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午前三時、202号室の団欒 作者:西田三郎
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タカユキ/ユキ

 その日、あたしは一限目の授業があったので、8時少し前に部屋を出た。
 202号室、そして昨日、夕食をごちそうになったおばあさんの部屋……201号室の前を通る。

 階段を降りようと思ったところで、足が止まった。
 タカユキくんが、先日と同じ場所にしゃがみ込み、同じように地面になにか描いている。アパートに背を向けているので、彼の顔は見えない。

 そっと足音を忍ばせて……階段を降りた。
 彼があたしのほうに振り向くのが、恐ろしくて仕方がなかった。

(振り向かないで……お願いだから振り向かないで……)

 振り向いたタカユキくんの顔が、ゆうべ、おばあさんに見せられた写真とまったく同じだということを……改めて確認するのが怖かったからだ。

 あたしは出来る限り足音を忍ばせながら、なんとか階段を降りきった。
 タカユキくんはあたしのことに気づいていない様子だ。
 あたしに背を向けたまま、絵を書き続けている。
 そのまま、彼の横を走り抜けてマンションの敷地を出ようとしたときだった。


 ガチャリ、と音を立てて103号室のドアがひらく。


「じゃあ、行ってくるよ……今日は早く帰れると思うから」
「行ってらっしゃい。早く帰ってきてね」


 そんな。


 あたしは目を見開き、大きく開いた口を思わず両手で隠した。
 カバンを地面に落とさなかっただけ、マシだったかもしれない。

 部屋から出てきたのは、ストライプのスーツを着た、細身の男性だった。
 背が高く、痩せている。きれいにヒゲを剃り、髪を短く清潔に切っている。

 間違いない……一昨日の夕方、この場所で見かけた男……髭面で、作業服を着た、筋肉質な男性……とは明らかに別人だ。

(こ、この人は……)

 そして、もう一人の人間ともまるで別人だ。
 服が変われば、髪型が変われば、物腰が変われば、人はまるで別人に見える。
 わたしが今、目の前にしているスーツ姿の30代男性は……一昨日の深夜、わたしがコンビニで見かけた、あのグレーのジャージの男とはまったく違う。

 あの夜、彼は102号にだらしない身なりと足取りで入っていった。
 その男が、今朝は103号室から、颯爽とした足取りと、ぱりっとしたスーツで現れたのだ。

「おはようございます!」

 爽やかな笑顔で、彼があたしに挨拶をする。
 だいぶ前見かけたときは、茶髪で和柄Tシャツにダメージジーンズ、というヤンキー入ったファッションだった彼が。
 そしてまた、103号室の父親として帰ってきた彼が。

「あっ……えっ……あの……おは、おはっ……」

 と、玄関口からタカユキくんのお母さんが顔を出す。

(え、えええっ……?)

「おはようございます……」

 確かにおんなじ女性だ。顔立ちは美しく、スタイルはすらっとしている。
 しかし彼女の髪は茶色に染められておらず、黒髪。
 長さも上品なショートボブに変わっている。
 服装はアースカラーのノースリーブと膝丈ショートパンツ。

「あ、あのっ……な……」
 あたしは思わず一歩後ずさっていた。
 自分の手がわなわなと震えているのがわかった。
「どうかしましたか?」
 スーツの男性が、怪訝そうに首をかしげる。

 視線を逸らせると……地面に何かを描いていたタカユキくんが、あたしのほうを見ていた。

「えっ……」

 タカユキくんは、前髪を輪ゴムで止めていた。
 髪も昨日より、ずいぶん長くなっている。
 そして……グリーンのワンピースを着ていた。
 顔はまったく同じだが……彼は女の子の格好をしている。

「ユキ、お姉さんにご挨拶は?」

 ショートボブの髪をかきあげて、お母さんがその女の子に声を掛ける。

「ユキ?」

 タカユキくん……ではなく、ユキちゃん……は、無表情にあたしを見ている。
 地面に描かれているのは、相変わらず上下に3つづつ並んだ6つの箱と、たくさんの人影だ。おびただしい人影が、すべての箱に描き込まれている。

 上の段の一番左の箱だけだ……人が一人しか描き込まれていないのは。

「し、し、失礼します!」

 あたしは後ろを振り返らずに駈け出し……裏野ハイツの敷地を飛び出した。
 できるだけ早く、敷地から遠ざかりたかった。

 タカユキくん、ではなく、ユキちゃんが描いていた箱、あれは裏野ハイツだ。
 そして上の段の一番左の、一人ぼっちの人影……あれは、あたしだ。
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