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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

五章 ソフィの『おばけ大樹』探索

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78話

 ――旅が始まって、最初の三日間。
 ソフィは食事を耐えていた。
 攻撃をしなければ反撃をうけないという見事な理論展開である。
 しかし――

 ――四日目。
 険しい山中を進む旅程。
 ほとんど断崖に近いような場所をのぼりもした。
 ルートどりが明らかに険しい場所を選んでいる。
 実際、ソフィがエルフの森から人間の王都に下った時は、遠回りだがもっと簡単な道を進んだものだった。

 標高が高くなることによる気温の低下。
 かすむ目。
 眠ってもすぐに尽きる体力。
 五日で終わるというはずの旅程が、ソフィの体力低下のせいでまったく進めない。
 このぶんだと、何日かければたどり着けるのか。

 そんな中で。
 アレクが、慈悲を、くれた。


『仕方ありませんね。倒れられるのは本意ではありませんし、豆のスープをどうぞ』


 つらすぎる修業の記憶。
 でも、そんな昔のことより、今、体が食料を欲していた。
 欲求に勝てず、豆を食べる。

 あまりにも美味しかった。
 強い塩気と、煮込まれた豆の食感。
 プチッと歯でつぶすとあふれだす、クリーミーな旨み。
 穀物独特の甘さ。

 スープも、美味しい。
 ただの塩を溶いたお湯ではない。
 たくさんの野菜を食べているかのような錯覚を覚えるほど、濃厚な旨みがあった。
 高い山で冷え切った体が温まる感覚には、涙が出そうなほどだ。

 間違いなく、食事のあいだ、ソフィは幸福だった。
 けれど。
 覚えてしまった。
 その、味を、美味さを、幸福を、覚えてしまった。
 そこからが不幸の始まり。

 食べたい。
 もっと、食べたい。
 奪ってでも、食べたい。
 死んででも食べたい。

 一度幸福を覚えた胃袋は次の幸福を求めて顫動せんどうする。
 腹が体を突き動かす。



 ……そこからは。
 おおよそ、ヒトらしい精神活動ではなかったと、ソフィは回想する。
 野生の獣と化して、何度も何度もアレクに攻撃を仕掛けた。


 ――五日目。
 飢餓に狂って、殴りかかった。
 が、これはあっけなく対応される。
 間合いに入れば反撃する――彼のその言葉の通り、手痛い反撃をもらった。
 結果、セーブポイントからやり直し。
 旅程がほとんどまる一日延びたことになる。



 ――六日目。
 食事を奪うために、ソフィはヒトらしい思考を取り戻す。
 ただ殴りかかるだけでは無理だ。
 罠を張ろう。
 遠くから攻撃しよう。
 地形を利用しよう。

 必死に考える、とはこういうことなのかとソフィは初めて実感した気がした。
 そして、万全の計画を整え、機会を待ち――
 おとずれた機会。
 ……ああ、でも。
 今の自分ごときの『必死』では、あの化け物にはとどかなくて。
 ソフィは万策が尽きた最後、けっきょく食料を奪おうと飛びかかり、反撃をもらった。



 ――七日目。
 昨日も通った場所を、また歩くことになる。

 歩んだはずの旅程がやり直しになるというのは、かなり、心に重くのしかかった。
 もう、失敗したくない。
 ようやくソフィはヒトらしい恐怖を思い出した。

 でも、恐怖が手をにぶらせる。
 その日はけっきょく、機会をうかがうだけで、一矢だって、射ることができなかった。



 ――八日目。
 爪を噛んで空腹を紛らわせながら、アレクの動きをつぶさに観察した。
 ……そろそろ、見覚えのある地形に入って来た。
 エルフの森の監視圏内も近いだろう。

 地の利がある。
 だから、それを最大限に活かすため、計画を練る。
 そのために、ソフィは一日を費やした。



 ――九日目。
 アレクの行動パターンを覚えることに成功した。
 というよりも、アレクは毎日、決まった時間に、決まった行動をしていることに気付く。
 これは彼なりの『攻略の糸口』だったのだろう。

 絶対に無理なことはさせない。
 彼の修業方針を、ソフィはようやく思い出した。

 たしかに彼の修業はすべて、『終わってみればなぜか達成できてしまった』ものばかり。
 無理はさせても不可能はないというのは、ソフィも実感していることだった。
 それだけに、彼の拷問を止められる者がいないのだけれど……

 襲撃はやはり、睡眠中がいいだろう。
 罠を張ろう。アレと性能で勝負してはならない。
 突くのは肉体の隙ではない。精神の間隙だ。
 ……もっとも、あの生き物の精神性がヒト程度の軟弱さとは思えない。
 けれど、アレの目的はあくまでも指導だ。
 間隙はあえて作ってくれている。

 ソフィは頭がやけに澄んでいるのを感じた。
 極限の空腹。
 純粋な、食欲という目的。
 心はまるで、狙った的に真っ直ぐ飛ぶ矢のごとくだ。

 夜。
 山道に、木々がちらほら茂り始める。
 エルフの森は、もう近い。
 残る旅程は、もう一日か、半日か。

 もっともそれは、ここで『やり直し』にならなければの話だ。
 今、この時が最高潮だと、ソフィは感じていた。
 精神が澄み、肉体も、まだ動く。
 これ以上空腹が続けばきっと、心の方に体がついて来ることができなくなる。
 だからきっと今が、最後の好機。



