34:奴隷
パトリア王国騎士団第10部隊隊長。それが俺の……いや、以前の俺の肩書き。全12部隊中ただ1人平民出身の隊長だ。平民の隊長はこの騎士団創設以来初めてらしい。そのせいか風当たりも強かったがやりがいもあった。
元々俺はハンターだった。[吹き抜ける風]のドクトゥスといえばそれなりに有名な存在だった。同じクランにいた現在の嫁との結婚を期に家を空けることが多く、危険なハンター家業は引退することにした。仕事を探している時に偶然騎士団の団長に会う。以前、依頼の際に共闘したことを団長が覚えており、俺とクランの仲間を騎士団へと誘ってくれた。そして俺は騎士団に入団することになる。
団長の下で経験を積み、第1部隊の副隊長にまで上り詰めた後、第10部隊隊長が高齢による引退のため後任として俺が抜擢されることになる。まさしく順風満帆だった。
事が起こったのはつい先日の事。3歳になる娘が原因不明の高熱で倒れた。教会に連れて行き、回復魔法を使っても熱は下がらなかった。伝手を頼りあらゆる方法を試すも病状は回復しなかった。途方にくれているところにある男が現れてこう言った。「自分は行商人をしている。旅先で手に入れたあらゆる病気を治す万能薬を持っている。これを渡す代わりにうちで護衛としてずっと働いてもらえないか」と。娘が助かるのならなんでもやってやる。俺はそういって薬をもらう。薬を飲んでしばらくして娘の熱は下がった。しばらく様子を見たが数日で元気に走り回る程に回復した。
約束どおり俺は商人の護衛となった。商人が悪名高いラトロー奴隷商会の人間だと知ったのはそのときが初めてだ。藁にもすがる思いで必死だったから、護衛の相手が何者なのか気にもとめなかった。娘さえ助かればそれで良かったから。
俺は騎士団を辞めた。団長には止められたが騎士団にいたのでは薬の代金白金貨2枚は一生働いても無理だろう。どっちにしろ護衛として働いたところでそんな金額を払うのは無理という気もするが、俺は20年という契約で隷属の首輪をはめられた。金額にしたら1年で約金貨10枚分ということだからかなり高い報酬だろう。少なくとも騎士団にいたのでは到底ありえない報酬だ。
護衛に連れてこられて5日。パトリアの東の果てシャルクの街についた。この街にきたのはハンターをしていたとき以来だ。どうやらここで荷物を受け取るらしい。この商会の人間は、亜人の確保をする部隊と移動の際に護衛する部隊、そして商人の3種類に分けられる。おれは護衛というわけだ。といってもこの馬車を見て襲ってくる盗賊なんかはいないので楽な仕事といえばそうかもしれない。このときの俺は確かにそう思っていた。
昼下がり、唐突に馬車が止まった。前を行く2台の馬車が止まっていた。何があったのかと前に歩いていくと聳え立つ巨大な塔と白く美しい魔物がいた。かつていろいろな魔物を倒してきたがこれほどまでに美しく、かつ強大な圧力を感じる魔物は見たことがない。そしてその隣にいる男。おそらく魔獣使いであろうか、およそ人とは思えない圧力を感じる。仕事でなければ一も二もなく逃げ出していたであろう。
「ずいぶんやばそうなの連れてるなあんた」
「かわいいだろ? モフモフで気持ちいいんだぜ」
あの化け物をかわいい扱いか……
「お前は他の奴らとは毛色が違うようだが……お前も亜人誘拐の一味か?」
「今回初仕事の護衛だ。こんな仕事やりたくないんだが訳あって仕方なく……な……」
本当なんでこんなことになってるんだろう……こういう目にあいたくないからハンターやめたっていうのに……
「何をしてるんだ! 早くそいつを何とかしろ! お前は護衛だろうが! お前の娘が助かったのは誰のお陰だと思ってる!?」
何とかできるならとっくにやってるっての。やれるならお前がやれよといいたいが、こんなやつでも娘の命の恩人だ。やらせるわけには行かない。
