36:海
「長閑だなぁ」
奴隷商人との遭遇から1日。俺達はシャルクの街を目指し、悠々と馬車に揺られていた。荷台には新たに加わった3人と既存の3人がはしゃいでいる。特にマオちゃんはお姉ちゃんに捕まっていて苦しそうだ。それを微笑ましそうに見ているエルフっ娘アイリーン。そのままアイリーンを見ているとこちらと目が合った。微笑むアイリーンを見てなんとなく気まずくてそのまま視線を前に戻す。
「迷宮に行くなら私も連れて行ってもらえませんか?」
「断る」
「即答かよ!」
唐突にエルフっ娘がわけのわからないことを言ってくるが瞬殺した。そのままじゃかわいそうなので一応理由も聞いてみることにした。
「迷宮に行く理由は?」
「……正確には迷宮に行くというよりも貴方について行きたいのです」
「初対面の人間に何故?」
「妖精族は精霊を見ることができます。貴方の周りは精霊が嬉しそうに集まっています。精霊は悪しき存在には近寄りません。そんな貴方について行きたい、単純にそう思ったのです」
「精霊ねぇ……話を信じるにも見えないことにはどうにも判断できないな。それじゃちょっと聞くけど」
そういって俺は拳を目の前に出し、指を1本づつ立てた。
「1つめ。君を連れて行くことによる俺のメリットはある?」
「私は半分とはいえ妖精族ですので精霊魔法が使えますから旅のお役に立てると思います」
「それがどんな魔法かは知らないけどまぁいいとしよう。2つ目。この国で人族ではない君を奴隷以外として連れまわして大丈夫なの?」
俺はそういいながらドクを見る。
「あーそれは難しいかもしれんな。嬢ちゃん別嬪さんだからまず間違いなく狙われる。それに妖精族は奴隷の中でも最高級品の扱いなんだ。まぁもっと高いのもいるかもしれないけど俺が知ってる中じゃ一番高いのは妖精族だな」
やはり精霊魔法というのが人気の秘密なのだろうか。それともその容姿か? いずれにせよ街中を歩こうものなら鴨葱状態だろう。
「私を貴方の奴隷にしていただければ問題ありません。私は貴方の奴隷ならかまいません」
「意味がわからんな。なんでそこまでする必要があるんだ? ヤンデレなのか?」
「ヤンデレというのはよくわかりませんが、亡くなった母が言うには妖精族は伴侶となる人を見つけると感覚的にわかるそうです。その相手は妖精族とは限らないようで、私の母も人族の父に出会った瞬間にわかったそうです」
「伴侶ねえ……どうこういうつもりはないけど、そんなことで決めるようなもんかね?」
「いいねえー運命ってやつだろ? 俺も嫁と出会ったのは運命だと思ってるぜ? 旦那もこれを気に結婚したらどうだ? この国じゃなきゃ嫁が妖精族でも全然問題ないだろうし」
「他人事だと思って気楽にいうなよ」
全く知らない赤の他人と一緒になるなんて正気の沙汰とは思えない。いきなり寝首をかかれる可能性もある。しかし俺を殺すとしてもメリットがわからない。ただ人間を憎んでいるから殺すのなら別に俺じゃなくてもいい。まさか妖精族には恩は仇で返さなければならないなんて掟があるなんてことは……。
いくら考えてもこの娘が俺に好意を寄せる理由も意味もわからない。言った事をそのまま信じるのなら運命なんだろうが……そんなギャルゲーのような展開あるわけがない。……さっぱりわからん。
「君の家族は?」
「姉妹はいません。父は3年前に魔物と戦ってなくなりました。母は病気で昨年……」
「そうか……悪いことを聞いた。他に身寄りは?」
「村には母の姉がいますが……妖精族は混じり者を嫌います。人族の血が混じった私は村に入ることが許されていません。なので村のはずれに1人で住んでいました。他の妖精族の方には会ったこともありません」
「そうか……」
亜人は亜人で色々とあるのだろう。その辺りはどこもかわらない。日本だって村なんていう単位だと信じられないくらい排他主義なところも多い。
人は自分と違う者を本能的に恐れる。それは能力だったり、髪の色だったり、肌の色だったり多種多様だ。それを受け入れることができるかどうかは受け入れる側の人の強さとそれまでの経験によって左右される。
大抵その判断は長と呼ばれる者に委ねられるであろう。しかし立場が強い者ほど他の者に対する責任も増えるために慎重になるざるを得ない。そのためよほどのことがないかぎり、他人が受け入れられることは皆無なのである。
1人で生活しているのなら又何時誘拐されるのかわからない。その為に俺の庇護を求めているんだろうか? しかし、人間達の街に行くということはむしろ1人でいるよりも遥かに危険を増やすことになる。最初から俺の奴隷になっていれば他人の奴隷にはならないから安全だと思っているのか?
