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ワールドオーダー  作者: 河和時久
パトリア編
51/70

50:トラウマと葛藤

「えいじー」


 誰かが呼ぶ声が聞こえる。ここはどこだ? 俺は何をしているんだ?

 

「えいじー」


 あれは……婆ちゃん? 目の前を流れる川の向こう側で死んだはずの婆ちゃんと爺ちゃんが手を振っている。ということは……俺は死んだのか? 流れる川を見ると結構深そうだが、流れは穏やかだ。

 

「これなら渡れるかな……ぐはっ!?」


 そう言った瞬間に頭に何かが直撃した。1m程後ろに吹っ飛ばされつつ川の向こう側を見ると、婆ちゃんがまるで投球を終えたピッチャーのようなフォームでたたずんでいた。


「あんたがこっちに来るのは50年早いわ!!」


 さっき俺のこと呼んでなかったっけ……そんなことを思っていると頭上が光りだし、俺はそこに吸い込まれていった。川の向こう側を見ると婆ちゃんと爺ちゃんがにこやかに手を振っていた。

 



「婆ちゃん!!」


 気がつくとそこは先程までいたフェリアの家のようだった。どうやらそこで寝ていたようだ。隣でアイリとフェリアが心配そうに見つめている。

 

「良かった!!」


「心配したんですよ」


 辺りを見ると心配そうに俺を見る仲間たちと正座をさせられているフェリア父の姿が。

 

「ごめんなさい、キッドさん。父のせいで……」


 そう言って耳がシュンと垂れて謝るフェリアを見てかわいいと思ってしまったのは内緒だ。俺は何があったかを思い出す。フェリアが俺を見て顔を赤らめたと思った瞬間、フェリア父に首を絞められていた。何が何だか分からないまま落とされたようだ。

 

「ああ、気にしなくていい。大事な娘が変な男連れてきたら、父親なら誰だってああなるよ」 


 俺はそう言って首を押さえる。痣でも残っていそうなほど、首に絞められた感触が残っている。気を失っていた時間はそう長くはなさそうだ。そのちょっとの間に、あの世に行って死んだ爺ちゃん婆ちゃんに会ってきたけど。

 

「それでフェリア、そんな人族の男のどこがいいんだ?」


 正座したままフェリア父が問う。

 

「えっと、優しくて、強くて、とても思いやりがあって……」


 フェリアは顔を真っ赤にしながら頬に手に当てて、体をウネウネと左右に振りながら答えている。

 

「フェリア、強いというのは間違いだ。俺の強さはまがい物だ。俺自身の強さじゃない」


 俺がそう答えるとフェリアだけでなく、その場にいた全員がこちらを不思議そうな顔で見ていた。

 

「旦那、紛い物ってのはどういう意味だい?」


「言葉通りさ、俺の力は俺が努力して手に入れた物じゃあない。こっちの世界に来てから勝手に出来たものだ。確かに気力やら魔力やらの扱いは、自分で努力した結果扱えるようになったけど、元々俺はそんなものがない所から来たんだ」


「魔力や気力がない所?」


「ん~説明すると難しいけど……俺はこの世界の人間じゃない」


「どういうことだ? 言ってる意味がさっぱりわからん」


「さっきも言った通り、俺は気力……はあるのかもしれないが、少なくとも魔力なんてものは存在しない所で住んでたんだ。それがある日突然、玄関の扉を開けたらこっちの世界の森の中に居た。何言ってるか分からないだろ? 安心しろ、俺だって分からない。だけど事実だ」

 

 皆黙って聞いている。恐らく俺が言ったことを自分なりの知識で考えているのだろう。

 

「つまりあなたはこことは違う世界からこちらに来たということですの?」


 あんな説明で簡単に理解するメリルを本気ですげえと思ってしまった。この子ひょっとして本当に天才なのか?

 

「そうなるな。何が理由かも分からないし、誰が呼んだのかもわからないが」


「ひょっとして主殿……キッドというのも本名ではないのですか?」


 恐る恐る十六夜が尋ねてくる。

 

「よくわかったな。俺の本当の名前は城戸英次。英次のほうが名前だ。キッドってのは俺が初めてこの世界で出会ったおっちゃん、2射のロキが俺に付けた名前だ。面倒なんでそのまま名乗ってる」

 

 そう言うと十六夜は体がプルプルと震えながら「まさか……あの話は……」と呟いている。そのまま考え込んでしまったので帰ってくるまで放置することにした。

 

「なるほどね。変わってるとは思ってたけどまさか違う世界から来てたとはね。まぁそれで旦那の何が変わるってものじゃないけど、旦那が色々とおかしい理由がこれで納得できたよ」

 

 そう言ってドクが頭をかきながら笑う。

 

「それで、強さが紛い物というのはどういうことですか?」


「ああ、スキルとか魔力とかそういうものが俺の世界には無かった。それがこの世界に来てから急に、なんだかよくわからないスキルが付いてて、力が強くなったり、魔力が現れたり、不思議な力を使えるようになったりしたんだ。そんなの俺の力じゃないだろ? 俺が強いって訳じゃない、俺に付いたスキルが偶々強かっただけだ。そんなのは本当の強さじゃない。ある日突然このスキルがすべてなくなってもおかしくないんだ。俺自身に生まれつき備わってる才能ってわけでもないだろうしな。そんなのは俺の力じゃない。誰かからの借り物、もしくは紛い物の力だ」


