38:化物
宿、といってもほとんど高級ホテルのため女将のような人は見当たらない。受付には常に従業員が2人は居るが、俺が帰るとその2人の顔が驚愕の色に染まった。何しろ先ほど6人も奴隷を連れてきたのに新たに10人も奴隷を連れてきたのだから。
「奴隷の食事も俺と同じ物を頼む。とりあえず20人分を部屋に運んできてくれ。明日の朝食も同じように頼む。釣りはいらん」
そういって俺は銀板を渡す。宿泊料に食費は含まれているが別途頼む場合は銀貨1枚らしいので銀貨50枚相当の銀板を渡しておいた。ちなみにオークションから帰るときにちゃんと入場料は返してもらってある。渡した金貨は贋金なんだけどな!
従業員は嬉しそうな顔で返事をするとすぐに厨房に連絡に行ったようだ。俺は奴隷達を連れて部屋へと戻る。ちなみにこのホテルには昇降機がある。昇降機といっているが用はエレベーターのことだ。おそらく魔道具の一種なのだろうがワイヤーはどうしているのだろうか。メンテナンスとか不安でしょうがない。
部屋に到着して奴隷達を中へと入れる。部屋に入るとマオちゃんと姉のリンがリバーシの真っ最中のようだった。アイリとフェリアも同じようにリバーシ中らしい。ファリムとウィルは鬼ごっこだろうか部屋中を走り回っている。
「ずいぶんと沢山買ってきたな」
椅子を並べて寝転んでいたドクが起き上がりながらこちらを見て言う。ちなみにこの部屋は入るとまずリビングのような部屋があり、部屋の真ん中に馬鹿でかいとしかいいようのないテーブルがある。長方形だが片側に10人は座れるほど長い。椅子は両側に10脚づつ、辺の短いほうに1脚づつで全部で22脚もある。どこの会議室だここは。
とりあえず全員を席に座らせてから説明を始める。
「こっちの10人が今日俺が買ってきた奴隷達だ。はずしちゃうと宿泊料がいるかもしれないし、また狙われるかもしれないから明日までは首輪は外さない予定だ。予備の首輪もないのでな」
俺はそういって新規組に目を向ける。新規組は何を言ってるのかわかっていないようだ。
「そいえば名前も知らないな。こっちから順番に自己紹介してくれるかな」
「じゃあ、あたいからだね。あたいは緑猫族のミル。これでもハンターさ! 今は奴隷だけどね!」
そういって胸を張るのはオークションで1人目に出てきた猫耳の女の子だ。緑猫の名の通り髪が緑な点を除けば、耳といい髭といいマオちゃん達との違いがよくわからない。しかも奴隷になってるのにやたらと元気だ。ポジティブなのかアホの子なのか。
「それでなんでハンターが奴隷になってるんだ?」
「元々はリグザールで仕事してたんだけどね。10年振りに村に帰ろうと思ってたらその途中でいきなり襲われたんだよ」
10年前は亜人でも普通に出歩けていたということか。
「現役ハンターを誘拐して売っぱらうとか、この国の奴隷って何でもありなのか?」
「最近のこの国は亜人なら何でもありな風潮になってきてるのはたしかだ」
そういって首をすくめるのは人族にもかかわらず自身も奴隷になっていたドクだ。
「ギルドは何もしないのか?」
「有名なやつを露骨に誘拐でもされれば動くかもしれないけどな。でも大体は秘密裏に捕まえられたあげくに偽造した書類なんかで借金まみれにされたりしてどうしようもなくなることが多い。だから亜人のハンターはこの国からほとんど出て行っちまってるってのが現状だ」
「そこまで酷いのかよ。でも書類偽造なんて亜人とか関係なくやれないか?」
「まぁな。最近は人族でもそういうことが起こるって話だ」
「ああ、そういえばお前も似たようなものだったな」
「うるせえよ!」
しかもドクの場合は子供を犠牲にしてまで騙してきてるからな。単なる書類偽造より性質が悪い。
「誘拐は犯罪にならないのか? なんで国が動かないんだ?」
「証拠がないってのもあるが、奴隷の場合詳しく調べる前にどこか上のほうでもみ消される場合が多いらしい」
「全くどうしようもない国だな。なあ? 安全確実な金儲けの方法って知ってるか?」
「急になんだ? まぁそんな方法あんなら教えてくれよ」
「国の上の立場のやつとつながりを作ってな、どんなにやばいことをしても自分達がした場合だけは犯罪ではない、っていう自分達にだけ都合のいいルールを作るんだよ。そうすれば自分はつかまらないけど他人が同じことをしたら捕まえるってんで、利益を独占できる」
