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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

六章 ヨミの回想録作成

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91話

 季節はだんだんと暖かくなってきました。
 三人の師匠から指南を受け、アレクの修業はいよいよ本格化していきます。

『はいいろ』の戦闘技術、『狐』の隠密技術、『輝き』の交渉、と言うのははばかられる技術などを、アレクはすさまじい速度で吸収していきました。
『死ねる』ことは、人の限界を超えた命懸けの修業でこそ力を発揮するようでした。
 当時のことを彼にたずねると、『今なら笑えるけど、あの時は本当にきつかった』と楽しげに語ります。

 今なら笑えるというのは、本当なのでしょうか?
 こうして回想していて思うのですが、とても笑い話では済まない領域のような気もします。
 けれど本人が笑えると言うなら、これは笑い話なのでしょう。

 そういえば、当時のクランメンバーが不思議がっていたことがあります。
 アレクはなぜ、つらい修業をするのだろう、ということです。
 ただ生きていくだけならば、『はいいろ』ほどの強さも、『狐』ほどの隠密性も、『輝き』ほどの交渉というか、そういう感じの術も、いりません。

 でも、アレクは全部を極めようと努力していました。
 アレク側は『レベルは上限まで、スキルは取得できるものをめいっぱい取得しないともったいないから』という、例によって意味のわからない理由を語っていました。
 そちらはあまり気にしないとしても、疑問は残ります。

『はいいろ』の意図です。
 なぜ、アレクに対し過剰なまでの修業をつけるのか。
 アレクを化け物にする、とは、どういうことなのか。

 アレクが『輝き』の修業でどこかへ行っているあいだ、『はいいろ』と『狐』にお願いをするチャンスがありました。
 昼時の酒場で、その日はちょうど、多数のクランメンバーがいた気がします。
 当時、いくぶんかアレクに同情的になっていた私は、あんまり無理をさせないでほしいと父と母に頼みました。


「無茶をさせるなって? はっはあ、ヨミ、さてはお前、アレクに惚れたな?」


 父の、こういう、すぐ下世話な話題につなげたがるところが嫌いでした。
 実際に当時惚れていたかと聞かれれば、そうでもなかったような気がします。
 いえ、どうなのでしょうか。
 自分ではもはや、よくわかりません。

 とにかく、父の発言に、機嫌を悪くしたことだけは覚えています。
 とりなすように『狐』が口を挟んでくれたので、母への好感度は上がりました。


「『はいいろ』、その話はボクも詳しく聞きたい」
「まあ娘の恋路だものな」
「違う。アレクに無茶をさせる理由だ」
「いやいや、俺様は別に無茶させてないよ? 無茶させてるとしたら、お前らだろ? アレクが俺様の修行中によく『なあ、今、足音、って言わなかったか?』って聞いてくるの、絶対にお前のせいだからね?」
「……それを言い出すならば、こちらにも言い分がある。アレクがボクの修行中に『背後に立たないでくれないか。いつ襲われるか不安で集中できない』って言うのは、『はいいろ』のせいだとボクは思う」
「いやいやいや。こないだ修行中に『なんか視界の端に人影が見えた気がしたから狐かと思ったけど、気のせいみたいだ』ってありもしない幻覚見てたの、お前のせいだろ?」
「……『今回は協力して修業にあたる? 嘘だ。絶対協力するフリして、闇討ちで俺を殺す気だろ。知ってる』って猜疑心にまみれた思いこみをしていたせいで、なかなか修業に入れなかったのは『はいいろ』のせいだと思う」
「……」
「……」
「はっはあ! つまり、俺様たち二人とも無茶をさせてるってことだな!」
「……そう。自分だけは違う、なんて思わない方がいい」
「逆にお前さんはなんでアレクに無茶させるの?」
「最初は無茶はさせてなかった」
「ああ、『足音』だろ? あれはいつもやってるからな……知ってるか? うちのクランメンバーの一部では『足音』っていう言葉は禁句になってるんだぞ」
「『はいいろ』とクエストに行きたがらないメンバーの方が多い。『はいいろ』は自分を基準に探索ルートを決めるから、ダンジョン内で大変な目に遭うって」
「なんだ、静かなのは『輝き』に修業を受けた連中だけか」
「……『輝き』に修業を受けた人が静かなのは、問題がないからというより、口に出すのもはばかられるからだと思う」
「つまり、アレクだけじゃなく、修業を受けようっていうメンバーにはいつも無茶をさせてるってえことだな」
「でも、だいたい、途中で終わるし、終わらせる。最後まで続けさせようとしてるのは、アレクだけ」
「…………やれやれだ。今日の追求はずいぶん厳しいじゃねえの」
「ボクらもちょっと遊びすぎた」
「……おいおい、俺様は真面目よ?」
「そうじゃない。……修業をつけて、アレクが強くなった先になにが起こるかを思い描いてさえいなかった。ただ、アレクがどんどん強くなるのを見て、嬉しく思っていただけだった」
「……ふん」
「つまり、アレクの成長速度が予想以上で、このぶんだと、あと数日で修業が終わる。……修業の終わりっていうのは……」
「俺様を殺すこと、だな」


