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ワールドオーダー  作者: 河和時久
パトリア編
50/70

49:銀狼族の村

 俺達はまず村から東に向かって進み、昨日蟹を取った湖に向かうことにした。この湖の沿岸に沿って北上するのが最短のようだからだ。

 

「ほぁーーー!? 海? これ海にゃ?」


「これは湖かな」


 海と湖の明確な定義の違いってなんだろう。波の有無? 塩の有無だと塩湖とかあるしなぁ。そんなことを思いながらマオちゃんの質問に答える。


「なるべく水の傍は歩かないように」


 昨日の巨大な蟹のように危険な生物が他にも居る可能性が高いためだ。海のように巨大で獰猛かつヤバい魚がいないとも限らない。たしかあのときは沿岸を走ってるだけで1人魚に食われてたんだよな……。とりあえず魔力探知での警戒範囲を上げておこう。

 

「昨日のでかい蟹はここで捕まえたのか?」


「ああ、釣りしてたらなんかものすごい引きがあってな。1時間格闘した揚句に上がってきたのがあの化け物だったんだ」


「よく糸が切れなかったと感心するべきか、それともアレを普通に倒して持って帰ってくる旦那に呆れるべきか」


「でも美味かったろ?」


「確かに美味かったな。王都で売ってる蟹は小さいし、それに味もあそこまで美味くはなかった気がする」


 一応、蟹は王都で市販されているようだ。聞くところによると王都近くを流れる河で小さな蟹が取れるらしくそれが市場に出てくるんだとか。ただあまり数が出回らないために、小さくてもそれなりに高級食材なようで、そういう所は地球と変わりなさそうだ。

 

 他愛もないことを話しながら歩いていると先程の釣りの話題が出てから、先頭を歩くミルがチラッチラッとこちらをうかがってくるようになった。ドクだったら鬱陶しいからぶん殴ってる所だ。

 

「後で休憩中に釣ってみるから」


「!? べべべ別にそういうわけじゃ!!」


「じゃあ釣らな」


「ごめんなさい、魚が食べたいです」


 総じて猫系の獣人は魚が大好きなようだが、ミルは特に好きなようだ。マオちゃん達姉妹はそこまで魚に拘ってはいないようで、食べられる肉類なら何でも良さそうだ。

 

「釣れるかはわからんぞ」 


 というか、またあの蟹釣れたらどうしよう。そうそう居るとは思えないけど……。まぁ釣れたらその時考えよう。

 

 俺達はそのまま湖の沿岸を北上し続けた。そして昼食時、アイリとフェリアがスープを作っている間に釣りをすることにした。どうもここの魚は警戒心が薄いのか、前回のようにまた入れ食い状態だった。順調に釣っているとウィルとコウがやってみたいと言ってきた。ウィルには予備の竿を渡し、コウには俺の使っている竿を渡してやり方を教える。始めはちゃんとルアーを投げることすらできなかったが、俺が手を取って教えるとウィルはすぐにできるようになった。しかしコウの方は中々うまくできなかった。これは器用かどうかというのではなく、単純にリールの構造の違いからだろう。

 

 ウィルに渡した予備はスピニングリールと呼ばれるいわゆる初心者用のリールだ。軽いルアーを扱うのに向いていおり、投げる時もベイルアームを外すだけというお手軽さでブレーキ機構なんかも付いていない。一方、コウが使っているのはベイトリールと呼ばれる物で、糸が縦巻きになっていることもあり、巻きの力が強いがその分投げる時に糸が絡むバックラッシュが起きやすい。ブレーキの調整や自身の指でスプールの回転を押さえての調整等の細かい技術が必要になる。大物を釣り上げるならベイトのほうがいいのだが、使いこなすにはかなりの慣れが必要なのだ。

 

 とりあえず今回は俺が投げる所までをやり、そこからコウに竿を持たせることにした。バックラッシュ直すのすごい大変なんだ……。

 しばらくするとウィルのほうに当たりがきた。力任せにリールを巻くのではなく、慎重に相手を弱らせながらリールを巻かせる。次第に魚の動きが弱まりこちらにだんだんと引かれてくる。網等ないので俺が水際に行って糸を掴んで引き上げる。

 

「やったーーー!!」


「おおーー」


 まずはウィルが1匹釣り上げた。型も大きさもまずまずの、先日俺が釣ったのと同じイワナ? らしき魚だった。ウィルが嬉しがってコウに自慢するように魚を見せつける。

 

