47:孤闘の儀
翌朝、俺は村の外れにいた。遠足前の小学生のように眠ることができず、結局徹夜で十六夜と訓練に明け暮れてしまったのだ。黒髪美少女と眠ることなく一夜を共にした。字面だけみると大問題だ。ちなみに対人戦の練習としては申し分ないくらい十六夜は強かった。しかし……。
「眠い」
「一睡もしないで訓練等していれば、そうなるのは必然のような気がするのですが……」
なんか十六夜が申し訳なさそうに答えてくる。いや、これはどちらかというと呆れているのだろうか。いくらチートな体力といってもさすがに睡眠不足については関係ないらしい。
「しかし、主殿がここまで強いとは正直思ってもいませんでした。闇の妖精族が真価を発揮する夜中に、まさかただの一撃も有効打を当てることができないとは……」
十六夜が本来の武器である槍を使えば、そこまで楽な戦いにはならなかったと思うが、慣れていない剣という武器の場合は俺を苦戦させるほどではなかった。暗闇の中で唯一の光源は月明かりのみという戦闘だったため、気力展開で相手の動作を見るのではなく感じるということも随分と上達した。終盤からは目を瞑った状態で戦闘しても何ら問題がなかったほどに。まぁさすがに遠距離から飛び道具なり魔法なりを使われると、まだかわすのは無理だ。しかし今のまま訓練を続ければ何れできるようになるだろう。ちなみにカードは隠れて引いてある。ここまで1日たりとも引き忘れはない。ただ、1度確認したいことはある。1日引くのを忘れた場合に2日目に2回引けるのか、それとも1度に12枚引けるのか、やっぱり1度しか引けずに丸々1日分損するのか。予想では損をする可能性が高すぎて、中々試すことができない。もうちょっとカードが溜まってから試すことにしよう。
日が昇り始め村に明かりがさす頃、俺と十六夜はヴォルクの家へと戻った。しかし朝、雀の鳴き声が聞こえない生活にももう大分慣れたようだ。こちらにきたばかりの頃、ずっと朝に違和感を感じていたのだが、それが雀の声が聞こえないことだと気付くのは随分と時間が経ってからだった。こちらには雀がいないようだ。いや、いるのかもしれないが少なくとも俺が朝を迎えた場所にはいなかった。雀なんて普段生活する分には全く気にすることもないのだが、いざなくなってみるとその存在をとても重要なことのように感じてしまう。
「朝帰りとは……やるな旦那」
家の前でそんなことを考えていると声がかかる、ドクが丁度家から出てくる所だった。朝の訓練だろう。その後ろからウィルとコウ、ミルも一緒に出てきた。
「思いの外訓練に熱が入ってな、さすがに徹夜で訓練はきつかったんで俺は少し寝かしてもらうよ」
「おいおい、今日何とかの儀式で戦うんだろ? 大丈夫なのか?」
「まぁ何とかなるさ。時間になったら起こしてくれ」
そう言って俺は家に上がりリビングに入る。まだ皆寝ているようだ。俺もそれに混じって寝ることにする。朝食はいいから寝かしといてくれと十六夜に言伝を頼んで俺は眠りに就いた。
「――――さん」
誰かの声が聞こえる。どこか温かみのある声だ。誰だっけ?
