46:戦いの前日
「わかってるよフェリア。俺に任せなさい」
キッドさんはそう言って私の肩を叩くと儀式にでる旨を伝えに行ってしまった。わかってる? 私の気持ちを? 私はどんどん熱くなってくる体を抑えきれなかった。自分ではわからないがきっと顔が赤くなっていることだろう。
「フェリア……あまり期待しない方がいいよ」
「えっ?」
そう声をかけられ、両手で顔を抑えて悶えていた私は思わず振り返る。
「たぶんご主人様のことだから、とんでもない勘違いしてると思うの」
憐れむような瞳でアイリが語りかけてくる。お互い呼び捨てになったのはいつからだろう。一緒に旅をして、歳が近いせいもあって気がつけば仲良くなっていた。最初、お互い敬語で話し合っていたのが今では嘘のように、まるで幼い頃からの親友みたいに打ち解けている。
「勘違いって?」
「ご主人様はとんでもなく鈍いの。貴方も知ってるでしょ? そのご主人様が貴方の気持ちに気づくなんてあるわけないでしょ。……それとも……胸なの? その無駄に大きい脂肪のせいなの!?」
「やっ……ちょっとアイリだめっ……」
後ろから乱暴に私の胸を揉みしだくアイリから逃げ回りながら考える。そうなのだ。キッドさんはとんでもなく鈍いのだ。アイリは出会ってからかなり積極的にキッドさんに迫っている。寝るときに隣にいったり、歩いてるときに常に隣にくっついていったり。でもキッドさんは全く意に介することもなく普段通りだ。私達も子供達と同じように扱っている感じがする。たしか以前、キッドさんは30と聞いたことがある。たしかに私達の倍近く生きてるキッドさんからみれば私達も子供なのかもしれない。やっぱりアイリの言うとおり私の勘違いなのかな……。
しかし、狼族ならそれくらいの歳の差の夫婦は極、普通だ。歳の差40以上の夫婦だっている。それは狼族が狩猟民族であり、戦闘は常に男の仕事だからだ。森には非常に多くの魔物や魔獣が住んでいる。男達はそれらと常に戦っているため、それによって命を落とす者も多い。必然的に女性の方が数が増えるため、1人の雄に対して複数の雌が番うこととなる。得てして求められるのは強い男の血。キッドさんなら他種族であってもきっと父も納得してくれるはずだ。
「そんなことよりフェリア」
「なに?」
「私、狼族の掟とかよく知らないんだけど、貴方がご主人様を選ぶっていえばこんな儀式しないで終わりなんじゃないの?」
「それは無理ね」
狼族の男には成人の儀と勇者の儀というものがある。成人の儀は大人達の監修の元、若い男達だけで魔物を狩るというものだ。これを終えなければ一人前と認められない。そして勇者の儀とは成人の儀を終えた者だけが行えるもので、1人だけでとある魔物を狩るというものだ。この儀式を達成したものはほとんどいない。だがこれを達成した者にはあらゆることで優先権が与えられる。結婚についてもそうだ。
通常求婚するのは男性からだが、15になった女性が勇者の儀を終えた者に対して求婚する場合のみ、女性からの求婚が可能なのだ。そして男性がそれを受け入れた場合は孤闘の儀を行うことはなく結婚が可能となる。しかし、成人の儀を終えただけの男性を女性が選んだ場合、他にその女性に求婚者がいなければいいが、いた場合その該当者の男全員で孤闘の儀が行われ、その勝者と結婚することになる。たとえ意中の人がいたとしても、その者が強くなければ決して結ばれることはない。
キッドさんは儀式を受けていない。どんなに強くてもそれでは狼族は納得しない。本来成人の儀すら終えていないので求婚権もないのだが、相手が他種族の場合の決まりごとは私はよく知らない。恐らく私が言えば参加は認められるでしょうが、それでもキッドさんを選ぶから儀式をしないなんてことはありえない。そんなことでは誰も納得しないでしょう。
「なるほどね。じゃあご主人様がぶっちぎりで勝っちゃえば問題ないわね」
