16:嵐
101のカードがパッチにより変更されました。
「くそう、なんで俺まで……」
結局、おっちゃんもついてくることになった。道案内として。俺はゴブリンの居場所を知らないはずだからな。
「所で貴様は一体何者なのだ? この国に来た目的はなんだ?」
姫さんが矢継ぎ早に聞いてくる。
「一介のハンターといっていたわりに、王族みたいに偉そうに、あったばかりの相手でも貴様と呼び捨てるのですね。さすが金ランク様は違いますね」
嫌みたっぷりにいってみた。
「ぐっ……失礼した。些か興奮していたようだ。許せ」
多少は常識があるようだ。この国では家族以外に自分より上の存在がいないせいで、常に見下した口調になっているのだろう。さすが王族。親父にも撲たれたことのない人なら「そうやって永遠に他人を見下すことしかしないんだ!」って叫びかねない。
「しかし、私は貴殿らの名を知らぬ。教えてもらえないだろうか?」
そいえばまだ自己紹介してなかったな。
「私はキッドといいます。前にも言った通り銅1の新人です。そっちのおっちゃんは……えーっと髭?」
「ロキだよ! 文字数しかあってねえよ!」
普段からおっちゃんとしか呼んでないから名前完全に忘れてた。
「ロキといえば王国でも有名なハンターではないか。最近、話を聞かぬと思っていたらあのような村にいたのか。ハンターは引退したのか?」
「あぁ、護るべき家族ができたんでな」
「そうか、それもいいだろう。ハンターは常に命がけだからな。家族を悲しませるわけにはいかんだろう」
たしかに、ハンターの依頼は簡単なモノでさえ、絶対に安全とは言い切れない。普段は村で狩りをしながら生活し、たまに護衛をするのと普段からずっとギルドの依頼を受け続けるのでは遙かに危険度が違う。家族が食っていくだけなら、わざわざ命の危険を冒してまでハンターを続ける必要はない。
「しかし、ロキっていえば弓隊のオマダ隊長がいつも口癖みたいに言ってたな。俺は未だロキには遠く及ばないって」
サーデクが話に入ってくる。ちなみに姫の付き添いにいた3人も、もちろんいっしょに付いてきている。サーデクは副隊長らしいから副長とでも覚えよう。
「オマダは隊長になってんのか。あいつは元気にしてるか?」
「元気すぎて訓練で隊員がいつも泣いてるよ」
「がっはっはっ、あいつらしいな。元気そうで何よりだ」
どうやらおっちゃんの古い知り合いらしい。ハンター仲間かな?
「ところでキッド殿。先ほどの話に戻るが貴殿はこの国に何をしに来たのだ? その髪にその目……この国の者ではあるまい?」
「黒髪黒目ってそんなにいないんですか?」
「パトリア王国でもめずらしいのに、この国となるとまず見かけないな」
じゃあそのパトリア出身てことにしとこう。でも適当に流せる時ならまだしも、今それをいうと色々突っ込まれるな。
「まぁたしかに出身はこの国ではありませんが、特にこの国に来たのに目的がある訳じゃないですよ。ただの旅人です」
「ただの旅人が素手でオーガを倒せると?」
「倒しちゃいけませんか? 逆に聞きますが、なぜオーガを倒せる人が全てハンターギルドに登録していると思うんです?」
「む、たしかにそういわれればそうかもしれないが……普通はありえないだろう?」
「それは貴方の中の常識でしょう? 世の中には隠してるだけで強い人なんて山ほどいるのかもしれませんよ」
「そんな馬鹿な! だいたい隠す意味がない!」
「例えば、パンが大好きなパン職人が、実はものすごい強さを持っていたとして、それを何に使うんです?」
「そ、それは……」
「持っている力と、やりたいことは必ずしも一致するとは限らないんじゃないですか」
姫さんは考え込んでしまった。まんまと俺の口車に乗せられてしまったようだ。ちなみに今言ったのは、たった今思いついた口から出任せだ。たしかシェルムの時にも適当にからかって同じようなことをいった気がする。
「まぁ、たしかに生まれてくる子供は親とスキルは選べないからな」
おっちゃんがフォローしてくれた。俺の強さについては曖昧にしておきたい。
「しかし、オーガを単独で、しかも素手で倒すとか、そんなやつそうそういるとは思えないけどなぁ」
話を戻すな!
