35:再会
シロに馬車の周りの壁を解除してもらい、俺は馬車に乗り込む。2回目で慣れたのかみんな特に緊張した様子もなく、マオちゃんに至ってはウトウトとしていた。
「ただいま」
「「おかえりなさい」」
「……おかえりにゃ」
マオちゃんだけ目を擦りながらワンテンポ遅く返事をする。起こしてしまったようでなんだか悪い気がする。
「何かあったんですか?」
「君達みたいに捕まってた子がいたんで助けたんだよ」
そういいながら俺は馬車を動かしてドク達のいるところへと向かう。近くにいくとフェリアが急に馬車から体を乗り出して叫ぶ。
「ウィル君!?」
「フェリア姉ちゃん!!」
どうやら犬耳少年とフェリアは知り合いのようだ。ということは……。
「ウィル君?」
「リム!」
姉の後ろから隠れるように顔を出してきた犬耳妹とも知り合いというわけだ。馬車から飛び降り少年と抱き合う犬耳姉妹。少年の話によると居なくなった2人を村人総出で探していた。しかし子供達は村に置いていかれたために自分達だけで探そうと決意し、子供達だけで大人に内緒で探しに森に出た。そこで魔物に遭遇、全員バラバラに逃げ出し命からがら逃げおおせたが少年は迷子に。森をさまよっていたところを奴隷商人に捕まえられた。まとめるとそんな話だった。
「にゃ?」
「!? マ、マオ?」
騒がしくなってきたのを不審に思ったのか奥からマオちゃんが出てきた。それを見て驚いて固まってしまったマオちゃんのお姉ちゃん。
「マオ! 本当にマオなのね!! ああ、無事でよかった……」
「お姉ちゃん苦しいにゃ」
俺を押しのけて馬車に飛び乗り、マオちゃんを強く抱きしめ人目もはばからず涙を流す。本当に心配だったのだろう。
「あっれっだっけっ!! 森に1人で行くなっていったのにあんたときたら!!」
「ごめんにゃー!」
感動の再会も束の間、マオちゃんの両頬を抓りながらお説教が始まったようだ。奔放なマオちゃんもお姉ちゃんにはかなわないようだ。2人の邪魔をしちゃいけないだろうと俺は周りについていけない最後の1人の許へと向かった。
「遅くなりましたが助けていただきありがとうございます」
そういって頭を垂れるエルフの美少女。
「どういたしまして。ところで君はエルフでいいのかな?」
「エルフ? とはなんでしょう?」
「ああ、ここではエルフっていわないのかな。ええと種族というかなんというか」
「私は森の妖精族です。半分だけですが……」
少女は少し悲しそうな表情でそうつぶやいた。聞くところによると俺の認識のエルフというのはこの世界での妖精族という種族に当たるようだ。妖精族の中でも色々と分かれており、彼女は森からほとんどでることのないことから森の妖精族と呼ばれている種族と人間のハーフらしい。
「それじゃ話は後で聞くからみんな馬車の中で待っててくれるかな。片づけが終わったら飯にしよう」
そういってみんなを馬車に乗せドクと2人で奴隷商人達の馬車へと向かいながら、はるか上空に居る護衛たちをどうするか考える。まず連れて行くにはメリットがない。あいつらがこちらに従う理由もない。生かしておくと後々面倒になる。直接誘拐に携わっていなくても組織の仲間である以上関係ないとは言い切れない。荷物がなんであれ元々護衛というのが本職だというならまぁ命まではとらずにいてもいいだろう。行ったのが誘拐ではなくあくまで守るという行為なのだから。一応ちょっと話を聞いてみるか。
シロに2つの高台を下ろしてもらい護衛達を一箇所に集める。
「お前達に聞きたいことがある。この仕事の前はなにやってたんだ? どういういきさつで商会の護衛になった?」
護衛達はお互いを見合い、なかなか口を割ろうとしない。
「嘘はやめたほうがいいぞ。そこの商人みたいになりたくないなら」
そういってドクが一閃した遺体を指差す。すると青い顔をした護衛達は恐る恐る口を開いた。
「俺達は……元々盗賊だ」
「へーってことはつまり商会ってのは元々盗賊団で誘拐が儲かるからそれを専業とした。そしてラトローは前身の盗賊団の団長ってとこか」
青い顔した護衛達は力なく頷いた。
「この中で誘拐班にいたやつはいるか? それか誘拐班に関する情報を持ってるやつ」