アイリが納得したようにふんふんと頷いている。アイリは私より年上なのに、たまにこうして子供っぽい所があって非常にかわいらしい。背も私より低いし胸……のことは言うと怒るので言わないが、見た目も姉というより妹といった感じだ。
「問題ないの?」
「このままだとお互いご主人様に全く相手にされないかもしれないからね。ちょっとでも切っ掛けを作らないと!! まずは周りを固めることから始めるのよ」
「周り?」
「そう、私達がご主人様の嫁ということを周りに知らしめるのよ。ご主人様本人じゃなく周りの認識から埋めていくのよ。鈍いご主人様が気がついた時にはもう遅いの。その時、私達が嫁ということになっていれば私達の勝利よ!! 周りがそう思っているから私達はもう結婚できない、だから責任をとってっていえば、優しいご主人様は渋々でもきっと納得して下さるわ」
そう言って凍えるような笑みを浮かべるアイリ。黒い……お腹が真黒だよアイリ……。私は普段はとても大人しい親友の真の姿を見た気がした。ちょっと怖い。でも非常に魅力的な提案だ。がっしりと手を組んだ私とアイリを離れた所でドクさんが見ていたが、その表情がなぜか恐怖に慄いているように見えたのはきっと気のせいだろう。
リーダーことヴォルクに出場の打診をしていると、離れた所でアイリとフェリアがキャットファイト? いやドッグファイト? をしていた。フェリアFOX3!! いつの間にかキャットでもドッグでもなく狐になっているが気にしない。しかし、美少女2人だと絵になるなぁなんて思いつつ、それをニヤついて見ている5人の四天王の前に立って邪魔してやる。
「なんだ貴様、邪魔だぞ」
「お前人族の癖に儀式に参加するらしいな? 身の程知らずが!!」
「人族である貴様が、素手で我ら狼族に勝てると思っているのか?」
各々が好き勝手に言ってくる。まぁ普通なら絶対かなうことなんてないだろう。人はどんなに強かろうが、武器を持って初めて戦いになる。人の強さはその武器を作り出す知恵と使いこなす技術なのだ。それがないのは完全なハンディキャップマッチでしかない。しかも儀式には階級制限があるわけでもない。四天王のうち4人は俺より体格がいい。真っ向から力勝負をしたら勝ち目はないだろう。だいたい四天王なのにそのうち4人てのがまずおかしい。普通それなら全員だろが!!
興奮しそうになるのを抑え、落ち着いて四天王の奴らを見る。1人は2mはありそうな巨体だ。これでこいつがスピードキャラだったりしたらおもしろそうなんだが、まさかそんなことはないだろう。まさか……ね。
パッと見でヤバそうなのはその1人で、後は強そうな雰囲気ではあるがなんとかなりそうな感じはする。あくまで見た感じの直感だが。まぁ相手がだれであろうと油断はしない。
その後、俺達は儀式までの間、ヴォルクの家に厄介になることとなった。なんでもヴォルクは一族最強の男で嫁さん3人もいるらしい。リア充は死ねばいいのに。他種族相手には思っていても口には出さないが。到着したヴォルクの家はかなり大きかった。おっちゃんの家の3倍はありそうな家で、他の村人の家とは比べ物にならない大きさだ。
「帰ったぞ」
「お帰りなさいませ」
そう言って出てきたのは腰まで伸びた青い髪の美人だった。ヴォルクは先程村人で分けた獲物を奥さんらしき美人に渡しながら、俺達のことを紹介してくれた。
「しばらく御厄介になります」
「まぁまぁ、人族の方を見るのは子供の頃以来だわ!! よくいらっしゃいました。歓迎しますわ」
美人の嫁さんは手を顔の前で合わせながら、子供のようにはしゃいで迎え入れてくれた。ずいぶんとかわいらしい人のようだ。靴を脱いで家に上がると廊下のような所を歩いてヴォルクについていく。驚いたことに普通の洋式の家のようだ。にも関わらず玄関が段差になっており、靴を脱ぐようになっている。しかし獣人はもっと文明が低いと思ってましたすみません。掘立小屋のような所を想像していたのを心の中で謝りつつ廊下を進むとリビングのような部屋に入った。しかし中は予想を裏切られて田舎の和風な感じだった。ただし囲炉裏等はなく、部屋の中央部に大きくて丸いちゃぶ台のような机が置いてあり、その下には毛皮のような敷物が敷いてある。椅子などはもちろんない。冬なんか寒いんじゃないかこれ? 今は夏だから問題ないだろうが。
