48:宴
俺の優勝で儀式が終わると、一斉に会場の片づけがはじめられた。片づけは観客席の木材をばらしてどこかに運ぶ者、リングを解体してその場所に木材を組み上げる者と2通りで、基本的に男性が行っている。女性は一か所に集まって相談している。何をしているのかわからない。ちなみにレアンもすでに木材運びを行っている。どういう体してるんだあいつは……。俺が倒した他の3人は未だに姿が見えないというのに……。おっとそういえばこれを出すのを忘れてた。
「ヴォルク、宴会するならこの蟹も使ってくれ」
そういってキューブを取り出し、上部を半回転捻った。するとキューブが光り出し、中からボロボロになった巨大な蟹が姿を現した。
「こ、これは!? 昨日のサプリスか!? あんなに小さかったのが……こんな大きなやつは初めてみたぞ」
これくらいの大きさがこの世界の普通の蟹と思っていたんだが、どうやらこの蟹はやはり大きいほうらしい。しかし、確かに足とかは蟹なんだけど胴体のフォルムがヤドカリなんだよなぁ。貝殻じゃなくて甲殻だけど。まぁタラバガニだって本当はヤドカリだし別に細かいことは気にする必要もないか。
急に広場に現れた巨大な蟹に辺りは騒然となったが、俺が提供した素材だと分かると狼族、特に女性陣が大いに喜び、手の空いた男性陣を使って早速解体を始めた。
「甲殻なんかはどうする? 武器や防具に使える貴重な素材だが」
「全部あげるよ。ヴォルクには世話になってるからな」
「そうか、助かる」
甲殻だけではなく、この蟹に無駄なところは一つも無いそうだ。後、ヴォルクにあげたはずなのになぜか周りの狼族が喜んでいた。一族共有の物という認識があるのだろうか。まぁあげた物に対してどうこう言うつもりはない。
本来優勝者は手伝う必要はないらしいのだが、別段怪我をしているわけでも疲労しているわけでもないので、木材運びを手伝うことにした。レアンと同じく1人で4本の木材を一度に運ぶと、さすが優勝するだけのことはあると素直に驚かれた。ちなみに木材は1本が20m程はあるため、通常は1本を4人がかりで運んでいる。
日が傾く頃、漸く木材を運び終えた俺達が広場に戻ると、リングがあったその場所に組み木が出来上がっていた。中央内部に枯れ枝なんかが集められていることから、恐らくキャンプファイアーのようなものではないかと推測する。
「なんだいありゃ?」
木材運びを一緒に手伝っていたドクが、組み木を見て声を上げた。どうやらキャンプファイヤーみたいなものは、普通の人間はやらないようだ。まぁ街中であんな火を使う理由がないし、森や山にわざわざそんな面倒なことをわざわざやりに行くほど、この世界の山は甘くない。小さな村々でなら儀式なんかでやるところもあるかもしれないが、少なくともドクのいた所ではやらないようだ。
ドクの質問には答えず、俺は他の仲間の姿を探すことにした。アイリ達が狼族の女性陣に連れて行かれ、料理等の手伝いをしていることは既に聞いている。問題はその他だ。辺りを見回すとヴォルクが指示を出しているのが見えた。子供達のことを聞くと、村の隅でこの村の子供たちと遊んでいるとのこと。とりあえずその場所へ向かうことにする。
「おじちゃん!!」
村の外れのほうまでいく少し手前、丁度帰ってきたらしい子供達と遭遇した。ファリム以外は全員土塗れになっていた。大方、地面に転がったりして遊んでいたのだろう。
「おっと」
俺を見つけたマオちゃんが勢いよく俺に飛びついてきた。それを難なく受け止めるとそのまま抱っこする。
「おじちゃん強いにゃ!! 最強にゃ!!」
最強なんて言葉よく知ってるな。誰が教えたんだ? 意味わかってるのかな。よく見ると一緒に遊んでいたであろう青狼族の子供達の俺を見る目が、なぜか輝いて見える。何だろう?