「――――さん、起きてください」
「ん~後5分」
「もうそろそろ儀式が始りますよ。起きてください」
目を擦りながら起き上るとフェリアとアイリの2人に体を揺さぶられていた。
「アイリ……なぜそんな所を……」
胸を揺さぶるフェリアはわかる。しかし……アイリはなぜか俺の下半身、というか股間の辺りを揺さぶっていた。脚ならまだわかるんだが……。
「男の方はここを触られると喜ぶと聞いたことがありましたので」
「よし、それを教えたやつを連れてこい。ちょっと教育してやる」
純真なアイリに何を教えているんだそいつは。間違って他の男にやって勘違いされたらどうするつもりだ。
「な、何か間違っていたのでしょうか?」
「間違って……はいないのか? いやいや、こういうことは結婚した相手にだけやりなさい」
「そうなんですか? わかりました」
全く……結婚前の純粋な子に何を教えているんだ。ちなみに聞いたところによると母親に教わったそうだ。恐るべし母の愛……。注意されたアイリといえば、落ち込んでいるかと思えば何やらフェリアとゴソゴソと話をしている。「やっぱり直接」とか「そんなの無理」とか聞こえてきたが何をしゃべっているのやら。
「起きたか? もうすぐ儀式が始まるぞ。寝起きで大丈夫か?」
そういってヴォルクがリビングに入ってきた。
「大丈夫だ。問題ない」
俺はどこかで聞いた台詞を吐くと起き上り、精神を戦闘状態へと持っていく。
「じゃあ行こうか」
フェリアとアイリを連れ、俺は昨日の広場へと向かった。ちなみにシロは十六夜の傍に付けておく。他の皆は会場に行くが十六夜だけはここで寝ているので1人になってしまうからだ。安全だとは思うが万が一ということもある。自分のことじゃない以上警戒は怠らない。
広場につくと昨日のリングのような杭の周りに雛壇のようなものが四方に作られていた。いつの間に作ったんだ……。人がそれに座っているので観客用の席だということはわかる。横から見ると凹凸のある木材を組み合わせるだけの簡単な作りのようだ。それを階段状になるように上手く積み上げてある。恐らくこの儀式の度に同じ物を使い回しているのだろう。
「おじちゃん!!」
広場につくと観客席の一番下にいたマオちゃんが俺を見つけて叫んだ。こんな子供に戦いを見せるなんて教育に悪そうだから、女の子達はヴォルクの家でお留守番しててもらおうと思っていたのだが、どうしても全員行きたいとのことで仕方なく十六夜以外で観戦することになった。グロテスクなものは見せられないな。
マオちゃん達に手を振り俺は出場者が集まっているリング脇へと足を運んだ。なぜかフェリアも一緒だ。
「これより孤闘の儀を始める」
リングの中央にいる長の一言により会場は溢れんばかりの歓声が巻き起こった。その後フェリアはリングの脇から少し離れた位置に用意された椅子らしきものにちょこんと腰をかけた。どうやら主役席のようだ。この儀式は戦う者ではなくあくまでも求婚される者が主役だからな。というより椅子あったのか。椅子という存在そのものが無いと思ってたよ。そんなことを考えているとフェリアがこちらを上目づかいで見上げてくる。
不安そうにこちらを見てくるフェリアの頭を撫でて安心させてから俺はリングの脇へと向かう。ヴォルクの話だと出場者はフェリアの座っている場所以外の観客席の間の隙間に待機しているとのことらしい。呼ばれたらそこからリングに向かうのだとか。どこのプロレスだと言いたかったがマイクパフォーマンスとかしなくていいのだろうか。マイクないけど。そうこうしてるうちに儀式が始まったようだ。ちなみにヴォルクに聞いた儀式の内容は
1.リング内で武器を持たず1対1で戦闘を行う。
2.相手を殺めてはならない。
3.相手が降参、もしくは気絶させたら勝利。
4.リングの外へ出たら1分以内にリング内に戻らない場合負けとなる。
5.2回以上リング外に出た場合は負けとなる。