俺が殺された場合のことは……強さ的に見てありえないと判断したのか? ならば見通しが甘すぎるといわざるを得ない。本当の目的はわからないが、裏切ることを常に想定していればどうということはないだろう。これも経験だとでも思うとしよう。
「まぁ話はわかった。付いて来てもいいが奴隷にはしない。首輪もないしな。まぁ精精偽物の首輪をつけて奴隷の振りをしてもらうくらいだ」
「本当ですか!! ありがとうございます!! これからはご主人様とお呼びしますね。私のことはアイリとお呼び下さい」
「奴隷じゃないのになんでだよ……まぁ奴隷の振りなんだから問題ないのか」
こうして旅に新たな仲間が加わった。
「首輪ならあるぜ?」
話がまとまったと思ったらドクが口を挟んできた。馬車を調べた所、奴隷商人の荷物から隷属の首輪が3つほど発見されたらしい。予備なのかそれとも引き渡すときに使うためなのか。
「まぁこれはアイリに使うつもりはない」
一応受け取っておいたが当面は使う予定はない。これで奴隷にしてしまったら、俺は奴隷を奪ったただの泥棒ということになる。アイリが納得したとしても他の子供達が納得しないだろう。子供達には大人の汚いところを見せるべきではない。少なくとも今の段階では。とりあえず早いとこ偽物の首輪を用意しないとな。
夕べのことを思い出しながら俺は馬車を走らせる。前方には道案内もかねてドクが操る護衛達を乗せた馬車が走っている。長閑な草原の風景を楽しみながらのんびりと旅を楽しんでいた。
遠くでは草食竜と思しき恐竜のような動物が草を食べている。かなりの巨体だが草を食べている以上それほど危険ではないだろう。その近くでは小さな鹿のような動物もいる。
まさに野生の王国だ。ライオンやらチーターやらも居そうなので常に警戒はしておく。ライオンに翼が生えていないことを祈ろう。
馬車の後ろではマオちゃんとリンの猫2人がシロにくっ付いて遊んでいる。最初シロはリンをかなり警戒していたが俺が宥めるとフェリア達と同じくらいには警戒心を解いたようだ。しかし、マオちゃんにだけは別格に懐いているようだ。もちろん俺を除いてだが。
金虎族だからと思っていたが姉にはそんなに懐かないところをみると何か理由がありそうだ。年齢? 過ごした時間? 時間については大して違いはないから年齢か? シロはロリなのか?
こういう契約獣みたいなものでよくあるパターンを考えてみる。……まさかアレか? しかしそれならマオちゃんだけが懐かれるのもわかる。まぁ確認はしたくないので仮説だがそうだと思っておくとしよう。
ちなみにアレとは俺の血を舐めたことである。マオちゃんは以前、寝ぼけて俺に噛み付いたことがある。そのとき血が出てたのでそれを舐めた可能性が高い。俺の血を摂取したことにより懐いているという仮説を立てた。合っているかはわからないが最終的にシロの優先順位が1位ならなんの問題もない。俺が1位……だよね?
