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竜王様は(元)嫁をなにがなんでも手放さない 作者:沙布らぶ
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4.西海竜王を喚ぶということ

「む? どうしたリコル。まだ気分が悪いのか」
「いえ……あの、やっぱりこういうところって、凄いんだなぁって」
「ふふ、ここは国内外の召喚術士の卵を育成している場所だからね。それなりに規模は大きいさ」

 思った以上に、なにもかもがリコルの想像を超えていた。
 学園都市と呼ばれるマーティシア魔術学院を形づくる舞台装置が、人が、規模が――全てが規格外だ。

「……しかし、驚きました。まさかあなたが人間の召喚に応じるなんて――兄が聞いたら腰抜かしますよ」
「リコルの声が聞こえたからだ。そうでなくば誰がこんなところにくるものか。ヒトばかりが多くて頭が痛い」

 優しい笑顔を浮かべたままのアレイストに、ジオリスはそう低く返して不機嫌そうに息を吐いた。

「ちょ、ジオリス……!」
「いいよ、僕は気にしないから」

 寛大にアレイストは笑ってみせるが、ジオリスのそれはこの国の王子に対してあんまりにも酷すぎる物言いだ。ここが密閉された空間ではなく、しかもアレイストがそれを不快に思っていたら――恐らくリコルは不敬罪で引っ立てられていただろう。

 自分が処刑台に立たされるところまでを想像したリコルは、恐ろしさで思わず震え上がった。今はひたすら第三王子の寛大な心に感謝するばかりである。

「というか、相手が彼ならば本来僕も頭を下げねばならないところなんだけれどね」
「必要ない。王としての俺の立場は、この世界では発揮されんからな。今の俺はただリコルに仕える召喚獣であり――この娘の夫だ」
「またそんなこと……」

 今日一日、それもジオリスと出会ってからの短い時間で、リコルは何度この言葉を聞いただろう。なにかの間違いなのか単純にジオリスがちょっとおかしいのか、未だに彼を召喚獣であると信じられないリコルは、彼のアンバーの瞳を見上げた。

 だって、触れている彼の肌はそこらの人間と変わらない。肌はなめらかで体温があり、堅い鱗も屈強な牙も見当たらない。ジオリスは一見して、アレイストや先ほどのイクセル、自分の兄ともそう変わらない見た目をしていた。

「西海竜王――ジオリス・ハーレルグレイド。あなたの名前は我が王家の書物にも残されている」

 ゆっくりと、昇降機の扉が開いた。その目の前にある扉は重厚かつきらびやかで、黒と黄金を基調とした落ち着いた造りをしている。控えめに掲げられた看板には、金色の文字で『生徒会室』と彫刻してあったが――本当に、なにもかもが規格外に豪勢だ。

「君が喚び出したのはとんでもない人物なんだよ、リコル」
「そう、なんですか……?」

 さすがに、いつまでもジオリスにくっついているわけにもいかない。上質な手触りの彼の服の裾を引っ張ると、それに気がついたジオリスはそっとリコルの体を地面に下ろしてくれた。
 通された生徒会室の中はただただ広く、三枚の大きな窓が取り付けられていた。太陽の光がよく降り注ぐその部屋の壁には、一面に大きな書棚がはめ込まれている。

「どこか痛いところはないか? めまいは? 吐き気があるならすぐに言え」
「ないよ。大丈夫……それにほら、私結構頑丈なんだ! 昔家族皆が風邪ひいた時も、私だけ大丈夫だったし。それに兄様の重たい本が頭に落ちてきても、たんこぶ一つできなかったんだから!」

 先ほどは魔力の過剰消費で体がだるかったが、いつの間にかそれも消えていた。兄は人並みに体を壊したり元気になったりを繰り返していたが、なぜかリコルだけは昔からそういったものとは無縁に生きてきたのだ。

「ならばいいが――なにかあったらすぐに俺に言え! 特に体調不良の類いは絶対にだ。俺を喚び出した作用がどこに働くか、わかったものではないからな」

 それだけの力を持った召喚獣。
 アレイストが言っていることが本当だとすれば、王家に伝わる書物に残される彼の名前はどういうものなのだろうか。
 書棚の中から本を取り出しているアレイストの背中を眺めていると、彼は一冊の本を片手にくるりと振り返った。

