25:伯爵家
俺は以前、おっちゃんに買って貰ったローブを着て、顔を隠しながらあのデブを探して街を歩いた。ちなみに服装は宿に戻った時にこの世界の服装に着替えてある。薄い茶色の布の服とズボンに何かの皮で出来た靴だ。適当に買った物なのでサイズが小さくてきつい。しかしサイズが合うものはオーダーメイドになってしまうため、作るのにも時間がかかるし値段も高い。基本の大きさが2種類しかなく、大きいか小さいかしかなかった。男用と女用みたいな大まかな分け方しかないんだろうか。そんなことを考えながら俺は大通りへと出た。
時間もそんなに経ってないから、まだそんなに遠くには行っていないはずだ。姿消えただけだしな。俺は注意深く街の様子を伺う。街中に一人だけ裸のおっさんがいるんだからすぐに分かるはずだ。
10分程探して歩くと、裸で金髪の豚が地面に仰向けに寝転がって、恐らく買い物中であろう女性のスカートの中を一生懸命覗こうとしている姿が見えた。うん、俺も男だから気持ちはすごく分かる。でもその姿はどこからどう見ても変態だ。やばい、これから殺す相手なのにちょっと親近感が沸いてしまった。俺はそんな感情を捨て去り建物の影へと隠れた。
「90セット」
No090C:移花接木 対象の姿に変わる。
俺はデブの姿へと変わった。窓硝子に映る姿はデブそのもので気持ちが悪い。ちなみにこの世界にはどこでどう作ってるのか知らないが硝子はあるようだ。そこまで透き通っているわけではないようだが。俺はそのまま急いで、昨日訪れた伯爵の屋敷へと向かった。
「はっ伯爵様!? ご無事でしたか!」
屋敷に到着すると門番と一緒に側近らしき者が来て出迎えてきた。こいつは先程ギルドで伯爵のすぐ後ろに居たやつだ。
「お前は誰だ? 何故か分からんがどうも記憶が曖昧だ……」
俺は額に手を当てて頭を振る。
「まさか呪いのせいで!?」
「呪い? 何のことだ? そもそもどうして私は裸であんな所にいたのだ?」
「伯爵様はギルドに向かわれた後、呪いにかかって姿を消されていたのです」
「わからん……思い出せん……」
「呪いの影響なのかもしれません。少しお休みになっては?」
「そうするとしよう。後、屋敷に黒髪のハンターが来たらいくらか金を渡して追い返しておけ。この服をそいつから譲り受けたのでな」
「畏まりました」
その後、兵士に案内されて俺は屋敷の中へと入っていった。昼間に正面から入る屋敷はまさに豪華絢爛といった感じだ。色々な所に無駄に金ピカな装飾が施されており、どこにそんな金があるんだと言わんばかりの贅沢な造りだった。
「女共はどこにいる?」
あのデブの言動から想像するに、恐らくこんな言い方で扱っていたのではないかと想定する。
「いつも通り離れの方に居ると思われますが」
どうやら別宅に居るらしい。しかし本当に通じたのだろうか。他に女っているのかな。
「お前が言ってるのは妾共で間違いないか?」
「その通でございます」
どうやら間違いないようだ。
「全員実家に帰らせろ」
「は?」
「聞こえなかったのか? 妾共を全員実家に戻らせろといっている。そうだな、1人辺り金貨を3枚程持たせてやれ」
「な、何故そのような事を?」
「あの女共には飽きた。又、近いうちに狩りに行く。金は手切れ金代わりだ」
デブの行動を想像してなりきってみる。
「畏まりました。しかし金貨は多すぎでは?」
「最初の出費は餌だ。この噂が広まれば、女の方からやってくるようになるだろう?」
「!? さすがは伯爵様。至急用意いたします」
「今すぐ準備しろ。人数分の馬車を用意してすぐに送ってやれ! 後、ここの使用人も全て、今すぐ休みを取らせろ。今晩からしばらく出かけることにするから、そうだな今日から10日程休むように言っておけ。女共と一緒に馬車で送ってやるがいい」
「今すぐにですか!?」
「今すぐにだ」
「畏まりました」
