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ワールドオーダー  作者: 河和時久
パトリア編
52/70

51:世界獣と皇帝

 矢印の指す方向にまっすぐ進むこと1時間、まだ2kmも進めていない。最初はそこまで険しくなかった森がどんどん険しくなり、獣道すらない状態になるのに、そう時間はかからなかった。

 

 目の前にある丘になっている部分に上ると森の遠くまで見ることが出来た。といっても北側には少し先に大きな木があり、それが邪魔してそこから先は見ることが出来ない。が、その左右を見る限りかなり遠くの方まで北は森が続いているようだ。そして東側は……。


 「どうしようかなぁ」


 俺の目の前には大きな岩山が広がっていた。そして矢印はその山の向こう側を指している。上では無く俺と同じ高さを指しているので山の上ではなく向こう側と予想する。しかし、この矢印に高さの概念がなく、距離としても換算されていないという恐ろしい可能性も否定できない。通常なら大変そうだが今の俺の身体能力なら余裕だろうということで、山を登って一直線に向かうことにした。

 

 実際登ってみると足場もしっかりしているし、木も生えていないため邪魔になるものがなく、森を歩くよりも進みやすかった。あっという間に頂上まで到着すると今度は同じように反対側を下る。そのまま飛び降りても恐らく大丈夫だろうが、やはり高い場所は怖いので普通に降りることにした。ただ、かなり大雑把な降り方ではあったが。上から見ると反対側も森が続いている。どうやら大きな森の中に禿げた岩山がポツンと鎮座している形のようだ。

 

 下に到着するとそのまま矢印が差す方向へと足を進めた。1時間ほど足を進めると大きな広場のような場所に出た。そこにはやや大きめの池のような水たまりがあり、そこに鹿のような草食動物が水を飲みに集まっている。広場はその池の何倍も大きく、まるで大きな緑地公園のようだ。ただし、草原のようになっている所は、綺麗に整備された芝生等ではなく、雑草が生い茂っているが。

 

「誰もいない……試すなら今だな!! 変身!!」

 

No254C:変身願望 自身のイメージした鎧を纏うことが出来る。起動から24時間効果は持続する。このカードは腕を交差させた状態で変身のワードでも起動することができる。


 俺は胸の前で腕を交差させて叫んだ。すると俺自身の体から光が溢れだした。一瞬の後、俺は全身を白銀に輝く鎧のような物で身を包んでいた。手足を見る限り西洋風の鎧の様だが、動きを全く阻害することもなく、しかも全く暑くない。夏にも関わらず、空調完備の部屋にいるかのような快適さだ。俺はそのまま池の淵まで歩いた。どうやら光で鹿達はみんな逃げてしまったようだ。誰もいなくなった池を覗き込むと西洋風な鎧の兜が映って見える。顔はやはり体と同じく西洋風の兜のようなもので覆われていた。内側からはその兜は全く見えず、何も被っていないのと同じように見えるので、何かに映さないと自身の外見がわからない。手で触ってみると、確かに兜の感触はある。頭の上に手を伸ばすと触覚のようなブレードアンテナのような角状の物がある。どうやらこの鎧は隊長機仕様のようだ。白狼と呼ばれたシンなんたら仕様ではなく、キッド専用鎧といった所か。背中を触るとマントのような物がついていた。これはかっこいい。俺の厨二心をくすぐる見事な出来だ。非常に気に入った。

 

 俺は鎧姿のままでパンチやらキックやらして動きを確かめつつ、色々とかっこいいポーズを考えていた。しかし、姿見がないとやはりはかどらない。

 

「あんたなにしてんの?」

 

 あーだこーだと一人で悩んでいると上から声がかかった。見上げるとそこには羽虫ことファムが呆れた顔をして飛んでいた。そういえばフェリアの村に行ってから全く姿を見てなかった気がするな。また食べられるからと逃げていたのだろう。

 

「かっこいいポーズの研究をな。それよりよく俺だとわかったな」


「そんなの連れてるのあんたくらいよ」


 ファムはそう言って俺のとなりでじっと伏せているシロを見る。


「それで何か用か? 態々(わざわざ)俺をつけてくるくらいだし、何か用があったんだろ?」

 

