19:山
徒歩だったが昼前には山に到着した。山の中腹から山頂付近は岩山のようで山肌が露わになっているようだが、そこに行くまでは険しい森のようだ。
山っていうと富士山ってイメージがあって普通に登山道みたいなので上れるイメージだったが、やはりそんなことはないようだ。まぁ俺、富士山いったことないけど。
しかし、鉱石掘りの人達はどこで掘ってるんだろうか。中腹まで森を通らずにいける道があるんだろうか。
元々第一発見者は鉱石を掘りに来ていた。つまり調査隊はそこに向かうはずだ。しかし鉱石は山のいろんな所で掘れるらしいから場所の特定ができない。最初の発見者は中腹部からやや降りたところで襲われたとの話をしているとギルド長がいっていた。ギルド長じゃ被るから名前で呼ぶか。えーと、ぱ……ぱりす?なんだっけ、名前忘れた。あーそうだパルスだ。滅びの言葉に似てるからバルスでいいか。ほんとはBAじゃなくてPAだけど。
ってことで俺は森に入る前に地面を調査した。人が多く来る場所なら足跡なり馬の後なりがあるはずだ。森に沿って南へ歩いていくと馬車の通ったような道筋があった。それにそって進むと山道へ続く道が見つかった。恐らくここから行くのが一般的なのだろう。しかし見張りらしき人影がない。立ち入り禁止にしていないのだろうか?
疑問に思いつつも俺はそこから慎重に山登りを始めた。スキルのおかげかそれほど疲れることもなく中腹部までたどり着いた。
いかにも休憩できそうな広い場所があった。よく見ると破れた服やら鞄やらが散乱している。それに……人の骨らしき物まで。調査隊の物かどうかはわからないが。
「113セット」
No113C:範囲探索 半径5Kの生物反応を探る。
俺は今朝でたばかりのカードを使用した。そして俺はとっさにその場から飛び退いた。目の前にかなりでかい反応がある。しかしその姿は全く見えない。ただの岩山の壁に見えるが、山の中にでも何かいるんだろうか? それ以外に探索範囲内の反応はない。俺は警戒しつつも戦闘準備を始める。
「74セット」
No074UC:先見之明 数秒先をみることができる。
いつも通り予知を発動する。こいつにはずいぶんとお世話になってるな。そんなことを思いながら足下から石を拾い上げる。そして反応のある場所に全力で投げてみた。すると景色が歪むかのように岩壁がずれた
モゾモゾと動き現れたのは……どうみても超巨大なタコだった。
「山にかよ!」
思わず一人で突っ込みを入れてしまった。明らかに俺より大きいどころか足を広げたら30mくらいあるんじゃないかっていう大きさだ。さすがに見えないやつに急に襲われたら為す術もないか。調査隊はみんなコレにやられたんだろう。しかしそれだと第一発見者はこいつから逃げたってことか?
地上じゃ泳げないからこいつは待ち伏せ専門なのかもしれないな。だから逃げられても追えないと。それなら遠距離からボコればいいじゃない! そう思い俺は蛸から距離を取る。すると蛸は一瞬で姿を消した。
光学迷彩も真っ青な消え方だ。でもどうせ動いてないんだからそこにいるんだろ。再び俺は同じ場所に石を投げた。しかし岩が削れただけで蛸はその場にいなかった。
「はぁ!?」
どうやって動いてんだ!? レーダーすでに切れているから補足できない。これはまずい。そう思っていると足が右から襲ってくる映像が見えた。とっさに左にかわし、なんとか体勢を立て直す。避けられた蛸は再び姿を消した。
