お花に癒しをあげましょう
物心ついた時から、お花が視えた。人に咲くお花だった。知らないお花だった。
お花は、人の心そのものだった。
私は今日も、お花に栄養を与えます。
***
高校生の私は現在、この『豊城霊能探偵事務所』でアルバイトをしている。高校卒業と同時に、ここに就職する予定だ。
「ハナー、ニワノハナちゃあん、お茶ちょうだ〜い」
私は庭野華と言う、ふざけてるのかと問いたい名前だ。でも本名である。散々からかわれたのでフルネームで呼ぶなと言っているのに、この人はいつも意地悪をする。
事務所のソファーでだらりとし、私をフルネームで呼んだのは、艶やかな美青年。垂れ目が特徴の高遠春日さんだ。チャラそうではないが女誑しなオーラがプンプンしている。
「はい、お茶です。あと、くーさんが美味しいお饅頭買ってきてくれたので」
「あいつが? 相変わらずハナには甘いねえ、あの陰険男」
むっすりしながら、お茶とお饅頭を出す。今は仕事でいない、くーさんこと逢坂紅葉さんが買ってきてくれた苺大福は、私の好物だ。女みたいな名前だが、見た目は怜悧な美男子だ。眼鏡がよく似合うクール系の鋭い涼やかな目元をしているが、とても優しい人だ。
今事務所には、私と春日さん、それから事務所の所長である豊城麗子さんと、その息子で私と同じアルバイターの黎明くんだけだ。他の人達はみんな出払っている。二人も呼んで休憩にしよう。
麗子さんは、赤みがかった茶髪の豪奢な美女だ。真っ赤なドレスが似合いそうだ。長いウェーブヘアを掻き上げる様は、どこからどう見ても女王様。これで四十代は詐欺だよね。
黎明くんは、私の一つ下で十七歳。麗子さんに似た派手な美女顔で、十八禁BLエロゲーの主人公みたいって言うと凄く怒って拗ねる。言った春日さんは暫く無視されて、内心で同意しただけの私にまでとばっちりが来て、丸三日付きっきりで慰めた。うう、口には出してないのにい…。
「あらこれ、醴泉堂の苺大福じゃない。かなり高いのよね」
「美味しいーくーさんありがとうですう〜」
うっとりと味わう。生クリームが、苺が、あんこが…! 熱い緑茶とマッチして、堪らんのです。
くーさんに感謝しながら食べる。くーさんが買ってきてくれるおやつに外れはない。くーさん、愛してりゅーんっ。
さて、私がこの探偵事務所で働く切っ掛けになったのは、姉が心霊スポットに行き幽霊に盗り憑かれたのを、その世界では有名な『本物』の豊城麗子に頼んだのが、発端だ。
見事麗子さんは姉を救ってくれたが、一体何が琴線に触れたのか分からないが、私を霊能力の道に勧誘したのだ。飛びっきりの甘言と共に。ま、助かってるからいいんだけど、当初は麗子さんが怖かったなあ…。
「ご、ごめんください…」
ほっこりする私だったが、突然の来客に慌てて立ち上がった。ティッシュで口許と粉の付いた指を拭い、お客さんを出迎える。今お茶してた所と来客スペースは別なので片付けは不要、そのままソファーに座って貰う。
お客さん、つまり依頼人は突然やってくる。中には先に電話をしてから来る人もいるが、大体はアポなしなので未だに慌ててしまう。私は基本雑務仕事のお茶汲み係なので、わたわたお茶を淹れた。依頼人のお話は、所長の麗子さんと所員の春日さんが聞く。うちは結構所員が多いが、何だか最近は忙しいんだよね。多分、心霊スポットブームだからだろう。
お茶とお茶請けを出し、私は裏に控える。黎明くんとどんな依頼かな、と話しながらこっそり覗く。
依頼人は、少し窶れた女の人だった。ママと同じくらいかな? 切羽詰まった様子で、疲れている。それに――…
「ハナ先輩、どう?」
「うん……お花、枯れてる」
依頼人の頭に咲くお花。私にだけ視える、心のお花。アレが、茶色く萎んでいる。
私は、霊的に言うなら第三の目とやらが、ずば抜けて優れているらしい。分かりやすく言えば、第六感かな。色んなモノを視るための、額にあるとされる三つ目の目玉。その力は本来なら修行か、高名な霊能者により開眼・開花するのだが、私は生まれつき開花していた。力が強すぎたのだ。
そんなの知らない私は、コントロールが出来ず、かなり困った。人を見れば心から過去から守護霊とあらゆるモノが勝手に視え、眠れば予知夢を視、幽霊が生身の人間と変わらずはっきり視えたのだから。まあ、自己防衛のためか無意識に抑えたらしく、年々幽霊は視えなくなった。お花は消えてくれなかったが。
修行もしてない素人が、第三の目なんて霊的能力を開花させていれば、それは格好の標的となる。それなのに、私がこうして無事でいられたのは―――第三の目以上に稀有らしい、麗子さんに目を付けられたとある才能(とは言え、自覚はないが…)が、原因である。
それはさておき。
依頼人の心はかなり疲弊している。このまま完全に枯れると、自殺に走るかもしれない。癒さないと、危ない。
それを黎明くんに告げた。
「ん……先輩が言うなら、ヤバいかもね…」
彼は学校の後輩なのだが、霊能関係では私のが後輩だから先輩呼びは止めて欲しいんだけど、聞いてくれないので放置。どうでもいいか。 盗み聞きした依頼内容は、どうやらあの人の息子さんが動物霊に取り憑かれたらしい。話を聞いた麗子さん達の見解だ。
「なら、ハナも行かせましょ。適任だわ」
「ですね。おーいハナー、俺と仕事だ。準備しろー」
盗み聞きはバレていた。勝手に決められたが、最近は時々仕事に補助として連れていって貰えているので、否やはない。寧ろ、適任と言われたのにドキドキと今から緊張してきた。
「春先輩、俺も行きたい」
「ん? あー…」
黎明くんが志願すると、春日さんがちらりと麗子さんを見た。麗子さんが頷いたのを確認し、黎明くんは無表情で喜んだ。わあ、頭のお花がピカピカ踊ってる。可愛いなあ。
でも黎明くん、君は結界系が得意なんじゃなかったっけ?