「でもさ、スキルってのは生まれついてのものだ。誰かから付けたり取ったりはできないと思うんだけど。それだったら旦那には元々そのスキルがあって、この世界に来たことによって発現したってことじゃないのか?」


「確かにそうかもしれない、けどそれはこの世界で生まれたっていう条件での話だ。俺にそれは当てはまらない。それに他人からスキルを奪う手段に俺には心当たりがある。だったら逆も可能かもしれない」


「なんだって!? そんなことが……」


 そもそも神様とかそんなやつに呼び出されたとかだったら……スキルとか何でもありの可能性だってある。

 

「しかし、現状あなたのスキルが本当に誰かから渡された物なのか、それを確かめる手段がない以上、あなたのスキルということにするしかありませんわ。それにどんなスキルがあった所で、魔力の操作やら気力の操作やら、あなたが努力をしている姿は私達皆がみていますわ。出自はどうあれ、あなたの今持っている力はあなた自身の力、それでよろしいのではなくて?」 


「ただのスキルがどうとかの問題ならそれでもいいかもしれない。だけど今回はそういう話では済まないだろう?」


「どういうことです?」


 ずっと黙っていたアイリが尋ねる。

 

「スキルってのは遺伝するんだろ? 腐れ貴族が優遇されるくらいに。まず1つ目の問題は、俺が異世界人ってことだ」


「それが?」


「こちらの世界の種族と子供が作れるか分からないってこと」


 そう言うとメリルだけが納得したような顔をした。他の人にも分かるように説明を補足することにする。

 

「つまり、俺はこちらの世界での人族に見えるが、実際には人族とは体の作りが違うかもしれないってことだ」


 こちらの世界の人族と遺伝的に全く違っていれば子供を作ることはできないだろう。そんな者と結婚したら相手が可哀そうだ。


「そして2つ目。子供が出来たと仮定して、俺の持ってるスキルが俺自身のものと分からない以上、それが子供に遺伝するかどうかが分からないってこと」


 強さというものをほぼスキルという概念で表すことができるこの世界において、スキルが絶対に遺伝しないとなればそれは欠陥品に他ならない。

 

「だからフェリア、俺なんかのことを好きで居てくれるのは嬉しいが、俺のことはやめたほうがいい。君のようなかわいい子が、子供ができるかどうかもわからないおっさんに嫁ぐなんてもったいないにも程がある」


「もったいない!? やはり主殿は……」


 十六夜がブツブツと呟く。あれ? もったいないってそのまま通じるのか? 無駄になるとかそういう単語に置き換わってるのかと思ったが。

 

「それに、俺の国には吊り橋効果という言葉がある。人が怖い体験をした時、動悸が激しくなるだろ? 人はそれを恋愛感情の動悸と錯覚して、その場にいた異性を好きになってしまうことがあるんだ。それに人が命の危険に瀕した時には種の保存を優先して子供を作ろうと考えてしまうことがある。この場合も近くにいた異性にその感情が向かってしまう。君達にもこの現象が起きていて、恋愛感情を錯覚している可能性がある」


「そんなことないです!! 確かに助けてもらいましたけど、この思いは錯覚なんかじゃありません!! それにまだ子供ができないって決まったわけじゃないです!! それにスキルなんてどうでもいいです!!」


 俺の疑念を吹き飛ばすかのような大きな声で、まるで叫ぶかのようにフェリアが答えた。スキルどうでもいいのか。

 

「そうです。スキルがあろうとなかろうと、ご主人様はご主人様です。それに私は別に怖い目にあったりしてませんから、錯覚のしようがないですしね」


 それに同調するようにアイリが言う。仲は良いと思っていたが、まさかこんなことでタッグを組んでくるとは想定していなかった。


「だけどスキルがあったからこそ、君達を助けることができた。なければ助けるなんて思いもしなかったはずだ」


 これは間違っていない。スキルがなければまず貴族の屋敷に入ることもなく、入ったとしても脱出することすらできなかったはずだ。それ以前に旅にすらでなかったかもしれない。


「それでもご主人様は私達を助けてくれました。助けてくれた結果が先にあるのであって、もしスキルがなかったらなんていう話は意味がありません」


「まぁそうですわね。たらればの話なんてしたらキリがありませんわ」


 そういって反論するアイリにメリルが賛同する。


「私は力というのは力そのものが重要ではなく、それを使う側の意思が重要だと思うんです。キッドさんはとてもすごい力を持っています。でもその力に溺れることもなく、囚われている私達を助けてくれました。たとえその力が消えてしまったとしても、そんなこと私には何の関係もありません。全くあかの他人である私達をなんの見返りもなく助けることができる。その強い意志と優しさが大好きなんです」


 俺の目をしっかりと見据え、強い意志を宿した瞳でフェリアはしっかりと言い切った。

 

「そうか……ありがとう。俺を好きでいてくれるのは嬉しい。でも俺は今まで女性に散々裏切られてきた。こと恋愛に関しては全く信用していない。フェリアがそんなことしないと分かっていても、それでもいつか裏切るんじゃないか、そう思ってしまう」