もうこれは擬態とかそういうレベルじゃない。完全にあの宇宙からきた捕食者の上位互換の光学迷彩だ。音もなく全く見えずに移動とかどうすりゃいいんだこれ。予知さんはもう俺にとってSRより価値があるぞ。これなかったら何回死んでるかわかんねえよ。
さてどうするか。そいえば蛸のあれって足なのかな、それとも手なのかな?なんてだんだん現実逃避にも似たことを考え始めた。ん? 手? ……ためしてみるか……
「展開」
俺はデッキから2枚のカードを取り出した。普段使わなそうなのはデッキにしまってある。そのままデッキは収納し相手の出方を待つ。すると今度は左から襲ってくる映像が見えた。一瞬早くその場から離れ、襲ってくる蛸に向かってカードを向けた。
「192セット!」
No192C:光輝之手 対象の手が光る。
すると蛸は姿を消したが、うっすらと光り輝く手の輪郭が見える。どうやらあれは足ではなく手のようだ。効かなかったら体が光るとかいうやつを使おうと思ってたんだが。これは意外に姑息な手段として使えるかもしれないな。てっきりこのカードは自分で輝く指ごっことか神の指ごっこのためにあるんだと思ってたよ。ヒートエンド!とかいって爆発させるのも面白そうだ。ちなみに姑息ってのは卑怯って意味じゃなくて一時的なって意味なんだぜ豆知識。
おっとまた余計なことを考えてしまった、気を取り直して光ってる方に構える。相手の位置さえ分かればこっちのものだ。しかしどうやって倒すか……攻撃系のカード使うと山が大変なことになりそうだし、打撃は効きそうにないし、刃物はナイフ1本だし……
最近出たあれを試してみるか。
「80セット!」
俺は隠れたつもりになっている蛸に向かってパチンと指を鳴らした。指を鳴らすことに意味はない。ただかっこいいかなと思っただけだ。ちなみにちゃんとした音はでなかった。俺は指を鳴らすのがヘタなのだ!
蛸は突如の出来事に何が起こったか分からず、その場で苦しむようにビタンビタンとのたうち回っている。
No80UC:分子振動 対象を電子レンジ。
蛸の体は擬態が解け真っ赤になっている。そして体中から煙が立ち上っている。時間にして2,3分だろうか。蛸は真っ赤になったまま縮んで動かなくなった。爆発するかと警戒していたんだが少し縮んだだけのようだ。
チーン!!
「鳴んのかよ!! ってか今何が鳴ったの!?」
周りを見ても音を出しそうなものは見当たらない。そしてとてもおいしそうな臭いが立ちこめている。まぁ解凍のほうじゃなくてよかった。そう思いながら先ほどのように石をぶつけてみるが反応がない。どうやら死んだようだ。死んだら調理終了ってことで鳴るんだろうか。地球戻れたとしても思い出してレンジもう使えねえよ……
用心のため体には近寄らない。さて、問題はこいつをどうするかだ。とりあえず魔石くらいは取り出しておかないと、倒したというか、こいつそのものが居たという証拠すらないからな。しかしこいつの魔石がどこにあるのかわからない。それにめんどいから捌きたくないしなぁ。湯気でてて熱そうだし。うん、丸ごとしまっておこう。そして体に近寄らずに、蛸の手の先にカードを当てる。
「98セット」
No098C:次元収納
黒い穴が現れ蛸を収納できた。どうやら本当に死んでいたようだ。臆病かもしれないが油断して殺されるくらいなら慎重なほうがいいだろう。いい臭いだったけど食べたりはしない。こっちの世界の蛸が毒持ってたりしたら嫌だからね。
そいえば蛸ってたしか超頭いいんだよね。なんだっけ、無脊椎動物で唯一道具を使えるんだっけか。後、瓶に入った小魚を瓶のふたを自分で捻って開けて食べるんだよね。カラスどころじゃないな。まぁカラスとは体の構造上特性が違うんだろうが。