その日の夕食後、俺は剣を持ってドクと向かい合っていた。
「それじゃだめだ旦那。振るときにそんなに力は入れる必要はない。旦那は力が有りすぎる。無いよりはいいけど力は入れすぎると早さも切れも失われる。力を入れるのは斬る瞬間だけでいい」
「なかなか難しいな」
俺は朝夕とドクに剣を習うことにした。使うのが本当の目的ではなく、剣を知ることにより剣に対抗するためだ。使えるに越したことはないが。
言われたとおりに素振りを繰り返すと、繰り返した数に比例して目に見えて振りが鋭くなっていく。空気を切る音がだんだんと鋭くなっていくのがわかる。
「はあー、旦那は化け物だとは思ってたけど剣でも化け物だな。もう上達が早いとかそういう問題じゃないぜ」
「素振りが良くなったところで実戦では使えんだろ。やはり経験が必要だな」
高校のときに授業で習った剣道を思い出しながら、正眼に構えて剣を振りつづける。今の腕力だと剣が軽すぎるためにそのままだと逆に剣に振り回される感じになってしまう。そのため慎重に両手で剣を持ち、しっかりと振り切ることを意識する。
剣道では腰より下を打つようなことはしないが、実戦では足を狙うことは十分にありえる。そのため、剣が腰より下にくることも考えなければならない。素振りでは必要ないが素振り中に意識を持つことは大事だろう。何も考えずに振り続けるのは練習のための練習でしかないのだから。
剣の練習時は普段使っている魔力ではなく、気力を周りに広げる。魔力と違ってかなり範囲が狭く展開速度も遅い。しかし剣による攻撃は魔力がないため魔力感知できない。物体の移動を感知できる気力感知が必須だ。この辺りも同時に修行の必要がありそうだ。
ちなみにドクに聞いたが気力系は使えるがなんとなくで使っているので人に教えることはできないそうだ。赤毛の姫といい天才はこれだから困る。自分でなんとかするしかないか。しかし、今までの経験でいくと魔力のように一度肉眼で見ることができればなんとかなる気がする。あくまで勘だが。
しかし、これが努力するっていうことか……。大変だと思いながらも己のうちから湧き出てくる不思議な感覚に俺は自身では気づくこともなく笑っていた。
この男、自身は何の才能も無いと思っているが実際はかなり優秀である。彼は地球に居た頃、努力というものを一度もしたことがなかった。しいていうなら格闘ゲームで多少練習したくらいだろう。
試験期間中だろうが勉強をしたことはないし、家で教科書や参考書を開いたこともない。授業を聞いているだけでテストは必ず平均以上の点を取っている。満点でないのは教師の授業の仕方のせいだろう。彼の通っていた学校のほとんどの教師が、試験開始時までにその範囲すべてを授業で完了しないのである。
結果授業で習っていない部分がテストに多々でるため、彼は満点どころか平均よりやや上の点数を取ることが関の山であった。平均よりやや上の平凡な男。自身を客観的にそう評しているが実際同じマネができる人はかなり少ない。何せ授業を受けた範囲内だけなら何もせずに常に満点なのだから。
勉強以外に運動能力もずば抜けている。何度かその動作を見ると感覚的にほぼ完全に再現ができた。初めてやった柔道の授業。初めての乱捕りで黒帯の友人を投げ飛ばしたのは偶然ではない。自身は友人がわざと投げられてくれたと思っているが実際は本当に1本取っており、黒帯の友人はその後、かなり落ち込んでなかなか立ち直ることができなかった。彼は全く気づかなかったが。
適当にやってなんでもできてしまう。そのせいで1つのことに打ち込むということがなかった。全力で何かに向かうということがなかった。できないことをできるようになるまで努力する。普通の人間が普通にするその行動。彼はそれをこの世界にきてから初めて行った。そしてそんなことが頻繁に起こっている。彼は今までに感じたことの無い充実感を得ていた。自分がすぐに習得できないことがこんなに嬉しいとは思っていなかった。初めて経験するそれが彼は何より楽しかった。