「むうう」


 するとコウは唸って俺に早く投げてくれとせがんできた。コウは結構負けず嫌いのようだ。急かすコウをなだめながら俺はキャスティングする。リールは糸の出よりスプールの回転が上回ると、スプールから糸が溢れだしてリールに絡まる。それをバックラッシュという。俺は指でスプールの回転を微調整し、バックラッシュに気をつけつつ、倒木らしき物のすぐそばにルアーを着水させる。経験上日中等の暑い時、魚は深い所かもしくは日陰に居るものだ。こういう隠れる場所があるような所は釣れるポイントなのである。

 

 コウに竿を渡し様子を見る。ただ巻くんじゃなくて本当の魚に見せるように変化を持たせるといいとアドバイスする。するとコウのほうにも当たりがきた。喜びと焦りが同居した状態で興奮するコウを落ち着かせ、慎重にリールを巻かせること5分。コウはウィルが釣ったのより大きなイワナを釣り上げた。

 

「やったーーー!! 釣れたーーー!!」


「おめでとう」


 そして自慢げにウィルに見せつける。今度はそれを見たウィルが悔しがってすぐに竿を投げる。これは無限ループになりかねない。単純に魚を食べるミルだけが得な展開になっている気がする。

 

 ウィルとコウがお互い2匹づつ釣った所で釣りを終了して昼食にする。魚は一応全員分釣れたのでいつも通り串に刺して焼いて食べることにした。塩をかけただけだが、やはり釣ったばかりの魚は非常に美味しかった。

 

 昼食も終わり出発してしばらくすると、どこかで見たようなやつが飛んできた。

 

「ちょっと!! なんで私を置いていくのよ!!」


「置いていくも何もお前居なかったよな?」


「狼の村になんて入れるわけないでしょ!! 食べられちゃうわよ!!」


「お前みたいな食い出がないやつを態々(わざわざ)捕まえて食べるとは思えんけど……。で、どこ行ってたんだ?」 


「ちょっと森の様子をうかがってきたのよ」


「ちょっと前にゴブリンに襲われたばっかりなのに何やってんだお前」


「べ、別にいいでしょ!! あの時は偶々(たまたま)よ!!」


「偶々ねえ……で、何か分かったのか?」


「ふふーん!! 聞きたい? 教えてくださいファム様っていったら教えてあげる!!」


「じゃ、別にいいや」


 そう言って俺は再び歩き出した。

 

「ちょ!? ちょっと待ってよ!! 知りたくないの!?」


「特に知りたいとは思わないな」


 そう言って俺は両手を腰に当て空中でふんぞり返っている羽虫を無視して歩き出す。

 

「ちょっと無視しないでよ!! ってこらっ!! やめなさい!!」


 後ろを振り返るとマオちゃんがピョンピョン跳ねながら一生懸命羽虫を捕獲しようとしていた。それを見た姉のリンがマオちゃんの手を取って歩き出す。マオちゃんは残念そうな顔で羽虫を見続けていた。その羽虫はというといつも通り、俺の背負っている十六夜の頭に乗ったようだ。

 

「全くもう!! 折角良いこと教えてあげようと思ったのに!!」


 後ろは見えないが口調から随分と御冠のようだ。どうでもいいけどな。

 

「あーあ、すごい情報なのになー。あの狼族の村大変なことになるだろうなー」


 その後もずっと聞いてほしそうにブツクサと後頭部で呟く羽虫を鬱陶しいからたたき落とすかと思った時。

 

「あなた、いい加減鬱陶しいのでとっととしゃべるか黙るかして下さらない?」


 先にメリルが切れた。

 

「何よちびっこのくせに!!」


「ち、ちびっこ……寄りにもよってあなたが、このわたくしに向かって……ぶち殺しますわよ?」


「へへーん!! あんたみたいなちびっこに捕まらないよーだ!!」


 そう言って羽虫は空に飛び上がった。杖の無いメリルでは自由に飛び回る羽虫を追いかけるのは無理だろう。悔しいけど諦めるかと思われたその時、メリルに魔力が集まって行くのを感じた。背負っているために見えないが気力と魔力で大体のことは把握できる。恐らくメリルは手に魔力を溜めているのだろう。これはまさか……。

 

「たしか……こうでしたかしら?」


 そう言って手に集まった魔力を羽虫めがけて放った。魔力の塊は羽虫の近くを通りすぎ、その後ろにある巨大な木のかなり高い位置にぶつかった。ドゴンという音とともに、魔力がぶつかった部分が弾け飛ぶ。

 