依頼人の宮内さんによると、現在十歳の翔太くんが、突然暴れ出すようになったんだとか。獣のような奇声を発し、大の男をぶん投げる力が出て、今はベッドに縛り付けているらしい。
他の霊能者にも頼んだらしいが全然ダメなんだとか。実際にその痕跡を見て、驚いた。
「うわっ…」
普通の一軒家の、二階の子供部屋。そこは、まるで局地的な台風でも起こったのかってくらい、凄まじく荒れていた。
壁紙には大きな傷痕があり、部屋にあるあらゆる物は破壊されていた。
そしてベッドには、縄で掛け布団ごとぐるぐる巻きにされた少年。少年は威嚇するような声を上げていて、顔は動物のよう。だが、一番驚いたのはそれらじゃない。
「何あの護符、意味分かんない」
「何で獣憑きに結界符?」
ベタベタと無駄に貼られた護符。たくさん貼ればいいってもんじゃないし、結界を作って一体どうしたかったのだろうか。と言うか、あんな貼り方じゃ結界もちゃんと張れないだろうに…。
勉強始めて一年半くらいの私でも分かる。宮内さんが頼んだ霊能者は、ずぶの素人だと。護符は本物だから、インチキではない……いや、これはもうインチキか。
「ったく……最近はこういった何も知らないモドキ《・・・》が多すぎる」
「あ、あの…?」
宮内さんの旦那さんも今はいる。心配だから休んだらしい。不安げな顔で、顔をしかめる春日さんを見る。旦那さんの心のお花が枯れてる。護符が全く意味がないと言われ、更に萎んだ。
「取り敢えず、翔太くんを宥めましょう。ハナ」
「はーい」
春日さんに促され、ベッドに近寄る。その間春日さんは説明をするようだ。
「フーッ、フーッ!」
威嚇する翔太くん。口には猿轡がされ、声は出ないようだ。
翔太くんのお花は、助けてと弱々しく揺れていた。泣いていた。そばに漂う猫は、威嚇していた。
私は、ふわりと微笑み、そっと頭を撫でた。ただ、微笑んでなでなでする。
「よしよし、怖がらないでいいよ。怖くないよ」
なでなで、なでなで。いい子、いい子。怖くないよ、落ち着いて。
「ヴ、ヴぅう……ッ」
「もう大丈夫だよ」
次第に落ち着いていく翔太くんの顔と、にゃんこの霊。
黎明くんに協力して貰って縄を解き、猿轡を外した翔太くんを胸に抱き締める。そして、優しくなでなで、頭にちゅっちゅする。にゃんこも同様にぎゅーっなでなでちゅっちゅ。
翔太くんは、暴れなかった。
「お、大人しい…!?」
「翔太! 治ったの!?」
「待った! まだ治っていません。あれは彼女、ハナに大人しくなってるだけです」
すりすりと、胸に顔を埋めすり寄る翔太くんとにゃんこ。可愛いにゃあ。
「よしよし」
すっかり大人しい姿にホッとし、ぎゅーっと抱き締めた。これが、麗子さんにスカウトされた一番の理由だ。
私は昔から、癒し系とか和み系とか安らぐと言われていた。外に出ると子供や動物に囲まれ動けなくなるくらいには、そんなオーラが出ているらしい。
取り憑かれた姉に、私は何が出来るか考え、今みたいに抱き締め撫でて頭にちゅっちゅしながら、ずっとそばにいた。すると、姉も安らいだみたいだから安心し、それを見たくーさんから麗子さんに話が行き、勧誘に至った。
自分じゃいまいち自覚が出来ないが、私はそこにいるだけで周りに安らぎを与えるらしい。母性が溢れているんだとか。確かに、特に料理や裁縫が得意な訳じゃないのに、中学時代のあだ名は『お母さん』だった。
私だけの、特別な天賦の才とみんなは言うけれど。…正直、いつもと変わらない事しかしてないので、役に立っているのかいないのかよく分からない。
私は子供が好きで、動物も好きで、彼等の心が悲鳴を上げているのは辛い。だから、抱き締めて安心させてあげるのです。
因みに、これが幽霊に漬け込まれなかった最たる理由らしい。勝手に安らいで、安らぎを無くさないために無意識に取り憑こうとはしなかったみたい。守護霊さん達も護ってくれたみたいです。ありがたや。
「ハナ、もう大丈夫か?」
仕事だと忘れて、甘えてくる二人を存分に愛でていると、春日さんがそう尋ねてきた。あわわ、いけないいけない。
