第十九話
更新が遅くなって申し訳ありません。
ガリシア平原
蒼龍国執行部迎撃部隊 第二班
『全部隊に通達。行動を開始せよ。繰り返す、行動を開始せよ。敵を森から生かして帰すな』
「……了解。第二班、これより行動を開始する。皆、聞いたわね?行動を開始する」
「「「「「了解」」」」」
本部からの通信を受けた執行部迎撃第二班班長、宮崎菜美特務一尉の言葉によって、待機していた第二班の班員達は、ダットサイトやハンドグリップを装着したHK416静かに行動を始めた。
『第二班、そちらに敵の偵察と思われる小集団が接近、数は十。第二班は速やかにこれを排除せよ』
「了解。速やかに敵小集団を排除する」
本部のオペレーターからの指令を受けると、宮崎は素早く自分の部下にハンドサインで指示を出し、近づく敵を待ち構えた。
「全員、私の命令があるまで発砲は禁じる。一斉射で仕留める」
『『『『『了解……』』』』』
無線でいくつか指示を出していると、オペレーターから報告のあった敵小集団が暗闇の中から姿を現した。
「まだ撃つな…まだ…まだ……撃て」
宮崎は敵に聞こえない様に静かな声で無線を通じて命令を下すと、敵を囲む様に周囲に散開していた班員達が一斉に引き金を引き、サイレンサーによって小さくなった銃声と共に敵に向かって銃弾が降り注いだ。
「撃ち方止め、撃ち方止め」
『第二班、敵小集団の全滅を確認。そこから北東にその小部隊の本隊と思われる大部隊が進行中。第三班と協力し、これを殲滅して下さい』
「了解。これより指定ポイントに向かう。全員、行くぞ」
宮崎は通信を終えると、自身が潜んでいた茂みから静かに起き上り、周囲に散開していた班員達と合流を終えてオペレーターから指定された迎撃ポイントへと向かった。
神の使いし軍団 夜襲部隊
「グワッ!?」
「おい!?くっそ、また殺られた!敵は一体どこだ!?」
今回の夜襲作戦では、慎重さよりも素早さが求められたために、執行部や祐樹が警戒していた暗視装置は重過ぎたため携行せず、月の光を頼りに敵陣地へ向かう予定だったが、運悪く今夜は新月だったので、自分達の目を頼りに作戦を行うしかなかった。それに対して執行部は、自分達の装備する暗視装置に加えて、上空を飛んでいるUAVからの情報を基に正確に指示を出すオペレーターの指示に従って有利に戦いを進めていた。
「馬鹿!闇雲に撃つな!」
「ギャッ!?」
敵に一方的に攻撃される恐怖に我慢できず、叫び声を上げながら暗闇に向かってStg44を乱射し始めた兵士に対して、物陰に隠れていた兵士が声を掛けた瞬間、乱射していた兵士の頭部が弾け飛び、糸が切れた人形の様に膝から地面に崩れ落ちた。
「またか…おい、他の二人はどうだ……?」
「……駄目です。二人とも眉間を撃ち抜かれて…即死です」
「そうか……ここは危険だ。一回下がるぞ」
「了解……」
隊長の言葉に生き残った兵士達は頷くと、隠れていた物陰を後にして周りを警戒しながらその場から離れた。
蒼龍国派遣軍前線陣地 野戦司令部
「第五班、敵第二集団が接近中です。速やかにこれを殲滅して下さい」
『第五班了解』
「第一班、そちらに第三集団の残党が接近しています」
『了解。排除する』
夜襲部隊と思われる敵集団と戦闘が開始されてから一時間が経過しようとしていた。戦況は暗視装置やオペレーターからの指示を受けて迅速に動く執行部が一方的に敵集団を包囲し、殲滅するという形になっていた。
「敵の動きが予想していた以上に遅いな……」
「そうですね……敵は暗視装置の類を持っていないのかもしれません」
大型スクリーンで、敵味方の動きを眺めていた祐樹と刹那は、敵の動きが自分達の予想よりも遅い事に疑問を抱いていると、指揮を執っていた小夜が一言、二言オペレーターと会話を交わすと、二人に近づいた。
「主様、第三班に敵軍の装備を確認させました。敵の装備に、暗視装置の様な物は無かったそうです」
「そうか……小夜、敵集団の殲滅はどこまで進んでいる?」
「既に五個ある敵集団のうち、三個を殲滅しました。現在、第二集団を第五班が殲滅している最中です」
「なら、この第一集団が敵の本隊か……?」
小夜の言葉を受けた祐樹は、大型スクリーンに映し出されている兵士達を示す記号の中で、森に入ってからほとんど動いていない敵集団を指差した。