「つ、つつつけてなんかないわよ!? た、偶々(たまたま)散歩してたら光ったのが見えたのよ」

 

 随分と挙動不審だが、なにかやましいことでもあるのか? しかし、俺をつけてくる理由がわからない。別段何かしてくるわけでもないので放置していたが、一応警戒はしておこう。本来の目的から逸れてしまったので、俺はメリルの杖を捜すべく矢印の方向へと足を運ぼうとしたその時、足に水がかかった。波もなく、静かな水辺に突如として波が発生していた。池の中央付近を見ると何か巨大な物体が池の中央上空に現れようとしていた。まるで空間に穴が空いたかのように歪んで黒ずんだ穴が出来ており、そこから何かが巨大な物体が徐々に体を出してきている。

 

「き、来たわ!! まさかほんとに来るなんて!!」


 羽虫が何かわからないことを騒いでいる。俺はじっとその物体が現れるのを待った。それは真っ白な姿をしていた。

 

「なんでこんなところに」


 その姿を見れば、思わずそう言葉が零れた俺に誰もが納得するだろう。そこに現れたのは巨大なシロナガスクジラだった。300Mはありそうな巨体が宙に浮いている。「森にかよ!!」と突っ込むべきか、「なんで飛んでるんだよ!!」と突っ込むべきか、もはや突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込んでいいのかわからない。

 

 クジラはゆっくりとこちらに向かって降りてきた。俺は警戒するが、隣のシロが伏せたまま全く動かないので、危険はないと判断する。一応保険はかかってるしな。

 

「あいつよ!! あいつが前言ってた魔物よ!! 早くやっつけちゃって!!」

 

 羽虫がそんなことを言って俺に戦闘を促すが無視する。クジラはゆっくりと降りてきて、俺に触れるかどうかの所で止まった。クジラの大きさから真正面にいる俺の姿は視覚的には見えないはずなんだが……。手を伸ばすと触れることが出来た。クジラはじっとされるがままに俺に撫でられていた。精霊を食べるってのはどういうことなのかと羽虫に尋ねようとしたその時、足元で何かが破裂する音が聞こえた。俺は咄嗟に背後に飛んで構える。すると紫の煙が一瞬出たかと思うと、途端にそれを吸い込んだらしきクジラが苦しみだした。

 

「やっぱりうまくいかないものね。折角あんたに片づけさせようと思ってたのに」


 横を見るとそう言って羽虫が笑っていた。

 

「どういうことだ?」


「どうもこうもないわ。そいつは魔物じゃない、世界獣といって世界樹を守る森の守護者よ。そいつを始末しろって言われてたの。どこにいるかもわからない、そいつを探すのは随分と大変だったけど、やっぱり私の予想通り貴方の近くに現れたわ。やっぱり私ってすごい!!」


 俺はそんな自画自賛をする羽虫にいらつきながらも質問を続ける。

 

「さっきのは毒か?」


「正確には違うけど似たような物よ。体内の魔力を分解して放出するの。魔力で体を構成している世界獣には致死性の猛毒だって言ってたわ。詳しくは知らないけど」


「そうか」


 解毒カードは手持ちにない。不安だが仕方ない、この大人しいクジラを殺すのは忍びないので助けよう。なによりこの羽虫がむかつくからその企みを潰す為だ。

 

「234セット」


 俺はクジラに向けてカードを使う。するとクジラは大人しくなり、そのまま空を泳ぐように池の上空の穴へと消えていった。

 

「あああ!! い、一体何をしたの!?」 

 

 そんな声を上げる羽虫を無視して俺は自身の体の変化を調べる。特に問題はないようだが、確かに体から魔力が抜けている感じがする。ただし俺自身の魔力が多すぎて放出されてはいるが、俺自身に即座に影響が出るほどではないようだ。一応念のため使っておくか。俺は近くにある木に向かってカードを使った。

 

「235セット」 

 

No234C:状態奪取 対象の状態異常を術者に移す。


No235C:状態譲渡 術者の状態異常を対象に移す。

 

