45:青狼族
「ふんふふん~ふんふ~ん」
なぜか仲間になった羽虫ことファムが鼻歌を歌いながら俺の頭上を飛び回る。飛び回る羽虫を見てマオちゃんの尻尾がフルフルと震えている。いつか捕まって落とされることだろう。
ゴブリンを倒した後、俺達は当初の目的通り東へと向かった。羽虫を追い回していたはずなのにその後、ゴブリンを見かけるようなこともなかった。そもそもなんで追いかけられていたのか聞いても分からないの一点張りだ。そもそもおかしいことだらけなんだが……。
「その精霊を食うっていう、でかい魔物はどこにいるんだ?」
「北のほうよ。結界の辺りにいるはずよ」
なんでもこの森の北のほうに結界が張られているところがあり、そこは何人も入ることができないらしい。そもそも何の結界なのか、誰が張ったのかは分からないそうだ。ミル達に聞いてもやはりわからなかった。そもそも精霊食ったらなんかまずいのか? 木の又とかその辺から適当にどんどん生まれてくるもんだと思ってたが。
「精霊が居なくなっちゃったら森が死んじゃうのよ!!」
なんかまずいらしい。でも精霊なんて見えないものを食べるってことは、その魔物とやらにはちゃんと見えているってことなんだろう。そういうことに特化して進化した魔物なのかもしれない。見えないけど俺の周りには沢山いるらしいから、俺に寄ってくる可能性もあるな。でも実体を持っていなかったりして触れることも出来ない相手だと、こちらの攻撃が通用するかどうかも分からない。戦うとしたら何か対策を練らないといけないだろう。戦うとしたら。
「呑気に歩いてないで早く北に向かうのよ!!」
とにかく北へ向かわせようとする羽虫を無視して東へと歩き続ける。虫だけにってな!! 途中、村っぽい所を何箇所か過ぎるがミルの話ではこの辺一体は全て緑猫族の集落跡地らしいので素通りする。もう今では誰も住んでいないそうだ。
大抵の緑猫族は現在ではミルの住んでいた村から1時間以内の場所に移動しているという。しかしそれにしても他種族の村まで4日も離れてるとか離れすぎだろ。どんだけこの森広いんだと問い詰めたい。問い詰める相手がいないが。
「いやああああああ!! ちょっと何すんのよ!?」
後ろを見るとマオちゃんに捕まった羽虫がその手の中で叫んでいた。今日も平和だ。
「もう!! ひどい目にあったわ!!」
マオちゃんの手から逃れた羽虫が俺の頭の後ろで一人愚痴る。恐らく位置的に十六夜の頭の上辺りにいるのだろう。飛び回るとまた襲われるので動かないことにしたようだ。その後は魔物に襲われるようなこともなく順調に旅を続けた。
ミルの村を出て2日目。昼食中になんの気なしに放った俺の一言がどうやらフラグになってしまったようだった。
「いくらなんでも村から村まで離れすぎじゃね? なんだよ4日って。途中住めるような場所いっぱいあった気がするんだけど」
「ああ、それはね、このあた……り……」
しゃべっている途中にミルの顔がどんどん真っ青になっていく。
「どうした?」
「大変だにゃ!! すぐここを離れるにゃ!!」
「離れるのか離れないのかどっちだよ」
なんかマオちゃんみたいに語尾に「にゃ」が付いてるあたりよっぽど焦っているのだろう。その後ミルに何度か深呼吸をさせて落ち着かせる。
「ふう、もうだいじょうぶだ。取り乱してすまない」
「で、なんで大変なんだ?」
「ああ、この辺りに村がないのは理由があるんだ。この辺一帯はある魔物の縄張りで、昔そいつの犠牲者が多すぎて、この辺りに住んでるやつがみんな逃げ出したって聞いたことがある」
「へーそんなのがいるんだ。どんな魔物か知らないけど早く言って欲しかったな」
「帰ってきたの10年ぶりなんだからしょうがないでしょ!! だいたいこんなとこ一生来るつもりなんてなかったし……」
これは完全にフラグが立った気がする。強制ボスイベント突入だろうか。
「どんなやつなのか知ってるか?」
「わかんないわ。ただとんでもない化け物だって聞いたことしか」
情報は皆無。これは対策とか立てようがないな。そんな化け物だとしたら俺やシロがいたところで関係なく襲ってくるだろう……これは弱ったな。
「まぁ縄張りに入った以上、そいつに出会わないことを祈るしかないだろう。一応警戒を強めて早くそいつの縄張りから出よう」