そう言って兵士は去っていった。頭に疑問符を浮かべていたが、まさかこんなアホな命令がすんなり通るとは思わなかった。これで屋敷には兵士しか残らない。俺は適当に部屋を回って屋敷の探索を行った。無駄にでかい寝室に1回でも使ったのかと疑うような書斎。後は至って普通の部屋がたくさん。朝聞いた話だと宝物庫があるらしいが見あたらないな。さっきの兵士に金貨持たせろって命令したけど、どこから持って行くんだろう? あいつはひょっとして宝物庫に立ち入りも許されてる側近なのか? しかし、そんな所に他人を出入りさせるような馬鹿がいるとは思えないが……
宝物庫というくらいだから、重さなんかを考えると2階に作るとは考えにくい。作るなら1階か地下だ。俺は1階を隈無く調べた。地下牢の扉の方から調べて、最後に屋敷の中心から地下牢の扉のあるのとは反対方角にある端の部屋にそれを見つけた。
2階に書斎があるのにも関わらず、その部屋にだけ何故か本棚が2つほど部屋の壁際に立っていた。妖しすぎる。漫画なんかだと本を引っ張ると隠し扉が開くんだが、さすがにどれが正解かはすぐには分からないな。俺は本棚の扉を開け、椅子を踏み台にして上から本を眺めた。すると本の手前のわずかなスペースに埃がたまっているが、ある一冊の本の前だけ埃がたまっていなかった。俺はその本を取り出そうと本を引っ張ってみた。
ゴゴゴという重い音と共に隣の本棚が移動して入り口が出てきた。恐らくこの本棚、もしくはこの部屋は使用人に掃除をさせなかったのではないだろうか。万が一開けられることを恐れて。しかもこの部屋外から見られないようにするためか窓がないしな。しかしここまで単純な造りだと逆にそれは本末転倒すぎる気がする。まぁ、漫画や推理小説なんて物がない世界ならテンプレートな物は想像しにくいのだろう。でもこれ普通に本棚破壊するだけで入れるんじゃね? そう疑問に思いつつも俺は入り口へと入っていった。
中に入るとすぐに地下への階段があった。階段を下りると底には小部屋があり、金属製らしき重そうな扉には鍵がかかっていた。扉を思いっきり蹴飛ばすと、以前オーガを殴ったときのようなフィールドのような感触が一瞬だけした後、ドゴンという音と共に扉は足形に凹んだまま吹き飛んでいった。
部屋の中に入るとランプのような明かりが自動で付き、中は黄金で満たされていた。伯爵って税金だけでこんなに儲かるもんなのか……なんか他にやばいことやってんじゃないのかこれ。妾は10人以上いるとか言ってた気がするから、とりあえず落ちていた袋に金貨を100枚くらい詰めて持った。それと若干デザインは違う気がするけど金ぴかの西洋鎧があったのでバラして鞄に入れておいた。大して価値は無さそうだけど変装用に使えるかも知れないからな。しかしこれだけとってもまだ全体の1%どころから減ったのにすら気づかないレベルだ。伯爵儲けすぎだろ。
俺は宝物庫を後にして本棚のある部屋へと戻った。上部分だけ斜めにこちらに飛び出している本を元に戻すと再び本棚は最初の位置へと戻った。この仕掛け誰が作ったんだろうなぁと、仕掛けに感心しつつ、なんで1階のこんな部屋に宝物庫があるんだ! 不用心にも程があるだろ! とか、いや逆に心理的トラップで気づかないのか? 等と後から後からわき出てくる疑問に思考を取られながら俺は部屋を後にした。
部屋を出て屋敷の中央にある階段に向かって歩いていると、俺が命令した近衛らしき兵士がやってきた。
「失礼します。伯爵様、妾に渡す金貨ですが……」
「これを均等に分けて渡せ」
俺は先程金貨を詰めた袋を渡した。
「こんなに!? わ、分かりました」
ちょっと多すぎたのか兵士は驚きながらも金貨を受け取り、お辞儀をしてその場を去っていった。帰る場所がない妾が居たとしても、あれだけ金があればなんとかなるだろう。
それから2階の書斎等、色々と屋敷を調査していた。およそ2時間程が経過した時に先程の兵士がやってきた。
「伯爵様。妾と使用人の帰宅完了いたしました。この屋敷にはもう人は私たちと警備の者以外残っておりません」