 すぐさま俺の体の魔力放出は止まった。ちなみに森にある木は、おっちゃんに聞いたところによると酸素と同じように微量ながら魔力を常に放出しているため、魔力放出状態がついたところで何の問題もないはずだ。キクイムシが大量発生したとかではなく、単に森の木が1本だけ魔力が多めに放出されるくらいなら森になんの影響もないだろう。俺は即座に振りかえり、呆気にとられて動けないでいる羽虫を捕まえた。


「ちょっと!? 何するのよ!!」


「それはこっちの台詞だ羽虫。どういうつもりだ? 返答次第ではこのまま握りつぶすぞ」


 そう言うと羽虫は青い顔をして震えだした。

 

「私だってこんなことやりたくなかったわよ……でも女王様の命令なんだもん」


 話を聞くとどうやら光の妖精族の女王とやらに命令されてのことらしい。命令は世界獣を殺すということ。その際に手駒にするべくゴブリンにとある薬を飲ませ、従わせること。といったのが命令だったが、薬を飲ませたゴブリンは暴走し、周りを従えて自分を襲ってきた。それで逃げ出した先にいたのが俺達だったというわけだ。俺達が青狼族の村に滞在している隙にそのことを報告すると、女王が羽虫に助言してきたらしい。なんでも世界獣は大きな魔力に反応するらしく、膨大な魔力を持つ俺について行けば世界獣が現れると言ってきたらしく、その指示によって俺についてきたようだ。結果その予想は正しく、世界獣は現れた訳だ。

  

「女王はなんでそんな命令をしたんだ?」 


「コーテーとかいう人族につかまってから女王様は変わられてしまったの」


 光の妖精族は人間のいう帝国という場所の森に住んでいたそうだ。所がそこに人間が侵攻してきて、女王を捕まえた。森には人では到底解除ができないような強力な結界が張られていたにも関わらず、それを破って侵攻してきたらしい。なんで態々(わざわざ)光の妖精族を? こんな小さいのが役に立つとは思えないんだが……何か特別な理由があるのだろうか。とりあえず女王はそのコーテーとかいうのに捕まっているということか。コーテーっていうか皇帝か。そういえば以前帝国がどうたらどっかで聞いたような……その関係ってことか? 皇帝と聞いてもナポレオンくらいしか思い浮かばないや。

 

「そんな女王罷免すればいいだろ?」


「光の妖精族は女王様がいないと滅びちゃうの」


 なんでも光の妖精族は女王しか同族を作りだすことができないそうだ。子供というよりは魔力で生み出す分身のようなもので、それは女王が代替わりしても受け継がれていく。代替わりには先代の女王が被る王冠が必要なので勝手に罷免等はできないそうだ。つまり女王さえ捕まえれば、一族すべてを人質に手に入れたも同然というわけだ。

 

「帝国って確か隣の国だろ? どうやって連絡してるんだ?」

 

 通信魔法とかあるのか? それとも伝書鳩のような物が? そう思って聞くと、意外な答えが返ってきた。なんでも光の妖精族はどんなに離れていても女王とその眷族の間で通信が可能らしい。つまり女王さえ手元にいればリアルタイム通信が可能というわけだ。それなら狙われた理由も納得できる。そんな便利なものがあれば軍事利用にうってつけだ。何しろ指令をリアルタイムで遠方に届けることができるのだから。しかも双方向で通信が可能となるとその価値は計り知れない。馬で何日もかけて行っていた指令が一瞬なのだ。軍の連携も取れれば相手の情報についてもすぐに届けることができる。これを利用しない手はないだろう。

 

 この世界で通信手段の有用性にすぐに気付き、しかも光の妖精族に目をつけてそのキーとなる女王を捕まえ、従わせる。その皇帝とやらはかなり出来るやつのようだ。いや、もしくは皇帝に知識を出す第3者がいるかもしれないが。

 

 手の中を見るとファムは項垂れていた。こいつは女王の命令に従っただけらしいから、今回だけは許してやることにしよう。元々始めて会ったとき、シロはゴブリンではなくこいつに対して警戒をしていた。その後も度々警戒するような仕草を感じたことから、何か怪しい匂いでも感じ取っていたのだろう。シロが警戒をしているのが俺に伝染したのか、俺もこいつに不信感を抱いていた。結果はシロの予感が当たったようだ。そろそろ羽虫を離してやるかと思っていると突如目の前の空間が揺らいだ。先程と同じくとっさに身構えて間合いを取る。

 

 頭よりやや上が円形に白く輝いたかと思うと、その円の中に一人の美しい女性が姿を現した。しかしその前には何か鉄格子のような物が見える。。

 

「女王様!! ごめんなさい、失敗しちゃいましたー!!」


 そう言って手の中の羽虫が謝る。どうやらこいつが女王らしい。拡大されているのか映像では人と同じ大きさに見える。実際の大きさは小さいのか?


