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ワールドオーダー  作者: 河和時久
パトリア編
43/70

42:食事

 翌朝、目が覚めると同時にドクを叩き起こして剣の練習を行う。これは街に泊まった時以外、毎日の日課としている。子供達が起きないようにやや離れた場所で行うその訓練は、当初の型を意識して行う訓練に重点を置いたものから、日を追って次第に過激なものへとなっていた。

 

「ほっはっよっと」


 俺の攻撃をいとも簡単にドクはかわし続ける。この訓練を始めてから、ただの一度もまともに攻撃が当たったことはない。まぁ手加減されているとはいえ俺にも攻撃が当たったことはないが。

 

 今日は気の展開をしながら戦う練習をしている。気力展開を維持しながらだとかなりつらいことがわかった。剣か気力、どうしてもどちらかに意識を取られてしまうのだ。この訓練は剣の意識をおろそかにすると痛い目にあってしまうため、どうしても気力展開のほうが滞りがちになってしまう。

 

 相手の剣をかわしながら、相手の体を攻撃しようとしても間合いが遠くてなかなか深くとどかない。手だけ剣を振れば届くが、それでは深い傷を与えることはできないだろう。ならば相手が攻撃してくるときに届く範囲を攻撃すれば? 俺はかつてTVで見た剣道の試合を思い出しながら、ドクの袈裟切りに対して合わせるようにして逆袈裟で切りを繰り出した。相手の剣に逆らわずに上から同じ軌道で攻撃する、たしか切り落としだったか? TVで解説者がそんなようなことを言っていた気がする。試合では面に来た相手の剣をそのまま切り落として面をしていたが、真剣でそんなことをやったらお互い真っ二つだ。だから俺は切り落として相手の剣の軌道を変えながら、相手の手を狙うことにした。

 

「くっ!?」


 さすがに手を狙われているとはドクも想像していなかったのか、手首に剣が当たり剣を落とした。刃先を潰しているとはいえさすがに鉄製の剣が当たれば相当に痛いだろう。

 

「いってえ! 旦那、今のは狙ってやったのか?」


「ああ、俺の所に剣道っていう競技があってな、その競技では頭、喉、胴体、手首の4箇所のみの攻撃で相手と競い合うんだ。それで手首を狙うのを小手っていうんだがな、それを思い出したんで狙ってみた」

 

「手首か……剣道ってのは対人戦闘に特化してるんだな」

 

「俺んとこは魔物とか居なかったからな」


「へー平和そうでいいなぁ」


「まぁたしかにここ程物騒ではなかったな」


 日本はたしかに世界一安全といっていい国だろう。自販機が世界一設置されているにも関わらず殆ど壊されることがない、女性や子供が比較的安全に夜1人で出歩ける、銃が蔓延していない等、世界で見ても類を見ない安全さだ。まぁそれは俺が日本以外に行った事がなく、情報でしか海外のことを知らないというだけなのかもしれないが、それでも身の回りで病気や事故以外で人が死んだなんてことはない。

 

 

 朝の訓練を終えると起きてきたアイリにドクの怪我を治してもらう。アイリの精霊魔法は怪我の治癒もできるらしい。その後、皆で朝食を取る。ちなみに今日も昨日も朝食は十六夜が作ってくれていた。 

 

 そして今日も一路北へと向かって出発する。そして、もうすぐで正午に差し掛かる辺りでとある者に出会った。

 

「ストップ」


 先頭を歩く俺はいつもどおり魔力探知を行いながら歩いていた。そして奇妙な反応を感じてその場で止まり、全員に動かない用に指示をする。ドクとミルは剣を持って警戒しており、シロももちろん俺の横で警戒している。

 

「おやおや、これはめずらしい。このような場所で人に会えるとは思いませんでした」 


 そういって現れたのは20代くらいの色白で腹黒そうな優男でどこかで見たことがある顔だった。


「これは申し遅れました。私奴隷商人のボルドーと申します。お客様は亜人を沢山捕らえられたようで、よろしければこちらで購入させていただきますがどうでしょう?」


 俺は生まれてこの方、こんなに怪しい男は見た事がない。まぁこいつの正体については大方の予想はついてる。俺は指を1本づつ立てながら突っ込むことにした。

 