「先生俺にもアレ教えてよ!! 究極奥義!!」
「ずるいぞコウ!! 先生俺にも俺にも!!」
コウとウィルが俺の服の裾を引っ張りながらダダをこねる。
「ちゃんと奥義が使えるようになってからな」
「「ええーーー」」
ええーも何もアレは奥義を3つ食らわせる技だから、すべて使えないと話にならないのだ。何とか2人を宥めるとじっとこちらを見ていた狼族の子供たちと視線が合った。かわいいなぁと見ていたらいつの間にか周りをとり囲まれていた。
「ねーねーあれってどうやるの? ルプス様ぶっとばしたバーンってやつ」
「どうやったらレアン様より強くなれるの?」
「俺も弟子にして!!」
「私おじさんのお嫁さんになったげる!!」
なんかそれぞれが好き勝手なことを言ってくる。うん、うれしいけどお嫁さんはもうちょっと大きくなってからね。マオちゃんと同じくらいの女の子に言われてもなぁ……。それに弟子はもう間に合ってるんだ。この2人をしっかりと魔改じゃなかった鍛えて立派な戦士にしないと。まぁ残念ながらウィルのほうは村に着いたらお別れすることになるだろうから、それまでにしっかりと基礎を叩き込んでおこう。
その後、ワイワイと煩く群がる子供達を引き連れて村の広場へと戻った。広場についた子供達はそのまま親の元へと帰って行った。その姿を見たうちの子達が、ちょっと悲しそうな瞳をしたのをしっかりと俺は見てしまった。自分達の親を思い出したのだろう。コウ以外はもうすぐ家に戻ることができるので、それまでは辛抱してもらわなければならない。
しかし、今の俺もそうなんだがコウには帰る家がない。ならば俺の存在がコウの家になってやればいい。コウが独り立ちできるまでは俺が親代わりになってやろう。子供なんて育てたことないので俺には無理かもしれないが、それでも子供一人で生きていくよりはいいはずだ。
俺も両親を亡くしたのはコウくらいの歳だった。コウのように捨てられたのとは違うが、それでも多感な時期に両親が居ないというのは、少なからず子供心に影響を与える。俺には祖父母がいたが、コウには誰もいない。なら祖父母が俺に愛情を与えてくれたように、今度は俺がコウに愛情を与えてやればいい。すでに他界した祖父母にはあまり孝行できなかった。その代わりと言っては何だが、俺と似たような境遇のコウに代わりに愛情を注ぐのも悪くない。たとえ血のつながりがあろうとなかろうとそんなことは何の関係もない。偽善と言われようが何にもやらないやつよりはいいだろう。どうせ1人ですべてを救うことなんてできやしないんだから。
しかし、亜人の迫害されるこの国では人の町でコウは生きられない。追い出された同じ種族の元へは戻れない。近い種族である他の狼族もコウの獣化を知ればやはり禁忌を恐れて迫害する可能性がある。つまり今のままではこの国にコウの居場所はない。そうなると考えられるのはコウを鍛えつつこの国から出て別の国へ行くことだ。第一候補はおっちゃん達のいるマルクート村だな。他はほとんど滞在したことがないのでわからないといったのが正直なところだが。まぁ色々と旅をしてから場所は決めるとしよう。この子達を送り届ける以外に特に目的もないし、一緒に旅をしながらのんびりと決めればいいだろう。
日も暮れてうす暗くなってきた頃、リングがあった位置にできた組み木に火が灯った。その明りはとても幻想的な雰囲気を醸し出す。電気のない自然の明かりが作り出す景色はどこか温かく、そしてとても懐かしく感じさせる。日本でないのに感じさせるこの陰翳礼讃は遠い昔、幼き頃に見た日本の夕焼けを思い起こさせ、俺をセンチメンタルな気分にさせた。
物思いに耽っているといつの間にかキャンプファイヤーの周りに狼族達が集まっていた。中には俺が倒したやつらや四天王なんかも混じっている。もう復活したのか……タフなやつらだ。そして集まった狼族の中から1人が現れる。その1人、族長が前に出て始りを高らかに宣言すると宴が始まった。
