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午前三時、202号室の団欒 作者:西田三郎
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202号室

「うそ……」

 あたしが裕子を巻き込んだんだ。

 201号室のドアの隙間から、困惑した顔であたしを見る裕子を見て思った。

 突発的に、頭に浮かんだ考えだった。
 あたしが、裕子をこの裏野ハイツに巻き込んだ……
 あたしが、裏野ハイツから逃げようとして、彼女の部屋に泊まりに行ったりしたから。

「関係ないお嬢さんにまでご迷惑をお掛けして……ほんとにすみません」
 あたしの背後から、パジャマの男が裕子に言う。

「ほんとうに申し訳ありません……うちの家内が、とんだご迷惑を……」
「ちがう……」

 あたしは男の言葉を遮った。

「裕子……聞いて。ここから出なきゃだめ……お願いだから、あたしを信じて」

 裕子の顔が、悲しげに萎れる。
 そして彼女は……あたしにではなく、背後のパジャマの男に言った。

「……奥さん、大変そうですね……ゆっくり休ませてあげてください」
「裕子!」

 バタン、とドアが閉じた。
 パジャマの男の気遣わしげな顔が目の前にあった。
 その背後に、103号室の夫婦……そして、102号のジャージの髭面男。
 廊下の向こうに、歩行補助器に掴まって立っているおばあさんの姿があった。

「なんなの……あんたたち。誰なの? いったい、誰が誰なの?」

 それ聞いて、おばあさんは愛想のいい笑みを浮かべて言った。

「誰が誰かて、ええやないの……裏野ハイツの人らは、みんな家族みたいなもんや」

 焼けつくような日差しのなか、あたしの全身の肌が粟立った。
 階段には1階の住人たち。
 廊下の端には、相変わらずニコニコと笑っているおばあさん。
 あたしは逃げ場を求めた……きっと暑さと、恐怖でどうかしていたんだ。

 よりによって、202号室のドアノブを掴むなんて。
 ひねったらドアが空いたからって、中に逃げ込むなんて。

 あたしは202号室に飛び込むと、ドアを締め、鍵とチェーンを掛けた。
 眩しい日差しのなかからいきなり暗い部屋に入ったので、あたしの視界は真っ黒に暗転する。

 玄関のたたきにうずくまった……ドアに耳をつけた。
 外は静かだ。セミの鳴き声が届いてくる以外は。
 部屋のなかは、冷房などないはずなのに、みょうに涼しかった。

 部屋の中を見渡す。
 闇に目が慣れてくるのに、しばらく時間が必要だった。

(……な、なにこれ……)

 確かに空き家だった。空き家だから、家具はなにもない。
 だが、壁一面が、何かにうめつくされている。

(……しゃ、写真?)

 顔を近づけて、数枚の写真を見た。
 すべてこの部屋のリビングで撮られたものだった。

 どの写真も、料理を囲んだ楽しそうな集合写真だ。
 料理は鍋物だったり、焼き肉だったり、お好み焼きだったり……
 写真は料理を楽しむ、数名の大人といつも中央に据えらた一人の子供を捉えている。
 すべての写真に、日付があった。

 あの、おばあさんの部屋で見せられた“お孫さん”の写真と同じ日付が。

(2010年3月4日……2005年6月19日……2016年2月3日……1995年8月3日……1987年11月2日……1990年5月20日……)

 そんなふうに、何の規則性も秩序なく、無数の写真が壁を埋め尽くすように貼り付けられている。
 時間は、すべて午前3時過ぎ。

 ほとんどの写真に、おばあさんが写っていた。
 おばあさんは、どの写真でもほとんど変わらない。
 確かに20年前は……今よりは少し若く見えたけど。

 一部の写真には、見たことのある顔があった。
 すべて、このマンションの住人だち……今よりずっと幼なかったり、若かったり。
 そして写真によって、出で立ちや髪型が変わっていた。

 それらはほんの一部で、あたしが見たことのない人たちが写っているものがほとんどだった。

 ただひとり、古い写真の中でも、新しい写真のなかでも、少しも変わらない者もいる。
 彼……もしくは彼女は、いつも中央に座っていた。
 この部屋を埋め尽くす、無数の写真のすべての中央に、その子が座って、笑っている。
 写真によって女の子になったり、男この子になったりしているが……。

 1980年代の写真でも、タカユキくんは今とまったく変わらなかった。

 あたしは洋室の床に、ぺたんと座り込んだ。



 ふと顔を上げる……キッチンの床に、いつの間にかタカユキんが立っていた。

 なぜ、彼が鍵の掛かったドアから部屋の中に入ることができたのか……
 あたしはもう疑問にさえ思わなかった。
 彼を、いまさら恐ろしく思うのも妙な話だ。
 わたしは、力なくタカユキくんに笑いかけた。


「……そういうことだったの……」

 タカユキくんが、あたしを指差す。

「ママ」
 はじめて、タカユキくんの声を聞いた。
「え?」
 そして、はじめて、タカユキくんがあたしに笑顔を見せる。
「ぼくの、ママになってよ」
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