「まず1つ。普通の人間、ましてや商人なんかがこんな危険な辺境に護衛も付けずに1人でいることはありえない」


 一番怪しい点がそこだ。森に入って3日も歩いた場所に、商人が1人でいる。ホラー映画も真っ青な展開だ。


「そして2つ。君の服なんだけど、森の中を歩き回ったにしては綺麗過ぎる」


 その姿はまるでおろしたての服を着ているようだ。転んでなかったとしても、こんな場所で1人で歩いて全く汚れないなんてことはありえない。まず草が生い茂っているため、何かしらがズボンに付く筈だ。

 

「そして3つめ。君に4日程前に街で会っているんだ。だからこんな場所で遭遇するなんてありえない」


 そう、どこかで見た顔とはオークションで会った支配人の男のことだ。かなり若くなっているような感じはするが。たった1人で俺達を先回りして待ち伏せするなんてまず無理だ。だってまず目的地もわからないのだから。

 

「そして最後に。体の回りに魔力を纏っている感じが、変化した時のココと同じなんだよ黄狐族の人」

 

 たしかにココと同じ感じはするが、正直黄狐族かどうかは自信がないのでカマをかけてみた。これに対して相手がどう反応するか。俺はじっと相手の反応を待つ。男は悔しそうな顔をしつつ黙ったままだ。

 

「お前が奴隷商人ていうなら俺の敵になるから、ここで消えてもらうことになるぞ」


 そういって俺は背負子をゆっくりと降ろし、戦闘体勢をとる。

 

「まって」


 そういってココが後ろから出てきて、俺の前に立つ。しかし俺はそれを止める。

 

「だめだよココちゃん。奴隷商人に近寄ったら」


 そういってココの肩を後ろからつかんで止めると男の体が歪み、ココを大きくした感じの女の子が現れた。

 

「ココ……」


「お姉ちゃん!!」


 そう叫ぶとココは俺の手を振り切ってお姉ちゃんに飛びついた。クールな感じがしたがやはり子供、無理をしていたのだろう。肉親と離れるのはつらかったはずだ。俺は人目もはばからず涙する2人を見つめながら、魔力探知によって周りの警戒をしていた。ひとしきり泣いた後、はっと気づいたかのようにお姉さんはココを後ろに庇いながらこちらに相対する。

 

「だいじょうぶだよおねえちゃん。おじさん助けてくれたの」


 ココがそういうもすぐには信じられないのか、ココの姉は警戒を解こうとはしない。

 

「良かったね、ココちゃん。お姉ちゃんに会えて」


「うん!!」


 ココは今までの無口キャラが嘘のように素敵な笑顔でそう答えた。これが本来の姿なのだろう。

 

「お姉さんに聞きたいことがあるんだがいいかな?」


「……なんだ」


「君達の村はここから近いのかい? ここから1日以上かかるんなら途中まで一緒にいかないか? 見たところかなり疲れてるようだし、食料なんかもなさそうだし、ここからココちゃんを連れて無事に帰られるとは思えない」


 そう、このお姉さんは変化を解いた姿はかなりボロボロだったのだ。よほど何日もココちゃんを探し歩き回ったのだろう。そんな疲れた状態で幼い妹を連れて、魔物が跋扈するこの森を無事に村までたどり着ける可能性は高くなさそうだ。

 

「人族を信じろとでもいうのか?」 


「人を信じろなんて言わないよ。でも俺は信じてほしいな。この子達を見てどう思う? 誰か怯えた目をしているか? 首輪をしているか? そこの子が持っている物は何だ?」


 俺はミルを指差す。その手には刃が潰されていない剣が握られていた。首輪も付けずに武器を渡すということがどういうことか、少し考えればわかることだ。

 

「……わかった。ココも信頼しているようだし、信用しよう」


 そういって若干警戒を残しつつも提案を受け入れてくれたようだ。


「私はココの姉のククだ。妹を助けてくれたこと感謝する」


「偶々助けただけだ。感謝されるようなことでもない。それで君らの村は近いのか?」


「ここからだと1日半といった所か。川さえ渡れれば私達だけでも戻れるだろう」


「そうか、じゃあ緑猫族の村を経由して川まで一緒に行こうか」


 どうせアムルルの村の場所も探さないといけないしな。土の妖精族の村が川の近くという予想だし。


「わかった。心遣い感謝する」


 その後、ククを加えた一行で北上を続けた。道中ココが今までのことが嘘のように饒舌になっていた。相手はお姉ちゃん限定のようだが。

 