始まると同時に騒然とした場となり、居場所がなくなる。騒がしいのはあまり好きではないので、ヴォルクの家にでも行こうと思っていると、そのヴォルク本人がきて俺の腕を引っ張りどこかへ連れて行こうとする。面倒なので為すがままに連れて行かれるとそこは長老のすぐとなりで、そこにはフェリアが既に座っていた。ヴォルクに促され、俺はフェリアの隣に座ると、その反対の隣にはなぜかアイリがちゃっかりと座っていた。周りを見ると十六夜とメリルもきている。メリルは手伝いなんか全くせずに、十六夜の所にいたはずだ。体格的にも全く手伝いなんかできそうになかっただろうから問題ないと思うが。
そういえばリンが見当たらないと周りを探すと、どうやら食べ物に夢中になっているマオちゃんについているようだ。他の子供達もそこにいて一緒になって一心不乱に料理を食べている。元気そうでなによりだ。そんなことを考えていると何かが俺の前に差し出された。見るとフェリアが何か料理を渡してきているようだ。葉っぱの上に乗せられたそれは白い魚の身のような物で、湯気が立ち上っていることから熱い物だとわかる。俺はそれを受け取って一口食べると口の中一杯に凝縮された蟹の風味が広がった。どうやら俺が狩ってきた蟹のようだ。大きいからもっと大味になるかと思っていたら思いの外、味が濃いようだ。何かで煮込んだのかもしれないがかなり美味しい。子供達が無言で食べ続けているのはそういうわけか。湖でとれたやつだからもっと泥臭いと思っていたのだが、これはうれしい誤算だ。基本的に淡水生物は泥臭いと認識していたが、どうやらそうでもないようだ。
蟹を食べていると今度は左から肉のような物が差し出された。アイリがにっこりと微笑みながら差し出すそれは、見た目は鶏肉のようにも見える。一口食べるとそれは鶏よりも味が濃厚で、味付けが塩だけにも関わらずとても歯ごたえがあって美味しい。少し臭みが残っている感じがするが気にならないレベルだ。何の肉かはわからないが、恐らく最初の日に取ってきた鹿か何かだろうか。地球で鹿なんて食ったことないので味の違いなんてわからないが、これなら十分肉料理として食べられる。しかし、地球の焼き鳥のようにタレがほしい味ではある。そんなことを思っていると左右から次々と料理が差し出される。さすがにそこまで食べられない俺は、受け取った料理をそのまま、全く食べていないフェリアとアイリそれぞれの口へと運んでやった。アイリは何のためらいもなく食べたが、フェリアは顔を真っ赤にして固まってしまった。そして恐る恐るといった感じでゆっくりと口を小さく開けて蟹を食べた。なぜかとてもうれしそうだ。美味しかったようで何よりだ。
広場のほうを見ると若い青狼族の男女が軽快な音楽をバックに一緒になって踊っているのが見える。フォークダンスのように1人づつ交代するような踊りではなさそうだ。男女ペアになって踊っているそれは貴族の行う舞踏会のような優雅さのかけらもないが、とても楽しそうで見ているほうも一緒に楽しくなってしまうような踊りだ。
楽しそうに踊っている若者達を見ながら、俺は木でできたコップに注がれたジュースを飲んでいた。最初は酒を渡されたのだが、俺は全く酒を飲めないため、子供達が飲んでいる果実を搾って水で薄めたジュースのような物をもらった。搾り汁なのにさっぱりしていてとても美味しいのだが……とてもぬるい。夏場はやはり冷たい飲み物が欲しい所だ。まぁこんなところに冷蔵庫やら氷やらがそうそうあるとは思えないが。あっ!? そういえばいいカードがあった。たしか昨日引いてポケットに入れっぱなしだった気が……使ってみるか。
俺はバケツを用意してもらいそこに水を入れてもらう。
「253セット」
No253C:急速冷凍 範囲内の物体の温度を急激に下げる。生物には効果がない。