「私はそんなことしません!!」


「分かってる、だがこれは理性とは別の感情だから、俺にもどうしようもないんだよ」


「だったらキッドさんが信用してくれるまで、これからもずっと付いていきます」


「え?」


「もちろん私も付いていきますよ、ご主人様」


「アイリまで」


「2人できっとその凍った心を溶かしてみせます!! 覚悟してくださいね旦那様」


 そういってフェリアとアイリは抱きついてきた。

 

「ゆるさーーーーん!! そんな人族なんぞに大事な娘をやれるかああああああ!!」


 興奮したフェリア父が襲ってこようとしたが、立ち上がって俺に襲いかかろうとした所をフェリア母に足を掴まれビターンという音と共に床にたたきつけられた。


「な、何をするんだ!?」


「いいじゃありませんか。フェリアが自分で決めたんですから。それに姉妹そろって殺される所を命がけで助けて頂いた方なんですよ? きっと彼ならフェリアを幸せにしてくれますよ」


「何を言ってるんだ!! そんなの分からないだろ!? それに話を聞くかぎり子供だって出来るかわからないんだろ!? そんなやつに大事な娘をやれるか!!」


「たぶん作れますよ、子供」


「え?」


 興奮するフェリア父の叫びとも呼べる言葉に反応を返したのは、遠い所に行って帰ってこなかったままの十六夜だった。

 

「その根拠は?」


「遥か昔、私達闇の妖精族を従えていた1人の長が、主殿と同じ異世界から来たという伝承があるのです」


 十六夜によると今から1000年以上も昔、黒髪の人族の男がこの地に現れたそうだ。その男は不思議な力を用い、当時闇の妖精族を苦しめていた魔物を殲滅した。そしてその男は闇の妖精族の女性と結婚し、闇の妖精族を治める長となった。それ以来、闇の妖精族の名前は長が使っていた言葉から付けられることが多いという。


「その長の名前は?」


「たしか……はるあきとか」


 はるあき……確かに名前は日本風に聞こえるが……1000年前というとたしか1192いいくに作ろう鎌倉幕府だから1192年より前は、794なくよウグイス平安京で平安時代? いや、こちらと時間の流れが違う可能性もあるから一概には言えないか。現代から送られていった可能性も考えられる。これは時間が出来たら一度十六夜の村にも行ってみるべきか。

 

「その長は結局どうなったんだ?」


「80で亡くなるまで幸せに暮らしていたそうです。もったいないという言葉もその方が仰られていたそうです」

 

 元の世界には戻っていない……か。まぁ俺の場合戻ったところで、守るものもなければ目的もない。ただ、生きるためだけに漠然と働くことになるだろうから、どっちの世界にいようが何の変わりもないだろう。むしろチートな力がある分こちらに居たほうがいいくらいだ。だから帰れないのは何の問題もない。

 

「そうか、しかしその長は異世界の人間かもしれないが、俺と同じ世界とは限らないんじゃないか? たしかに名前の付け方なんかは俺の国と似ているようだし、もったいないって言葉は確かに俺の国の言葉だ。だけどそれだけでは同郷の士と確信が持てないかな」


 地球と似たような世界があるかもしれないし。異世界なんてものがあるなら何でもアリと考えるべきだ。


「だから子供が作れるかどうか分からないし、スキルが遺伝するかどうかも分からない。そんな男に嫁ぐなんてリスクが高すぎる。だから一時の感情で決めるんじゃなく、よく考えたほうがいい」


「そ、そうだぞ、彼の言うとおりだ。もっとよく考えたほうがいい」


 俺の意見にフェリア父が賛同する。しかし理由は俺がダメというのじゃなく、相手がだれでもダメなのだと思うが。そうしていると、意を決したようにフェリアが答えた。

 

「まだ、子供が出来ないと決まったわけじゃありませんし、それに子供が作れるからって他の人と結婚なんてしたらその方に失礼です。子供が出来れば確かにそちらに少しは気持ちが行くかもしれません。でもやっぱり私はあなたのことを一生考えてしまうでしょう。他人を愛する女性と結婚して、その男性は幸せでいられますか?」


 なんでそこまで俺を慕ってくれるのか分からない答えを聞いて困惑する。すると今度はアイリが


「私は元々ご主人様以外と結婚する気はありませんので」


 と、止めをさしてくる。この2人は本気のようだ。なんでこんなむさ苦しい三十路のおっさんをそこまで気に入ったのか。本当に吊り橋効果なのか、それとも刷り込みだろうか。恐らく人類史上最高の謎になるだろう。

 

「君達の気持ちはよくわかった。だけどすぐに結婚なんて無理だし、ここはもう少し時間をかけるべきだと思う。これからしばらく旅を続けるけど、1年間。1年の間一緒に旅をして、それで君達が他に好きな人が出来たり、俺に愛想が尽きたりしたらそこで別れるというのでどうだろう? それでもまだ俺なんかを好きでいてくれたのなら……結婚しよう」