「それでね、でっかいトカゲが来ておじさんがバーンってやったらどーんってなったの!!」


「そう、すごいわねー」


 自分が見てきたことを嬉々として姉に報告しているようだ。擬音が多すぎてよく分からないが、姉は嬉しそうに相槌をうって頷いている。奴隷にされていたなんていわれたときはさすがに驚いていたが。魔物から逃げて森を彷徨っていると思ったら、まさか人間の街まで誘拐されて奴隷にされていたなんて思ってもみなかっただろう。

 

「しかし、昨日のトカゲ以外全く襲ってこないな。シロがいるせいか?」


「それもありますが、私も精霊魔法で結界を張っていますので、見つかりにくいと思います。それに一番はシロ様ではなくご主人様の影響でしょう」


 そういって答えたのはアイリだった。聞くところによると、夜中も結界を張ってくれているらしい。全然気づかなかったが。なんでも俺には見えないが俺の体に精霊が集まってるらしく、移動中はその精霊に働きかけて俺を中心に結界を張っているのだそうだ。移動中は風の結界で、夜は樹の結界なんだとか。風の結界はかけたまま移動できるが、それほど効果は高くなく、樹の結界は複数の木を支点にしてかけるため、移動できないが結界としての効果が非常に高い。アイリの説明を要約するとそんな感じだ。ちなみに結界の効果は周りからの認識阻害らしい。ただ、魔力を隠せるわけではないので、どうしてもあのトカゲみたいな強いやつに近寄られると見つかってしまうそうだ。





 魔物は魔力に寄ってくる性質があるが、強すぎる者には寄ってこない。しかし、魔物自身がある程度強くなると、強い者相手でもおかまい無しに寄っていくようになるのだとか。だから俺やシロによってくるのは大抵が馬鹿みたいに強いやつになるということだ。よく考えたら、たしかにこちらから移動して遭遇したの以外は強いやつしか寄ってきてない気がする。

 

 まぁ弱いのをいちいち相手にするよりはいいだろう。弱いのと強いのではさすがに相手にする数が違うだろうし。

 

 


 結局その後は何も遭遇することなく夜を迎えた。明日にはミルとミク、場合によってはココ達も別れることになる。俺は送別会の意味も込めて皆を夕食に招待することにした。新カードの実験という意味も込めて。

 

 火の用意をし、アイリに結界を張ってもらう。そしてシロを荷物の見張りとしておいて置く。これでここは安全のはずだ。

 

「250セット」

 

No250C:謎料理店 謎の料理店へ行くことができる。カード起動後に扉が現れ、扉が閉まると扉は消える。扉が開いている時間は最大5分。5分経過後、自動で閉まる。術者が店内に居ない状態で扉が閉まった場合、店内の全ての生物は強制的に外に出される。店を出る際に商品代金分の魔力が術者から消費される。店内滞在時間は最大1時間。時間が過ぎると強制退出される。

 

 

 

 

 

 俺がカードを使うと黒い扉が現れた。扉を開けても向こうは真っ暗で見えない。俺が入ってというと真っ先にメリルとマオちゃんら子供達が一斉に飛び込んだ。他は尻込みをしているようでなかなか入ろうとしない。時間がないというとようやく重い腰を上げて皆恐る恐る扉に入っていった。最後に俺が入って扉が閉まる。俺も入るのは初めてなので中がどうなっているのか知らないからやや緊張する。

 

 

 店内を見るとつくりとしては一般的なファミレスと回転寿司をあわせたようなつくりになっているようだ。各テーブルの横には回転寿司が回ってくるかのようなレーンが上下2段で流れている。商品は何も流れていないが、恐らくこれで料理が運ばれてくるのだろう。上側には返却レーンと書かれているので、食べ終わった食器を乗せるということだろう。下側のレーンは透明なガラスのような壁があるため、レーンに乗ってきてもとることができない。ガラス戸のような形になっているから、恐らく料理が到着すると開くのだろう。後、下側のレーンからテーブル側に少し台が出っ張った形になるように道ができていて、そこも短いベルトコンベアのようになっている。つまり1品づつ、料理が台に乗るということだろうか? ちょっと流れてくるのが楽しみだ。ちなみにレーンの向こう側は真っ暗で何も見えない。上に乗っていくとどうなるのだろう。まぁ怖くて試せない。

 

 中に入るとマオちゃん達が店内を見てはしゃいでいた。まぁマオちゃん達だけではないが。なにせ店内の壁のいたるところに料理のメニューが写真つきで張られていたからだ。およそ見たこともない料理の写真に興味津々なのだろう。メリルだけは違った意味で興奮しているようだが。