「目立たないだけでいるところにはいるものですよ」
そんなのいっぱいいたらたまったもんじゃないけどな。副長が戻そうとする話を無理矢理、誤魔化した。
そして半日程経過し、現場へと到着した。もちろん現場は俺達が発ってから何も変わってはいなかった。
「なぁ、その洞窟とやらはどこにあるんだ?」
「あの岩のあるところが入り口だ」
「どうやって入るんだ?」
「岩を壊すしかねえな」
「……どういうことだ?」
「じゃあゴブリンはどうやって入ったんだ!? そもそもゴブリンの巣が彼処だとどうやってわかったんだ!? というかゴブリンはどこだ!」
「さぁ? 大方全員巣にいる時に崖崩れでも起きたんじゃねえか?」
おっちゃんはしれっと誤魔化す。
「まだ油断はできない、少し辺りを調べてみよう」
そういって姫さん達は巣の周りを調べ始めた。面倒だが俺達も付いていった。小一時間調べて、辺りが暗くなった頃、いったん巣の近くに戻った。
「1匹もいない。死骸がいくつかあったが、魔石はそのままだった。いったい何が起こったのか」
もちろんおっちゃんがゴブリンに放った矢はすでに回収済みだ。証拠は何もない。
「潰れてるみたいだし、やっぱ崖崩れにでも巻き込まれたんだよきっと」
「そうなのか……なんか釈然としないが、まぁ村が安全になるならそれに越したことはないな。キッド殿の強さを見られなかったのは残念ではあるが」
まだ諦めてなかったのか。そして俺達は昨日寝泊まりした場所まで行き、今晩はそこで野宿することにした。
まさか2日連続同じ場所で野宿することになるとは。その夜、俺の力をまだ未確認な上、害する理由もないが油断はできないので、姫様達を警戒しつつ少し離れた場所で休んだ。日は跨いだが、カードは隠れて引いても見つかる可能性がないとはいえないため、家に戻ってから引くことにした。
翌朝、帰り支度をしているとおっちゃんの動きが突然止まった。
「なにかくる……かなりでかいやつだ」
一気に全員が戦闘モードになった。俺以外。俺はのんびりとおっちゃんがにらんでいる方角を見ている。とたん、急に風が強く吹き始めた。
遙か遠くに何かが見える。四足歩行の動物のようだ。そいつはゆっくりとこちらに近づいてくる。
よく見るとそれは大きなライオンだった。遠近法がおかしいんじゃないのかというほど周りとの縮尺が合っていない。
ズシン、ズシンと足音を立てて、威風堂々といった感じで歩いてくる。よく見るとライオンの背中に翼が生えている。広げていないので近寄るまで分からなかった。どこかでみたな……キマイラだったか? でも尻尾は蛇じゃ無さそうだ。但しライオンにあるまじき角が額から生えていた。そしてその体の周りを強風が竜巻のように回って吹いている。
はっきり言っておっかない。四足歩行なのに顔が身長180ある俺より上にあるってどういうことだよ! おっちゃんが気づいてからすぐなら逃げられたんじゃないのか!? 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。考えたやつを表彰してやりたい。
でもまだ可能性はある。この世界じゃ弱いやつなのかもしれない! なにより金ランクが2人もいるなら早々酷いことにはならないだろう。
そう思っていた時期が私にもありました。
「あれはまさか……ザウバア!」
無口なロリっ娘が珍しく大きな声で叫ぶ。
「なっ!? あれが……都市墜とし……」
「知っているのか雷電」
「だれだよそれは!」
こんな時でもしっかりボケに突っ込んでくれるとは、さすがおっちゃんだ。
「あれは強いの?」
「天災級と言われてる魔物だ。嵐と共に現れ、過去に1度だけ人前に姿を現したと記録にある。その際……1つの都市が滅んだ。そのせいでやつは都市墜としとも呼ばれている」
「滅んだって……たった1匹相手に? 小さいとこだったんじゃないの?」
「リグザールの南にあったその都市は、当時の人口数万人と言われていた。しかし生き残ったのはたった数十人と言われている」
数万を全滅って戦術核並かよ!? そりゃたしかに天災だ。いつ来るかわかんないんだし。
「その時はどうやって倒したんだ?」
「倒していない」
「え?」
「都市を滅ぼした後、満足したのかやつは、どこへともなく去っていったそうだ」
じゃあ誰も倒したこと無いってのかよ!?