 言ってしまった……結婚を考えようでなくしようと言い切ったのは、本来16で結婚する娘さんを1年も待たせることに対する責任でもある。俺としても2人は嫌いではない。むしろ好きといってもいいだろう。だがどんなに思っていてもどこか拒絶する心がある。俺の中の暗い部分が「付き合う女性はどうせまた裏切る」と叫んでいる。付き合う女性にことごとく裏切られ続けたトラウマが解消されない限り、俺は一歩も先には進めないのだと思う。問題はどうやったらトラウマが解消されるかだが……心の底から相手を信頼する以外にないだろう。しかし、それにはどうしても時間がかかる。一朝一夕では信頼なんて生まれないのだ。

 

 しかし2人も同時に嫁とか問題ないのだろうか? 貴族でもないのに……と思っていたが、ドクによるとどうやらこの世界は獣人族だけではなく人族の間でも一夫多妻は珍しくないことのようだ。でも俺見たことない気がするんだが……。俺が殺したあの貴族以外は。どうやら俺が出会っていないだけで結構そういう人がいるようだ。

 

「ふう、フェリアがそこまで言うのなら……認めてやらんこともない」


「お父さん!!」


「だが!! そいつが強いとはどうしても思えない!! 俺と戦って勝ったら娘をやろう。負けたら潔く諦めろ。フェリアもいいな?」


 なんか父親が急に認めるような意見になった。恐らくさっきから向こうで母親に何か言われ続けていたせいだろう。これわざと負けたらどうなるのかな……なんて思っていると

 

「キッドさん……わざと負けたりしたら私、家出してでもついていきますからね?」


 と、怖い笑顔で釘を刺された。なぜわかる……まぁちょっと考えただけで、実際にやろうなんて思ってもいなかったのだが。

 

「既に尻に敷かれてるみたいだなぁ」


 そう言って笑っているドクの頭に拳骨を落とす。「うぉおおおお」と、頭を押さえて床を転がりまわっているドクを尻目に、分かったよとフェリアの頭を撫でる。耳がピクピクしてかわいいのだが、同時にフェリア父とアイリに睨まれた。特にフェリア父の視線は見ただけで人が殺せるのではないかという殺気が込められていた。

 

「でも戦うのはしばらく待ってもらっていいですか?」


「なぜだ?」


「先にこの子達を村に送って行ってあげたいんです。届けたらまたこの村に戻ってきますので、戦うならその時にお願いします」


 そう言って眠そうにしているマオちゃんの頭を撫でる。


「そうか、確かにその子達の親御さんも心配してるだろう。分かった、君が帰ってくるまで待つとしよう。その間に村の者にも説明しておかないとな」


 そう言ってフェリア父は納得してくれた。しかし説明が何なのか分からないので何のことか聞いてみると、フェリアはどうやら村のかなりの男達に狙われているそうだ。その男達の誰が選ばれるかで、今年に入ってから村は大変な騒ぎだったとか。男達は自らがふさわしいと見せるために、それはもう凄まじいまでの狩猟を見せたらしい。その結果があの差し入れか……。要はそんな状態で種族以外の男にフェリアを持っていかれるなんて、一族の男達の矜持にかかわる問題になるという。何とか説得はしてみるが、あまり期待はしないで欲しいとのこと。本来はフェリアが男を選べば、かなりその男はやっかまれるだろうが、形としてはそれで終わりになるのだが、それが別種族ともなるとそれで納得する男は恐らくいないだろうとのこと。近年は形式的にしか行われていなかった孤闘の儀が、本来の意味で執り行われる可能性が高い。まぁ青狼族の村でやってきたばっかりなんだけどね。


「と、いうことで明日の朝にはリンとマオちゃんを連れて、金虎族の村へ行ってくるから。それまでゆっくり村で寛いでいるといい。何があるか分からないんでドクとミルとアイリは一緒に来てくれるか?」


「了解」


「分かりました」


「分かったよ。痛っつつ、それよりまだ頭、ガンガン響いてんだが……」


 ドクが何か言ってるが無視した。ドクとミルは護衛、アイリは結界と村の探索で必要だ。

 

「すみませんが、私達が戻るまで残ってる子達の面倒をお願いできませんか?」


「ええ、構いませんよ。あなたには一生返せそうもない恩がありますから」


 そう言って優しそうな笑顔でフェリア母が答えてくれた。

 

「先生?」


「俺が戻るまで良い子で待ってるんだぞ。この村にはウィルもいるし、一緒に遊んで待ってるといい。修業はさぼったらだめだぞ?」


 といっても、ドクもミルも俺についてきてしまう以上剣での訓練は素振りくらいしかできない。どうするか……。

 

「そうだメリル」


「なんですの」


「コウとウィルに魔力の使い方を教えてやってくれ」


「なんでこの私が」


「背負ってもらうだけのタダ飯食らいなんだから、それくらいしろ」


「なっ!? ぐぐぐ……分かりましたわ」


 反論しようとしたが事実なのに気がついてやめたようだ。これでウィルとコウはメリルに任せて大丈夫だろう。その日は皆はしゃいだせいか疲れてしまい早めに寝ることになった。

 

 




◆ 




 

 その夜、フェリアの部屋では

 

「だから押し倒しちゃえばいいのよ!!」 


「えっ!?……でも……」

 

「ご主人様の目を見た?」 


「えっ?」


「結婚するって言った時のご主人様の私達を見る目。完全に女を見る目をしていたわ。ずっと旅をしてて初めてのことよ!!」


「そ、そうかしら?」


「そうよ!! だから子供が出来るか試してみたいって既成事実を作りさえすれば、実際子供が出来なくてもご主人様はきっと責任を取って結婚してくれるに違いないわ」

 

