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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

四章 トゥーラの近衛兵入隊

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63話

 死にはしなかった。
 でも、死ぬほど緊張した。


『普通に歩くアレクについていく』。


 トゥーラがしたことはまさにそれだけなのだけれど、それが大変だ。
 なぜ兵士とすれ違っても気付かれないのか。
 なぜただ歩いているだけに見えるのに音がしないのか。
 どうやったらまったくの無音で、空気さえ動かすことなくドアを開けることができるのか。

 存在が意味不明だ。
 ついていけるはずがない。


 けれど。
 アレクが時には物音で兵士を引きつけたりしてくれたお陰で、どうにか目的地に着いた。




 女王の寝室。
 それは、屋内にあるには不自然な、ドアノッカーのついた立派な門の先にあった。




 内部は王宮内に突如出現した誰かの邸宅という感じ。
 それまでの通路などとは趣を異にする。

 まず、非常に散らかっている。
 しかし、汚いという印象はない。

 実際にホコリが立っていたりゴミが散らばっているというわけではないのだ。
 ただ、ゴミのように無造作に。
 金銀財宝が、散らばっているだけ。

 それらはすべて女王へ献上された貢ぎ物であると、トゥーラは聞いたことがあった。
 目もくらむほど、きらびやかな財宝たち。
 けれど女王はそれら宝石や黄金にまったく価値を見出していないらしい。

 あるいは。
 自身こそが至高の芸術品であることを理解しているのか。


 散らかった部屋で、唯一まともな空間。
 部屋の中央、ソファの上。
 そこに、下着みたいな格好をして、今日もルクレチア女王は寝転がっていた。



「あらあ、いらっしゃあい。今日は一人じゃないのねえ。お互いに」



 快く、と思っていいのだろうか。
 ルクレチアは、突如来訪したアレクとトゥーラを出迎える。

 彼女の言葉通り、お互いに、一人ではなかった。
 ルクレチアの周囲に六人の近衛兵がいた。
 全員がそろいの白銀の鎧に身を包み、同じ意匠の剣で武装している。
 誰もかれも、年若い女性ばかり。

 トゥーラが憧れる、先輩近衛兵たち。
 彼女たちは当然、いきなり入ったアレクとトゥーラを警戒する様子を見せたが……
 相手がアレクだとわかると、一転。


「教官様! ……えっ、教官様!?」
「ななななななにも悪いことしててててなななないいですよよよよ」
「お、落ちちゅけ! 近衛兵はいつでも冷静でなければにゃらない!」
「もう、もうやだあ……あたしなんにもしてないよお……こんな、こんなひどいことさせられるようなこと、なんにもしてないよお……」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うーん」


 ひどく取り乱した。
 中には気絶する者まで出た。
 一人、押し黙ったまま固まってしまった人もいる。

 憧れの先輩たちの情けない姿だった。
 でも、トゥーラは幻滅したりはしない。
 みんな同じなんだ。
 みんなこのモンスター教官に色々されたんだと、強い連帯感を覚えた。

 近衛兵になってもうまくやっていけそう。
 トゥーラは心の傷で苦しむ先輩たちを見て、少しだけ明るい気分になる。


 アレクが。
 近衛兵たちの醜態を完璧にスルーして言う。


「さあ、トゥーラさん、女王陛下にご報告を」
「は、はい!」


 トゥーラは女王陛下の前に歩み出る。
 ルクレチアは変わらずソファに寝そべったままだ。
 ただし、目だけは、楽しげにトゥーラを捉えている。

 畏れ多いお方。
 その彼女に向かって、トゥーラはひざまずいた。


「トゥーラ・マカライネン、『銀の狐亭』での修行を終えて参りました」
「そお? ご苦労様。それじゃあ、叙任しちゃうわねえ。誰か、この子の剣と鎧お願いねえ。取り乱してないで、頼んだわよお」


 女王の指示を受けて、しかし近衛兵たちはなかなか動かない。
 視線がアレクに釘付けられている。
 まるで凶暴な獣にうっかり遭遇してしまった農夫みたいだった。

 アレクが。
 ため息をついて、言う。


「みなさん、女王陛下のご命令があったようですが?」


 その瞬間。
 近衛兵たちが姿勢を正して、敬礼した。
 テキパキと動き出す。

 近衛兵たちの様子を見て。
 ルクレチアが嬉しげに口元をほころばせる。


「ほらあ、あの子たち、あたくしじゃなくってあなたに忠実でしょう? たまらないわあ」
「……なんだか申し訳ありません。俺は修行中も、命令したり、強要したりということはしていないのですが……なぜこうなってしまったのか」
「人は本能的に強い者に従うようにできてるのよねえ」
「剣を交える強さだけが、強さではないと思いますけれどね」
「あらあ? 権力の方も、どうかしらねえ。あたくし、あなたに言われたら法律の一つや二つ作ってしまいそうだもの」
「うっかりでも『こんな法律が欲しい』などは言わないように心がけましょう。いらない敵を作りそうです」
「敵といえば、あたくし、殺されちゃうみたいねえ」