翌日。俺は馬車の上で気力と魔力の同時操作を練習しながら、いつもどおり馬車を進めていた。出発して1時間ほどすると進行方向から右側の景色が明けてきた。懐かしい香りと音がする。
「旦那ー! 海が見えるぜ!」
前方からドクが叫ぶ。お前は行きもここ通ったんじゃないのか? と思いつつも「おう」とだけ答える。
「海ってなんにゃ?」
「でっかい水溜りだよ」
マオちゃんの質問に適当に答える。見ると他の子もみんな海を見たことがないようだ。俺はドクを呼びとめて降りられる場所を見つけたらそこで止めるように指示する。ちょっとくらい寄り道してもいいだろう。
しばらく進むと入り江のようになっている場所があった。崖崩れでもあったのか下の砂浜までなだらかな坂になって降りられるようになっている。俺達は馬車を止めてみんなで砂浜に向かった。魔力探知で辺りを調べるが特に大きな気配は感じなかったのでそのまま砂浜を歩いてみる。
「うわあ」
誰かの感嘆とした声が漏れる。晴れ渡った空。透き通るように澄んだ水。そして風もない穏やかな天気。生まれて初めてみた海としては最高といっていいだろう。
「水にゃー! 水がいっぱいにゃー!?」
マオちゃんがわけがわからないといったように叫んでいる。話によると亜人の住む森に湖や川はあるらしいが、湖はかなり危険な場所にあるらしく、まず見ることができないそうだ。だからこんなに大量の水は初めてみたのだろう。
「あれ水!? あっちのも全部水!?」
「そうだよ。あっちのほうまで全部水だよ」
「すごいにゃー。雨いっぱい降ったにゃー」
心底感心したような声でマオちゃんが語るのが妙に微笑ましくて可笑しかった。どうやら彼女は雨水が溜まってできたものと認識したようだ。しかしドクが海といったからといって俺の知っている海とは限らないし、実はものすごく大きな湖なのかもしれない。
「マオちゃんその水ちょっとだけ舐めてみて」
俺がそういうとマオちゃんは波打ち際に立ち、波に手を当てて指をそのまま舐めた。
「!?……しょっぱいにゃー!!」
マオちゃんは叫びながらぺっぺっと吐く。どうやらちゃんと塩水らしい。そしてこちらの海も塩水なのはたしかなようだ。
「ここでちょっと遊んで行こうか。ただしあんまり遠くに行っちゃだめだよ」
はーいというみんなの返事を聞きつつ俺は浜辺を散歩することにした。たまには気晴らしも必要だろう。
「ドク、シロ、みんなのお守り頼む。ちょっと散歩してくる」
「あいよ」
そういって俺は海岸線を歩くことにした。かなり広く砂浜が続いている。海水は透明度が高く、エメラルドグリーンの輝きを放っている。まるで南国に来たみたいだ。沖縄くらいにしかいったことないけど。気温的には初夏あたりなので泳げなくもないが、そこまで暑いわけでもないし、なによりこの世界の海に何がいるのかわからない。何かしらの安全対策でもないとさすがに海水浴までは厳しいだろう。
浜辺をのんびり歩いているとなぜかとても懐かしい感じがする。今では遥か遠くになってしまった故郷を思い出しながら、落ちている貝殻を拾う。桜貝のような小さな桃色の貝殻だ。今度マルクートに帰ったときにでもミリーにあげるか。そう思いながら鞄に適当に貝やらきれいな石やらを詰め込む。すると少し離れたところに何かがいるのに気づく。よく見ると先ほど見た小さな鹿のような動物が倒れていた。左を見ると崖になっている。あそこから落ちたのだろうか。しかしそれにしてはちょっと距離がある。自分で助走をつけて崖から飛び降りないとあそこまで届かない気がする……それに……疑問に思い魔力探知を行う。なるほど、ここは地球じゃない、そういうことも可能性としてありえる。それに海の方にも何か巨大な反応が伺える。俺は踵を返して馬車のほうに戻る。