後、いくつか細かいのがあったきがするが忘れた。要はリングで相手を殺さないようにぶっ飛ばせばいいということだ。組み合わせは抽選の箱から出した2枚の札の番号同士で戦い、負けた方の札は排除されて勝った者の札は箱に戻される。つまり、運が悪いと延々と連戦するという仕組みだ。そして最後に残った2人が明日の昼に決勝として戦うということらしい。出場者数が少ない場合は当日中に決勝まで行うが、多い場合は連戦等も考慮に入れて一晩休憩を挟むとのこと。今回は60人以上いるらしいので2日に分かれる。どんだけ冷やかしがでてんだよと問い詰めたい。というよりそんなにいるならトーナメント方式にしろよと。そんなことを考えつつ俺は観客席のすぐ隣にシートを引いてそこに寝転がる。その観客席の一番前はマオちゃん達が座っている。
「3番が呼ばれたら起こして」
「わかりました。あっでしたら私が」
そう言って一番隅に座っていたアイリがシーツの上に正座をした。何をしているのかわからなかった俺の頭にはてなマークが浮かんで居たが、一瞬後、アイリが膝をポンポンと叩いて漸くアイリが言いたいことがわかった。膝枕をしてくれるってことか。俺は遠慮なくアイリの膝に頭を乗せて寝た。リング側からはアイリが壁となって俺は見えないし、観客席が壁になってここは日陰で涼しい。素晴らしい環境だった。
気持ちよく寝ていると体を揺さぶられている感じがして目を覚ます。
「ご主人様、出番のようです」
そういって優しくアイリが体を揺さぶっていた。正直、まだ眠り足りないが少しはマシになった感じだ。俺は腕を上げて伸びをしながらリングに向かって歩く。歓声等は無く、皆俺の様子を窺っているようだ。
「やっと起きたか。試合始めるぞ?」
「ああ、いいぞ」
俺は目をこすりながらヴォルクに答える。どうやら審判らしきものをやっているようだ。
「人族が素手で戦えるのか?」
相手の青狼族が問いかけてくる。誰だっけ? 初対面だよな……たぶん。四天王ではなさそうだから一般人だろう。俺は魔力フィールドを張りながら気力展開を行う。昨日徹夜したかいもあって随分とスムーズにできるようになった。
「たしかみてみろ。じゃなかった確かめてみろ」
「双方準備いいか? では……はじめ!!」
解説者とか居ないんだ。そんなことを思っていると若いのかどうかすらわからない青狼族が殴りかかってきた。俺は避けつつ前に出て体を相手の横にするりとかわすと、殴りかかってきた腕を取って捻り、そのまま脚を引っかけた。
「ぐはっ!!」
ドスンという鈍い音と共に相手はなすすべもなく一回転して地面に転がった。
「どうした? 手加減してると何もできずに負けるぞ?」
何が起きたかわかっていなさそうに呆然と転がっている男にそうつぶやくと、男は真っ赤になって立ち上がり間合いを広げた。
「な、何をしたんだ?」
「お前が勝手に転んだんだよ」
「そんなわけあるか!!」
興奮しているようでも襲ってこない。少しは冷静になったようだ。
「まさか人族相手に使うことになるとはな」
そう言って男は両手を体の前に突き出して力を入れる。すると腕が光りだして手が巨大化し始めた。いや、手が大きくなっているのではない、腕に手甲のような物をまとっている感じか? そこから少し内側に反った感じの光る鉤爪のような物が出ている。ここがスペインならヒョーとかいって金網に上って飛びかかってきそうだ。
「行くぞ!!」
男は光る爪を振りかぶって襲ってきた。それを少し後ろにスウェーしてぎりぎりで避ける。間合いがつかみ切れていないので本当のぎりぎりではなく少し余裕を持たせている。それを何度か繰り返しているうちに背中に何か当たる感触があった。
「もう後がないぞ!!」
どうやらロープ際まで追い込まれていたようだ。相手の動きは見えた。腕に纏う爪のような物も確認した。もうこいつに用はない。そう思った俺は両手に弱めに神気を発動させた。
「喰らえ!!」
そう言って襲いかかる男の爪を左手の神気で受け流しつつ懐に入り、そのまま強く踏み込むと同時に流れるように右手の神気を直接腹に叩き込んだ。瞬間、ロケットのように男は吹っ飛んでいき、反対側のロープにめり込んだ状態になった後、ロープを起点に一回転してそのままリングの外に転がって行った。