「結構コントロールが難しいですわね」


 木の有様を見ていた羽虫が青い顔でメリルを見る。

 

「な、ななななんてことすんのよ!! 死ぬかと思ったじゃない!!」


「何をいってらっしゃるの? わたくし殺す気で撃ったんですのよ?」


 そう言い切るメリルに「ヒィィィ!!」と声を出して、羽虫は俺の胸元から服の中に入ってきた。そして俺の胸のところでガタガタと震えている。とてもくすぐったいのだが……。

 

「あら、このわたくしから逃げられると思って?」


「やめんか、俺が死ぬだろ。それより今のはまさか……」


「たしか、魔導拳でしたかしら? あなたの技を再現してみたのですけど、さすがに難しいですわね。完全には無理のようですわ」


 メリルの前では数える程しか使ってないのに、それを見ただけでさらっと覚えるとは、さすが自称とはいえ天才だな。俺の中のメリルの評価が無能からちょっとランクアップした。

 

「……何か失礼なこと考えてません?」


「いや、全然、全く、これっぽっちも考えてませんよ? 所でお前杖がないと魔力制御できないとかいってなかったか?」


 なんて勘の鋭いやつだ。まぁ大体いつも失礼なこと考えてるけどな。とりあえず話題をそらすことにした。

 

「魔力を魔法として使うことはできませんが、魔力を直接扱うことはできますわ。ここまでできるようになるまでかなり時間かかってますけどね。それに今のようにかなり少なめに制御してても、さっきの小さな魔導拳を打つのですら、それなりに集中と時間が必要になりますが」


 先程のは羽虫がブツクサ文句を言っている間にもずっと集中して魔力を予め溜めていたということか。それにしてもたったあれだけ見ただけで魔導拳を扱えるなんて十分天才とは思うが……あれ? 実はたいしたことないのかこの技? ドクにやってみろっていったらそんな化け物じみたことできるかって言われたんだけどなぁ。

 

「そもそも魔力で直接攻撃するなんて発想が普通ではありませんの。私以外にこんなこと簡単に真似できるのなんて、早々居るものではありませんから安心なさい」

 

 ちょっと自信をなくしそうだったがそれを聞いて安心した。気を取り直して先に進むとしよう。とりあえず大人しくなった羽虫を連れて俺達はそのまま湖沿岸を歩き続けた。

 

 夕方になり湖からすこし離れた場所で夕食の準備をする。基本的に夕食の準備はリン、アイリ、フェリアの3人がやってくれるので、俺はその間にコウとウィルを鍛えることにする。たきぎは基本的に歩いてるときに拾っているので、よほど集まらなかった時以外は態々拾いに行く必要はない。このあたりはチートな体力と鞄に感謝だ。訓練を始めようとすると胸の辺りに何か違和感が。見ると胸の部分から羽虫が上半身を出して引っかかって眠っていた。完全に存在を忘れていた。

 

「おいこら起きろ。邪魔だ」


 そう言って羽虫の頭をツンツンする。何度かつつくと羽虫は目を開けて俺の胸から飛び立った。

 

「何!? 何!? ここどこ!?」


「どこじゃねーよ、いつまで寝てんだ。それよりお前飯はどうするんだ? 虫が何食べるかなんて知らんぞ」


「虫じゃないわよ!! 光の妖精族は魔力と水があれば大丈夫よ。森なら魔力なんて辺り一面に漂ってるから心配する必要はないわ」


 どうやら食事はいらないようだ。まぁ必要だったとしても肉体的にそんなにいるとは思えなかったので、あまり気にしてはいなかったが。とりあえず羽虫は放っておいてコウとウィルの訓練を始めることにした。

 

 コウとウィルはメリルが魔導拳を使ったのを見て、俺だけの技ではなく、他人もできるということをやっと認識したのか、今日は2人でずっと魔力制御の特訓を行っている。2人供かなり上達しているが、コウの方はもう部分的に魔力を纏うことができるようになった。ウィルの方は気を纏うことはできるが魔力はまだまだできないようだ。しかし、集めることと広げることはできるようなので才能がないわけではない。しかしこのままだとどっちつかずになりそうなので、2人には両方教えるが得意なほうをもっと伸ばすように鍛えたほうがいいかもしれない。ただ両方使えないと神気にならないのが気がかりなところだ。

 