俺は板張りの床の上に背負子を下し、その隣に座る。こんな状態でも十六夜はスヤスヤとお休み中だ。ほんとに起きないなこの子。ちなみにメリルは村に入ってからは背負子から降りて自分で歩いていた。歩いてたというか好奇心旺盛に村を勝手に走り回って見学していた。子供達は他種族の村に緊張しているのか大人しかった。狼族の子はそこまで緊張してはいなかったようだが、猫族のリンは居心地が悪そうだった。緑猫族の村の時は逆だったので猫系か犬系かでやはりなにかあるのだろう。ちなみにマオちゃんはいつも通りだった。
「儀式ってのを具体的に教えてくれ」
俺は座っているヴォルクに尋ねた。
「今日から明日にかけて準備、明後日には儀式を始めて最後の2人になるまで戦う。そして3日目にその2人で決勝。その後は宴だな」
やはり本質は騒ぎたいだけのようだ。最後の宴が真実を物語っている。しかし5人の四天王と俺で参加者は6人じゃないのか? と尋ねるとすでに他の村に参加者の確認に行っているそうだ。フェリアがここにいるのにどうやってと思ったが、最近こんな儀式をしていないので遊び半分で参加するものがいるだろうとのこと。俺がいうことではないが、人の恋路を邪魔する奴はスレイプニルに蹴られればいいのに。そういえばスレイとプニルは元気かなぁ。ちなみに遊びで参加したやつらが勝ったらどうなるんだろう。そんなことで参加したやつが勝者とか寝とられにも程があるだろ。
「最近はお互いが思い合ってるような場合は、儀式そのものをしないんだ。昔は頻繁にやっていたが、遊びで参加するやつは大抵途中で棄権するんだ。まぁ本気で奪っても弱い奴が悪いってことで文句は言えないんだがな。ちなみに俺がやって以来だから儀式自体5年ぶりの開催になる」
俺が不審に思ったのに気付いたのかヴォルクが答えた。一応狼族にも空気を読むということはできるらしい。あの脳筋を見ているととてもそうとは思えなかったが。
その後、ヴォルクの3人の奥さんと子供達を紹介された。上は10歳から下は2歳と幅広い6人兄妹だ。コウやウィル達と歳が近いこともあってすぐに仲良くなったようだ。どうやら長男は猫族の尻尾が気になるらしくマオちゃんの尻尾を触ってマオちゃんに引っ掻かれていた。それによって取っ組み合いの喧嘩に発展したが、すぐにヴォルクの拳骨によって長男は沈められた。マオちゃんのほうは姉のリンに止められていたが、そもそも猫系の獣人は尻尾を触られるのがとても嫌いらしく、よほど信頼を置いた人でなければ触らせてもらえないとミルが教えてくれた。フーフーと尻尾を立てて怒るマオちゃんは初めて見たが、見た目がかわいらしいので全く迫力がない。
その後、ヴォルクがマオちゃんに謝っていたが、マオちゃんは不貞腐れてしまったようで横を向いている。リンが嗜めようとしたが悪いのはこちらだからとヴォルクがそれを止めた。常識のある良い人のようだ。とりあえず助けるために、ジュースをあげてマオちゃんの御機嫌をとることにする。すると一瞬で笑顔になりおいしそうにジュースを飲んでいた。もちろんその結果、他の子達にもあげることになったが。
夕食の時間になり十六夜が起きてきたが、案外戸惑ってはいないようだった。目が覚めた時に知らない家だったら俺なら驚くが、緑猫族の村に行った時も同じようなことがあったから十六夜はもう慣れているようだ。夕食後、俺達の明日の予定を聞くと自由にしてくれて構わないとのこと。それならば釣りでもしようと思い近くに川でもないか聞くと湖があるそうだ。場所を聞き明日行ってみることにする。なぜかミルの視線が怖かった。