「では、俺は眠ります」



 いつもの時間、彼が眠る。
 アレクほどではないが、ソフィの時間感覚も研ぎ澄まされていた。

 彼が横になってしばらく経ったのを確認し、ソフィは距離をとる。
 反撃の間合いに入らないこと。
 それが、食料を得るための最低条件だ。

 樹の枝に立ち、一矢を引き絞る。
 大きく引いた右手には、射るものと他に、矢を二本、持っていた。
 彼を仕留めるためには、三矢必要だというのが、ソフィの計算だ。
 それ以上あがくつもりはない。
 あがいても、無駄だというのは、死ぬほどよく知っている。


 闇夜。
 音もなく、最初の一矢が飛んでいく。


 それはアレクから遠い場所に当たった。
 瞬間、けたたましく、夜の森に音が鳴り響く。

 鳴り子と呼ばれる罠だ。
 本来は侵入者を感知するため自分の周囲に張り巡らせる。
 ピンと張った糸に木片などを通しておき、なにかが少しでも糸に触れれば音を鳴らす警戒のための装置。

 本来のアレクが、この程度の、ただの音で目覚めるとは思えない。
 しかし。
 彼は、パチリと目を開けて、体を起こした。

 ……ここ数日間で、理解したことがある。
 彼は、こちらがどんな行動を起こそうが『対応』してくれる。
 だから『音が鳴ったので目を覚ます』という、人として当たり前すぎて彼らしくない行動だってしてくれるだろうと、ソフィはあたりをつけていた。

 人のように目を覚ました彼は。
 普通の人のように、周囲を見回す。

 彼が意識を逸らして、攪乱されてくれているのが、ソフィにもわかった。
 だから、二本目の矢を放つ。

 次の矢は上へ。
 闇夜。
 ほとんど視界も利かない、山中、生い茂る木々の中。
 けれど最初に鳴り子を鳴らした時のように、ソフィの矢はあやまたず張られた第二の糸に命中した。

 ぶつん、と今度は糸が切れる、静かな音。
 そして――

 大量の石が。
 アレクの頭上から降り注ぐ。

 木々のあいだに網をつるして、そこに石を積んでおいたのだ。
 その網を弓で切り、落とした。
 上を向いても見えないように、小分けにしてある。

 もちろん、ただの落石で彼に有効打を与えられるはずはない。
 彼は普段かなりの手加減をしているが……
 それでも、手加減しきれない部分が多い。
 肉体の頑強さなどはどうしたってどうしようもないのだろう。

 彼に有効打を与える方法は、一つ。
 だから、彼が頭上から降り注ぐ落石に『対応』してくれているあいだに――


 最後の一矢に。
 魔力をこめる。


 澄んだ精神。
 目標をまずは視線で射貫く。
 高速で密度高く、弓に、矢に、腕に、魔力をこめていく。

 魔力の輝きが、闇夜に浮かび上がる。
 アレクもきっと気付いたことだろう。
 でも、視線をこちらに向ける一瞬のあいだに。
 ソフィは、今出せる力すべてをこめた矢を放った。


 ズドン! という音。


 およそ弓矢を放った時の音ではない。
 ソフィは知らないが、その大音声たるや、迫撃砲に近いだろう。

 砲弾めいた一矢。
 その残す影響たるや、風圧だけで周囲の木々を揺らす。

 着弾の衝撃は、もっとすさまじい。
 アレクの胸付近に命中する矢。
 発射時に比べ、低く、鈍い音がした。

 アレクの立っていた地面が沈み、割れる。
 ズザザザザザッ! と彼が体ごと地面に足を引きずりながら後退した。

 普通の生物ならば、胴体からちぎれ飛ぶような攻撃。
 ――でも。
 もうもうと立つ土煙。
 それが晴れた先で――


 アレクが、笑っていた。


 ソフィは息を吐き、残心する。
 もとより殺せるなどと思って放った一矢ではない。
 意識を逸らし。
 防御ができないよう落石の罠を使い。
 そうして放った、盤石なる一矢。
 それでもやっと彼に一筋の傷を負わせられるかどうかだろう。

 だから問題は。
『どうか』が、どうだったのか、で。


 彼は笑いながら、胸のあたりをさする。
 服がはじけ、胸には黒く焦げたようなあとがあった。
 アレクは。


「お見事でした。さあ、食事にしましょうか」


 笑顔で、そう言った。
 ソフィは木の枝にもたれかかるように、全身から力を抜く。

 ボロボロと涙があふれる。
 アレクが、木の下からこちらを見上げた。


「お疲れ様でした。お見事でしたよ。ステータスも、かなり上がられましたね。いや、間に合って本当によかった」
「…………です。よかった、です……も、もう、お腹が空いて、これがだめだったら、もう、なにをしても、だめだって……」
「弓師の方は接近させないことが重要ですからね。罠の習得は、ほとんど必須でした。ヒントは出していたつもりでしたが、あまり難易度を下げすぎるのもどうかと思ったので、伝わっていたかどうか……いや、お見事です。久しぶりに『痛い』と思える攻撃をもらいましたよ」
「い、痛かったですか?」
「ああ、ご心配なく。痛いと言っても、普通の方がつまようじでつつかれる程度です」
「…………」


 全力でやってつまようじ程度なのか。
 彼は本当に化け物だなと、強くなればなるほど思い知らされていくような気分だった。


「計算上、今のあなたでしたら、『おばけ大樹』を制覇できるでしょう」
「……です、か。でも、その前に侵入を先にしないといけないです」
「それも一応、やり方は考えてあります。まあ、『作戦』とか『秘策』と言えるような立派なものではないんですけれどね」
「?」
「ともかく、遅い時間ですが、お食事にしましょうか。それとも明日になさいます?」
「い、今、今食べるです……豆、食べる……オイシイ、マメ、タベル……」
「ではお食事を用意させていただきますね。少々お待ちを」
「マメ、タベタイ……デス」


 ソフィは死んだ目でつぶやき続ける。
 アレクは笑い、火を熾し始めた。
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