「そこの者、あなたが邪魔をしたのですか?」


「何を言ってるのかわからないが、邪魔な虫が飛んでいたから捕まえただけだが?」


「誰が虫よこのふぁむううううう!?」


 煩いので羽虫の口を塞ぐ。余計なことは言わせない。


「……そなたは何者です? ファムを離しなさい」


「お前が羽虫の親玉か。虫の分際で俺に命令するなボケ」

 

 その台詞に羽虫の親玉は顔をしかめた。

 

「この私に何という口を……下賤な人族の分際で……」


「それはこっちの台詞だ糞虫が、潰すぞ」


 女王の様子を探るために挑発をしてみることにする。怒りは冷静さを失わせる。相手の状況を知るためにはまず相手の感情を揺さぶるのが手っ取り早い。そのまま売り言葉に買い言葉で罵倒し合っていると、親玉の後ろから声が聞こえた。

 

「くっくっくっ面白い。光の妖精族の女王を羽虫呼ばわりか。面白い男ではないか」


 その声に反応して女王は口をつぐむ。良く見ると女王の後ろに赤と青、そして金をふんだんにつかった派手な服を着た男が、玉座というような大きな椅子に座り、ひじ掛けに肘をつき、頬に手を当てて笑っていた。

 

「貴様は何者だ? 名を名乗るがいい」


「人の名を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀だぜ? 知らないのか金ぴか?」


「貴様!! 陛下に向かってそのような口を!!」


「黙れ」


 派手男の右背後にいる側近らしき男が激昂するが、派手男はすぐにそれをいさめた。

 

「確かにそうだな。非礼を詫びよう。余はグランガスト帝国皇帝、アルベルト・フリードリヒ・ヴィルヘルム・ジークフリート・フォン・グランガストだ」


 名前長いよ!! と思ったがどうせ覚える必要もないから黙っておいた。名乗られた以上こちらも一応返しておくとしよう。まぁ適当に名前を考えて……と思ったけどいいのが思い浮かばないからノリで答えておこう。

 

「ナポレオン・ボナパルト。失われしボナパルト最後の末裔だ!!」


「ボナパルト……聞いたことがないな。お前ら知ってるか?」


 そう言って皇帝は横を向いて誰かに尋ねる。

 

「ボナパルト……いえ、私は存じませんね。名前からするとリグザール出身のような感じは受けますが……」

 

 空中に浮かぶ円形の窓には、質問に答えた人物の姿は見えない。が、声からすると若い男のようだ。

 

「ふむ、お前でも知らぬことがあるのだな。まぁいい、ナポレオンとやら、その姿から察するにかなり上級な騎士のようだが、なぜそのような森にいて、俺の邪魔をする?」


 何を言ってるのかと思ったら、忘れていたが変身したままだった。それで俺を騎士と勘違いしているのだろう。これは非常に運がいい。なぜなら俺の黒髪は恐らくこの世界では非常に目立つからだ。それを隠すことが出来たのは僥倖ぎょうこうと言わざるを得ない。名前なんかも咄嗟に嘘ついたしな。むかつく相手に適当にでたらめを並べていいようにおちょくるのは俺の最も得意とするところだ。

 

「邪魔? 俺が何の邪魔をしたんだ? 俺はただ近くを飛び回る邪魔な虫を捕まえただけなんだが?」


「その妖精族を捕まえたことに他意はないと?」


「この虫が捕まるとそちらの都合が悪いのかね?」


「……その妖精の話では魔力が異常な男がそちらに居ると聞いたのだが……お前のことか?」


「何のことを言ってるのか知らんが、俺は魔法なんて使えんぞ。それにこの虫にはつい今し方、初めて会ったのだが?」


 そう言った後、お互い無言でにらみ合う。

 

