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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

五章 ソフィの『おばけ大樹』探索

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74話

 閉塞感。
 周囲は身長の何倍もある石壁に囲まれていた。
 息が詰まりそうだ。
 心臓が止まりそうだ。

 ソフィは考える。
 もう、このダンジョンで『かくれんぼ』を始めてから、どのぐらい経っているだろうか。

 ダンジョン内は薄暗いが、まったく視界が通らないほどではなかった。
 歩くのには問題ない。
 そもそも壁や天井、家屋などには『気配』と称されるものがある。
 今のソフィの気配察知能力ならば、目を閉じていてもぶつからずに歩ける。
 そういう修業も、行った。


 でも、死体には、気配がない。
 建物と同じように、意思も動きもないものなのに。


 だから、たとえば、すぐそこの曲がり角の壁に。
 もしくは今、通り過ぎた場所に。
 あるいは――足元に。
 無数の死体が、いるのかも、しれない。
 その想像は、ソフィを怯えさせるに充分だった。


 ……薄暗い曲がり角。
 足音を殺して歩いていく。
 遠くから音。
 きっと、アレクだろう。
 彼はこの修業において気配や足音を消さないという制約を帯びている。

 でも。
 コツンコツンと石の床を規則正しく叩く音。
 それから、妙な、ドシン、ドシン、という震動。
 なんの音かはわからない。
 ともかく、音の発生源であるはずのアレクの気配は、まだ遠い。
 だというのに――こんなにも近くに、足音が聞こえるものだろうか?

 死体に、気配は、ない。
 アレクの、気配は、遠い。

 足音は、近かった。
 ソフィは呼吸を忘れて、その足音に忍び寄る。
 この修業では自分が狩人だ。
 逃げるアレクを追い詰め、矢で射る必要がある。

 だから弓に矢をつがえる。
 魔力をこめていく。
 弓矢と腕がほのかな輝きを帯びる。

 つらい修業を乗り越えて、強さを身につけた。
 努力した記憶と、数多のモンスターを倒した経験。
 それは、不安と恐怖ですくむ心に、安堵を与えてくれる。

 どのようなモンスターが出たって、大丈夫だという自信がある。
 相手がアレクだって、すでに反撃されることも、死んでも大丈夫なことも、わかっている。
 それに、一矢で決める気概もあった。

 今まで乗り越えた苦境は伊達ではない。
 それに、倒せと言われてはいない。ダメージを通すだけだ。
 実際に一度、彼にダメージを与えたこともある。

 だから、大丈夫。
 そう。
 相手が――アレクなら。


 妄想する。


 壁には死体が埋まっているかもしれない。
 床下には、冒険者の成れの果てがあるかもしれない。

 足音は、もう、すぐそこで。
 妙な震動を伴う重い音だって、近くに聞こえる気がする。
 パラパラとなにかがこぼれるような音だってした。
 でも、気配はまだまだ、遠くて。

 もし。
 無念のうちに亡くなった冒険者の死体が、歩いていたら。
 その死体に、果たして自分の弓は通じるのだろうか。


「……ない、そんなこと、あるはず、ないです」


 くだらない妄想を、首を振って霧散させる。
 怖い話を聞かされたせいだろう。
 先ほどから、妙に恐怖を覚えてしまっている。

 正面には、直角の曲がり角。
 その先から、コツンコツンという足音。
 気配が別な場所にあるのが、やや気になるけれど……

 足音を殺して走る。
 弓に、矢に、最高潮まで魔力をこめる。
 過たず、すべてを貫く、最高の一矢。
 それを放つ気概をもって。


「アレクさん、みぃーっけ……あれ?」


 ソフィは、曲がり角の向こうへ、やじりを向けたのだけれど。
 視線の先。
 隠れる場所もないような直線通路には、誰もいない。

 ……ここは迷宮のダンジョンだ。
 石壁がそこかしこで道をふさいでいる。
 ということは、妙な反響でもしているのだろうか?

