挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

六章 ヨミの回想録作成

90/249

90話

「わざとらしいんだよ!」


 アレクは『輝き』を蹴り倒しました。
 私は、その、どこか小芝居じみた光景を、黙って見るしかできませんでした。


「なんじゃ、貴様、わらわを捜してこんな犯罪者クランにまで来たのではないのか?」
「捜してねえよ! もう忘れてたぐらいだ!」
「なんじゃつまらんのう。あーよいよい。照れ隠しじゃな? 母にずっと会いたかったのであろう? ほれ、存分に甘えてよいぞ」
「違う! っていうか、あんたはなんで、そんな、昔と変わらないんだ……?」
「それはさておき、わらわは、貴様が赤ん坊のころに姿をくらませたはずじゃがな。なぜ、貴様はわらわの姿を知っておるのじゃ? 赤子のころの記憶など、普通は覚えておけんじゃろうに」
「俺は……俺は、ちょっと特殊なんだよ。前の世界の記憶も残ってるし……っていうか『はいいろ』は説明してないのか、俺のこと」
「『はいいろ』が説明などするものか。あの男はよくも悪くもものぐさで、てきとうじゃぞ。器が大きいのはいいのじゃが、大きすぎてのう。……しかし、貴様、今、とても気になることを言っておったの」
「……?」
「前の世界、と言うたか」
「……言ったけど」
「なんじゃ貴様、成功作だったんじゃのう」
「成功作?」
「いやいや。母は貴様に会いたかったという話じゃ。しかしフィリップスが死んだ? 十年以上前に? 人の寿命にはまだ遠い年齢だったはずじゃが」
「病死だよ。この世界でどう呼ばれてる病気かは知らないけど。とにかく、突然だった」
「はあ、なんじゃ……あの男は生き残るだけなら得意な、凡庸そのもののつまらんヤツだと思ったんじゃがなあ。天運はなかったようじゃの」
「……元夫が死んだって聞かされたんだぞ? もっと他にないのか?」
「残念じゃが、元夫ではないのじゃ。わらわは仕事で屋敷に出入りしており、あの男には別の妻がいた」
「…………ひょっとして、姿をくらませた理由は、それなのか?」
「んー……まあのう。しかし、その様子を見るにフィリップスの正妻はわらわがいなくなってすぐにみまかったという感じじゃな。なんじゃ、あそこの家にかんすることは計算違いだらけじゃのう」
「……とにかく、俺がまだ小さいころにオヤジは死んで、そっから家は没落した。ひょっとしたら没落っていうか簒奪されたのかもしれないが、俺は権力機構はよくわからない。少なくとも、家を追い出されてから、最近まで働かなくても生きていけるぐらいの金は持たされた」
「ほう。それで、その金も使い切り、食い詰めて犯罪者に?」
「いや……犯罪者には、なってない。むしろ犯罪者を倒しに来たっていうか……有名な暗殺者がいるって聞いて、そんな極悪人なら退治しないとって……」
「はっはっは。まさか『はいいろ』を殺しに来たのか! いやあ、我が息子ながら、貴様、馬鹿じゃのう!」
「うるせえ」
「ところで、アレクサンダー」
「なんだ」
「貴様は『前の世界』を知っておるんじゃな」


 その時、『輝き』の雰囲気が変わったのを、私は覚えています。
 顔つきや言葉遣いはそのままでしたけど、空気みたいなものが張り詰めたように、私には強く感じられたのです。
 でも、アレクはまったく、そういった変化を感じてはいないようでした。
 男性にはわからない変化だったのでしょうか。


「ああ、『前の世界』を知ってる。そこで二十年か三十年ぐらい生きた記憶がある。死んだような人生だったけど……」
「その話は、わらわ以外の誰にした?」
「別に隠してないから、クランメンバーはだいたい知ってるんじゃないか? ちなみに『はいいろ』と『狐』には、頭のおかしい人扱いされた」
「それはそうじゃろ。……ふむ。そうか。貴様はいわゆる勇者なのじゃな」
「おぼろげだけど、神様にそう言われた気がする」
「勇者の伝承……五百年前、ダンジョンからあふれ出るモンスターを撃退し、人間の国家を樹立した英雄も異世界知識を持っていた。……であれば、貴様には『アレ』があるはずじゃな」
「『アレ』?」
「『チートスキル』とかいう……」


 耳慣れない言葉だ、と思った記憶があります。
 アレクが使ったのであれば、ここまで記憶に残らなかったでしょう。
 けれど、『輝き』のようにこの世界の人が使うには不自然な印象を受ける言葉でした。