「それは本当か?」


「別に信じてもらう必要もない」


「お前には聞いておらん。そこの妖精に聞いておる」


 美味い手だ。羽虫に言わせることにより真実かどうかを見極めようとしている。ここで断ればそれは肯定していることになる。後ろめたさがなければ羽虫にしゃべらせればいいだけなのだから。それをしないということは何かしら理由がある、つまり俺の言ったことが嘘であるという可能性が大幅に増す訳だ。どうするかと悩んで手の中を見るとぐったりとした羽虫が居た。どうやら口を押さえていた為に、息が出来なくて気絶してしまったようだ。

 

「あぁ、すまんが強く握りすぎたようだ。どうやら気を失ってるらしい」


 そう言って俺はぐったりとした羽虫を掲げて見せつけた。

 

「ファム!? おのれ!! 下種な人族めがっ!!」


 そう言って激昂する女王。それに対して俺は冷静にしつつもかなり怒りを募らせていた。冷静になれ、クールだ、クールになるんだ。そうだ!! 丁度いいからカードの実験代にしてやろう。俺は地面に羽虫を下ろし、石ころを拾い上げる。そして女王に向けてカードを使う。

 

「322セット」 


No322C:位置交換 術者が触れている物と対象の位置を交換する。対象は術者から見えていなければならない。


 すると手の中の石が消え、一瞬で女王が俺の手の中に収まった。それと同時に通信していた窓も無くなった。

 

「えっ? えっ!?」


 女王は何が起こったか判らないようでパニックになっている。

 

「羽虫の親玉さんよう、下種な人族の手の中にいる気分はどうだ?」


 俺の言葉に青ざめた顔をして女王が答える。

 

「あ、あなたは先程の……これは一体!?」


「魔法じゃないけど魔法みたいなもんさ。さて、どうする親玉さん。お前のいう下種な人族がお前の命を握ってるぞ?」


 危害を加えるつもりは毛頭ない。ただ、女王の状態を確かめたいので先程の会話の流れでそのまま様子を見ることにしたのだ。洗脳されているのなら皇帝の命令に忠実に従うだろう。洗脳にも種類がある。魔法のような物で操られているのか、はたまた魔道具で操られているのか、それとも技術によって操られているのか……だ。魔法や魔道具ならそれを除外することで洗脳は解けるので、俺にとっては逆にやりやすい。だが問題は技術によって洗脳されている場合だ。あやしい宗教団体なんかが良くやるのだが、会話によって思考を誘導するため、本人は自身の考えと疑うこともせずに完全に洗脳者の意のままにコントロールされてしまう。そうなると解除するのは相当難しい。根気よく論理的矛盾をついて本人に納得させて、思考を元に戻していくしかないのだ。そんなことを思いつつ女王の出方を窺う。


「この度の無礼な態度、誠に申し訳なく思っております。ですが先程言った私の言葉は、決して私の本心ではありません」


 いきなり殊勝な態度になった。本心ではないとはやはり操られていたということなのだろう。しかし、一言一句まで操っていたのでは効率が悪いし大変だ。しゃべっている言葉まで完全に操られていたとは思えない。


「詳しく話してもらえませんか」


 そう言うと女王は悲しげな瞳で語り出した。始りは先程ファムの言った通りだった。捕まった後、女王は皇帝に操られていたらしい。皇帝に近寄られると途端に皇帝の為にすべてを投げうつような気持ちになってしまうのだとか。ただ、近くにいなければ効果を発揮しないらしく、いつもは鳥かごのような物に入れられていたそうだ。あの鉄格子のように見えたのは鳥かごだったようだ。

 

 女王の話では皇帝の近くにいる者はすべて首輪をしていたとのこと。どうやら普通は隷属の首輪をつけられて従わされるようだ。女王は光の妖精族のサイズに合う首輪がなかったために、鳥かご管理となったらしい。

 

 皇帝が離れている間は自分の意識が戻るのだが、脱出することも出来なければ、見張りもいた為にどうすることも出来なかったそうだ。そして操られて何をしていたのかというと、世界各地に妖精族を派遣し、さまざまな通信を行っての情報収集と帝国兵に対する指示を行っていたようだ。世界中で一国だけ軍に携帯テレビ電話標準装備みたいなものだからな。チートにも程がある。

