39:宿屋にて
「コウと十六夜は付いてくるとして他の子はどこに送ればいい? 自分の村の場所分かる?」
ミルについては分かるとして他の子達だ。
「……えっと、それはあたいらを奴隷から解放してくれるってこと?」
恐る恐るミルが聞いてくる。無理もないだろう。奴隷として売られたその日に開放してもらえるなんて言われたら誰だって疑う。
「そう言ってる。借金や犯罪で売られたってのなら話は変わるけど、みんな違うみたいだしね。そもそもこの国に来たのはマオちゃん達シグザレストで捕まってた奴隷を親元に帰すためだし」
ルナ親子については人間のため、言っていることがまだ本当か確証は持てない。本当に借金をして売られたなんていう可能性もある。亜人については話を聞く限り全員誘拐されたのだろう。借金はまず亜人が人の街に住めないのでありえない。なにせ現在この国では亜人は主従以外で人と係わり合いがもてないのだから。そもそもこの子達が貨幣について知っているかどうかすら疑問だ。
犯罪については態々(わざわざ)危険を冒してまで街に来る理由がない。誰かを助けるためというなら1人で来るのはおかしいし、森で誰かを殺したとでもいうなら、それはむしろ逆に襲われたから反撃したという可能性のほうが高い。よって怪しいのは人間だけなのだ。
しかし、ルナ親子の話は筋が通っていたし、何より薬師が借金をする理由がわからない。高い材料を買うのか? それは必要なら買うこともあるだろうが、それは需要に対して妥当だから買うのであって、それほどの金銭が必要な材料を需要も考えず買うなんてことは普通ならありえない。先行投資としても単なる村民がそんなことをするとは思えない。つまり借金で売られた場合として考えられるのは、どうしようもないくらいお人よしか、経営能力ゼロの人の場合、後は本人も言っていた通り騙された場合だ。犯罪をした場合は親子共々売られるのはおかしいし、犯罪奴隷なら何かしら分かる刺青のようなものがあると聞いたことがある。
となると一番考えられるのは本人の言っていた騙されたことになる。まさかなくなった主人の借金なんてことは……そのときはまぁ別にいいか。俺に助けられて運が良かったねってことで。
実際には俺が助けようと思っているのは理不尽な目にあっている者であって奴隷だけが対象というわけではない。この国の奴隷が偶々(たまたま)誘拐されたような者しかいないからそうなっているだけだ。そしてそんな目にあっている大部分が亜人である。それだけのことだ。
この国にきてそれがよくわかったのだが、少なくともこの街では亜人は奴隷しかいない。街中では首輪をつけていない亜人を1人も見かけていない。完全に物として扱われている。なんとかするには国その物をどうにかしないといけない。対処療法になるが、まずは亜人の住む森に人間が入れないようにする方法を考えるか。まぁ結界カードが揃えばできるかもしれないが、そんなの何時になることやらわからない。そういえば最近新しいカードでボスっぽいモンスター召喚するようなのがあったな。でもあれだとむしろ亜人が襲われちゃうか。何かいい手はないものだろうか。
「ミクはあたいの村に連れて行こうと思ってる。その後のことは向こうで決めるよ」
思考の海に浸っているとミルが声をかけてきた。緑猫族は別にハーフだからといって問題にはならないのか。まぁそもそも猫ってあんまり群れるようなイメージないしな。その辺も適当なのだろう。以前地球にいた頃、夜中にコンビニへ買い物に行ったときに一度だけ猫の集会に出会ったことがあるが、猫が群れるってそれくらいしか思い浮かばない。
「ミクはそれでいい?」
そう聞くとミクはミルの後ろに隠れながら頷いた。
「ミルは他の種族の村の場所はわかる?」
「さすがに詳しい場所まではわからないね。ただ狼族は東のほうに住んでるって話は聞いたことがある」
なるほど、狼系は東と。そこでふと先ほどの話を思い出す。トガの森を知ってるメリルなら金虎族の村へもいけるのでは? と。そう思いメリルに聞いてみると。
「全くわかりませんわ」
と、素敵な答えが返ってきた。もっと西のほうから魔法で森の上空を飛び、一気に大きな木の手前まで行ったそうだ。その後はあてずっぽうで歩いていたところで魔物に襲われたのだと。だから道順なんて全く分からないそうだ。行き当たりばったりで魔獣の巣窟に向かうその根性はすばらしいと思うが、確実にいえることはこいつは天才じゃなくただのアホだということだ。いや、逆にそれでそこまでいけてしまう辺り本当に天才なのか……?