「そうだと思われます。この集団は森に侵入してから動いておらず、執行部の攻撃を受けていません」
「無線があるとしたら他の集団が殲滅された事を伝えられるが、既に電子妨害を行っているから情報が漏れる事も無い……小夜、この第一集団を包囲する事は可能か?」
「……多少部隊に無理をさせることになりますが、可能です」
「よし。なら、第一集団を包囲する様に伝えろ」
「了解しました」
祐樹の言葉に頷き、小夜が無線機に向かって二、三言告げると、スクリーンに映る待機していた味方の符号が一斉に第一集団に向けて行動を始めた。
『HQへ通達。敵を視認した。敵の規模は地面が三分に敵が七分。繰り返す、地面が三分に敵が七分!』
「敵軍団が前進を開始しました!前哨監視線まで後十分で到達します」
「各部隊の準備は……?」
「各小銃掩体と戦車掩体、砲兵陣地、対空陣地の全てが配置についております」
敵本隊の夜襲の報告を受けた真田が広瀬を伴って前線戦闘指揮所に入ると、既に幕僚達が各種の情報を整理し、入室した真田に手短に状況の説明を行った。
「今夜は新月ですから、夜襲には絶好の夜という事になります」
「そう…それで、敵の規模は……?」
「こちらの世界の軍隊の編成単位で、インペリウム教皇国軍が十二個軍団、神の使いし軍団の五個歩兵師団と二個機甲師団が確認されています。後方には、規模は不明ですが第二陣と思われる部隊が確認されています」
「インペリウム教皇国軍の一個軍団の数は確か…八千人だったわよね?」
「その通りです」
「なら、神の使いし軍団を合わせると敵の参加戦力は十万人以上か……ここに来て本格的な総攻撃ね……」
「報告します!敵軍の前衛が前哨監視線を通過。それに伴い、砲兵部隊から照明弾の打ち上げ許可要請が入ってきています!」
無線機に向かい各部隊との通信を行っていた通信兵が、作戦台に向かう真田たちに向かって報告すると、真田は通信兵に視線を向けて口を開いた。
「砲兵部隊にまだ照明弾は撃つなと伝えなさい。照明弾は敵前衛が前線境界に到達したら打ち上げさせなさい」
「そこまで近づけさせて本当によろしいのですか?」
「構いません。敵には、作戦が順調に進行しているものと思わせ、懐深くまで入って来たところを一斉に叩きます」
「「「「「了解!」」」」」
真田の言葉を受けた幕僚達は、素早く無線機を扱っている通信兵達に命令を伝達し、敵を万全の態勢で待ち構えた。
インペリウム教皇国遠征軍 第四軍団
「全員、物音をたてるな。静かに進め」
「神の使いし軍団の作戦が成功しているようだ。敵がこちらに気が付いた素振りが見えない。これなら勝てるぞ」
「神の使いし軍団に我々も続け」
月も出ていない暗闇の中を正面にオークやゴブリンが進み、その後ろを騎馬や盾と槍を構えた兵士達の隊列が音を立てず静かに敵陣地へと迫っていた。
「今夜は新月…これだけ見通しも利かなければ敵も油断している事だろう」
「うむ。無敵に思える敵だが、必ず弱点が存在するはず……神の使いし軍団の奇襲作戦が成功していると思われる今、必ず敵に打撃を与えられるはず……」
「ダリルの言う通りだ。いかに精強な軍でも弱点はある」
「うむ。しかし、本当なら魔道兵器、翼竜騎兵と同時に攻撃を行いたかったが……」
「仕方があるまい。翼竜騎兵はこの闇夜を飛ぶ事は出来ないし、魔道兵器も到着を待っていたら、夜襲をする機会を逃してしまう」
「そうだな……これだけの戦力を投入すれば成功するはずだ」
本国から増援で送られて来るはずの魔道兵器がこの作戦に間に合わなかったことや、航空戦力である翼竜騎兵を参加させる事が出来なかった事を残念に感じていたノルティスとダリルもじわじわと敵陣地に迫る味方の兵を見て、今回の子の夜襲作戦が成功したと思い始めていた。
「そろそろ前衛が、敵の張っている針金に到達する頃合いだな……ここの陣地を落とすだけで大きな損害を出してしまった。これから先は、すんなりと勝たせてくれればありがたいのだが……」
「なに、これからは上手く事が進むさ。それよりも、早く敵の陣地を潰して―――っ!?」
ノルティスの言葉に、敵陣地のあと一歩と言う所まで近づいた事で余裕が出てきたダリルが、笑いながらノルティスに話し掛けていたとき、先程まで闇に閉ざされていたはずの空が急に明るくなった。