 

「それで皇帝から離れた現在は自由を取り戻しているということか。まぁ話の筋としては通っているな」

 

「あのままでは遅かれ早かれ私達は滅びていたでしょう。どのような方法かは存じませんが、助けて頂いて感謝致します」


「女王様!!」


 そんなことを言ってると地面に倒れていたファムが目を覚ましたようだ。すぐに俺の手の中の女王の元へと飛んできて抱きつこうとする。

 

「ファム、心配をかけましたね」


「女王様ーうわーーん!!」


 ファムは俺の手の中から出ている女王の顔にしがみついて泣いている。手に当たって鬱陶しいので手を広げて女王をその上に乗せる。するとファムは女王に抱きついてしまった。不敬にならないのだろうか。とりあえず操られている感じはしないのでそのまま放っておくことにした。敵対していたとしても操られていたのなら仕方ない。だが、皇帝の狙いが分からない。


「皇帝の目的は判るか? なぜ世界獣を消そうとしたんだ?」


「皇帝は世界獣ではなく、世界獣が守る世界樹が目的のようです」


じゅうとかじゅとか紛らわしいなおい。それでその世界樹ってのはなんだ?」


「この世界を支えていると言われている樹です。その雫はどんな病気も直し、その葉は煎じて飲めばたちどころに若返り、不老になると言われています」


 いわゆるゲーム的な伝説のアイテムか。死者が蘇る訳ではないらしいが……やはり権力を手に入れた者が行きつく先は、金銭で手に入らない不老不死とかそういう物なのは定番だな。

 

「誰か手に入れたことがあるのかそれ?」


「少なくとも私は手に入れたという話を存じません」


 じゃあ本当かどうかすらわからないってことか。まぁどこの世界も不老不死なんてそんな眉唾な話が大半だろうな。でも魔法とかなんでもありなこの世界ならあり得そうで怖い。俺自身は不老不死なんてものには全く興味がないが。

 

「まぁ別に興味ないからいいや。それより光の妖精族はこれからどうするんだ? 故郷とやらに戻ったら十中八九また襲われると思うんだが」

 

「この森は故郷にとてもよく似ていますので、この森にお世話になろうかと思っています」


「帝国のやつら多分すぐここに来ると思うぞ? 何しろ最後に会話してたやつがこの森に居たんだから、まず間違いなくこの森を疑うだろ」

 

「私達、光の妖精族は姿を消すことができますので、結界に人の反応があった時は姿を消せば大丈夫でしょう。以前は結界を過信してそのまま姿を現していましたから……それにこの森は故郷の数十倍は大きいようですから、奥深くに行けば恐らく見つかるようなこともないと思います」


 どうにも能天気というか危機感がない感じがするけど、まぁ俺には関係ないからということで何も言わないことにした。ただ、この森に帝国が兵士を向けるようなことがあれば、森を守るために全力でそいつらを排除することになる。だがいきなり大戦力を他国に侵入させることがそうそう可能とは思えない。しかし、この国は政治の中枢にも帝国の手が入ってる可能性が高い。その辺を考えるといきなり侵略してくる可能性も否めない。今回の場合は威力偵察のような物と考えられる。目的は世界樹の存在の確認といった所か。しかし、世界獣を殺す方法を持っていたりする辺り、世界樹の存在はある程度信じているのか? でなければそんな物騒な物を開発する理由がない。

 

 俺が黙って考えこんでいると女王は突然先程の通信窓のような物を出現させた。するとその中から溢れ出るように羽虫のような妖精達がどんどんこちらになだれ込んできた。どうやら女王は通信だけでなく転移も可能なようだ。なんだこの種族チートすぎる!! と思っていたがどうやら女王が眷族を自分の所へ呼びだすことができるだけで、送り込んだり、物を送ったりはできないそうだ。それでも十分チートだが。

 

 気がついたら数百はいると思われるファムのような妖精に囲まれていた。キラキラ光って非常にまぶしい。良く見るとファムそっくりではなく、多種多様な顔をしている。女王の分身みたいな者と言ってたいたのですべて同じかと思っていたが、別段そうでもないようだ。

 

