。次々と繰り出される連続攻撃を、俺は冷静に分析して避け続けていた。
「どうした? 手も足も出ないか?」
そう言って攻撃を続けるウィル兄を、俺は体捌きのみでかわす。重心をぶらさず、正中を保ったまま右に左に避け続ける。
「くっなんであたらねえ!? こうなったら……」
そういって一旦間合いをとったウィル兄は、手に力を込めて銀色に輝く大きな爪を手に纏った。青狼族も使っていたアレだ。
「シリウス!! 爪装術は無しといったはずだぞ?」
「煩い!!」
審判であるフェリア父の言うことも聞かず、ウィル兄は爪を纏って襲いかかってきた。奥義無しで手加減しつつ、どうやって比較的怪我が少なく倒そうかと悩んでいたが、相手がこちらを殺す気なようなので考えを改めた。俺は左手に神気、右手に気力を集めて構える。
「究極奥義だ!!」
観客席に居たコウとウィルが叫んだのが先か、ウィル兄が宙を舞ったのが先か。ウィル兄が襲いかかってきた瞬間、爆発音とともにその体は空へと打ち上げられていた。止めの魔導拳を打ち込んだら死んでしまう可能性もあったので、とりあえず追撃はやめておいた。顎を打ち抜かれて宙へと飛ばされたウィル兄は、そのまま頭から落下して動かなくなった。一応、青の四天王最強のあいつにぶち込んだやつの半分以下の威力に抑え込んであるので大丈夫だろう。……だいじょうぶだよね? 様子を窺うとピクピクと動いているようなので安心した。表立っては殆ど怪我は見えなかったが、内部にダメージを通す技なので念のためだ。
「アイリ」
「はいっ!!」
俺が呼ぶとアイリはすぐに来て、ウィル兄に魔法をかけた。アイリの精霊魔法はいろんな精霊に働きかけるもので、回復から索敵まで精霊が出来ることなら、なんでもござれのぶっ飛んだ魔法なのだ。ある程度制限もあるらしいが。
アイリが魔法をかけるとウィル兄はすぐに気が付いた。そして同時にすっ飛んできた父親にぶん殴られていた。
「この馬鹿たれが!! 決まりごとも守れんですぐに切れるやつが何が結婚だ!! お前なんかに嫁いだらフェリアが不幸になるわ!!」
そう言われてしこたま殴られていた。さすがに父親には逆らえないのか、俯いて殴られ続けて凹んでいるようだ。というか何が起こってるのか分かっていないようだ。
「俺は……負けたのか?」
「これ以上ないくらいの完敗だ馬鹿」
「自分を抑えることができない者にフェリアをやる訳にはいかん。そういう奴はいつかフェリアを泣かせる。自身を抑えきれず相手を殺そうとした者と倒した相手をすぐに気遣って助けた者。どちらがフェリアにふさわしいかは言わずともわかるだろう」
自身の父親とフェリアの父、双方にきつく言われ漸く自分が負けたことを悟ったようだ。しかし、なぜ彼が予選突破してきたのだろうか? 気力を探っても彼より強いやつは他に沢山いる。強さ的にもウィル兄は青の四天王よりも下だろう。考えられるに、フェリアに本気で求婚したい男のみで予選を開き、そしてそこで勝利したのがウィルの兄ということなのではないか? 確かに傍から見たら完全に俺の横恋慕なのでその辺は申し訳なく思う。幼い頃から思っていたとしたら完全な寝とられだ。諦めきれないのもしょうがないだろう。そう考えると少々後味が悪かったが、何にせよ俺の勝利ということで戦いは終わった。
が、戦いも終わってはい、さようならという訳にはいかず、何故かそのまま会場は宴の準備が始められていた。またなんだかんだ理由をつけて騒ぎたいのだろう。青狼族もそんな感じだったし、狼族の共通な習性みたいなものなのかもしれない。結局、その日は村中が夜通し騒いで、それは翌朝まで続いた。ちなみに今回はフェリアのガードにより、俺は飲まされることはなかった。その分食わされたが。
翌朝、死屍累々ともいうべき惨状の村人を背に朝練を行う。ドクとミルは酔っ払ったまま寝ていたので今日は俺と子供達だけだ。そのままいつも通り朝練を行い、朝食に戻ろうとすると村の入り口が何やら騒がしい。様子を見に行ってみると、どこかで見たことのある青い髪の大男が門番に止められていた。
「キッド!!」
「あーたしか四天王最強の……なんだっけ?」
「レアンだよ!! 忘れんなよ!!」
「すまんすまん。俺、人の顔と名前覚えるの苦手なんだ」
何故か青狼族四天王最強の男、レアンがそこに居た。