会場が一瞬で静まりかえり、放心状態だったヴォルクは急いで吹っ飛ばされた男の元へと走る。うつ伏せに倒れた男はピクピクと動いているので、死んではいないようだ。かなり手加減したからな。ヴォルクが男を確認するとすぐに近くの男を呼び担架が運ばれてきた。男は完全に意識を失っているようでそのまま担架でどこかへ運ばれていった。男を見送った後、ヴォルクはリングに戻り、俺の手を挙げた。
「勝者キッド!!」
その言葉と同時に会場からは大きな歓声が上がった。ブーイングされるかと思ったが、どうやらこいつらは楽しければいいようだ。見るとウィルとコウが立ち上がって声援を上げている。一応、師匠としての面目は保てたようだ。師匠とは呼んでくれないが。
俺は欠伸をしつつ観客に手を振りながら寝ていた場所に戻るとマオちゃん達が拍手で迎えてくれた。なぜかアイリが「さすがご主人様です!!」と手を叩いて興奮していた。ウィルやコウも「さすが先生!!」と興奮を隠しきれないようだ。
「選ばれた時点で、相手が可哀そうすぎて見てられなかったぜ」
そう言って1人、憐れんだような顔をしているドク。憐れんでいるのは俺の対戦相手だろう。
「じゃあもう一眠りするか」
そう言ってまたアイリに膝枕をしてもらおうとシーツの上に座ると
「ご主人様、また呼ばれたようです」
「……は?」
「またご主人様のようです」
「連戦かよ!?」
どうやらまた俺の出番らしい。疲れてないから良いんだけどちょっとは寝かしてほしいものだ。俺は再びリングに戻ると今度は大歓声で迎え入れられた。そして今度の相手も全く知らない男だった。さっきの奴よりは歳をとっていそうな感じだ。
「俺はガルグのようにはいかんぞ」
ガルグが誰か知らないけど恐らくさっき吹っ飛んで行った相手のことだろう。四天王以外はもう相手にする必要はない、と判断した俺はヴォルクの「はじめ!!」の相図と共に一気に相手の懐に飛び込み、先程と全く同じように弱めの神気を懐に叩き込んだ。まるで先程の試合の再現VTRのように相手は吹っ飛んだ後、同じようにリングの外へと転がっていった。今度の試合は1秒で終わってしまった。一瞬呆けた顔したヴォルクが相手の男を確認に行くと、やはり先程と同じように担架を呼んで男を運ばせた。そして同じように俺の勝利宣言を行うと、今度は先程よりかなり大きな歓声が湧きあがった。
これぞ「半歩崩拳、あまねく天下を打つ」だな。正確には崩拳なんて習ってないので正式な型ではないのだろうが。
「口だけでは無かったようだな」
「言っただろ? 負けたことがないって」
俺の手を挙げながら、語りかけるヴォルクに挑発的に答える。
「だがその技は恐らくレアンには通じないぞ?」
「あれが俺の全力だとでも?」
「……そうか、楽しみだ」
そう言ってお互い笑みを交わして無言で別れる。歓声の中俺はまたアイリの場所まで戻って今度こそリターンオブ膝枕で寝ることにした。
その後、どれくらい寝たのかはわからないが自然と目が覚めた。目をあけると覗き込んでいるアイリと目があった。優しく頭を撫でてくれているらしくとても気持ちいい。幼い頃、祖母に頭を撫でられた時の安心感とでもいうか、とても安らいだ気持ちになる。アイリがよければまたやってもらおう。
「おはようございます。ご主人様」
「おはようアイリ。どれくらい寝てた?」
「1時間半程でしょうか」
どうやら少しの間だが熟睡できたようだ。目覚めもすっきりしている。俺は首を傾げてポキポキと音を鳴らすと起き上って背伸びをした。目が覚めたら腹が減ってきたな。俺は鞄からとある物を取りだした。封を開けると甘い匂いが辺りに漂う。それに敏感に反応したマオちゃんが目からビームがでそうな視線で涎を垂らしながらこちらをガン見していた。仕方ないので一口分千切って食べさせた。
「ほああああ!! 甘いにゃ!! おいしいにゃ!!」
マオちゃんが立ち上がって絶叫してしまったせいでウィル、コウ、ファリムの3人も席を立ってこちらにきてしまった。そして尻尾を振り振り何かを期待してるかのように俺の前で待つ。無言で。はぁとため息を一つついた後、3人にも食べさせた。俺の残りは最初の3分の1になってしまった。