「そうか……で、お前はどうするんだ? 元々遺跡調査が目的なんだろ?」
「森に行かれるなら、もちろんついていきますわ。杖が見つかるやも知れませんし」
「杖なんて適当にそこら辺の木でも削って作ればいいんじゃないの?」
と、何気なく思ったことを聞くとそれはもう大変気分を害したらしく長々と文句を言われてしまった。話によるとミグード族の杖は星の樹と呼ばれる特殊な木で作られた物でなければならず、作成後に杖に自分自身を認められることにより初めて使えるようになるそうで、それは杖、契約者本人それぞれの能力により異なるが、最低でも1ヶ月が必要になるのだそうだ。
メリル本人の話によると、杖の性能と自身の才能が高すぎるせいでメリルは杖に認められるまでに1年を要したとか。「それってただお前ができそこないなんじゃないの?」 とまた思ったことを口に出してしまったことにより、メリルの怒りがさらに激しくなったのはいうまでもない。
「と、いうことで杖はミグード族にとって己の半身ともいうべき存在ですの」
「じゃあ、お前はそんな大事な自分の体ともいうべき物を落っことしたのか」
そういうとメリルは再び跪いて落ち込んでしまった。からかいがいのあるやつだ。まぁついでだから杖も探してやるとしよう。
「ルナ達はどうする? 村に帰るか?」
「村に戻ったところで、また貴族の方に見つかると同じことになりそうですし、そうなればまた村に迷惑がかかってしまいます」
そういってルナは悲しそうな顔して俯く。
「シグザレストに知り合いが住んでるいい村があるんだが行くか? 薬師の人はすでにいるみたいだけど、薬師は別に多いに越したことはないだろう」
おっちゃんの住んでいるマルクート村なら安心だろう。かなりの長旅になりそうだけど。おっちゃんに渡した金もあるから、家ならすぐ建てられるだろうし。
「そのような場所があるのなら是非行きたいのですが……手持ちもなく、子供連れの女だけで国外への旅など……無事にたどり着くのは難しいでしょう」
「俺の旅についてくればいい。この子達を送り届けた後に、しばらくこの国を回ってから行くつもりだし」
「よろしいのですか?」
「ああ、じゃあ明日ここを出るときに首輪はずすから、他の宿にでも泊まって待っててくれ。さすがにどれだけ時間がかかるかも分からないのに、無制限にこの宿を借りるのは厳しいからな。後、外を出歩くと君達を狙っているやつがいるかもしれないから、あまり出歩かないように。コウもそこで一緒に待っててくれるか?」
そういって俺にずっとしがみ付いているコウを見る。するとこちらを見ながら首を横に振ってさらにしがみ付いてきた。
「一緒に行く」
「そうか」
小さくても黒狼族なら大丈夫か。鍛えることにもなりそうだしまぁいっかとコウは連れて行くことにした。
「アムルルは川でつかまったってことだから、村は川の近くなんだよね? 場所は分かる?」
「村の近くまで行けば分かると思いますが、森の外に出たことがありませんのでここからではわかりかねます」
「そうか。じゃあ一緒に行って君が分かる場所にきたら、そこで村に行くってことでいいかな?」
「それでかまいません。ありがとうございます」
そういって礼をする。実に礼儀正しい子だ。ちゃんと教育を受けた奴隷という感じがする。そういえば石が好きっぽいこと言ってたな。俺は鞄から小さな丸い石を取り出してアムルルに見せた。
「これ何か分かる?」
「こ、これは!? ま、魔石ですか? でもこんな小さくて高濃度な魔石見たことも……」
「違いますわ。魔石に似ていますが、これは普通の石に後から魔力で高圧縮をかけて作られた感じですわね」
「ほう」
驚いた。アホの子だと思っていたら横から見ていたメリルがすぐに魔石と違う物だと気がついた。ちなみに今見せた石は俺が石を圧縮して作った擬似的な魔石、通称シロご飯だ。
「よく気づいたな。確かにこれは俺が普通の石を圧縮して作った物だ」