見渡すが誰も反応がない。後ろめたそうな反応をしているやつもいない。どうやらこいつらは完全な護衛専業のようだ。まぁ元盗賊っていうだけでつかまったら処刑だろうが。しかし盗賊の技能をそのままに堂々と街で商会を運営するとは……。だれか顔を知ってるやつとかいなかったのだろうか。それとも金の力か、はたまた別の力を使ったのか。まさか盗賊団が丸ごと堂々と街にいるなんて誰も予想すらしていなかったのかもしれないが。まぁこれで商会を潰すことになんの憂いもなくなったことはたしかだ。しかしこいつらはどうしたものか……。とりあえず捕まえとくか。
俺は奴隷が入れられていた牢屋に護衛達全員を入れた。牢の中はギュウギュウ詰めだ。そのまま牢を持ち上げ馬車の中へ元通りに戻した。さすがに大の大人9人が入った牢屋をそのまま持ち上げるのをみて護衛達どころかドクも驚いていた。
「ほかの馬車から金目の物と食料を集めといてくれ。そのままドクはこの馬車で……そういえばお前らはここに来るまでにどこを通ってきたんだ?」
「シャルクの街から直接だな。途中村はあるが寄ってこなかった」
牢屋を軽々と持ち上げる俺を見て氷のように固まっていたドクが、ようやく氷が解けたかのように動き出して答えた。
「じゃあまずはその途中にあるっていう村を目指すか。ドクはその馬車を動かしてくれ。馬も荷物も全部その馬車に集めてな」
「了解だ親分。ところでこいつらはどうするんだ?」
「まぁ実験台だな。役に立ちそうなら手駒にするが」
そういいつつ残り2台の馬車の荷台を一箇所に集める。
「98セット」
No098C:次元収納
ドクが馬をつなげている間に馬車を収納する。ドクが振り返るとそこには何もなかった。
「おいおいどうなってんだ? 馬車どこいったんだ?」
「さあな。それより飯にしよう。そいつらの飯はドクに任せる」
「あいよ」
そうして俺は自分の馬車に戻り子供達と一緒に昼食にする。食料は余分に買ってあるから大丈夫だろう。いざとなればコンビニもあるし。シチューを作っていると護衛に餌をやり終えたのかドクがこちらにやってきた。
「うまそうな匂いだな」
「お前の分はないぞ」
「嘘だろ!?」
「嘘だ」
「……アンタ性格悪すぎだろ」
「よく言われる」
「よく言われてんのかよ!?」
くだらない話をしつつ料理を子供達に配る。新たに加わった3人は碌なものを食べさせてもらっていなかったらしく、ものすごい勢いでシチューを平らげていた。この世界の材料のみで作ってあるので俺としては大して美味くもないんだけど、旅の料理はこの足りない感じが堪らなくいいのだ。パンだっておそらく小麦ではなく大麦にあたるもので作っているであろう固さで、スープにつけて食べることが前提となっている。そんな苦労もまた新鮮でいい。飽きたらコンビニで買ってきたパンを食べればいいしな。
「で、亜人の子供沢山つれてるけど、旦那の目的は何だい?」
干し肉を齧りながらドクがたずねる。まるで今まで普通に一緒に旅してきたみたいに自然となじんでいるのが不思議だ。
「俺がこの国に来た目的はこの子達を親御さんの元に無事に送り届けることだ。そこまではお前にも手伝ってもらうぞ。その後は好きにしていい」
「わかったよ。恩人の頼みとあれば無下にもできんし、何より俺も人の親だからな。亜人だろうと何だろうと子供の誘拐なんて反吐が出る」
「この国は昔から亜人差別がこんなにひどかったのか?」
「いや、今の王はむしろ亜人との融和政策を推し進めてたくらいだ。でもたしか何年か前から急に方向が変わったな。政治のことには疎いんで理由まではわからんが」
ふむ……なんか怪しいな。まぁ機会があったら調べてみるか。
「……さん」
しかしそれには王に近いやつらに接触する必要が出てくるな。ドクに伝手でもあればいいんだが、騎士団の隊長は自分以外みんな貴族とか言ってたし難しいか。
「……さんっ!」
しかし危ない橋は渡りたくないから調査するなら極秘にやったほうがいいな。使えるカードがそれまでに出ればいいんだが。
「キッドさん!!」
思考の海に深く潜ってしまった俺を引きずり出すような甲高い声が聞こえた。顔を上げるとマオちゃんのお姉ちゃんだった。そいえばまだ名前聞いてなかったな。なんで俺の名前を知ってるかはわからないがおそらく他の誰かに聞いたのだろう。
「何? ってそいえば自己紹介もしてなかったな。俺はキッド。ハンターだ」