「おいしい!!」
「甘い!!」
「!?」
3人共どうやら気に入ったようだ。コウに至っては言葉になっていない程だ。
「先生!! これなんて食べ物ですか!?」
「これはカステラっていうんだ」
「カステラ……また食べたいです!!」
「良い子にしてたらな」
そういって俺は残りのカステラを食べた。あれ、そういえばこういうのに一番うるさそうな羽虫がいないな。というかこの村に来てから1度も見てない気がする……どこいったんだろう。水を飲みながら考えているとどうやらまた出番がきたようだ。リングに入ると四天王の1人が相対していた。
「ついてなかったな、こんな所で俺と当たるとは。まぁ人族にしてはよく頑張ったほうだ、褒めてやる」
俺より背が低い癖にしゃべり方だけは上から目線な男がなんか言ってきた。たしか四天王だったのは覚えてるんだが名前は知らないやつだ。
「では、はじめ!!」
ヴォルクの声と同時に男は後ろに飛びのいて間合いを開ける。
「油断はしない。最初から全力で行く」
そう言って今までの男達のように腕に手甲のような物を発現させて光る爪を出す。
「四天王の1人、≪青の脚≫ルプス、参る!!」
男はそう叫ぶと飛びかかってきた。俺は間一髪その攻撃を避けてそのまま反撃をすると相手の姿がない。すでに相手は飛びのいた後のようだ。
「……速い」
今までの相手がまるでスローモーションのように見えるほど速い。残像が見えるほどの速度を俺は初めて見た。自分に速度アップのカードを使えばあれ以上の速度はでるだろうが、自分の動きは自分で見えないしな。
その後も凄まじい速さで襲いかかってくるルプスの攻撃に翻弄されつつも、俺は避けながら必死に反撃した。しかしお互い攻撃が全く相手に当たらないという現象が続いた。異常な速度で避けるルプス、未来予知に近い読みで避け続ける俺。肉体の反応がついてこない以上、明らかにルプスのほうが有利だ。一応姿を捉えることはできている。しかし、動きが見えてもそれに対して体の反応がついていっていない。予め先に避けた上で、反撃をしているのにそれを避けられてしまう。恐ろしい速度だ。
「なかなかやるな人族!! だがお前には……速さが足りない!!」
そう言ってルプスはさらに速度を上げた。トップギアに入ったであろう速度はもはや肉眼で捉えることができない。俺は気配と疑似未来予知の勘を頼りに避け続ける。最初はぎりぎりで避けていたのが、避け続けることで動きのパターンを見切ると、どんどん俺の勘も予知も冴えわたり、どんなに早く動いても結局掠ることすらなかった。重心を安定させる訓練が役にたったのか、どんな速度でどんな方角からの攻撃にも全く体勢を崩すことなく対処できた。
「ば、馬鹿な!! なんで当たらない!? こんな俺よりずっと遅い奴に!?」
避けながらそろそろ決めようと、俺は左手に神気、右手に魔力を溜める。そして相手の攻撃を避けると同時に右手で掌底を放つ。ルプスはそれを余裕を持って飛びのいて避ける。が、そこまでは予想通り。
「魔導拳!!」
俺は掌底からそのまま魔力を放った。魔力はそれを扱える者でなければ肉眼で捉えることができない。そして獣人は一般的に魔力の扱いがほとんどできないらしい。つまりこれは全く見えない攻撃なのだ。
「ぐっ!!」
魔導拳の直撃を受けてルプスは一瞬硬直する。その隙を逃すことなく俺は間合いを一瞬で詰め、そして左手の神気で相手の顎めがけて掌底を放つ。それと同時に神気を爆発させる。するとまるで格闘ゲームのようにルプスは空中に打ち上げられた。本当ならオイエーと叫びながら回し蹴りでもしたいのだが、さすがにそんなことをしたら死んでしまいそうなので、今までの戦いと同じように神気を弱めに右手に溜める。そして落下してくるルプスにめがけて拳を叩きつけようとしたその時。
「そこまで!!」
その声に俺は拳を止めた。その瞬間ヴォルクが割り込んで落下してくるルプスを受け止めた。ルプスは完全に気絶しているようだった。
「気絶してる。ここまでだ」
「……わかった」