「作った!? ご主人様はこれを作れるのですか!?」
「驚きましたわ。これを個人で自作できる者がいるなんて……ミグードでも10人以上が3日かけてようやくこれの5倍程の大きさで濃度は3分の1の物がやっとだというのに。しかも使い終わった魔石に対して行うものであって、普通の石に行えるような代物じゃありませんわ。貴方、唯の乱暴な人間というわけじゃありませんのね」
感心したような顔でメリルがこちらを見てくる。他人を見下すことが常のこいつにしては珍しいことだ。
「ミグード族はこの石を作って利用してるのか?」
「先ほど言ったように使い終わった魔石に再び魔力を注ぎ込んで再利用するくらいで、普通の石を圧縮して作り出すなんて化け物じみたマネはしておりませんわ。それに再利用といっても使い終わった魔石に魔力を再び詰め込むのは、かなり大変ですからよほどのことがない限り行いませんわ」
どうやら普通の石を圧縮なんてマネは普通は無理らしい。魔石は本来石ではなく魔力が圧縮された結晶であり、使い終わった魔石についても抜け殻は魔力を溜め込みやすい性質を持っているため、注ぎ込むことでまた再利用できるのだとか。しかし、それにはかなりの技術と魔力量が必要になるそうで、非常時でもないかぎり作られないそうだ。
しかし魔石に再び魔力をつめて再利用とはいいことを聞いた。使い終わったデカイ魔石なんてあったら譲ってもらって詰め込んでみよう。復活できたらまた売れるかもしれないし。
「アムルル、気に入ったんならその石あげるよ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」
アムルルは渡した石をずっと、うっとりとした表情で眺めていたので石をあげることにした。どうやら喜んでくれたようだ。
「わ、私にはくれませんの?」
「お前が石なんてどうするんだよ。アムルルは石が好きっていうからあげただけだ」
グギギという擬音が聞こえてきそうな程、悔しそうな表情でメリルがこちらを見てくる。おそらく研究材料にでもしようとしていたのだろう。
「後はココだけだね。だれか黄狐族の村って分かる?」
聞くだけ聞いてみたがやはり誰もわからなかった。結局、ミル達の村しか場所がわからないってことか。探しながら行くしかなさそうだ。
その後、しばらくして夕食が部屋に運ばれてきた。一人分ですらそれなりの量なのに20人分も運ばれてきたために、巨大な机が料理で溢れんばかりにいっぱいとなった。
「みんな適当に席について、食べていいよ。残さないようにね」
そういうとマオちゃん達古参組は一斉に料理を食べだした。今日買った新規組はお互いに顔を見合わせている。
「どうしたの? 食べないの?」
「た、食べてよろしいのですか?」
そういってオドオドとアムルルが聞いてくる。奴隷になってから今まで薄い水のようなスープと硬い石のようなパンしか貰えなかったそうで、そもそもこんな暖かい食事を見るのも初めてだそうだ。
「その為に頼んだんだからね。早くしないとマオちゃん達に全部食べられちゃうよ」
そういってるそばからマオちゃんはすでに自分皿の肉料理を食べ終えて違う皿の肉に手を出していた。俺の言葉にあわてて反応すると新規組は一斉に料理を食べだした。しゃべることもせずにみんな一心不乱に食べている。しかしスープが熱いのかスープを飲んだコウとココは口を押さえて悶えていた。
「まぁ足りなかったら又頼むから、そんなに急いで食べなくていいよ」
