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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

四章 トゥーラの近衛兵入隊

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67話

 トゥーラが『銀の狐亭』におとずれたのは、翌日の朝だった。


「お邪魔するのであります! 女王陛下より、今回のお礼金を賜りましたので、持参したのであります!」


 宿屋入口に立って、はきはきとあいさつをする。
 身につけているものは、近衛兵の鎧と剣。
 そして大きな革袋だ。

 しばしトゥーラは返事を待つ。
 が、アレクの声はない。
 代わりに、食堂方向から出てくる人がいた。

 アレクの妻の、ヨミだ。
 彼女は朗らかな笑顔のまま、エプロンで手を拭きながら小走りで来る。
 どうやら料理かなにかの作業をしていたらしい。


「いらっしゃーい。早いんだねえ、近衛兵さんは」
「昨日色々あったので、徹夜であります。それで、女王陛下より教官どのへお礼金を賜ったのでありますが……」
「お礼金? あの人、またなにかしたの?」
「……なにかというか……奥さんは、なにも聞いていらっしゃらないのでありますか?」
「そうだねえ。ぼんやりとなにか暗躍してたことは知ってるけど、詳細までは知らないかなあ」
「夫婦で会話などされないのでありますか?」
「必要なことは教えてもらうよ」
「はあ、お二人は変わった距離感でありますな」
「ぼくもあんまり気にしないしねえ。それに、お客さんの個人情報にかかわることは、夫婦でもあんまり言わないようにしてるよ」
「お客様の個人情報というか、今回のは国家の機密情報扱いになるかと……」
「だったらなおさらアレクは言わないよ」


 朗らかに笑う。
 不思議な女性だな、とトゥーラは感じた。
 見た目は同い年か向こうがやや年下のようにさえ見えるのに、なんだか大人だ。
 年齢は間違いなく奥さんの方が上なのだから当たり前なのだけれど。

 トゥーラがまじまじと金色の狐獣人を見ていると。
 彼女が、言う。


「それで、お礼金は代わりに受け取ってもいいもの?」
「あ、は、はい。ど、どうなのでありましょうな? まさか教官どのがいないとは思っていなかったのであります」
「うちの人は結構いないことが多いけど……ほら、宿屋以外の仕事とか、修業とかで」
「……そうでありましたな。よく考えたら、自分が修業をしているあいだ、宿屋にはいないのであります。ずっと修業に付き合っていただいていたので、失念していたのであります」
「そうだねえ。たまにはうちでゆっくりしてもいいんだけど」
「あまり二人きりになることなどは、ないのでありますか?」
「うん。娘もいるしね」
「…………なんだか、少し、切ないのでありますな」
「楽しいからいいけどねー」


 彼女が笑う。
 トゥーラも、微笑んで返した。
 そして、方針を決定する。


「教官どのを待たせていただいても?」
「後ろ後ろ」
「はい?」


 振り返る。
 すると――宿屋入口で会話をしていた、すなわち入口をふさいでいたトゥーラの真後ろに。
 アレクが、いた。

 思わず身がすくむ。
 この人は本当に、普段から気配とか足音とかが、ない。
 しかも――なんだろう、見慣れない格好をしている。
 銀の毛皮のマント。
 それに、近衛兵修業修了の証として渡された、狐面。

 おどろき、沈黙するトゥーラ。
 アレクが笑顔で口を開く。


「おはようございますトゥーラさん。『銀の狐亭』にようこそ」
「おっ、お、おは、おはようであります!」
「どうされました? 中に入られないので? まだトゥーラさんのお荷物は、お部屋に残っていますよ。あと、ダンジョン制覇賞金も受け取ってきたので、お渡ししますね」