地球でいうパチンコとかがそんな感じだ。3店方式はパチンコ以外がやるとマッハで捕まる。俺がこっちの世界に来る前に同じ方式をした業者があっという間に捕まったとうニュースを見たことがある。しかしなぜかパチンコだけはつかまらない。極稀に警察への貢物が少ないからか、それとも日本人系列だからかはわからないがつかまる場合もあるらしいが。大抵そのことを警察に問いただしても絶対に答えが返ってこない。それがパチンコ関連企業が警察の天下り先だからかどうかは謎だ。
「えげつねえけどそりゃ確かに安全だ」
「この国の奴隷商会がそんな感じになってるんじゃないか?」
「たしかにそうかもな」
「でもおかしいんだよなぁ」
「何がだ?」
「さっきのミルの話だと少なくとも10年前までは亜人でも普通に暮らせてたってことだよな?」
「おかしくなったのはちょうどその辺りからだな」
「それが今になって突然こんな状況なわけだ。亜人とはずっと対立していた訳じゃない、なのに突然扱いがおかしくなっている。分かり合えるのなら奴隷ではなく国民として迎え入れるほうが何百倍もマシなのにだ。元々差別がそれほど酷かったわけでもないのに突如として亜人と人との確執が酷くなった。相容れない存在ならもっと早くから排除してるはずだ。それなのに急に、まるで誰かが内乱を煽ってるように対立が深まってる」
「……この状況は誰かが意図的にやってると?」
「国が内乱して得するのは誰だ?」
「この国を侵略しようとしてる他国だろうな。奴隷のいないリグザールとシグザレストはこの国を狙う利点が思い浮かばない。国土的にも侵略したところで負担のほうが増えるだけだからな。そうなると考えられるのは帝国と法国くらいだな」
「奴隷の輸出はしてるのか?」
「法国は亜人の存在そのものを認めてないから奴隷を輸入してるのは帝国だけだな」
「つまりは内乱を煽りつつ、奴隷として亜人を買い取って自国の強化に使う。疲弊した後に国ごと掻っ攫うってところだろうな。まぁ帝国ってのがどこにあるどんな国なのかは知らんけど、おそらくこの国の上のほうに帝国とつながってるやつがいるな。ひょっとしたら奴隷商会そのものが裏で帝国が糸を引いてる組織かもしれん」
「本当かよ……」
もっとも黒幕は帝国の仕業に見せかけた法国という可能性もありえるけどな。その2国について詳しく知らないから断言はできない。
「今まで俺が聞いた話をまとめるとそう考えるのが一番しっくりくるな。知ってるか? 戦いで一番理想的な勝ち方ってのはさ、戦いをしないで勝つことなんだ。特に戦争なんてのは、一定以上の戦力差がない場合は、勝てる確信があるまで戦いは仕掛けたらいけないんだ。そうしないと泥沼になって国力がどんどん低下していく。終わった後に実際は占領されたほうがまだマシだったなんてことにもなりかねない。だから大々的に戦争だってことが、わかるより遥かに先に水面下で戦争は静かに始まってるんだよ。ドンパチやるだけが戦争じゃないってことさ」
まぁ本当は戦争も外交の一種と考えるべきなんだろうけど。
「ひょっとして……この国やばいのか?」
「やばいなんてものじゃないな。むしろ今の時点で無事なのが不思議なくらいだ。もう後は帝国やら法国やらが手ださなくても近いうちに終わるよ。それは国の中枢にいたお前のほうがよくわかってるんじゃないか?」
亜人の子達はよくわかっていないようだ。種族単位で生活する亜人には国家という概念がそもそもないのかもしれない。
「中枢なんていっても俺なんて唯の兵隊だったからそんなの気にしたこともねえよ。確かにおかしいと思う所は何度かあったけど……で、どうにかならないのか?」
「なんで俺に言うんだよ。まぁ国の膿を出すのはたぶんできるだろうけど、でもそれだけじゃ国が乱れるだけだ。王族がまとめてるなら王族がなんとかするべきだろ。お飾りじゃなければ」
「王か……。姫様があんなことにならなければ、また違ったかもしれないな」
「なんかあったのか?」
「王には3人の子供がいるんだが、一番最初の子が10年程前に御病気で倒れられたままなんだ」
「へえ、10年持ってるってことは命にかかわるものじゃないってことか?」
