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竜王様は(元)嫁をなにがなんでも手放さない 作者:沙布らぶ
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2.つまりお前は俺の嫁

「開け。白き門、異界の門、我が呼びかけに応じて彼方から此方まで。開け。黒き門、現世の門、この声を聞き届け我が前に現れよ」

 手順通りの詠唱を唱えると、ほのかに召喚陣が光りだす。
 描かれた召喚陣の中から、異界からの召喚獣が喚び出すことができれば契約は成立となる。

(もし喚び出せるなら、おとなしい小動物がいいな)

 なにが喚び出せるのかは全く見当がつかない。けれど凶暴な性格の召喚獣よりは、可愛らしくておとなしい性格の、小さな召喚獣の方がいい。
 堅く目を閉じたリコルは、召喚陣から巻き上がる風に飛ばされないようにと両足に力を込めた。召喚陣の内側から外へと空気が渦巻く。

「開け、開け異界の門――彼方から、此方まで……っ」

 駄目押しに詠唱を繰り返すと、吹きつける風が更に強くなった。
 リコルは右手を前へと突き出す。異界と繋がった門から、こちら側の世界へ――呼び声に応えてくれるであろう誰かの手を、握りしめるように。

「……あれ?」

 握った。
 リコルの右手に感じるのは、確かに皮膚の感覚だ。それも人間の、自分とさほど年が変わらないくらいの肌の張りを感じる。

「ずいぶんと、懐かしい声が聞こえたと思ったが」

 ざり、と、地面を踏みしめる音がする。次に聞こえてきたのは、若い男性の声だった。
 召喚式に立ち会う教師だろうか。あるいは誰か上級生か、その召喚獣――ゆっくりと目を開いたリコルは、自分の召喚が失敗に終わったことを直感した。

(だめ、だったんだ……)

 なにかを喚び出せたという感覚もない。
 ただ、召喚に魔力を消費したせいなのか酷く体がだるかった。

「う……」

 腕が鉛のように重たい。誰かが確かめるように指先を握ってくれているが、それも大きな負担になって体にのしかかってくるようだった。

「お、おい! 目を開けろっ! 寝るんじゃない――我が妃よ!」
「……はい?」

 なんだか今、とんでもないことを言われた気がする。
 疑問符を浮かべる勢いのまま目を開けて顔を上げると、そこには上等な黒の薄衣があった。頭一つ高い位置には、赤い髪をした男の顔がある。

「お、戻ってきたか。気をやったらどうしようかと思ったが……さすが我が妃、並の精神力ではないということか」
「な、なん……え? 妃?」
「なにせ600年ぶりの逢瀬だ。積もる話はいくらでもある……が。そうか、今のお前は姿も名前も違うのだったな」

 それは、赤髪の青年だった。見た目だけならば、リコルよりも少し年上――兄のシグルドと同じような頃合いだろう。瞳は美しいアンバーで、太陽の光にきらめいて黄金のようにも見える。
 だが、背負った風格と洗練された所作は、まるで王族のような威厳を持っている。

「え、えっと……先生? いや、先輩?」

 いよいよ混乱したリコルは、思わずその青年の顔をじっと見つめてしまった。
 不躾なのはわかっているのだが、精悍なその美貌は人を惹きつけるものだ。

「ん、違うぞ。俺は教師でもお前の先達でもない。それよりお前、名前はなんという」
「リ、リコルです……リコル・プラウルティ……」

 きょとんとしたまま、リコルは言われるがままに名前を答えた。なぜだか、彼の前ではそうしなければいけないような気がしたのだ。
 黙秘や拒否は許されない。そんな、言外の威圧感が目の前の青年から発せられている。

「リコル。なるほど、我が妃にふさわしい、いい名前じゃないか」

 赤毛の青年は顎に手を当て、納得したように何度か頷いた。その仕種一つとっても、一切の無駄がなく洗練されている。意志の強そうな瞳が楽しげに細められるのを見て、リコルはようやく我に返った。
 さっきから何度も繰り返されている言葉――妃とは、一体どういうことだ。