 訓練を終え、湖で水浴びをして汗を流す。何か来ないか最大限に警戒していたが、特に何も来なかった。湖は海よりは安全なようだ。その後、起きてきた十六夜も交えて夕食を取ってから就寝する。が、なぜかフェリアとアイリが俺を挟んで座っている。アイリは今までもよく俺の近くに来ることはあったが、フェリアはいつも妹のファリムと一緒に寝ていたはずだ。ファリムは? とみるとリンとマオちゃんと一緒に寝ているようだ。何だかよくわからないままドクの方を見るとさっと目をそらされた。何なんだ一体。そのままいつも通りシロを枕にして右腕をフェリア、左腕をアイリに捕まったまま寝ることになった。やわらかくて気持ちいいんだけど正直暑い。でもやっぱり気持ちいい。そんな葛藤される思考のうちに、俺は気持ちよく眠りについたのだった。

 

 翌朝、息苦しくなって目を覚ますとフェリアに顔をしっかりとホールドされていた。どうやら抱きつく癖があるようだ。俺も右側の物によく抱きつく癖があるのだが、今日に限っては左腕をアイリに捕まっていた為にその癖は発動しなかったようだ。発動していたらフェリアと抱き合って寝ていたことだろう。少々残念。

 

 俺は2人を起こさないようにそっと捕縛から抜け出す。シロはすぐに目を開けてこちらを見たが2人は起きなかったようだ。空を見ると薄らと明るくなってきている。腕時計を見ると朝の4時を周った辺りだ。俺は背伸びをしつつ起きている十六夜に挨拶をして竿を持って湖に向かう。体感的に魚は夜から明け方が良く釣れるのだ。俺は辺りを気にしてカードを引きつつ湖に向かった。

 

 暗いうちは当たりがなかったが、30分もして日が昇り始めると徐々に当たりが来るようになった。5時前には人数分の魚が釣れたのでそのまま野営場所に戻る。いつもは朝5時から訓練を開始しているので、なんとか朝練に間に合った形だ。

 

 野営場所に戻るとコウとウィルはすでに起きており、ドク達と共にこちらに向かって歩いてくるところだった。いつも野営時の訓練は、野営地より少し離れた開けた場所で行っている。マオちゃん達を起こさないためだ。今日の訓練場所は湖のほうに少し開けた場所があるためそちらに行って行うと、すでに昨日の夜に話をしてある。

 


「今日は早いな旦那。また釣りかい?」


「ああ、こんな森の奥じゃ新鮮な魚は貴重だからな。取れる時に取っておいたほうがいいと思ってな」


 そういってバケツを見せるとミルの目がすでに一番大きな魚を探しだしてロックオンしていた。

 

「ちゃんと一番大きいのやるから」


 俺がそう言うとミルは安心したような顔をした。どんだけ魚好きなんだよ。青狼族の村にいってから連日魚ばっかり食べてるというのに……。他の子供達が飽きてないか心配だったが、コウ達に聞くと美味しいから問題ないとのこと。確かに干し肉やら硬いパンやらのいつもの食事よりは大分マシだからな。ちなみにスープには俺がコンビニで買ってきた粉末状の出汁の素が入れられている。日本の出汁の素は何にでも合う魔法の粉だ。下味をつくる手間が省けるし何より味に深みが増す。最初に使ったときにアイリとフェリアが驚いていたくらいだ。なので食生活そのものについては、この世界の標準の旅よりは遥かに高い水準とは思う。海の魚介類から出汁を取るなんてそもそもこんな山奥じゃ無理だからな。金に困ったら売ってみるとしよう。金持ち貴族相手なら結構高値で売れるかもしれない。でもまず伝手がないから売る相手を探すのに骨が折れそうだが。

 

 ちなみに焼き魚は基本的には塩をかけるだけだ。昨日試しに醤油を少しかけて焼いてみたところ、確かに美味いんだがこれじゃない感が半端ではなかった。これが秋刀魚で、となりに大根おろしでもあるのならそれにかけるのだが、やはり川魚を直接焼くのに醤油という選択肢はないようだ。これは醤油がダメなのではなく、塩を振っただけでこの魚の美味しさが、すでに俺の中で考えられる上限に達しているためと判断した。むしろシンプルな味で美味い物に他の要素はかえって邪魔になってしまっているようだ。

 

 しかし普通、日本人が海外に行った場合に、醤油や味噌等がなくて恋しくなるなんて話をよく聞くが、まさか異世界に来てまで普通に日本の味が楽しめるなんて思わなかった。小麦粉や油なんかもコンビニで買ってきてある。この辺りはチートサマサマだ。というか日本にあるコンビニという存在がそもそも一昔前まではあり得ない存在だったのだが。

 

 

 