「なぁ?」
俺はおっちゃんに尋ねた。
「なんだ?」
「逃げられると思う?」
「無理だろうな」
キッドは逃げ出した! しかし回り込まれてしまった! が延々と続くんだろうか。
昔、低LVで倒せない頃にはぐれメタルに出会って、逃げても逃げても回り込まれまくって殺されたことを思い出した。この場合ラスボスから逃げようとしている感じだろうか。
俺としては、村に被害がでないのなら、無理して戦わないで逃げたいんだけどなぁ。まぁ以前予想した通りに、こいつがゴブリンを追いかけてきたって言うのなら、やらざるを得ないかも知れないが。
次の狙いが村になる可能性が少しでもあるなら、それは消しておきたい。問題はこんなのを相手にできるのかってことだ。しかしこいつ全く攻撃してこないぞ。こっちを見定めてるのか?
「こんなやつを野放しにしていたら王国だけでなくこの世界が危険だ。民を護るのが王族の勤め。私が相手をしよう。みんな援護を頼む」
「「「「了解」」」」
「じゃあ俺は応援してるよ」
そういって俺はその場から離れる。しかし襟を捕まれる。
「そんな冗談いってる場合じゃねえだろ!」
「冗談じゃねえよ! なんであんな核兵器もどきとストリートファイトしなきゃならねえんだよ! あんなの素手でどうしろってんだよ!?」
しかもスキルを隠したままだとさすがに死ねる。
「貴殿にもできれば援護を頼みたい。オーガを圧倒したという力を是非見せて欲しい」
「無茶いうな! どうやって近寄るんだよ!」
そう、相手の周りを風のバリアのようなものが護っている。そのため普通には近寄ることができない。俺の予想では飛び道具も全て防がれるだろう。
「やつの目標を分散できればいい。なるべくやつの注意を引きつけてくれ」
「引きつけたら死んじゃうだろうが!」
戦闘時はいちいち敬語なんて使ってられないのでタメ口になっているが気にしない。そしてこちらの言い分は全く聞かずに姫さんはライオンに突っ込んでいった。すぐ後を副長がフォローに付いていく。ロリな魔女っ娘はなにか詠唱を唱え始めている。シスターさんはその隣にいるが、ロリを護っているんだろうか。しょうがないので俺はこっそり左からライオンの後ろに回り込む。
しかし後ろにも風の壁があるようで思うように近寄れない。どうやらライオンを中心に竜巻のように風が渦を巻いているようだ。
姫さんもサーデクも風に阻まれて思うように近寄れていない。おっちゃんの矢も普通に弾かれている。なんだこれ無理ゲーじゃね?
そう思っているとライオンの頭上に巨大な氷塊が現れた。ロリの魔法か! 金ランクすげえ! さすがに頭上は風もカバーできないらしく、ライオンは右に飛んで避けた。
その一瞬風のバリアが消えた。俺の方に向かって飛んできたので、俺は一気に間合いを詰めてバリアの内側まで近寄った。尻向けてんじゃねえ獣が! そう思いながら後ろ足を殴ろうとしたとたんに尻尾で普通に叩かれてはじき飛ばされた。こいつ後ろに目でもあるのか!? ただの尻尾の一撃が凄まじく、俺は木に直撃し、その木は普通に折れた。
「ぐっ」
さすがにちょっと痛かった。地球にいた頃なら即死しててもおかしくないダメージだった。身体補正のおかげでなんとか助かった。
「はあああああ!」
姫さんが気合いを込めるとその手にした剣が光り輝き、赤い炎の刀身となった。実際の剣の3倍程の長さだ。どうやら姫さんのスキルのようだ。
姫さんはそのまま風の障壁毎ライオンを切り裂いた。しかし風の壁は破れたものの、フィールドに阻まれてライオンには攻撃が届かなかった。
風の壁が消えた瞬間に見えない早さで副長はそこに入り込みライオンに斬りかかっていた。しかしやはりフィールドに阻まれて攻撃は届かない。
「くっ!? なんという堅いフィールドだ」
その瞬間、姫さんと副長は見えない何かに吹き飛ばされた。どうやら空気を圧縮して撃っているようだ。
「ぐっ!」
直撃を受けたようだが2人ともなんとか無事のようだ。しかしおかしい。数万規模を殲滅するやつがこの程度か? これなら熊の方が強かった気がする。あいつはインチキで倒したから楽だったが、まともにやったらかなり危なかったはずだ。
他の奴らも、薄々とそれを感じているのか、こんなものかという疑問を顔に浮かべている。俺としてはこいつライオンっぽいし、猫科の動物としたらやってることはだいたい想像はつくんだけどね。