 そのように仮説を立てつつ、しばし進んでみる。
 だが、足音は相変わらず、すぐそこから聞こえるのに、気配がどうにも――

 気配が。
 どうにも。
 背後に、あるような。


 息が詰まった。
 全身が震え、それから硬直する。

 ありえない。
 彼は、走らないと約束をした。
 だというのに、先ほどまで遠くにあった気配が、真後ろに、あるものだろうか。

 ソフィは頭の中で色々考えた。
 でも、確認してみないことには結論が出ないと、冷静に判断できた。
 だから、矢をつがえたまま。


「後ろっ! ……には、いない……?」


 振り返って、いないことを確認する。
 緊張と混乱、それから怖い妄想のせいだろうか。
 どうにも、気配察知能力を十全に発揮できていないらしい。

 精神を落ち着けるために深呼吸をする。
 大きくて重く、自分では醜いと思っている胸に、手を当てる。
 何度か呼吸をして。
 最後に大きく吐いて。
 ふと、なにげなく、上に視線を向けた。


 心臓が止まる。


 天井。
 そこに、ナニカがいる。

 高さはゆうに身長の五倍。
 だというのに、その場所が普通の地面であるかのように、そのナニカは立っていた。

 ナニカは。
 視線が合うと、にこりと、いつもの微笑みを浮かべて、言う。



「みぃーつかった」



 ソフィは恐怖と混乱で頭がぐちゃぐちゃになるのを感じる。
 天井。
 なぜ、天井に。
 たしかに、『走らない』『気配を消さない』は言っていたけれど、『天井に立たない』とは言っていなかった。

 言っていなかったけれど。
 あんなの、ありか。


 ソフィは恐慌状態に陥りかけた。
 全身が震える。
 呼吸がままならない。
 心臓はいったんの完全停止を経て、止まったぶんを取り返そうとするがごとく、激しく激しく脈動を開始している。

 ドッと汗が噴き出す。
 指先が痺れているような感覚。

 それでも、彼女は、やじりを天井へ向けた。
 魔力をこめた一撃。
 通常のモンスターが相手ならば、充分に息の根を止めるだけの一矢。


 けれど。
 アレを通常のモンスターなんかと比べてはならない。


 アレは常識の外に立つモノ。
 だから。
 かすかな脈拍の乱れ、魔力の乱れ、指先の痺れなんかも、あってはならない。

 万全の状態で相手どらなければ、毛筋ほどの傷さえ負わせることのできない存在で。
 アレを相手に万全の状態を維持することがそもそも困難な、規格外。


 放たれた矢は魔力による光の帯をたなびかせつつ、天井へ迫る。
 重力に逆らい、なお速度も威力も落とさない見事な一矢。

 けれど、彼には通じない。
 たしかに矢は彼の胸に当たる。
 当たっただけで。
 力を失い、自由落下を開始した。

 ダメージは通っていない。
『タッチ』は成立していない。


 ソフィは無意識に、落ちていく矢の軌道を追う。
 それは。
 彼から視線を外すということで。


「もっと精神を落ち着けた方がいいですね」


 ドシン! と。
 彼らしくもない大きな音を立てて、彼は床面に着地する。

 気付けば彼は、すでに目の前にいた。
 あまりに速い接近。
 でも、約束は違えられていない。

 走っていない。
 落ちただけだ。


「実戦において、モンスターはいつどこから現れるか、わかりません」
「……あ」
「そして、弓師が一矢を外せば、その隙に接近され、反撃を受けるかも」
「…………ああ」
「いかなる時、いかなる瞬間にも、相手を一撃で行動不能にできる矢を放てなければ、弓師がソロでレベルの高いダンジョンに挑むのは、難しいと思いますよ」
「………………ああ、あ」
「なんて、あなたを相手には言うまでもないことでしたね。言葉は充分。ならば――体感していただきましょうか」
「……や、やめ、やめて、ください……ゆ、許して……」
「なにを言っているんですか?」
「……え?」
「あなたが『モンスターさん』で、俺が、逃げるしかない力ない子供の役です」
「…………」
「許すべき立場にいるのは、武装し、俺を追い詰める役目の、あなたですよ」
「……」
「俺は運悪くモンスターさんに捕まった哀れな子供として、できうる限りの抵抗をします。いつもあなたがおっしゃるように、『大したことない』存在ですよ、俺なんて」
「わたしがモンスターさんだなんて、とんでもないです! ほ、本当は、怖いんです……修業も、このダンジョンも、怖くて、怖くて、たまらないんです! だから、許して、素直になりますから! 許してください……!」


 みっともなく命乞いをする。
 けれど、彼は笑って、告げた。


「大丈夫。セーブしてありますからね」
「……や、やだ、やだやだ、やだやだやだ!」
「では、二回戦を始めましょうか。ロードしたら、また十まで数えてくださいね」
「やだ…………!」
「安心してください。次のソフィさんはもっとうまくやれますよ」


 にこりと笑ったまま。
 無力な彼は、相手に生存を許さない程度の抵抗を開始した。
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