 小麦粉と食用油があるなら天ぷらとか作れるか。もっと簡単にバターと醤油でジャガイモを焼いたりとかもやってみようかな。確かジャガイモもコンビニで買って亜空間に仕舞いっぱなしだったはずだ。鞄だと時間が経過して芽がでたりしたらヤバいから、念のために時間が経過しない収納でしまっておいたのだ。腐りそうにない物はすべて鞄のほうに仕舞ってある。狼の村で食べたカステラや御菓子類のように、真空パックのようにされていて賞味期限が長そうな物等もだ。ただし、チョコレート関連は溶けてしまうので収納してある。ちなみに御菓子類はまだ出して食べたことはない。食事代わりにカステラを食べたくらいだ。アレ以来子供達に目をつけられて狙われている感じがしないでもない。鞄に手を入れるたびに子供たちの目が光るのだ。銀狼族の村についたらお菓子を振るまってあげるとするか。青狼族の村のように俺が中に入れてもらえるかどうかはわからないが。

 

 気がついたら食べ物のことばかり考えていた。気を取り直して、俺は朝食の準備を始めていたアイリに魚を渡し、急いで朝練へと向かった。

 

 朝練が終わり朝食を取る。いつものスープだが、今朝考えたように手元には味噌もあるので、たまには味噌汁でも作ってみるか。ただ、わかめや豆腐を買ってこなかったので、今度買ってきたら作ってみることにしよう。コンビニカードは後2枚程残ってたはずだから大丈夫だろう。日本人の朝はやはり味噌汁がなきゃ始らない。と、焼き魚を食っていたら唐突に日本食が恋しくなった異世界の日本人であった。

 

 朝食も終わり今日も湖の沿岸にそって出発する。2km程度と思っていた湖は実際はもっと遥かに大きいようで、形も歪なようだった。ちなみにルートはアイリに魔法で反応を探ってもらい、最短で一番近い集落に向かうコースを辿っている。斜めに突っ込むのが一番のショートカットなのだが、途中崖になっている部分等、非常に歩きにくそうだったので子供でも歩きやすそうな湖の沿岸側から周ることにしたのだ。なので厳密にいえば最短コースではなく、子供達が歩けるもっとも楽なコースである。

 

 昼前には湖を離れ北上を始める。この辺りまでくるとフェリアが道を知っていたようで、道案内をしてもらっている。どうやらフェリアはこの湖に来たことがあるようだ。見知った景色を見つけたのか、歩いているときに思わず「あっ!!」という声をあげたのだ。普段歩いているときには、全く大きな声を出すことがなかったフェリアが、珍しく上げた大きな声に妹のファリムですら驚いて姉を見た程だ。

 

 フェリアに尋ねるとここには来たことがあるとのこと。そして道案内をしてもらっているというわけだ。フェリアに聞くと3時間も歩けば銀狼族の村に着くらしい。どうやら夕方前には到着できそうだ。それを聞いてからファリムとウィルはウキウキして随分と楽しそうだ。この歳の子供が何週間も親元を離れればさすがに不安にもなろう。本人が意識しておらずとも随分と精神的に疲労があったのかもしれない。とりあえずここまで無事に連れてこれてよかった。まだ油断はできないがとりあえず一安心と行ったところか。

 

 湖を北上して2時間程、妙な気配を感じた。ミルはもちろん気付いているようだ。ハンドサインがでている。これはつい先日お試しにミルと決めた物で、先頭のミルが手の形で後方に合図を送るというものだ。適当に色々と決めていたが、現在のミルは手のひらを広げて横に出している。これは囲まれているという合図だ。こんな合図決めたけど使い道なんて無いと思っていたのに、まさかいきなり使うことになるとは……。なぜ使い道がないかというと、別段サインを送らなくても口で言えば良いだけなのだ。声を出さないで侵入する特殊部隊やら軍隊なんかがそんなことをしていたよ、という世間話からミルが、かっこいいからやりたいというので決めただけで。ミルは何と言うか特殊部隊というよりはトレジャーハンターというか斥候とか、どこかに侵入する職業みたいなものを目指しているようだ。というか元々そうなのかな? ハンターといっても色々種類があるらしく、ミルはどちらかというと偵察やら調査やらを主にしていたようだ。それならサピールもいた調査ギルドというか諜報ギルドというかあっちに所属すればいいのにと思うのだが、どうやらあちらは遺跡の調査のようなことはせず、あくまで噂や人関連の調査のみらしい。遺跡探索にロマンを感じるらしいミルには合わないのだろう。

 