「こ、この明るさは何だ!?」
暗闇が急に明るくなった事で、自分達の姿が見えてしまい動揺を隠せない各軍団だったが、空を見上げるとまばゆい光を放つ光の球が無数に空に浮かんでおり、小さな太陽を作り出していた。
「敵に作戦がばれていた!?このままでは危険だ!」
「神の使いし軍団は何をしている!?」
自分達の常識では夜襲になれば敵も気が緩み、付け入る隙が出来ると考えていたが、実際に夜襲を仕掛けてみれば敵は小さな太陽を大量に生み出し、自分達の姿を確認している事にパニックに陥った軍団だったが、ダリルが各軍団に突撃命令を出し、落ち着きを取り戻した軍団から敵陣地に向かって雄叫びを上げ、突撃を開始した。
「隊長、インペリウム教皇国軍の夜襲が始まりました!」
「他の集団からの連絡は……?」
一人の部下からの報告に指揮官と思われる女性は、通信機を背負っている通信兵に敵陣地に向かっているはずの他の集団の情報を得るために尋ねた。
「駄目です。全ての集団との交信が途絶えました。考えたくはありませんが、我々を残して、全ての集団が全滅したものと思われます……」
「そんな……こんな短時間で私達の部隊が……」
通信兵から告げられた言葉に女性指揮官は、信じられないという表情を浮かべた。今回のこの夜襲作戦には特殊作戦に長けている精鋭を選抜し、各集団の隊長も時間をかけて吟味し、編成したはずだった。確かに、作戦に暗視装置を使用する事が出来ないという制約があったが、それでも作戦を遂行できる自信がこの部隊にはあると考えていた。
「本隊の夜襲も開始されましたが、我々はどうしますか……?」
指揮官の横にいた部下が不安気な眼差しで指揮官に尋ねた。このまま自軍の陣地に戻れば、あの傲慢な指揮官に殴られるのは目に見えている。
「もう夜襲も始まってしまったし…このまま戻ってあの男に殴られるよりも……全員、武装解除……」
「なっ!?本気ですか!?」
「本気よ。我々は作戦に失敗した。このまま基地に戻ったら、あの男に何をされるか分からないわ」
「……分かりました。武装解除を行います」
指揮官の言葉に頷いた兵士達は、大人しく自分達が持つ小銃や装備を身体から外すと、地面へと置いた。
「さてと…すでに包囲していると思われる蒼龍国軍兵士に告げる!我々は貴軍に降伏する!すでに武装解除も行った。後は諸君らの好きなようにしてくれ!」
指揮官が森に向かって大声でそう告げると、自分達の周囲から数十人の草木を身に纏った人影が現れた。
「蒼龍国執行部だ。総帥の命に従って貴様達は我々が確保する。無駄な抵抗はするな」
この人影の隊長と思われる人物からの威圧するようなその言葉に指揮官が頷くと、警戒していた人影が一斉に行動を開始した。
蒼龍国派遣軍前線戦闘指揮所
「―――はい、分かりました。敵襲撃部隊は執行部によって撃破された。各陣地に通達、戦闘開始!」
「了解。砲兵部隊に通達、砲撃開始。繰り返す砲撃開始」
「各戦車、小銃掩体に通達。攻撃を開始せよ。繰り返す、攻撃を開始せよ」
敵襲撃部隊の無力化を確認した祐樹からの連絡を受けた真田の言葉を受け、幕僚達は一斉に各陣地へ攻撃開始の通達を行った。
「敵は完全に我々の懐の中に入っています。この状態で攻撃を行えば、敵の投入戦力の八割は撃破できると思われます」
UAVから送られる情報を基に真田の目の前にある作戦台には逐一敵の位置、戦力を示す記号が細かに記されていた。
「油断大敵よ。こちらも敵を引き付け過ぎた分、陣地に接近される恐れもあるわ」
「ですね。各陣地にも周囲を警戒しながら戦闘を行うように連絡ししょう」
「えぇ、お願い」
作戦台に視線を落としたままの真田に対して広瀬がそう意見を出すと、真田もその意見に同意し、広瀬は通信兵に各陣地に敵との接近戦に注意する旨の命令を出させた。
「―――はっ!了解しました」
「前線指揮所からですかぁ?」
「―――そうです。三好一佐、敵襲撃部隊は、総帥執行部によって壊滅。前線司令部より砲撃を開始せよとの事です!」
「分かりましたぁ~。全部隊、砲撃はじめぇ~!」
副官の言葉を受けて戦場に似合わない間延びした声で全砲兵部隊に指示を出す女性―――蒼龍国派遣軍前線陣地砲兵部隊指揮官、三好美紅一等陸佐が号令を掛けると同時に、待機していた九九式百五十五ミリ自走榴弾砲、二百三ミリ自走榴弾砲、装輪百五十五ミリ榴弾砲、M777榴弾砲が一斉に砲撃を行った。