さすがに20人分は余ると思っていたのだが、この分では足りなくなりそうだ。獣人の食欲を甘く見ていた。旅をしてるときにはマオちゃん達は文句一つ言わなかったが、実は全然量が足りなかったのだろうか。いつもはおとなしいフェリアですら、ものすごい勢いで肉を頬張っている。そんなに肉好きか……。足りなくなりそうなので追加を頼もうと席を立つ。電話とかないからフロントまで行かないといけないのか? と思っていたが部屋の隅になにやら伝声管のような物があることに気がついた。そこに張り紙があり、そこには「御用の場合はスイッチを押し、しゃべる時は蓋をとり、こちらに向かってお話ください」と書いてある。現代人である俺には使い方がわかるが、こちらの人間に分かるのだろうか。それともこちらではこれは一般的に普及しているものなのだろうか? 疑問に思いつつもラッパのような形をした伝声管についてる蓋を上に上げ、壁についているスイッチを押す。
すると金属管から声が聞こえてきた。
「お呼びでしょうかお客様?」
「追加で料理を頼みたい。とりあえず5人分届けてくれ」
「10分程お待ちいただきますがよろしいでしょうか?」
「頼む」
そういうと、「畏まりました」との台詞で音声が途切れる。
「何してんだい旦那? ちびっこ達に全部食われちまうぞ?」
そういいながらもドクは肉を食べるのをやめていない。
「今5人分追加注文しといたから。そんなに焦って食べなくていいぞ」
それを聞いて若干みんなの食べる速度が遅くなった気がする。あくまで若干だが。
「旦那それなんだい? 通信用の魔道具かい? そんなの見たことないが」
「たぶん伝声管だな。金属の管が1階の受付までつながってて、それで向こうとやりとりできるんだ。たぶん魔石とかは使ってないと思う」
「へーそんな便利なもんがあるのか。それがあればこっから王都とかでも話ができんのか?」
「王都がどこにあるか知らないが、さすがに距離がありすぎると無理だな。大体同じ建物内くらいが届く範囲だと思うぞ」
「そうか。旦那はなんでも知ってるな」
「迷宮のことや魔物のことなんかはお前のが詳しいだろ? それに薬草ならルナのほうが詳しいだろう。つまり人それぞれ、その人に必要なことに応じて知識ってのは偏っていくものなんだよ。なんでも知ってるやつなんていないよ」
「確かにそうかもな」
そういうとドクは会話をやめ、料理のほうに集中しだした。ちなみに食器には2又のフォークとナイフが付いてきている。フォークというには反りがない真っ直ぐな棒であるが。最初にマオちゃん達が使い方を見せたのが良かったのか、みんなは見よう見まねでそれぞれを持ち、それを使って食べている。
ナイフを肉に突き刺して口に運ぼうとしていたコウをとめ、俺は膝の上にコウを乗せて肉を切ってから口に運んでやった。コウはしばらく固まっていたが、食べていいと気づくと嬉しそうに肉を頬張った。俺はコウの手を取り、肉の切り方を教えた。それを見ていた他の子達もマネをしだした。唯一メリルとドクだけは最初からテーブルマナーを知っているかのように食べていたが。まぁドクは王宮使えだったんだから知っていて当然か? メリルは意外だったが。
「これくらい淑女の嗜みとして当然ですわ」
と、自慢げに語るメリルだが、最初に手の届く周りのすべての皿から赤いイチゴのような実をすべて奪って食べていたのを俺は知っている。淑女が聞いて呆れるけどあえて何も言わないでおいた。
追加分まで余すことなくすべて食らい尽くしたみんなに驚愕しながら、俺は食後に風呂の様子を見に行った。風呂には木製の大きな湯船がある。しかしすべてが木製というわけではなく、下は木の板を張って作られたようになっていた。隙間から金属のようなものが見えるが何製かまではわからない。壁に捻るスイッチのようなものが2つあり、これで温度調整と水の追加を行うようだ。ちなみに使い方は風呂の入り口に書かれていた。
湯桶と椅子も木製で置いてあるが、タオルのようなものは見当たらない。脱衣所にあたる入り口にザラザラした手触りの布切れがいくつかあったがアレを使うのだろうか。しかし、そうなるとバスタオルがない。俺はコンビニで買ってきた大量のタオルを鞄から取り出した。小さいがこれをバスタオル代わりにすることにした。
俺は小さい子達から順番に風呂に入れた。ボディソープもシャンプーもコンビニで最初に購入済みだ。ラベルがないので実は違っているかもしれないが。