「この程度か? 確かに強いが倒せない程ではないな」
疑問を持つところまでは良かった! そこからなぜそっちの方に考えが向かってしまうのか。金ランク故の過信というやつか? それとも……
そうしてるうちに姫さんと副長はまた突っ込んでいった。嫌な予感しかしない俺は、念のため小さな声でばれないようにスキルを発動させておく。
「74セット」
ちなみに昨日でたカードは
No074UC:先見之明 数秒先をみることができる。
No139C:木端微塵 5秒後に大爆発を起こす。
No150C:一目瞭然 対象の情報を得ることができる。
No151C:痒治不能 対象は背中が異様に痒くなる。掻いても解消されない。
No155C:豊胸美人 対象は胸が大きくなる。対象は女性限定。デリートしないかぎり効果は永続する。
No161C:体温上昇 対象の体温が1度上昇する。
うん、俺に豊胸とかどうしろと。おっぱい星人にはたまらん能力なんだろうが……俺は女性の胸の大きさなんて全く気にしたことがない。俺としては胸の大きさなんてのは、女性からみた男性の背の高さと同じような価値だと思っている。自分が気にするほど相手は気にしていないんじゃないかと。
絶対に身長180以上じゃなきゃいやって人もいれば背なんてどうでもいいって人もいるだろう。胸も同じでどうでもいいと思っている人は多いと思う。
要は人それぞれであって、それだけで価値基準になる人もいればならない人もいるということだ。だから こんな能力別にいらないんだが、ちっぱいな人からすれば夢の能力なのかもしれない。と、おっぱいのことを考えている場合じゃなかった。まぁ今日は上2枚以外はあまり戦闘には向かなそうなカードだった。
前衛2人はまた風のバリアに阻まれている。その時、凄まじい突風がこちらを襲った。
「サーデク!」
姫さんが叫んだ。俺は立ち上がりロリな魔女っ娘を押し倒した。その瞬間、背後にある木が鋭利な刃物で切断されたように切れて倒れた。
押し倒したのは決して欲望が我慢できずにハァハァするためではない。予知によりロリの首が落ちる映像が見えたからだ。俺に押し倒されたロリは何が起こったのか分からないようで俺の腕の中でじっとしてこちらを見つめている。
「少し離れて木の後ろに隠れてろ」
そういうとロリは頷いてその場から少し離れた木の後ろに隠れた。俺は前衛の2人の方を見る。副長の左腕の肘から先が地面に落ちていた。先ほどの攻撃は鎌鼬のような真空の刃を飛ばしてきたのか。シスターはおっちゃんが庇ったらしく無事だったようだ。そのシスターは副長の元に駆け寄り、何か呪文のようなものを唱えている。回復魔法か? すると切断されたはずの副長の腕が完全に元に戻っていた。
マジかよ!? シスターすげえ! でもこんなすげえ回復魔法使えるのになぜミリーは回復できなかったんだ? なにか制限があるのか?
「すまん、ナキ。助かった」
副長がシスターにお礼を言う。
「いえ、それより姫様は大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だ。サーデクがかばってくれたからな」
どうやら姫さんをかばって腕を切られたらしい。まぁそれが護衛の仕事だしな。割に合わん気もするが。ライオンは律儀にこちらの回復を待ってくれている。なるほどね、予想通りだ。
「しかし、これほどの攻撃を持ちながら、なぜ最初から使ってこなかったんだ?」
「まだ分かってないの?」
「どういうことだ?」
「こいつはな……遊んでるんだよ」
「なんだと!?」
そう、弱い者をいたぶって殺す。猫科の動物にありがちな行動だ。そういえばライオンて猫科だったっけな。こいつ翼生えてるけど。
「遊んでいる……だと……」
「ジワジワと嬲り殺しにするつもりなんだよこいつは」
「くっこの私を愚弄するか化け物め!」
そういって姫さんはまたライオンに突っ込んでいった。炎の剣は赤から青へと色が変わりその輝きを増した。
「喰らえ!」
その刃は風を切り裂き、フィールドも破りライオンの顔をついにわずかばかり傷つけた。フィールドを破られたライオンは驚いたように後ろに飛び退いた。しかしわずかばかり顔から血が流れている。魔物でも血は赤かった。グアアアアアアア!