「へいへい、感謝してますよ……ってことだ。お前さんに恨みはないんだがこれも仕事なんでね」
「そいつは王国の騎士団で部隊長を勤めていた程の男だ。逃げるなら今のうちだぞ!」
この魔物1匹で騎士団全滅させられる気がするんだけどな。
「へー、そうは見えんな」
「よく言われるよ」
さて、せいぜいあがいてみるとするか。
相手の男は変わった武器を持っている。取っ手のついた棒のような物だ。強さのわからない相手には自身最高の技をぶつけてみるのが一番だ。それによって相手との差がわかる。俺のスキル<後の先>は相手の攻撃より後に攻撃始動した場合、速度、攻撃力が跳ね上がるというもの。先手を取りつつさらにカウンター等と使い勝手もいい。実際俺はスキルを使えば魔導師以外に負けたことはない。この男がどれだけ強かろうと魔法ではない限りなんとかなるはずだ。まずは様子見とばかりに俺は剣を構え、カウンターに徹することにする。
じりじりと男が寄ってくる。俺の間合いに入っているにもかかわらずまだ攻撃してこない。俺は落ち着いて相手の出方を待つ。するとすさまじい速度で来た。
(はやい!?)
俺は冷静に相手の攻撃を見る。相手が棒を突き出そうとした瞬間を狙い剣を振ろうとするがその時にはもう相手はそこにいなかった。
「何!?」
男はすでに飛び退いていた。完璧なタイミングだったはずだ。しかし相手の下がる動きを捉えきることができなかった。
「懐に入って何もしないとか手抜いてんのかい?」
「いやいや、いたって大真面目さ。あのまま1秒でもいたら真っ二つだったろ?」
なんて勘の良さだ。もう勘がいいとかそういう問題ですらない。まさしく化け物だ。こんな緊張感はハンターになって初めて討伐をした時以来だ。しかし達人かと思われたがこの男、どうも動きが素人臭い。勘も反応速度も怪物レベルだが動きが単調で読みやすい。どんなに早くてもこれならなんとか避けることはできそうだ。
今度は斬る。そう思い構えていると再び男が襲い掛かってきた。踏み込みながら棒を振り回し嵐のように攻撃してくる。カウンターで首を狙うが男は剣を見もせずに受け止める。今度こそはと反対からカウンターで首を狙うが逆に踏み込まれた。
(まずい!)
苦し紛れに避けながら腹を狙うが男はすでにその場にいなかった。
「おっと危ない。攻撃してたら死ぬとこだったな」
「おいおい、どんだけ勘がいいんだよ」
なんていってるが良くて相打ちだっただろう。こいつの動き……ほんの僅かのあいだにどんどん洗練されてきている。成長速度が早いとか、もはやそういう問題じゃない。この俺がスキルを使っても相打ちが精一杯だと……こんな戦いは初めてだ。命のやり取りをしているというのに楽しい。そんな感情が浮かんでくる。
「ええい、何をてこずっているんだ! お前達も加勢しろ!」
俺を現実に引き戻したのは護衛対象だった。せっかくの楽しい時間を邪魔するな。そう叫びそうになるのをなんとかこらえる。
「そっちが複数で来るならこっちも複数で相手しないといけなくなるんだが?」
男がそういうと魔物が唸り声を上げる。これで邪魔者は消えた。
「さて、待たせたかな。続きをやるかい」
「俺としてはあんまりやりたくないんだけどねぇ」
嘘だ。この楽しい時間を続けていたい。俺はそう思うようになってきている。自身が今まで積み上げてきた力。その全力を惜しむことなくつぎ込める相手。こんな相手を俺は待ち望んでいた。何時からだ? 俺が本気で戦わなくなったのは……自分よりも強い相手に挑むこんな気持ちを忘れたのは。王宮での日々が霞んでいく。今この瞬間、俺は生きているという実感をこの上なく感じている。この戦いに俺のすべてをかけよう。だから俺の全力を受け止めてくれ!!