翌朝、朝早くに外に出ていつも通り訓練を行う。ウィルは気力の扱いが上手く、コウは魔力の扱いが上手くなった。訓練中に起きてきたヴォルクがコウを見て「獣人で魔力をここまで扱える者は見たことがない」とずいぶん驚かれた。コウは計画通りどんどん規格外に育っているようだ。コウには俺の妄想した技をすべて習得させていずれ世界最強の男にするのだ。ウィルはコウのライバルとして育ってもらうが、あくまでもそれは常識の範囲内になるだろう。コウには常識? 何それおいしいの? といえるほどの強さにする予定だ。きっとコウならできる。というかする。なろうと思ってなるのが世界最強ではない、気づいたらなってしまうのが世界最強なのだ。
そんな俺の考えも知らずにコウは一心不乱に剣を振っている。なかなか上達したようだ。それに負けじとウィルも剣を振っている。剣の腕はウィルのほうが上のようで、2人で戦っていると多少ウィルのほうが勝ち越している。能力的な物はコウのほうが上だが、戦い方の技術というか、戦いのうまさはウィルのほうが若干上回っているようだ。ウィルは戦いの動作を自身でイメージした通りに動くことができるようだが、コウは今一型に拘りがあるのか、所々動作に迷いのようなものがみえる。恐らく型にない動きが必要になった時に、それでいいのかちょっと考えているのだろう。コウは結構生真面目な性格なのだ。いい加減な俺とは大違いだ。俺は直す気がないので俺を反面教師に育ってくれればいいのだが。
朝食後、俺は近くにあるという湖に向かうことにする。通りがかりに村の広場を見ると何やら木の杭を刺したり、よくわからんことをしていた。一体何の準備なのだろうか。ちなみに湖は1時間程歩いた先にあるそうだ。危険を考慮して1人で行くことにした。ミルが「魚!! 魚!!」と血走った眼で言っていたのが印象的だ。とりあえずわかったとは言っておいたが釣れなかったら俺は殺されるかもしれない……。
村の南東方面に向かって歩くと、人がいつも通っているのか道のようなものができていて、思いのほか歩きやすかった。歩きだして1時間が経過する頃、大きな湖に到着した。円形ではないが向こうに見える対岸まで2km以上はありそうだ。湖の周りは開けており、釣りをするのに十分なスペースがある。
俺は鞄から小魚型のルアーを取りだして釣りを開始する。この日本のとあるメーカーの作ったルアーは頭、胴体、尾の小さな部品を3連結して1つの小魚を形作っており、その動きはまるで本物の魚のようだと海外でも絶賛されてる。水中でそのルアーがどういう動きをしているのか動画で見たことあるが、全く本物と区別がつかないレベルだった。それを見た海外の人は「日本人の凝り性はどこまで行ってるんだ!!」と驚きを通り越して呆れていたという。俺の場合はルアーの性能よりも、凄まじいスピードでリールが巻かれているにも関わらず、そのルアーの動きに合わせて完璧にぶれることなく水中を追従していたカメラのほうが気になったが。どうやって撮ったのかは今でも謎だ。
ルアーを投げること3回、当りはすぐにきた。中々に強い引きで、それは大物を予感させる。竿を右に左に引きながらリールを巻き、魚を手繰り寄せる。この世界では何が釣れるのかわからないが、地球での手ごたえでいえば雷魚、もしくは鯉といった感じだ。まぁルアーで鯉なんてそもそも釣れるとは思えないが、淡水の場所での手ごたえからするとその2種類ということだ。
網など無いのでそのまま近くまで引き寄せてから糸を手繰り寄せる。すると大きなイワナのような魚が掛かっていた。50cm以上はありそうな大物だ。食べられるのかは知らないがお土産にしよう。それから魚がルアーに慣れていないのか入れ食い状態で魚が釣れて、とりあえず9匹程釣れた所で釣れなくなった。やはり人間、キリが良い数字でやめたいものでどうしても10匹目を狙いたくて竿を振り続けたが、全く釣れなかった。諦めて帰ろうかとしたその時、今までにないものすごい引きがきた。
「ぬおおおおお!!」