しかし緑猫村から一番近い集落までの距離を考えるとその4日分の距離の半分はそいつの縄張りの可能性が高い。村々がどれだけ安全マージンをとっているかによってかわるが、それぞれがこいつの縄張りまで1日分の距離をとっているとすると歩いて2日分の範囲が縄張りということになる。村から1日ちょっと歩いた今、ちょうどそいつの縄張りに入ったところか? 縄張りを円形と考えると中心点によって安全領域が変わってくる。ミルの村と目的地の村をつなぐ直線上、かつその中心が縄張りの中心だと仮定する。そして徒歩1日分の距離を縄張りの範囲と考えると……。
いや、マージン1日といっても村の位置関係が直線で結んだ場合に北東と南西の斜めの線になる。となると単純にさっきの4日というのもおかしいな。俺達が歩いてるのはその直線状じゃない、真東に向かっているからだ。図形として考えてみよう。緑猫村と目的地の村をそれぞれ点AとBとする。それぞれを長方形の対角線上の点と考えると縦1、横3の長方形となる。1は1日分歩く距離とする。そして点ABを結ぶ直線上で安全マージン1を取って長方形の中心からそこまでの半径の円を縄張りとすると……案外狭いな。
直径で歩いて約1日分の距離を広いと見るか狭いと見るかだが……。しかし、あくまで仮定であって本当に縄張りが円形とは限らない。そして魔物が飛行可能なやつとか足が速い獣ならもっと範囲は広いだろうし、走るのが遅いトカゲみたいなやつならそれくらいでも広いと思える。やはり敵の情報がないと予測するのは厳しいか。
仮に縄張りを先ほどの推測通りと考えるなら、まだここはギリギリ範囲内に収まっていないはずだ。そして仮定通りなら1日も歩かないで縄張りの範囲を突破できるはず。万が一を考えて南に回避しても良いが、やはり正確な範囲が分からないので安全とは限らない。無駄に時間を食うだけで危険度が変わらない可能性もある。しかし……子供達をつれている以上やはり安全第一に考えて若干南に移動してから東に移動することにしよう。多少時間は掛かってもしょうがない。こんな森だと、どこも安全とはいえないだろうし、どこにいても常に警戒をすることには変わりない。ただ、分かっている危険に自ら飛び込むのは愚か者だ。俺一人ならいったかもしれないけど……。
「よし、ここから南に少し移動してから東に移動することにする」
「ええーーーー!? そんなの面倒だよ!! あんたくらい強いなら大丈夫だって!! もう一気に北に向かっちゃおうよ!!」
羽虫がなんかほざいているが無視して南に向かうことにした。とりあえず半日程南に歩いた後、そこから東に向かって歩き出した。途中鹿なのかヤギなのか分からない動物の群れを見かけた。これは草食動物に対する脅威がここには居ないのか、はたまた逆に餌がいる狩場として縄張りの主が来る可能性があると考えるべきか。
たしかライオンなんかの食事は3日に1回だと聞いた事がある。野生の肉食獣はいつも餌が取れるかどうか分からないので、1度食べたら数日は食べなくてもいいくらい燃費が非常に良いのだとか。それから考えるとここの魔物も満腹なら襲ってこない可能性がある。これほど餌が豊富そうな場所なら無理して食べがいのない人間なんか襲う必要もない気がするし。だいたい肉食の動物は美味しくないと聞いた事がある。魔物の味覚については分からないが、過去に人を食ったことがあり、それに味を占めているならたとえ移動したとしても各村々を襲うはずだ。それがないのなら、そこまで人の味にこだわりがあるわけではないだろう。まぁその魔物にそんなことを考える頭があればだが。爬虫類とかだったら何も考えてなさそうだし。
その後、東に半日程歩いたところで野営をし、翌日さらに東に1日半程進んだ。ここから後半日程北上すれば当初のルート、緑猫村から東に3日の地点に戻るはずだ。ちなみにここに到着する間も気と魔力、そして神気の訓練は続けている。コウとウィルの体にほんの少しだけ魔力を直接流し、体で魔力についての認識もさせることができた。もちろん行き成り爆発したりしないように細心の注意を払ってあるし、先にドクで実験を行った上でのことだ。獣人は魔力操作が非常に苦手のようだったのでこれが最終手段とばかりに試したのがこれがかなり効果的だったらしく、コウもウィルも拙いながら魔力を操作することができるようになった。