 

 テーブルに座るとかけられているメニューを見る。どうやら一般的なファミレスのようだが商品の数が尋常じゃない。最近のファミレスは牛丼や寿司、ビールなんて頼めるんだろうか。しかし、注文の仕方が分からない。店員とかいないし……。良く見るとレーンの下側の壁に何か機械がある。それを手元に持ってくるとどうやら注文用の機械のようだ。下に料理名を書いたボタンがあり、それを押すと上のディスプレイに表示される。そしてその隣に注文数とテーブルNoを入れる場所がある。タッチパネルになっており数を入れた後、確定で決定のようだ。しかし確定とは別に注文のボタンが下にある。つまり注文を押すまでは発注されないということなのだろう。そこは試して見ればいい。

 

 俺はメニューを見せて皆に何が食べたいのかを聞く。やはり一番人気は肉のようだ。メニューは日本語で書かれているが、全て写真付きなのでどんなものなのかはある程度想像ができる。まぁ鍋料理とか見ても分からないとは思うが。

 

 肉は何の肉かと聞かれたので牛の肉というとドクが怪訝な顔をしていた。恐らく向こうには野生の牛しかいないのだろう。野生の牛は家畜として育てられた牛と違い、筋が多くて肉も硬くてあまりうまいとはいえないらしい。特に向こうの牛は家畜というよりむしろモンスターといったほうが近いのでその傾向が強いようだ。まぁ魔物ではないようだが。

 

 一応補足するために、食べる為だけに育てられたものすっごい高級な肉だと教えるとこちらのテーブルは皆がそれを頼んだ。メニューには松坂牛と書いてあった。俺だってあんまり食べたことない。とりあえずメリル用の前菜のサラダ、十六夜は茸の雑炊、ミルとミクは鮭のムニエルと鮎の塩焼き、残りは全員ステーキを頼んでおいた。アイリもアムルルも何も言わないので妖精族でも特に肉はだめということはないようだ。ちなみに肉は全員ミディアムにしておいた。

 

 後、ドクにはビールとツマミになるようなものをいくつか頼んでおいた。全部確定後、注文ボタンを押すとディスプレイに発注しましたと表示された後、すぐにレーンが動き出した。

 

 向こうから流れてくるのはサーロインステーキを乗せた皿。皿は俺達の座るテーブルの前で止まった。ちなみにテーブルは2組に分けて座っている。メリル、ドク、アムルル、十六夜、ミル、ミク、ココ、ククは俺の後ろ側の隣の席に座っている。注文するときに料理ごとにテーブルNoも入力するところがあったのでちゃんと分けて届けられるだろう。目の前で料理が止まると、透明のガラスが左右に開き手前の出っ張った台まで料理が流れてきた。どうやらこれで上流で料理の横取りをできないようにしているようだ。しかし、料理を取らないと流れが止まってしまうがその辺りはどうなっているのだろうか。どんどん取らないと溢れて落ちる気がする。一応出っ張った台には2,3品はストックできそうな幅はあるが。

 

 俺は皿を台から取り、マオちゃんの前に置く。ちなみに皿は取っ手は木製だが肉が乗っている部分は鉄板になっており、未だに肉はジュウジュウと音を立てて肉汁があふれ出ている。そして付け合せにはフライドポテトとコーン、そして小さく四角に切られた人参が乗っている。

 

 マオちゃんだけじゃなく、それを見ていた子供達が全員涎を垂らしている。机に置いてあるナイフとフォークはすでに全員に配っているので、マオちゃんはすぐに肉を切り始めた。

 

「マオちゃん、お皿熱いから気をつけてね」


 そういうが肉に夢中で全く聞こえてないようだ。切り取った一切れの肉を頬張ると熱かったのか、ハフハフと口をあけて冷ましながら食べている。そして目を大きく輝かせてマオちゃんは叫んだ。

 

「おいしいにゃ!!」


 そこからはもう回りのことなど全く目に入らないように、一心不乱に肉を食べだした。それを見ていた他の子達の机は涎で大変なことになっていた。

 

 マオちゃんが食べ出してからすぐに他の料理もどんどん届けられるので、皆にどんどんと料理を渡していく。最後に俺の分が届いて、やっと全員分行き渡ったと思ったらマオちゃんが一言叫んだ。

 