「ご苦労。ちょっと聞きたいのだが私は亜人共を狩っていた気がするのだが、どうだった?」
「はい。伯爵様は所有する森に亜人を連れていき、狩りを楽しまれておりました」
「その際、参加していた兵士たちはいたか?」
「ほとんどの兵が参加していました。伯爵様からいただける狩の賞金の為にみな必死に亜人共を追い回しておりました」
そう言っていやらしく兵士は笑う。最初に殺したら、いくらとか賞金をかけて、大人数で追い回して殺していたということか。なるほど、胸くその悪い奴らだ。おそらく価値観が根本的に違うのだろう。普通なら人型の生き物なんて殺すのに抵抗があるはずだが、宗教の影響なのかこいつらは亜人を同じ人とは思っていない節がある。ただ金のために平気で女子供を虐殺するなんてマネはそうそうできない。戦争中の兵士みたいな精神状態になっているんだろうか。しかし殺される可能性がほとんどなく、弱いものを一方的にいたぶって殺すだけなんてマネはよっぽど精神がおかしくなっていないとできない気がする。虫けらのように簡単に罪もない者を殺すやつらにはそれにふさわしい殺し方を用意してあげようではないか。正義を語るつもりはない。誰も手が出せないのなら俺が悪党共に対する死神となってやろう。
「そうか。ならば参加していた者たちを全員庭に集めてくれないか。今まで付いてきてくれた礼に特別に報奨を与えよう」
「本当ですか!? ありがとうございます。兵達も喜ぶと思います。至急兵達を集めます」
そう言って兵士は部屋を出ていった。それから小一時間ほどして兵士が呼びに来た。
「伯爵様。みな庭に集まっております」
「そうか。待たせては悪い、すぐに行こう」
そう言って俺は兵士についていき、庭に出た。庭には同じような鎧を着た兵士たちが100人以上はいた。特に規則正しく並んでいるようではないので、部隊のようなものではないのだろう。
「皆のものご苦労。準備をするのでしばらくそこで待つように」
そう言って俺は門に向かって歩いていく。先程から命令している近衛らしき兵が付いてこようとするが、そいつにもそこで一緒に待機するように命じる。俺は門の開けて1歩外に出る。見張りは一緒に庭にいっているのか誰もいなかった。そしてそのまま門を閉める。大きな鉄の門は鉄格子のようになっているので手が隙間から中に入る。俺は中に手を伸ばしてカードを使用した。
「221セット」
No221C:巨虫召喚 巨大な虫達を召喚して範囲内の対象を襲わせる。虫は対象以外襲わない。召喚される虫はランダム。
すると頭に指定範囲? と浮かび上がりマップが表示された。俺は指で屋敷全体を囲うように描くと、線の最初と最後がつながると同時にそれと同時に巨大な魔方陣が地面に描かれた。そこから現れたのは巨大という言葉では表せない程の大きさの蜂だった。地面に立っているだけで頭の位置が俺の視線より高い。模様なんかからするとオオスズメバチだが大にしても程があるだろと突っ込みたい程の大きさだ。蜂はカチカチと口を鳴らした後に、ものすごい速度で屋敷の方へと飛び立っていった。
オオスズメバチは日本で人間が最も被害を受ける野生動物だ。熊や蛇なんかよりもよっぽど被害数が多い。たしかセイヨウミツバチ3万とか4万いる巣を10匹で2時間あれば皆殺しにするとかいうトンデモ殺戮マシンだ。毒針は刺すだけではなく毒液を相手に発射するとか応用技もある。そして毒の成分はドSな科学者が作ったんじゃないかというくらい、人間が最も痛く感じるようにできているらしい。
アメリカでキラービーが問題になった時に、向こうの科学者達が対策としてオオスズメバチを研究しようとしたが、その結果オオスズメバチのほうが遥かにキラービーより危険でヤバイということがわかって断念したという逸話があるくらい危険な生物だ。本来なら集団で行動するからこその戦闘能力だが、今回は1匹とはいえ大きさが洒落にならないので相当ヤバイだろう。日本で古来より森の守り神と呼ばれるくらいだしな。森がなくなりすぎて最近は人間のところに出没しすぎな神様だけど。