そう思い、剣を構える俺に対して男のとった行動は……無防備にこちらに歩いてくるということだった。
(何のつもりだ?)
俺の間合いに入っても防御すらもしない。不適な笑みを浮かべてズケズケと歩み寄ってくる。
(度胸があるにも程があるだろが!!)
手が届く範囲まで来たが俺は鉄の意志で攻撃を我慢した。俺の本能が叫んでいる。先に手を出したらやられる、と。男が攻撃に移る一瞬を見逃さないように全反射神経を目に注ぐ。すると男の右手が動いた。
(いまだ!!)
俺は剣を振り下ろす。
「なん? うおおお!?」
それは攻撃ではなくフェイントだった。剣は避けられ俺は振り下ろす手をつかまれた。そして懐に入られた。次の瞬間景色が変わり、背中にすさまじい衝撃を受けた。さらに次の瞬間俺の腹部にも衝撃がはしった。
「ぐはっ……が……」
体の前後からの衝撃で息ができない。一瞬気が飛びそうになったがなんとかこらえた。何をされた? 左手が地面に触れる。投げられたのか? 見たこともない技だ。まさしく対人戦闘に特化した技だ。しかし訓練の賜物か、意識が飛びそうになりつつも俺の左手は腰にあるナイフを握っていた。しかしそれを振るうことはできなかった。
「やめたほうがいい。俺ならそいつを抜くより先に首を折れる」
すでに男の手が俺の首を握っていた。殺す気だったのならとうの昔に首を折られていただろう。俺がナイフで刺そうとしてもおそらく足で防がれた。
「いや、まいった。俺の負けだ」
生まれて始めての完敗。しかし妙にすがすがしい気分だった。
瞬殺コンボを使っているのにこんなに苦戦するのは想定外だった。使わなかったら危なかったかもしれない。しかしなんとか勝つことはできたのでよしとしよう。残りの2人がこいつより強いとは思えないが油断はしないでおこう。
「さて、それじゃ次にやりたいやつは?」
すると商人の隣にいた護衛らしき2人は手に持っていた剣を捨てた。存外物分りがいいようだ。それで生き残れるかどうかは別問題だが。
「お、お前達何をしてるんだ? はやく武器を取らんか! あいつをなんとかしろ!!」
「無理だ……俺達じゃ100回戦っても勝てない。あいつは殺さないように手加減してなおドクを倒したんだぜ? 俺達全員でかかってもドクに勝てないのに……それに勝つやつに俺達が勝てるわけがないだろ」
「使えんやつらめ!」
この寝転がってる男はドクっていうらしいな。やっぱりこいつらの中で最強だったか。そうそうこんな強い奴がいてたまるかとは思っていたが。しかしこの商人の言動を聞くととても子供を助けるようなやつには見えない。つまりドクという男の子供を助けるにはそれなりの理由があるはずだ。しかしそれにはいくつか疑問が残る。まぁとりあえずは……
「シロ、そこの2人も同じように上に上げといて」
シロはそれに答えるように一声吠えると護衛の2人は叫び声とともに50m程の高台に乗ることになった。
「おっさんは逃げるなよ。逃げたらさんざん苦しめてから殺す」
そう脅すと商人は情けない声を上げて腰を抜かした。
「さて、ちょっと聞きたいことがあるんだが……ドクとかいったか?」
ようやく起き上がって座っている男に俺は振り返って問いかける。ちなみにこいつが持っていた剣とナイフは没収済みだ。
「ああ、ドクトゥスだ」
「戦う前も言ってたかお前はなんかほかのやつらとは毛色が違うな。子供がどうとか言ってたが何があった? 話してみろ」
「なあに、大した話じゃないさ。うちの子供が原因不明の熱で倒れてな。教会にいっても知り合いの薬士に見てもらってもわからんと。そこでそいつが持ってきた万能薬とやらを試したところ見事に治ってな。そのかわりに代金分働くことになったんだよ」
