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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

四章 トゥーラの近衛兵入隊

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62話

「忍び込むなら夜の方が都合がいいですね。今、行きますか。それに、悪い予感もします」


 そうアレクが言った。
 なのでトゥーラは、ダンジョンを制覇したボロボロの心のまま、王宮へ向かった。



 王宮。



 そう呼ばれる建造物は、街の中央部に存在する。
 周囲には大きな壕。
 東西南北に、軍が通ることができる巨大な跳ね橋。
 基本的に南の跳ね橋だけがいつも降りており、出入りはそこから行なう。

 闇夜の中、かがり火に浮かび上がる巨大な石造りの建造物。
 その不気味さ、恐ろしさといったら、表現する言葉が思いつかない。
 たぶん、侵入目的でなければ荘厳さに胸を打たれていたことだろう。


 トゥーラとアレクは、南の跳ね橋すぐそばに来ていた。
 槍を持ち武装した警備兵が見える。

 姿勢良く立つ男性兵士だ。
 門番は城の『顔』なので、夜間で人がいないからといって気を抜くことがないような者が選ばれ任ぜられる。
 しかも、トゥーラは知っていた。
 跳ね橋の降りていない東西南北の門にも、それぞれ警備兵がいる。
 ひょっとしたら状況が状況だけに、増員されている可能性もあった。


「きょ、教官どの……どうするのでありますか……!」


 トゥーラは声をひそめて言った。
 さっきから不安で、ずっとアレクの服の裾をつかんでいる。

 アレクは変わらない。
 宿のカウンターで豆を炒っている時のように。
 断崖絶壁に落ちるこちらを見守る時のように。
 笑顔のままだ。


「正面から行きますよ?」
「えっ……その、見つからないよう壕を泳いだり、城壁をよじのぼったりは……」
「壕を泳いで、どこで水から上がりますか?」
「え? それは……」
「城壁をよじ登るなどと、論外ですね。そんなのは、『発見してください』と言っているようなものです。夜間に、城の壁でうごめく、人間大の物体。あなたが見張りだとして、これを見逃すことがありえますか?」
「……た、たしかに……」
「なので、正面から行くのが一番安全ですよ」
「いえ、『なので』と言われても意味がわからないのでありますが」
「修行の成果を試すだけですよ」
「……」
「昼ならば、通行人に紛れて簡単に入ることができてしまいますからね。夜の方が、修行の成果を試すことができて、都合がいいです」
「えっ? 教官どの、自分は今、『昼の方が難易度が低い』というような意味の言葉を聞いたような気がしたのでありますが」
「そうですよ。当たり前でしょう? 泥棒は普通、昼に侵入します。人通りが多い方が紛れることができますからね。『闇夜に紛れる』だなんてそんな、虫や鳥じゃあるまいし、人間大のものができるわけないでしょう」
「……もうやだこのひと」
「なにか?」
「い、いえ……もう、はい。そ、それに、昼を待っていたら間に合わないのでありますし」
「大丈夫ですよ。近衛兵のみなさんとは顔見知りなので、ルクレチア様の部屋近くまで行くだけでいいはずです」
「それはなにも救いになる情報では……いえ。ところで、具体的には? まさか普通に歩いて警備兵のあいだを通り、城内に侵入するわけではないのでありましょう?」
「いえ、普通に歩いて警備兵のあいだを通り、城内に侵入します」
「見つかりそうなのでありますが」
「そこで見つかるようですと、この先進めませんね」
「見つからない未来が見えないのでありますが」
「未来は自分の手で切り拓くものですよ」
「つまり警備兵を切り拓けと?」
「人殺しはいけないことです」
「ではどうしたらいいのでありますか? 自分はもう、頭がぐるぐるして……」
「いえ、ですから……そうですね。一度実際にごらんいただいた方が、いいでしょう」


 そう言って。
 アレクが、跳ね橋の方へと歩いて行く。

 べつだんおかしなところはない、普通の歩調。
 足音がしないので実はちょっとだけ浮いてるんじゃないかという疑いもあるが……

 アレクは歩く。
 跳ね橋を歩く。
 石畳に移り変わった地面を歩く。
 兵士の視界の中を歩く。
 兵士の真横を歩く。
 そして、城内……王宮敷地内に到達した。


「……えっ」


 城内に到達して、こちらに手を振っている。
 トゥーラは目も口も開けるだけ開いて、アレクを見た。

 やっぱり城内にいる。
 しかも、笑顔で手を振っている。

 どうしよう。
 なにもわからなかった。

 種も仕掛けもなさそうだった。
 実はアレクは宿についた精霊かなにかであり、宿泊客にしか見えない幻想の存在なのではないかという妄想が浮かんだ。

 精霊だったら色々納得できることも増える。
 お伽噺の精霊は、だいたい、いたずら好きだったり、価値観の違いから子供を殺したりするものなのだから。

 つまり向こうにいるアレクは幻?
 本物は隣にいる?
 いや、そもそも修行の記憶自体が悪い夢?

 トゥーラは色々と想像する。
 このままではいけない。
 目を閉じて、呼吸を整えた。

 そして、再び目を開く。
 アレクは。
 真横にいた。


「う、うわ――むぐ」


 叫びかけて、口をおさえられる。
 アレクは笑顔のまま、唇の前に人差し指を立てた。


「お静かに。さすがに、大声を出せば見つかってしまいます」
「も、申し訳ないのであります……」
「ともあれ、俺が今実行した方法で、行きます。説明だけだとご理解いただけないようでしたのでやってみましたが、どうでしょう?」
「その、余計に理解できなくなったと申し上げますか……簡単に言うと、今、なにをしたのでありますか?」
「『歩いて通れる場所を、歩いて通ろう』ということですね」
「あの…………うららかな昼下がりを散歩するのと変わらない感じで言わないでいただきたいのでありますが……」
「では『ちょっと行けそうな場所があったので、行ってみよう』ということでしょうか」
「子供が街を探検するように言われても……」
「『行けばわかるさ』」
「……」
「『行こう』」
「…………」
「『早く』」


 にこにこ。
 アレクは笑っている。

 でも、きっと焦れているのだろうなというのが、わかった。
 感情の見えない彼が、こうまであからさまに焦れている。
 これ以上引き延ばしたらなにをされるかわからない。

 トゥーラは。
 拳を握りしめて、震えを誤魔化しながら、言う。


「わ、わかったので、あります……覚悟を、決めるので、あります」
「結構。では参りましょう。大丈夫ですからね。これはある意味で実戦ですが、今回に限り、俺があなたをフォローします。『女王陛下を守る』という真の目的の前に、『近衛兵になる』なんていう小事でつまずかれてしまうのは、俺としても本意ではありませんので」
「あの、近衛兵になることも、王宮侵入も、小事ではないのでは」
「俺は週に三回ぐらいやってますし」
「…………」
「大丈夫です。俺にできるんだから、あなたにだって、できますよ」
「ソウデアリマスネ」


 死んだ目で応じる。
 心は不思議なほど平静だった。
 風のない水面のごとく。

 よく考えたら、警備兵に見つかることなど、怖くもなんともなかった。
 それより怖い生き物が隣にいる。
 だから静かな心で、トゥーラは王城への侵入を開始した。
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