「姫様はそれはもうお美しい方でな。10年前、当時10歳にもかかわらずにいろんな国からの求婚が後を絶たない程だったそうだ。王も溺愛しておられた。それがある日突然、原因不明の病で倒れられた。それの影響なのか、そのお姿は酷く醜くなってしまわれたそうだ。そこで姫様の露見を避けた王は姫様を隔離していたそうなんだが、どんな薬師や司祭に見せても直らなかったらしくてな……。結局今も治らずに城のとなりの塔に監禁されてるって話だ」
「その話が本当かどうかは知らないけど、子供1人くらいで揺らぐようじゃ、一国の王は務まらんだろ」
まぁそれほどその子を大事にしていたってことなんだろうが、それで国の王が務まるかどうかは別の話だ。死んだことにしないのはいつか駒として嫁がせるためか? 姿形はどうでも嫁いだという事実さえあれば国としては問題ないだろうからな。
「まぁそうかもしれんけど1人の親としてみるなら王の気持ちもわからないこともないんだ。今でも王が優秀な治癒術士や薬師を探してるってのは確かだからまだ治られてはいないのだろう」
それを助けることができれば王族とのパイプを作れるな。まぁ今の俺じゃ助けられるかどうかは微妙だし、何より亡国になりそうな泥舟の予感しかしないが。
そういえば自己紹介をしてもらっていたのをすっかり忘れていた。
「あーずいぶんと話がそれたけど次の人」
「……ミク」
ミルの隣にいる、歳はマオちゃんより少し大きいくらいの猫耳の女の子が静かに、そして無愛想に答えた。その手は隣に居るミルの裾を握っている。
「ミクちゃんか。ミクちゃんはどうして奴隷になったのかわかる?」
そう質問するがミルの後ろに隠れてしまう。
「あーこの子は貴族の奴隷の子だ」
「貴族の?」
答えたのはミクではなくミルだった。なぜ知ってるのかはわからないが、ミルの答えに疑問を投げかける。
「母親が貴族の奴隷ってことだろう。奴隷の子供が辿る道は主に3つに分かれるんだ。処分されるか、そのまま奴隷になるか、ある程度育ててから売られるか」
俺の質問に答えたのはドクだった。
「じゃあ母親はまだ生きてるのか?」
そういってミクを見るとミルの裾をつかんだままふるふると首を振った。
「本当は売る場合はもう少し育ってから売られるものなんだけど、母親が亡くなって育てる人が居なくなったから即売られたらしい」
「知り合いなのかミル?」
「同じ檻に入れられてたからね。短い間だけど妹みたいなもんさ」
たしかにミルは姉御肌のお姉さんぽい雰囲気だ。しかしそうなるとこの子をどうするかが問題となってくる。その辺りは後でまとめて聞くとしよう。
「次は私ですね。私は土の妖精族、アムルルです。よろしくお願いしますご主人様」
そういって答えたのは茶色い髪、パッチリとした目にやや丸味を帯びた人懐こそうな顔のやや小さな女の子だった。
「こんなナリをしてますが、今年20になります。土の妖精族はあまり大きくならないのです。男性はもうちょっと大きくなりますが女性は私くらいの身長が一般的です」
疑問に思ったことを先に答える辺りかなり優秀なようだ。しかし合法ロリだと!? すさまじいスペックじゃないか!! まぁ小さいといってもフェリアよりやや背が低いといった感じだが。
「それでアムルルはどうして奴隷になったんだ?」
するとアムルルは照れたように俯いて、顔を赤らめて手をもじもじとしだした。
「その……森のはずれの川できれいな石を見つけて……他にも、と探していたらいつの間にか山賊のような人達に囲まれてて……」
この子は石フェチということなんだろうか。それとも天然なのだろうか。
「なるほどね。故郷は土の妖精族の村なのか?」
「はい」
じゃあそこに送るってことでいいだろう。場所知らないけど。そして次に隣に目を向ける。
「リナだよ!」
「レナだよ!」
元気に語るのは金髪ショートの同じ顔の女の子達。人間であるにもかかわらず全く同じで見分けがつかないその顔は、双子であることを容易に想像させる。
「この子達の母親のルナです」
そういって双子に挟まれたまま挨拶するのは、二児の母とは思えないほど若々しい金髪グラマーな美人だ。双子がおそらく10歳前後とすると母親は20代という可能性もある。まぁ年齢は聞く必要もないから聞かないが。しかし親子そろって奴隷に売られるとか一体どういう状況なんだ。