 のんびりと、ルクレチアは言う。
 まったく不安や恐怖を感じている様子がない。

 応じるアレクも、似たようなものだ。
 笑顔のまま、言う。


「殺害予告を出した犯人は、『銀の狐団』を名乗っているとか」
「……たまらないわあ。あなたのその素敵な顔が見れただけで、あたくし、殺害予告を出してくれた犯人に感謝したいぐらいよお」
「普通に考えれば、狙いは明日、女王陛下が憲兵に向けてなさる演説の時でしょうね。一般市民も拝謁が許されていますから」
「そうねえ。あたくし、怖いからやめちゃいたいんだけれど。『兵隊がいっぱい集まる会合に暗殺者が出るのが怖いから行きたくない』だなんて言ったら、兵隊のみんなに怒られちゃいそうねえ」
「対外的なことを考えても、まあ、欠席はできませんね」
「ところでえ」
「はい?」
「『普通に考えれば』っていうことは、普通じゃない考え、あるのよねえ?」
「そうですね。やはり、犯行声明の名前が気になります」
「『銀の狐団』だものねえ」
「ともかく、城の中でも警戒はしておいた方がいいかと。なにかあったとしても、近衛兵のみなさんならば対応できるでしょう。俺が想定している今回の件の黒幕よりも、俺の方が人の指導は上手だという自負があります。なにせ、セーブできますからね」
「…………なんだか知らないけど、あたくし、今、すごくゾクッとしたわあ」
「近衛兵のみなさんであれば、まる一日警戒状態を続けても、もつでしょう。ああ、それと」
「なあに?」
「トゥーラさんを、本日あなたを守るメンバーに入れてあげてください」
「いいわよお」


 そばで話を聞いていたトゥーラは、一瞬、理解できなかった。
 けれど、すぐにことの重大さに気付く。

 近衛兵にはなった。
 でも、近衛兵になることと、重要な警備を任されることは、また違う。

 近衛兵は少数精鋭だが、三十人はいたはずだ。
 その中から六人がひと組で、女王陛下の警護をする。

 その『六人』に入れるかどうかは、お願いをしなければならなかったのだが……
 それがいきなり、叶ってしまった。
 トゥーラは慌てて言う。


「じょ、女王陛下! そんなに簡単に決めてしまってよろしいのでありますか!?」
「だってアレクのお願いですものねえ。彼はあたくしの勇者様なのよお? お願いされたら、なんだってするわよお」
「そ、そんな、いい加減な……」
「あらあ? あたくし、かなりいい加減なのよお?」
「……」
「そうねえ、いちおう根拠みたいなものを言うとお、彼の人選は絶対よお。特に、人柄に関係なく能力だけで人を選ぶ時はねえ。『ステータス』だったかしらあ? 見える人だもの」


 トゥーラは、アレクへと視線を移す。
 彼は、笑顔でうなずいた。


「俺は冒険初心者をサポートするのが仕事です。冒険者が初めて抱いた目標を達成するまで、修行や美味しい食事、快適な睡眠などでお手伝いをします……が、実力のない人を推薦して、無理矢理目標を達成させようとしたりはしません。あなたは他の近衛兵のみなさんより、優れた部分があります」
「そ、それは……?」
「ダンジョン制覇の実績です」
「……」
「あなたが、自分を殺せるレベルのモンスターがひしめくダンジョンで戦った経験は、今、あなたの血肉となっています。他の近衛兵では対応できない状況にも、対応できるでしょう」
「…………」
「自信をもってください。俺があなたを推薦したのは、あなたの悲願を聞いて同情したからではありません」
「教官どの……」
「でも、過信をしないでください。あなたが特別『上』なわけでは、ありませんよ。ただ、今までの訓練では対応しきれないケースに、あなたの力が必要になる可能性を見ただけです。つまるところ、実力を見ての、判断というわけですね」


 その言葉に。
 トゥーラは震えた。


「……自分は、女王陛下をお守りできるのでありますか?」
「その実力はあります。そして、陛下は俺の提案を呑んでくださいました。それだけが事実で、それが現実です」
「…………ようやく……ようやく、陛下に、昔助けていただいた、ご恩をお返しできるので、ありますな……」