「っていうか『はいいろ』のおっさんは、説明の手間を惜しみすぎだろ……これまでの修業でも普通に使ってるし、クラン内じゃもう色々噂されてるぐらいだぞ。なんで俺に修業をつける予定のあんたが知らないのか疑問だよ」
「……そうは言うがのう。わらわとて、今帰ってきたばかりじゃ。それに、『はいいろ』はあの通りものぐさでの。じゃからはよう、わらわに説明せい」
「『チートスキル』ねえ。まあ、どこでも勝手にセーブできるのはゲーム的に言えばかなりのチートかな? 俺にこの能力を与えた神は、そんな表現はしてなかった気がするけど」
「ほう、神はどのように言っておった? 声は? どのような姿だったのじゃ?」
「……って言っても、神様とのやりとりのあたりは、記憶がすごくおぼろげだから、もらった能力と『勇者』っていう使命しか覚えてない。姿とか言われてもなあ」
「印象などは?」
「すごく不快な相手だったっていう印象だけ残ってる」
「ふむ……感じ方は人それぞれということなのかもしれんのう。それで、どのような『チートスキル』をもらったんじゃ?」
「『セーブ&ロード』だ。正確には『セーブポイント生成能力』になるのかな。簡単に説明をすると、セーブさえすれば死んでも生き返る」
「……なるほど。『はいいろ』と『狐』がはしゃぐわけじゃのう。あやつらにとって全力で指導しても壊れないおもちゃというのは、貴重じゃからな」
「『はいいろ』はいつもはしゃいでるし、『狐』ははしゃいでるように見えないんだけど」
「はっはっは。貴様はまだまだ、人の心を読む術が甘いのう。……まあ、そのあたりをわらわが教えてやることになっておるらしいの」
「あんたからは交渉を教われって、『はいいろ』は言ってた」
「そうじゃな。しかし……まあ、ずいぶん、トントンと話が進むのう」
「……どういうことだ?」
「貴様は、自分を捨てた母になにも思わんのか? 今さら現れて、しかも師匠面されて、不満はないのか?」
「事情があったんだろ? それに、今は自分のステータスアップとスキル取得の方に興味が向いてるんだ。正直、過去の話はどうだっていい」
「ほう。なるほどのう……」


 その時に『輝き』が浮かべた表情は、おおよそ母が子供に向けるものではなかったような気がします。
 今でもうまく言えません。
 でもあれは、恋人に向けるような、アレクの言葉の先に誰か好きな人を見ているような、そんな顔だったのではないかと、今ならば思います。