ライオンはゴミのように思っていた弱者に、傷をつけられた事に怒ったのか、凄まじい咆哮をあげて翼を広げた。ライオンの頭上、翼と翼の間に光が集まり電気の球のようなものができる。それがどんどん大きくなっていく。
「避けろ姫さん!」
俺はとっさに姫さんに飛びつき地面に転がった。その一瞬後、凄まじい閃光がその場を通過した。その光は森の木々を蒸発させながら一直線に遙か彼方まで焼き払った。
レールガン? いや、あれは……荷電粒子砲!? 魔法があるならそんなフィクションもありってことかよ!? そんなの使うんならせめて恐竜型かサソリ型にしろってんだ畜生!
俺の胸の下にいる姫さんは光の通った後を見て青ざめている。体も震えているようだ。
「な、なんだあれは!? あ、あんな化け物、どうしろというのだ…… 私はここで死ぬ運命だというのか」
震える声で姫さんが呟く。俺は起きあがりながら、ライオンを警戒して見つめる。
「前にお前がいってたろう。戦いに大事なのは心だと。こういう状況の考え方は2つある。これも運命だ仕方ないってあきらめるのか、それともこんな運命認めないって最後まであきらめないのか、だ。お前はどっちだ?」
「私だって諦めたくはない! しかし、ここで死ぬ運命には抗えそうもない……」
姫さんは悔しそうに俯きながらそう言った。この子は、今まで本当に苦戦するような戦いをしたことがないんだろう。本当の意味で命を掛けた戦いというものを経験してないせいで、恐怖というものを知らないのだろう。まぁ勝てない相手とは戦わないってのは俺も同感だが、なまじ自分が強いせいで普通のハンターが、新人時代に経験してきてるであろう修羅場を全く経験していないのだろう。恐らくこの子は低ランクから圧倒的な強さだったせいで、苦戦なんてしたことがないのではないか? だからこんな圧倒的な強者との戦闘は初めてで、自分でも初めて訪れた迫り来る死の恐怖という感情をコントロールできないのだろう。まぁ普通誰だってそうだ。死ぬのは怖い。それでも……
「運命って言葉はな、生きるのを諦めたやつが使う免罪符の言葉なんかじゃねえんだよ!」
そう叫びながら俺はライオンの左側に回る。さっきの粒子砲の射線に他のやつをいれないためだ。ライオンはすでに充電完了しているらしくこちらを向いて粒子砲を撃ってきた。俺は一瞬早く斜め前方に飛び退き粒子砲を避けた。予知がなかったらとっくに死んでるなこれ。
俺はそのままライオンの懐に飛び込んだ。お約束なら充電時間があるから連続では撃てないだろう。その予想は当たったようでライオンは普通に左で猫パンチを放ってきた。うなりを上げて俺の顔の前をライオンの左前足が通過した。そのまま俺はライオンの真下に潜り込んだ。
「135セット!」
No135C:震天動地 前方に衝撃波を発生させる。
俺は地面を思い切り踏み込み、そのまま腕を振り上げて、全体重を掛けるようにライオンの腹を殴った。足が地面にめり込み、腕と足が一直線になった。その攻撃はフィールドを突き破り、ライオンは5m以上、体が浮き上がった。それと同時に衝撃波がライオンを襲う。ガアアア!
そのまま落下してくるライオンに、再度同じ突き上げを喰らわそうと構えると落下中のライオンが空中で方向転換し、間合いを離して着地した。
こいつ……風をつかった訳でもない……今、こいつはどうやったか知らんが空気を直接足でつかんで踏み台にしやがった! つまりこいつは風を操る能力ではなく空気そのものを直接操ることができるってことか? やばすぎんだろ!? 酸素濃度とか変えられたらだれも勝てねえぞ……
離れて着地したライオンはこちらを警戒したまま攻撃してこない。今まで通り遊んでいるようには見えないが……まさか!?