「で、でも1年は様子を見るって」


「甘いわフェリア!! おお甘のあまあまちゃんよ!!」


「あまあまちゃんて……」


「いい? ご主人様は強いの。そして優しくてお金を持ってて特別なスキルを持ってる。こんな優良物件、他の女が放っておくと思ってるの? 気付いた女から次々に言い寄ってくるにきまっているわ!!」


「そう……ね……たしかにそれは考えられるわね」


「でしょう? だからここは先手必勝よ!! 幸いにも今ご主人様に一番近い女は私達よ。だからここで先に決めておくのよ!!」


「決めるって一体何を……」


「ふふふ、それはね……」


 なんていう会話が繰り広げられていたのを俺は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 翌朝、いつも通り4時過ぎに目を覚ます。珍しく1人で寝ることができた。最近はいつも寝る時にフェリアやアイリがくっ付いてきていたのだが、今日はいなかったため、久しぶりに寝返りが打てた。本当は寝る時、いつも通りフェリアとアイリがくっ付いてきたのだが、フェリア父の殺気が尋常じゃなかったので、自分の部屋で寝るようにお願いしたのだ。その時、抜け駆けはダメということでアイリも部屋に連れて行かれた。

 

 起きて外に出ると、周りを確認してカードを引く。

 

「おおっ!?」 


 思わず感嘆の声が漏れた。全部新しいカードだ。また2枚被ってるのがあるが。

 

No303C:探物誘導 カード起動時に対象が思い描いている物体の現在地が分かる。現実に存在しない物、生物は探知できない。

 

 これは要は探し物が出来るってことか? ならメリルの杖をこれで探してみるとしようか。効果時間が分からないから途中で切れるかもしれないけど。

 

No295C:救難信号 対象に危険が迫った時に術者に知らせがくる。


 こちらのカードが被りだ。効果時間とかなさそうだがどうだろうか。知らせが来るだけでは肝心な時に間に合わない気もするが……。とりあえずコウに使っておこう。ウィルはまぁ兄弟一杯居そうだから問題ないだろう。後はファリムかマオちゃん辺りか。

 

No056UC:技術封印 対象のスキルを封じる。直前に使用したスキル1つが使用できなくなる。


No136C:栄枯盛衰 対象は10分の間、全盛期の肉体になる。効果終了後、実年齢と変化後の年齢の差×10分の間、動けなくなる。


No299C:魔逆探知 対象となる魔力を辿り、魔力の発生源を見ることができる。



 残りの新カードはこの3つ。56はかなり強力なカードだ。スキルの複数持ちはほとんど居ないらしいこの世界でこれはヤバい。切り札になる能力といってもいいだろう。慎重に使わないとな。もう136のほうは今のところ使い道がないな。俺に使ったら20歳くらいになるんだろうか? で、使ったら10×10で100分動けなくなると。うん、使わないな。とりあえず仕舞っておくことにしよう。299も今のところ使い道がない。用途も思い浮かばないな。なにか探す時か? まぁのんびりと使い道は考えよう。

 

 

 その後、起きてきたコウ達と朝練を行おうとすると、ウィルが向こうから走ってきた。どうやら朝練に加わるようだ。いつも通り全員で朝練を終えて朝食を摂る。昨日の食材がまだまだ沢山残っているために、朝から豪勢な食事だった。

 

 朝食を終えてすぐに俺達は出発することにした。フェリアの行ってらっしゃいがまるで新婚さんのようでなんだか照れた。それを見ていたフェリア父の殺気ですぐに打ち消されたが。

 

「そうだメリル」 


「なんですの?」


 見送りに来ていたメリルにカードを使うことにする。

 

「自分の杖のことを考えてみてくれ」


「杖? いいですが……」


「303セット」


 メリルに向けてカードを使用する。すると俺の視界に薄い赤色で矢印と距離が表示された。矢印は北東の方角を指している。どうやらこれから向かう方にメリルの杖はあるようだ。効果時間がどれくらい持つかは分からないが、とりあえず距離と方向は判ったので、効果が切れてもおおよその場所は判るだろう。そしてすぐに俺達は出発した。

 

 出発後、アイリに探索魔法を使ってもらい、村の大まかな位置を確認しつつ東へと進む。途中崖のようになって進むのが困難な場所もあり、結構大回りをすることになりそうだ。その後、特に魔物等も現れることもなく、銀狼族の村を出てから2日目の昼に漸く村らしきものが見えてきた。リンに聞くとあれが金虎族の村で間違いないそうだ。

 

 村の入り口は砦のようになっており、その上には金髪の男が2人立っていた。2人共体格が良く、青狼族のあいつよりは小さいが、人間から見るとかなり大柄だ。その2人の大男がこちらに向かって威嚇してきた。

 

「誰だ貴様ら」


「この村に何の用だ?」

 

 いきなり攻撃的な雰囲気で話を始めてくる。金虎族は好戦的なのだろうか。そんなことを考えていると俺の後ろからリンとマオちゃんが顔を覗かせた。

 

「リ、リン!?」


「マオも!?」


「ただいま、ガインさん、ワシャクさん」

 