 とりあえずミルのハンドサイン受けてドクとシロに警戒をさせる。サインは囲っているやつらにこちらに気づいたことを感づかれないというのは利点だが、そもそもこちらの言語を理解できる知性を持っているのかもわからないので、現時点ではかっこいいという以外の利点が思い浮かばない。とりあえずウィルとコウに探知をさせてみた。囲っている奴らは気配を絶っているのか、気力探知では捉えきれず、魔力探知でならはっきりと捉える事が出来る。魔力探知が苦手なウィルは気配を探知をできなかったが、コウは1人だけ発見できたようだ。フェリア達に匂いでは分からないかと聞くとこちらが風上なので分からないとのこと。どうやら相手は集団での狩りに長けているようだ。ゴブリンとかそういうの考える知識ってあるのかな? とりあえず集団行動しつつ、周りを囲って風下から近づくなんて集団での狩りに慣れている狼なんかが行う行動だ。俺達は警戒しつつ、まずは剣が振れるような広い場所へと出るべく足を進めた。

 

 食べるために狩りをする野生動物の場合、まず先に弱い者から狙うのが鉄則だ。強い者を倒すという人間のような功名心があるわけでもなく、ただ生きるために狩るのだから。なのでまず狙われた群れは弱い子供達を集団の中央に置いて守る。これは草食動物が持っている知恵でもあり本能でもある。俺達は草食動物というわけではないが、集団で狙われている以上、やはり子供達を優先的に守る必要がある。

 

 少し開けた場所に出た俺達は子供達を中央に置き、それをミル、俺、ドク、シロの四角形で囲むという布陣を敷いた。アイリには結界を頼み、フェリアとリンは子供達の傍で守ってもらう。メリルも子供たちの近くで魔力を溜めてもらい、いざとなったら魔導拳で迎撃してもらう。十六夜と羽虫は邪魔なので子供たちと一緒に中央にいてもらう。というかこんな状況だけど十六夜は寝たままなんだけどな。

 

 気力と魔力を展開して精神を戦闘態勢へと移行する。俺とシロが居るにも関わらず集団で襲ってくる相手。相当な強さかそれとも強さが分からない馬鹿のどちらかだ。姿は見えないが先制するべく俺がカードを使おうとしたその時、ガサガサと茂みが揺れ、そこから1人の男が歩み出してきた。

 

「「お父さん!!」」


 同時に叫んだのはフェリアとファリムの姉妹だ。飛び出そうとする2人を俺は手で押し止めた。どうやら姿は2人の父親らしい。しかし油断は禁物だ。海でも擬態する魔物が居た。こいつが本物であるかどうか分からない。

 

「キッドさん?」


 フェリアはなんで警戒しているのか分からず俺に尋ねてきた。

 

「まだあれが本物かどうか分からない」


 たしかに魔力も気配も本物であり、別段おかしい所は見当たらないようだ。そうしていると今度は周りから続々と狼族の男達が現れて周りを囲まれた。10人程だろうか。これだけいて全員偽物なんてことはないだろう。

 

「リア、リム……」


 そうしていると目の前にいる父親らしき男が涙を流した。

 

「「お父さん!!」」


 俺が手を引くとフェリアとファリムは飛び出して父親に走って行き飛びついた。しばらく様子を見ていたが、2人を抱きしめて喜んでいるだけで、特に何をすることもない。どうやら本物のようだ。しかし、2人は無事に父親の元へ届けられたが、俺自身の現在の状況は芳しくない。何せ殺気立った狼獣人に絶賛囲まれ中なのだから。


 俺が警戒していると、囲っている奴らとは別に1人の獣人が遠くから走ってきた。

 

「ウィル!!」


「お父さん!!」


 どうやらウィルの父親らしい。さすがにこれは偽物じゃないだろう。この狼獣人だらけの中で態々(わざわざ)ウィルだけを狙ってくる魔物が居るとは思えないからだ。今度は止めずにいるとウィルは走り出して父親に飛びついた。

 

「ウィル……ウィル……無事でよかった……心配させやがって……」


「ごめんなさい、お父さん」


 そう言って涙を流すウィルを見て、コウが少しだけ寂しそうな瞳をしたのを俺は見逃さなかった。感動の対面が終わると親達は子供とを背中に隠してこちらを警戒する。

 

「奴隷商人が……生かして帰さんぞ!!」


 そう言って俺をにらんでくるのはフェリア達の父親だ。凄まじい怒気と殺気が入り混じったような空気が漂ってくる。「お父さん違うの!!」と必死に叫んでいるフェリア達を完全に無視している形だ。