「お前、怯えてんのか?」
風の壁のような強力なスキルもあるせいで今まで誰もフィールドを破れなかった。そのため直接、肉体的なダメージをほとんど受けたことがない。今の攻撃で大きな痛みを初めて感じたということか。まぁ姫さんもちょっぴり傷を付けてたけど。ん? スキル? 俺は何か引っかかりを覚えた。
「す、すごい……これがオーガを圧倒した力か」
後ろから姫さんの声が聞こえてきた。しまった。居たこと完全に忘れてた。
「姫さん」
「な、なんだ?」
「ゴブリンはひょっとしたら、こいつが近づいてきたことを察知して、逃げたのかも知れない」
「なんだと?」
「こいつは俺が押さえておくから、村からきた道以外で探しに行ってくれないか」
「し、しかし一人で都市落としを相手にするなど無謀にも程がある!」
「さっきの見てたろ? だいじょうぶだよ。っていうか居ると邪魔なんで早くどっかいってくれると助かる」
「くっ」
姫さんは悔しそうに俯く。自分が今までしてきた傲慢な態度をまさか相手にされるなんて思わなかっただろう。まぁ邪魔なのは本当なんだが。
「姫様、ここは彼の言うとおりにしましょう」
「しかし!」
「彼のいった通りゴブリンが移動しているかもしれません。そうしたら村はどうなるのです?」
「くっ……分かった。言うとおりにしよう。但し約束しろ! 絶対に死なぬと!」
「無茶な注文だけど、まぁ簡単に死ぬつもりはないよ」
て、いうか死ぬ気なんかこれっぽっちもない。先ほど思いついた俺最強伝説のためにライオンには犠牲になって貰う。そしてみんなこの場から離れていった。ライオンと俺を残して。 実際ゴブリンなんていないからおっちゃん達は安全だろう。少なくともここにいるよりは。ライオンの方をみるとずっとこちらをにらんで動かない。
さて、見られる心配もなくなったことだし、これで気兼ねなくカードを使える。
「そろそろやるか、150セット!」
No150C:一目瞭然 対象の情報を得ることができる。
頭の中にライオンの情報が浮かんできた。
生命力:18700/23400
魔法力:100800/120000
------------------
スキル1:大気の理
スキル2:麻痺電撃無効
スキル3:風属性補正
------------------
どうやらこれは教会の洗礼と同じような効果があるようだ。スキル以外もでてるけど。しかしさっきので結構削ったと思ったがまだ半分以上体力残ってるじゃねえか。これは誤算だ。しかし俺の想定通りだったこともある。つまり
「魔物もスキルを持っている」
そう、魔物の特殊能力も魔物が持っているスキルではないかという予想をしたらやはりそうだったようだ。つまりこれは……盗めるってことだ! 最強過ぎるぶっ飛んだあの能力を盗んでしまえばまさしく俺最強! カード使えなくても最強じゃね!?
その場面を見られるのはまずいので嘘であいつらをこの場から遠ざけた訳だ。まぁ万が一負けた場合に村に行かないように道は変えさせたが。 さて、手持ちのカードで攻撃系は……
No047UC:座標爆破 対象の現在位置を爆破させる。
No100C:火球投射 火の玉を発射する。
No101C:圧縮水流 水の玉から圧縮された水を発射する。
No102C:風刃投射 風の刃を発射する。
No139C:木端微塵 5秒後に大爆発を起こす。
風は恐らく効かないだろうが、他ので十分いけるな。問題はどうやって当てるかだ。動かない今の内に爆破してやろうか。そう思ったとたん、ライオンは咆哮をあげ、真空の刃を飛ばしてきた。やばい! 障害物が切れるとかしないと、未来予知でも真空の刃は攻撃が見えない! 喰らった瞬間に首が飛んでいるならまだしも数秒後に首が落ちるなんてことになると避けられない。とっさに地面に伏せて避けるがこれでは近づけない。見えない刃を見えるように俺は木の生い茂る森の中に飛び込んだ。ライオンのほうをみると翼を広げていた。
まずい! そう思った瞬間俺の横を凄まじいビームが突き抜けていった。 外れた? いや……わざと外しやがった! ライオンは余裕を取り戻したのか、最初の嬲り殺しモードに戻っているようだ。
「今ので俺を殺さなかったことを後悔させてやる! 151セット!」
No151C:痒治不能 対象は背中が異様に痒くなる。掻いても解消されない。
とたんにライオンは余裕の表情から一転、急にもぞもぞとしだした。
「くっくっくっがまんできないだろう? 掻いてもいいんだぞ?73セット!」
ライオンは我慢しているが集中できないらしく風の壁は消え去った。とうとうライオンは我慢できなくなり地面に寝ころんで背中を地面に擦りつけている。
「100セット!」
No073UC:一発必中 対象が次に放つ攻撃が狙った対象に対して必中になる。
No100C:火球投射 火の玉を発射する。
巨大な火の玉がライオンを襲う。151を事前に使ったのは必中を使っても風で防ぐという可能性があるためだ。ライオンはとっさに空中に逃げた。しかし火球はホーミングしてライオンに直撃した。グアアアアアアアアアアアアアアアアア!