「おかわりにゃ!!」


 空いた皿を返却レーンに乗せながらお代わりを注文する。俺は自分が食べることもできずに、次々に注文されるお代わりの注文で中々一口目を食べることができなかった。やっと食べられる頃には、俺のステーキは冷め切っていた。冷めた肉って硬くなるんだよねぇ……。こんなことならハンバーグにでもしておくんだったと後悔した。まぁ猫舌だから熱すぎるのよりはいいんだけど。

 

 猫舌といえば、マオちゃん達は猫っぽいのに熱いの全然平気そうだ。そういえば以前、真冬に熱々のココアを入れて飲もうとしたら、熱すぎて飲めなかったんで机の上に置いたら、家の猫が普通に飲んでたことがあったな。そのときから俺が猫より猫舌なのか、それとも猫が熱いものが食べられない猫舌という言葉そのものが実は嘘なのかという疑問があった。他の猫のことを知らないのであれは家の猫だけなのかとも思っていたが、マオちゃん達を見る限り、猫舌というのは嘘である可能性が高くなってきたな。まぁ俺だけが猫舌とか、あくまでこの世界の猫系の亜人は違うという可能性も否めないが……。

 

 

 

 



「っかあああ!! こんなうめえ酒初めてだぜ」

 

 俺の後ろに座っているドクがなんか言ってる。とりあえず後で殴っとこう。俺は酒が全く飲めないので酒の味なんて全く分からない。というか全く知らないのだが、ドクがいうにはまず冷たい酒というのが初めてだということらしい。酒を冷やして飲むという文化がそもそもないのか、それとも冷やす魔道具が出回ってないのか、または魔道具を使用することに対しての費用対効果が合わないのか。その理由はわからない。

 

 それとビールそのものについてもこんなに透明度が高くて綺麗なものは初めてみたらしい。向こうの世界ではかなり濁ったぬるいエールしか見たことないのだとか。そもそも酒を飲まない俺は見たこともないので全く分からないし理解もできない。ドクはそのまま調子に乗って色々とつまみを頼みながら10杯程飲んでいた。

 

 子供達は肉を2皿食べた後はデザートに夢中になっていた。初めて食べるパフェやアイスはカルチャーショックだったのだろう。一口食べるたびに耳がピーンと立つのは見ていて楽しかった。普段クールにしているアイリやフェリア、そして今日来たばかりのククですら、その甘味の魔力からは逃れられなかったようだ。クールを装っていてもフェリアもククも尻尾がブンブンと振れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんですの!! 一体これはなんですの!?)


 メリルはフォークを止めることなく、目の前に広がる料理を口に運びながらも頭は全く別のことを考えていた。扉をくぐったと思ったら全く知らない場所に居た。しかも見たこともない魔道具だらけの部屋だ。その壁にはとても絵とは思えない、風景をそのまま切り取ったかのような精巧な絵が所狭しと張られている。良く分からない魔道具を操作するだけで次々に料理が運ばれてくる。しかもどれもこれも王宮ですら味わえないような絶品だ。

 

(この色とりどりのソース、これは一体なんですの? 野菜の甘みを引き出しつつも野菜の味を殺さず、しかしソース自身の味もそれに負けじと主張され、見事な味の調和となっていますわ。たかが野菜でここまで味の深みを引き出すなんて……)


 メリルは前菜として頼んだサラダを食べて絶句していた。色とりどりのドレッシングソースとマヨネーズが一緒に来たのでそれを少しずつかけて食べて見たところ、その味に驚愕した。瑞々しい見たこともない野菜はそのまま食べてもとても甘くて美味しいが、ドレッシングをかけることによりそれが何倍もの味の広がりを見せる。それは味に煩い自分が文句の付けようもない程に。先日、街の高級宿で食べた食事にすら文句を付けていた自分が、まさか一言も喋ることもなく一皿食べきってしまうとは。それは自身ですら驚きだった。肉を食べる前にサラダを追加注文してしまうほどに。

 

(このお肉も信じられないほど柔らかい……一噛みするたびに肉汁が溢れて、口の中一杯に焼けた肉の味と香りが広がって……)


「旨いとしかいえませんわ!!」


 思わず叫んでしまっていた。しかし、正面に座る黄狐族の姉妹がビクッとしたくらいで、他の皆は全く気にしていなかったようで、食べることに夢中になっている。

 

(全く……これは幻術の類なのかしら? それにしては現実味があり過ぎるし、何より幻術の大家である黄狐族が全く反応しないのもおかしいですわ。黄狐族は幻術が得意なだけあって、幻術の類は全く効かないと聞いてますし……)