そして朝の訓練にはミルも加わるようになった。これにより獣人特有の優れた身体能力を使っての素早い戦闘をコウ達に教えることができるようになった。種族特有の戦い方は無理だが、まだ幼い2人はそんなことを教えるより先に、まず基礎を教えるべきだから問題ないだろう。獣人の感覚は俺では教えることができないので大変ありがたい。ちなみにミルも師匠と呼ばれている。なぜ俺だけ先生なのだろう……師匠のが先生よりかっこいいから俺も師匠と呼んでもらいたかった。しかし、この歳から英才教育を施されているこの2人は大人になったらさぞや有名になることだろう。それまでに亜人が暮らしやすい国になっているといいのだが。
元のルートに戻ろうと北上をし始めたその時、羽虫を見つけたときのようにミルが立ち止まった。
「1、2……6人か」
どうやら何かが近づいてきているようだ。俺も魔力探知の範囲を広げて待つ。しばらくするとミルの言うとおり6人の何かが近寄ってきているのが解った。
「緑猫族とは珍しい。しかも人族と一緒とはな」
そういって現れたのは青い髪をした犬耳の男だった。
「後ろのやつらは出てこないのかい?」
「ほう、気づいていたか。気配は完全に消しているというのに」
男がそう言うと後ろからぞろぞろと同じような犬耳の男達が5人、姿を現した。いくら気配を消しても魔力探知にはかかってしまうから魔力探知できるやつ相手には無駄なのだ。まぁミルが何で探知しているのかは解らないが。
「お前達は奴隷商人、もしくはその仲間か?」
俺達の後ろを見ながら犬耳男は言う。
「違うよ」
「嘘だ!! こいつの言うことはでたらめだ!! 人族と森の民が、ましてや子供が一緒に行動することなんぞありえん!!」
後から出てきた5人の内の1人が叫ぶ。
「なら、わざわざお前達は何で俺達の前に姿を現したんだ? 奴隷商人と決めつけているなら不意打ちで襲った方がいいだろう?」
「我ら青狼族がそのような汚いマネをするか!!」
一応こいつらなりの誇りだか、正義感があるらしい。
「お前は黙っていろ」
最初に出てきたリーダー格の男が叫ぶ男を窘めると男は耳を伏せて静かになった。やはり狼らしく群れのボスの言うことは絶対なのだろう。
「奴隷商人でないというのなら、一体君達は何者なのか教えてもらえるかな? 観光というわけでもないだろう?」
「言ったところで信じるのか? お前達が敵でない保証がどこにある?」
「貴様!!」
「ゴルガ、俺は黙っていろと言ったはずだ」
今にも襲いかかろうという男をリーダーらしき男が諫める。
「確かに俺達が敵でないとは証明できない。しかし、人族には解らないかもしれないが、ここは我等の縄張りだ。他種族が大勢で通るようなことはまずない。通るならその前に何かしらの連絡が長に入っているはずだ。それがない以上、警戒して当然だと思わないか?」
ふむ、いきなり襲ってこない辺り、冷静な判断ができる男のようだな。こちらとしても対話で解決するならそれに越したことはない。信用はできないが一応話はしてみるか。襲われるとしても人間であるドクと俺くらいだろうし。
「確かにそうだな。無礼を詫びよう。俺とそこの男は奴隷商人に攫われたこの子達を親元へ連れて行く旅の途中だ。そこの緑猫族の娘は同じように助けた上で、私達の仲間となってくれたんだ」
「そんっ」
ボコっという鈍い音が響き渡った。叫ぼうとした男が途中でリーダーに殴られたようだ。
「黙っていろと言っただろう」
日本で言う仏の顔と違って3回目は無かったようだ。恐るべしリーダー。
「確かににわかには信じがたいが、子供達に怯える様子も無ければ誰も首輪すらしていない。それにお前からは邪気を感じない。信じよう」
「な!? そんな世迷い言を信じるというのか!?」
殴られたのとは別の男が叫ぶ。こいつは黙っていろと言われていないから殴られないようだ。