「貴様は壊れておるな」


『輝き』の声は、とても嬉しそうなものでした。
 反対にアレクは嫌そうな顔をしていました。


「『壊れてる』ってなんだよ。人に使う表現じゃないぞ」
「いや、賞賛しとるんじゃがのう。なるほど、価値観の相違か。かつて人間の国家を樹立した英雄も周囲から見れば奇人変人であった。もちろん、経歴が性格をゆがめることはあるが、かつての勇者は根元からどこかおかしかった。貴様には同じ雰囲気を感じる」
「……さっきからあんた、その『勇者』を見てきたように言うな。『勇者』は五百年前の人なんだろ?」
「興味があってのう。研究をしとるんじゃ。わらわの表向きの立場は『歴史研究家』じゃぞ」
「そんな職業、この世界にあるのか?」
「さて? 勝手に名乗っておるだけじゃからのう。……それよりも、わらわの交渉術の修業について教えようか」
「ああ」
「わらわの修業では、主に人の気持ちを読み取る術を学んでもらう」
「なんか初めてまともな修業のように聞こえる」
「まあ、貴様は運が悪かったのう。最初が『はいいろ』で次が『狐』じゃろ? あの二人はこのクランきっての奇人変人じゃからな。まともなわらわが最初に修業をつけてやれればよかったのじゃが」
「まともな人……? その口調で?」
「育ちがいいんじゃ。……えー、人の気持ちになると言っても、色々あるな?」
「まあ」
「そこでまず、貴様には、人の痛みがわかる子になってほしいというわけじゃ」
「超まとも……」
「そういうわけで聞きたいんじゃが、貴様の『セーブ&ロード』はどういった能力なんじゃ? もしも死んだ時、ケガなどはどうなるのじゃ?」
「ケガは治る。体力全快の状態で復活だ。ああ、でも『すでに何年も前に片腕を失ってる』みたいな人にセーブしてもらったことはないからなあ……セーブの直前に負ったケガとかなら、治るのは確認済みだけど」
「では、指がない状態で……『セーブする』? をした場合、指は生えるのか?」
「怖いっていうか気色悪いたとえだけど……セーブの直前に失った部位なら生えるはず。失う前にセーブできれば一番安全だけど」
「なるほどのう。それを聞いて安心したぞ」
「安心してもらうのは結構なんだけど、交渉術だろ? なんで、死んだら、とか、指がない状態で、とか、そういう話が出てくるんだ?」
「それは、死んだり指がなくなったりするからじゃろう」
「交渉だよね?」
「うむ。交渉じゃな」
「なんで死ぬの? なんで指がなくなるの? 交渉って、言葉によって相手に譲歩を引き出したりすることじゃないの?」
「貴様はなんぞ勘違いをしておるのう。いや、目的を見通す目がないというのか」
「どういう意味?」
「『交渉』とは、『相手に言うことを聞かせる方法』じゃ。交渉をする場合、確実にこちら側に要求があるか、あちら側から要求があるじゃろう?」
「まあ」
「つまり、交渉というのは、相手へ要求を通すか、相手の要求を通さないかの勝負じゃな?」
「おかしいおかしいおかしい」
「いや、おかしくはない。そこで、交渉で相手より優位に立つために、なにをすればよいか、わかるな?」
「わからないです」
「物理的、あるいは精神的に、相手を支配することじゃ」
「……」
「物理的な支配は色々あるのう。腕力で脅す、軍隊を侍らせる、あとは金銭なんかも、力にすることができるじゃろう。しかしそういう単純な力は、『はいいろ』の修業で身につけるがよい。わらわは、野蛮なのは苦手じゃ」
「あの、支配じゃなくて、もっとこう、柔らかく相手を受け止めつつ、妥協点を探すっていう交渉術はないんですか?」
「はあ? 修業じゃぞ? なぜ妥協する前提の修業をせねばならん? 修業はきたるべき実戦において勝利するために行うもんじゃぞ。しかし実戦では思わぬ強敵もおる。そういう相手と当たった時に、初めて妥協点を探せばよい」
「……」
「最初から引き分け狙いの修業なんぞ誰がつけるか。くだらん。死ね」
「ごくナチュラルに『死ね』って言うなよ! 野蛮なの嫌いじゃないのか!?」
「野蛮なのは嫌いじゃ。殺し合いとか、殴り合いとか、わらわは大嫌いじゃな」
「じゃあ死ねとか言うなよ!」
「しかし、一方的な殺戮と、一方的な暴力は、嫌いではないぞ。勝負になっていなければ野蛮ではないからのう。むしろ圧倒的優位から相手を虐待するのは高貴なる者のたしなみじゃ。優雅じゃのう」
「……」
「というわけで、わらわが教えるのは、『相手より精神的に優位に立つ方法』じゃな」
「話がつながらない」
「相手を脅すためには、相手に与える痛みがどの程度のものか、覚えておく必要がある。交渉は相手を殺すのが目的ではないからのう。死ぬか死なないか、そのぎりぎりを体で覚えるのがわらわの修業じゃ」
「話をつなげたくない」
「相手の痛みを知れば、相手が一番痛がる方法で交渉ができるじゃろう? そういうことじゃな」
「どう聞いたって拷問じゃねーか!」
「おい、貴様、それは禁句じゃぞ。わらわの『交渉』を二度と『拷問』と言うな」
「いや、だって、だって……! おかしいって! おかしいもん!」
「いいか小童。教えてやろう。『交渉』は、最後にはこちらも相手も、笑って終わる。つまり両方とも生きているということじゃな。しかし拷問は、相手の命を潰して終わる。つまり相手は死ぬということじゃな」
「いや、あんたの交渉だと相手は絶対笑えない」
「笑えない? 甘えたことをぬかすな。わらわが『笑え』と言ったなら、笑うのが交渉相手の義務じゃ」
「笑えないよ!」
「いいかアレクサンダー。交渉とは、拷問の上位技術じゃ」
「言い切りやがった!」
「わらわの交渉を、程度の低い拷問などと同列に語るな。虫酸が走るわ」
「……」
「ちなみに交渉と並行して作法や算術の修業も行うぞ。『はいいろ』が戦闘、『狐』が隠密、わらわが日常生活で役立つアレコレを教えることで、貴様を化け物にしようという計画らしいでのう」
「……」
「母に任せよ。貴様の価値観を変えてやる」
「いやだ、絶対にいやだ……」
「まずはうなずき方から教える必要がありそうじゃのう。さあ、母と子、十年超の空白になにがあったか語らおうではないか」


『輝き』はアレクの腕をつかんで連れて行きます。
 アレクはその時、私をじっと見ていました。
 たぶん救いを求めていたのでしょう。

 でも、私にできることはなにもありませんでした。
 ただし、帰ってきたら、優しくしてあげようとは、誓っていました。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