 

「こちらも殺されるわけにはいかないんで抵抗させてもらいますよ? でもその前に一つ聞きたいことがあるんですが?」


「……なんだ? 言ってみろ」


「その子達が拐われてから結構経つと思うんですが、その間この森を探してなかったんです?」


「探したにきまっているだろう!!」


「じゃあ、なぜ今になってこんな場所で見つかるんです? 奴隷の首輪もせず、縄で繋がれたりもせずに」


「……」


 父親らしき男は黙ってしまった。首輪をしたり縄で縛ったりしているのならまだ話は分かる。しかし、全くそんなこともせずに態々(わざわざ)誘拐した相手の村の近くを引き連れて歩く理由がない。しかも1か月以上も経った後にだ。

 

「お前達いぶっ!?」


 父親らしき男は何かを言おうとした所でフェリアにぶん殴られた。

 

「お父さんいい加減にして!! キッドさんは私達を助けてくれたのよ!! なんでそんなこというの?」


「フェリア……お前はその男に騙され」


「まだそんなこと言うんだ……」


「い、いや、だからそれは……」


「お父さんなんて……嫌い」


「!?」 


 信じられないような驚いたような表情で、フェリア達の父親は2,3歩後ろによろめいた後、膝をついて項垂れてしまった。

 

「父が失礼なことを言って申し訳ありませんでした」


 フェリアが俺の所に来て謝ってきた。ファリムは項垂れている父親を慰めているようだ。

 

「俺のことを思って怒ってくれるのは嬉しい。でもそれより娘を思う父親の気持ちも分かってあげるべきだ。君達のことを何よりも心配しているんだ。そんな父親を叩いたりしちゃだめだよ」


 そう言ってフェリアを宥めるとフェリアはしばし俯いた後、父親の元に行き謝っていた。それを聞いて落ち込んでいた父親は復活したようだ。その後、フェリア姉妹とウィルがそれぞれの父親に対して俺達のことを必死に説明している。周りの銀狼族の殺気は和らいだが、それでも俺は警戒を怠らずに説明している3人を黙って見守っていた。

 

 しばらくすると漸く話が終わったのかフェリアの父親らしき男がこちらに向かって歩いてきた。

 

「娘達を助けてくれたそうだな」


「まぁ成り行きでですが」


「その……さっきはすまなかった。娘達を助けてくれて感謝する」

 

「会ったばかりのあかの他人をいきなり信用なんて、できなくて当然ですよ。同じ立場だったなら俺も疑っていたでしょうから」

 

「そうか、そう言ってくれると助かる」


 そう言ってフェリアの父親は、頭をかきながら照れたように笑った。

 

「俺からも礼を言わせてくれ。息子を助けてくれてありがとう」


 そういってやたらと厳つい体のおじさんが頭を下げてきた。見るとウィルが後ろにくっついている。どうやらウィルの父親のようだ。ウィルも将来こんなでっかく厳つい男になるのかなぁ。なんか青狼族の……なんだっけ? あのでかいやつみたいにならないことを祈ろう。

 

「こんなところで立ち話もなんだから、村に行こう。案内するからついてきてくれ。なあに、娘達を助けてくれた君なら人族だろうと大歓迎だ」

 

 そう言ってフェリアの父親を先頭に銀狼族の村へと出発した。途中ずっとファリムとウィルが父親にしきりに話をしていた。普段あまりしゃべらなかったファリムが饒舌になっているのをみてちょっと新鮮な気分になる。やはり姉がいるといっても5歳かそこらの女の子だ。両親が居ないのはさぞ寂しかっただろう。ファリムに嬉しそうに手を引っ張られて父親も終始笑顔だ。父親の顔良く見ると、少しやつれているように見える。元々痩せているのか、それとも娘達が心配でやつれてしまったのかは分からないが、やはり後者の気がする。子を心配する親の気持ちというのは分からないが、なんとなく理解はできる。自分の子じゃないが、今は子供が一杯いるみたいな感じだしな。

 

 歩くこと1時間。日がゆっくりと傾きかけてきた頃、漸く銀狼族の村に到着した。岩山を挟んでその間に巨大な木の門が作られている。上にいる見張りらしき男が合図するとその巨大な門が、鈍い音を立てながらゆっくりと開いていった。

 

 村の中は自然の作りをそのまま利用した作りのようで、段差があったり小さな川が流れていたりと、自然が溢れ、とても穏やかな空気が流れていた。村に入ると2人の女性が走ってきた。

 