「確かに通常ならあり得ないことだ。だが見てみるがいい。東に住むという金虎族、銀狼族の子がいる。誘拐したのなら東から来るはずだ。しかし東から来たのなら我等の縄張りを通るから解る。つまり彼らは東以外から来たことになる。そしてここから北にはゴブリンの集落くらいしかないが、これだけの子供達を連れてそこを通るのはまず無理だろう。つまりそうなると西か南から来たことになる」
獣人は脳筋ばかりと思っていたらそうでもないようだ。こいつだけが優秀なのか、それとも種族のリーダーが総じて優秀なのかは解らないけど、間違いなくこいつは優秀な部類に入るだろう。むしろ優秀だからこそリーダーなのか。強い奴がリーダーになるなんてのは俺の偏見だったようだ。いや、こいつが優秀な上で強いということも考えられる。というかそうじゃないとあの馬鹿っぽいやつが従わないだろう。あいつは確認するまでもなく脳筋だろうからな。
「そして西はムルムルの縄張りだ。つまり彼らは南から、人のいる街から来たと考えられるわけだ」
「おおー」
「さすがはヴォルク、青き牙の名は伊達ではないな」
「そこまで見抜くとは、さすが牙族一の戦士よ」
リーダーの後ろのやつらがしきりに感心している。リーダーも冷静を装っているが実は気分が良いのか尻尾が振れている。
「いや、俺達西から来たんだけど……」
そして空気を読まずにぶっちゃけたドク。さすがドクだ!! 俺にできないことを平然とやってのける!! 別に西からだろうと南からだろうといいのに、わざわざまとまりかけてたのを綺麗に全部ぶっ壊しやがった……。
「何だと!?」
「そんな馬鹿な!!」
「ありえない!!」
リーダーの後ろから驚愕の声が聞こえてくる。リーダーは間違っていたことが恥かしいのか、それとも驚いているのかプルプルと震えている。
「そ、それは本当なのか?」
「ああ、この子のいる緑猫族の村から直接向かってきたからな」
仕方ないので正直に答えミルに顔を向けると、犬耳男達も一斉にミルを見た。ミルがうなづくとその途端急に狼達全員が殺気立った面持ちでこちらを見た。
「ここから西はムルムルと呼ばれる魔物の縄張りだ」
殺気立ちながらも冷静な面持ちでリーダーが語る。というかここまで南下してもまだ縄張りだったのか……危ないところだった。しかしムルムルか……名前からするとかわいいのにそんなやばいのかな。
「どういうやつなんだ? そのムルムルってのは」
「姿の見えない魔物……いや魔獣だ。恐ろしく獰猛で強い。魔物だと思われていたが、やつの狩りは食事の為のものらしく、獲物を倒したらその獲物をどうにかしない限り後は襲ってこない。だから生前の習性が残る魔獣だろうと思われる」
つまりやられたやつを見殺しにすれば後のやつは助かる可能性が高い。そしてそれを知っているこいつらはそういう犠牲を出したことがあるって訳か。ってことは……。
「俺達はそのムルムルってやつに会ってないぜ? 誰一人犠牲は出してない」
「本当か?」
男は俺の後ろにいる誰かに尋ねる。振り返るとフェリアが頷いていた。どうやら同じ狼族なのでフェリアに聞いたのだろう。つまりこいつらは俺達が誰かを犠牲にして、その間にムルムルの縄張りを突破したのではと考えたようだ。
「ならば運が良かったのだろう。あいつに出会ったら犠牲者無しで逃げるきることは無理だからな」
ならその辺の鹿でも狩って、そいつを渡せば逃げられるんじゃないか? いや、それは目的によるか。狩りに来たのだとしたらむしろその餌の鹿を持って帰るべきだからな。それにいつもそんな餌を持ち歩くのも大変そうだ。それよりもリーダーの後ろのやつらがなんか「可憐だ」とか「美しい」とか言ってるのが気に掛かる。狼族ではフェリアが絶世の美少女に見えているんだろうか。まぁ人間から見ても美少女だが、同系統からみると又違った評価になるのかもしれないな。
「お、俺と番になって下さい!!」
「えっ?」
「あっ!? てめえ抜け駆けすんな!! 是非俺と番に!!」
なんかリーダーの後ろにいた5人がいつの間にか全部フェリアの前に集まってプロポーズしだした。フェリアはそれを呆然と見ている。
「やめんかお前ら!!」
リーダーの一言にも怯むことなく求婚を続ける男達。さすがにどうかと思ったので俺が1人1人拳骨で黙らせた。手を抜いたとはいえ俺の拳骨の威力は凄まじいらしく、全員頭を抑えて転がりまわっている。
「ぬおおお!! 痛い!! 痛い!!」