「ただいまにゃ」


「大変だ!! 早くリガスとコーシカに知らせないと!!」


 挨拶も早々に見張りの2人は村の中へと走って行った。2人ともいっちゃまずいと思うんだけど。

 

 しばらくそのまま待っていると大きな門がゆっくりと音を立てて開き、中から大柄な見張りの男たちよりも、さらに一回り大柄な男が飛び出てきた。

 

「マオ!! リン!!」


 大柄な男はそのままリンとマオちゃんを抱きしめ……ようとした所を誰かに突き飛ばされて吹っ飛んで行った。そして2人を抱きしめたのは小柄な金色の髪が美しい猫耳の女性だった。察するに2人の母親だろう。しかし小柄ながらかなりの力を持っているようだ。あの大柄な男を片手で数10Mは吹っ飛ばしたくらいだし。

 

「良かった、無事で……」


 そういって女性は誰憚はばかることもなく大粒の涙を流した。

 

「母さん……心配かけてごめん」

 

 リンはそれに応じるように涙を流す。が、マオちゃんは「苦しいにゃ」と母親の腕をほどこうと必死なようだ。

 

「酷いじゃないかコーシカ、突き飛ばすなんて。で、そいつらはなんだ? 人族がなんでこんなところにいる?」


 娘達が母親と抱き合い、感動の再会をしている時、付きとばさて倒れていた父親がこちらに気づき睨んできた。

 

「おじちゃんに助けてもらったにゃ!!」


「ええ、この方たちに奴隷になる所を助けて頂いたの」


 そう言って2人は俺を紹介してくれたが、父親はそれに納得する様子を見せなかった。

 

「人族が……娘を2人共誑たぶらかしやがって!!」


 うん、すでに話がおかしくなっていた。

 

「死ね!!」


 そう言って父親らしき大柄な男は猛然と襲いかかってきた。問答無用のようだ。俺はすでに臨戦態勢で待ちかまえているので問題ない。そのまま攻撃を避けて神気で迎撃を行う。するとこちらの攻撃も避けられた。かなりの動きだ。あの四天王最速よりは若干遅めだが、動きが直線的でない分こちらのほうが早く感じる。まさに野生の動きといった感じだ。

 

 それから数分の間、お互いの攻撃が全く当たらないという状態が続いた。周りからは「ウソだろ」「人族がリガスと互角に……」なんて聞こえてくる。周りを見ている余裕がないが、最初の頃と違い、周りの気配はかなりの数に上っている。ひょっとして村中の奴が見学しにきているんじゃ……そんなことを思いつつ、俺はこのリガスという男との勝負を続けていた。

 

「くっ!? すばしっこいやつめ、そろそろ俺も本気で行ってやる!!」


 そう言って腕を前に出し、力を込めるとその腕の外側に光る爪のような物が現れた。青狼族のやつも使っていたやつだ。爪の色が違ってこっちは金色に輝いている。しかし、変化はそれだけでは済まなかった。両手ともに爪があり、さらには体中が金色に輝きだしたのだ。

 

「まさかスーパーサイ……いやどっちかっていうとラージャ……」


 思わずそんな呟きが漏れると同時に薄く金色に輝く虎は、猛然と襲いかかってきた。今までよりも更に早く、鋭い攻撃に思わず両手に神気を纏って防御する。

 

「あいつ、本気のリガスの攻撃を受け止めてるぞ」


「あの速さについていけるとは」


「あの青い奴より速いんじゃないかアレ」


 なんてお気楽そうな声が周りから聞こえてくる。最後に聞こえた声は聞きおぼえがあるので後で殴っておこう。高速で動きまわるリガスの攻撃を防ぎ続けるが、このままだと埒が明かない。俺は一気に勝負に出ることにした。

 

「いいものを見せてもらった礼だ。こっちも少しだけ本気で相手してやろう」


 そう言って俺は左手に神気、右手に気力を集めて神気魔闘の構えをとる。その途端、リガスは汗を流して緊張した面持ちになった。どうやらこの構えの恐ろしさを肌で感じ取ったようだ。

 

 実際には時間にしてほんの数秒の間だが、俺とリガスの間には数時間にも感じられる程、緊迫した時間が過ぎる。周りの声も静かで何も聞こえてこない。そしてその時間が永遠にも続くと思われたその瞬間、リガスが凄まじいスピードで突っ込んできた。

 

 俺は予知に近い予測で左右どちらの爪による攻撃かを予測する。そして刹那の時間で攻撃側の腕の方へと体を移動させて前に出ながら攻撃を避けた。右手の攻撃を左に避けることで、相手の体の外側に体を入れる。懐に入らなかったのは、入った瞬間恐らく左手による攻撃が来たからだ。それを相手の攻撃した腕側に避けることにより防ぎつつ、俺はそのまま右手を相手の腹に添えて爆振機雷掌を叩き込む。


 振動が相手を襲い、一瞬相手の動きが硬直する。その隙に相手を浮かそうとするが、位置的にここは顎を狙うのが難しい、仕方ないのでそのまま右の脇に神気爆裂掌を叩き込む。「があっ!!」っという叫び声にも似た声を上げながらリガスの体は浮き上がったが、その瞬間回転しながら左手の爪で攻撃してきた。しかし、すでに予測していた俺は後ろに下がって避けつつ魔力を溜めようとするが、その瞬間予知でも何でもなくとてつもなく嫌な予感がした俺はとっさにその場から転がって避けた。すると俺が居たその場所には4本の輝く爪が刺さっていた。