みんなの場所に戻ると貝殻を拾ったり水を掛け合ったりして各々楽しそうにはしゃいでいる。
「みんな馬車に戻ってー急いでね」
「なんかあったのか?」
「ちょっと危ない感じだ。まぁシロがいるから大丈夫とは思うけど急いだほうがいい」
質問してきたドクにそう答えると俺もみんなと一緒に馬車に戻り、荷台の牢を開ける。
「自由になりたいやついるか? 手伝ってほしいことがある。2人程だが成功したら自由にしてやるぞ」
それを聞いて反応したやつが3人程いた。1人多かったが気にせずそのまま3人を連れ出して海岸へ降りる。
「1人はそこの波打ち際を走って向こうの岩場を見てきてくれ。なんか生き物が居るみたいだ」
坂を降りて右の向こうのほうには岩場があり、オットセイに似た生き物が見える。実際は何なのかわからないが日向ぼっこをしているような感じなので大して凶暴ではないだろう。人が近寄ると襲ってくるかもしれないが。
「残り2人はあそこに鹿が倒れてるだろ? アレをちょっと見てきてほしい」
そういうと1人が訝しげにしながらも波打ち際を音を立てて走り出す。残り2人は倒れてる鹿の元へと歩いていく。俺は少し離れた所でその様子を伺うことにする。すると鹿に向かった1人が足を止めた。そして左右、そして前後を見た後にゆっくりと後ろに下がりだした。
もう1人の仲間はそれに気づかないまま鹿の元へとたどり着く。
「おいっ!」
後ろに下がった仲間が叫ぶ。
「なんだ?」
と振り返ると同時に砂煙が巻き上がりその男の姿が消えた。そこに現れたのは巨大なカレイのような提灯アンコウのような魚に見える生き物だった。倒れていた鹿はその提灯にあたる部分がその形になっている疑似餌のようなものだった。俺が、そして鹿の元へと行かずに後ろに下がったもう1人がおそらく気づいたであろう疑惑。それは砂浜なのに足跡が全くなかったことだ。崖から落ちたにしては落下した形跡が無い。そしてそこまで歩いた形跡も無い。風で跡が消えたにしては鹿が微妙に動いていることもあり、それほど時間がたっていないように見えた。なにより地中に大きな魔力反応があったのが最大の理由だ。なんとなくいやな予感がしていたので彼らを実験台にさせてもらった。ちなみに何も無かったらちゃんと自由にしてあげる予定だった。
そのままアンコウを見ていると体を震わせて地面に潜り、またなにもない砂浜に戻った。しかしその後、鹿のあった場所に人のようなものが倒れていた。先ほど食われた男のようだ。どうやら疑似餌は好きに姿を変えられるらしい。食べたものをそのまま模すことが可能なのか、それとも好き勝手に変えることができるかはわからないが。つまり先に鹿を食べていたから鹿の疑似餌だったのか、それとも鹿を餌にしている他の生物を捕らえるために鹿に似せたのかということだ。これが前者なら問題ないが後者だった場合、ここに鹿を襲う者がいるということだ。それは危険な肉食獣の可能性が高い。今回人に似せたのは仲間がいる場合にそれをおびき寄せるためだろう。初見だったらだまされた可能性も否めない。こういう生き物が居るとわかっただけでも収穫だ。同じような生き物が陸地にいないとは限らない。彼の犠牲は無駄にはならないだろう。
俺がそう考えていると後ろから悲鳴と轟音が聞こえた。振り返ると波打ち際を走っていたやつが巨大な魚に咥えられているところだった。その姿は牙の生えた巨大な鯉のようだった。鱗はまるで鎧のように光っており、魚にもかかわらずオットセイの前ヒレのようなものが両手のように横に付いている。魚は男を咥えると器用にも足を使ってそのままバックで海へと下がって行った。危ない所だった。マオちゃん達を下がらせておいて良かった。その姿はまるでシャチが陸地まで来て餌をとるようなそんな感じだった。マオちゃん達が襲われなかったのはシロがそばに居たせいだろうか。