 メリルはフォークを止めることなく頭だけは冷静に現在の状況を分析していた。

 

(森からどこかへ転移した? そもそもここは一体どこなんですの? 森の中ではありえませんし、何よりこの明かりは見たこともない魔道具ですわ。そしてこの料理を運ぶテーブル、頬が落ちそうなほど美味な料理、一体どこから考えればいいのかすら分かりませんわ。まず一つ一つ考えていきましょう。まずここはどこなのかということ。森の中から転移した以上あの近くという可能性が高いのですが……このマヨネーズとかいうソースの酸味が野菜の甘みとマッチしてとても素晴らしいですわ……はっ!? 違いますわ、一体何を考えていますの、場所のことですわ。たしか森の中で扉を潜って……こちらのゴマドレッシングというのも味わい深くて大変素晴らしいですわ、これならいくらでも食べられ……ってまた違うことを!? くぅこれは食べ終わるまでは考えるのは無理なようですわね。今は何も考えずに食べることに専念することにしましょう)


 結局メリルは店を出るまで食べる以外のことを全く考えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「美味しい……こんな美味しい魚、リグザールの王都でだって食べたことない」


 ミルが鮭のムニエルを頬張りながら呟く。隣ではミクがフォークもナイフも使わず、素手で鮎の塩焼きを持ってかじり付いている。ポロポロとこぼれるそれを見てミルは微笑みながら、机にある布巾でミクの口を拭う。

 

「美味しい?」


 そう聞くとミクはコクコクと首を縦に振る。最近はとても表情が豊かになってきた。初めて会ったときは、何を言っても反応せず、全てを諦めたような、まさに死んだ目をしていた。何度も話しかけて、やっと少しずつ話をしてくれるようになった。まともな主人なんて高望みはしない、せめていたぶって殺すような、外道にだけは買われて欲しくない。せめてこの子だけは。そう思っていた日々がまるで嘘のようだ。

 

 あの人族に買われてからは、まさに毎日が驚きの連続だった。奴隷を高級宿に泊める、同じ食事を取らせる、風呂に入らせる、そして首輪を外してあろうことか村まで送り届けるという。もう何がなんだかわからなかった。恐らく私はハンターをしていたときより太ってしまっただろう。やせこけていたこの子も最近ではふっくらとしてきている。他の子達もそうだ。

 

 一体あの男は何者なのだろう。強さは異常の一言に尽きる。以前みた金ランクより強いかもしれない。ドラグラガルトを魔法も使わず素手で殺すなんてありえない。にも拘らず毎日気力や魔力の訓練を怠らない程の努力家だ。そこまでの努力があるからあのように強いのかもしれないが。

 

 信じられないほど強大な魔獣も連れている。亜人の子供達に好かれている。気力と魔力をいとも簡単に同時に操れる。見たこともない技を使う。そして現在、一体ここはどこなんだ!? 森の中に居たはずなのに、なぜか見たこともない料理店でこれまた見たこともないような料理を食べている。考えたら頭痛くなってきた……。

 

 恐らく明日には村に着く。彼のことは諦めてミクと私のこれからについて考えよう。いや、まずはこの美味しい料理を楽しもうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆が満足したようにまったりとしだした頃、どうやら時間になったらしく元の場所に戻っていた。みんなキョロキョロとしていたが、まるで今までのことが夢だったのかのように辺りは薄暗い静かな森になっていた。お腹が膨れたからだろうか、子供達は戻ってきてからすぐに寝てしまったようだ。ふと、目を上げるとココが幸せそうに寝ている。ココはククと再会してからずっとククにくっ付いたままだ。食事の時も寝る時もずっと一緒にいる。他の子と違い、知ってる人や同種族の子が誰も居ない状態だったから寂しかったのだろう。幸せそうな寝顔を見ると助けてよかったと思えてくる。

 

 そんな姿を見て癒されながら、今日も気力と魔力の操作練習をしつつ、流派名と厨二病っぽい必殺技の名前を考えていた。やっぱり機雷掌は気を使うから気雷掌のほうがいいかなぁとか、奥義の上に究極奥義とか超必殺技とか神技とかさらに上位の技もいいよなぁ、なんてくだらないことを考えていたら、いつの間にか十六夜以外だれも起きていなかった。カードも引いてあるし、俺もそろそろ寝るとしよう。

 


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