「あったあった……古い本なのだけどね」

 革張りの厚い本を開いたアレイストが、ぱらぱらとページをめくる。
 見た目にも歴史を感じさせるそれは、本が好きな兄のシグルドが見れば垂涎ものだろう。

「西海竜王。異界の聖都を治める聖王リトグレアスに連なる五人の王の一人……領地は広大な西の海で、鋼鉄でできた七つの牙と破邪の剣を持つとされている」

 その本の中頃を開いたアレイストが、一枚の挿絵を指差した。
 そこには火を吐く蜥蜴の絵がおどろおどろしく描かれており、注釈として小さくジオリスの名が記してあった。

「古くから伝わる伝承が本当であるならば、君は本当に最上級クラスの召喚獣を喚び出したことになる」
「……う、っそぉ」

 ぽかんとしたまま、リコルは隣に立っているジオリスを再度見上げた。
 古めかしい挿絵として描かれた竜王ジオリスは、炎を纏った蜥蜴の姿だ。それを確かめるように指でなぞると、隣のジオリスが小刻みに震えていた。

「なんだ、これは――」

 声をわななかせて、ジオリスは眉間に稲妻を走らせた。 
 確かにこんなおどろおどろしい姿ならば、気分を害しても当然だろう――思わず唾を飲み込んだリコルの耳に、鋭い怒号が飛んでくる。

「こんな貧相な姿絵では俺様の魅力のほんの一割も表せていないではないか! なんだこの貧弱な炎! これじゃ肉も生焼けで腹壊すわ! 妙な格好にエビ反りしおってからに――常識的に考えてこんな格好できるわけないだろう! 描いた絵師は目が潰れていたのではないか!?」

(怒るところそこなんだ!?)

 他にもこんな軟弱そうな牙はなんだとか、ジオリスは一通り挿絵への不満を言い連ねた後でフンと鼻を鳴らした。
 アレイストはその様子を見ながら、クスクスと笑い続けている。なんだか奇妙な空間に放り出されたリコルは頬を掻きながら、もう一度その本に目を落とした。

 挿絵こそひどいものだったが、そこには西海竜王の持つ強大な力について記述があった。
 その体は山を三つも覆うほど巨大なもので、咆哮は海を割るという。そして彼が吐き出す炎は呪詛であり、北方の凍土を守る王でないとその呪縛は解けないときた。

「西海竜王は過去600年ほど人間の召喚には応じていないはずなんだけれど――彼が本当に竜王ジオリスであるならば、君は本当に飛んでもないものを召喚してしまったことになるね」
「600年……」

 考えるだに想像できないような長い時間――王朝一つが興って滅びるほど長い間、誰からの呼びかけにも応じなかったジオリス。
 そんな彼がここまで魔力係数の低い自分の呼びかけに応じてくれたというのが、不思議を通り越して少し恐ろしかった。恐らく、ジオリスはリコルが制御できるほどたやすい存在ではない。それは彼の立ち居振る舞いや知性からもよく分かることだった。

「自らを証明することがもっとも難しいことではある、か。ならばここで本来の姿に戻ってみるか? もっとも、この町の人間どもがどうなろうが俺の知ったことではないがな」
「さすがにマーティシアの生徒会長としても、王族としてもそれは許可できないかな。だが、最強と謳われる竜王の名前を安易に騙ることはできないと思っている。君が本当に竜王ジオリスであるかどうかというのは、君自身の行動で示せば良いさ」

 ふわりと笑ったジオリスは、指先で空中に円を描くとそれをくるくるとかき混ぜる動作を見せた。

「とはいえヒト型の、それもここまで強力な召喚獣を召喚してしまった以上、リコルは六等生という等級にはふさわしくはない。特例ではあるけれど、後で先生たちから二等生の等級を与えられることになると思う」

 召喚獣というのは、基本的に喚び出した人間が制御することができるだけの力を持つものしか喚び出せない。だがジオリスは、自称する彼の立場の真贋はともかくとしても最上級のヒト型で召喚されてしまったのだ。
 このまま六等生としての席を用意することはできない、とアレイストは言うが、いきなり二等生というのはにわかには信じがたい。

「に、二等生……ですか? で、でも私、魔力が――」
「魔力係数での等級分けというのは、あくまで入学時の暫定的なものだからね。実力がある人間を埋もれさせておくほど、マーティシアの機構は無能ではないよ」

 突然言い渡された等級にぽかんとしたままのリコルは、いまいちアレイストがなにを言っているのかが理解できずにいた。

 魔力的には最下位に位置する自分が、最高クラスの召喚獣を従えてしまった。しかもそのおかげで、入学一年目としては最上級である二等生に押し上げられる。
 イレギュラーの連続に、リコルはひくりと頬を動かしただけだった。

 だがそんなリコルに、アレイストはもう一点付けくわえる。

「それに、三等生以上なら強力な召喚獣を持つ生徒や教師もたくさんいる。万が一なにかが起こってしまっても対処はできるはずだ」
「それって……ジオリスが、危険ってことですか」
「それは違うな。うーん、こういう言い方はあまりしたくないんだけど」

 難しそうな顔をして天井を仰いだアレイストは、一度リコルに謝罪を述べてから人差し指を一本立てた。

「危険なのはむしろ君の方なんだ、リコル」


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