本当は直接左手のほうで腹に打ち込めばよかったのだが、どうも左手は慣れていないのと、ちょっとした実験をしたかったので打ち上げてみた。実験は成功で、今の俺なら空中コンボがリアルで可能という結論になった。浮かせて無防備にして撃墜とか、飛べる相手でなければまさに必殺コンボになるだろう。ちなみに神気を爆発させる掌底は神気爆裂掌と名付けてある。神気は本当に爆発してるわけではなく、エネルギーを高圧縮することにより爆発したように見えるだけで実際には爆発していない……はずだ。纏っている時はあらゆる攻撃を弾く盾となり、そのエネルギーを外側に圧縮して弾きだすことにより爆発したかのような効果を出せる。攻守共に優れた効果を発揮する。使いこなせればかなりの戦力となるだろう。
勝利宣言された後にリングからでるとレアンとかいう男以外の残りの四天王達が驚愕の面持ちで俺を見ていた。
「まさかルプスが……」
「馬鹿な……ルプスはレアンに次ぐ強さなんだぞ……」
どうやらルプスとやらは四天王の中でもNo2だったようだ。まぁ戦いには相性があるから、実際のところ本当に2番手なのかはわからない。それでもこいつらからみたら自分より強いルプスが倒された時点で、俺に対して勝ち目がないと思ったことだろう。
「くっくっくっあっはっはっは、面白い!! 実に面白いぞ人族!! こんなに血が滾ったのはヴォルクと戦って以来だ!!」
そういって一際大きな体で笑うのは四天王最強の男レアン。随分と楽しそうだ。
「族長、提案がある」
「なんだ?」
「俺が今から人族を除いた残りの参加者全員と同時に戦う。そしてそのままこの場で決勝を行いたい。どうせ勝ち残るのは俺と人族の2人になる。決勝以外で俺とそやつが戦うのは興ざめだろう?」
周りからは「なんだと?」「自惚れやがって!!」等と声が上がっている。確かに随分と自信過剰な案だ。まぁ今の俺でもできそうな気がするが、それをやると今までやってきた予選とは一体何だったのかということになる。
「残りの参加者が納得するのならば良いぞ」
「族長!!」
ヴォルクが驚く。まさか族長がそのような案を認めるとは思っていなかったのだろう。
「調子に乗るなよレアン!!」
「今日こそぶちのめしてやる!!」
残っている参加者は鼻息も荒々しく今すぐにでも戦いを始めそうな雰囲気だ。
「いいようだな。では残りのやつら全員まとめてかかってきな」
レアンがリングに入りそう叫ぶと残りの参加者達は一斉にリングに入り、レアンめがけて突進する。レアンはそれをものともせずに立ったまま攻撃をすべて受け止める。その巨体は微動だにしない。
「はああああああ!!」
攻撃をすべて受け止めるとその場で巨大な腕を振りまわして、近くにいる者すべてを軽々と吹き飛ばした。2人を残してすべてがリングの外に吹き飛ばされると、残った2人がリングの杭を背に、息も絶え絶えな状態でレアンと相対する。
「四天王の名にかけて、このまま無様に負けることはできん!!」
「兄者と同じだ!!」
どうやらこの四天王の2人は兄弟のようだ。
「ほう、さすがは四天王というだけのことはある。だが俺とお前達では決定的に違う」
レアンはリングの中央で腕を組んで残った四天王の2人を見降ろす。
「俺は四天王等と自分から名乗ったことは一度もない。周りが勝手に言っているだけだ。ヴォルクに敗れ、その配下にはなったが、それでなぜお前らと同格と扱われねばならん? 俺は自分より強い者しか認めん。俺が認めているのは今の一族では族長とヴォルクだけだ。俺を四天王等とお前らと一緒くたにするな」
それを愕然とした面持ちで聞き入っていた残りの四天王は一瞬後、顔を真っ赤にしてレアンに襲いかかった。
「きっさまああああ!!」
「なめるなああああ!!」
同時に光る爪でレアンに切りかかる。完全に殺すつもりだ。しかし、レアンは動くことなくその攻撃を腕を組んだまま無防備に喰らった。
「やった!!」
「馬鹿め!! 調子に乗るからだ!!」
四天王の2人に笑みが零れる。が、すぐにそれは驚愕の表情に変わることになる。
「ば、馬鹿な!?」
「き、傷一つ付かないだと!?」
そう、その爪はレアンの皮膚にすら傷を付けていなかった。
「それで終わりか?」