するとバケツの中身が一気に白くなり、ピキピキと音を立てて凍りついた。それをナイフで砕いて拳大の大きな欠片をコップに入れる。ほんの少ししか残っていなかったジュースがコップから溢れんばかりに嵩が増した。
「こ、氷? お前、魔導師だったのか!?」
いつの間にか来ていたヴォルクが、氷を見て唖然として固まっていた。
「いつから俺が戦士だと思っていた?」
どっちかというと本当はバリバリの前衛だけどね!! カードを使えば後衛的な戦闘も可能だけど、最近は戦闘でカードを使うのは命の危険がある時だけにしている。なぜなら本当に危険に陥った時にカードがないと対処できない、カードでの戦闘に慣れすぎて、いざカードが使えない状況で戦う場合に戦えなくなる、等といったことを恐れているからだ。だから余裕のあるうちに地力を挙げておきたいので戦闘系カードは極力使用を避けている。相手を殺すつもりがある場合や、仲間に危険が及びそうな場合なら問答無用で使うだろうけど。
「魔導師なのにお前は素手で四天王を、レアンを倒したというのか……」
「旦那が本気ならあんなデカブツ如き1撃で殺してるぜ。何しろ旦那は馬鹿みたいにでかいドラグラガルトを素手で殺してるくらいだからな」
「ほう……!? そこまでの強さだったとは……どうやら俺は相当お前を見くびっていたようだ」
なんか後ろで酒を飲んで酔っ払っているドクが、会話に割り込んできた。随分と飲んでいるらしく酒臭い。
「ドラグラガルトならヴォルクも1人で倒したことがあるぞ」
そういってさらに話に加わってきたのは一際大きな体の男、レアンだった。あのトカゲを1人で倒せるとはヴォルクも相当強いようだ。でもどうやって倒した? 俺のように内部破壊が使えるのか? それとも何かスキルが……物理ダメージをカットするレアン、物理攻撃が利かないトカゲ、これらを魔法無しで倒せるとなると考えられるのは3つ。俺と同じレベルの内部破壊技を持っているか、相手の防御を無視することができるスキルを持っているか、もしくは魔法を使えるかだ。
「へえ、旦那に負けず劣らず強いんだなお前さん。まぁ旦那程の化け物とは思えんが」
「確かにこいつは化け物だな。一度ヴォルクとの戦いを見てみたいものだ」
外野が好き勝手に言っているが、戦う理由がないのでやらないぞ? だって面倒だし。
「ドク、飲みすぎんなよ? 明日にはここを立つからな。二日酔いだと明日がきついぞ」
「大丈夫、大丈夫。これくらい全然平気だぜ!!」
まぁ二日酔いできつかろうと俺には全く関係ないのでいいけど。
「なんだ? もう出発するのか? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「急いでるんでな。この子達を早く親御さんの元へ連れて行ってやりたいんだ」
「そうか、なら仕方がないな」
まぁぶっちゃけ、急いでるのをお前らが邪魔したんだけどな!! でも北にある生命反応がゴブリンの村だとわかったのもこいつらのおかげではある。危うく無防備に子連れで突っ込む所だった。守りきれる自信はあるが、事前に避けられる危険は避けるべきだ。今回は運が良かったのだろう。
「ところで銀狼族か金虎族の村の場所しらないか?」
「金虎族はわからないが、銀狼族の村ならここから北東の東寄りに2日程いった所にある。子供の頃に一度行っただけだから、今もそこにあるかはわからないが」
「そうか、じゃあまずはそこを目指すとするよ。教えてくれてありがとう」
「ああ、旅の無事を祈っているよ」
そういって木のコップをぶつけ合って乾杯する。後ろを見るとドクとレアンが肩を抱き合って一緒に飲んでいた。どうやら意気投合したらしい。酔っ払いに構うとロクなことがないのでそのまま放置しておくことにする。すると突然何者かに顔をがっしりと掴まれた。強制的に右を向かされるとそこには真っ赤になったフェリアの顔が。