そうしてると魔方陣から次々と新たに巨大な虫達が現れる。これひょっとして範囲内の対象人数分でるんじゃないか……ちなみに他にでてきたのはムカデやらアリやらトンボやらまさにランダムといった感じで多種多様な虫達が現れた。この光景は虫嫌いの人がみたら気絶すること間違いなしだ。
ん?なんか場違いなのが混じってる気がするんだが……うん、なんで蝉が居るんだろうね。そう思っていると蝉は巨大な羽を羽ばたかせて、屋敷の方へと飛び立った。
「この世界のだと蝉は人を襲うのか!?」
そう思い、ちょっと感心していると、しばらくして遠くから巨大な音が聞こえてきた。
「ジイイイイイィィィィィィィィィィ」
「やっぱり鳴くのかよ! 鳴き声からするとアブラゼミだね!」
ちなみに蝉というのは、標高や種類、時期によって鳴く時間が決まっている。蝉の雄は鳴くことによって牝にアピールする、それにより相手を見つけて種の保存をする。それは生涯の目的でもあり、蝉の生まれてくる目的そのものと言っても過言ではない。そして、各種、色々な蝉が同じ場所、同じ時間に大合唱をした場合、自分の声が牝に届かない可能性が高くなる。その結果、蝉達がたどり着いた結論が
【種類によって鳴く時間、時期を変える】
である。これにより共存を可能にしたのは、まさに生命の神秘、進化の凄さを物語っている。
ちなみに一般的にはひぐらしが朝夕、クマゼミが午前中、アブラゼミが午後に鳴く。最近は温暖化の影響なのか、蝉そのものが少なくなってきているせいなのか、時間帯がずれる個体なんかも出てきている。専門家じゃないのでよく知らないが。
おっと、思わず蝉について考えてしまった。しかし本当にランダムで虫が出てくるのであって肉食のやつがでてくるとは限らないんだなこれ。ってなんかサソリみたいなのが出てきたんだが……
「タイコウチじゃねえかよ!」
英語名だとウォータースコーピオンだから、たしかにサソリっていえばサソリっぽいんだが、陸上行動も水中行動もできるというハイスペックな虫なんだよね。今の若い子知らないんじゃないかこれ。たしか空も飛べるんだよね。タガメと同じで超万能。相手の肉を溶かしてから吸うというえげつない食事方法が、あいつらにとってはとってもいい感じだろう。その場面を見たくはないが。
遥か向こうから悲鳴や怒号のようなものが聞こえてくる。俺の報酬達がどうやら無事に届いたようだ。無力な相手を虫けらのように殺してきたやつらは、自分たちが同じような目に会ってみるといい。虫けらっていうか相手が虫なんだけどね!
俺はローブを深くかぶって屋敷から少し離れて、木に隠れて様子を伺った。誰かが間違って入らないように。まぁ入るとおそらく俺も襲われるだろうが。
屋敷の上空は巨大なトンボが哨戒している。トンボもなにげに肉食だからね。あの大きさなら人間なんてパクっといただかれてしまうだろう。魔方陣からはどんどん虫が現れている。一体どれだけでるんだろうか。屋敷は巨大な虫の王国になってしまったようだ。これ効果時間とかあるのかな。とりあえずそのまま少しの間待つことにした。
それから2時間程待ったがだれもくることはなかった。そろそろいいかな。俺はカードをデリートして屋敷の門をくぐり中へと入っていった。屋敷の庭はまさに惨状と呼ぶにふさわしい光景となっていた。バラバラになった肉片が当たりに飛び散り、人と分かる原型の物はどこにもなかった。屋敷そのものも破壊されており、どうやら中に逃げ込んで襲われた者もいるようだ。軍隊アリっぽいのがいたから逃げれるとは思えないが。とりあえず生存者を探して回るが一人も見当たらなかった。
念のため、俺は屋敷の裏手の壁を乗り越えて、人目につかぬよう林の中を進み、遠回りして街へと帰った。後はメインディッシュだけだ。
お盆?なにそれおいしいの?
俺、この仕事が終わったらドラクエ24時間やるんだ……