マオちゃん達は最初は全く泡だ立たなかったが、1度洗い流して2回目になるとやっと泡立つようになった。頭を洗うときは耳に入らないように手で耳を押さえてもらった。獣人の身体構造は良く分からないので、水が脳に直接入ったりしないか心配だ。「水がいっぱいにゃ」と驚いていたマオちゃん達だったが、お湯につかるということを覚えると気持ちよさそうにお湯に浸かっていた。湯あたりする前に上がってもらい、脱衣所で待つフェリア達に体を拭かせて着替えさせる。寝巻きなどないので服はそのままだ。ちなみに子供じゃないはずのメリルも一緒に入っていた。裸の俺を見ても
「他種族の雄に興味ありませんわ」
とのこと。そもそもミグード族には性交というものがないらしい。性器というものもないらしく、他の何かで男女を分けているそうだ。詳しく聞きたかったが順番を待つ子供達がいるため聞けなかった。
年少組の最後にコウを入れたが、大量のお湯に驚き、初めてのはずなのに犬かきらしき泳ぎをしていた。野生の本能がなせる業なのだろうか。
年少組が終わると外で年少組の体を拭いていたフェリア達を順番に入れた。恥ずかしがっていたがお構いなしだ。ちなみに先頭のフェリアを実験台にし、残りの皆に洗い方を教えただけで、後は2人づつペアで自分達で洗わせた。1人洗い終わったら次の人が入るという感じで順番に入ってもらった。俺はその間ずっと湯船に浸かったままだ。俺は風呂が大好きなのだ。地球にいた頃は、放っておいたら休みの日なんて何回でも風呂に入ってしまう程だ。
こちらは空気が乾燥していて、ほとんど湿気を感じないのであまり風呂のことを考えなくてもよかったのだが、やはり一度入ってしまうと体が覚えているのだろう、とても幸せな気分になる。俺がゆったりと浸かっていると、体と頭を洗い終えた女性陣が湯船に入ってくる。新規奴隷組は首輪がとても邪魔なようだが、この首輪は防水らしく特に水がしみるようなことはなさそうだった。ちなみにフェリア達古参組は首輪を外してきている。
女性陣はアムルル以外非常にスタイルがよく、中でも十六夜とルナは肌の張りといい、上を向いてピンとはる胸の形といいすばらしいプロポーションだった。特にルナはとても2人も子供を生んだとは思えないスタイルだ。しかし手を出すようなことはしないし、俺の息子も反応するようなことはない。俺の自制心は鋼鉄どころではないのだ。全く反応しない俺をみてアイリが悲しそうな顔をしていた気がするが気にしない。ひょっとしたら俺を不能だと思っているのかもしれない……。不能なのではなく、あくまで自制心が強いだけだ。
古風とよくからかわれたが、厳格な祖父に育てられた俺にとって、女性に手を出すというのはイコール責任を取って結婚するということなのである。小さい頃からそういわれて育てられてきたので、そのことになんの疑問も感じなかった。その教えをおかしいとも思わない。それは今の歳になっても同じだ。だから今さら手当たり次第に女に手を出せとか、やれといわれても無理なのだ。
ちなみに俺は女性に全くもてないという訳ではない。それなりに告白されたこともある。しかし、全く手はだしていない。
只管わがままを言われた。いろんなものを買わされた。オチも何もない話を延々と聞かされた。真夜中に電話が掛かってきて延々と愚痴を聞かされた。その挙句に別れ話すらださず、他の男と同時に付き合うなんてマネされるのはザラだった。浮気に対して指摘すると「本当に好きなのは貴方だけなの!」「浮気させた貴方が悪い」「寂しい思いをさせた貴方が悪い」と素晴らしいお言葉が返ってきた。俺は彼女達が全く理解できなかった。