レアンはそう言うなり、驚愕で動きの止まった2人をぶん殴った。2人はまるでピンポン玉のように軽々と吹き飛びリングの外に落ちた。リングの外に落ちた参加者達は動いてはいるが、リングの中に戻る力はないようだ。
「勝者レアン!!」
ヴォルクの宣言と同時に大歓声が上がる。両手を突き上げたレアンは、リングのすぐ脇で見ていた俺を指さしたまま凶暴な笑みを浮かべた。
「さあ、こい!! 最高の戦いにしよう!!」
相手にとって不足はなさそうだ。
「ではこれより決勝を行う!!」
ワーワーという大歓声の元、俺はリングの中へと入った。まぁ結構予定も詰まっているから、日程が縮まるのは良いんだが、こんなことなら初めから全員同時に相手して沈めてやればよかったな。
「では……はじめ!!」
ヴォルクの声で試合が始まる。が、レアンは動かない。
「来るがいい、人族よ。お前の一撃を見せてみろ」
そう言ってレアンは無防備に体を晒す。俺は今までの戦いと同じ、弱めの神気で拳を覆い、一瞬で間合いを詰めてそれを相手の腹に叩き込んだ。ドスンと踏み込みの音が響き渡り、地面が足型に凹む。しかし、レアンは動くことなくそれを受け止めた。
「今何かしたか?」
あり得ないことに全くダメージが無さそうだ。そのままレアンは左拳で俺を殴ってきた。俺は避けずに神気が無くなった右手で受け止めた。完全に力が乗り切る前に受け止めたので、さほど力を感じなかった。
「こんなもんか?」
挑発しかえしてやった。
「くくくっ面白い!! この俺と力で張り合えるとはな!!」
掴まれていた手を外しながらレアンは後ろに飛びのいた。そして他の狼族のように両手に手甲のような物を発現させる。
「行くぞ!! 簡単にくたばるなよ!!」
どうみても殺す気満々だ。俺は左手に神気、右手に気力を溜めて迎え撃つ。そして1回戦と同じようにレアンの右手の攻撃を左手の神気で受け流しつつ懐に入る。
「爆振機雷掌!!」
俺はレアンの腹に手を当て、右手の気力を爆発させた。
「ぐっ!?」
レアンは一瞬だけ動きを止めた後、そのまま左手でなぎ払うように俺を攻撃してきた。俺はすぐさま間合いを離して避けた。まさか手加減したとはいえアレを食らって動けるとは……。
「驚いた……まさか俺にダメージを与えるとはな」
腹を押さえながらレアンが驚愕の面持ちで呟いた。まさかダメージを食らうことすらほとんどないのかこいつ? ただ体が頑丈というには異常すぎる。恐らく何かしらの防御系スキル持ちという可能性が高いな。そうじゃなければ手加減したとはいえ奥義を食らってピンピンしてるなんてありえない。体の内側を破壊するアレは体を鍛えた所で防ぎようがない。それをあの程度で抑えているということは、相手の攻撃をある程度無効化するスキル、という可能性が高い。完全無効ならダメージが通ってるのはおかしい。つまり、相手の攻撃力、もしくはダメージを何割かカットするスキルという線が濃いな。
「面白い、実に面白い!! 俺にダメージを与えたのはヴォルク以来だ!! 名を聞いておこう人族の戦士よ」
「……キッドだ」
「キッドか、覚えておこう。人族で俺を傷つけたのはお前が初めてだ。手向けだ、俺の本気を見せてやろう」
そういってレアンは腕に力を込める。すると今までの鉤爪状だった爪がみるみる形を変化させ、手を覆うグローブのようになった。そして同時に腕全体が光を帯び出した。
「見せてやろう、これが≪青の腕≫の真の力だ!!」
一瞬で間合いを詰めたレアンは青白く輝く腕で俺を上から叩きつけるように殴ってきた。俺は避けずに神気纏った両腕を交差させて受け止めると、ドンという凄まじい衝撃と共にその場で地面に少しめり込んだ。
「な……に……これを受け止めただと!?」
レアンの顔が驚愕の色に染まる。たしかに今までとは比較にならない力だ。普通の人間ならペシャンコになってるだろう。とっさに両腕で抑えなければ頭を砕かれていたかもしれない。俺が両腕をはね上げるとレアンはたたらを踏んで少し下がった。
「面白いものを見せてもらった礼をしなきゃな。こちらもそれ相応の技を見せてやろう」