 

 まさかあの爪は纏うだけじゃなく飛ばすこともできたとは……。俺は警戒して両手に神気を纏う。本来なら魔導拳で追い打ちをかけるところだが、時間的に相手が空中にいる間に当てるのは難しそうなのでやめた。

 

 リガスは回転して吹き飛ばされたにも関わらず地面に音もなく着地した。手加減したとはいえ究極奥義の途中で反撃してくるなんて想定外だ。世の中強い奴は居るものだと感心しつつ、相手の出方を待つ。リガスは右の脇を押さえたままだ。

 

「これ以上やると俺も手加減が出来ないから、生き死にの戦いになるぞ? 折角連れてきた娘の前で、父親を殺したくはないんだがどうする?」


 俺がそう言うとしばらく考えたリガスはその場に座りこんだ。


「くそう!! 負けだ負けだ!! まさか人族何かに負けるとはな。俺も歳とったもんだぜ」


「おお!! リガスが負けたぞ!?」


「あの人族すごいな!!」


 なぜかものすごい歓声に包まれ、驚いて周りを見ると、村の入り口の上の方になぜか猫耳の獣人が沢山並んでいた。恐らく村中の人間が来ているのではないだろうか。どうやら砦のようになっている入り口の上から戦いを見物していたようだ。さっきから聞こえていた声がこの人達のものだったらしい。というか女子供まで普通に来ているのはどういうわけだ。

 

「ごめんなさいね。金虎族は戦いが好きな人が多くて」


 そう思って村人を見て固まっていると、マオちゃん達の母親がそれに答えてくれた。どうやら金虎族は随分と戦闘的な民族のようだ。マオちゃんやリンはそんなことはない気がするんだが……。

 

「マオは私に似て、あまり戦いに興味がないみたい。リンは結構戦い好きよ?」


 口に出してないのになぜかこちらの疑問は丸わかりのようだった。

 

「この度は娘達を助けてくれたそうで、しかも態々(わざわざ)送り届けてくれて感謝します」

 

 そう言って母親はお辞儀をする。

 

「そう思ってるならあの人を止めて欲しかったんですが」


「ごめんなさいね。ああなったら私が言っても聞かないでしょうから。でも危なくなったら止めるつもりでしたよ? まぁそんなことにはならないと思ってましたけど」


「なぜです?」


「金虎族の女性は成人する頃になると見ただけで相手の強さが大体判るんです。最初に見た時から貴方のほうが主人より強いと感じてましたから」


 なんか金虎族の女性はスカウター標準装備らしい。なんでも金虎族は強い者程上位という考えらしい。したがって相手の強さを見極めるのはより優秀な遺伝子を残す為、子供を産む女性の必須能力に近い。その為自然にその能力が高くなったのではと推測される。とりあえず相手のが強いと判ってるなら最初から戦わせるなと言いたい。万が一俺に殺されたらどうするつもりだったのかと思ったが「他種族の娘達を態々(わざわざ)危険を冒して届けてくれるような優しい人がそんなことするわけがない」ということらしい。

 

「みなさん長旅で疲れたでしょう。今日は家に泊って行って下さい」


 そういってマオちゃんの奥さんに促され金虎族の村へ入ることとなった。入った途端なぜか猫耳の若い女性達が俺に群がってきた。

 

「貴方強いですね!! 私なんかどうですか?」


「あっリルちゃんずるい!! 私のがいいですよね!!」


 リンと同じくらいの歳の若い子が5,6人俺の周りを囲い腕を取って抱きついてきた。

 

「……何これ?」


「旦那はモテモテだねぇ。これはフェリア嬢ちゃんに教えてやらないと」


 ドクに尋ねた俺がアホだった。余計なことを言わないように後で殴っておこう。フェリアはいいがフェリア父が怖い。自身が結婚を認めても居ないくせに浮気がどうとかいって殴られる気がする。どんなに正当性があろうと、娘を思う父親に理屈は通じないのだ。

 

 ドクの隣を見るとアイリが笑顔で立っていた。しかし目が全く笑っていなかった。なんだ!? この都市落しを超えるプレッシャーは!? 俺は額から冷や汗が流れ出るのを止めることもできず、周りを囲む女性陣のやわらかい感触を腕に受けながらマオちゃんの家へと歩いていた。マオ母曰く「金虎族の女性は強い男が大好きなのよ」とのこと。しかし、金虎族は一夫多妻ではないらしい。その為、強い男性の競争率が非常に高く、狼族とは逆に女性のほうで男の取りあいのための戦いがあるそうだ。何それ怖い。この娘達も女の戦いを繰り広げるのか……そんなことを考えていると、俺の腕を取っている女の子達を一人残らずひきはがしながら、アイリが俺に抱きついてきた。

 

「すみませんが、この方にはすでに私という妻がいますので」


 そう言ってにっこりと笑うアイリを見て、俺を囲っていた女の子達は悔しそうな顔をして引き上げていった。

 