「聞いれるんれふかきっろはん!!」
「……何を?」
「アイリばっかりずるいといっているのれふ!!」
……呂律が回っていない、顔が赤い、そして何より。
「酒臭い」
フェリアは完全に酔っ払っているようだ。誰だ酒を飲ませたのは!? そんなことを言う間もなく俺は力任せにフェリアに倒され、その顔をフェリアの太ももの上に乗せられた。そしてそのまま強引に顔を捻って上を向けようとする。
「痛い、痛い!! 首がモゲル!!」
俺はとっさに体を同じ方向に回転させて首をねじ切られるのを防いだ。ジュースをこぼさないようにとっさにコップを下に置けたのはまさに神業とも言うべき反応だろう。しかし、危なかった……もう少しで首をねじ切られるところだった。今、この世界に来て一番死に近づいた気がする。熊に襲われてもライオンもどきに襲われてもここまで危なかったことはなかったというのに……。
フェリアは俺を膝枕状態にすると満足したらしくニコニコ顔で俺の頭を撫でている。どうやら昼にアイリが膝枕をしていたのを見て自分もやりたかったようだ。俺のほうは気持ちいいんだが、やっているほうは何が楽しいのかわからない。しかし、フェリアが満足そうなのでよしとしよう。まぁ床に布が敷いてあるので地面に直で寝ていないのが幸いだ。しかし何がけしからんってアイリの時は膝枕された状態で普通に顔が見れたのに、フェリアが相手だとフェリアが覗き込んでこないと顔が見られないということだ。つまり……そういうことだ。けしからん、実にけしからん。これが他人の物になると思うと非常に憤りを感じる。俺がこんなに苦労しているのにそいつは何の苦労もしないで幻の2つの山を乗り越えてこの桃源郷にたどり着くというのか。これは一度そいつとお話をしなければいけないな。拳を使ったお話を。
そんなことを考えつつ後頭部だけ幸せな感触に包まれていると、不意に体の上に誰かが乗ってきた。またマオちゃんかなと見るとそこにはアイリの姿が……。
「何してるのかな?」
「むふー」
何やらアイリはニヤ付きながら俺の胸辺りに顔を擦りつけている。顔が赤いし行動が理解できない……やはり酔っているようだ。アイリはそのまま体の上に乗っかったまま只管顔を擦りつけてきている。匂いでも付けているのだろうか? どうも降りるつもりはないようだ。
そして起き上ろうとするとフェリアが超反応で俺の肩を押さえつけ起き上らせないためにこの場から動くことができない。これは2人が寝るか飽きるまでは動けないと判断して、脱出するのは早々に諦めることにした。個人的には非常に気持ちいいのでこのままでも何ら問題がない。俺にもそう思っていた時期がありました。実はここは天国のような地獄だった。
「がふっ!?」
諦めて寝ていると唐突にフェリアが寝転がったままの俺に酒を飲ませ始めたのだ。ただでさえ飲めない俺が、ドク曰く
「獣人の酒は相当強い。薄めずに飲むと死ぬかもしれん」
らしい酒を飲まされる。さすがにこれは死ぬ。吐き出そうにもアイリが体の上にいて退けない、動けない。あれっ……これ詰んでる!? 俺は横を向いて必死に口から酒を出す。
「ごほっごほっ無理無理無理、っていうかこれ口の中が痛い!!」
「私のお酒が飲めないって言うんれふか? 全くしょうがないれふね」
そう言ってフェリアは自分でお酒を飲み始めた。助かった……そう思った次の瞬間景色が真っ暗になった。
「ふむう!?」
何かが顔を覆っている。というか酒がどんどん口の中に流し込まれている。これはまさか……口移しだと!? 俺が意識を保っていたのはそこまでだった。次第に遠のいていく意識の中、聞こえてくるヴォルクとドクの笑い声だけが辛うじて認識できていた。とりあえずドクは後で殴っとこう。そう思ったのを最後に俺の意識は途絶えた。