そんなことを考えながら俺は調査隊の遺品らしき物を探した。一応ギルドに持ち帰るためだ。帰りを待ってる人がいるかもしれないしな。鞘から抜かれていない剣等が見つかったので鞄にしまいこんだ。サーチで5k圏内にはあいつ1匹だけだったが、他にもいるかもしれない。油断は禁物だ。おっちゃんみたいなサーチ系が使える人を派遣して調査をするまで鉱石の発掘作業はやめてもらったほうがいいだろう。
「ああっ――!!」
またどこかで聞いた声が聞こえた。
「あんたやっぱり私達の後をつけてんでしょ!」
「俺の方が先に来てるのに?」
「きっとどこかで先回りしたんだわ」
なんだかシェルムのよく分からない理論にも慣れてきた。そいえばこいつらは鉱石掘りの依頼を受けてたんだったな。ギルドは山にはいるの中止にしてないのか? あーそいえばこいつら本部で依頼受けてきたんだったな。だからこっちのギルドには顔を出してないのか。その土地の情報を全く集めないとか、無謀にも程がある。
「一応忠告しとくけど、今すぐ戻った方がいいぞ」
「なんでよ?」
「お前らセーヴェルのギルドに顔出してないだろ? たぶんこの山、今立ち入り禁止になってるはずだ」
「え? じゃあ、あんたはなんでいんのよ?」
「その調査のためだよ」
「なにかあんのこの山?」
「化け物がいたよ」
そういったとたんに、俺以外の全員に緊張感がはしる。一応これでもハンターの端くれか。
「だから襲われる前に帰れ」
「化け物ってどんなの?」
「オーガよりでかくて、手が8本あって姿が見えないやつ」
「どんな化け物よそれ!」
「どんなも何も言ったとおりのやつだ」
シェルムは絶句している。俺の冗談だと判断しきれないのだろう。
「手が8本て、まるでヴェントーザのようですね」
おっとりとソフィアが言う。
「ヴェントーザって何?」
「海にいる魔物で海の悪魔って言われてるそうです。私も実物は見たことないのですが、手がたくさん付いてるそうです」
「へー」
こっちにも悪魔って概念があるんだな。そいえば、蛸って切れた足が再生するときに分岐して増えることがあるとか聞いたな。なんでも日本には90本以上の足がある蛸が捕獲されたとかなんとか。あっ足って言ってるのは、読んだ本にそう書いてあったからだ。足っていってるけど学術的には手なんだっけなたしか。でも蛸って頭足類じゃなかったっけ……足じゃん!
まぁそのヴェントーザってのが蛸なのかイカなのか知らないが、陸上で動くものなのか?蛸ってたしか海水でしか生きられないって聞いたんだが。まぁこの世界じゃそんな常識は通用しないか。
「まぁ危ないからとりあえず戻っておけ。顔見知りとしての忠告だ。その依頼、別に期限はないんだろ?」
「たしかに期限は特にないが」
「なんであんたが仕切んのよ!」
「お前はもう少し口の聞き方を覚えた方がいいな」
そういって俺はポケットから石ころを取り出した。さっき拾ったなんの変哲もない、正真正銘ただの石ころだ。
「何よそれ?」
「これはな、超小型の魔道具の試作品だ。悪い子にはお仕置きしないとな。食らえ185セット!」
No185C:不快狂音 不快な音を発生させる。
唱えると凄まじいまでの音が周りに響き渡る。キキィィーという硝子を爪で引っ掻いたような、黒板を爪で引っ掻いたような音だ。
「くっ!?」
「きゃああああ」
「アッ――――――――――!」
みんな耳を塞いで苦しんでいる。フハハハ苦しむがいい!