「敵をギリギリまで陣地に侵入させてしまいましたから、我々のお仕事もすぐに終わるかもしれませんねぇ~」
「そうですね。今回は、前線の各掩体が対処する事になりそうです」
闇の中から一瞬だけ砲弾を発射した時の炎で浮かび上がる榴弾砲の姿を、野戦司令部で眺めていた三好達に観測班からの第一報が入った。
「第一斉射の着弾を確認。効果は絶大!効力射に移行せよ。繰り返す、効力射に移行せよ」
「本部了解。これより、効力射に移行させる。全部隊に通達。効力射を開始せよ!」
副官からの命令を受けた砲兵部隊は素早く砲弾と装薬を装填すると、闇夜に向けて砲弾を撃ち出し、砲弾と装薬の装填の作業を何回も繰り返した。
「この砲撃で敵の戦力を削る事が出来ますかねぇ~?」
「一佐が言った通り、敵を深くまで侵入させていますからね……照明弾に驚いた敵軍も突撃を始めたそうですし……一個軍団を殲滅する事が出来れば上出来でしょう」
「そうですねぇ~」
砲撃音を闇夜に響かせるM777の砲列を見ながら副官と三好は、この砲弾の雨を受けている敵軍団の被害について話し合っていた。
『砲撃を逃れた敵兵の第一陣およそ五千が各掩体に向けて進行中。各掩体は敵との接近戦に注意しつつこれを排除せよ』
耳に装着しているインカムから聞こえる戦闘指揮所の命令を聞きつつ、各掩体の兵士達は自分達の陣地に迫る敵への影に戦車砲や小銃、機関銃の照準を合わせ、引き金に人差し指を添える。
『まだ撃つな…まだ撃つなよ…もう少し引き付けろ……』
掩体にいる全員がガシャガシャと鎧の音を鳴らしながら近づく敵兵に緊張の色を隠せずにいたが、掩体指揮官の落ち着いた声音で落ち着きを取り戻し、指揮官からの射撃命令が出されるのを待っていた。
『……撃てぇ!』
指揮官からの命令が下り、各兵士が所持している六四式小銃やMk48mod0が火を吹き、近づいていた敵兵に向かって銃弾の雨を降らせた。
『全員、指揮所からも通達があったが、敵と接近戦にだけはなるな!接近戦になったら厄介だからな!』
インカムで指揮官の言葉を聞きながらも、兵士達は近づく敵兵に対して容赦なく引き金を引き続けていた。自分達の足元には大量の薬莢が転がり、弾倉の弾を全て撃ち尽くしたら、新しい弾倉を装着し、再び敵に向けて引き金を引く。時折、敵兵の身に纏っている鎧か盾に当たり、カンカンと金属音が聞こえることもあったが、それも次第にしなくなり周囲からは各小銃掩体からの軽快な射撃音と戦車掩体からの砲撃音しか聞こえなくなった。
インペリウム教皇国遠征軍 第四軍団
「報告します!第七、第九軍団全滅!両軍団の将軍も戦死なされました!」
「第十四軍団から救援要請!同軍団の将軍が戦死された事により、兵達が混乱しているとの事です!」
十二個軍団を投入して万全を期して挑んだはずの夜襲も現在は敵から一方的な攻撃を受け続けていた。投入した十二個軍団のうち敵陣に迫っていた五個軍団が全滅。残りの七個軍団も多数の負傷者を出し、この激しい攻撃で軍団指揮官である将軍クラスの人間が戦死したという報告が大量に入ってきていた。
「敵陣に突入した軍団はいないのか!?」
「その様な報告は入ってきておりません!神の使いし軍団にも甚大な被害が出ているらしくこれ以上の進撃は不可能と言ってきております……」
「ノルティス将軍が率いている第八軍団はどうした!?」
ダリルは自分が率いる第四軍団の被害も報告させながら、共に数多の戦場を駆け抜けたノルティスが率いる軍団の状況も報告させていた。
「伝令!ノルティス将軍が率いる第八軍団全滅!全滅しました!また、ノルティス将軍も戦死なされました……」
「ノルティスが……」
「将軍、どうなさいますか……?」
「……撤退だ。生き残っている各軍団と神の使いし軍団に伝令を出せ!夜襲は失敗、直ぐにこの戦場から撤退せよ!」
戦友であったノルティスが戦死した報告を聞いて驚きと悲しみを露わにしたダリルだったが、幕僚の言葉で我に返ったダリルは伝令兵達に撤退の指示を出すと自分の軍団にも撤退命令を出し、兵士達は生きている負傷者を担ぎながらこの地獄の間を後にした。
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