 トゥーラは拳を握りしめる。
 そして、震えた。
 静かに、静かに。


 そうこうしていると――
 意識のある、そして行動できる精神状態の、四名の近衛兵がどこからか戻ってくる。

 彼女たちは、剣と鎧を持ってきていた。
 近衛兵専用の、白銀の鎧。
 そして、刃に美しい文様が刻まれた、ロングソード。


 ルクレチアが立ち上がり、差し出された剣を持つ。
 トゥーラは、慌てて顔を伏せた。


「本式は今度やるから、今日は略式でいいかしらあ。あたくし、名前長くって全部名乗るのめんどうなのよねえ」
「お、おまかせするであります!」
「そお? じゃあ――女王の権限により、この者を我が騎士に任命する」


 ルクレチアが、剣でトゥーラの肩を叩く。
 それは、擬似的な斬首だ。

 命を捨てる。
 生まれを捨てる。
 しがらみを、捨てる。

 そして、生まれ変わる。
 その胸に忠義を。
 その身は国家と王のために捧げる。
 その誓いを、魂に刻む。


「顔を上げなさい」


 命じられるがまま、トゥーラは顔をあげた。
 視界に映るのは、桃色の髪の美しい女性。
 部屋を照らすランプに照らされて、輪郭だけが浮かび上がる。
 露出度の高い服装さえ、神々しさを補強する。

 まるで、女神のような。
 その女性に。
 長い時と、辛い修行を経て。
 ようやく――


 ルクレチアは、剣の刃を持つ。
 トゥーラは、震える手で、差し出された柄を受け取る。


「つ、謹んで、拝命いたします……この身は、あなたのしもべです」
「はい、これでおしまい。――はあ、ちょっと真面目なことやると疲れるわあ。だいたい、これやって本当にあたくしに忠誠誓った子いないのよねえ」
「そ、そんなことは……」
「でも、あたくしとアレクが同時に正反対の命令をしたら、どっちに従うのかしらあ?」
「お、おうちに帰りたくなりそうであります」
「正直でいいわねえ。たまらないわあ」


 ルクレチアは嬉しそうに笑う。
 そして、再びソファに寝転がった。


「ねえ、あたくしの勇者様?」


 呼びかける。
 アレクは、笑顔のまま首をかしげた。


「なんでしょうか?」
「あなたはどうするのかしらあ? 経験上、『銀の狐団』とその前身がからむ事件で、あなたが静観してるなんていうことは、ないものねえ」
「はい。俺は俺で動きます。今まで俺たちの名前を使った方が知らなかった、それとなく『はいいろ』やら『狐』やらを使うよう示唆した者の存在が、今度こそ明らかになるかもしれませんしね」
「だったらこの子たちの仕事なくなるんじゃないのかしらあ?」
「いえ。俺が動くのは、おそらく、襲撃後になるかと。実行犯だけが目的じゃありませんから。仮にも『団』を名乗るのでしたら、計画担当、情報収集担当などもいるはずです。そいつら全員に聞きたいことがありますので」
「あらあ、つまり、あなたは、あたくしを守ってくれないのかしらあ?」
「あなたを守るという大役は近衛兵のみなさんにお任せしますよ。俺には荷が重いです」
「そお?」
「はい。俺は今まで、一度だって誰かを守れたことはありません」
「……ふぅん。ま、そういうことなら、いいわあ。あたくしの近衛兵を信用しましょ」
「それがよろしいかと。……これが最後の『銀の狐団』がからむ事件であるといいのですが」
「そうなりそうなのかしらあ?」
「昔、団の壊滅のきっかけになった何者かが――おそらく最近起こった『銀の狐団』にまつわる名前を使った事件の黒幕が、捕まればね」
「……大変そうねえ」
「そうですね。でも、俺が捕まえないわけにもいきませんし」
「名前を継いだからかしらあ?」
「それもありますが……ひょっとしたら、団を壊滅に追い込んだ人は、この世界での俺の実母かもしれないんですよね」
「……」
「まあ、その人はだいぶ前に死んでいるはずなので、普通ならばないとは思いますが……生きていたら色々聞きたいこともあるので、やっぱり俺がやらないと」


 アレクは笑う。
 そして、一礼して、部屋を去って行く。

 トゥーラは、残った。
 それから。
 ルクレチアが、小さくつぶやいたのを、聞いた気がした。


『輝き』と。
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