万能薬ねぇ……騎士団部隊長の子供とはいえただの平民の子供にそんなとんでもない薬を使うか? なんでも治る薬なんて王侯貴族が言値で買ってもおかしくないと思うが。考えられるのは2つ。この男にそれだけの価値がある。もしくは薬がただ同然。そのどちらかということになる。商人は目先が赤字だったとしても最終的には必ず黒字になるように動く。今回の場合それがどこになるのかということだ。どんなに強いといってもたかが1人を雇うのにそんな薬を使うのはおかしい。となると必然的に薬が怪しいことになる。しかし病気が治ってるということはただの水というわけではないのだろう。となると一番怪しいのは……
「227セット」
おれは腰を抜かしている商人に向けてカードを使う。
「おっさん正直に答えろ。なんでこの男の子供を助けた? お前にそこまでのメリットがあるとは思えない。それとも万能薬ってのはだれでも手に入るように量産でもされてんのか?」
「こ、この男は優秀だと聞いていたから長い年月で見れば利益になるとふんだのだ」
『ふん、万能薬なんぞ存在するわけがなかろう。新しく作られた毒薬とそれに対しての解毒薬の実験を兼ねた自作自演の詐欺とも知らずに馬鹿なやつだ』
「なんだと!?」
「落ち着け。まぁそんなことだろうとは思っていたよ」
俺は驚くドクを制する。商人はなんのことかわからないようだ。それはそうだろう。
No227C:公開思考 対象は口に出さなくても思っていることが周りに聞こえるようになる。脳に直接届くため口を塞いでも防ぐことはできない。
思っていることが周りにまる聞こえになっているんだから。しかも本人は考えているだけなのでそれがわからない。
たしかに子供を使うのはいい手だ。その手なら騎士団みたいなお堅い連中のことだからむやみに反逆を起こしたりしないだろうし恩も売れるから制御しやすいだろう。
「ドク、魔法には解毒する魔法ってないのか?」
「解毒する魔法なんてのはない。毒の種類によって解毒方法が異なるからな」
なるほどね。そうそう便利な魔法はないのか。しかし人体実験を足がつきやすい騎士団員の子供で普通やるか? 失敗してたらどうするつもりだったんだ。そこまでドクに価値があるというんだろうか。俺の直感が何か違うと警鐘を鳴らしている。俺の直感はなぜかよく当たるのだ。
「ドクの嫁さんは元気なのか?」
「ん? ああ、元気だぜ?」
ならどうやって子供にだけ毒を与えたのか。食事や水に混ぜるなら一緒に毒になるはずだ。しかし子供だけとなるとそうではない。俺が子供だけをターゲットに毒にするとしたら……街で遊んでいる子供にお菓子なんかを上げてそれに混ぜておく。それが一番てっとり早い。そうなると子供に怪しまれずにお菓子を渡せるやつじゃないといけない。
「ドクの子供以外は無事なのか? 他にも子供が同じような症状になってないのか?」
「少なくとも俺が知ってるのはうちの子だけだったはずだ。他にもいるなら教会や薬屋がもっと騒がしくなってたはずだ」
「お前の子供は人見知りするか?」
「なんで知ってるんだ? たしかに多少人見知りするところはあるが……」
「全く知らないやつにお菓子をもらったとして食べるか?」
「それはない。知らない奴からもらっちゃだめだと口を酸っぱくして教えてある」
となるとその子供に面識のある共犯者がいるということになる。あくまで俺の想像ではだが。
「おい、お前誰にたのまれた?」
俺が問いかけると商人はビクっと反応した。
「な、なんのことだ?」
『こいつ一体何なんだ……なぜ今の会話だけでそれがわかるんだ?』
「頼まれただと!?」
「つまりお前をはめた黒幕がいるってことさ。俺の勘じゃお前の知ってる人間だ」
「なんだって!?」
「さて、誰に頼まれたんだ? 素直に言えば痛い目を見ずに済むぞ」