竿毎湖に引きずり込もうとする凄まじい引き込みに、思わず唸る。しかし、ゆっくりとだが、確実にこちらに引き寄せている。1時間以上の格闘の末、やっと水辺まで相手を引き寄せることができた。強引に引いてしまうと糸が切れてしまう可能性があるため、かなり慎重に事を運んだせいでずいぶんと時間がかかってしまった。ゆっくりと姿を現したそれはかなりの大物だった。うん、大物っていうか……。
「でかすぎるわ!!」
それは全長5mは優にある、巨大なヤドカリのような生き物だった。ヤドカリといっても貝殻を背負っているわけではなく、体は茶色の甲殻に覆われており、蟹と違い真正面に向かって歩いてきている。その左手にある巨大なハサミには俺の釣った魚を挟んでいる。どうやらルアーにかかった魚をこいつが捕まえて離さなかったようだ。俺としては魚はもういいからルアーだけ返して帰ってほしい所なのだが、蟹は俺を見るなり魚を放り出して襲いかかってきた。俺は魚の入ったバケツと竿を持ってその場から逃げだした。といっても湖の周りを走っており、村には向かっていない。万が一ついてこられても困るからだ。100m程走った所で後ろを向くとまだ追いかけている。諦めの悪い奴だ。蟹の分際で匂いでも追いかけているのだろうか。俺は仕方ないのでバケツと竿を置き、奴をしとめることにした。蟹だからきっとおいしいだろう。ミルへのお土産にしよう。そして俺は明日の儀式の予行演習を行うことにした。
まずは走ってくる蟹に正面から蹴りを入れて突進を止めると両手に神気を発生させる。それと同時に体の周りに薄皮のようにフィールドを張る。以前シロに紙のように蹴散らされたが今なら少しは持つと思う。俺はその状態で蟹と相対して攻撃を待った。蟹は鋏を振りまわしてこちらに向かってきた。俺は左手でそれを受け止めてみた。鋏だが痛みもなく受け止めることができた。受け止めた鋏は爆発したりはしなかった。どうやら岩に向けて撃った時は単純にその威力で破壊されただけで、別に爆破属性がついたわけではなかったようだ。ただ、以前は神気の威力を上げたら触れた岩が消滅した気がするのでそのあたりは慎重に行わないといけないが。
「はっ!?」
俺は突然天啓が降りたかのようにあることを閃いた。今ならあれが再現できるんじゃないか? そして俺はそれを蟹に実行することにした。結論として……それはできた。まだまだ未完成な部分もあるが、これは素晴らしい出来だと思う。ボロボロになって絶命している蟹を見ながら俺は自画自賛していた。人相手に使ったらよっぽど手加減しないと死んじゃうなこれ。究極奥義とでもしておこう。図らずも俺は究極奥義を完成させることができた。しかも魚10匹と巨大蟹1匹という大漁だ。これは明日の儀式に向けて幸先がいい。しかし、この蟹どうやって持って帰ろう……。そういえば前引いたカード、あれ使ってみるか。
「291セット」
No291C:簡易収納 手のひらサイズのキューブを作成する。対象にキューブを接触させて「収納」のワードで発動。収納した物は中に入っている間は時間が経過しない。キューブを捻って回転させることにより中の物を取り出すことができる。中の物を取り出すとキューブは消滅する。生物は収納できない。箱等に入っている物は、丸ごと収納できる。
カードを起動すると手のひらサイズの透明な立方体が現れた。そのキューブで蟹に触れながら「収納」と唱えると蟹は光に包まれて消えてしまった。そしてキューブの中には小さくなった蟹の姿が。次元収納よりこっちのが便利な気がする。向こうは時間の進みが遅いとか書いてあったけどこっちは進まないらしいし。まぁ向こうもほとんど劣化なんてしないようだけど、さすがにいくらでも入れられるだけあって出し入れに関しては小回りが利かないんだよなぁ。
とりあえず記述がないので確認のため、竿にキューブをつけて「収納」と唱えてみるが、やはり何の反応もなかった。入れられるのはやはり1つのようだ。しかし、中が見えるのでたくさん持っても中身がどれかわからなくなるようなことはないだろう。
