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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

五章 ソフィの『おばけ大樹』探索

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71話

「調べてみたところ、あなたが探索したい『おばけ大樹』はレベル百五十相当ですね」


 ある日、アレクさんが、ふらりと外出したかと思うと、数日戻らないことがありました。
 どうやらエルフの森に侵入して、わたしが探索したいと言ったダンジョンのレベルを測ってくださっていたようでした。

 エルフの森は、非常に閉鎖的な土地です。
 なので、人間や多数の種族が運営している『王室ダンジョン調査局』や『冒険者ギルド』などのレベルを測る機関でさえ、立ち入ることができません。
 だから、挑みたい『おばけ大樹』のダンジョンレベルはわからない――
 わたしは彼に、そんなことを、言ったような気がします。

 ほんのなにげない、つぶやきのつもりでした。
 わたし自身、言ったかどうか、覚えていないようなことです。
 けれどアレクさんは、それを覚えて、レベルを測りにわざわざ出向いてくださいました。

 この時、わたしは感謝するより先に、あきれてしまったのを覚えています。
 そして彼の言葉を疑いました。


「ありえません。わたしが言った『おばけ大樹』は、『エルフの森』の中にあるのです」
「そうですね」
「エルフの森は、我々エルフ族の国家です。他種族を迎え入れることなど、よほど特殊な場合を除いてはありえません。あまりに閉鎖的なもので、わたしのようにうんざりしたエルフは、森を出て街に下るぐらいです」
「そのようですね」
「街にいるエルフの伝手で森へ入ることも、まず不可能です。森のエルフは、街に下ったエルフを馬鹿にしているものです。『森エルフ』と『街エルフ』は違う人種だと思った方がいいぐらいです」
「そのようですね」
「……ですから、エルフの森に人間のあなたが入るのは不可能だと思うのです」
「正規の手段ならばそうでしょうね」
「……非正規な手段で入られたということです? たしかに、森エルフの中でも若い者は、外の世界に興味がある者も少なくありません。そういった若者がこっそり手引きをしてくれる場合もないとまでは、言わないですが」
「いえ、ちょっとこっそり入らせていただきました」
「……エルフは弓での狩りが得意な種族です。気配察知能力もかなりのもののはずです」
「そうですね」
「侵入しようとすればすぐさま察知され、矢を射かけられるはずです。しかも森エルフたちはエルフ以外の人種に容赦がないですよ。殺すつもりで、矢を放ちます」
「そうなんですか」
「…………あなたと話していると、まるで雲をつかむような、よくしなる枝に矢を射かけるような、不可思議な手応えのなさを感じます。馬鹿にしてるのです?」
「そのようなことはないのですが……」
「ではどのように侵入したんです?」
「普通に歩いて、見張りのエルフたちの横を通り、エルフの森の景色を見学しながら、『おばけ大樹』の中に入り、二、三匹のモンスターと戦いつつ、ギルドがやっているのとほぼ同じ方法で危険度を測定しました。まあ、レベル百を超えると基準値がないので、レベル五十を基準に何倍程度か、という曖昧な計測法ですけれど」


 アレクさんはよく、笑顔のまま、なんでもなさそうに、大変なことをおっしゃいますね。
 もっと大変そうに語ってくだされば、もう少し信用できるのですが……
 この当時のわたしは、あまりアレクさんのことを知りませんでした。

 尋常でない人なのは、なんとなく感じていましたが……
 エルフの森で育ったわたしは、見張りのエルフたちに察知されない人類がいるとは、想像もできなかったのです。

 その気配察知能力は、飛び立つ小鳥の気配まで、つぶさに感じ取ります。
 その視力は、行進する虫の群れさえ、素早く、正確に数を数えることができます。
 一度捉えた獲物に矢を射ったら、外すことはありえません。
 それが、わたしの知る、森の見張りを任されるエルフたちの能力でした。

 そのエルフたちが守る、エルフの森に侵入?
 ありえません。
 その時は、そう思いこんでいました。

 だから、芽生えかけていた、彼への信頼が損われそうにもなりました。
 この人は誠実だと思っていたのに。
 エルフの森に入っただなんてありえない嘘をつくだなんて、ひどい。
 そう考えてしまったのです。


