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午前三時、202号室の団欒 作者:西田三郎
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7/10

その朝、あたしは早く目覚めた

 その夜、あたしは裏野ハイツには帰らなかった。

 大学で裕子を見つけて、飲みに誘う。
 ちょうど週末だった、ということもあったが……特に、理由は言わなかった。
 あたしはあんまりお酒に強くない。裕子はけっこう飲む。

 居酒屋で、飲んで、飲んで、飲んだ。
 どうでもいいバカ話をして、大声で笑った。
自分でもかなりヘンなテンションだったと思う。

裕子は最初、戸惑っていたみたいだけど、彼女も酔いが回っていくうちに、あたしに合わせて浮かれ、騒ぎ始めた。

とにかく、裏野ハイツに帰りたくなかった。
あたしはベロベロに酔っ払い、裕子のマンションに泊めてもらうことにした。
……というか、裕子を飲みに誘ったのはそれが目的だったのだけど。

裕子の部屋で入れ違いにシャワーを浴び、裕子は自分のベッドで、あたしは床にクッションを敷いて寝た。眠りに落ちる少し前、裕子に声を掛けてみる。

「やっぱり、友達って大事だよね」
「え、なにそんなワザトラシイこと言ってんの?」
「ううん……なんでもない。裕子……ずっとあたしの友達でいてね」
「今日はヘンだよ、あんた」

あたしは寝返りを打って、ベッドの上で目を閉じている裕子を見た。

「ヘンだったかな?」
「なんかあったの?」

確かに、ここ数日、いろんなことがありすぎた。
いや、いろんなことがあった、というのは、すべてあたしの主観のなかでの出来事だ。
 それを、いったいどうやって裕子に説明すればいいのだろう?
どうやって、理解してもらえればいいのだろう?

「……なんでもない」
「そっか……じゃ、わたし寝ちゃうからね」
「うん、おやすみ」

裏野ハイツの部屋よりも、ずっと狭いワンルームだけれど、ここなら深夜に、隣の部屋から食べ物の匂いがただよってくることはない。
人が騒ぐ声が、聞こえてくることもない。

少なくとも、今晩のあたしは安全だ。

あたしは、目を閉じた。
ゆうべ、ほとんど眠れなかったうえに、散々お酒を飲んだせいだろう。
電池が切れたみたいに、あたしは眠りに落ちた。







 朝日があたしの顔を照らしている。
近くの公園から、蝉がわめき立ている。

近くの公園……?

ここは裕子の部屋だけど、この蝉の声は裏野ハイツで毎朝聞かされている、あの公園からの喧騒とそっくりだ。

トーストを焼く匂い。
コーヒーの香り。
フライパンで、ベーコンかハムの脂がはぜる音。

(え……裕子、あたしに朝ごはん作ってくれてるの?)

あたしは目を開いた。
東向きの窓からの朝日。見慣れた天井……いや、少し違う。
木目の雰囲気もシミも、見慣れた天井とは少し違う。

(う、嘘でしょ?)

ここは裏野ハイツだ。
慌ててベッドの上で半身を起こす。

ダイニングキッチンに、パジャマ姿の後ろ姿が見えた。
男だ。白髪混じりの、中肉中背の後ろ姿。
鼻歌を歌いながら、その男がキッチンで朝食を作っている。
裏野ハイツの、あたしの部屋ではない別の部屋で。

「あっ……あのっ……えっ?」

そのときあたしは、自分がなにひとつ身につけていないことに気づいた。
男が、あたしに振り返る。

「あっ……起きたんだね? もうすぐ朝ごはんができるよ、お姫さま」

 あの男だ。
一昨日の夜、201号室のお婆さんが階段を登るのを手伝っていたとき、親切に手を貸してくれた、 あの101号室の男。
スーツ姿ではなかったけれど、あのときと同じ愛想のいい優しそうな笑顔で、あたしを見ている。

あたしは自分の胸が丸出しになっていることに気づいて、慌ててシーツを搔きよせて隠した。
 そして、ベッドの上で後ずさる。

「こっ……ここ、どこ? 」
男性はフライパンを手に、きょとんとして言った。
「どこって……部屋じゃないか」
「な、なんであたしが、ここにいるの?」

男性はにっこり笑うと、やれやれ、という感じで肩をすくめ、フライパンをレンジに戻してレンジの火を止めた。
そして……愛想のいい笑みを浮かべたまま、あたしのほうに歩いてくる。

「どうしたの? 寝ぼけてるの?」
「こっ……来ないでっ!」

あたしはお尻のうしろにあった枕を引っ掴むと、男性に投げつけた。
枕が男性の顔に当たる。でも、男性は愛想のいい笑みを崩さない。

「お姫さまは、ずいぶん寝ぼけてるみたいだなあ……ここは僕たちの部屋。裏野ハウス101号室。君は、僕と半年前からこの部屋で暮らしている……それは、なぜだと思う?」
「し、知らないわよっ! な、なんであたし、ハダカなの? あんた、あたしに何をしたの? ……あたしの服はどこ?」

また、男性が肩をすくめる。“やれやれ”の仕草だ。

「ゆうべのこと、ぜんぜん覚えてないの? 結婚して半年……きのうの君はなんというかいつになく……はげしかったよ」

 一昨日の夜、おばあさんから聞いたことばがよみがえる。

『……たしか、えらい若い奥さんと一緒に暮らしたはるみたいやで……お姉ちゃんと変わらんくらいの、若い女の子と……』

あたしは叫んでいた。

裏野ハイツ中どころか、この町全域に響き渡るような金切声で。

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