竿とキューブを鞄にしまい、両手にバケツを持って村へと戻る。ちなみにバケツ2つにそれぞれ5匹づつ魚を入れてある。それでも魚が大きすぎるせいか両方とも溢れんばかりにいっぱいだ。地球にいた頃なら腕がパンパンに張っていたであろう重労働だったが、何の疲れも感じることもなく村まで歩くことができた。水をこぼさないようにしたために、若干行きよりも時間がかかってしまったが、何とかお昼前には村に到着した。
村に入ると中央の広場にリングのようなものができていた。朝から作っていたのはこれだったのか。リングといっても4本の杭で周りを囲い、最上段のみロープのようなものでくくってあるだけのいたってシンプルなものだ。その向こう側になにやら人だかりができている。ここから見るだけでもむさ苦しい男だらけなのがよくわかる。俺は近寄らないようにしてヴォルクの家へと戻った。
家に入りリビングに行くと十六夜が寝ているだけで、他のみんなはいなかった。
「お帰りなさいキッドさん。湖はどうでしたか?」
ヴォルクの奥さんが聞いてきた。名前は……忘れた。たしか1番最後に奥さんになった人だったはずだ。
「とても綺麗でしたよ。久々に心が休まりました」
「それは良かったです。あそこは若い男女がよく逢引をしているんですよ。さすがにこのお祭り騒ぎではいないと思いますが」
そう言って口に手を当てて奥さんは微笑んだ。さすがヴォルクが奪ってまで手に入れたかった女性だけのことはある。顔もよくて性格も良いなんて隙がない。おっちゃんの奥さんといい俺の周りはできた嫁ばかりだな。俺も叶うならできた嫁が欲しいものだ。
「これ釣ってきたんでよかったらどうぞ」
俺は落ち込みそうになる心を何とか踏みとどまって奥さんに魚を渡す。
「まぁ!? 魚なんてずいぶん久しぶりだわ!! それもこんなにたくさん!! 今晩は久しぶりにお魚ね!!」
奥さんはかわいらしく手をたたきながら喜んだ。どうやらヴォルクはあまり魚は取ってこないらしい。
「何やら賑やかだな。どうした?」
「あっあなた!! キッドさんからお魚をもらったの!! それもこんなにたくさん!!」
「こんなに……一体どうやって取ったんだ? お前には俺達のように爪なんかないだろうに、しかもこの魚は1匹以外は傷すら付いていないようだが」
帰ってきたヴォルクが尋ねる。どうやら狼族は爪で直接取るらしい。見た目には普通の人間と同じ手なんだが……何か秘密でもあるんだろうか?
「まぁ道具を使ってね。それよりこれ何かわかるか?」
俺はキューブをとりだしてヴォルクに見せた。
「ん? 何だこれは? ずいぶんと綺麗だが……中に何か入ってるな。これは……プサリスか? ずいぶんと小さいようだが」
「何だそれ?」
「湖に住む魔物でな。滅多に現れないんだ。甲羅も硬くて倒すのが大変でな。狼族の間じゃ年に1回食べられるかどうかのご馳走なんだよ」
どうやらあの蟹はご馳走のようだ。形状は違うけど蟹だしな!! 蟹はこの世界でも高価なのか。
「じゃあ儀式が終わったら俺の優勝祝いにそれやるよ」
「はははっもう優勝宣言とは気が早いな。四天王は皆強いが、その中でも≪青の腕≫レアンは特に強いぞ? 勝てるのか?」
「それがだれか知らないけど大丈夫だろ。むしろ殺さないように加減するほうが難しいかもなぁ」
「ずいぶんと自信があるようだな。レアンは私以外に負けたことがない猛者だぞ?」
「俺は今までに誰にも負けたことがないぜ?」
ニヤリと笑いながら視線を交わす。
「おもしろい。君がどこまでできるのか見届けさせてもらおう」
そういうと普段はクールを装ってるヴォルクが珍しく獰猛な笑みを浮かべた。
その後、戻ってきた皆と昼食を取る。魚を見てミルの目が爛々と輝いていたが「あれは夕食だ」というと耳を垂れさせて残念がっていた。しかし10匹だとちょっと足りないな。後でもう一度釣ってくることにしよう。