「リア!! リム!!」


「「お母さん!!」」

 

 フェリア姉妹の母親のようだ。2人はすぐに走っていき、母親に抱きしめられた。ファリムは父の手を離して走って行ってしまったために、父親は若干寂しそうだ。あちらをみるとウィルも同じように母親に抱き締められている。その後ろから若い男達が何人か来て、ウィルの頭を撫でている。兄弟達だろうか。見るとそれなりに大きい子ばかりのようで、その中でみると一段と小さいウィルは恐らく末っ子だろう。実は結構甘やかされているのかもしれないな。

 

 後ろを見るとアイリがなぜか泣いていた。アイリはフェリアと仲が良いから自分のことのように嬉しいのかな? 自分は両親共に居ないというのに優しい娘だ。この娘にも幸せになってもらいたいものだ。

 

 その後、俺達はフェリアの家に招待された。案内されている間、父親と母親に両手を繋がれてファリムはとても楽しそうだ。母親の顔をみるとやはり父親同様やつれている。こちらのほうが父親よりも若干酷いようだ。この家の子供はフェリア達姉妹しかいないらしいので、2人共居なくなったというのは、さぞ心配だったことだろう。

 

 到着した家は丘の上にあり、とても見晴らしのいい場所に建っていた。丸太を主にしたログハウスを思い浮かべる家で、かなり大きな家だ。中に入ってリビングのような場所に案内されくつろいでいると、頻繁に客が訪れた。どうやら村中の人が無事に帰ってきたお祝いに来たようで、気付くと大量の食糧で溢れかえっていた。フェリアと母親の2人が嬉しそうに夕食の準備を始めるが、妹のファリムは父親との話に夢中のようで、父親も終始ニコニコ顔でファリムの頭を撫でている。それはもうとろけそうな程にデレッデレだ。まぁ死んだと思われていた娘が戻ってきたのだから、この辺りはしょうがないだろう。

 

 

 随分と豪勢な夕食も終わり、まったりとした時間が流れている。そこでやっと両親に自分の今までの詳細な話をフェリアが語り出した。奴隷商人に誘拐されたこと。隣国の貴族に売られたこと。明日にも殺されるというところで俺に助けてもらい、馬車で送ってもらったこと。送ってもらう途中でウィルを助けたこと。初めて海を見たこと。とてもうれしそうに身振り手振りで話すフェリアとそれに乗じて同じように体全身を使って表現するファリムの2人に、両親はずっと笑顔で相槌をうっていた。話が終わると両親に改めてお礼を言われた。母親は涙を流し、俺の手を取ってお礼を言ってくれた。こんな風にお礼を言われたことなんてないので、なんて言ったらいいかわからず、無事でよかったですと当たり障りのないことを言っておいた。

 

 そこで話のついでに金虎族の村の場所を知らないか尋ねると、ここからさらに東に1日程行ったところに村があるらしい。但し、そこに集落があることはわかっているが、金虎族は同族以外とは全く交流を持たないため、村に入れるかどうかまでは分からないとのことだ。金虎族の少女を連れていった場合、問答無用で襲われる可能性もあるので注意が必要らしい。話の通じない脳筋ばかりなのか……。とりあえず近そうなので明日の朝にでも出発するとしよう。

 

 そんなことを思っていると、フェリアが思い出したかのように語り出した。

 

「そう言えば私、青狼族の村で求婚されたの」


「なんだと!!」


「あらまぁ!!」


 両親の反応はそれぞれだった。

 

「それで訳のわからないうちに孤闘の儀をされて……」


「そ、それでどうなったんだ!?」


 ゴクリと唾を飲んで父親が続きを促す。そしてフェリアは顔を赤くしてこちらを一瞥した。


「キッドさんが優勝してくれました」

 

「おまえがああああああああああ!!」


「ちょっ!?」


 問答無用で父親に襲いかかられた。その動きは四天王最速とか言ってたあいつよりも速かった。

 

「ちょっと待って下さい!! フェリアが嫌そうだったんで助けただけですから!!」


 そう言うと父親は首を絞めるのをやめてくれた。完全に殺す気だったよね今。

 

「なんだ、そうだったのか……全く、リアも驚かせるんじゃない」


 父親は少し冷静になってくれたようだ。

 

「そうか、お前ももう16か……本当はどこにも出したくないんだが……誰か好きな相手はいるのか?」

 

 父親がそう言うとフェリアは顔を赤くして俺を見た。

 

「やっぱりきさまかあああああああああああ!!」




 ……あるぇ?

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