「185デリート! ハァハァ、どうだ!これのすごさがわかったか!」
「あんたもいっしょに食らってんじゃないのよ!」
ちなみに上でアッ――っていってるのは俺だ。まさか自分も食らうことになるとは想定外。そいえば対象とかカードに書いてなかったな。
「くっとりあえず忠告はしたぞ。後、この件についても他言無用だぞ」
そういって俺は山を下りる。後はもうどうなろうとも知らん。そこまでは責任もてん。現時点でもかなり甘ちゃんだと自分でも思う。
「どうする?」
「そんな化け物いたら、一度戦ってみたい気もするな」
「相変わらずの戦闘馬鹿なんだからあんたは。姿が見えないやつとどうやって戦うのよ」
「ヴェントーザはたしか隣国のヴァストークで、数十人の犠牲をだして1度だけ討伐されたことがあるそうです」
「げっ!? そんな化け物を4人で倒すなんて無理にきまってんでしょ。あいつが嘘を言ってることも考えられるけど、嘘を言う理由が今のところ考えつかないわ。石掘ってる訳じゃないみたいだし」
「私も嘘を言ってるようには思えませんでした」
「決定だな。俺達も一度街へ戻ろう」
[栄光の道]のメンバーも山を下り、街へと戻ることになった。
俺は念には念を入れて石をいっぱい拾い、道すがら石を投げながら山を下りていた。 するとすぐに[栄光の道]のメンバーが追いついてきた。
「あんたまだこんなとこにいたの?」
「さっきもいったろ。見えない化け物だって。だから石を投げて確認しながら下りてたんだよ」
慎重すぎるかもしれないが、一度経験したらアレには警戒せざるを得ない。
「あれ本当だったんだ……」
どうやらやっと信じたらしい。
「死にたくなかったら壁にはあまり近づくなよ。さっきはその岩壁に擬態してたからな」
そういうと壁際にいたシェルムはビクッと反応してすぐさま岩壁から離れた。
「その擬態してたやつはどうしたの?」
「足場が崩れて崖から落ちてった」
もちろん嘘だ。
「だがそいつ1匹とは限らんからな。警戒は怠らないほうがいい」
そして石を投げながら俺達は山を下りた。そして無事に下りた後、いっしょに街へと戻った。
「キッドさんはすごいですね。たった一人でこんな依頼をこなすなんて。それに新人なのにすごく落ち着いてるし」
唐突に隣を歩いていたソフィアが呟いた。こんなってただの調査なんだが。
「それに比べて私なんて落ちこぼれだし、スキルだけあっても全然使いこなせないし……」
なんか急に愚痴を聞かされはじめた。
「ソフィーなんてまだ継承スキルだからいいじゃん。私なんて一応ユニークなのに……」
なんだこれ、愚痴大会になってきたぞ。俺なんも関係ないし。
「それならユニークですらない私達はどうなるんだ。なぁ?」
「がっはっは、たしかにそうだな」
どうやらこいつらはみんなスキルに対して何かしらのコンプレックスを持っているようだ。
スキルが全てのこの世界じゃしょうがないことなのかもしれないな。
「スキルなんて髪の色とか背の高さとかと同じ、その人を構成する物の1つでしかないよ」
そう言うとみんなこちらを向いた。
「スキルってのはただの道具だ。その人だけが生まれた時から持っているね。道具ってのはどんなに優れていても、使う人間次第で全く効果は変わってくる。だからスキルだけでその人の全てを推し量ろうとしても意味がないよ」
歩きながら俺は言う。
「スキルが……道具?」
「例えばよく切れる包丁があったとしよう。それを持つのが凄腕の料理人だったら、その包丁は人を幸せにするための至高の道具になるだろう。でももしその包丁を殺人鬼が持っていたとしたら?」
「それは……」
「要は同じ物でも使う人次第で全然違うってことさ。だからスキルがどうだからその人はそう言う人だ、なんてのは単なる決めつけでしかないよ」
どんなに綺麗な服でも着ているやつがデブな男だったりしたら、服が綺麗だからあの人は美人とはならないはずだ。
「でもこの国でも、リグザールでも、貴族はその家の継承スキルがないと家を継げないんだよ?中身なんてなんにも関係なく」
じゃあ誰も使えるやつが生まれなかったら取りつぶしなのか? 貴族も大変だな。
「貴族のシステムなんて知らんよ。俺貴族じゃないし。でもそういうのがあるってんならそれは単なる伝統と過去の実績じゃないかな」
「実績?」
「昔どこかでそのスキルが活躍する場所があったから残しておこうってことなんだろ。普通は時代と共にそう言う必要なものってのは移り変わるものなんだけどな」