しかし、海がこんなに危険だとは思いもよらなかった。食われた2人には悪いがああいう生物がいるとわかっただけでも良かった。自分のこの世界の危険に対する認識の甘さを痛感した。自分だけならまだしも守る存在がいるのならもっと慎重に行くべきだった。俺は深く反省しつつ馬車へと戻ろうとする。が、助かった1人を忘れていたのでそいつに声を掛ける。
「約束どおりお前は自由だ。どこへなりと好きに行っていいぞ」
そういうと俺は馬車へと歩き出す。
「まっままままってくれ!! 牢の中でいい!! 一緒に連れてってくれ!!」
男は必死に懇願して足にしがみついてくる。仕方ないので牢屋に戻しておいた。せっかく自由になれたというのにおかしなやつだ。まぁこんな場所で水も食料も無く、1人で置き去りにされて生き残れるかはたしかに疑問だが。しかし、このまま一緒に付いてきたところで結局俺に殺されると考えないのだろうか。
その後、すぐに馬車に乗り込み出発。子供達は拾ってきた貝殻や石を見てはしゃいでいた。短時間だが海で遊べたことに子供達は満足そうだった。結局恐れていた肉食獣なんかも現れずその日の旅は順調に終わった。
深夜過ぎ。馬車に隠れるように俺はカードを使った。
「248セット」
No248C:謎百貨店 謎のデパートに行くことができる。商品はカードで購入できる。店内滞在時間は最大1時間。時間が過ぎると強制退出される。
謎店シリーズ第2弾だ。クレジットカードでも使えるかのような表記だがこの場合やはりカードといったら一つしかない。俺は店内を見て周ることにした。中はかなり広々としており、動力が一体何なのかわからないエスカレーターやエレベーターがある。ざっと見て周ったところ
1階:食料品、薬品、酒類、自転車、材木等
2階:婦人服
3階:紳士服、時計、メガネ
4階:家具家電
5階:キャンプ用品、日用雑貨、ペット用品等
このような感じになっていた。時間があまり無いのでパッと見て周っただけなので正確にはもっと違うものもあるかもしれない。外食店らしきものや本の類は見つからなかった。俺は目的のペット用品店へと向かうとペット用の首輪をいくつか鞄に入れた。これを偽物の隷属の首輪にするつもりだ。その後Tシャツ2、3枚を鞄に入れてレジを探す。しかし、レジはどこにも見当たらなかった。仕方なく1階に戻ると出入り口の隣に色の違う床というかエリアがあった。すぐそばにある松坂牛やら黒毛和牛に非常に心を揺さぶられたが今はまだ我慢だ。
その色の違うエリアに入るとそこの壁際にある電車の券売機が大きくなったような物に4Pと表示された。そこにはカードを入れるような場所がある。となりの壁に何か書かれているのでそれをみると
SR:15000P
R:5000P
UC:3P
C:1P
と書かれていた。つまり代金レートだろう。4PということはUC1枚とC1枚かC4枚を入れればいいということか。SR突っ込んだらお釣りはでるんだろうか。でない可能性が高く、デメリットが大きいので試せないが。というよりSR持ってないんだけどね。
俺は適当にいらない4枚のCカードを券売機に挿入した。正確にはいらないのではなく、すぐに使用する必要がなさそうなものだ。すると出入り口が開いた。つまり払わない限り出られないということか。なら商品を持ったまま時間制限がきたらどうなるだろうか? 一番考えられるのは荷物はここにおいたまま追い出されるということだが、とあるゲームのように超凶悪な警備兵とか店長とかが襲ってくるなんて恐ろしいトラップも考えられる。ここでカード能力が使えるかどうかはわからないがなるべく後に危険が及ぶような真似はよしておこう。どうしても泥棒しなければならない理由もないしな。いくつかの疑問を残しつつ俺はデパートを後にした。
意図的に人称を混ぜてみたんですがどうでしょう。