さすがにフィールドで防げなかったらしく所々黒こげになって落ちてきた。右前足はボロボロに炭化し、翼もボロボロになっている。しかしこれでも死なないとはさすがだ。だがもう終わりだ。俺に舐めた真似してくれた以上、同じようにジワジワと嬲り殺してやろう。
そうしてライオンの手足を潰してやろうとしたその時、ライオンはボロボロの翼を広げながら宙に舞い上がった。
「まさか逃げるのか!?」
くっ必中使っちまったからもう必中の狙撃ができない。どうする!? 俺が悩んでいるとライオンは50m程上がったところで止まった。いったいなにをするつもりだ?
するとライオンはまた翼を広げた。 まさか反撃できないあそこから狙撃するのか!? さすがにそれはまずい。しかしそうそう何発も打てないだろう。そして空中からのピンポイント狙撃は簡単によけられる。 線ではなく点で狙われてもそうそう当たるものではない。
しかし先ほどの荷電粒子砲の時と違い、ライオンの頭上ではなくライオンの前方に巨大な電気の玉が作られていく。電気的な稲光と音をさせつつそのたまはどんどん巨大化していく。
「マジかよ」
思わずつぶやいた。大陽がもう1つできたかのような巨大な光の玉がそこにはあった。空気っていうか電子やイオンも操れるのか? どうやって作ってるのかよくわからないが、あれはプラズマかなにかでおそらくライオンの切り札みたいなものなのだろう。
点は点でも辺り一帯吹き飛ばすくらい大きな点のようだ。これはさすがに逃げ場がない。そして勝利を確信したライオンからそれが放たれる映像がみえたその瞬間。
「139セット!」
No139C:木端微塵 5秒後に大爆発を起こす。
俺は足元にカードを置いた。その瞬間巨大な光が落下し始めた。少し前にでてライオンが見える位置まで移動した俺は、光の玉がこちらに直撃する前にはるか上空の勝利を確信しているであろうライオンに向けていった。
「75セット!」
その瞬間、巨大な雷の球が直撃した。ライオンに。グアアアアアアアアアアアアア! ライオンの唸り声が聞こえる。何が起こったのかわからないのだろう。
No075UC:相違転身 対象と自分の位置を入れ替える。使用時に対象が見えていなければならない。
俺はライオンがいた地上から約50mの上空にいた。そして落下している。 アッ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!
叫びながら俺は落ちていった。その瞬間、ド――――――――――――――ンという巨大な爆発音と共に斜めしたからの強烈な爆風により落下の勢いは殺され、俺は吹き飛ばされながら木にぶつかり、そのまま地面に落ちた。
ライオンはというと、自分の作った雷と俺の置土産の爆弾に挟まれて吹き飛んでいた。半径50mくらいのクレーターができていたがその中心部でライオンはまだ生きていた。翼も破れ、角も折れ、足をなくしながらそれでもピクピクと動いている。これはすごい。さすが伝説と認めてやろう。
クレーターに降り、もう動けないであろうライオンに向けて俺は当初の目的を実行することにする。カードを手に取り前にだした。
「ナンバー6セット!」
No006SR:盗賊之手 対象の任意のスキルを盗む。盗んだスキルはEXカードにして使用可能。EXカードは所持しているだけでそのスキルを使用可能となる。但しデッキから取り出してなければならない。EXカードをデリートしない限り相手から該当のスキルは除外される。
するとカードから光の手のようなものが出てきてゆっくりとライオンの体へ向かっていく。念には念を入れておいてよかった。このカードが即座に必中で盗める性能ならいいが、あまりのチートっぷりに盗むまでが実は難しい類なのではと警戒していたのだ。そのために相手をわざわざ瀕死まで追いやったのだ。案の定、ゆっくりと光でできた手が相手に向かっていき盗むという、恐らく戦闘中に使えない類のモノのようだ。これが避けられた場合に何度でも使えるのならまだいいが、考えられる可能性としては
1:避けられても相手から盗むまで何度でも使える。かつ他のカードの使用制限もない。
2:避けられたらそこでカードは消える。
3:避けられてもカードは消えないが、他のカードを使った瞬間にカードが消える。もしくは他のカードが使えない。
大まかに別けるとこの3つが考えられる。そして1番以外は非常にまずい。よって1番以外の可能性を考えると相手を動けなくしてから使うというのが一番理想的だ。某モンスターを球に入れて捕まえるゲームも弱らせてから捕まえるしな! あれは青しかやったことないが。
そう考えているとカードから出た手はライオンの体に入り込む。すると頭の中にスキルの一覧が表示される。これは先ほど調べたライオンのスキル一覧と同じだ。つまりどれを取るかの選択というわけか。俺は一番上のスキルを選択した。するとライオンの体に伸びた手は光の球を抜き出してきた。手は俺の手元まで来ると消え、持っていた光の玉は輝いたあとに消え、その代わりに虹色のカードが現れた。
ExNo001:大気の理 大気を自由に操ることができる。影響範囲は魔力量に依存する。
やった! ついに念願の2つ目のチートスキルを手に入れたぞ!