「そうなの?」
「戦うための力ってのはさ、その力を振るうためには、戦う相手が必要なんだよ。もし魔物がいなくなったらその力は人相手にしか使えなくなる。つまり戦争の道具ってわけさ。そして世界が1つの国に統一されて戦争すらなくなったらどうなる?そんな力もう必要ないだろ?時代によって必要な力ってのは変わっていくものなんだよ。まぁ普通時代っていったら100年とか1000年とかの単位で移り変わるから、今すぐ必要ないってことにはならんだろうけどね」
実際、争いがなくなるなんてことはありえないけどな。
「なるほど……ってそれじゃ今の時代は継承スキルないと、どうしようもないじゃない!なんの解決にもなってないわよ!」
おっ気づいたか。適当に話を逸らしてたんだが。
「なんで俺が解決しなきゃならんのだ? 貴族でもないのに」
「ぐっ……たしかにそうだけど……」
こうも突っかかって来る以上、ソフィアとシェルムの2人は継承スキルのある貴族の出なんだろう。何か理由があってハンターしてるってことか。
「シェルム」
「なによ」
「例えば今、お前に継承スキルが発現したとしたらお前はどうする?」
「え?」
「すぐクランを抜けて家に戻るのか?」
「そんなわけないじゃない!」
「じゃあなんでそんなに継承スキルとやらに拘るんだ?」
「そ、それは……」
「フェルカ」
「なんだ?」
「例えばソフィアに継承スキルがなかったとして、シェルムに継承スキルがあったとして、お前はそれでなにか変わるか?」
「――――――――いや、何もかわらないな」
「そういうことだ。スキルがどうあれ、お前らはお前らだろ。他の誰にもなれない。何かやるにしても自分の持ってる力以上のものはだせないってこと。だから人は考えることができるんだよ」
「考えることができるってどういうこと?」
「動物なんて戦うときに複雑に考えたりしないだろ? 人は違う。例えば窮地に立たされたとして、如何にしてその場面を切り抜けるのか、自分の持ってる力だけでなんとか出来るのか、仲間の力を借りて力を合わせて切り抜けるのか、そういうことを考える力も人としての力だ。俺はスキルなんかよりむしろそっちのほうが大事だと思うんだけどな」
「仲間の力と……自分の力……」
「人ってのはそれぞれ役割ってのがあんのさ。まずは自分だけができる何かってやつを見つけることだな」
[栄光の道]のメンバーそれぞれが考え込んでいる。結局、戦いってのは自分の持ってるスペックでなんとかするしかない。無いもの強請りをしたところで事態が急転するわけでもない。なら今あるものでなんとかするしかない。それが戦いというものだ。個としては決して強いとは言えない人という種は、戦闘では普通集団での戦闘が必須となる。その時にバラバラに挑むか連携して一致団結して挑むかでは強さが格段に違うだろう。強いスキルが無いのならそれを理解した上で、現状の自分達でもっとも勝率の高い戦い方をするべきだ。それができるというのが人という種の強さだと思う。
俺からすれば継承スキルとやらは強いのかも知れないがむしろ弱点になり得るんじゃないかと思う。スキルなんて有名であるほど対策が立てやすいからだ。まぁみんな切り札的な物を隠してはいるんだろうが。まぁ何にしてもインチキなスキルを持ってる俺がいうことじゃないな。
みんな押し黙ったまま街へと到着した。俺はみんなと別れて早速ギルドへ向かいギルド長に報告へ行く。
「ずいぶんと早いな。どうじゃった?」
「なんか蛸みたいなのがいました」
「蛸?」
「ヴェントーザってのかどうかはわかりませんが、それかもしれません」
「何!? ヴェントーザじゃと!?」
ガタンっと支部長は椅子からすごい勢いで立ち上がった
「いや、そのヴェントーザってやつを見たことがないんで知りませんが、オーガよりでかくて吸盤のある長い手が8本あるやつです」
「たしかにそれはヴェントーザかもしれん。しかしなぜ海の悪魔がこのようなところに……」
そんなの知らねえよ! とは言えなかった。
「残念ですが恐らく調査隊は全滅でしょう。アレに奇襲されたら助かるとは思えません」
そういって俺は鞄から遺品を取り出す。
「そうか……残念だが致し方あるまい。これはこちらで預かっておこう」
「一応、倒しておきましたけど、そいつ1匹とは限らないので、念のため探索系のスキルを持ってる人を調査に向かわせた方がいいでしょう」