母親のルナの話をまとめるとこうだ。
親子は元々ここから南にあるリブルという村に住んでいてルナは村で薬師として薬を作って生活していた。そこについ先日貴族がやってきて、薬を売ってくれと言ってきた。しかしルナは「貴族様にお売りできるような物はありません」と断った。しかし「ここの薬は評判が良いのでどうしても売ってくれ」といわれ、やむなく薬を売った。
その後、何日かした後にその貴族が現れて「薬は効果がなかった。症状が悪化したがどう責任をとる」とものすごい剣幕で迫られ、賠償金を払えと脅された。しかしそのような金はないし、なにより薬を売るときに、なぜ薬が必要なのかも、使う方はどういう症状なのかも聞かされておらず、店にある薬をいくつか適当に見繕って帰ったらしい。もちろん売った薬の説明は詳細に行ったうえでだ。それで効かないから賠償しろなんてのは薬が効くとか以前の問題だ。その薬をどういう症状の人にどう使ったのかの説明も何もなく、ただ効かなかったの一点張り。にも拘らず貴族には逆らえないまま、賠償できないなら奴隷として売るとそのまま娘共々連れてこられたって話だ。
「なるほどね。ちなみにその文句いった貴族ってのはオークション会場に居た?」
「すみません、舞台の上からでは良く見えなくて……」
手に入れるなら直接誘拐なりなんなりすればいいのに、なぜこんな手の込んだマネをしたのだろうか? 領主ではない貴族が無理やりこの親子を手に入れようとしたのか? それにしたって強引過ぎる。いくらなんでもそれなら領主がだまっていないだろう。強引にでも奪い去る理由があったということなんだろうか。
「旦那さんは?」
「夫は数年前に魔物に……」
女手一人で2人の子供を育てるのは大変だろう。薬師みたいに手に職があるならまだマシなんだろうがそれでも大変だろうに。まぁ俺には関係ないんだが放っておくのも後味が悪い。可能な限り手は貸してやろう。そう思いながら親子の隣を見る。
「ココ」
無表情で一言だけつぶやいたのは美人親子の隣に居る緑髪猫耳の少女。姿かたちでみるとミルと同じ種族なのだろう。しかしこの子は最初見たときから妙だ。体の回りに魔力がまとわり付いた感じになっている。溢れているわけではなく纏っているといった感じなのだ。俺は徐にココの目の前で手を叩いた。
「!?」
パンという大きな音がすると共に一瞬ココの姿がブレた。これは幻術の類だろうか。俺は怖がらせないようにココの頭をモフモフと撫でる。そしてゆっくりと抱きしめて油断させながら尻尾を触った。やはり感触がおかしい。真っ直ぐな猫の尻尾に見えるのに目に見えないふさふさが付いている感触がある。ココは尻尾触られると驚いて俺から離れた。
「君は猫じゃないね。ふさふさな尻尾だ。狼……いや狐って感じか?」
俺がそういうと無表情だったココがビクっと驚いたような表情になった。
「別に君をいじめたりしないよ。ただ種族がわからないと君はミルと同じ村に届けることになっちゃうよ?」
姿形は緑猫族なのでそうなってしまうだろう。まぁ要望が他にあるなら聞くつもりではあるが。
「わかった」
ココはそういうと見る見るうちに姿が変わった。外見はあまり変わらないようだが、髪の色が薄い緑から金髪に、尻尾がふさふさになった。
「……黄狐族か」
そういってミルが呟く。やはり狐だったようだ。ミルに聞くと黄狐族は幻術が非常に得意だそうで、森でもほとんど姿を見かけることはないそうだ。有名なハンターに黄狐族がいるそうで、それが無ければ殆どの人が存在そのものを知らなかったと言われているんだとか。
「なんで猫になってたの?」
「黄狐族はバレれると狙われやすいから、村の外にでるときは大抵変化している」
なるほど。それで猫のときにつかまってそのままってことか。
「だったら人間に変化しとけばよかったんじゃないの?」
「……私はまだ未熟だから緑猫族にしか変化できない」
それなら納得だ。形や色は変えられるが無くすことはできないってことかな? 変化にも技術があるのだろう。ちなみにつかまった理由は姉妹で野草を取っていたときに魔物に襲われ、姉とはぐれてしまい、その後、森で迷っているときに人間に捕まってしまったということらしい。誘拐班はいったいどれだけ森に展開しているんだろう。それともそれぞれの種族の村が実は近いのか?