『はいいろ』は、笑っていました。
 思えば、父の笑っていない顔をあまり見たことがないような気がします。
 軽薄そうだったり、お気楽そうだったり、あるいは、嬉しそうだったり、とにかく父はいつだって笑顔を見せていました。

 対照的に、いつも無表情な『狐』が、こわばった顔だったのを覚えています。
 微細な変化ではありましたが、あまりに揺らがない父を見て、動揺していたのでしょう。


「……殺されるつもり、なの?」
「そうだよ? 最初っからそう言ってただろ?」
「…………ボクは、あなたの『死』を想像できなかった。今回もてっきり、冗談か、アレクがそこまで行くはずはないって、そう思って……」
「ははあん? アレクが実際に俺様にとどきそうだから、ビビッたのか?」
「……そう」
「間違ってるな。あいつはもう、とどきそう、なんてもんじゃねえ。とどいてる」
「……」
「俺様の修業にかんしては、とっくに終わってるも同然なのさ。それでもまだ師匠と弟子の最後の勝負をやってねえのは……まあ、俺様にとっても予想外の成長速度だったってこった。死ねるという強みは、天才の俺様をしてもどんな結果を導き出すかわからなかった」
「うん……普通、人は死んだらそこで終わり。それでも『死ぬほどの修業』をするのは、最初から弟子を使い捨ててでも、完成度を上げるつもりがあるからで……」
「そうだ。だから『死ぬほどの修業』をして、生き残ったやつは傑物だ。その代わり、生き残るには色々なもんが必要になる。極限状態の中で壊れない強い心。教えられたことをすぐさま体得する学習能力。体力に頑強さ。なにより、天運」
「……アレクにはどれも、ない」
「そうだな。あいつほど出来の悪いやつもいねえだろう。だが、修業を乗り越えた。過剰な自己客観視で精神の弱さを補った。学習能力、体力、頑強さ、天運を全部『セーブ』で乗り切りやがった。はっはあ! 楽しいねえ! あんなのアリかよ!」
「過剰な自己客観視は……」
「あいつの言葉だと『てぃーぴーえす視点』ってやつだな。自己俯瞰。……ここじゃない世界で身についた心構えだそうだ。俺らの言葉で『天眼』とでも言うのか?」
「……才能と言うなら、『それ』がアレクの一番の才能」
「まったくふざけた弟子だよ。普通、死ぬほどの修業ってのは、もっとこう、人としての強さか、追い詰められ方が必要なんだぜ? たとえば、自分が誰とも知らず、『はいいろ』にならなきゃ名前さえなかった俺様みたいになあ」
「……ボクも、そう。名前を求めていたわけじゃないけど、盗みの技術を身につけなきゃ生きていけなかったから」
「はーあ。俺様たちみてえなのは、もう時代遅れなのかねえ。必死に生きて、同胞の命を背負って、それでもまだ失敗して、どうにかこうにかやっていくっていうのはさ。……だから、そろそろ、時代を変えようかと思ってな」
「……だから、殺されるつもり、なの?」
「そうだよ。まあ、その前に色々と準備があるんで、まだもうちょいって感じだが……」
「準備っていうのは?」
「いや、『輝く灰色の狐団』をまっとうな冒険者クランにしようと思ってな。色々」
「…………どういう意味?」
「無節操に逃亡奴隷だの食い詰めた泥棒だの、更正できない犯罪者だの引き取ってきたけど、大人ばっかりじゃねえ、ガキも増えすぎた。子供の未来を作るのは先駆者の仕事だろ?」
「……だから、どういう意味?」
「はっはあ! まあ、気にすんな」
「……なにをするかは、任せる。でも、そのせいであなたが命を落とすなら、ボクは協力できない」
「おいおい、アレクが俺様を殺す時どうすんだよ」
「……死ぬ必要はない。『はいいろ』を継がせて、新しい名前で、新しい人生を始めればいいだけの話。そうしたらボクも一緒に、新しい人生を始めるから」
「…………はん」