 はい、と渡されたのは、トゥーラが持ってきたのより、一回り大きな革袋だった。
 思わず片手で受け取って、その重さにおどろく。


「だ、ダンジョン、制覇賞金、でありますか?」
「そうですよ。したでしょう? 制覇」
「そ、そういえば……色々ありすぎてすっかり忘れていたのでありますが」
「クエストは代わりに受けておきましたので、先ほど、賞金を受け取ってまいりました。本来は半金だけなのですが、お忙しいでしょうし、特別に全額です」
「特別に……ま、まあ、教官どのでありますからな。それで外出していらしたのでありますな」
「……まあ、用事のうち一つではありますね。昨晩は非常に有益な時間を過ごせました。知りたかったことにある程度近付くことができましたし。あとで妻にも教えてあげないと」
「あ、自分はお礼金を渡しに来ただけでありますので、今、どうぞ」
「しかし妻はすでに、朝の仕込みに厨房へ戻りましたので」
「……ほんとだ、いない」


 なぜこの夫婦は行動の際に物音や気配を出さないのだろう。
 どうして日常的にそんな高度な隠密技術を使用できるのだろう。
 なるほど、週に三回ペースで王宮侵入できるわけだ。
 この夫妻の前には、あらゆる意味で警備などあってないようなものなのだろう。

 アレクは。
 笑顔で言う。


「近衛兵としての初仕事、お疲れ様でした」
「……なんだか、ダンジョン制覇も、近衛兵としての初仕事も、激動すぎていまいち実感がもてないのでありますが……」


 トゥーラは自分の体を見下ろす。
 身にまとう、近衛兵の鎧。
 腰に差した近衛兵の剣。

 そして。
 この手に残る、女王を襲撃した者との、交戦の感触。
 そうだ。


「……それに、まだ初仕事は終わっていないのであります。陛下を襲撃した者を捜しだし、逮捕しなくては」
「逮捕は憲兵の仕事ですよ。政治犯……ではないはずですが、まあ、世間一般で女王を狙えば政治犯ですからね。憲兵の第一大隊が捜査をするかと。もっとも、すぐに出頭するはずですが」
「はい?」
「いえ。それと、遅れてしまいましたが、近衛兵就任、おめでとうございます」
「あ、ありがとうであります! これも教官どののお陰であります。自分一人だったら、きっと近衛兵になる前に心が折れていたでありましょう。心が折れても自分の死体を引きずって前へ前へと進めたのは、教官どのへの恐怖のお陰であります」
「……お礼なのでしょうか、それは。……まあ。はい。俺は、俺の仕事をしただけです」
「しかし教官どのの本業はなんなのでありますか?」
「とおっしゃいますと?」
「宿屋経営はもちろんでありますが、修業もやっていらっしゃるのでありますし、奥さんのお話ではもっと手広く商売もなさっているご様子。仕事と一口におっしゃるのでありますが、いくらなんでも多忙すぎるのではないかと、自分には思えるのであります」
「まあ、基本業務は一つだけですよ」
「なんでありましょう」
「『恵まれない誰かに愛の手を』」
「…………」
「あの、『理解できない』みたいな顔をしないでください」
「し、失礼したのであります。しかし……愛の手? 死神の手などではなく?」
「なんですか死神の手とは……ウチで修業をつけたお客さんで、死んだ方はいませんよ」
「その発言には多大な異議を差し挟ませていただきたいのであります」
「いえ、実際にいませんけれど」
「修行中に死んでいるのであります」
「ははは。結果的に生きてるじゃないですか」
「だからそれは……」
「何度ロードしたって、最後まで人生を続けた人が、生きてる人ですよ。重要なのは、『人生が続くこと』です」
「……なるほど」


 それもそれで、結果論が過ぎるというか、おおよそ人の論法ではない感じはした。
 しかし――言う通りでは、ある。
 今、生きていれば、生きている。
 最後まで生きているならば、それは、途中で何度死んだって、生きているのだろう。