現状こいつは頑丈を通り越して不死身に近い。ならそれ相応の技でなければ倒すのは難しいだろう。俺は昨日作ったアレを使うことにした。観客席に顔を向けてコウとウィルに叫ぶ。
「コウ、ウィル、よく見ておけ。これが……究極奥義だ!!」
そう言って俺は左手に神気、右手に気力を溜める。そして右手を右斜め上に、左手を左斜め下へと構える。
「面白い、受けて立ってやる!!」
「お前の最強の技で来るがいい、放った時がお前の最後だ」
腕に力を入れるレアンと不敵な構えで待つ俺が睨みあう。その場の空気がまるで固体化したかのような緊張感が漂う。なぜか周りはとても静かで何の音も聞こえてこない。俺はただ、レアンの行動を待っていた。
「食らえ!! これが俺の全力だ!!」
右手を振りかぶってレアンが突進する。レアンの拳が俺に触れようとするその瞬間、俺は左手の神気でレアンの右拳を上に弾いた。それと同時に右手を腹に当て気力を爆発させる。さらにそれと同時に相手の顎を左手の掌底ではね上げると同時に神気を爆発させる。爆発音とともに空中に打ち上げられたレアンに右手で魔力を圧縮して打ち出す。これを一呼吸、一瞬の動作で行った。
ドスンという鈍い音が会場に響き渡る。そこにはボロボロになったレアンが倒れていた。その姿はピクリとも動いていない。
「究極奥義、神気魔闘」
もちろん元ネタはあの大魔王様だ。本来は攻撃、防御、魔法の奥義を同時に叩き込む超必殺技なのだが、魔法が使えない俺にはそのまま真似はできないため、できる技でアレンジさせてもらった。神気で相手の攻撃を弾き、爆振機雷掌で相手の内部を破壊し、神気爆裂掌で相手を浮かせ、無防備になった相手に魔導拳を叩き込むという、奥義3つをほぼ同時に叩き込む技だ。奥義を複数同時に使う技なので究極奥義と名付けた。ちなみに昨日の蟹には利かなそうだったので魔導拳は撃ってないし神気爆裂掌は浮かせずに直接叩きつけた。大魔王様の技との違いは、大魔王様の技はカウンター限定の技なので自ら攻撃することはできないが、俺の場合は自ら攻撃することが可能という点だ。その点だけはオリジナルより優れている。
ボロ雑巾のようになったレアンをヴォルクが心配そうに見ている。もちろん殺さないように手加減はしたが、さすがに人相手に使うのは初めてなのでどうなったかまでは責任持てない。いざとなったら回復カードを使うしかないだろう。
「がはっ」
「大丈夫かレアン?」
「俺は……負けたのか? ……そうか」
しばらくするとレアンは気がついた。そしてヴォルクの表情を見て負けを悟ったようだ。そしてゆっくりとヴォルクに支えられながら起き上がろうとする。
「無理をするなレアン」
「だいじょうぶだ」
そういってレアンはヴォルクの手を借りて立ち上がった。そしてよろよろとした足取りで俺の元まできて俺の手を取った。
「見事だキッド。お前の勝ちだ」
そう言って俺の手を挙げた。その瞬間、割れんばかりの大歓声が上がった。
「ここまでボロクソにやられたのは初めてだぜ。ヴォルクにだってここまでやられたことはないってのによ。生まれて初めて死ぬかと思ったぞ」
そう言ってレアンは、がっはっはっと男らしく笑う。
「手加減したとはいえ、究極奥義食らってなんでピンピンしてんだよお前。どんだけ頑丈なんだ」
「丈夫なのが取り柄でな」
「丈夫とかそういう問題じゃねえだろそれ」
そう言ってお互い握手を交わす。
「まさかここまで強いとはな。不敗という話は真のようだ」
そう言ってヴォルクが声をかけてきた。しかしヴォルクはレアンより強いんだろ? あれより強いってどんなだよ……。そんなことを話していると誰かに抱きつかれた。見ると賞品にされていたフェリアだった。
「さすがご主人様です」
「すげえええ!! 先生すげえええ!!」
「旦那の化け物っぷりがますます酷くなってきたな」
後ろから聞こえるのは仲間達の声。後でドクは殴っておこう。俺はフェリアの頭を撫でながら落ち着かせる。万が一俺が負けでもしたら誰かの嫁になる可能性があったわけだから怖かったのだろう。
「もう大丈夫だぞフェリア」
「……はい!!」
溢れんばかりの笑顔でフェリアは答えた。