「次は私ですわね。私はミグード族のメリル・プリル。メリル様と呼んでよろしくてよ」
俺は無言で拳骨を落とした。メリルは頭を抑えながら床を転げまわっている。ちなみにメリルはマオちゃんくらいの身長で黄緑色の髪、そして耳が長い。マオちゃんと違って頭が大きく、頭と体の対比がディフォルメされたきぐるみのようなバランスで完全な2頭身だ。おそらくまだ子供というのではなく、身長が小さいこういう種族なのだろう。
「痛いですわっ!! この私のすばらしい頭脳が失われたらどうするつもりですかっ!!」
「お前奴隷、俺主人。お分かり?」
解放するつもりだが調子に乗ってるやつは躾が必要だ。それは奴隷かどうとかは関係なく、俺に対して調子に乗ったかどうかだけが問題だ。
「くっ杖があれば消し飛ばしてやったものを……」
「それでお前はなんで奴隷になったんだ?」
メリルは頭を抑えながら渋々と話し始める。
「私はパトリアの亜人の住む森にあるというオルドア遺跡を調査しに来たんですの」
俺は亜人の子達、そしてドクに眼を向けるがみんな首を振っている。
「まぁ! 誰も知らないなんて! まぁ無理もありませんわね。そこは無事に帰ることが難しいといわれる森にあるということですから」
「まさか……トガの森?」
「森の名前までは存じませんわ。ただ資料には魔獣の巣窟であるという記述はありました」
「そういえばリンが以前そんな名前言ってたな」
「ええ、私達金虎族の村のさらに奥にある森です。大きな木が目印になっていて、そこから先がトガの森と言われています」
「マオちゃんそんなとこに遊びにいってるの?」
「そうなんですよ!! 本当にもうマオったら言っても聞きやしないんですよ!! キッドさんも何とか言ってあげてください!!」
姉も苦労してるんだな。
「マオちゃん、危ないとこにいっちゃだめだよ」
「わかったにゃ!」
おそらくわかっていない。この子は知らないうちに大冒険して危ないことに何も気づかずに帰ってくるタイプだ。
「それで遺跡の調査はどうなったんだ?」
俺はメリルに向けて問うがメリルはぶすっとした顔でその表情は暗い。
「森に着いたはいいけど、入ったそばから魔獣に襲われつづけて、あるとき油断して杖を落としてしまったの。ご存知かもしれませんが、私達ミグード族は魔力は高いけどその高すぎる魔力のせいか、杖がないと魔力をうまく制御できませんの。杖を落とした私はそれはもうただのか弱い美少女でしかありません。そのまま森を逃げ続けてたらいつの間にか男達に捕まってごらんの有様ですわ」
「つまり今のお前は無能ってことか」
「こ、このミグード始まって以来の天才と言われたこの私に向かって……無能……」
メリルは四つんばいになって落ち込んでしまった。まぁ本当のことだからしょうがない。
「次は?」
「私だな。私は十六夜。闇の妖精族だ」
金貨100枚で買った黒髪の美少女は髪の色だけでなく名前も純和風だった。やや浅黒い肌でオリエンタルな雰囲気を醸し出してるのにまるで大和撫子のような感じを受ける。不思議だ。
「不躾ではあるが主殿にお願いがあります」
十六夜は突然その場に跪いて頭を垂れた。
「私には果たさなければならぬ使命があります。使命を果たしたら必ず主殿の許へ戻ります。どうか私を解放して頂きたい!!」
「いいよ」
「都合のいい話だと重々承知の上です。信じろいっても無理かもしれません、しかし……えっ?」
「ん?」
「い、いいのですか?」
「元々開放するつもりで買ったんだし。でも一応つかまった原因と使命とやらを聞かせてもらえるかな」
「は、はあ」
十六夜はまるで狐につままれたような表情だ。まさか自分の要求が通る等とは夢にも思っていなかったのだろう。それがあっさり通ってしまったことにより逆に釈然としない雰囲気だ。
「始まりはつい先日のこと。私達の姫様が倒れられたのが原因です」
「つまりそれを治すための薬とかを手に入れるってのが使命か」
「な、なぜそれを!?」
「いや分かるだろ普通」
「主殿のご慧眼、誠に感服致しました!!」