「マオの姉のリンです。この度は私だけじゃなく妹まで助けて頂いて感謝の言葉もありません」
「別にいいよ。子供は未来を作る宝だしな。子供を助けて導くのが大人の役目だ」
「ありがとうございます。人族にも貴方のような方がいるのですね」
ほとんど居ないとはおもうけど。まぁあの赤毛のお姫様なんかは俺と同じことしそうな気がするが。勝算がなくても。
「僕はウィルです。おじさん助けてくれてありがとう!」
そういって尻尾を振りながら目を輝かせて犬耳の少年が寄ってくる。思わず頭を撫でてしまうと目を瞑って気持ちよさそうにしている。
「私はアイリーンです。先ほどもいったように森の妖精族です」
そいえばエルフっ娘の名前は聞いてなかったな。
「キッドさんは皆さんを送り届けた後はどうされるんですか?」
エルフっ娘がなんか聞いてきた。特に目的があるわけじゃないが、かかわった以上ドクを陥れた黒幕は一応探すつもりだ。後は現在の政策について誰かの陰謀めいたものを感じるのでその辺りも調べてみるか。しかしこんなことは正直に言う必要はない。どうするか……そういえばこの国には迷宮なるものがあるって以前誰かが言ってたな。元々行ってみるつもりだったしそれにしておこう。
「なんかこの国には迷宮があるらしいから、しばらく仕事したらそこに行ってみようかと思ってる」
「迷宮に行くのか? 一人で行くならやめといたほうがいいぜ? いくら旦那が強くてもあそこはやばい」
「行ったことあるのか?」
「ああ、ハンターだった頃にシルギスにな」
聞くとシルギスとはシャルクとパトリア王都とのほぼ中間に位置する街で、迷宮の街としてにぎわっているそうだ。元々迷宮に集まってきた一攫千金を目指す人々を見越して商人が集まり、結果王都を越えるほどのかなり大きな街になってしまったというものらしい。やはり物と金が流れるところは賑わうのだろう。
要約すると迷宮というものはそもそも誰が何の目的で作ったのかもわからないダンジョンである。地下に広大に伸びており何階まであるのかもわからない。確認されているのは地下91階程だがそれもはるか大昔の資料でのみ。各階層の移動は階段ではなく転移魔方陣による移動とのこと。
「迷宮ってのは階層ごとに実際のつながりがないんだ」
「どういうことだ?」
「迷宮は階段じゃなく、各階層毎にある転移魔方陣で移動するんだが10階まではみんな同じなんだ。しかし11階からは魔方陣に入った人によって飛ばされる場所が変わるんだ。俺はシルギスしかいったことないから他のところは知らんがな」
「場所が変わるってどういうことだ?」
「たとえば俺が11階に行ったとする。その後旦那が同じところから11階に入る。すると俺と旦那はまったく違う11階に行くことになる」
「11階がいくつもあるのってことか?」
「ああ。10の倍数の階層だけは1つしかみたいなんだがそれ以外だと別々の場所に飛ばされる。元々は違う階層に飛ばされていると思われてたんだが、別々に入ったパーティーがお互い10階層分クリアしたところで合流できることからそういわれてる。しかも階を追う毎に飛ばされる階層の種類が増えていくみたいで、30階を超えた辺りから前に入ったパーティーと遭遇する確率はほとんどない」
「つまり救助の可能性とかほとんどないってことか」
「そういうこと。それで普通は迷宮に入るときにはパーティーリングを作るんだ」
「なんだそれ?」
「パーティーと認識するために腕輪だな。これがあると必ず同じリングをつけた者がいる階層にいけるんだ」
「つまり仲間を逃がせば救助の可能性もあると」
「そういうこと。入ってきた同じ魔方陣に入ると一気に入り口に戻れるし、パーティーリングはすぐに複製できるからな。それに迷宮は一度到達した10階、20階、30階と10の倍数の階層まで一気に行くことができるからあまり深い階層じゃなければ助けが来る可能性は高い。まぁそれまで生き延びてればだけどな」
「お前は何階までいったんだ?」
「64階だな。そのときは砂漠みたいなところでな。鋼殻竜がでてきて死ぬ思いで逃げ帰ったよ」
「迷宮なのに砂漠?」
「ああ、50階以降の迷宮はどんな仕組みか知らないが飛ばされた場所によって空もあるし雨も降るんだ。酷いときは雪原とかあるらしい」