『な、なぜ何も喋っていないのに断定できるんだ? こいつらは一体……』
「知らないとかわからないとか言うたびに剣を刺すことにしよう。さあいいな」
俺はドクの持っていた剣を座っている商人に向ける。
「な、なんのこぎゃああああ!!」
俺は商人の足を剣で突き刺した。
「えー? 聞こえないなー? 今なんていったのかなー?」
「わかった! 言う! 言うから!!」
『なんなんだこいつは! 正気か!? ヤバすぎる……』
俺は剣を抜いてじっと待つ。
「仮面をかぶっていて顔はわからなかったが、身なりのいい騎士のようだった。そいつがある日酒場で酒を飲んでいた時に話をもってきたんだ。騎士団の部隊長を奴隷にしろと。計画は全部そいつが立てたんだ。謝礼もだすっていうからこっちにはリスクもなく利益しかないんで受けたんだ」
ふむ……俺は顎に手を当てて考える。そうなると考えられるのはドクに対する怨恨という可能性が一番高そうだ。
「お前だれかに恨みかってないか?」
「恨みなんて売るほどかってると思うがそこまで恨んでいるやるがいるかどうかは俺にはわからん。元々隊長で平民は俺一人だったからな。他の部隊の隊長貴族共からの風当たりはたしかに強かったが……」
「さすがにそれじゃ絞り込むのは厳しいな。しかしこれでお前がそいつに付く理由はなくなったな。その首輪はどうやったらはずれるんだ?」
「たしか鍵があるはずなんだが……この首輪があるかぎり俺じゃそいつに逆えん」
「そうか、で、鍵はどこにある?」
俺は商人に向かって剣を向ける。
「こ、ここにはない。家の金庫の中だ! 普通奴隷の鍵は持ち歩かないんだ! ホントだ!」
どうやら本当のようだ。たしかに持ち歩くよりは奪われる可能性は低いだろう。でもそうなるとこいつの首輪はここじゃ外せないな。
「ドク、お前しばらく俺の手下になるんならそれはずしてやってもいいぞ」
「ば、ばかな! 外せるわけがない!」
商人がうろたえる。
「本当か? 外してくれるんなら手下にでもなんでもなってやるけどよ」
「それじゃ決まりだ。立てるか? そこの奴隷のところまで来てくれ。一緒にやるから。おいっ牢の鍵はあるんだろ? 出せ」
俺は商人から牢の鍵を奪い取る。ドクはヨロヨロと立ち上がり牢屋に向かって歩いていく。牢には驚いた顔で俺を見つめる3人亜人の姿があった。俺は牢屋の鍵を開けると犬耳の少年は自力で外に出てきたが、少女2人は自力では動けないようだ。どうやらフェリアが付けられてたのと同じ首輪を付けられているようだ。俺は牢の中から2人の少女を抱えて出る。
「首輪外すからここに集まって」
「外せるの?」
みんな半信半疑のようだ。まぁこの子達は商品だから鍵はあの男が持っているだろうが面倒なので一緒にぶっ壊すことにする。以前サピールに聞いたところによるとこの手の首輪は再利用できないらしく、解除すると壊れてしまうのだそうだ。だからどうせ壊すのなら鍵をわざわざ使う必要はない。
「206セット」
No206C:封具之間 対象を中心としたの半径2m以内にある魔道具の効果を打ち消す。
パキンという音と共に全員の首輪が外れる。
「嘘!?」
「おいおい本当かよ」
「ば、馬鹿な!! ありえん!?」
首輪をしていない商人が一番驚いているようだ。まぁ今までずっと使ってきた商売道具が無効化されれば驚きもするか。
「なんで?」
「ん?」
「なんで助けたの?」
「ただの気まぐれだ。気にする必要はない」
少女2人は訝しげにこちらを見てくる。犬耳の少年はキラキラした瞳でこちらを見ている。尻尾がブンブン振れているので機嫌は良さそうだ。
「さて、俺のことをはめてくれたお礼をしないといけないな」
「まっ待ってくれ!」