「で、何を求めてるんだ? 薬か?」
「鋼殻竜の角です」
「はあっ!?」
ドクが思わず変な声を出した。ルナも驚いているようだ。薬師といっていたからどういうものなのか分かるのだろう。
「お前それがどういう物か分かってんのか?」
ドクが十六夜を問い詰める。
「もちろん分かっています。しかし、姫様がかかった御病気は黒呪病なのです」
それを聞いてみんなが黙る。俺一人蚊帳の外のようだ。
「なにそれ?」
「なにそれって……旦那のいたとこにはなかったのか?」
「そんな病気はないな」
「本当かよ……そりゃ羨ましいな。黒呪病ってのは全身に黒い斑点のような模様が広がっていく病気だ。どんな魔法も薬草も効かなくて、1年かけてゆっくりと全身に模様が広がっていって最後には真っ黒になって死んじまうんだ」
「どんな薬も効かないんじゃだめじゃん」
「それが数十年前だったか、万病に効くっていう鋼殻竜の角が出回ったとき、黒呪病患者にも効いて完治したって話があるんだ。だから鋼殻竜の角はとんでもない値段で取引されてるんだ」
「へー、いくらなの?」
「時価だからわからん。今じゃもうほとんど市場に出回ることはないから、ちょっとの粉末でも最低で金貨50枚はするんじゃないか」
「ずいぶんと高いな」
「そりゃほとんど出回ることがないし、なによりほっといても腐ることがないからな。少量でも手に入れて保存しておけば、これほど安心できることはないだろ」
万能の置き薬ってわけか。そりゃラッパのマークもいらんわな。でも逆に高すぎるともったいなくてつかえない気がするが。
「そんな貴重ならハンターが狙うんじゃないか?」
「鋼殻竜を倒したって話は一度も聞いたことがないけどな。俺達だって死に物狂いで逃げるのが精一杯だったし。騎士団が出向いて全滅したとかそういう話ならいくらでもあるぞ」
「じゃあ以前はどうやって出回ったんだよ」
「手に入れるには鋼殻竜が自然死とか、なんらかで勝手に死ぬのを待つしかないんだよ。そのときはたしか縄張り争いだかの怪我が元で死んでたって話だ」
「なるほどね。で、十六夜はどうやって手に入れるつもりなんだ? 当てはあるのか?」
「ありません。仲間で手分けして各国を周っていますがどこにも……ですが、すでに姫様が倒れられて半年になります。もう時間がありません」
「まぁ持ってるなら貴族だろうな」
「しかし、貴族にわれ等亜人が接触できる訳もなく……本来この国での調査は危険なため、行わないということだったのですが、各国に散った仲間達からも良い連絡がなく、長老達の反対を押し切って私1人で調査をはじめたのです」
「それでその結果がこれか」
十六夜は顔を俯いたままビクッと体を一瞬振るわせた。
「迷宮都市にならあるのではないかと探っていたところ、探しているときに目を付けられたのでしょう。男達につかまってごらんの有様です」
「ふむ、話を聞く限り薬の手がかりは全くないように見えるんだが?」
「ぐっ……たしかにありません」
「だれか鋼殻竜の住んでる場所は知ってる?」
そういって周りを見渡すとルナが恐る恐る手を上げた。
「たしか私の住んでいた村の南に住んでいると聞いたことがあります。今でもハンターの方がたまにいらっしゃいます」
「十六夜」
「なんでしょう?」
「この子達を親御さんの元へ返すのを手伝ってくれたら、俺が手を貸してやってもいい」
「え?」
「だ、旦那……まさか鋼殻竜とやりあうのか?」
「名づけて、物がないなら取ってくればいいじゃない作戦!」
「それ全然作戦じゃねええええ!!」
「全く失礼なやつだな。この俺の完璧な作戦にケチをつけるなんて」
「ま、まさか何かいい案でもあるのか?」
「よく聞くがいい。この神の頭脳でも立案できない俺の作戦を」
「おおっ!!」
ドクだけじゃなく十六夜達他の奴隷も感嘆の声をあげる。
「まずは鋼殻竜を見つける」
「ふむふむ」
「そしてぶん殴る」
「え?」
「角を折る」
「ちょっ」
「みんな幸せ」