「雪原とかやばすぎるだろ。魔方陣とやらはどうやって見つけるんだそれ? 雪に埋もれてるんじゃないか?」
「その場合すぐ戻ってやり直しだろうな。攻略したって話は聞いたことがない。50階以降はもう完全に地下ってことは忘れたほうがいい。ありゃ完全に別物だ」
「やばすぎるなそれ。それで64ってのは記録としてはどうなんだ?」
「俺の知ってるかぎりここ100年のうちじゃ誰も抜けてない最高到達記録だ。抜かれたって話もきかねえな。まぁ単に運が良かっただけなんだが最後の最後に砂漠に飛ばされた時はさすがに死ぬのを覚悟したぜ」
「よく生き残れたな。よっぽど優秀な仲間が居たんだろうな」
「ああ、最高の仲間だよ」
そういうとドクは自分のことのように喜んでいる。よっぽど信頼しているのだろう。
「しかしそれだと91階ってとんでもない記録だと思うんだけど行ったの誰だ?」
「ずいぶんと昔の迷宮に関する資料に載ってるらしいんだが、詳しい話は知らないな」
「なるほどねー。迷宮面白そうだな。でもみんななんで迷宮に潜るんだ? なんかいいことあんの?」
「そりゃー目的っていったら一攫千金が一番多いだろうな。死者すら蘇らせる薬やら不老不死の薬やら伝説といわれるアイテムが目白押しだ。それにアーティファクトでも出りゃ一生遊んで暮らせるし。今、世に出てるアーティファクトの大半は迷宮から出たやつって話だ」
「へーってことはお前も見つけたのか?」
「ああ、付けるとどんな属性の魔法も効果が上がって尚且つ消費魔力も減るっていうとんでもない首飾りだ」
なんか滅茶苦茶ぶっ壊れ性能な気がするんだが……。魔導師にとっては垂涎の逸品だろう。魔法が使えない俺には関係ないが。
「その首飾りはどうしたんだ?」
「結婚資金にするために売ったよ。シルギスのオークションで白金貨4枚になった。半分は手数料なんかで持ってかれるんで実質2枚だったがな」
「……安すぎないかそれ?」
「はあ!? 白金貨だぞ? 金貨じゃないんだぞ? そんだけあったら一生遊んで暮らせるぞ!!」
一般的なアーティファクトの相場がわからないが、俺からしたら格安と思われる。熊2匹やれば買えるしな。いや、まさか他にも似たような物が手に入る可能性があるのか? それなら納得だが。2度と手に入らないかもしれないレアなアイテムだとしたらその価格の10倍はしていてもおかしくないんだが。まぁそのオークション時に需要があまりなかったのかもしれないしな。それとも単に俺の金銭的な感覚がズレているだけなのか……。
「遊んで暮らせるのになんで騎士団なんて入ってんだ?」
「5人で分けたしな。それに父親が働かないで遊んでる姿なんて子供に見せたくなかったってのが理由だな」
「なるほどね。子供に自慢できる職業につきたかったわけだ。まぁ気持ちはわかる」
「旦那は結婚してないのか?」
「天涯孤独だよ。まぁ俺に結婚は無理だな」
「なんでだ? こういっちゃなんだが俺より強くて容姿だって悪くないし、引く手数多だと思うんだが?」
「結婚ってのはさ。それに対してメリット、デメリットを考えるやつはできないんだよ」
「どういうことです?」
黙って聞いていたエルフっ娘が首を傾げて訪ねてきた。
「結婚したらこういう得をするとか、こういう損をするなんて考えると結婚なんてできないってことさ。よっぽどの相手じゃないかぎり男は間違いなく損をするからな。そういうことを考える必要がないくらい相手に惚れるしかないんだろうが、あいにく俺にはそういう相手はいないし、これからも現れるとは思えなくてね。打算と妥協で結婚するくらいなら一生独り身でいいよ。ハンターなんて何時死ぬかわからんし」
「なんでそんな達観した爺さんみたいになってんだよ」
「こういう性分なんだよ」
もって生まれた性格なのか、今までの人生で作られたものなのかはわからないが、自分を形作っているものはそう易々と変えることは難しいだろう。
「あの……」
自分について色々と考えているとエルフっ娘がおずおずと話を切り出した。
「迷宮に行くなら私も連れて行ってもらえませんか?」
金虎族は親離れが早いのでマオちゃんはそこまでホームシックになっていません。そしてマオちゃんは自分が帰れることを全く疑っていないためお姉ちゃんを見ても「あっおねえちゃんだ」くらいにしか思っていません。