春日さんにコクリと頷いて見せると、春日さんは印を結び、翔太くんからにゃんこを切り離した。うーん、早業。
呆気ないくらい簡単に終わった。にゃんこは春日さんがきちんと成仏させてくれるだろう。歩く18禁なんて言われているが、とっても優しい人だから。
翔太くんも正気に戻ったらしい。顔立ちも年相応の可愛いモノに戻り、少しだけ記憶があるのか、ぷるぷる震え泣きながら抱き付いてきた。どうやら怖かったらしい。
さらりさらりと髪を梳くように撫でて慰め、もう大丈夫だよと、ゆるりと微笑んだ。それを見て、翔太くんはぽやんとし、釣られるように笑った。
「出た。必殺、慈愛と母性の愛の微笑み」
ぼそりと、黎明くんが変な事を呟いていたが、聞き取れなかったので一瞬目を向けただけで、翔太くんから身体を離す。私の役目は終わり。後は、
「翔太!」
「翔太…ッ!」
――ご両親の、役目。
「翔太っ…良かった!」
「もう平気なのね!?」
「あうぅ、痛いよおお父さん、お母さあん」
ぎゅうぎゅうと抱き締められ、痛そうにしながらも嬉しそうな翔太くん。
三人の心のお花は、今は元気一杯に、喜びを表すようにダンスしていた。
「本当にありがとうございました!」
「何とお礼を言ったらいいか…!」
「いえ、気にしないでください。仕事ですから」
帰る時、ご両親にこっちが恐縮してしまうくらいお礼を言われた。そんなに頭を下げられると困るけど、感謝は嬉しい。きらきらと輝くお花が、心からの感謝を告げ何だかくすぐったい。宮内さんは、最初よりずっと明るく若く見えて、本来の年齢はママより若いんだと気付いた。
「お姉ちゃん!」
もうすっかり元気な翔太くんに呼ばれた。少し窶れているが、すぐに戻るだろう。
「ん? なあに?」
「あのね、お姉ちゃん。ぼくが大きくなったら、お嫁さんになってくれる?」
「へ?」
頬をリンゴのように赤くし目をキラキラさせて見上げてくる様は可愛い。何かと思ったらプロポーズで、よく小さい子には言われるが、何度言われても微笑ましさが尋常じゃない。
「ふふふ、そうだねえ、翔太くんが10年後また言ってくれたらね」
「ほんとっ? やったあ!」
「あらあら、良かったわねえ」
無邪気に喜ぶ翔太くんを、宮内さんが撫でた。うんうん、可愛いよねえ。
こういった簡単なお仕事はよく任せて貰える。事務所に戻り、報告をしてお茶を淹れる。
少しずつ、少しずつ霊能者としての経験を積み、私は何れ癒し専門の霊能者になるだろう。最初は、保母さんになろうかなあと思っていたので、大幅な変更がされた未来予想図には苦笑が禁じ得ない。
私のお仕事は、お茶汲みと簡単な雑務。
そして、心のお花に光と水と肥料をあげる事。
庭野華、今日も豊城霊能探偵事務所にて、アルバイト中です。
続くかは分かりません。ありがとうございました。
続かなさそうなので、人物紹介をば。
庭野華
母性の満ち満ち溢れるきょぬー。人畜無害。そばにいるだけで警戒心も心の強張りも取り払われちゃう究極の癒し。一家に一人欲しい。最近の悩みは女子高生なのに母性溢れると言われる事。
必殺技:「ぎゅーっなでなでちゅっちゅ」「愛の微笑み」
豊城麗子
色気満ち溢れるきょぬー。派手な絶世の美女。事務所所長。女王様。事務所は自分の目の保養ハーレム。旦那さんは喫茶店やってる熊さん。最近の悩みは性欲が収まらない事。
必殺技:「女王様の命令」「へびにらみ」
豊城黎明
母親激似な絶世の美女顔。麗子の息子。見習い霊能者。華の後輩。事務所メンバーは慕っている。最近の悩みは母親と自分の顔。
必殺技:「総受け主の言動」「奇跡の微笑み」
高遠春日
エロい美男子。浄霊が得意な霊能者。華と黎明をよくからかっている。歩く18禁。最近の悩みは逆ナンされまくる事。
必殺技:「エロい流し目」
逢坂紅葉
怜悧な美青年。霊能者。黎明と特に華を可愛がっている。最近の悩みは忙しくて華になかなか会えない事。
必殺技:「凍てつく眼差し」
ふざけすぎましたごめんなさい。