「あの、さっきから言ってるソレって――」

 当然だが、リコルは結婚したこともなければ離婚したこともない。
 それどころか目の前の青年とは面識もないし、名前だって知らないのだ。いきなり妃だとか宣言されても、一体なんのことか皆目見当もつかない。

「思い出せないのも無理はない。本来魂の記憶は積層し、先世の記憶を忘れることで今の命を全うするようになっている」

 やや残念そうな表情を浮かべながらも、青年はそう言って首を傾げた。

「……あなた、は」
「我が名はジオリス。ジオリス・ハーレルグレイド。お前のかつての夫で――そうだな、西海竜王と呼ぶ者もいる」
「お、っと?」

 夫。
 その言葉をリコルが理解するのに、たっぷり五秒。その後ろに続けられた称号にすら気付かないほどぽかんとした表情を浮かべて、リコルは高らかに発せられたジオリスの宣言を聞いた。

「リコルとやら、お前の前世は俺様の妃。よって今生のお前も、この俺に骨の髄まで愛でられるがいい!」

 自信満々、かつ正々堂々と。
 入学の儀という多数の人間が集まる場所で――ジオリスはリコルをまっすぐ見据え、そう宣言した。

「……は?」
「なんだ、聞こえていなかったのか? だからお前の前世はこの俺の妻で――」
「いや、そこは聞こえてました。そりゃもう、すっごく」

 放っておくと、更に大きな声で叫びそうだ。
 リコルはジオリスを宥めるように両手を出すと、慌てて周囲を見回した。
 すでにリコルとジオリスの周りには遠巻きに人が集まっており、何事があったのかと自分たちを観察していた。

「そ、その、ジオリス……様? の言いたいことは、わかりましたから」
「むぅ、なんだその呼び方は」

 いきなり目の前に現れた謎の青年が、自分を嫁だと言っている。にわかには理解できないような現状に、めまいを禁じ得なかった。
 しかも、呼び方が気にくわなかったらしい。眉間にびりびりと稲妻を走らせた彼は、人差し指を立てるとリコルの眉間にそれを突きつけた。

「ジオリスと呼べ」
「よ、呼んでるじゃないですか」
「先ほどは様付けをしていただろう。必要ない。今のお前は俺の召喚主なのだろう?」
「……え?」

 二つの意味で、リコルは疑問符を浮かべた。
 見るからに偉そうなジオリスが、自分を主と呼んだのだ。そもそも先ほどの召喚は失敗したのではなかったのか。成果はまるでなかった――自分の魔力係数にふさわしい結果をたたき出したはずだ。

「召喚って、あなたを? 私が?」
「他に誰がいるというんだ? そもそも俺はそんじょそこらの人間どもには――おっと」

 不意に、ジオリスが顔を上げた。
 先ほどよりも大きくなった喧噪の中、誰かがこちらに歩いてきているらしい。

「王の気がする」
「え?」
「……いや、これは――」

 すでにリコルとジオリスの周囲には、小さな人だかりができていた。
 最下級の六等生――その召喚式から現れたという青年に、人々はなにかを囁きあっている。だが、その人だかりは次の瞬間には真っ二つに割れることになった。

「先ほどから、一体なんの騒ぎだい?」
「なに、よくある例外というやつだ。会長」

 人混みを割って現れたのは、黒い制服を着た青年だった。
 柔らかな金髪の下にある緑色の瞳が、人々の中心にいたリコルたちに向けられる。

「例外? それにしては人が集まりすぎているような……ここは六等生の召喚場だろう? そこの赤毛の彼が喚び出したのかい?」

 会長と呼ばれた青年は、傍らに立っていた上級生にそう尋ねた。
 深い紅の制服を着た彼は、ゲホゲホと咳き込みながらリコルの方を指差した。

「オレが見ている限りでは……そこの彼女が、赤毛の男の方を召喚したように思えたのだが」
「うん? じゃあ彼女が新入生か――君、お名前は?」

 翠緑の視線が、ふとリコルの方に向いた。
 柔らかい視線がまっすぐに自分を見つめてくるのに、リコルはゆっくりと口を開いた。
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