そう、かんけいないね
→ころしてでもうばいとる。
なにをするきさまらー!
第1部完!
ついうれしさのあまりガラハドさんを思い出してしまった。遊んでないでさっそく実験をしてみよう。
「147セット!」
No147C:応病与薬 あらゆる毒、病気を予防する薬を作り出す。飲んでから1日は毒、病気にかからない。すでにかかっている異常に対しては効果無し。
すると、手元に小さな透明な瓶が出てきた。EXカードを持っていても他のスキルは問題なく使えるようだ。これはやばい。集めるほど無敵になっていくなこれ。特に用はなかったけど一応、でてきたので瓶の中身を飲んでみる。これは……
「うまい」
味は青汁ではなく、かつて薬の味とかいわれて俺の周りでは不評しかなかったが、俺は大好きで箱買いまでしたタブクリアの味だ。これなら毎日でも飲めるな! 飲み終わると瓶は消えてしまった。ガラスっぽい瓶はなぜか用もないのに集めたくなるよね!
そして今度はEXカードのスキルを実験してみる。意識を集中すると風の動きがうっすらと光の波が動くように見えるようになった。
これはなかなか使いこなすのは難しそうだ。しかし自分の感覚を広げる感じでかなり遠くまで自分の体の中のことのように感じることができる。これがあれば気配探知いらないじゃないか…… 少し悲しくなった。
すると複数の人間が移動しているのを感じた。色なんかはわからないが、体の輪郭や動き、息づかいまで把握できる。これはおっちゃん達だ。
俺の嘘を護って律儀に西に向かって進んでいるようだ。これはなかなか練習しがいがある。いつかはあのライオンがやっていたことができるようになるはずだ。ビームとか男のロマンだろ! 俺は自分がビームを撃っている姿を想像しながら非常に興奮していた。すると突然手に持っていたEXカードがうっすらと消え始めた。
「あれ? なに!? なんで!?」
EXカードはそのまま消えてしまった。なぜだ? 使用制限でもあるのか? 焦った俺はポケットを調べたりデッキを開けて中身を確認したりしたがやはりカードは無かった。そして目の前を見て唐突に理解した。
「盗んだ対象が死んだらEXカードも消えるのか……」
そう、ライオンがピクリとも動かなくなっていた。どうやら絶命したようだ。それとほぼ同時に消えたということはそういうことなんだろう。
「あんなに苦労したのに……俺の夢のビームが……」
意味もなくコインを弾いてレールガンっぽく撃ってみようと思ってたのに! 俺はがっくりと項垂れた。 俺の無敵計画は振り出しどころか、またSRカードを引かなければならないというマイナス地点まで戻ってしまった。
「そうそう、旨くはいかないか」
まぁEXカード使用時の実験もできたし、よしとしよう! ポジティブに考えないと鬱になりそうだ。
無理矢理元気に振る舞いながら俺はライオンの元へと向かう。黒こげになりながらもまだ体の形は保っている。さすが歩く核兵器だ。俺はライオンの上にカードを置いた。
「98セット」
No098C:次元収納
するとライオンに接するように黒い穴が現れた。そのまま念じるとライオンの体は黒い穴の中へと消えた。魔石とか取ってないけどどこにあるのかわからないし、一応、体ごと保管しておこう。誰も倒したこと無いんだから売ったら大変なことになりそうだしな。ついでに落ちている角等もいっしょに穴に放り込んでおいた。
ライオンを回収した俺はクレーターを上った。蟻地獄のようでなかなか出られなくて大変だった。
「しっかし、結構派手に地形変わっちゃったな」
50mの大穴に、辺り一面なぎ倒された木々、一直線に空けた道。まさか1人と1匹が作り出した光景だとは誰も思わないだろう。
「そろそろ帰るか。道わかんないけど」
とりあえず俺は北らしき方角へ向けて歩き始めた。