どれくらい経っただろうか。やわらかなぬくもりに包まれながら俺は目を覚ました。とても気持ちいい、やわらかな膨らみに顔を包まれているようだ。暗闇の中、目を開けて確認するとどうやら誰かに抱きつかれているようだ。窓から入る薄らとした明かりを頼りに、俺を抱いていた人物を見る。
「フェリアか」
俺に酒を飲ませて気絶させた本人だった。あれ? しかしフェリアの手は俺の顔を包んでいた。じゃあこの腰にまわっている手は……。そう思い右に振りかえると抱きついたアイリの姿が。どうやら2人に抱きつかれて寝ていたようだ。なにこの幸せサンドイッチ。
とりあえず野ざらしになっていなくてよかった。どうやら誰かが別の場所に運んでくれたらしい。目を擦りながら辺りを見回すとどうやらヴォルクの家のようだ。体を起こして部屋を見渡すとただ一人起きていた十六夜がこちらに気がついた。
「おはようございます主殿」
「おはよう十六夜。昨日あれからどうなったんだ? 予想では倒れた俺をヴォルク辺りが運んでくれたんだと思うんだが」
「正解です。フェリアとアイリは私とリンが運びました」
「そうか、ありがとう」
「いえ、これくらいお安いご用です。それにしても意外でしたね。主殿はお酒に弱いのですか?」
「弱い。というか全く飲めない。確か聞いた話によると赤子の頃に親に数滴酒を舐めさせられたことがあるらしくてな、その時全身に発疹ができて倒れて死にかけたことがあるらしい」
「そ、それは……」
「それ以来、本能的にかは分からないが酒類には体が拒絶反応を起こすみたいだ」
「なるほど、そうでしたか。赤子に酒など、なんと無茶なことを」
ちなみに父親がやったらしいが、その話を直接聞く前に本人が他界していたために詳しく聞くことはできなかった。俺が倒れて入院して、それを知った祖母にものすごく父が怒られたという話を祖父から聞いたのだ。それ以来俺はアルコール類が一切ダメなようで、会社の付き合いでほんの少し飲んだだけで体中に蕁麻疹ができてやばかった。アナフィラキシーショックになったりしたらたまったものではないので俺はそれ以来アルコールは避けていたのだが……。とりあえず生きていて良かった。
左右を見ると両隣りにはフェリアとアイリが気持ちよさそうに眠っている。なぜ俺の隣なのかは分からないが、アイリはよく近くによって寝ている。しっかりしているといってもまだ二十歳にも満たない少女なのだ、両親に先立たれきっと心細いのだろう。フェリアのほうがいるのは珍しいな。いつもは妹のファリムやマオちゃんと一緒に寝ているのだが。
俺は2人を起こさないように鞄から水を取り出して飲む。ぬるい水が乾いた喉に染渡る。二日酔いにはならなかったようで特に頭痛等はない。首を鳴らした後、思いっきり背伸びをする。体調は良さそうだ。しかし……飲まないけど酒対策も考えておかないとな。酒を武器にしてくる敵とか居たら大苦戦必至だ。飲まないで直接酒で攻撃してくるやつなんてゲームでも1人しか見たことないけど。
俺は皆を起こさないようにそっと立ち上がり外に出る。時計を見ると4時を過ぎたところで、空を見ると薄らと明るくなっている。どうやら部屋に入っていた明かりは月明かりではなかったようだ。俺は両手を体の前で組み、全身を左右に捻りながら昨日十六夜と組み手をしていた村の外れまで歩く。村の中は静かでまだ起きている人はいないようだ。広場に通りかかるとそこはまるで戦場跡のように死屍累々といった感じで人が倒れていた。しかし、よく見ると皆気持ちよさそうに寝ている。どうやら狼族は野ざらしでも平気なようだ。
広場の中央を見ると見知った顔が倒れているのが見えた。どうやらレアンとドクはそのまま、あそこで酔い潰れて寝てしまったようだ。面倒なのでそのまま放っておいた。
村の外れまで来ると、周りを見て誰も見ていないことを確認してカードを引く。
「……まさか被るとは」