 その次の日。
 わたしは、修業を休みました。


 熱が出た、と嘘をついてのずる休みです。
 実際に、アレクさんはエルフの森に入り、『おばけ大樹』のダンジョンレベルを計測してくださっていたと、後にわかるのですが……
 当時のわたしはすっかり『てきとうなことを言っているに決まっている』と思いこんでいました。

 勝手に思いこんで。
 勝手に疑って。
 勝手に、騙された気分になっていました。


 その当時、宿には男性客が一人いました。
 わたしは男性への恐怖があったので、あまりその人とお話をしていなかったのですが……
 もう名前も忘れてしまったその人の方は、しつこく、わたしに話しかけてきました。

 修業をずる休みして、部屋に一人でいたわたしのもとにも、たずねてきました。
 その人は、わたしの体調を心配している、というようなことを言っていました。

 でも、こっちは仮病です。
 あんまりにもしつこいので、わたしは、その人に事実をありのまま話すことにしました。

 アレクさんが、嘘をついた。
 信じていたのに。
 けっきょく、修業は商売の一環で、客引きのためならてきとうな嘘もつくんだ。

 そんなようなことを、愚痴混じりに言った気がします。
 文字に起こすと、たとえそうだったとして、だからなんだ、というようなことばかりです。

 アレクさんは宿屋経営がお仕事です。
 客引きのために嘘をつくだなんて、商売人ならみんなやっています。
 それを信じて騙されたところで、それは騙された側が悪いのであり、宣伝に力を入れた商売人を責める理由になど、なりません。

 思い返せば、こうして冷静に考えられます。
 でも、当時はやけに傷ついていて、あまり冷静ではありませんでした。
 たぶんわたしが、あまり人を信頼することのない人生を送っていたからでしょう。
 アレクさんのことは、修業を通してとはいえ、深く信頼していたのだと思います。

 部屋をたずねてきた男性客は、わたしの話を静かに聞きました。
 そして、こんなようなことを言ったのを、覚えています。


「やっぱりな。この宿の噂は本当だったんだ」
「噂です?」
「ああ。かわいい女の子ばっかり集めて、調教して、売り飛ばすっていう……修業だっけ? 俺は嫌な予感がしてやめておいたけど、あれは洗脳の儀式だっていうもっぱらの噂だぜ」
「……洗脳、ですか」
「悪いことは言わない。この宿から出て、俺のダチがやってる宿屋に行った方がいい。紹介状を書いておくから」
「…………」


 すぐに返事は、しませんでした。
 たしかにあの修業内容、洗脳と言えば洗脳なのかもしれませんが、アレクさんの修業に悪しき意思は感じませんでした。
 むしろ、そう言う男性客の方に、悪い意思を感じます。

 でも、この時のわたしは、無性にアレクさんに反発したい気持ちがありました。
 今思えば反抗期の子供みたいだなと、少し恥ずかしい気持ちもありますが……
 だから、男性客の申し出を承諾こそしませんでしたが、断わることもなく、紹介状だけ受け取っておきました。


「いいよ。一晩、じっくり考えてみてくれ。それで心が決まったら、明日、この宿を出よう」


 本当に、冷静でなかったと思います。
 この人はなぜ『ダチの宿』があるのに、わざわざこんな、裏通りにあって見つけにくい宿に泊まることにしたのか。
 そのことを考えても、よかったはずなのです。


 わたしはアレクさんに、他の宿に行くかもしれないことを伝えました。
 引き留めてほしい気持ちがあったのでしょう。
 でも、彼の対応は素っ気ないものでした。


「どこの宿に宿泊されるかは、お客様の自由ですので。出たいとおっしゃる方を止める権利はありません」
「……そうですか」
「ただ、その男性の言葉には、少しおかしな点が感じられませんか?」
「感じられません。……引き留めるなら、きちんと引き留めてください。お客さんを悪者にして婉曲的に止めるだなんて、卑怯です」
「そういうことでは、ないのですが。……まあ、少し調査してみましょう。あまり憶測で物を言うのはよろしくありませんからね」


 彼は苦笑していました。
 その、なにもかもを見通しているような顔も、わたしを苛立たせます。
 今から思えば本当に子供でした。
 アレクさんは正しく、間違っていたのは、わたしだったのです。
 そのことは、すぐに証明されました。
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