「倒したじゃと!? 1人でか?……それはさすがに、にわかには信じられん。何か証明する物はあるのか?」
「遺体も処分しましたし、特にありませんね」
「それではさすがにワシが信じたとして、他の者が納得できんじゃろう」
「そもそも今回の件はどう発表するつもりなんです? たまたま山に海の悪魔がいたけど、もうどこかに行ったから大丈夫なんて言ってどこの誰が信じるんです? 仮に倒したっていっても、じゃあ誰が倒したんだってことになりますよね」
「それなんじゃがのう、本来はお主の調査の後に、しかるべきランクの者達に討伐を依頼する予定じゃったんじゃ。しかしお前さんはそれを討伐してしまったという。いや、別にそれは責められる事じゃなく本当のことならむしろ助かったと思っておる。相手が本当にヴェントーザじゃったとしたら何人犠牲者をだしておったか分からんからな。しかし倒した人間を隠蔽することはできるが、倒した相手の証拠はさすがになんとかせねばならん」
確かに何かが居たという証拠は必要か。それがないといくら安全といっても安心できないだろう。それは逆に言えば……
「別に正直にヴェントーザが居たって言う必要もないんじゃないですか? 何か適当な強い魔物の遺体を用意して、こいつがいたけど倒したって言えばよくないですか?」
「この辺りには殆ど、魔物そのものが居ないんじゃよ」
ふむ、そうか困ったな。手の内は見せたくないので収納カードは出せない。ん?そいえば確認してなかったな。
「ところでギルドの本部長には私のこと、どこまで聞いてます?」
「4本腕のアルクダをたった2人で討伐した期待の新人と聞いておる。目立つことを嫌うため、情報を公開すると敵に回る可能性があるので、お主に関することは本人の許可がないかぎり機密情報として扱うこと、とも言ってきておるな」
ばらしといて機密とか意味わからんなあのじじい。まぁ上層部には一応知らせておいたほうがいいとの判断なのだろう。しかし、熊倒したことだけばれているとなると、やはり収納なんかは使えないな。と、なると……ん?そいえば[栄光の道]のメンバーがいたな……格好のスケープゴートがいるじゃないか。
「オーガの遺体ならありますよ。首だけですが」「なんじゃと!?」
以前、倒したときにオーガの遺体は売れる部位がないとのことで森の中へ捨てたのだが、俺は何かに使えないかと切り離した首だけ鞄に入れてあった。本当なら遺体も収納しておきたかったが、さすがにみんなの前ではカードは使えないからやめておいた。首だけなら普通の収納鞄に入るから首だけ入れておいたのだ。そして俺はオーガの首を鞄から取り出す。
「たしかにオーガじゃ……お主こんなものまで倒しておったのか……」
「これは今この街にきている、とあるクランが倒したものです。名前はすぐにわかるでしょう。後は何者かがオーガを倒したとだけいっておけばいいです。どこでと言わないところがポイントです。それならば嘘ではないですからね。魔石は王都のオークションに出すそうです。後、くれぐれも俺については話さないようにお願いします」
「わかった。その辺は何とかしよう」
俺の予想通りならやつらにスポットが当たるはずだ。ひとりひとりにどこで倒したとかまで訂正なんてできないからな。先にこちらの都合のいいように話の流れを作ってしまえばいい。あいつらも有名になれるし俺の秘密も守られ、山での発掘も元通りというまさに一石三鳥だ。
「依頼は以上でよろしいですか?」
「ああ、十分じゃ。新人とはとても思えぬ。ソフォスの目はまだ曇っておらんようじゃ……しかし、惜しいのう、どうじゃお主ここを拠点にする気はないか?」
蛸倒したこと信じてないくせに何言ってんだこのじじい。それに魔物がほとんどいないのに、依頼なんてあるのかここ? 採掘ばっかりとか採掘の護衛とかなのかな。
「王都を追われたら考えますよ」
少なくともまだ王都に嫌気は指していない。
「そうか、残念じゃ」
「後1つ、あの山立ち入り禁止にしてないんですか? 見張りらしき人影がなかったんですが」
「いや、立ち入り禁止のはずじゃ。それにギルドから交代で見張りを派遣しているはずなんじゃが……」
「その辺りの調査もしておいた方がいいですよ。それじゃ失礼します」
仕事も終わったのでしばらく観光でもしてから帰るか。そんなことを考えながら俺はギルドを後にした。
会話を1行づつ開けると読みにくいですかね