 アレクは笑う。
 そして、優しい声で、言った。


「あなたも、生きてくださいね」
「……」
「近衛兵のみなさんは、身を挺して要人を守るのがお仕事です。時には命を捨てる選択をしなければならないことは、理解していますし、止める権利はありません」
「……はい」
「だから、あなたは今より強くなってください。強ければ、命の取捨選択をしなくても済みますから。自分か、誰かか、ではなく。自分と誰かを、守れますから」
「そのお言葉、胸に深く刻むのであります」
「はい。また必要でしたら、ウチを頼ってください。次は突貫ではなく、きちんとした修業をつけてさしあげますからね」
「…………………………………………………………………………………………………………」
「トゥーラさん?」
「じ、自分は、帰る、帰るのであります……お城、帰るのであります」
「そうですか? まあ、お忙しいでしょうからね。ああ、女王陛下からのお礼金は、あなたの近衛兵就任祝いに差し上げますよ」
「は? そ、それは困るのであります! 自分が陛下に怒られるのでありますよ!」
「しかしこう見えて、お金はたくさん持っていますので。懇親会にでも使ってください。ああ、そういえば陛下はちょくちょく女子会を開かれるようなので、その資金にしていただいても結構ですよ。俺がそう言ったと伝えてくだされば、陛下は納得してくださるでしょう」
「……陛下から賜ったお礼金を返すなどと、礼儀知らずも礼儀知らずでありますが……まあ、教官どのでありますからな。そういうことをしても大丈夫なのでありましょう」
「そうですね。いつものことですから」
「……いつものように陛下からお礼金を賜っているのでありますか?」
「あの方は贈り物が好きですからね。カウンターの上に花瓶、あるでしょう?」
「……あるのでありますな。無骨というか……その、味わいがある、というか……なんとも名状しがたい、あるいは自分などにはわからないセンスの塊と、申し上げますか……」
「陛下が作られた物です」
「…………は!?」
「子供のころですけれどね。今の陛下であれば、もっと綺麗に作れるらしいのですが、これはこれでトゥーラさんのおっしゃる通り、味わいがあるので、置かせてもらっていますよ。陛下ご自身は気に入らないご様子で、『絶対に自分が作ったと言わないで』と口止めされていますが」
「え? く、口止めされているのでありますか……? 自分に言ってしまって大丈夫なのでありましょうか」
「だから、秘密ですよ。教えたと知られたら、なんらかの刑罰を課せられるかも?」


 笑顔で。
 唇に、人差し指を当てた。

 トゥーラは何度もうなずく。
 そして、これ以上雑談を続けると、どんどん『聞いてはいけない話』をされそうだと判断した。


「じ、自分は失礼するのであります」
「そうですか? では、お部屋の荷物をお持ちしますね」
「は、はい。そうでありましたな……思えば、短い滞在ではありましたが、色々な思い出の詰まった場所であります。短く濃いというか、特濃で血のニオイがするというか……」
「しますか? 血のニオイ?」
「はい?」
「いえ、服についてるかなと。仕様上大丈夫なはずですが」
「…………は、はい?」
「なんでもありません。大丈夫なら、大丈夫です」
「そ、そうでありますか? ……ともかく、何度でも、お礼を。自分の夢が叶ったのは教官どののお陰であります」
「俺は、俺の仕事をしただけです」
「『恵まれない誰かに愛の手を』でありますな」
「はい。でも、難しいんですよね。一番大切な人には、なかなか、手がとどかないものです」
「……教官どの?」
「いえ。それでは荷物をお持ちします」


 アレクが一礼して去って行く。
 トゥーラは、階段をのぼる彼を見送った。
 そして、腰に差した剣の柄を、触る。

 そこには近衛兵の剣。
 叶えたかった夢のカタチ。
 叶ったあとに、残った現実。

 ……思えば、夢のような、ぼんやりした修業の日々だった。
 たくさんの助力をもらった気がする。

 だから、これからは。
 自分の力で生きていく時間が、始まるのだろう。
 トゥーラは荷物を待つあいだ、ぼんやりとそんなことを考えた。
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