昼食が終わるとヴォルクに広場へと連れて行かれた。広場は先ほどよりもさらに多くの男達が集まっている。どうやらこれが全員参加者らしい。50人以上いるんだが……。俺が到着すると男達の視線が一気に俺に集中する……が、すぐさま興味無さそうに視線を外した。どうやらただの人間である俺は相手としては不足だと思われているのだろう。
「あそこの箱に札がある。それを引いてこい。それが参加の証となる」
そういってヴォルクに促されて長老の前にある大きな箱に手をいれて中の物を取る。中には木の札が入っており手に取った札には爪のような物で3本の縦の傷が刻まれていた。
「3か。それがお主の番号だ、忘れるな」
札を長老に見せるとそう答えた。ローマ数字なのかなこれ? 5と10を見てみたいな。そんなことを考えていると四天王がこちらによってきた。
「お前、本当に参加するつもりか?」
「恥をかく前に辞退したほうが身のためだぜ?」
そう言ってきたのは四天王のやや小さめの2人だ。名前は……あっ知らねえや。ヴォルクが言ってたレアンって名前は知ってるがそれが誰なのかまではわからん。確率は5分の1だけど、恐らくあの一番でかいやつだろう。俺の勘がそう告げている。
「何だ、心配してくれるのか? そんなことより自分達の心配をしたほうがいいと思うぞ?」
「口の減らないやつだ。儀式が始ってからもその元気が続くといいがな」
そう言って5人の四天王は去っていった。ヴォルクによるとなんでも四天王は青狼族の中で、ヴォルクに次ぐ強さを持つ者たちなのだそうだ。それで天狗になっているのか、それともただ部外者である俺に対して良い感情を持っていないだけなのかはわからないが、少なくとも好かれてはいないようだ。まぁ男に好かれても困るが。
「男は強さが第一、というのが狼族の考えだ。だからお前がその強さを周りに認めさせれば、あいつらもあんな態度は取らなくなるだろう」
「別に男に好かれようなんて思ってないから今のままでいいよ」
要はあいつらに強さを示してないからなめられているということか。まぁ好かれる気はないけどフェリアの為だ、適度に手加減はするけどきっちり全員潰してやろう。ドク以外との人型相手の戦いは久しぶりだからな。いろいろと試させてもらうとしよう。
それから再び湖に向かい、何とか人数分の魚を釣ってから家に戻る。今度はさすがに蟹は出てこなかった、残念。そして夕食になり魚料理が出てきた。どんな料理かと期待していたが、普通に塩で焼いただけの物だった。それでもとても美味しく、ミルは非常に満足したようで、自分の分を食べた後に俺の分をじっと見つめてきた。俺の分はまだ半分しか食べてなかったので、残りの半分をあげると喜んで食べていた。なぜかアイリとフェリアの視線が痛かった。
ヴォルク達家族も満足してくれたようで、子供達も美味しそうに食べていた。釣った甲斐があったというものだ。その後、食後の運動がてら十六夜と訓練をする。最近全く歩いてすらいないので運動不足が酷いらしい。まぁ俺の背中で寝てるか、起きてる時は飯食ってるだけだからな。なんだこの外に出てるニート。
十六夜の戦い方は一言でいうと綺麗だった。剣を使っていたが本来は槍を使うらしい。そして闇の妖精族は夜になると戦闘能力が格段に跳ね上がるらしく、俺の目でもとらえきれない程の速度での攻撃は脅威だった。まぁ普通にすべて防いだが。どうして防げるのか尋ねられて「勘だ」と答えたらなぜか落ち込んでしまった。ちなみに夜なのでうるさくないように村の外れで訓練している。
最近どんどん直感が鋭くなってきているようだ。それに相手の動きがよく見えるというか、予測できるようになった。全く未知の武器や魔法の場合はさすがに無理があるだろうが、剣等のわかりやすい武器ならほとんど未来予知に近い確率で見えるようになってきた。カードで未来予知を沢山使ったおかげで、脳が学習したのだろうか? さすがにカードを使ったときほどはっきりと確実に見えるわけではないので過信はできないが、これだけでもかなりの戦力になるだろう。明日の試合が楽しみだ。