「ナポレオン様、この度はありがとうございました。このご恩は忘れません」


 そう言って女王はお辞儀をした。随分と礼儀正しい。やはり操られていたというのは本当のようだ。

 

「ナポレオン? 女王様、こいつの名前はキッドですよ?」


「あぁ、そう言えば偽名を名乗っていたのをすっかり忘れていた。そいつの言う通り本当の名前はキッドだ」

 

「まぁ、そうなのですか」


「ああ、でももう会うこともないだろうから名前なんてどうでもいい気もするけど」


「そんなわけには参りません。一族の恩人なのですから。そのお名前は代々一族に伝わることでしょう」


 うおーい!! そんな大層なことになるの!? まぁ特に俺に影響はなさそうだから別にいいか……悪い噂でもないし。

 

「それではキッド様、御機嫌よう」


 そう言って女王は俺の手から飛び立つと輝きながらその姿を消した。それと同時に周りの妖精たちも姿を消し、最後にファムだけが残っていた。

 

「一応、お礼を言っておくわ。女王様を助けてくれてありがとう」


「別にお前のためにやったわけじゃないよ」


「そ、そんなの分かってるわよ!! ばーかばーか!!」


 そう言って怒りながらファムは飛び立ち姿を消した。消える寸前にぼそっと「またね」と聞こえた気がするがきっと気のせいだろう。俺は突然起きたイベントにため息をつきつつ、当初の目的であるメリルの杖を目指して歩き出した。でも何か忘れてる気が……まぁ忘れるようなことだから大したことじゃなだろう。

 

 

 

 日も暮れる頃、漸く矢印との距離がゼロになった。そこには土がかかって薄汚れた杖が落ちていた。俺の背丈程もあるその杖は土で汚れながらも、どこか神秘性を持っており、手に取るとその力を感じ取ることが出来た。しかし、俺に丁度いいくらいの長さだとメリルにとっては大きすぎるのではないか? そんな疑問を思いつつ杖を回収して村へと戻ることにした。しかし、さすがに夜通し走るのも何なので、クジラに出会った広場で一泊することにする。疲れることはないけど、夜中に戻られてもマオちゃんの家が迷惑だろうしな。

 

 久しぶりに一人で食事の用意をする。丁度いいので試しに味噌汁をつくってみることにした。出汁の素を入れ、密封された味噌を開け、適当に放り込む。本来なら分量によって家庭の味が決まってしまう程の重要なファクターだが、生憎と両親がすぐに死んだ俺の家には、そのような家庭の味というのは存在しない。言うなれば祖母が作ってくれた味噌汁が我が家の味なのだろうが、祖母が死んでもう10年以上も経っているため完全に味を忘れてしまっている。だから適当にやるしかないのだ。

 

 味噌を入れた後、インスタントの味噌汁を取り出し、その具だけを入れてみた。だったら最初からインスタントの味噌汁作れよって思うかもしれないが、それでは自身の味を作って振る舞うことが出来ない。だから実験が必要なのだ。

 

 温めた後、器に移して飲んで見ると……。

 

「ぐっ……味噌入れすぎた」


 思わず顔をしかめるほど味が濃かった。しかし薄めても余ってしまうだろう。仕方なくそのまま飲むことにした。やはり味噌汁は硬いパンとは全く合わないものだった。米が食いたい。そんなことを思いつつ俺はシロを枕に今日あったことを考える。

 

 世界獣との出会い、皇帝と呼ばれる男との出会い、光の妖精族の女王との出会い。マオちゃん達の両親との出会いが一瞬でかき消されてしまう程のインパクトだった。幸いにも俺の名前も顔もばれてはいないだろう。ばれると色々と厄介だからそれだけは不幸中の幸いだった。しかし、皇帝と呼ばれていた男……近づいた対象を操るってのは恐らくスキルなのだろう。女王の話を聞く限り恐らく間違いないだろう。だとしたら相当ヤバいスキルだ。何かしらの対策を練っておかないと……。皇帝との戦いが俺にとってのフランス革命になるのか、はたまたワーテルローになるのか……。

 

「でも、できれば関わりたくないなぁ」


 思わずそんな独り言が漏れてしまいながらも、俺は久しぶりに一人でのんびりと地面に寝そべり、夜空を見上げて星空の万古の輝きを眺め続けていた。

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