俺とは手をつないでキスをするくらいだったのが、他の男相手だとズッコンバッコン平気でできるのに好きなのは俺だけとか一体何のギャグだろうか。ちなみに浮気が発覚した原因のほとんどが友人による密告だ。ホテルでバイトしていた友人がそれはまた素晴らしい頻度でその場面を見つけてくれるのだ。しかし、浮気が発覚したところで俺の気持ちが特に動くこともなかったのは事実である。
最初の彼女の時は裏づけを取り、誤解だということを確認したかった。しかし、結果は真っ黒。その後もそんなことが続いたせいで、3人目以降は浮気の話を聞いても「あぁやっぱりか」とか「あぁそうなんだ」くらいの気持ちしかわかなかった。独占欲は強いのだがその方向が間違っているのだろう。他人のものになった瞬間にどうでもよくなってしまうのだ。独占欲は強いくせにガツガツと相手を求めない。一見矛盾しているように思えるこの性質がおそらく浮気される原因だったのだろう。
そもそも付き合っている場合相手と性交をしなければならないのだろうか? こんな俺でも性欲は人並みにある。しかし、だからといって性欲処理に恋人を使うというのはいかがなものだろうと思って結婚するまでは、と一度も手をだしたことがない。恋愛と性欲の明確な判断基準が俺には分からない。そうしてるうちに浮気をされて終わるのがいつものパターンだった。大事にしているつもりでも結局それは単なる自己満足で相手に伝わらないものはないのと同じなのだろう。
俺は告白されたことはあってもしたことはない。俺にとって付き合うというのはいつも受動的に始まるものだった。だから女性を好きになるということが良く分からない。付き合っていれば分かるかと思い、告白されるたびに付き合っていたが結局それは分からなかった。付き合うことによって何かが変わるかもしれない。毎回そう思いながら結局浮気されて終わるのだ。これだけ繰り返せば自身に問題があるとわかるのだがそれが具体的になんなのかが分からなかった。誤解のないようにいっておくがこちらからは二股もそれ以上もかけた事はない。結局俺は付き合うという行為そのものに何の意味も見出すことができなかった。
社会人になってからは「私と仕事どっちが大事なのよ!!」と、昼ドラでしか聞いたことのないような台詞を言われたこともある。ちなみにそのときは仕事と答えてぶん殴られた。「仕事しないと生きていけないだろ?」といっても全く聞いてもらえなかった。生活保護にでもなれというのだろうか。それともヒモになれと? しかし今の日本で生涯ヒモを続けるなんておおよそ無理な話だ。相手が超が付くほどの大金持ちの令嬢ならまだ話は分かるが、そんな相手の両親がヒモなんて許すはずがない。男娼として飼われるなんてことはあるかもしれないが。その令嬢に両親もおらず、なんの問題もなくヒモになれるとしたらまさに理想のヒモ生活になるかもしれないが……。結局飽きて捨てられる気がする。
だいたい仕事と愛情を比べるのがそもそも無茶な話なのだ。まぁそれ以来、俺は女性からのお誘いはすべて断ることにしている。俺には女性の気持ちは一生理解できないのだろう。最近はもう一生独身でもいいやと思っている。種族繁栄を放棄した生物としての欠陥品かもしれないが、そもそもこちらの世界で俺に子供ができるのかすらわからない状態なのだからその辺りは別に問題ないと思っている。俺の遺伝子なんて残してもこの世界にいいことなんてないだろうしな。
おそらく原因は分からないが俺には恋愛というものに対して脳に何かしらの欠陥があるのだろう。でも俺はこれが普通だと思っているのでどこがおかしいのかすら正確に理解はできないのだろうが。
色々考え事をしていると気づいたら風呂場には誰もいなくなっていた。
「風呂に入るなんて生まれて初めてだぜ」
そういって最後に入ってきたのはドクだった。男同士のんびりと風呂に浸かりながら鋼殻竜やらこの国について色々と聞いてみた。しかし、すぐに嫁がいかにいい女なのか、娘がどれだけかわいいかを語りだすのであまり良い情報は得られなかった。とりあえずむかついたので足を引っ張って沈めておいた。
長すぎたので分割