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午前三時、202号室の団欒 作者:西田三郎
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孫の写真

 おばあさんの部屋は、とてもきれいに整理整頓されていた。
 部屋の間取りは、あたしの部屋とまったく同じ。
 9畳のダイニングキッチンの奥は、6畳の洋室。
 おばあさんはそこに、布団を敷いて寝ているようだ。

「ほんま、ろくなもん用意できへんけどかんにんな……」

 そう言いながら、おばあさんは丁寧に鯖の切り身を焼いてくれた。
 あと、お味噌汁の匂い。そして、煮物の匂い。ご飯が炊ける匂い。
 あたしはキッチンのテーブルに座って待っていた。
 手伝います、といったけど、おばあさんに断られ、じっと待っているしかなかった。

 それにしても不思議で、奇妙な気分だった……自分の部屋とまったく同じ風景のなかで、まったく違う生活が営まれているなんて。
 当たり前のことかもしれないけれど、その時は妙にそれが気にかかった。

 テーブルに、二人分の食事が並ぶ。
(あっ……これ、家庭料理だ)
 大根おろしが添えられた鯖の塩焼きと、葱ととうふのお味噌汁。大皿に載った里芋とれんこんとニンジンとこんにゃく、ちくわ……という具の筑前煮。そして、炊きたてのご飯。

「さあさあ、食べとくれやす……ほんま、年寄り臭いもんでごめんやで……」
「そんな……とても美味しそうです。いただきます」

 あたしは損得勘定もお世辞もなにもなく、普通にそう言った。
 一人暮ぐらしを始めてから、遠ざかっていた家庭料理だった。
 いや、実家で暮らしていたときよりも、それは家庭料理っぽかった。

「……おいしそうに食べてくらはるなあ……お姉ちゃんの歳やったら、洋食のほうがうれしいんとちゃうか?」
「そんなことないです……とてもおいしいです」

 ふつうに箸が進んだ。
 おばあさんはニコニコ笑いながら正面に座り、あたしが食べるのをうれしそうに見ている。

「お姉ちゃん、確か……半年ほど前からここに来はったんやっけな?」
「あ、はい……今年の頭くらいからです。今日までご挨拶もせず、申し訳ありませんでした……お隣なのに」
「かまへんかまへん……いまどきの子やのにほんま律儀やな……それにお隣、っちゅうても一つ飛ばしてのお隣やないの」
「そう……ですね……」

 そういえばそうだ。確か、さっきおばあさんが階段で言っていた。
 202号室は空き家だということを。
 でも、あたしは昨夜、すき焼きの匂いを嗅いだ。
 隣からは、すき焼きを囲む大人数の人々の声を聞いた。

「おばあさんは……このアパートに住まれて長いんですか?」
「そうやなあ……もう20年になるかいなあ……長い、ちゅうたら長いな。まだ、あんたが赤ちゃんくらいやった頃からになるからなあ」

 20年。確かに。あたしの人生とほぼ変わらない。
 あたしはおばあさんの夕食の誘いに応じたことの、目的を思い出した。

「さっきの男の人……あの、親切な方なんですけど、あの方はこのお部屋の下の101号室に住んでらっしゃるんですよね?」
「せやで。あの人は……たぶん2~3年前に越してきはったんとちゃうかな……若いお嬢さんと暮らし始めたのは、最近みたいやけど」

 さすが、おばあさんはよく知っている。

「そのお隣……202号に住んでらっしゃっるのは……男性ですよね?」
「ああ……あそこの人のことは、あんまりよう知らんけどなあ……なんか、仕事したはらへんみたいで、あんまり外出もしはれへんし……」

 あたしが昨夜、コンビニで見かけたのは、その男だ。
 でも彼は……前に見た時は確か……

「あの……あそこに住んでらっしゃる人って、どんな見掛けの人ですか? 昨日、ちょっと見かけたんですけど……30歳くらいの、背の高い人?」
「せやったかいなあ? ……あてからしたら、30歳も40歳もようわからんわな……みんな“若い人”で、あてよりは“背の高い人”やし……あはは」

 確かにそうなのかもしれない。
 おばあさんは笑う。あたしも笑う。
 でも、違和感は消えない。

「じゃあ、その隣……あたしの部屋の真下は、3人のご家族ですよね?」
「そうそう、若いきれいなお母さんと、お父さんと、3つくらいの男の子な。ほんまに、仲良さそうなええ家族やわ……」

 ……おばあさんのご家族は? ……と聞こうとして、やめた。
 こんな寂れたアパートで、このご高齢で一人暮らしをしているのだ。
 わざわざこっちから聞くようなことではない。

 むしろ、あたしが聞きたいのは、103号室のお父さんのことだった。

「その……あそこのお父さんって……ヒゲを生やした、がっちりした体型の人でしたっけ……」
「ああ、そういうたらそうかもな。前はヒゲ生やしたはれへんかったと思うけど……最近生やしはじめはったかもな。この前ひさびさに見かけたとき、ほんま、誰かと思ってびっくりしたわ……かなんわもう……あははは」

 いや、“誰かと思ってびっくりした”どころではない。
 わたしの認識では、あの部屋の“お父さん”はまるで違う人になっている。
 とはいえ……それをどうおばあさんに伝えていいか、わからなかった。
 やはり、あたしの認識を疑うべきなのだろうか?
 気がつけば、食事は終わっていた。

「……ごちそうさまでした。ほんとうにありがとうございます。すっかり厚かましくごちそうになっちゃって……」
「あほなこと言いなないな……ありがとうございます、って言いたいのはあてのほうやわ……お姉ちゃんのおかげで、ほんまに久しぶりに楽しい晩ごはんやったわ……また、ちょいちょいでええから誘うてええかな」

 おばあさんの笑顔には屈託がない。
 その裏に、寂しさの影のようなものが見えた。

「もちろん……でもそんなにしょっちゅうお邪魔しちゃ……」
「ええねんええねん。あんたが迷惑やなかったらな……あんた、どんなご飯が好きや? ライスカレーがええか? それともすき焼きか?」

「……すき焼き……」

「うちの孫、あてが作るすき焼きが大好きでなあ……関西風の味付けがええらしいんやわ……あの子も、今頃はお姉ちゃんくらいの歳になってんのかなあ」

 と、おばあさんが立ち上がり、戸棚から写真を一枚取り出した。
 かなり古い写真のようだ。あたしはおばあさんの手から、写真を受け取る。

 どこかの公園で撮られた写真で、緑を背景に3歳くらいの男の子が写っていた。
 おかっぱ頭で、緑色のTシャツにベージュのハーフパンツ姿の男の子。
 写真を見ると、日付が入っていた……1999:08:06

「あ、かわいい……えっ?」
「なんや、どないかしたんか?」
「あ……ええと、いえ、知ってる男の子に、とてもよく似ていたもんで……」
「へえ、あんたの弟さんとか?」
「ええ、い、いやあの……」

 おばあさんが屈託のない笑顔で、あたしの顔を見つめている。
 とても言い出せなかった。
 この写真に写っている男の子は……103号室のタカユキ君とそっくりだなんて。
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