「な、何だ!! 何が起こった!?」
「えっ!? えっ!?」
全員後ろから沈めたので何が起こったか分からないだろう。自分に求婚し始めたと思ったら突然全員が地面に転がってうめき始めた男達を見てフェリアはさらに混乱しているようだ。
「すまない。その馬鹿共には私からよく言っておく。気分を害したのなら申し訳ない」
そういってフェリアにお辞儀をするリーダー。やはりこの人だけはまともなようだ。
「突然どうしたんだこいつら?」
「恐らく今まで見たことがないような美しい娘を見て混乱したのだろう」
目をパチパチとして呆然としていたフェリアだが、褒められたということに気づくと顔を赤くして俯いてしまった。
「まぁ俺も人の恋路をどうこうするつもりはないんだが、この子達は親御さんのとこに戻すまでは悪い虫1匹付ける気はない。付き合いたいならこの子の村までいって親御さんに許可を取ってからにしてもらおう」
「なんだと!?」
「貴様が決めるな!!」
「やめんかお前ら!! ……すまない、そちらの部族では違うのかもしれないが、我ら青狼族では求婚された者が誰も選ばなかった場合、求婚した者で戦って勝ったものが番になるという掟があるのだ」
「求婚をずっと断り続けてきたらどうなるんだ?」
「まず求婚できるのは男からのみ、そしてそれは相手が15になってからだ。それから1年の間に番が決まらなければ、相手が16になった日に求婚者同士での戦いを行う。その戦いの勝利者を女は拒むことができないのだ」
「フェリアの村もそうなの?」
「はい、同じですね」
「で、フェリアいくつなの?」
「15です。もうすぐ16になります」
なんか回りから「おおおおー」なんてざわめきが聞こえる。どうやらフェリアは求婚できる歳らしい。
「村では求婚されなかったの?」
「……たくさんされましたが、全員お断りさせて頂いてます」
「ってことは戦うならその人たちも混ぜてやるべきだよね?」
俺がそういってリーダーに顔を向けると頷いた。
「ならこうしよう。青狼族からフェリアへの求婚者を集めて、その中で最強の男を決める。そしてその男に銀狼族の村まで着いてきてもらってそこでまた銀狼族の求婚者達と戦ってもらう。どうだ? さすがに求婚者全員、銀狼族の村まで連れて行く訳にはいかんだろうし、これなら双方納得はできると思うんだが」
すると男達は集まって相談をし始めた。
「いいだろう。その条件を飲もう」
しばらくすると、最初にリーダーに殴られた男がそういった。
「ならば決まりだ。我等の村まで案内しよう。だいじょうぶだ、君達の安全は青の牙の名にかけて私が保証しよう」
どうやら青狼族の村に泊めてもらえるらしい。しかし、求婚者バトルに俺が参加して全員ぶちのめしたらどうなるのかな。面白そうだけどさすがにそれは趣味が悪いのでやめておこう。
村はここから歩いて2日程かかるらしい。そもそもこいつらは何しにここに来たのかと尋ねると狩りをしにきたそうだ。獲物が見つからないため、ムルムルの縄張りギリギリまで来たところで俺達に遭遇したらしい。帰りながら獲物は探すそうだが、果たしてうまく見つかるかどうか……。とりあえずアイリに探してもらうと南に少しいった所に生物の群れの反応があるらしいとのことで行ってみることにした。すると鹿の群れが居た。男達は見事な連携で鹿を3頭程狩ることに成功した。さすが狼は群れで狩りをする生き物だけのことはある。
夜はフェリアの近くにシロを置いて男達を近づけさせないようにしつつ、俺達は青狼族の村へと着いた。青狼族の村はいくつかの集落が散らばっており、俺達が案内されたのはその中でも一番大きな村らしい。まぁ求婚者バトルをやるんなら広いほうがいいだろうしな。
「戻ったぞ」
入り口にいる男にそう声をかけると、その男が村の中へと駆けていった。しばらくすると村中の人が集まってきたが、俺達の姿を見ると立ち止まり、怪訝な顔をしてこちらの様子を伺ってきた。
「だいじょうぶだ。彼らは敵ではない。私が保証する」
リーダーのその言葉に村の人たちは安心した様子を見せる。余程信頼されているのだろう。しかし、俺を信頼してくれる理由が分からないな。何がその辺りを判断する能力でもあるのだろうか。
「よくぞ戻った、青の牙よ」