「ご主人様もデレデレしないで下さい!!」


「……はい」


 俺のせいじゃないのになんか怒られた。後でドクを殴っておこう。なんかニヤついてるし。

 



 そうこうしているうちにマオちゃんの家へと到着した。道中俺は女性陣に囲まれ、マオちゃんは父親の腕にぶら下がって御機嫌、リンは母親と楽しそうに談笑、といった感じだった。到着直前にアイリが切れて俺を囲う女性陣を追い払ったが。


 家の中へと案内されると、ドカっと腰を下ろしたマオ父リガスが一言

 

「娘達を助けてくれて感謝する。本来ならリンを嫁にやる所だが、生憎すでに嫁がいるらしいからな、残念だ」


 そう言って少し残念そうな顔をした。獣人族で一夫一婦制というのは珍しいのかな? と思っていると


「なんで金虎族が妻を1人しか持てないのか知ってるか?」


「いえ」


「金虎族の女はな、とんでもなく嫉妬深いんだ。大抵番つがいが出来たら他の男には目もくれなくなるんだが、他の女が番いにほんの少しでもちょっかいだそうもんなら……」


「もんなら?」 


「殺す」


「え?」


「容赦なくそのちょっかいだした女を殺す」

 

 恐ろしいにも程がある。浮気した場合でもそうなのだろうか。そう言えば以前何かで「女が浮気した場合、男は浮気した女自身を責めるが、男が浮気した場合、女性はその浮気相手の女性を責める」と聞いたことがある。ここでも同じなのだろうか。


「まぁ大抵怪我くらいで済むんだけどな。それでも昔は結構な頻度で死者が出てたって話だ。それで同族殺しと他者の番への手だしは禁止って掟が出来たくらいだ。それでもそんなもので女の本能をすべて抑えきれるものでもなくてな、今でも偶に怪我人はでるんだよ」


 なんともおっかない話だ。金虎族は女性の方が多いために、婿探しはとんでもない競争率なのだそうだ。一生独身の女性も多いため、それはもう必死で男を探すんだとか。それであんなに俺に言い寄ってきてたのかと納得する。一夫多妻にすればいいのにと思ったが、そうなると家庭が戦場になってしまうのだろう。なかなか思うようにはいかないようだ。

 

「今は大人しいけどリンももうすぐ成人だからな。成人辺りから独占欲が上がってくるらしいんだ」 


 何歳が成人か知らないが、どうやらリンはもうすぐ成人らしい。狼族と同じ16で成人と考えるとフェリアとほぼ同じということになる。フェリアといいリンといい随分と大人っぽいが、獣人族の女性はそういうものなのかと思ったが、リンとマオの母親は小さくてかわいいタイプなのでやはり個人差があるのだろう。小さくて幼女にも見える母親と大柄で厳つい父親が並んで座る姿は犯罪にしか見えない絵面えづらだ。

 

「キッドさん、改めてお礼を言わせて下さい。マオと私を助けて頂きありがとうございました」


「ありがとにゃ」


 そう言ってリンは丁寧にお辞儀をし、マオちゃんは座っている俺の膝に乗ってきた。別れたらもう撫でることはできないので、とりあえず頭を撫でておいた。


 リン自身といえば今のあいさつ一つとっても非常に礼儀正しくて大人しい印象だ。たしかに力は強いけど、それを振るって暴れる姿は想像ができない。よくマオちゃんを叱っていたが、それはあふれ出る愛情が感じ取れるものだった。しかしまぁフェリアのように俺に執心していないようでなによりだ。


「マオは随分と懐いてる見たいね」


「気難しいマオが懐くなんて珍しいな」


 そう言って俺に撫でられて目を細めているマオちゃんを見て夫婦そろって笑っている。しばらくマオちゃんを撫でて和んでいるととあることを思い出した。

 

「すみません、私これからちょっと所用がありまして、明日の昼には戻ると思いますので、それまでこの3人を泊めてもらえませんか?」


「所用とはなんだ? 良ければ手伝うが」


「仲間の落とし物を探す予定なんです。場所は大体わかってるので1人で大丈夫です。折角娘さん達が帰ってきたんだから今日は一緒に居てあげてください」


「そうか……すまんな」


「それは明日じゃダメなんです?」


「銀狼族の村に仲間を待たせてるので、なるべく急いだ方がいいと思いまして」


「そう、それなら仕方ないわね。折角娘の恩人に御持て成ししようと思ってたのに」


「申し訳ありません」


 俺は夫婦に謝罪しつつ、金虎族の村を後にした。子供達もおらず、護衛の必要もないので俺1人で行くことにした。アイリがゴネていたが、危険な魔物に遭遇した場合に守れるかわからないので留守番をお願いした。護衛にはシロが居るから大丈夫ということでなんとか納得してもらった。

 

 赤い矢印はここから北東を指している。距離は4871Mと表示されている。約5kmか。普通の舗装された道路なら1時間もかからずにいける距離だが、生い茂った森の中では相当時間がかかるだろう。しかも表示している距離は恐らく最短で結んだ直線の距離。そんなところに道があるかどうかすら分からないので、さらに時間がかかる可能性が高い。山で蛸と戦った時以来の一人旅に気を引き締めつつ俺は矢印の指す方向へと足を進めた。


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