「まじめに聞いちまったじゃねえか畜生!! 誰だ!! 旦那に酒飲ませたのは!?」
手を叩いてほめてくれるのはマオちゃんとウィル、アイリだけだった。
「酔ってねえよ!! まぁ鋼殻竜の実物を見ないとなんともいえないが、相手が何であれ入手する目処は立ってる」
「本当かよ……」
他の誰も信じていないようだ。まぁ仕方がないだろう。だが今の手持ちのカードだけでもなんとかなる算段は付いてる。
「で、どうする十六夜? ここで開放されて、また一人で雲をつかむような話を求めるか、それとも俺を信じて手伝うか」
「……分かりました。このまま一人で調査したところでまた同じ結果になるやもしれません。主様を信じましょう」
そういうと十六夜は跪いて頭を下げた。
「お前は運がいい。俺に出会えたんだからな」
「旦那のその自信は一体どこからくるんだ」
ドクがあきらめたような表情をして呟く。実際、鋼殻竜と遭遇して逃げ出した当人にとっては、やはりそれを簡単に倒すというのが信じられないのだろう。まぁ詳しく説明する気もないので放っておくことにした。
「最後は君だね」
俺は隅っこにいる黒髪の少年に目を向けた。歳の頃はウィルくらいか。黒髪で犬耳のその姿はおそらく狼族の一員であろうと想像される。しかし、猫族がいるなら犬族もいるかもしれないな。そっちの可能性も否定できない。そう思いながら答えを待つ。
「コウ。黒狼族」
「やっぱり……黒髪の狼族なんてまさかとは思ったけど、本当にいたのね」
フェリアがしみじみと呟いた。話を聞くと黒狼族は黄狐族以上に幻の存在なのだそうだ。竜人に勝るとも劣らないといわれる圧倒的な戦闘能力を持っているが、森の奥深くに住むというその姿を見たものはほとんどいない。唯一、青狼族の村長だけがその昔、黒狼族と交流があったという話だ。どのような交流なのかは本人以外に知られていない。
「コウはなんで奴隷になったんだ?」
そういうとコウは歯を食いしばり、手を握り締めて俯いたまま搾り出すように答えた。
「……捨てられた」
たどたどしい言葉だったが、コウは捨てられるまでのことを語ってくれた。つい最近までは普通に生活していた。だが、つい先日の満月の夜、体が熱くなったと思ったらいつの間にか狼の姿に成っていた。それを見た母親は絶叫し、村長の許へと自分を連れて行った。そこで言われたのは獣の姿になるのは亜人としての禁忌に触れることであり、それは別名<魔に魅入られた>といわれること。そして<魔に魅入られた>者はいつしか本当の魔獣となり、人々を襲うということ。それを聞くと母親は化物と言い残し姿を消した。
残されたコウは縄で縛られ、村の若い男達に連れられて森の奥へと連れて行かれ置き去りにされた。フェリアたちもそうだが狼族は掟により同族殺しができないらしい。そのため、自分達で手を汚さずに森の魔物に任せて処分させようとしたのだろう。
だがコウは死ななかった。狼の姿になり縄から抜け出した。村に帰っても又処分される。だから村には行かずに森を彷徨い歩いた。幼いながらもそこは伝説の黒狼族、魔物に襲われながらもなんとかそれらを掻い潜り、森で生きてきたのだという。その後、空腹でフラフラのところを人間達に捕まったと。
話を聞くと小さな子供以外の亜人が皆怯えたように少年を見つめていた。亜人に伝わる禁忌というのはすべての種族に受け継がれているのだろうか。小さな頃からそういう言い伝えで子供の頃から恐怖を植えつけているのだろう。しかし、それが本当ならいずれこの子は魔獣になるということだ。人を襲う存在ならたしかに処分されるのは仕方ないだろう。それが本当ならだ。俺はズボンのポケットからカードを取り出した。
「54セット」
No054UC:完全解析 対象の詳細な情報を取得できる。
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名前:コウ
種族:黒狼族
年齢:6歳
身長:117cm
体重:19kg
座高:63cm
好きな食べ物:肉
嫌いな食べ物:野菜全般
ステータス:奴隷