同じカードが2枚あった。1回のドローで被ったのは初めてだ。1回のドローでは被らないと思っていたがその大前提の予想が崩れてしまったようだ。俺は気落ちしながら被ったカードを確認する。
No282C:硬化時間 3秒だけ時間を止める。起動後に「ストップ」のコードで発動する。時間停止中はカード、魔法、スキルを使用することができない。時間停止中の生物には干渉できない。
時間停止は男のロマンだけどこれはちょっと微妙だ。スキルも魔法も使えないならあまり無茶はできそうにない。しかも生物に触れないとなると精々相手を惑わすくらいだろう。ロードローラーでもあるのならブン投げるんだが、3秒じゃさすがに近くにあっても無理だ。そんなもの日本の工事中の道路くらいでしか見たことないが。でもまぁ3秒あれば相手が近ければなんとか背後くらいは取れるかな。
「282セット」
俺はおもむろにカードを使った。2枚あるので1枚はテスト用に使ってもいいだろうとの判断だ。ストップと言わなければ発動しないのなら常駐させておくことができるのではと思ったためだ。このカードが常駐した状態で他のカードを使用したら使えないなんてことがあるかもしれないので、その辺りもテストしなければならない。しかし、今日引いたカードですぐ使えるような物は他になかった。
何か使えるようなカードあったかなと思案していると何者かが気配探知にかかった。しかし良く見知った反応だ。後ろを振り向くとコウとウィル、そしてミルの3人が剣を持ってこちらに歩いてきていた。ドクが見当たらないのは広場で泥酔して寝ているからだろう。
「「おはようございます先生!!」」
「おはよう。2人共、今日も朝から元気だな」
2人が元気にあいさつしてくる。この2人は昨日結構食べていたようだが、お腹を壊したりはしてなさそうだ。俺だったら胃もたれしていそうな量だったのだが……。マオちゃんといい獣人は基本大食いなんだろうか。その割にはフェリアはあまり食べてない気がする。まさかひょっとして俺に遠慮しているとかなのか? あの子は大人しくて物分かりがいいから、食費なんかも考えて遠慮して食べていないなんて可能性もあり得る。今度それとなく確認しておこう。
朝の特訓を終えてヴォルクの家に戻ると他の子達も全員起きていた。アイリとフェリアは頭を痛そうに抱えている。どうやら二日酔いのようだ。結構飲んでたようだからな。2人に水を渡していると後ろから声がかかった。
「あー旦那、俺にも水くれ」
額を押さえながらドクが帰ってきた。漸く起きたらしいが、やはり酷い二日酔いのようだ。
「お前にはやらん」
「なんでだよ!! って痛たたた」
アイリとフェリアが口を付けた物をこんなやつに渡すわけにはいかない。まぁ後3つ程水を入れた袋があるんだけど。ちなみにこの水袋はヤギだか羊だかの内臓でできており、温度を一定に保ってくれるらしく、旅には欠かせない道具として売られている。キャンプ用品として俺と一緒にこちらの世界にやってきた、ビニール製の大きめな水用タンクも持っているが、普段は滅多に使うことはない。大抵は水を作り出す魔道具なんかで事足りるためだ。しかし、魔法で作り出した水はなんか味が違うというか妙な感じがするので、普段の飲み水には使っていない。普段は洗い物とか洗濯用に使っている。特に飲んでも全く問題はないんだろうけど。とりあえず仕方ないのでコップを取り出して水を注いでドクに渡してやった。
その後、起きてきたヴォルクの家族達と朝食を取り、村を出発することにした。
「また帰りに寄るかもしれん。その時はよろしく頼む」
「そうか、またいつでも来るといい。歓迎しよう」
そう言ってヴォルクと握手をして別れる。ずいぶんと世話になったことだし、何れお礼をしにこないとな。元気に手を振るヴォルクの子供たちに手を振り返しながら、俺達は青狼族の村を後にした。
名前だけでも出展とかいるんですかね