「長、ただいま戻りました」
奥から出てきた初老の男にリーダーと連れの男達は跪いて頭を垂れる。
「大量だったようだな……色々と」
獲物の鹿を見た後に俺達を見て長らしき男が笑いながら髭を撫でている。
「お初にお目にかかる。私の名はキッド。奴隷だったこの子達を親元へ返す旅をしている」
「青狼族の長、青き爪、ダルクロウだ。歓迎しよう、精霊に認められし者よ。何もない村だが、ゆっくりしていくといい」
周りを見ると殺気立った男達もいるが、長とリーダーの2人が認めているために表立って襲ってきたりはしないだろう。周りをみると人間嫌いといっても全ての人間を問答無用で憎んでいるというわけではなさそうだ。それよりも……。
「精霊に認められるって何のことです?」
「お主はこの森の精霊に好かれているようだ。邪悪な者に精霊は寄ってこん。少なくとも人族に集まってる姿を見たのはお主が初めてだ」
どうやらこの長も精霊を見ることができるらしい。アイリみたいな妖精族以外にも見えるのか。認められるってのはアイリが言っていた好かれているってのと同じ意味と考えるべきか。認められるも何も会話どころか姿も見たことないのに……。
「長、四天王の者たちがここにいるフェリア嬢に求婚したいと申しております。しいては孤闘の儀の許可をお願いしたいのですが」
「「おおおおおーーー!!」」
俺が考え事をしている間にリーダーが長の前へと跪き、若い男たちのフェリアへの求婚について報告していた。その報告に村全体が騒然となった。四天王……俺の気が……じゃなかった記憶が確かならあいつら5人いたよな……。
「しかし、その娘は銀狼族ではないのか? こちらで勝手にそのようなことをすれば後々問題になるぞ?」
「ですので、こちらの儀式での勝者を青狼族の代表者として銀狼族の村へと派遣し、そこで最終的にもう一度儀式を行ってもらおうと思います」
「ふむ、それなら確かに筋は通っておるか……だがそれで向こうが納得するとは限らんぞ? なにせ銀狼族から青狼族に嫁に出すということになるからな」
「その辺は彼らもわかっているでしょう」
「そちらのお嬢さんが良いというのであれば、こちらは一向にかまわんぞ」
「ありがとうございます」
リーダーは立ち上がりながら振り向き、村人たちへ向かって叫ぶ。
「長の許可が下りた!! これから3日後に孤闘の儀を行う!!」
ワアアアアアという歓声が上がり、村全体が興奮の坩堝と化した。
「孤闘の儀なんて何年ぶりだ?」
「5年ぶりだな。ヴォルクの嫁の時以来だ」
ヴォルクってのは確かリーダーのことだよな。ってことはリーダーはその儀式で勝利して嫁を手に入れたってことか。
「で、孤闘の儀ってのは何やるんだ?」
俺は村人に忙しそうに指示を出しているヴォルクに尋ねた。
「ああ、武器を持たない、一対一での戦闘だな」
なんか単純だった。儀式ってよりはこれ単なる村人の暇つぶしっていうか催し物っていうか……ただお祭り騒ぎしたいだけなんじゃないのかこれ? まぁこいつらにとっては神聖なものなのかもしれないからあえて口には出さないけど。
「キッ……キッドさんは出られないのですか?」
やや不安そうな、それでいて恥ずかしいのか顔を赤くしたフェリアが尋ねてきた。勝手にこんな大掛かりなことになってしまってはずかしいのだろう。
「ひょっとしてフェリア……」
「ち、違います!! そ、そんなんじゃないです!!」
俺がそういうと、フェリアは顔を真っ赤にして手を振った。ものすごく高速なため手が分身して見えるほどだ。なるほど、実はフェリアには意中の人がいるんだな。こんな大掛かりになってしまってそれを言うことができなくなってしまった。しかし、今更言い出すわけにもいかないから俺に勝ってもらってなし崩しに青狼族に諦めさせようと、そういうことか。こんなことになったのも俺の提案が元だからな、責任は俺にあるといっていい。ならば仕方ない、出る気はなかったがフェリアのためとあらば頑張るとしようか。
「わかってるよフェリア。俺に任せなさい」
そういって俺はリーダーに俺も儀式とやらに出場する旨を伝える。驚いていたが、そもそも今回は他種族に対しての儀式のため断ることはできない、というわけで問題なく俺の参加が認められた。