生命力:110/240
魔法力:150/200
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高位発動
スキル
スキル1:獣牙月光
スキル2:神狼獣化
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獣牙月光 月齢により戦闘能力に補正がかかる。満月に近いと身体能力が上がり、新月に近いと魔力が高まる。月が出ていなくても効果がある。
神狼獣化 獣の姿に変化することにより、戦闘能力が格段に上がる。しかし戦闘中に我を忘れた場合、そのまま魔獣化する可能性がある。
4人兄弟の末っ子。高すぎる能力を隠していたために、できの悪い子供として兄達だけでなく、村の子供達にもいじめられて育つ。
母親は愛情を注いでいてくれたが、獣化して以降、その目はまるで自分を化物として見ているようだった。
父親は早くに亡くしているため顔も知らない。父親の死因は魔物との戦闘における怪我によるもの。
母に言われた化物という言葉を強く心に残しており、自身を化物と思っている。
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分かった情報をまとめるとこんな感じだ。ずいぶんとハイスペックな気がする。やや、やせ気味な感じがしたが実際やせているようだ。しかし……なるほど、魔獣化ってのは獣化した後に怒りに我を忘れて暴走状態になった場合になるのか。戦闘能力があがるなら、そりゃ怒ったら獣化するわな。怒りに身を任せるとそのまま身を滅ぼすってわけか。しかし、逆に言えばそれさえちゃんと制御できるならこれほど心強いスキルもないだろう。その辺りをよく教えていけば魔獣化は防げそうだ。しかし、化物か……こんな子供がそんなことを考えるなんてな。信じていた母親に裏切られればそうなるか。さて、どうするかな……。
「予想した通りだ。狼の姿になるのは獣化っていうスキルのせいだ」
「はあ? そんなスキルがあんのか? 初めて聞いたぞ」
ドクが驚いた顔で聞いてくる。そもそもスキルなんて全部分かっているわけじゃないだろうに。
「その獣化状態で怒りに我を忘れると魔獣になってしまうみたいだ。だから怒ったときに獣化しなければいい。それだけで後は普通の子供と一緒だ」
「俺……化物じゃないの?」
恐る恐る怯えたような表情でコウが聞いてくる。俺はコウの頭を撫でながら答える。
「ああ、お前は化物なんかじゃない。お前なんて俺からみれば、ただ狼に変身できる子供だ。本当の化物ってのはな……今お前の目の前にいるやつのことだ」
そういうとコウは目をパチクリさせながらこちらを伺っている。
「あー確かに旦那は化物かもな」
「お前後でそこの窓から叩き落す」
「ちょっ!?」
コウはまだ言われたことが信じられないようで固まっている。
「コウは村に帰りたいか?」
そう聞くとコウは俯いて首を横に振った。分かっているのだろう。どうせ又、捨てられることを。そして今度はもっと確実に処分されるということも。その可能性が分かっていながらも俺は念のため確認しておいた。どうしても帰りたいというのなら、そうさせてやろうと。
「だったら俺と一緒にくるか? 獣化スキルは扱いが難しいんだ。だからこれから魔獣にならないように訓練したほうがいい。だいじょうぶ、俺が付いてるからなんとでもなるさ」
俺が付いてたところでどうにもならない気がしないでもないが、安心させるためにまるで獣化スキルに詳しいように語った。
「一緒に行ってもいいの?」
「もちろん。ただこの国では人と同じ生活圏で過ごすのは難しいだろうから、たぶん定住するなら違う国にいくことになるけどいいか?」
「うん!」
コウは初めて笑顔を見せて頷いた。なんかどんどんしがらみが増えていってる気がしないでもないが、自分から関わった以上なんとかしよう。とりあえずはこの子達が泣いて過ごさなくてもいいように。
名前を考えるのが一番面倒です。