 この時、父が浮かべた気弱そうな顔が、やけに印象に残っています。
 今だから思うことですが、『狐』の発言は、この時の父にとって非常に残酷なものでした。
 きっと父は、迷ったことでしょう。
 それでも、父はすぐに笑顔を浮かべました。
 思い返して、なんていう心の強さだったのだろうと思えてなりません。


「お前さんは心底俺様に惚れてやがるなあ」
「……茶化されるのは好きじゃない。娘の前だし」
「はっはあ! 両親が仲いいっていうのは、子供にとっちゃいいことなんだろ? ……で、けっきょくヨミは、お前と『輝き』、どっちが生んだんだ?」
「……それは、秘密」
「なんでだよお! おーしーえーてー」
「……ボクと『輝き』のあいだで、協定があるから。子供がいるってわかった時点で、ボクらは仲良くやっていくことにした。だからヨミは二人の子供。ボクの生んだ子でもあるし、『輝き』の生んだ子でもある」
「……なあ、お前、今『二人の子供』って言ったよな? さらっと俺様をのけ者にするのやめてほしいんだけど」
「そもそも、何人もの女性と同時に付き合うのが悪い」
「アレクもそんなこと言ってたけどさあ、やめてくれよな。教育に悪いだろ、そんな、男の子の欲望を否定するような……」
「……『はいいろ』の考えの方が、よっぽど教育に悪い」
「おーい男ども! このクランに俺様の味方はいねえのか!」
「……分が悪くなると周囲を巻きこむのも、やめて」
「はっはあ。安心しろ。お前さんと『輝き』が怖くて、誰も俺様に味方しねえでやんの。……泣いていいか?」
「子供の前では、だめ」
「わかったよ。あとでお前さんの胸で泣く」


 それからもまだなにか会話が続いていたような気がします。
 でも、当時の私は『また始まった』ぐらいに思って、すぐに意識を逸らしました。
 今思えば、両親の仲がいいというのは素敵なことです。
 しかし当時はあまり好ましい気持ちではありませんでした。
 たぶん、のけ者にされているようで悔しかったのかもしれません。

 私がすねていることもふくめて、幸せな時間だったと思います。
 以前にも少し書きましたが、『輝く灰色の狐団』は、おおよそ犯罪者クランらしからぬ、のどかな雰囲気だったように感じます。
 だから、実際に冒険者以外の仕事をしているメンバーはともかくとして、少なくとも私たち子供は、このクランの不健全さを忘れる傾向にありました。
 今思えば、『はいいろ』なりの配慮だったのでしょう。
 だから、私たちにはきっと、心の準備が足りていなかったのだと思います。


 会話をしていたら、アレクが、帰ってきました。
 慌てたように帰ってきたアレクを見て、私は座っていた席から立ち上がりました。
 このころの私は、すっかり彼に懐いていたように思います。
 帰ってくれば、出迎えぐらいはする関係性でした。

 でも、酒場跡の壊れかけた扉を完全に破壊するような勢いで入って来たアレクは、私に目もくれずに、真っ直ぐ『はいいろ』と『狐』のもとへ行きました。
 とても恐ろしい表情だったと、記憶しています。
 そして彼は、表情よりもなお恐ろしい事実を告げました。


「『輝き』が憲兵に、連れて行かれた」


 端的すぎる報告は、彼なりに混乱していたからだと思います。
 私は、その発言を聞いて、ぽかんとしていました。

 でも、『はいいろ』や『狐』は、いつかこうなると、わかっていたのでしょう。
 落ち着いた父の、悲しそうな、それでも口元をゆがめた顔と、言葉を、私は今でも忘れることができません。


「……ああ、ついに、この時が来たのか」


 父は笑っていました。
 そして、眼帯に隠れていない方の目で、自分の手をながめていました。

 まるで、今までそこになにかを持っていたかのように。
 そのなにかを、なくしてしまったかのように、長い時間、ながめていました。
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