いつの間にかドクが商人の前まで行って拳を握りしめている。剣もナイフも俺が持っているので素手で殴る気だろう。
「まって!」
それを止めたのはなぜか金虎族の少女だった。
「なんだ?」
「そいつに聞きたいことがあるの」
そういって金虎族の少女は倒れている商人に詰め寄った。
「私より小さい金虎族の女の子。何週間か前に捕まったはずなんだけどどこに連れて行ったの!?」
「ああ、あの子供ならもうここにはいない。シグザレストの貴族に売った」
「貴族に!? 言いなさい! 誰に売ったの!」
『無理だ。もう死んでる。あそこにいって生きてた亜人は1人もいない』
商人の胸ぐらを掴んでいた少女の腕がさがり、力尽きたようにその場に跪いた。その顔には絶望の色が見える。
「マオ……嘘よ……マオ……」
「その子は君の何?」
「たった1人の妹よ。何より大事な……」
「きっと生きてるよ」
「え?」
「君が信じなくてどうするんだ。諦めたらそこで終わりだよ」
あえてすぐそこの馬車で元気にはしゃぎまわってるとは言わない。
「そう……ね……そうよね。まだ死んだのを見たわけじゃない。きっと無事よ。あの子が死ぬわけがないわ。危険なトガの森にいってのうのうとお昼寝して帰ってくるくらいだもの。きっとどこかでお昼寝でもしてるわ」
さすが姉妹だ。行動パターンを見破っている。
「さて、それじゃもうこの男に用はないな? ケジメをつけさせてもらうぞ」
そう言って今度こそとドクが商人に向かう。
「待て。まだそいつに聞きたいことがある」
「またかよ!」
今度は俺が止めた。
「亜人の誘拐班のアジトと人数を教えてもらおうか」
「し、知らない! 俺は商品を運んで商談をするだけで詳しいことは聞かされてないんだ!」
完全な分業制ということか。
「誘拐班との連絡はどうやってるんだ?」
「シャルクの街にある支店に運んでくるんだ。いつどうやってかまではわからない」
そこで見張ればいいということか。何か手を考えておかないとな。
「それじゃ最後だ。服を脱げ」
「え?」
「聞こえなかったのか? 服を脱いで裸になれ」
商人はすぐに服を脱いで裸になった。それと同時に俺は剣とナイフをドクに返した。
「いいのかい? 裏切るかもしれねえぞ?」
「いつでも来い。相手になってやるよ」
そういって笑うと「旦那にゃ勝てる気がしねえよ」とドクは笑いながら剣とナイフをしまった。
さてこの商人にはもう用はないな。俺は商人に向かって言う。
「弱肉強食という言葉を知っているか? 弱い者は強いものに食べられる。お前ら奴隷商人は弱者を狩って生活しているんだろ? それはたしかに自然の摂理に沿っているとも考えられる」
「そ、そうだ! 弱いものを狩って何が悪い! 私達は当たり前のことをしているだけなんだ!」
亜人達が怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「弱い奴が悪いんだ。食われたくなければ強くないといけない。そうだな?」
「そうだ!」
「じゃあお前という弱者が俺という強者に食われてもなんの問題もないよな」
「へ?」
商人は唖然とした表情でこちらを見てくる。
「ドク」
「あいよ」
「もうこいつに用はない。好きにしていいぞ」
「待ってました。やっとお礼ができるな。うちの娘に手出すとか舐めたマネしやがって……」
「ま、まっぎゃあああああああああ!」
逃げる商人の背後から袈裟斬りに一閃。血飛沫が舞い上がった。ピクピクと手が動いてた商人だがやがて動かなくなった。
「ひと思いにやるとか、お前も甘いねえ」
「グチグチと拷問する趣味はないんでね」
「さてと、馬車とってくるからここで待っててくれ」
そういうと俺はドン引きする亜人達を後に馬車に向かって走り出した。